女流作家 フィリーネ・オルフ   作:物語の魔法使い

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大したことが起こってません。
多分遠い未来ならばアニメは今より早く出来るはず。
相変わらず謎時空です。


フィリーネ・オルフの挑戦6

「う゛う゛う゛う゛う゛う゛」

「ビ・・・フリッツ。耳元で泣くのはやめてくれ。うるさい」

至近距離で号泣する初めての友人に、オーベルシュタインは呆れを隠さず苦情を言った。

名前で呼ぶように言われたので従っているが、やはりまだ慣れない。

 秘密の共有者を増やした夜から三月ほど。

ナグルファル戦記が発売されるまでもう少しだ。

今回はジャンル的に難しい子供向け小説ということで、まずは一冊で終わっても問題ないような話で書いている。

出版社側としてはフィリーネ・オルフの作品だから長編に出来るに違いないという慢心があるようだが、あいにく中身であるオーベルシュタインは現実主義者だ。

太古の昔からどんな名将や名君だって失策をしたのだから、自分だけが成功し続けるなどありえない。

人気が出ずに打ち切りも十分にありえる。

だが、実際出版出来るかと、書くかは完全に別な話だ。

そもそもオーベルシュタインは気まぐれに小説家になってはみたが、これまで30年近く自分以外誰も読まなくとも完結させてきた。

始めたからには終わるまでやりたい性分なのである。

だから今だって気にせず子供向けSFの続きを書き続けていた。

 ビッテンフェルトはそれをいつも通り背後から読んで勝手に泣いている。

オーベルシュタインは呆れた調子で言った。

「というより、何故卿はそんなに泣いているのだ?これは子供向けだぞ?」

対象年齢は12歳前後をターゲットにしており、可能な限りわかりやすく世界観や社会の仕組みを解説している。

モデルは現実社会であるが、エンターテインメントを足してあった。

手抜きなどは一切していないし、むしろ普段よりも気合が入っているくらいだが、30を過ぎた大人が見て泣くほどの話なのかは疑問だ。

現に今この場にはいないファンクラブ会長の反応は悪かった。

いや、あれは色々口論した後だったせいもあるかもしれないが。

「だって・・・だって可哀想だろう!この子達が何をしたというのだ!エイダンだってヴィクトリカだって良い子ではないか!ヴィクトリカなんて11歳で愛人などと!」

「事前に断っておくが大公妃殿下がモデルではないぞ。モデルとなった人物は現在誠実な夫と可愛い子供に囲まれて幸せに生きている」

モデルと言ってもかなり脚色したので原型はあまりない。

しかし読み手としては関係ない話だ。

物語に没入しているので、現実と違いがないのである。

「うう。お前達。大変だろうが頑張って幸せになるんだぞ!」

まるで我が子の身を案じるように豪快に涙をぬぐう『友人』にため息をつき、書き手はさらに物語を紡いでいく。

 ナグルファル戦記は『人』を描いた作品だ。

戦争の中での愛や絆、怒りや悲しみや理不尽さ、強さや弱さ。

子供達に知ってもらいたいことを読みやすさを追求した文章の中に出来る限り込めている。

ビッテンフェルトが言ったエイダンとヴィクトリカは物語の主人公だ。

この物語には主役がメイン1人にサブが4人いる。

メインがエイダン・ガードナー。

彼は共和宇宙連邦の研究都市=バイト・アルヒクマの兵器研究所所長の次男で、ナグルファルのメインパイロットだ。

他には、共和宇宙連邦の看護師志望アリス・オードリー、プロイツ帝国皇帝の三男エーレンフリート・フォン・プロイツ、帝国から連邦に亡命したヴィクトリカ・アンデルス、帝国で非合法メカニックをしているホープ・オルコットがいる。

皆10代の少年少女だ。

言わずもがなだがプロイツ帝国は銀河帝国がモデルであり、共和宇宙連邦は旧同盟をイメージしている。

違う点としては旧同盟と違い、共和宇宙連邦は元は帝国の流刑地であり、それゆえにおそらく旧同盟よりも帝国への恨みが深いことだろうか。

一番違う点は人型兵器というどう考えても予算の無駄が実用化されて前線に出ているところだ。

 物語は宇宙コロニーであるバイト・アルヒクマが帝国軍の特殊部隊に襲撃され、エイダンの父が死ぬ直前にナグルファルを息子に託すところから始まり、両国対立から帝国の皇位継承問題に巻き込まれることになる。

大人達の思惑に翻弄されながらも、立ち向かい、偶然出逢った彼らは自らの意思で進んでいく。

そこには苦難も多いが、喜びも成長もある。

戦いの果てで彼らは何を得るのか。

あらすじとして語るならばそんなところだ。

シナリオ自体はそこまで目新しいものではないと思うが、自分にしか書けないものにしていきたいと強く思っている。

フィリーネの名を歴史に残そうなどとは考えていないが、読んだ子供達の心には長く残ってほしいものだ。

 本当ならフィリーネ・オルフという名前を使わずに、別な風を起こしたかったが、何故かうまくいかなかった。

第一容疑者であるロイエンタールが白とわかった後、疑ったのは出版社の編集達だ。

おそらくあの中の誰かがフィリーネ・オルフの名前を使った方が売れると考えたのだろう。

一応個人的に調べてみたところ、はっきりと誰とは断定できないまでもこの線が濃厚だった。

ペトロネラ・エクスラーのデビュー作になるはずだったが、フィリーネ・オルフの数ある著作の一つになってしまったのは残念だ。

余計なことをと思ったが、すでにここまで大規模にばれてしまっている以上どうしようもない。

普段の仕事と違って、知っている人間を減らすという手段をとれないのだからもう開き直るだけだ。

 ビッテンフェルトは唸りながら、がたがたと作者が座る椅子の背もたれを揺らした。

「エーレンフリートも心配だが、ホープが一番危なっかしい。というか危ないぞ。明らかに他に居場所がないから無理しているだろう、こいつ」

「卿は先程から心配ばかりだな。架空の子供に親身になってどうするのだ」

「・・・心配にもなる。特にホープは最近出来た友達そっくりだからな」

「・・・」

思わずキーボードを打つ手が止まる。

彼が言う友人に心当たりがあったのだ。

さらに言うならばホープは確かにオーベルシュタイン自身をモデルとしている。

誰にも言っていなかったが、わかる人間にはわかるようだ。

少し嬉しいが、わざととぼけて尋ねる。

「・・・誰のことかは知らんが、その人物は飲んだくれの違法ジャンク屋の息子で、気が弱い臆病者なのか?」

「いや、平民ではなく貴族出身で、どんな誹謗中傷にも負けない強い男だ」

「・・・似てないではないか」

「そこだけ聞けば似ていないが、似ている。うまく言えないがそっくりなのだ。だから架空の人物でも心配だし幸せになってほしい。他の子もな」

「・・・そうか」

どんな顔をして良いのかがわからず、止まっていた指を動かす。

先程まで流れるように打ち込まれていた文字は、今はぽちぽちと緩やかに増えていた。

猛将はニマニマしながら突然話題を変える。

「そういえばロイエンタールはどうした?まさかまた喧嘩したのか?そんな頻繁によく喧嘩の元が湧いてくるものだ」

普段なら背後霊のひとりとなって執筆を妨害してくるファンクラブ会長はこの場にはいなかった。

オーベルシュタインは相変わらず平坦な声で告げる。

「冷戦中だったが、私が先制攻撃した。そろそろ怒鳴り込んでくるはずだ」

「・・・何をやったのだ、お前」

「何。大したことはしていない。むしろ感謝してもらいたいくらいだ」

本当に何をやったのだ。

ビッテンフェルトの疑問は口にされる前に、答えの方が書斎の扉を突き破らんばかりに入って来た。

「オーベルシュタイン!!!!」

「何かね騒々しい」

部屋の主はやや面倒そうにため息をついて、手を止めて文章を保存した。

希代の美貌を怒りで引き攣らせながら、ロイエンタールは刃先のように鋭い声を放つ。

「貴様何をした!?」

「何の話かね?」

「俺の名を使って手紙を出しただろう!?」

「私の名前で出しても仕方あるまい」

「手紙?」

怒る美丈夫の言葉に疑問符を挟んだのはビッテンフェルトだ。

話の流れからするとオーベルシュタインが行った報復の成果なのだろうが、ロイエンタールを偽って手紙を出して何をしたのか?

この軍務尚書はそこまで大事になるようなことはしないと思っていたが。

状況が把握出来ない猛将をよそに、手紙代筆のプロフェッショナルはぼそぼそ言った。

「卿の不利益になるような手紙ではないぞ」

「なる!現になっている!さっき会った女に『素敵な思い出をありがとう。手紙は一生の宝物にします』と言われたのだぞ!?」

「良かったではないか。綺麗に別れられて。頑張って書いた私も報われるというものだ」

どうやらオーベルシュタインはロイエンタールのストーカー気味な元交際相手に勝手に手紙を出したらしい。

書き手は知らない人間が見れば誤差の範囲に入るほど淡く笑い、どこか誇らしげだ。

「大体卿の交際は別に隠れていないし、人妻にも手を出していないだろう。手紙が残ったところで困るまい。恋文ならまだしも別れの手紙なのだから彼女達が後々結婚しても問題にはならんだろう」

「・・・・・・」

ロイエンタールはまだまだ言いたいことがあるようだが、一理あると思ったらしく美麗な口を噤んだ。

しかし不満であることはひしひしと伝わってくる。

それはそうだろう。

オーベルシュタインが勝手にやったこととは言え、勝手に自分の不始末の尻ふきをされていたなど不快極まる。

さらに腹が立つことに、手紙をもらったという女達は皆一様に感動して『私が間違っていた』だの『貴方には自由でいてほしい』だのと勝手なことを言ってきた。

確かにオーベルシュタイン邸の周囲で昔の女が渋滞するのは面倒だったが、非常に面白くないことには変わりはない。

しかし同時に興味も湧いている。

この男はどんな恋文を書いたのか。

見方を変えればフィリーネの作品のひとつでもあるわけである。

とても気になるので読みたい。

「・・・もう良い。今回は許してやる。写しはあるか?出した本人が内容把握していないのはまずかろう」

「これだ」

執務机の引き出しから厚い紙束が取り出され、ロイエンタールの手に渡った。

ビッテンフェルトも気になったのかうきうきと寄ってくる。

そしてほぼ同時に息を呑んで絶句した。

筆跡が完璧に真似られているのも十分に驚きだったが、問題は文面である。

非常に情熱的かつ、美しい名文だった。

心の棘を滑らかに溶かし、甘美な痛みを残して去って行く。

問題は絶対にロイエンタールが書かないような文であるということだけだ。

「俺の人格を捏造するな!!」

手紙を読んだ美丈夫は何かに変身しそうな勢いで怒っていたと、後にビッテンフェルトは日記に記している。

 後世オスカー・フォン・ロイエンタールという人物が、同盟のシェーンコップのようなプレイボーイだとかなり長期に渡って誤解されていた主な原因がこの手紙だ。

研究者の調べでオーベルシュタインの特技に筆跡の模写があるとわかったことや、事実を知る人間の日記がきっかけで発覚した。

この手紙の多くはフィリーネ・オルフ記念館に展示され、現在も一般公開されている。

 

 

 

 フィリーネ・オルフの最新作である子供向けのSFは意外な結果になった。

最初は予想通り売り上げが伸び悩み、続編の刊行を危ぶまれたのだが、その後しばらくして爆発的に売れ出したのである。

理由はナグルファル戦記のアニメ化だ。

帝国は旧同盟に比べて子供向けの映像作品が非常に少ない。

それに目を付けた制作会社のひとつが、フィリーネに直接連絡をとり使用許可を取り付け、非常に完成度の高いアニメを作り出して発表したのである。

監督がフィリーネ・オルフの熱狂的なファンであるためか、原作を暗記するほど読みこんでおり、シナリオは原作の魅力を余すことなく表現していた。

スタイリッシュな音楽や見事な映像美、声を当てる俳優達の熱演も手伝って、記録媒体や再生機器は空前の売り上げを叩きだしている。

ナグルファルの機体の模型の売り上げも大変好調で、柔らかい素材の人形なども発売された。

意外だったのは、子供と一緒に見ていた親の方が夢中になるという事例が多発したことだ。

今生きている世代はほとんどがなんらかの形で戦争に関わり、実際に戦った人間も珍しくない。

彼らにとって画面の中にいる少年少女は他人ではなく、多くの共感や同情、応援を向けるべき相手だったのだ。

主人公達の人気も一人を除いて高く、人気投票なども行われ、スーパーなどでも食品メーカーとコラボした商品が売れているという。

物語はまだ完結しておらず、アニメも二期が現在制作中のため、このブームはまだしばらく終わらないだろう。

「ほんと、我らがオルフ嬢は大人気ですね。さっき行ったスーパーで面白い経験をしましたよ」

ソファの上で行儀悪く座り、ナグルファルとエイダンが袋に描かれた芋揚げ菓子をパリパリ食べながら、フェルナーは笑った。

オーベルシュタインが執筆を一旦止めて休憩に入った時である。

今までは全て一気に書き上げていた彼だが、最近はこうやって休憩を取ることが増えた。

あまりに最近出来た友人が煩いからもあるが、良い変化である。

ロイエンタールが色合いの異なる視線を銀髪の准将に向けた。

「どんなだ?副会長」

「それがですね、会長。4歳くらいの可愛らしいフロイラインがですね、小官に話しかけてきたんですよ。『お兄さん、軍人さん?』って」

「ほう」

興味深げに身を乗り出したのはビッテンフェルトだ。

さりげなくフェルナーの菓子を分けてもらいつつ、先を促す。

「小官がそうだと答えたところ、フロイラインは元気の良い声でこう言ってくれました。『私大きくなったらヴィッキーみたいなパイロットになって、お兄さん助けてあげる!』と」

この報告に、作者と役員は微笑ましそうな顔をしたが、ファンクラブ会長は苦い物でも食べさせられたような顔をした。

幼女の言うヴィッキーとは主人公のひとりであるヴィクトリカ・アンデルスのことだ。

彼女はパイロットとしては優秀だが、非常に気が強く短気で喧嘩っ早い。

大体の帝国男性が敬遠するタイプの少女だ。

だが、それは娘を貴族から守ろうと連邦に亡命を試みた母が、逃亡中の怪我が原因で死亡したことで自棄になっている側面も強い。

重労働である運送業務を請け負って、女手ひとつで自身を懸命に育ててくれた母の死を、未だに受け入れ切れていないのだ。

フェルナー准将は面白そうに言葉を続ける。

「いやぁ、良いじゃないですか。これからは旧同盟と同じく女性がばしばし活躍する時代ですから、未来の女傑の誕生を祝福しましょう。それにしても主人公全員人気ある作品って珍しいですよね」

「ホープは人気がないだろう。人気投票で19位だったぞ」

「俺はホープ好きだぞ、パウル!」

「何故私に言う」

温度差はあるものの、オーベルシュタイン邸の書斎はこの通りいつもの調子だった。

 この後ラインハルトがナグルファル戦記の模型を欲しがって皇妃と作者本人に窘められたり、ワーレンの子供に限定のナグルファルの模型をプレゼントして問題になったりしたが、全ては順調なように見えた。

ナグルファルのスピンオフ作家が殺害されるまでは。

 

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