ここに記されているのは、タウイタウイに所属し、『冷血提督』と呼ばれ恐れられていた人物と、その艦隊所属であった『艦娘』との対話記録である。

※なお、重要資料であるため各々の良識に基づき閲覧されたし。

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タウイタウイの『冷血提督』

第二次戦争末期。突如海底より現れた謎の存在によって人類は危機に立たされた。それらは瞬く間に海上を制圧してゆき、連合国、枢軸国問わず襲いかかった。事態を重く見た各国政府は、戦争の一時停戦を確約し、共通で事にあたった。

 

「被害報告をしろ」

 

「は。偵察に出ていた第三艦隊は損傷はなし、加えて疲労も少ないかと。ただ、第二艦隊は……」

 

しかし、それらは、常軌を逸した戦闘能力を誇り、通常の兵器では一切のダメージが与えれられないと判明し、各国を恐怖の消耗戦にたたき落とした。かつては戦艦の時代に終わりを告げ、舞台を空へと掻っ攫った戦闘機が、まるで役に立たなかったのだ。

 

一般的な成人女性程度の大きさしかないはずのそれらは、爆撃も機銃も歯が立たず、強力な主砲で、あるいは艦載機で、蝿を叩き落とすかのように戦闘機を撃墜していった。あまりの頑強さと火力によって、空の戦いは殆ど意味を成さなくなってしまったのだ。

 

「資源輸送中に『深海棲艦』と遭遇。辛くもこれを撃退するも、……と、……が負傷。特に前者は大破状態で破損が酷く、修復は絶望的かと」

 

そう、それらは"戦艦"であった。かつて戦いの舞台を奪われた、ほんの少し前まではただの木偶の坊同然であった存在が、まるで恨みを晴らすかのごとく人類を蹂躙したのだ。

 

人類はそれに対抗して戦艦をぶつけ、その火力によって攻めようと試みた。だが、的があまりにも大きい上に同程度の火力を有するその存在とでは結局勝負にならず、この時人類が反撃できたのはそのダメージ一発分という虚しいものであった。

 

人類が『深海棲艦』と名づけた存在によって世界中の海上、その7割以上を制圧されたことにより各国は苦渋の末に海上封鎖決断。これによって被害は一時食い止められたものの、あくまでも時間稼ぎ程度でしかなかった。

 

「ふむ。で、お前はどう思う?」

 

「どう、とは?」

 

しかし、そこに転機が訪れる。未だ海上戦力として戦艦を多数所有していた日本軍によって、多大な犠牲が出ながらも『深海棲艦』の鹵獲に成功。その体構造を解析することに成功した。皮肉なことに、戦争時に先見の明を持たず、戦艦や空母は揃っていたが、航空機や戦闘機が不足し、圧倒的不利な状況で戦争を続けてきた国によって果たされた快挙であった。

 

解析された結果によって得られたことは、『深海棲艦』は人間と似た構造を有しており、しかし肉体は通常の生物とは大きく異なっていること。その体を構成しているのは鉄鋼などの金属であり、血液の代わりに謎の液体が循環していること。その液体は石油などの化石燃料に酷似した物質であること。

 

そして……その液体が戦艦へと付着すると、少女の姿をとったことであった。

 

【駆逐艦大潮です!】

 

鹵獲時に従事していた駆逐艦の一隻に『深海棲艦』の体液が付着し、突如姿を変えたのである。最初は敵と同じものを生み出してしまったのかと大慌てであったが、そこで研究者たちは気づいた。彼女らは『深海棲艦』とは違い明確な敵意を持たず、むしろ好意的とであった。おまけに、言語もしっかりと理解しており、理性的だった。

 

彼らは彼女、『大潮』を徹底的に調べあげた。すると、驚くべきことに彼女もまた『深海棲艦』のような体構造をしており、やはり最初はそういった類のものかと考えたのだが、彼女の体から出てきた存在によってそれは覆された。

 

【やっほー!】

 

現れたそれ、いやそれらは人間と同じような姿をしてはいるが、その体躯は20cmにも満たない。彼女らは自らを『妖精』と自称し、人間に対して非常に友好的であった。そして彼女らから聞かされた内容は、研究者たちに衝撃を与えた。

 

『大潮』を生み出した要因は、正確には戦艦や空母の基本的な材料である鋼材、弾薬、燃料で、燃料を"謎の液体"に置き換えることで『大潮』は生み出されたらしい。『妖精』は『深海棲艦』のことについては詳しくは知らないらしいが、敵対関係にあり、このままでは人類もろとも絶滅してしまうらしく、そのため『深海棲艦』に対抗できる力を彼女らの技術によって生み出そうとした。

 

しかし技術面では完成したものの、いざ製造しようにも『妖精』だけでは材料である『深海棲艦と』を用意できず、頭を抱えていた。

 

「近代化改修か、解体が妥当かと」

 

「……では、彼女を呼び給え。彼女自身に選ばせろ」

 

「酷なことをおっしゃいますね」

 

「選択肢を与えてやるだけマシだと思え」

 

そこでおあつらえ向けに人類が『深海棲艦』を鹵獲したことを知り、研究されていたその液体を、彼女らの技術によって濾過し、戦艦へと塗りつけることで『深海棲艦』に似て非なる存在を生み出したのだ。通常ではその"液体"を付着させても効果はないらしいが、特殊な方法でろ過することによってそういった効能を発揮させることができるらしい。

 

正確には、戦艦や空母の基本的な材料である鋼材、弾薬、燃料。そして空母はさらに艦載機に使うボーキサイトを賄えば人の姿をしたものへと変身する。そう、彼女らも『深海棲艦』と同じく戦艦、あるいは空母であった。

 

『艦娘』と名づけられた彼女たちは、『妖精』の言葉を参考にその必要な資材の量を変えると、それに応じて様々な姿で生まれた。それらはレシピとして纏められ、各国へと重要参考資料として送信され、各国は『艦娘』の開発に乗り出した。

 

こうして、人類と『妖精』の奇妙な異種共同戦線が確立され、『艦娘』という対抗手段を得た人類と『妖精』は、反撃の狼煙を上げたのであった。

 

 

 

 

 

西暦2013年、タウイタウイ泊地。長年外敵からの侵攻を防ぐ防波堤の役割を果たしてきたこの鎮守府では、最前線で戦い続けた歴戦の『艦娘』や提督が数多く排出されてきた。

 

そして、そんな鎮守府に味方からさえも恐れられ、勇名を轟かせる提督が存在していた。

 

名を、佐藤八作。階級は少将、『冷血提督』と渾名され、鎮守府一の嫌われ者であった。

 

海軍将校としては30歳という若輩者ながら、上層部からも一目置かれるこの男は、しかしこの鎮守府内における評価は最悪なものであった。

 

曰く。人類の反撃の要たる『艦娘』をいたずらに消費している無能。

 

曰く。人間ではない『艦娘』よりも人間らしくない冷血野郎。

 

「すっかり定着しましたね、『冷血提督』殿」

 

「別段、的外れというわけでもあるまい。言わせておけばいい」

 

「自らのことに関して頓着されないところは、今も昔も変わりませんか」

 

提督執務室。そこに座している男こそ件の人物であり、このタウイタウイ泊地に所属する提督たちを纏め上げる副司令であった。彼唯一の上司である総司令は現在留守であり、事実上彼がこの鎮守府の責任者とも言えた。

 

彼の祖父は先の大戦にてこのタウイタウイにて戦役についていた軍人であり、開発初期から『艦娘』と共に前線で戦ってきた人物だった。そんな祖父に軍人としての心得を叩きこまれた彼は、シビアな考え方をする厳しい人物であり、軍規の遵守を己や部下に徹底させた。

 

"秋霜烈日"を重んじる彼は、迂闊な行動による失態を犯した者や軍規に反する行いをした者には容赦がなく、彼によって海軍から追い出されたものも少なくない。

 

彼の隣で悠然と佇んで応対をしているのは、正規空母にカテゴライズされる『艦娘』、加賀。その名前はかつて日本海軍が所有し、沈没した同名艦と同じであった。

 

奇妙なことに、『艦娘』は国ごとで第二次世界大戦中に所持していた、あるいは沈没した戦艦と全くの同名を名乗り、それによって各国は『艦娘』にその艦と同じカテゴリで分類を行った。

 

加賀は彼の持つ艦隊4つ、その中でも主力を務める第一艦隊の旗艦であり、彼の秘書官でもあった。のっぺりとした無表情を貼り付け、髪はサイドテールにまとめられている。服装は弓道着を身につけており、背には矢筒を背負っている。長年彼の第一艦隊で戦い続けた古参だ。

 

「……遅いな」

 

「連絡は先ほどしてあります。足をやられたと報告されているため、そのせいかと」

 

目深に海軍帽を被り、とある人物を待つ。しかしその人物が遅れているため他愛のない会話が続いているのだ。

 

「……『那珂』は悲しみますね」

 

「あいつの妹のことか。しかし、戦争は常に誰かが消えゆくものだ。身内が死のうと、毅然として立ち向かわねば先の大戦のように追い詰められるだけだ」

 

思い起こすのは、最近武功を挙げたことにより加賀と同じ第一艦隊に引き上げられた一人の少女。

 

「お前としてはどうだ、元同僚だろうに」

 

「それを言えば提督も同じでしょう。……私からいうことは、何もありませんね」

 

「薄情なやつだ。俺が言えた義理でもないが」

 

明るいムードメーカーとも言える彼女、その姉が、これから悲惨な通告をされることに対して、しかし加賀は顔色一つ変えることはなかった。

 

 

 

 

 

「あ、あの……」

 

「軽巡洋艦『神通』。お前を呼んだ理由はわかるな? 先の戦闘で大破状態となったお前は、すでに修復不能なまでになっている」

 

彼の目の前でおどおどとしている少女、神通は戦艦では軽巡洋艦に分類される『艦娘』である。先ほど鎮守府近海の海域で『深海棲艦』と交戦し、今しがた帰還したばかりであった。

 

目の前の少女は悲惨な状態だった。髪は乱れ、服はボロボロになり肌色が見え隠れし、所々から液体が漏れだしている。特に左足が酷い、膝から先が完全に失せており、立つことさえままならない。現在は松葉杖で何とか立っていられるような状態だった。

 

戦えないものが前線に出ることは許されない。それは不覚を取るどころか仲間の危険さえ誘発しかねないからだ。『艦娘』である彼女にとってそれは完全な再起不能であった。

 

「選べ。人間になるか(・・・・・・)糧となるか(・・・・・)

 

「……っ!」

 

彼のその宣告は、彼女にとって死刑宣告に等しかった。『艦娘』は解体という特殊な手順を踏むことによって、普通の少女となれる。しかし、二度と『艦娘』に戻ることはできないのだ。『艦娘』として生み出された者にとって、戦えないということは存在意義を失うも同然だった。

 

もう一つの選択肢である近代化改修はなお酷い。『艦娘』を強化するための糧として、『艦娘』をパーツの一つとして加工し、吸収させるのだ。それ即ち、意識そのものが消滅して死ぬことと同義。しかも強化という最低限の糧にはなれるが、失敗というリスクも付き纏う。

 

どちらを選んでも、彼女に先はない。

 

しばし逡巡した後、彼女は決断を下す。

 

「……近代化改修を、願いたく存じます」

 

「……よかろう。既に改修棟で待機している艦がいる。そいつのところへいけ、あとは作業員がやってくれるだろう」

 

「……了解、しました」

 

短い応対のあと、彼女は八作に一礼すると提督執務室を後にしようと背を向け、松葉杖でなんとか扉まで進んでいくと、取手に手をかけ。

 

そんな時だった。背後の男から声がかかったのは。

 

「……待て」

 

「あ、はい……何でしょうか……?」

 

神通は振り返って八作を見る。彼女は彼の第二艦隊が設立された時からメンバーを務め続けてきた古株であり、かつては第一艦隊で戦っていたため彼との面識は多かった。しかし、そんな時でさえ今回のように用事が済んだ後に彼に呼び止められたことなどなく、初めての経験であった。

 

松葉杖で不格好ながらも何とか八作の方へと方向転換し、両者は向き合う。数秒の沈黙が続いた後。彼はたった一言、彼女に言葉を発した。

 

「ご苦労だった」

 

「え……」

 

労いの言葉。通常であればごく普通のものであったが、この時の彼女にとっては、最も心に響いてくるものであった。

 

「以上だ。退出しろ」

 

共に戦い続けて10と余年。冷血だなんだと同僚から罵られ続け、それでもなお一切の態度を改めることなく、彼女らに労いの言葉1つさえ口にしなかったこの男が、初めて彼女に対して『ご苦労だった』と言ったのである。

 

第一艦隊でかつて活躍し、しかしそんな時でも彼は何一つ言ってはくれなかった。戦うことが意義ではあったが、なんのために戦っているのかが分からなくなっていた。そのせいで、次第に失敗が積み重なって第二艦隊へと降格され。

 

姉が務めた第一艦隊で活躍することが生きがいであった彼女は絶望した。だが、妹は明るく振る舞って彼女を元気づけた。次第に元気を取り戻した彼女は、妹や新参者に己の戦いの術を教えていった。とても充実し、やりがいがあった。

 

妹が第一艦隊に格上げしたことを、彼女は心の底から喜んだ。自分ではもう掴むことはできないであろう栄光を、妹が勝ち取ったことが誇らしく、嬉しかった。悔いは既になかったが、こうして死が直面している今、彼女は自分は何かを残せたのかが不安だった。

 

姉は最後まで戦い抜き、提督に『見事』と言わしめる戦功を挙げて散った。妹は第一艦隊に配属されるという栄光をつかみとった。きっと、彼女はこれから活躍していくのだろう。

 

では自分は。自分は何か残せただろうか。

 

対価を求めたわけではない。戦うために生み出されたのが彼女ら『艦娘』であり、戦いの中で死ぬことも覚悟しているし、使えなければ処分されゆくことも理解している。だが、だからこそ報いて欲しかった。

 

冷血だと言われていようが、彼は自分の提督であり。たった一言でも言葉をかけてくれればそれでよかった。何も残らず、死にゆくのだけは嫌だった。

 

「は……はい……! お疲れさま、でした……!」

 

そして今。彼は彼女に報いてくれた。それは短い、たった一言ではあったが、彼女にとっては十分すぎるものだった。己は、確かに彼から労われる功績を残せたのだと。

 

彼女の生涯。その最後は、とても晴れやかな心持ちであった。

 

 

 

 

 

神通の妹、『那珂』は最近第一艦隊へと引き上げられた実力者だ。普段は自らをアイドルと称して底抜けの明るさで振舞っている彼女も、姉が近代化改修に回されたことを聞いて落ち着いていられるわけではなかった。

 

「提督っ!」

 

執務室の扉を乱暴に開けて押し入る。そして、彼女の上司を見やると、勢いよく捲し立てた。

 

「提督! 神通姉さんを近代化改修に回したって本当なの!?」

 

しかし、対する提督の視線は冷ややかなものであり。

 

「那珂。執務室では静かにしろと以前教えたはずだが?」

 

ギラリと睨みつける彼の眼光は鋭く、那珂は一瞬たじろぐが引くつもりはなかった。

 

「答えてください! 姉さんは、近代化改修に使われたんですか!?」

 

彼女の問いに、八作はしばしの沈黙でこたえる。執務室に重苦しい空気が流れるが、不意に八作が口を開く。

 

「そうだ」

 

短く、しかし鋼のような冷たさを備えたその言葉で、しかし彼女は冷えきるどころか激高して一気に沸点へと達した。しかし、不思議と彼女は落ち着いていた。

 

「……なんで」

 

「戦えなくなったからだ」

 

拳を握る。『艦娘』である彼女らは、デフォルメされた戦艦ともいうべき存在でありその力は人間とは大きくかけ離れている。そんな自身の握力で力いっぱい拳を握れば、手のひらが傷つくのは必然だった。普段であれば、アイドルが傷物になるなんてダメだと、怪我のことを気にし過ぎる彼女が。怒りのあまりそれさえも忘れてしまっている。

 

かつて、彼女たちは三人姉妹であった。長女に『川内』という姉がいたのだ。夜戦が得意であり、第一艦隊で活躍し続けた自慢の姉であった。その彼女が戦死したと聞いた時、那珂は言い知れない喪失感が胸に去来し、葬式の時に涙さえ流さない『冷血提督』に厭わしさを感じた。

 

そして今、彼は再び姉を死に追いやった。もう、那珂は我慢の限界であったのだ。

 

「たった……たったそれだけのことで、姉さんをッ!」

 

声にならない叫び声を上げながら、狂乱して八作へと襲いかかる。無理もない、彼女にとって神通は、かつて共に第ニ艦隊で活躍した憧れであったのだ。彼女を追い越し、第一艦隊へ昇格することで尊敬する姉に成長を見てもらいたかった。

 

たった一人になった、姉だった。

 

「止まりなさい那珂」

 

襲いかかる那珂を、加賀は艦載機を飛ばすことで彼女を撹乱して止める。なおも暴れる彼女を、加賀はどこまでも冷静に彼女を拘束していく。

 

「……那珂。執務室で暴れるなとは言っていないが、静かにしろとは言ったはずだ」

 

「……言いたいことは、それだけなの……この『冷血提督』ッ!」

 

姉を死に追いやった人物は、ただ冷徹にそう言うだけだった。悔しさで、涙が溢れて視界が滲む。

 

「……お前は何のためにここにいる? 下らん情に流されて喚くためか、それとも俺を詰るためか」

 

先ほどのものとは比べ物にならない冷たい眼光が、彼女を見据えて貫く。彼は那珂に『冷血提督』などと罵倒されてこんな目をしているのではない。あくまでも、職務に忠実なだけなのだ。その事実から一瞬だけ抱いた恐怖心で、彼女の頭は急激に冷めていった。

 

「……『深海棲艦』を倒し、人類のために戦うこと、です……」

 

「……それが分かっているならば、神通のことをとやかく言われるつもりはない」

 

「……!」

 

那珂はその言葉で気づいた。彼はこう言っているのだ。

 

『勤めを果たし、去っていった彼女のことをこれ以上とやかく言う資格はない』、と。

 

「……すみま、せん」

 

情に流され、激高して上官に襲いかかるなどあってはならないことだ。常々姉に軍規を遵守するようにと言われていたのに、この体たらくでは彼女のために怒ったなどという、自分の怒りを正当化するような理由など使うことは許されない。姉は、神通は最後まで勤めを果たして退いたのだから。

 

「……本来であれば軍法会議の後に近代化改修行きだが、姉が死んだことでの動揺もある、今回は俺にも非がある故不問とする。ただし、襲いかかった事実は消えん、よって軍規に照らし合わせ減俸処分とする」

 

「はい……」

 

加賀は拘束していた彼女を解放し、彼の傍らへと戻る。無表情は相変わらずで、冷たい印象がある彼女が那珂は苦手であった。

 

「用が済んだなら出ろ。俺はこれからお前の始末書を書かねばならん」

 

まるで先ほど彼女に襲いかかられたことなどなかったかのように、涼しい顔、いや冷えきった金属を人の顔に形作ったかのようであった。それでも、彼女は臆さずに話しかける。一つだけ、彼に聞きたいことがあったのだ。

 

「……提督」

 

「なんだ」

 

「姉さんは、どうして近代化改修を選択したんですか?」

 

「……あいつが選んだ。己の使命を全うしただけのこと」

 

「……姉さんは、凄かったんですよ。私が、とっても憧れるぐらいに」

 

「……そうか」

 

「本当に、かっこよくて……」

 

視界が歪む。思い出すのは生み出されてから姉とともに第二艦隊で活躍した日々。戦いの日々ではあった。慣れない頃は何度も大破し、その度に死の恐怖がちらついて、何度も慰められた。時に褒められ、時に叱責され。時には些細な事から諍いに発展したこともあった。

 

とても、幸せな日々であり、もうもどれない日々なのだ。それを彼女は理解して、涙が溢れ続けてくる。

 

「……かつてお前の姉、川内と神通が第一艦隊にいたことは知っているな」

 

「はい」

 

「……川内は、見事に戦い抜いてみせた。神通は、姉の幻影を追って第二艦隊へと降格されたが、お前や若手を育て上げた」

 

「はい……!」

 

「お前は、俺にどう応える。俺の期待に」

 

一番上の姉であった『川内』が戦死したと聞いた時は、二人抱き合って号泣した。略式の葬式が挙げられた時もあの提督は泣きもしなかった。しかし姉はそれでいいのだと言った。

 

第一艦隊に引き上げられると報告し、手放しで喜んでもらえた。あの提督の側で戦えることは名誉なことだと。

 

その度に姉と喧嘩したものだが。今、姉の言っていたことがわかった。

 

(この人は……提督は冷酷かもしれない。けど、私達を無駄死にだけはさせないんだ……)

 

最後まで『艦娘』としての使命を全うして戦死していった川内。そして提督が告げた言葉。姉は、神通もまた、最後まで『艦娘』としての己を全うしたのだ。

 

長年共に戦った『艦娘』に情を抱き、人間として生まれ変わらせる提督は多い。しかし、戦いの中でしか存在意義を持てない彼女らは、人間となっても馴染むことができず、自らに疑問を抱いてしまい命を絶つものも少なくない。それを考慮せず、感情的に彼女たちを人間にしてしまうものが多いのだ。

 

それを情に絆されず、彼女の意思を尊重してくれた。最後まで彼女らしくいさせてくれた。

 

思えば、死んだ川内も最後は夜戦でのことだった。彼女が最も得意とし、誇りであった夜戦闘で負傷し、死んだのだと姉から聞いている。手強い敵艦隊旗艦を撃破した後に水底へと沈んでいったと。

 

そして提督は言った、彼女は見事に戦い抜いてみせたと。

 

そんな彼に、今自分は期待されているのだと。

 

「私は……」

 

彼女の答えは、既に出ていた。

 

 

 

 

 

提督執務室で黙々と紙に鉛筆を走らせる。先ほど那珂が起こした不祥事に関する始末書だ。横では、秘書官用のデスクで、同じく黙々と作業を続ける加賀の姿があった。こちらも那珂に関するもので、第一艦隊に配属される事に関する資料の更新作業だった。

 

「……少し休むか」

 

「はい。では私はお茶を淹れてきます」

 

「ああ」

 

短い応対だったが、それだけで二人には十分だった。長年こうした応対ばかりしているせいで彼をよく知る同僚からは、もう少し愛想をよくしろと言われる。が、彼にとっては改善する必要性を感じないため結局このままである。

 

「……まさか、あの三姉妹全員が俺の第一艦隊に来るとはな……」

 

彼が提督に就任した当初から、加賀と共に戦い続けてきた最初期のメンバーである川内。その妹であり、一度は第一艦隊から転落するも降格先の第二艦隊で若手の育成に務めた神通。そして、その妹であり最近頭角を現してきた期待の新人である那珂。

 

「……これも因果か?」

 

「珍しいですね。あなたがそんな迷信じみたことを言うなど」

 

茶を持参して戻ってきた加賀にそんなことを言われるが、苦笑いの一つさえ見せない八作。そんな彼をいつもどおりだと理解し、粛々と茶を置いて自分のデスクへと戻る。

 

「……川内に似たな、あの娘」

 

「元々、そういう感情の発露の仕方をしやすいだけでしょう。個人差さえあれど、他の那珂も同様だったと思いますが」

 

『艦娘』は同名、同様の姿の者が数多く存在する。元々造られた存在なのだから当たり前だ。戦艦が量産されていたように、『艦娘』も量産されている存在なのである。もっとも、『建造』を行うのは提督各々なのだが。

 

「そうではない。あれは間違いなく『覚悟』を決めた目だ」

 

先ほど、彼女が言った言葉を思い出す。

 

『私は……艦隊のアイドルです。姉さんたちさえ凌ぐ、みんなから注目されるような武功をたててみせます』

 

重く、決意の篭った言葉は、しっかりと『冷血提督』と呼ばれた男にも届いていた。

 

「そこらの量産品より余程『覚悟』がある。あの日戦艦タ級falgshipに突貫した川内と同じものが、あいつの目に宿っていた」

 

「……川内は、惜しい人物だったと思います」

 

「神通に対してノーコメントだったお前がそう言うか」

 

「彼女は言うこともないほどに優秀でしたでしょう。若手の育成など、戦闘が主である『艦娘』では到底できません」

 

「那珂を始めとする若手の実力向上……あいつも随分と大手柄を立てたものだ」

 

戦いこそが華である『艦娘』にとって、前線にも出ず他の『艦娘』を育てるなど非常に難しい。実際、若手を育成しているのは人間であり、後は先輩からの助言や、引退した元『艦娘』などから学ぶしかないのである。それを考えれば、神通の功績は計り知れないものだろう。

 

彼女が近代化改修を選んだもう一つの理由。それは自らが『艦娘』として死ぬことだった。彼女が人間となって後進の育成を目指さなかった理由は、偏に彼女の『艦娘』としての、元第一艦隊所属という矜持を守るため。

 

妹に自分の情けない人生など見られたくなかったのだ。

 

「おどおどとしてはいましたが、存外彼女も意地っ張りでしたから」

 

「……姉妹揃って似たもの同士か。川内も夜戦に連れて行けと喧しかったな」

 

「そして妹は第一艦隊への昇格。那珂は彼女らを越えると言いましたが」

 

「第一艦隊所属となるのだ、結果は残してもらわねば困る」

 

立ち上る湯気を浴びながら茶を啜る。温かなものが喉を通って胃へと滑り落ち、次いでカッと熱さを主張する。それを気に留めるわけでもなく、汗ひとつかかずに次の一口を飲み下す。

 

「……少し熱いな」

 

「表情にも出さず、汗もかかない提督が仰っても説得力がないかと」

 

一方の加賀も、茶を飲んでいるにもかかわらず汗をかいていない。人間ではない『艦娘』も、物質代謝、つまり摂取した物質が自己の抗生物質に同化し、汗などの老廃物として排出される生物の化学変化が起こる。それでも彼女が汗をかかないのは、体質のせいか、あるいはまた別の要素があるのか。

 

「……思えば、就任してから10年以上経過しているか」

 

「今日は柄にもなく過去を振り返りますね。明日はきっと(あられ)が降りますよ」

 

「……あいつはもういないだろうに」

 

10年の間に、入れ替わっていった者たちを思い出す。その内の一人である彼女は、戦闘不能になって人間へと生まれ変わり、本国へと帰った。時々手紙が送られてくるが、学校で他の元『艦娘』と仲良くやっているらしい。少しだけ、彼の眼差しが和らいでいるように見えた。

 

残っていた茶を一息に飲み干し、湯呑みを置く。その目には、再び冷たい眼光が宿っていた。

 

「さて……三日後に出撃する。しっかりと準備しておけ、加賀」

 

「随分と急ですね」

 

「一線を退いてはいたが、第一艦隊にいた神通がやられるほどの敵だ。早々に掃討しておかねば被害が増えかねん」

 

立ち上がって背後の窓を開き、水平線を睨みつける。その先には、出撃していく他の提督所属の『艦娘』たちの姿。

 

「弔い合戦など柄ではないが……那珂の第一艦隊での初出撃にはおあつらえ向きだ」

 

「彼女との連携は明日のうちに済ませておきます。提督は、いつも通りご指示を」

 

慣れないメンバーとの連携には手間取るだろうが、那珂はきっとやり遂げるだろう。彼女は姉二人を越えると宣言したのだ、それぐらい容易くやって見せてもらわねばならない。それに、この無愛想な秘書官はやると言ったらやるのだ。加減などしてはやらないだろう。

 

「見せてもらおうじゃないか、あいつが何を為すかを」

 

どこまでも冷徹な顔。しかしほんの一瞬だけ、彼の口元が歪んでいることに加賀は気づいた。自分と同じ鉄面皮なこの男が、表情を変えることなど珍しい。

 

「暁の水平線に、勝利を刻むぞ」

 

 

 

 

 

三日後、那珂は敵戦艦を撃沈する大戦果をあげて華々しいデビューを果たす。『冷血提督』と呼ばれるあの八作の第一艦隊でも明るくアイドル然と振る舞う彼女に、鎮守府中の者たちは魅了されたのだった。

 

余談だが。彼女がその戦艦を沈めた時は、丁度辺りが暗くなった頃であったという。



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