もしも切嗣が喚んだセイバーがオルタ化してたら   作:ひきがやもとまち

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ACT8

 ・・・黄金のアーチャーが去った深夜の倉庫街に、剣戟が木霊し続けていた。

 漆黒の甲冑をまとった謎のバーサーカーが野獣の如き勢いで、黒く染まった騎士王に猛追撃を続行しまくっていたからである。

 

「~~~~~~ッ!!」

「ちぃッ!!」

 

 来るとわかっていた黒騎士の突撃に剣を構えて即応したセイバー・オルタであったが、予想外の武器である“鉄柱”を振り回して襲いかかってくる規格外のバーサーカーの攻撃を受け止めきれず、横に逃がし、最初から離脱を優先して逃げにかかる方針で防御態勢へと戦闘スタイルを移行させていく。

 

「そういうことか。あの黒いのが掴んだものは、何であれヤツの宝具になるわけか」

 

 離れた位置からライダーが感心した風に唸る声が聞こえてくる。

 実際、彼の言うとおりバーサーカーの持つ能力は『形ある固有の武器として顕現する』オルタのエクスカリバー・モルガーンとは違い、『その英雄が持つ逸話が特殊能力として発揮されるタイプ』のものであるらしい。

 

 その手に触れたものは何でも自身の宝具に変えてしまえる強奪能力は“宝具を切り札とする英霊”にとって敵の放つ攻撃のすべてが切り札と化してるような状況下で戦も何もあったものではない。

 

 全力で防いで、全力で逃げて生き延びる。

 この戦況においてはそれが望みうる最高にして最良の選択肢であることを12の戦い、2度の会戦を勝利で飾った戦上手の本能で理解していたから・・・。

 

(だいたい、敵はコイツだけではないというのに・・・っ!!)

 

 心の中で舌打ちしながら、オルタの頭にあるのは目の前の黒い狂犬以上に二人の強敵。

 ディルムッド・オディナと、征服王イスカンダル。この二人がバーサーカーに加勢して戦いに参加してきたら捌ききれる自信は些かもない。

 ただでさえ目の前の敵がバーサーカーとは思えないほど技量がありまくっていて強いのである。一対一なら確実に勝てる自信があるが二対一だと「勝利を信じる」ことしか出来なくなる騎士と、敵か味方か得体の知れない征服王まで参戦してくるなど冗談ではない。そんな窮状に陥っていながら逆転勝利しろとマスターが命じるというのならば。

 円卓からもう二人ばかり召喚して来い!と、正当な苦情の一つでも言ってやりたくなってくる。

 

 おまけに――

 

「悪ふざけはその程度にしてもらうぞ、バーサーカー。そこなセイバーは俺が取ると約束した首級。それ以上つまらん茶々を入れるというなら俺とて黙ってはおれ――――」

『何をしているランサー? セイバーを倒すなら今こそが好機であろう』

「我が主!? ・・・お言葉ですが、セイバーは必ずやこのディルムッド・オディナが誇りに賭けて討ち果たしてご覧に入れると約束いたします! ですからどうか、我が主よ! この私とセイバーとの決着だけは尋常に・・・」

『ならぬ。ランサーよ、令呪をもって命ずる。バーサーカーを援護してセイバーを殺せ」

「く・・・くそォォォォォォォォォッ!!!!」

 

 最後の雄叫びはランサーのもの・・・ではない。次々と悪い予想が的中していくセイバー・オルタが己が不幸(つまりはラック値の低さ)を嘆いて罵り声を上げただけである。

 

 ランサー個人や、ランサーのマスターに思うところはない。戦術的に見て正しく合理的な判断だったと王(指揮官)として正しく評価し内心では賞賛を送っているほどだ。

 自分とて、同じ立場に立ったら同じ命令をランサーに指示していただろう。ランサーがどのような目的で召喚に応じたのかまでは知らないが、『戦場は個人の武勇と武名を誇るための場所ではない』。それは戦争を指揮するものとして当然持っていなくてはならない常識である。その点において彼女はランサーのマスターに対しても、自分に対しても平等だった。彼女の思想に例外はない。

 

 とは言え、戦術的に正しい判断をされるということは、敵にとってこれ程されて嫌なことは他にない行為をすると決定されてしまうことでもある。される側としては素直に歓迎できるはずがない。当然のことだ。

 正直な心境としては、青臭い騎士道物語に出てくる綺麗事でも貫いてくれてた方が楽できたし素直に嬉しかった状況なのだから。

 

「・・・セイバー・・・済まん・・・っ!!」

「ええい! 次から次へと厄介ごとが起こる日だな今日の夜は!!」

 

 苦しげに呻いてからジリジリと間合いを詰めてこようとするランサー。黒い騎士のバーサーカーもランサーに危険がないと判ったのか隣に並び立って速度を合わせながら接近してくる。

 

 ――理性失ってる割には冷静な戦術的判断だなオイ!!

 

 心の中で盛大に罵り声を上げまくりながらセイバー・オルタはジリジリと相対速度を敵に会わせながら後退していく。

 勝ち目はなく、守りに徹してさえ時間稼ぎにしかならない。この状況下で自らが打てる手などほとんどない。さて、どうしたものかと思っていたら『遠くで別の厄介事が発生していることを感じ取って』本気で頭を痛めはじめてしまった。

 

(何故この状況下で其れをやろうとする・・・!?)

 

 どういう思考の末にそう言う結論に達したのかはまるで理解できないが、とにかくセイバー・オルタは敵が大人しく動きを押さえてくれてる隙に『今さっき生じ始めたもう一つの厄介事』を解消するため意識を戦場とは別の場所へと移し替えた。

 

 

 

 

 ・・・そこは死闘が今なお続く倉庫街の中にある、岸壁間際の集積所に積み上げられたコンテナの山の隙間。

 衛宮切嗣は巨大なワルサー狙撃銃の銃口を覗かせて電子の目で闇を透かし見ながら、口元のインコムに向けてそっと呼びかけていた。

 

「・・・舞弥、そっちからバーサーカーのマスターは視認できるか?」

『いいえ。見当たりません』

「・・・まずいな・・・」

 

 遠くからセイバー・オルタの窮地を見守っていた彼の声にも焦りが浮かび始めていた。

 魔術師殺しである切嗣は、ランサーのマスターのように戦場に出てきて姿を晒してくれさえすれば遺憾なく実力を発揮し一発で勝負を決めることが可能になるのだが、逆に二つの暗視スコープを併用しても一向に姿を発見できないバーサーカーのマスターのような魔術師が相手では手の出しようがなく、見ている以外に出来ることがほとんどない。

 

 ハッキリ言ってしまえば、覗き魔の中年の出歯亀オヤジに徹することしか出来なくなるのが魔術師としては二流で、魔術師殺しとしては超一流な衛宮切嗣という男のステータスだった。

 根っからのアサシンなのである。息を殺して隠れ潜んで、敵を背後から襲って不意打ちでブスリ以外の戦い方は得手としておらず、残りはせいぜい調子に乗らせて一瞬の油断を突く騙し討ち戦法とかの搦め手しかストックがない。

 

 どちらにしろ、敵の方から出てきてくれること前提の戦い方しか持っていないのが彼だった。自分と同じように隠れ潜んで姿を晒さぬまま、使い魔でしかない強力なサーヴァントに暴れさせるだけなんて手法を取られてしまうと途端に役立たず状態に陥ってしまう欠点を彼は持っている。

 

 要するに彼は、自分とは真逆のタイプに強く、同類相手には滅法弱くなる。そう言うタイプの魔術師であり・・・言葉を選ばずに言ってしまえば“ひねくれ者タイプ”の魔術師という言い方も出来なくはない。

 

 

 ――なまじ優秀な魔術師よりも、こういう増長のない相手の方が僕にとってはむしろ難敵だ。驕り高ぶってくれないと隙を突くための油断を生じてくれない・・・!

 

 心の中だけで激しく歯軋りする切嗣。

 ・・・ちなみにこの時、当の話題の中心バーサーカーのマスター間桐雁夜は、どこで何をしていたかというと。

 

 

「ぐ・・・が、がぁぁぁぁッ・・・・・・やめろ! 戻れ! 戻ってこいバーサーカー!

 やめてくれぇぇぇぇぇぇ!! バーサーカァァァァァァッ!!!!」

 

 ・・・自分自身が召喚して使役して、今現在も切嗣やセイバーを追い詰めまくってるバーサーカーに無理矢理体内のエネルギー食い散らかされまくる激痛が辛すぎて、床のたうち回りながら必死に撤退を呼びかけてはサーヴァントに無視されまくっていたりする。

 

 当たり前の話だけど、戦場に姿を晒すとか晒さないとか言うレベルじゃないし、増長もなにも聖杯戦争に参加した理由が劣等感からくる嫉妬な男である。むしろ恋が実って美人の嫁さんもらって愛娘まで生まれた切嗣の方がよっぽど増長できる条件は満たせているほど『この世全ての不幸』を凝縮して一身に集めたようなこの男になにをどうやって傲慢になれというのだろうか?

 

 ある意味で切嗣の戦い方にとっては天敵とも呼べる精神の持ち主ではあるのだが。

 ・・・難敵か? コレ・・・。放っときゃ勝手に自滅して死ぬぞコイツ。

 魔術師殺しの衛宮切嗣でさえ正々堂々正面決戦挑んだ方が楽に殺せそうな敵なんだけども・・・・・・まぁ、全知全能の神様じゃないんで切嗣さん、そんな真実これっぽっちも知りようがないんですけれども。

 

 だからこそ、こうしてこういう決断と行動を取ることを選んでしまうときもある。

 

 

「・・・舞弥。僕のカウントに合わせてアサシンを攻撃しろ。制圧射撃だ」

『了解』

 

 セイバーの窮地を見かねた切嗣は決断して、銃を構えながら指示を出す。

 今この場でランサーのマスターを殺せば、戦況を支える天秤が揺らぐ。

 そうなる確率を少しでも高めるため、アサシンに狙撃を邪魔されないよう敵の手前に陣取っている舞弥にアサシンを撃たせる。

 それで倒せるわけでも傷つけられるわけでもないが、しないよりかは成功率は上がり、絶体絶命の今のままの状況を維持するよりかは遙かにマシな判断だ、と彼は信じて実行する。

 

 

「カウントダウン6秒前から。―――六」

『やめろ阿呆! いきなり何をトチ狂った暴挙に出ようとしてるんだ貴様は!?』

「なっ!? せ、セイバー!?」

 

 いきなり耳元で怒鳴りつけるかの如き声量で、セイバーから念話が届けられた切嗣は目を白黒させて慌てふためくが、そんな事情は暴君にとって知ったことではない。そんな些事より今はバカな愚行を止める方が先決である。

 

 

『まだ開戦一日目の一戦目だぞ!? 一介の捨て駒暗殺者じゃあるまいし、初っぱなからいきなりマスターが賭けに出てどうするつもりなんだ貴様は!? 本気で勝ちたいなら長期的にものを考えろ! 命の賭け時と捨て時を誤るな!

 万が一やることになるとしても、まだ早すぎるだろうがぁぁぁっ!!!』

「む・・・むぅ・・・・・・」

 

 唸る切嗣。

 いやまぁ、時期的に早すぎる賭けだというのは自分でも自覚していることではあるのだが、他に現状を改善する方法がないのだから仕方がないのではないかとも思ってしまうのである。

 

 今のランサーはマスターの令呪によって不本意な戦いを強いられており、令呪に束縛された彼の身体は彼個人のものではなく冷酷無比な機械装置でしかない。

 英霊ディルムッドが鍛え上げた技と能力の全てを彼の信条とは関わりなしに発揮されて、マスターの命令を遂行するためだけに戦うサーヴァントと言う機械兵器としてセイバーに襲いかかろうとしているのである。

 

 彼だけなら任せてしまってもいいが、さらに厄介なバーサーカーと手を組んだ状況ではセイバー陣営にとって不利すぎる。状況に変化をもたらす破滅の一弾が今この時だけは絶対に必要で有効なのだと、切嗣は最大限短文にして自分の考えをセイバー・オルタに説明した。

 

 ・・・もっとも、マスターを喪った直後のランサーがどういう反応をするかは予想できないし、舞弥が撃つアサシンも陽動に引っかかってくれるかどうかは見込みのかなり甘い判定で実行するしかないのだけれども・・・・・・

 

『不確定要素だらけ過ぎるだろう!? 何でそんな分の悪い大博打に命賭けようとしてたんだ貴様たちは!? バカなのか!? バカなんじゃないのか!?

 状況が危機に陥ると毎度のように目を輝かせて命懸けで突撃したがる円卓の脳筋バカ共と同類の、バカだったんじゃないのかお前!?』

 

 セイバー・オルタ、一刀両断。そして、全力ツッコミ。

 生前いろいろやらかしまくってくれた部下たちを持つ身として、声には悲喜交々の心情が込められているようだった。

 

 実際問題、騎士道物語の超王道を行く『アーサー王伝説』は一見優美なイメージがあるが、その実突撃厨のドンキホーテじみた戦闘バカが数多く登場しまくる主君にとっては頭抱えたくなるようなエピソードがてんこ盛りの物語だったりもする。シャルルマーシュ十二勇士よりかは大分マシだと信じてはいるが、それでも他人に真似して欲しくない部分はいっぱいあるので本気でやめて欲しいオルタさんである。

 

「だ、だが、どうするつもりなんだセイバー? このままだとお前に勝ち目はないぞ? お前一人で挽回できる状況とは到底思えん・・・」

『単独でどうにか出来ない状況では防御に徹して籠城し、状況の変化を待つのが兵法の基本だ! なんのための騎士の英霊サーヴァントだと思っている!? 馬鹿にするな愚か者!!』

「・・・・・・・・・むぅ」

 

 切嗣さん、ちょっとだけ悔しそうに呻き声を漏らす。

 基本的に彼は暗殺者であり、世界中の紛争地帯でゲリラを指揮した経験こそあるが『全軍の指揮官として大軍を指揮して戦争に挑んだこと』は一度もない。

 言ってみれば、『戦闘と暗殺のプロ』ではあるが、『軍を指揮する将としては素人』なのが衛宮切嗣という名の極端すぎる人生を歩んできた男が持つ欠陥の一つなのである。

 

 ついでに言えば、将来の養子と違う形ながら大切に思っていた人たちを子供の頃にすべて喪った過去があり、サバイバーズギルト的な偏屈さを併せ持ってもいる。

 自分と違う価値観や考え方を認めることがどうしても出来ない症状を後天的に持ってしまっているのだ。暗殺者としてリアリズムに徹しなければいけない職業柄ある程度は妥協が出来るようにはなってきているけど完全に自分の考えた作戦を破棄して相手の意見を全面的に受け入れることは、やはり難しい精神状態の持ち主だったりするのである。

 

『今はとにかく待て! 状況が変化するまで耐え忍べ! 勝利が私を見捨てていないのであれば必ずや変化は訪れる!

 戦の勝利は偶然手に入るものではなく、勝つべくして勝つ者に与えられるものなのだ! お前も暗殺者ではなくマスターとして聖杯戦争に参加しているなら指揮官として大局的に戦局を見る目を養っておけい!』

「・・・むぅぅ・・・だが、戦場は礼儀正しい決闘場と違って一度負けたら後がない。取り返しが付かない戦いの場で失敗は許されないんだぞ?」

『一度負けたら取り返しが付かない戦場だからこそ、失敗しない状況が来るまで我慢するべきなのだろうが!! このド阿呆ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!』

「・・・・・・・・・・・・・・・むぅぅぅ・・・・・・・・・」

 

 今度こそ本気で悔しそうな表情で歯がみする切嗣さん。

 基本的に、苦しむ人々を見てられなくて我慢できずに救済のため暗殺者になった彼は他人に任せて何もせずに待つのが苦手な人であり、罪悪感から自己犠牲で誰かを救いたがる自殺願望持ちな救世主タイプの男の人でもあります。

 

『とにかく今は――チッ! 敵が動き出したか! 一旦会話を切るぞ! やらざるをえなくなったら私の方から頼むからしばらく待っていてくれ! 以上!』

 

 そして、切嗣からの返事も待たずに一方的に念話を断つセイバー・オルタ。

 なんだか電話の途中で客が来たから慌てて切った、みたいなやり取りだったが、間違った表現ではないので取りあえずは良いとしておくとしよう。

 

「うぅぅむ・・・・・・」

 

 そして一人、『なにもしなくていい』と言われて放置された切嗣さん。今までずっと走り続けてきた彼としては結構キツい待ち時間の始まりです。

 

 ちなみに。

 

『・・・・・・(クスッ)』

 

 いきなりの会話乱入だったせいでインカムの電源を切るタイミングを逃してしまった切嗣とセイバー・オルタの会話をずっと聞かされ続けていた舞弥は機械の向こう側で一人静かにうっすらと微笑みを浮かべていた。

 サーヴァントと契約していないマスター外の彼女には、切嗣と話していたセイバー・オルタの声は聞こえないまま、らしくもなく慌てふためき言い負かされている可愛らしい切嗣の声という超絶激レアボイスを聞き続ける特権を心ゆくまで享受していたのであるが。

 彼女はその事実を切嗣に伝えて恥をかかせようとは思わなかった。

 何故なら久宇舞弥は、そう言う女なのだから。

 

 衛宮切嗣という機械を完成させるため歯車として育てられ、彼が求めたときには助手として、時に情婦として身体を捧げる切嗣にとって都合のいい女になる道を自ら選んで進み続けてきたのが彼女なのだから。今も、これからも、これまでも変わる道は決して選ばない。

 

 何故なら、それが久宇舞弥という女のスタイルなのだから―――――

 

 

 

 

 ――対して。

 

「Aurrrrrrrッ!!!」

「済まん! セイバー! てやぁぁぁっ!!!」

「くっ! がっ! ・・・でやりゃあああああっっ!!!」

 

 自分の都合を他者に力尽くで押しつける道を自ら選んで貫き進んできた黒い鎧の少女騎士王さまに『黙って耐え忍ぶ』などという奥ゆかしさは微塵も存在しない。

 

 時に躱して、時に受けて防いで、時に蹴り飛ばし。そして・・・・・・時に前に出て切り払う。

 

「でやぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「うっ!? くっ!」

「uaッ!?」

 

 連携で攻撃しようとする寸前に片方を攻撃するため前に出られたことで機先を制され、多声を立て直すため一時退かざるを得なくされるランサー・バーサーカー同盟の二騎。

 籠城戦なのに前に出るのかと聞かれたら、『そもそも籠城戦とはそう言うものなのだから前に出るのが当たり前だ』としか答えようがない。

 

 近代戦において籠城戦などやる機会はめったにないから勘違いする者も多いが、そも籠城戦とはひたすら立てこもってばかりいる戦術のことを指して使う言葉ではない。

 敵の攻撃に際して殴られっぱなしでは城内にいる兵士たちの士気が保たない。適度に反撃して勝利を得ないと城壁より先に城を守る兵士たちの心が折れて内側から敵に対し門を開いてしまい結果的に敗北する。これが籠城戦での敗北パターンの定番である。

 

 籠城戦とは純粋な武力衝突よりも、心理戦が多くの比重を占める戦術のことを指しており、城にこもって耐え抜くためには『持ち堪えれば勝てる!』と兵士たちに信じ込ませるため指揮官自身は常にドッシリと自信満々に踏ん反り返っていてもらわなければ困るというのが籠城戦を戦う兵士たちの素直な心情なのである。

 

 なのでいきなり死を覚悟したギャンブルに出ようとした切嗣は、あの時点で城主失格過ぎるのだけれども、では彼が籠城戦のセオリーを知らなかったかどうかと聞かれたらよく判らないとしか答えようがない。

 

 何故なら彼は、『元々こういう状況が苦手な性質の持ち主だったのだから』・・・・・・。

 

 

 カン! カン! ガキィン!!

 

『・・・セイバー、まだか。変化はまだ訪れないのか?』

「まだだ!」

 

 カンカンカン!! ガキィン! ズバァァァッン!!

 

『・・・・・・まだか、セイバー。僕はいつ頃、参戦すればいい?』

「まだ早いと言っている!』

 

 カカカカカカン!! ガキンガキンガキィィィィッン!!!!

 

『セイ――――』

「堪え症ないヤツだなお前は!? まだ始まってから僅かしか経っていないのだから待っていることは出来んのか!?」

 

 

 セイバー・オルタ、プチ切れる。まぁ仕方ないことだけれども。

 ただ一応、弁護しておくと切嗣は別に待つのが苦手な人間ではない。必要があれば何日でも動かずジッと獲物が通りかかるのを待ち続けられる驚異的な忍耐心の持ち主である。

 では何故、今このようになっているかと言えば答えは簡単だ。

 

 

 彼は『自分が何もせずに、ただ座して待ち続けるだけの自分』を許すことが出来ない性格の持ち主だったから。

 ただそれだけが理由である

 

 

 自分が立案した作戦を成功に導くためならいくらでも我慢が出来るし、賛成した作戦でも同様なのだが、『何もしないで見ているだけの状況』にはとことん弱い。何かしたくて仕方がなくなってしまい身体が疼いてきてしまう。

 

 何かしなければいけない。何か出来ることがあるのではないか? そういう風に考えて思いついたアイデアがあったら試さずにはいられないし、成果を出せたら実行して人を救いに行かずにはいられない。そう言う性癖が彼には第二の本能として心の奥底に根付いてしまっている。

 

 端的に表現するなら、『使命感に燃える、外面はクールで中身は炎な熱血中年』。それが衛宮切嗣という男の本質なのである。

 

 

 ・・・だからまぁ、見ているだけしか出来ないこの状況は彼にとってかなりのストレスであり、だからこそ先ほどのようなギャンブル要素の強い賭けにも出てしまい易いところが彼にはあるのだった。

 

 あんまり大事を成すのには向いていない性格の持ち主ではあるのだけれど、だからこそ「何でも願いを叶えてくれる万能の聖杯」なんて都合のいい存在に自分の全存在をベットしてしまう大博打に参加したとも言えるので、判断の難しいところとも言えるだろう。

 

 

 何はともあれ、少なくとも今回これ以上の我慢を彼がする必要性はなくなってくれた様なのは誰にとっても喜ばしいことだっただろう。多分だけれども。

 

 

 

「そぉーれ、AAAAaaaaLalalalalalaie!!」

 

 効果音じみた変な掛け声と共に雷鳴が走り、閃光が瞬き。地を走る稲妻が今しもセイバーに襲いかかろうとしていたバーサーカーを轢き殺すかの如き猛スピードで突撃してきて交通殺人してしまった後みたいなタイヤ(車輪)跡をアスファルトに残しつつ、ライダーが戦車を駆け抜けさせていった先で後ろを振り返りつつ、とぼけた顔で軽く一言。

 

「ほう? あれで死なぬとは、なかなかどうして根性のあるヤツ。ほんの少しだが、性根を入れ替えた後なら余の幕下に欲しくなってしまったぞ?」

 

 はたしてバーサーカーは横合いから突っ込んできた暴走トラック・・・もとい、戦車に轢き殺されておらず、弱々しくも痙攣しながらゆっくりと立ち上がろうとしていた。神牛に蹴り潰されそうになった瞬間に黒騎士は辛うじて身を捻り、戦車の車線上から転がり出ていたのである。

 

「・・・・・・・・・」

 

 とは言え、大ダメージを受けさせられたことに変わりはないし、この身体で戦闘続行して勝てると思えるほどバーサーカーらしい理性の損失も起こっていない。

 

 やがて霊体化して姿を消し、撤退したのを確認すると征服王イスカンダルはランサーのマスターにも「これ以上余計なことするな」と注意してやる。

 

「と、まぁこんな具合に黒いのにはご退場願ったわけだが・・・おぉいランサーのマスターよ。どこから覗き見しておるのか知らんが、下衆な手口で騎士の戦いを穢すでない。これ以上そいつに恥をかかせるというなら、余はセイバーに加勢して二人がかりで貴様のサーヴァントを潰しにかかるが、どうするね?」

『・・・・・・』

 

 姿なきランサーのマスターにして、ウェイバーの師は怒りを堪えるためしばしの時間を必要とした後に撤退命令を己がサーヴァントに下した。

 

『――撤退しろランサー。今宵はここまでだ』

 

 そう言って消えた魔術師の声の気配に、ランサーは思わずホッと安堵の吐息を吐きながら槍を下ろし、征服王へと頭を下げる。

 

「感謝する。征服王よ」

「なぁに、戦場の華は愛でるタチなのでな」

 

 ニンマリと破顔する巨漢の大男に、男臭く清々しい鋭く輝く笑顔を向けてから、彼はセイバー・オルタの方にも頷き一つを送ってくる。

 

 ――決着は、いずれまたの機会に必ずや。

 ・・・そう言う意味なのだろう。組織の利益を個人の願望よりも上と見なしたセイバー・オルタにとっては守る価値をあまり感じない約定ではあったが、さりとて何の理由もなく破ろうと思えるほど詰まらない戦いをする相手でもなかったので、返事だけはしておいてやった。

 片手を振って「しっ、しっ」と犬を追い払うときのような仕草を返しただけであったが、言葉を用いないボディランゲージというのは思いの量が重要らしいのか普通に通じてくれたらしい。

 不愉快そうな気配一つ感じさせぬまま、何かを信じ切った表情で霊体化して姿を消した美貌の騎士に多少の毒気を抜かれてからセイバー・オルタは、残った最後の一人にして最初から最後まで結局なにしに来たのかよく判らなかったライダーに声と視線で問いを投げかけるのだった。

 

「・・・で? 結局お前は何をしに出てきたのだ征服王よ。

 正直私の目には、戦局を引っかき回しまくった挙げ句に、自分以外すべての者たちに利する行為しかやっていないように見えなくもなかったのだがな・・・?」

 

 ジト目でそう告げながらセイバー・オルタは自身のスキル、『カリスマ:B』軍団を指揮する天性の才能を使って今回の戦いを最初から最後まで俯瞰視点で思い出しながらそう評する。

 

 彼が乱入してきたことにより、セイバーとランサーは聖杯戦争開始初日からどちらかを失うことなく戦いを継続して楽しむことが出来るようになり、コミュ障レベルが物凄そうな黄金の英霊遠阪のアーチャーとの会話も率先して引き受けてくれて、バーサーカーとの戦いにおいては黙ってみているだけでセイバー・オルタを敗退させられ、生き残った二騎も勝利した瞬間の油断を突いて戦車を突撃して轢き殺そうとすれば片方はほぼ確実に殺れたであろうし、残りも深手を負ってしばらくは動けなくなる。仮に二騎とも倒せなくても動けなくしてからライダー・クラスの足で探し回って止めを刺せば楽に勝てる。

 

 

 ・・・征服王イスカンダルは今回の戦いにおいて、それら全ての成果の独り占めを一切おこなわず、戦いに参加した全ての猛者たちにとって最善の着地地点を提示して見せたのだ。それだけが聖杯戦争初日の戦いで彼が得た成果、そう言っていいほど彼が得られたはずのものたちと比べたら大した価値のない細やかな戦果。

 

「さてな。そういうことはあまり深く考えんのだ。

 何分にもイスカンダルたる余は、決して勝利を盗み取るような真似はせぬのだからな」

 

 だが、歴史上最大の覇王は其れを聞いても、どうでもいいように平然と肩をすくめるだけ。

 

「理由だの目論見だの、そういうしち面倒くさい諸々は、まぁ後世の歴史家が適当な理屈をつくてくれようさ。我ら英雄は、ただ気の向くまま、血の滾るまま、存分に駆け抜ければ良かろうて」

「ふん・・・。野放図な野放しは無秩序で私好みの治世ではないな。

 だが、後世の歴史家が勝手な理由で理屈を後付けするという見方には賛成だ。なにしろ実際に書かれて利用されたことがある身だからな」

 

 神聖ローマ帝国が滅亡に瀕した時期に、ローマの帝室が占領地ブリタニアを支配する正当な王家の血を引く者として正当性を主張するため書かれた歴史書に『ブリタニア列王記』という書物があり、これが伝説上の存在だったアーサー王が史実を描いた歴史書に初めて登場する記念すべき第一冊目となるわけだが、言うまでもなく統治の正当性を主張するためだけに書かれた嘘八百の『偽史書』のため、故郷を犯された侵略者共の後継国家に利用されたことには暴君として思うところが色々とあるにはあるセイバー・オルタちゃんなのでした。

 

「ほう? 我が王道に賛同するか。よし、では早速移籍交渉のため商談の席を設け――」

「いいから今日はもう帰れよお前」

 

 にべもない返事に征服王は「フン、ノリの悪い奴め」と鼻で嗤ってセイバーの挑発的な言葉を受け流した。

 

「すべての王道は唯一無二。王たる余と王たる貴様では、相容れぬのも無理はない。いずれ貴様とは、とことんまで白黒つけねばならん時がやってこよう。

 その時のためにもセイバーよ、まずはランサーとの因縁を精算しておけ。その上で貴様かランサーか、勝ち上ってきた方と相手をしてやる」

 

 大上段から上から目線で言い切られてしまったセイバー・オルタだが、態度のデカさでは彼女もそう簡単に負けてやるわけにはいかない。

 「フン」と鼻を鳴らしながら両手を腰に当てて上から目線で上位ポジションに位置している相手の顔を見上げると。

 

「ならば私がランサーの首を取るまでの間に、貴様はあの金ピカとの因縁を精算しておくのだな。他人に命令するようなことが自分にも出来るかどうかやってみてもらわなければ私の相手をするのに役不足すぎる。大言壮語するしか能のない無能は私の部下にも敵にも必要ない」

 

 ピシャッと額を叩いて「こりゃ一本取られたわい!」と呵々大笑し、征服王は気絶してしまっていたらしい己のマスターを脇に抱えて戦車を夜空へと翻しながら。

 

「では騎士王、しばしの別れだ。次に会うときはまた存分に余の血を熱くしてくれよ・・・さらば!」

 

 そう言い残して最後に残っていた敵サーヴァントとマスターも去り、後に残されたのはセイバー・オルタとアイリスフィールと破壊されまくった倉庫街だった場所の瓦礫のみ。

 

 

「大丈夫だった? セイバー・・・」

 

 アイリスフィールが駆け寄ると、戦いの中で負った細々とした傷を癒やすための治癒魔法をかけてくれながら、感慨深げに呟かずにはいられない。それほどまでに衝撃的で印象深い第四次聖杯戦争の初日に起きた出来事だったのだから・・・・・・。

 

「序盤からここまで派手なことになった聖杯戦争なんて、過去にあったのかしらね・・・」

「いずれも劣らぬ強敵揃い。ただの一人として尋常な敵はなし。

 いかなる時代にあっても、やはり英雄の魂が帰る場所は戦場しかなかったようだな。

 ・・・しかし・・・」

 

「・・・・・・聖杯戦争は名前と違って、実際の戦争ではないと聞いている。一般には秘匿すべき魔術儀式だと。故に聖堂教会とやらが隠匿のため活動してくれるとのことだったが・・・・・・」

 

 

「直すのか? この戦場跡を一般人にバレない様に、バレない時間内で・・・? どれだけ金持ちなのだ、その聖堂教会とか言う聖杯戦争を監督している生臭坊主どもは・・・。

 これが聖杯戦争か・・・・・・腐ってそうだな。主に金で、この国の権力機構とかが」

「あは、あははは・・・あはははは・・・・・・・・・ハァ。

 ・・・考えてみると本当にそうよねぇ・・・」

 

 

つづく


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