サイドストーリーズから参戦
宇宙世紀0089年5月
リゼは地元の中学に通い出し1カ月が経つ。
相変わらず彼女(ハマーン)は寝たままだ。
春眠暁を覚えずとは言うが、いい加減目を覚ましても良いだろう?
既に神経の修復なども終わってるしな。
まさか、目覚めたくないとかか?
いいや、もしかして自分自身死んでるものだと錯覚して目覚めないとか?
何れにしろ、こればかりは待つしかない。
今日は休診日だったが、来客が来る。一応掛りつけの俺のクライアントだ。
「よおエド、今日も見てくれ」
「なぜ休診日に来るんだよ。トラヴィスのおっさん」
この50前のおっさんはトラヴィス・カークランド。
隣の新サイド6の16番コロニーでジャンク屋をやってる怪しいおっさんだ。しかも腐れ縁でもう10年は付き合いがある。
「お前と俺の仲じゃないか。あーあ、お前がヒヨッコだった頃に助けてやった恩を忘れたとは言わせないぞ」
「……おっさん。助けたのは俺、あんたは怪我してピーピー喚いていただけじゃねーか、しかも俺は医学生で無理矢理戦地の軍医まがいをやらされていただけだ」
俺はそう言いながらもおっさんの診察を始める。
簡単な健康診断だ。
「そ、そうだったけ?」
「そうだ」
「もっと俺を敬えって。医学生といえども、軍大学の学生って事は立派な軍属だろ?当時の俺は中尉で退役だぞ!階級は俺の方が上だっつうの」
「……はぁ、俺は一応軍大学卒業後に1年間軍医やってたんだよ。その時の階級は中尉だ」
「へっ?マジで?俺と同じ?」
トラヴィス・カークランド中尉とは一年戦争時、俺が軍大学医学部2回生時で、戦地の医療班として駆り出された時に出会っていた。
当時のトラヴィス・カークランドは性格はこのままだったが、モビルスーツ隊の隊長として有能な人物で、雰囲気もあった。当時の俺はちょっとかっこいいとも思っていたのだが……退役して、今はただのおっさんだ。
俺は医学免許を取り、0083年時に1年間だけ軍医として戦艦に乗っていたことがある。
何故中尉という階級があるかというと……軍大学医学部とはいえ、指揮候補課程もちゃんとクリアし成績はそこそこ優秀だったためと……一年戦争時になんちゃって軍医として戦場に出て軍働きしていたためだ。その時のやらかしがあって……それはおいておこう。
「おっさん。前も話しただろ?物忘れ酷くなってないか?体は鍛えてあるな。異常なし!」
「おいおい、もっと丁寧に調べてくれよ」
「一応、全身検査してやるから検査台に乗れっての」
「はぁ、最近の若い連中は年寄りの扱いがなってねーな」
おっさんは服を脱ぎ、患者服に着替え、メディカルチェックマシーン(CT装置のようなもの)の上に乗る。
「エド、サイド3に行ったんだよな。そっちには何か情報無いか?」
「息子さんヴィンセントという人物については何も無かった。すまん」
トラヴィスのおっさんがここに来る理由がもう一つある。
おっさんは、俺と同じ年頃の一年戦争時にジオン兵として出兵した息子を探しているのだ。
終戦時には生きている事を確認しているらしいが、それ以降足取りがつかめていないらしい。
おっさんの予想では息子さんは一年戦争の後にアクシズに合流したのではないかと……、グリプス戦役にアクシズのネオ・ジオンが介入し、さらには身内同士での同士討ち抗争を演じた先だっての戦争だ。
もしかすると、息子さんはネオ・ジオン陣営に居た可能性があるのだ。
俺がネオ・ジオンの抗争の真っただ中であったサイド3に行った事をおっさんは知っていた。
それにここには訳ありの患者さんが多く訪れる。そう言う情報も来るんじゃないかと、実際に俺にとってどうでもいい情報だが、一部の人間にとって貴重な情報が耳に入る事がある。ここにトラヴィスのおっさんが通う理由は、息子さんの噂や生存情報を求めているという事もあるのだ。
「いやいいってことよ」
「おっさん。異常なしだ。至って健康だ」
「そいつはありがたいな」
「……おっさん。無理するなよ」
体つき、長年モビルスーツに乗ってる人間特有の一部の皮膚の硬化。
おっさんは未だモビルスーツに乗っている……もしかすると息子さんを探すために危ない橋を渡っているのかもしれない。
「ははっエド。無理なんてしねーよ。また来る」
検診を終えたトラヴィスのおっさんはそう言って、診療所を後にする。
トラヴィスのおっさんはあんな感じだが、柔軟な思考を持ちながら義理堅い人間だ。
彼女(ハマーン)の事を話してもいいのかもしれない。
いや、もしかしたら知っている可能性もある。
おっさんは未だに連邦軍時代の伝手を持ってるようだしな。
連邦やネオ・ジオンの残党がここを嗅ぎつけて来た時に、助けになってくれるかもしれない。
……俺はベッドの上に寝たままの彼女の顔を見ながら、改めて、なぜこの女をかくまっているのか自分に自問してみるが答えが出ない。
最初は確かに、軍が嫌いで、連邦やネオ・ジオンに引き渡すのは躊躇していたというのはあるが……
まあ、何にしろ目を覚ましたら、さんざ小言を言ってやるつもりだ。