謎時空であるためケスラーとかルッツ結婚してます。
「オーベルシュタイン。・・・・・・少し良いか?」
「・・何かね」
あの騒動から二週間が経過した。
時折顔を合わせるルッツやワーレンなどが非常に物言いたげな視線をよこす程度で、全ては平常通りだ。
一応口止め料として、ロイエンタールらと『プレゼント』を送ってある。
今まで何も言ってこなかったので、てっきりこのまま終わると思っていたがそうはいかなかったらしい。
オーベルシュタインの休憩時間をわざわざ狙い、こそこそため口で話しかけてきた士官学校同期は、困り顔で言った。
「・・・その・・・終業後が空いている日はないか?」
「用件を先に言え。それによって回答が変わる」
いつもの調子でそう返すと、真面目な憲兵総監は益々困った様子で言葉を選んだ。
「・・・この前・・・食事を馳走になっただろう?その礼に・・・妻が招待したいと・・・」
最後の方はもごもごして聞こえなかった。
ケスラーとしては、本当にどうすれば良いか悩む案件だったのだろう。
彼は結婚して日が浅く、妻とはかなり年の差がある。
若い細君は非常に無邪気で、子どころか大人を泣かせる軍務尚書に対して特に偏見もないらしい。
本当に他意なく『御馳走になったお礼をしよう』と思い立ったようだ。
「・・・別に気にせずとも良い。むしろ悪ふざけに付き合わせたのだから、それで相殺出来るだろう」
返事はいつもどおり平坦なものだった。
別にオーベルシュタインはケスラーを嫌ってはいないが、昔から面識があるだけで特に親しかったわけではないし、今も特に親しくない。
これから特に親しくなろうとも思っていない。
なら社交辞令的な御礼合戦など時間と金の無駄である。
自分が断れば細君への言い訳が出来て素直に退くだろう。
そう考えていたのだが、予想外にケスラーが粘った。
良い酒が手に入ったやら、相談したいことがあるやら、真面目な彼にしては珍しく言い訳めいた誘い文句を繰り出す。
最初は若い妻に弱いのかと考えていたが、どうやらむしろ妻のことの方が言い訳で、呼びたいのはケスラーの方だとわかってきた。
どうやらオーベルシュタイン邸で明かされた衝撃の事実の詳細を知りたがっているらしい。
ならば中途半端な対応をせず、ロイエンタール達と同じ情報を共有しておいた方が安全だ。
とりあえず『フィリーネ』誕生の経緯と現状を説明すれば、彼もある程度納得するだろう。
決断も早ければ決断してからの行動も早いオーベルシュタインは、都合の良い日時を告げ招待を受けた。
彼らを遠巻きで見ていた人々は『憲兵総監が軍務尚書に必死に何か言っている。まさか憲兵隊で不正でも起きたのか?』と噂したが幸いふたりの耳には入らなかった。
約束通りケスラー邸にやってきたオーベルシュタインはケスラー夫人に土産を渡し、夕食を共にした。
夫人=マリーカの料理は相変わらず非常に独創的で夫はあらゆる意味で心配していたのだが、意外なことにオーベルシュタインはそれを無事食べきり、夫人との雑談に応じているくらいだ。
もっともマリーカの話に客人は相槌を打っているだけで、自分からはほとんど話さない。
しかしそれが却っておしゃべり好きの妻には好印象だったらしく、手洗いに中座したオーベルシュタインのことを『聞き上手な大人しい人』と評し、何故皆彼をそこまで恐れ嫌っているのかわからないと言った。
色々言いたいことがあったが、ケスラー自身ここ二週間ほどであの愛想が死滅した軍務尚書の評価を改めたのは事実だ。
あのオーベルシュタインが天才作家のフィリーネ・オルフ。
帝国に三人しかいない元帥の一角にして軍務尚書と帝国に10桁に迫るファンを持つ文豪が同一人物。
これだけ聞けば荒唐無稽過ぎるが、納得する部分も多い。
何故あれだけ影響力があり、様々な知識や思想を振りまく危険人物を絶対零度の剃刀が放置していたのか。
あれだけオーベルシュタインを嫌っていたロイエンタールやビッテンフェルトが、今現在軍務尚書の自邸に頻繁に出入りしているのか。
前者はそもそも本人だからで、後者は自分達が贔屓にしている作家の家だからで説明がつく。
何よりこの冷徹と合理主義に手足が生えて歩いているような男が、わざわざ自邸に招いてフィリーネを自称するという荒唐無稽な冗談を言うはずがない。
当人はこのままロイエンタールが企画した面白くないドッキリでしたで押し切るつもりのようだが、ケスラー側は流せなかった。
やはり人並みに気になるし、見方も変わる。
正論のみを叩きだすと思っていた頭脳は、もっと多くのことを感じ考えていた。
人の気持ちがわからない冷血漢が、あんな見事で愛される作品を描けるはずがない。
当たり前のことだがオーベルシュタインも人間なのだと思った。
だからこれを機に忌避するのではなくきちんと向き合いたいと思ったのだ。
ケスラーは皆がわかり合えるという幻想を信奉していない。
しかし同じ船に乗っている舵取り担当者同士、認め合うことは出来ると思っている。
今までだってオーベルシュタインの能力は認めてきたが、それだけではなくもう少し内側を知りたいと感じたのだ。
現在ふたりは客間で、傍目にはゆったりと酒を飲んでいるわけだが、客はともかく家主はどこか緊張していた。
話題がないというわけではなく、単純に切り出せないでいるのだ。
視線を落ち着きなくうろつかせ、言葉を詰まらせている。
オーベルシュタインはそれがわかっているだろうに指摘せず、用意された良い酒を遠慮なく飲んでいる。
じわじわと大瓶の酒が消えていき、そろそろおかわりを要求するか帰宅を告げるかと家主の知らぬところで客が悩んでいたところ、ケスラーがようやく口を開いた。
「あのな、オーベルシュタイン。ずっと聞いてみたかったんだが」
「ああ」
「・・・士官学校時代に空き教室で何かやらされていたみたいだが・・・何をしていたんだ?」
「・・・・・・・・・は?」
予想外の問いにオーベルシュタインは細い首を傾げた。
いきなり大昔の話を持ち出すなどどうしたと言うのか。
それに対し家主はへどもどしながら言葉を続けた。
「い、いや。ずっと気になっていたのだ。一緒にいた連中に聞いても絶対に何も明かさなかったし」
ケスラーは当時のことを思いだしながら言葉を紡ぐ。
もちろんこれは本題ではないが、ついでなので聞いておこうと思ったのだ。
学生時代のオーベルシュタインも座学の成績はトップだが、対人戦闘などの実技は非常に苦手で有名だった。
さらに人好きしない性格ゆえか、他の貴族の子息に常に絡まれていた印象がある。
だが、虐めにあっていたのは最初の方だけで、途中から空気が変わっていた。
きっかけが何かはわからない。
ただ義眼の少年は嫌がらせを受けることがなくなったようだ。
その代わりに虐めていた連中と頻繁に空き教室に集まり、何かをしていた。
遠目から見た限り、オーベルシュタインが何かを書き、周囲はそれを見ていただけのようだったが、もしや小説を書いていたのではないかと思い当たったのだ。
自分の推理は当たっているのかと、少しどきどきしていたのだが、問いも予想外ならば答えも予想外だった。
「別に大したことはしていない。ただのアルバイトだ」
「アルバイト?」
「ああ、少々手紙の代筆をな」
「手紙?」
妙な話である。
手紙の代筆は、文字が書けない人間の代わりである。
手を怪我しているなどならまだしも、士官学校に来れるような面々ならば、文字を知らない人間はさすがにいない。
確かにオーベルシュタインの文字は綺麗で読みやすいが、プライドが高い貴族の子息達がわざわざ頼むだろうか?
隠すことなく不思議がっていると、オーベルシュタインは近くに置かれていた万年筆と紙を取る。
そして何やらすらすらと文字を書き出し、ケスラーに見せた。
「!!??」
驚愕のあまり絶句した。
書かれていたのはケスラーのサインだ。
筆跡まで完璧に真似ている。
別な場所で見せられたら、自分はいつの間にこんなものを書いたのかと首を捻ったことだろう。
凄まじい精度である。
書いた本人は誇るでもなくいつもの調子だ。
「・・・昔からの特技だ。文章を考えることもな。だから彼らに代わって意中の相手に想いを綴ってやった」
「・・・恋文の代筆か」
思わず呻いてしまった。
何故彼らがオーベルシュタインに何もしなくなったのか、ようやく納得した。
この文才溢れるかつての少年は、彼らの恋愛事情などを全て掌握していたのである。
「私の努力のおかげで彼らは狙った相手と結ばれたわけだ。我ながら良いことをした」
「白々し過ぎるぞ。代筆だけで終わらせたはずはあるまい?」
「もちろん金は取った。無駄にプライドが高い連中は払いが良くて助かったものだ。親の金だったせいもあるだろうが」
論点がずらされたが、絶対にそれだけのはずはない。
場合によっては故意に天国から地獄に落した相手もいただろう。
同時に腑に落ちたこともある。
オーベルシュタインは散々悪辣と言われ続けたが、常に一線は越えないようにしているようだ。
彼の力ならば自分達のサインを偽造して陥れることも、その観察力や文才を使って操ることも容易いはずである。
しかしそんなことをしたとは誰からも聞いたことがない。
いや、上手く隠している可能性もあるが、今は考えないことにした。
思い返してみれば元々軍務尚書を慕っていたフェルナーはともかく、ロイエンタールやビッテンフェルトがその手の謀をするような男に手を貸すとは思えない。
彼らはおそらく単純に『彼女』の小説が好きだから、傍にいるのだろう。
なんてことはない。
今までケスラーはオーベルシュタインが秘密主義で人を遠ざけてばかりいると思ったが、順序が逆だったのだ。
皆がオーベルシュタインを避けて疑うから、彼も面倒になって説明しなくなったのだろう。
「・・・改めて謝罪をしたい。お前の『仕事』を冗談などと思って悪かった」
言って丁寧に頭を下げる。
結局これが言いたくて自宅に招いたのかもしれない。
「・・・別に謝罪の必要はない。ただ誰にも広めずにいてくれれば良い」
「・・・わかった。ありがとう」
相変わらず平坦な物言いだったが、言葉通り怒ってはいないらしい。
酒杯を持った細い手がおかわりを要求していたので注いでやる。
「乾杯しようか」
「今更何に?」
「あ~~。新たな分野に挑戦する文豪に」
「では、私は明るく元気な奥方をもらった僚友に」
「!・・・乾杯!」
「乾杯」
グラスが軽やかな音を立てて合わさった。
控え目ながらふたりは笑い合い、グラスを一息で空ける。
その後ケスラーは天才作家の最新作の構想という豪華な肴で酒を飲み、次の日重い二日酔いで苦しむことになった。
対するオーベルシュタインは平然と仕事をしていたため、非常に不公平な話である。
こうして憲兵総監は共犯者予備軍に加わった。
非正規メンバーというやつである。
『ペトロネラ・エクスラーはフィリーネ・オルフの変名!!希代の天才女流作家が挑むSF戦記!!』
これはエンタメをメインとする大衆紙の大見出しである。
今回発表される『ナグルファル戦記』についての記事だ。
作品の内容はあらすじなどを公式ホームページなどで公開しているから良い。
問題は何故新人作家であるはずのペトロネラの正体がばれているのかだ。
ペトロネラとフィリーネが同一人物だとはほとんどの人間に伏せていた。
知っているのは全宇宙でほんの十人程度である。
記者が調べてわかるような秘匿の仕方はしていないので、自力で知ったとは考えづらい。
そうなれば、誰かが漏らした可能性が高いだろう。
オーベルシュタインはじっとファンクラブ会長を見つめる。
見つめられた方も見つめ返す。
お互いに言いたいことはわかっていた。
ちなみにロイエンタールは変名を使うことに反対して、作家本人と口論になったという実績がある。
「会長。後任は副会長の小官にお任せを」
「俺じゃない!!」
フェルナーが真顔で言い放った言葉に思わずロイエンタールは怒鳴った。
フィリーネ・オルフ公式ファンクラブ会長が自身の無実を証明するのに約三時間が費やされた。