ちなみにこのシリーズは腐っていないですが、同じラインで腐ったものを生産しています。
ご注意ください。
子供向けの話を書いてみてほしい。
出版社からそのような依頼をされたのは数ヶ月ほど前だった。
『フィリーネ』の小説は基本的にジャンル問わずに大人向けである。
別に明確に大人向けと銘打っているわけではないが、文章こそ非常に読みやすく書かれていても、見事な伏線やら仕掛けを駆使する多重構造の物語は子供には複雑過ぎるのだ。
だからフィリーネ=オーベルシュタインにとって子供向けと狙って書く作品は完全な未踏の地であり、最初は断った。
しかし、新しい担当編集から熱心に依頼され、その熱意に負ける形で引き受けたが、そこからが本当に大変だったのだ。
話は比較的すぐ出来た。
主人公はメインひとりにサブ四人の十代半ば程度の子供で、各々生まれや育ちなどが異なる男女に設定し、彼らが懸命に抗い未来へ進む様を描いたのだ。
会心の出来だと思ったのだが、担当者に送ったところ、非常に婉曲な表現で『とても面白いが話が難し過ぎて子供向けではない』と言われた。
今まで何冊も本を出してきて、初めてのボツである。
ならばと話の解像度を下げて提出したが、やはり子供向けではないと指摘される。
何度も同じようなことが繰り返され、具体的に何が足りないのかと問うたところ、今度は直球に『子供の興味をひく何かが足りない』との返答がきた。
これは新しい担当者ではなく、信を置く編集長の指摘だったためオーベルシュタインはさらに悩んだ。
言われて見れば確かに彼女が言うように、子供を夢中にさせるには何かが足りないように思われる。
子供の興味を引くようなものとはなんだろう。
自身の子供時代を思い出したり、歴史の中で流行したものを調べもした。
悩みに悩んで食もあまり進まず、共犯者から散々心配されつつようやくたどり着いた結論が、西洋甲冑をモデルとした人型兵器である。
どう考えてもこの形状にする意味がなく、現実にあったならばこんな安全性他が無視された機体に人を乗せるわけもなく、そもそも自分なら絶対に開発予算を振り分けないどころか案を提出してきた奴を解雇することを検討する代物だが、そのあたりはビジュアルとインパクト重視だ。
兵器の名前は『ナグルファル』に決まった。
この現実ではどう考えても開発者の道楽としか考えられない兵器を話に組み込んで送ると、ようやくゴーサインが出た。
次にもめたのはこのナグルファルのデザインである。
子供達のために出来るだけ目を引くデザインでなくてはならない。
機械を得意とする挿絵画家を指名し、相手と音声通信でほとんど喧嘩をするように議論し合い、何度も改稿を重ねてようやく完成したのが現在のものなのだ。
個人的にはかなりカッコいいと思う。
まだ発表していないので売れるかどうかは未知数だったが、自分が全力で描いた作品である。
たとえ興行的に失敗に終わったとしても、ナグルファルという作品も物語のキャラクターも皆オーベルシュタインの愛すべき子供達だ。
生み出せたことを誇りに思うし、愛着もある。
もちろん関係者の収入などのことを考えると売れるにこしたことはないし、オーベルシュタイン自身も多くに届いてほしいと願ってはいた。
発表はあえて『フィリーネ・オルフ』ではなく、『ペトロネラ・エクスラー』という変名で発表することにしている。
フィリーネ・オルフの名前では今までのイメージが強すぎるだろうと考えたのだ。
このことは共犯者達には明かさなかった。
何故かと問われると説明が難しいが、有り体に言えば__恥ずかしかったのだ。
まだフィリーネ・オルフを引退するつもりはないが、新しいことをするとなるとこの名が邪魔になることもある。
大体共犯者は皆成人しているのだから、別に子供向け作品は見せなくて良いはずだ。
その言い訳を口にすれば絶対に非難が飛んでくることを確信しながら、オーベルシュタインはそう考えていた。
「おい。俺はそんなことを聞いていないぞ」
唸るように言ったのはやはりロイエンタールだった。
色合いの異なる目を鋭角に砥ぎ、やや不貞腐れたような物言いをする。
予想通り、変名を使って作品を発表することを黙っていたことにフィリーネ・オルフ公式ファンクラブ会長はお冠らしい。
「当たり前だ。言っていない」
オーベルシュタインはため息をついて、長い指を組み合わせるとその上に細い顎を乗せた。
「・・・本当はずっと言うつもりはなかったのだ。卿は勝手に話を広げるし、私のことを無視して進めるし」
現に今回だって勝手に三人も人を引き入れた。
最終的にオーベルシュタインも折れたが、納得したわけではない。
むうっと美貌が不機嫌の色に染まる。
「俺のせいだと言いたいのか」
「今までの所業に悪意がなかったのなら、私は卿の評価を改めねばなるまいよ」
もう秘密は明かしたのだから良いだろうと、オーベルシュタインはやや投げやりに告げると、部外者のひとり=ルッツが敬語すら忘れてぼそりと呟いた。
「じょ・・・・冗談・・・だよな?」
オーベルシュタインはハッとして、新たな三人の顔を見た。
三者三様の反応ではあったが、皆共通しているのは『信じ難い、信じたくない』というものである。
不意に冷水を浴びせられたような気がした。
そうだ。
最初の共犯者は勝手に踏み込んできたし、他のふたりは彼が勝手に引き込んだ。
彼らが受け入れたのは偶々で、本来なら受け入れ難い事実である。
人の心を持たぬはずの軍務尚書が小説を書いているなど。
あのオーベルシュタインが。
嫌われ者のオーベルシュタインが。
何故そんな初歩的なことを今の今まで失念していたのか。
元々血の気が乏しかった顔がさらに蒼褪め、色のない唇が震えた。
それでも普段通りの無表情が保てたのは、長い間の鍛錬の成果だろう。
「お、おい」
様子がおかしいことに気付いて心配そうに声をかけたのはビッテンフェルトだったが、オーベルシュタインは反応出来なかった。
別に批判などどうでも良い。
相手がどう思おうとそれは相手の権利だ。
知ったことではない。
ただ自分がどう思われているのか、そんな当たり前のことを忘れていたことが、細い身の奥の奥を打ち据えた。
痛みがじわりと広がる。
もう慣れて感じなくなったはずの嫌な痛みだった。
芯がみしりと悲鳴をあげたように思えた。
自身がどんな人間だったのか思い出し、流れるように平坦な言葉が落ちる。
「もちろんだ。ルッツ提督。冗談に決まっている。私がフィリーネ・オルフのはずがないだろう。ロイエンタール元帥が仕込んだ冗談だ」
『!?』
共犯者三人が弾かれたように発言者を見たが、それを無視して続ける。
「くだらない冗談に付き合わせてすまなかった。車を手配しておく。ごきげんよう」
オーベルシュタインは立ち上がると、持ってきた書類もそのままに食堂を出ようとする。
「待て!一体どうした、オーベルシュタイン!」
「卿の私物は後で郵送する」
「!?」
あまりに衝撃的な出禁宣告にロイエンタールが固まったのを確認するより早く、オーベルシュタインは走る。
あの場から少しでも早く離れたかった。
ひとりになりたかった。
自身の勘違いをひとりで消し去りたかった。
直後ロイエンタールは知った。
オーベルシュタインは案外足が速い。
そのため帝国の智将は、帝国の頭脳の書斎籠城を許すという失態を犯してしまうのである。