もしも切嗣が喚んだセイバーがオルタ化してたら 作:ひきがやもとまち
「・・・・・・で? お前は結局、何をしに出てきたんだ?」
セイバー・オルタは憮然としながら腕を組み、白っぽい瞳で目の前のデカいマッチョにそう言った。それだけを言った。後は黙り込む。
突然、空から牛に牽かれた戦車に乗る大男が落ちてきて、ランサーとの決着を邪魔されて、征服王の前だから武器を持ってたら無礼だの、戦う前から降伏しろだのと勝手なことをほざきあげ、さらには堂々と馬鹿でかい声で聖杯戦争最初の名乗りまで上げられてしまった。
正直言えば、色々と思うところはある。売るほどもある。全部なかったことにするため記憶ごとコイツを真っ二つにしてやれたら気が晴れるだろうかとさえ思えてくる。
――だが、しかし。それらは既に起こってしまったことであり、過去の出来事に過ぎない。
どれほどやり直しを願っても、目の前の不快な記憶の元凶を切って捨てたとしても、起こってしまった過去を無かったことにすることは、残念ながら出来ない。本当に残念だけど不可能なのである。
仮に、過去を否定して無かったことにし、やり直したいという願いを叶えんとするならば。聖杯に願って奇跡に縋るぐらいしか道はない。
その為には、聖杯戦争を勝ち残らなくてはならないわけだが・・・さすがのセイバー・オルタも、そんなことのために聖杯を使いたいとは思えないし思いたくない。英霊六騎倒して叶えたい願望が、『この男が出てきた過去を無かったことにしてください』というのは幾ら彼女が暴君でも嫌すぎたから・・・・・・。
しかし、聖杯の奇跡無くして過去を無かったことにすることは出来ず、記憶を改竄するには魔術が必要で、自分は対魔力最高ランクのセイバークラスで現代の魔術師では大魔術クラスでないと傷ひとつつけられない絶対耐性を有している。
――どうしようもなかった。忘れられないし、無かったことにも出来そうにないし、そんなことのために聖杯捕りたくないし。
そんなこんなでセイバー・オルタが出した結論は『私は何も見ていない』とする、見て見ぬフリであり、『起きてしまったことは仕方が無いので無視する』という合理的に計算だけで考え出された正しい対応の仕方だったのだ。
サーヴァントという名の神秘の結晶が選んだにしては、あまりにも夢のない結論だったけど、まぁ現実なんてこんなものである。それに実際、聖杯使わず過去を無かったことにするには他に手がないし。仕方ないんじゃね?
「うむ、噛み砕いて言い直すとだな」
そしてバカは空気を読まない、読んでくれない。折角無視してやったのに、わざわざ言い直して来やがって、この筋肉脳筋めがと、当世風の罵り文句を聖杯ネットワークで大量検索しまくりながら心の中で百万回ほど罵倒している相手がまた同じ事を言う。
「我が名は征服王イスカンダル! 世界征服したいので人材を募集中!
故にひとつ我が軍門に降り、聖杯を余に譲ってはもらえぬか? さすれば余は貴様らを朋友として遇し、世界を征する快悦を共に分かち合う所存でおる」
・・・本人自身も先ほどと同じこというのは芸が無いと思ったのか、一応の変化をつけてきていた。まぁどっちにしろ戯れ言であることに変わりは無いし、そもそも内容自体はまったく同じなのだからディテールにこだわっても意味ないと言えば意味ないのだけれども。
「先に名乗った心意気には、まぁ感服せんでもないが・・・・・・」
苦笑交じりにかぶりを振って、ランサーが言うのが聞こえた。
格好つけてはいるが、目はマジだ。本気で殺したいほど怒っている。
「その提案は承諾しかねる。俺が聖杯を捧げると誓ったのは、今生にて誓いを交わした新たなる君主ただ一人だけ。断じて貴様ではないぞ、ライダー」
「そもそも、そんな戯言を述べ立てるために、貴様は私の狩りを邪魔立てしに来たのか? だとしたら戯れ言が過ぎたぞ征服王よ。ブリテンの王に対して無礼であろう、貴様こそ王の御前で礼節を心得ろ」
「ほう? ブリテンの王とな?」
その宣言にライダーは大仰に眉を上げて驚きを現す。よほど興味を惹かれたのか、先に痛罵したランサーの言は完全無視の形になってしまって相手が余計に怒っているけど、器のバカでかい征服王は細かいことは気にしない。相手にとって大きな事でも、相手自身が小さいこと気にする性質だとコミュニケーションが取りづらい性格の持ち主なのである。
・・・・・・なんか色々な意味でかわいそうなランサーの幸運値は最低ランクです。
「こりゃ驚いた。何しおう騎士王が、こんな小娘だったとは!」
「正確な論評だが、私が望んで女に生まれたわけではないのでな。どこぞの騎士の言を用いるなら、持って生まれた呪いのようなもので如何ともしがたい。
恨むなら私を女に産んだ母か、もしくは男に生まれた自分たち自身でも恨んでくれ」
「ぐ!? ・・・・・・ぬぅ・・・・・・」
ランサーのうめき声。実はまだ根に持ってたセイバー。騎士王アルトリア・ペンドラゴンは、気高そうに見えて意外と根に持ちやすいブリタニア王国のキングだい。
「こりゃー交渉決裂かぁ。勿体ないなぁ。残念だなぁ」
そうぼやいて俯くライダー。
当然と言えば当然の結果を前にして、彼の足下から怨嗟と共にマスターのウェイバー・ベルベットが恨み節を零そうとしたその時に。
意外な“待った”の声がかかった。
「いや、そうではなく。そう言った話はサーヴァントである私でなしに、マスターに直接言いに行けと行っているのだ。
それがサーヴァントとして通すべき筋であり、手っ取り早かろう? 我々は所詮、聖杯を獲るため喚び出されただけの影に過ぎぬ身の上だぞ。令呪の縛りもあるのだし、サーヴァントだけ勧誘しても意味がなくはないのかと、そう言っているのだ征服王」
・・・この場で一番強行に批判してきそうだった騎士道の祖からの意外な反応に、ウェイバー・ベルベットの怒りは矛先を失って霧散した。
ランサーは意外さに目を丸くして、ライダーは興味と批判が半々と言った目つきで相手を見やり、当のセイバー・オルタ自身は他人の受け取り方など何処吹く風と気にもせず、堂々とすべての視線を受け止めている。
しばらくの間沈黙が流れ、ライダーが己のこめかみを拳でグリグリしながら静かに諭すような口調で問いかける。
「ふむ・・・そりゃ何か? 騎士王、お前さんはマスターが余に味方すると言ったときには文句も言わずに従うというのか? それがブリタニアを統べる王としての誇りに反する相手であったとしてもか?」
「勘違いするな征服王よ。今の私は騎士でもなければ王でもない。ただのサーヴァントという名の剣であり、盾でしかない存在だ。国を失った王が、今更王としての誇りもクソもあるか馬鹿者」
「そう言うが貴様、さっき王の御前だなんだと言っておったではないか~」
「貴様が王様風を吹かしたりするからだ。そうでなければ私もサーヴァントとしての自分に甘んじていた。
王としての私は負けず嫌いなのでな、サーヴァントの役目とは相性が悪い。そんな相手のプライドを逆なでしたお前が悪い」
「・・・するってぇと、つまり・・・・・・」
顎をゴリゴリしながらライダーは、セイバーの言った言葉を咀嚼する。
自分をサーヴァントでしかないと言いながら、王としての自分自身のプライドが許さなかったら噛みついてくる。王のプライドさえ刺激されなければサーヴァントの分に徹する。
マスターの判断には従う。自らの誇りに背く相手だろうと、マスターが組むと言ったら言うとおりにするが、自分のプライド問題は別だ。刺激してきた相手が悪い、と。
要するにコイツ。
「・・・滅茶苦茶ワガママな王様なんだな-、お前って・・・・・・」
ライダーが言った。
お前が言うな!と、ウェイバーは思ったけど言わなかった。
「王とは得てしてそう言うものだ。あと、貴様にだけは言われたくない」
セイバーが言い返した。
そうだ! その通りだ! もっと言ってやれ!とウェイバーは思ったけど言わなかった。
・・・割と本気でどうにかならんか、このヘタレマスターは・・・・・・。
『そうか、よりにもよって貴様かウェイバー君』
「ひっ!?」
どこからともなく聞こえてきた、低く這うような怨嗟の声にウェイバーがビビって小さく叫び声を上げた。
未だ姿を現していない、ランサーのマスターである。
ランサー自身とは念話で会話しているが、あれは予定より早く宝具を使う許可を求めたからで、この場にいるほぼ全員が彼のマスター ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの声を今初めて耳にする。
『いったい何を血迷って私の聖異物を盗み出したのかと思ってみれば―――よりにもよって、君みずからが聖杯戦争に参加する腹だったとはねぇ。ウェイバー・ベルベット君』
「あ・・・・・・う・・・・・・・」
『残念だ。実に残念だなぁ。可愛い教え子には幸せになってもらいたかったんだがね。ウェイバー、君のような凡才は、凡才なりに凡庸で平凡な人生を手に入れられたはずだったのにねぇ』
「うぅぅ・・・うぁああぁぁ・・・・・・・・・」
ガタガタ震えて、見えない声の主に怯え続けることしか出来ないウェイバー・ベルベット。
・・・その肩に優しく、力強く、大きな手が置かれ、見上げた先には野太い男臭い笑顔。
彼のサーヴァント征服王イスカンダルが、彼の好みに合わないやり口をするランサーのマスターを大声出して痛罵する。
「おう魔術師よ。察するに、貴様はこの坊主に成り代わって余のマスターとなる腹づもりだったようだが、片腹痛いのぅ。余のマスターたるべき男は、余と共に戦場を馳せる勇者でなければならぬ。姿をさらす度胸もない臆病者なぞ、役者不足も甚だしいぞ」
『・・・・・・・・・』
ライダーの喝に沈黙が落ちる。
彼に説教されたケイネスは必ずしも狭量なだけの人物ではなかったが、今時の魔術師の中では魔術師らしい王道を好む人物で価値基準も正統派の魔術師に寄っている物を持ち、サーヴァントに対して魔術師たちが普段から使役している使い魔の位階が高いだけの存在として見下している部分があり、プライドも高い。
また、格下と認識している存在から見下されて『相応以上の報いを与えることが出来ない』と言う状況には、耐性以前に経験したことがほとんどない。
慣れの無さが、彼の内部から酸のように心を蝕んでいき、なにか発散するのに使えそうなちょうど良い八つ当たりの材料はないものかと意識を拡大させたとき。
再び征服王の怒号が木霊する。
「おいこら! 他にもおるだろうが。闇に紛れて覗き見をしておる連中は!
それとも冬木に集った英雄豪傑どもの中に、セイバーとランサーが見せつけた気概に応える度胸のある者はおらぬのか? んん!?」
「どういう事だ? ライダー。我が主の他にも、この地に参っていた者がいたのか?」
ランサーが問いかけ、征服王は満面の笑みと共に親指を立てて示す。
「セイバー、それにランサーよ。うぬらの真っ向切っての競い合い、まことに見事であった。あれほどに清澄な剣戟を響かせては、惹かれて出てきた英霊が、よもや余ひとりということはあるまいて」
アイリスフィールは内心で、ヒヤリとした。いずこかに潜んでいるであろう切嗣の所在が看破されたのかと肝を冷やしたのだが、どうやらライダーの意中には自分以外のサーヴァントのことしかないらしいのを見て安心した。
――ちなみにセイバーは何も言わない。別のことに忙しかったからだ。
「情けない。情けないのぅ! 誇るべき真名持ち合わせておきながら、コソコソと覗き見に徹するというなら腰抜けだわな。英霊が聞いて呆れるわ! ああん!?
聖杯に招かれし英霊どもよ! もし、その度胸があるなら今ここに集って姿を見せるがいい! なおも顔見せを怖じる臆病者は、征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬと知れ!!!」
周囲一帯に轟くような大号令、大熱弁。
それは遠く離れたコンテナ集積場で事の顛末を見守っていた衛宮切嗣の耳にも、同じく反対側から監視していた久宇舞弥の耳にも届いていた。
「・・・・・・あのような馬鹿に、世界はいちど征服されかかったのですか・・・?」
『・・・・・・・・・』
舞弥はつぶやき、インコムの向こう側の切嗣は沈黙だけを返す。
――ただ、その理由は彼女が思うものと予想と少しだけ異なっていたのだが・・・・・・。
『おい、マスター! 一体いつになったらランサーのマスターを不意打ちして倒すつもりなのだ!? さっきからベラベラと無駄口を喋りまくっているのに一向に倒される気配がないのだが!? 貴様まさか私だけに働かせサボる気だったのではあるまいな!?』
『ち、違う! そうじゃない! ここらを一望できるレリッククレーンに死んだと思わせていたアサシンが陣取って、ここいら一帯は既に監視下に置かれてしまってる!
生身の人間であるボクが撃ったりしたら即座にバレて殺されて終わるだけだろう!? だからタイミングを計っている最中だったんだよ!』
『ふざけるな!? それなら今日の私は何のために戦っていて、何のために今から強敵ども相手に応戦しなければならんと言うのだ!? 貴様が囮をやれば自分が片付けると言うから信頼して任せているのだぞ!?
魔術師を殺せない【魔術師殺し】など役立たずの穀潰しだ! これ以上、私にばかり戦わせて影から覗き見する以外なにもできない役立たずで居続けるなら、再会した際に性根を叩き直してやるためのエクスカリバー・ランニングを免れないと知るがいい!』
『お前は本当に無茶苦茶言う奴だな!? オイ!?』
・・・契約したサーヴァントとマスター同士でのみ使うことが出来る念話で、征服王より先に黒く染まった騎士王からの侮蔑を免れなくなってて忙しすぎたからである。
――合理的な暴君は、己に課せられた役目も果たすことが出来ない無能に対して、家臣だろうと上司だろうと決して容赦してくれることはない・・・・・・。
つづく