女流作家 フィリーネ・オルフ   作:物語の魔法使い

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せっかくだから平和で仲良く過ごしてほしかったのです。
私が。


第2話

 女流作家、フィリーネ・オルフの正体を知ってから、帝国一の色男はかなり頻繁にオーベルシュタイン邸に通って来た。

家主がいようといまいとお構いなしに勝手に上がり込み、書庫から本を持ち出して寛いでいる。

親友がどこに行っているか知らないミッターマイヤーに『何をしているのか?』と聞かれて『部屋で本を読んでいる』と答えて喜ばせたらしい。

漁色よりは非常に健全な趣味であるため安心したようだ。

通っている先が憎きオーベルシュタイン邸であると知ったらどんな顔をするだろうか。

家主である冷徹と名高い軍務尚書は、職務以外――特に自身のこと――は基本寛容であるため好きなようにさせておいた。

 このそりが合わない統帥本部総長にかなり重大な秘密を知られたわけだが、言いふらす心配はあまりしていなかった。

ロイエンタールは脅迫といった手法を好まないし、ミッターマイヤーなどに話してわざわざ夢を壊すようなことはしないだろう。

かなりの頻度で夕食を食べていっても、元帥ともなればひとりやふたりに食事を振舞ったところで懐が痛むはずはない。

本人に言えば絶対に憤慨するだろうが、通いの野良猫がやってくるようになった程度の感覚である。

強いて言えば、彼はオーベルシュタインが帰宅するとその近くまでわざわざ移動して、ぽつぽつ感想を言ってくるのが嫌だった。

『このどんでん返しは鮮やかだな。真実がわかった時快感すら覚える』

『卿の描く女は皆強く美しいな。ああ、容姿の問題じゃない。心根の問題だ。・・・嫌いじゃない。とても魅力的だが、モデルはいるのか?』

オーベルシュタインが照れてしまい、頬を赤らめて視線を逸らすのが面白いらしい。

いちいち言わなくて良いと言っても一向にやめる気配はない。

その得意げな美貌に何かを思い切りぶつけてやりたい衝動に駆られながら、『フィリーネ・オルフ』は執筆を続けた。

 ある日オーベルシュタインが仕事から帰宅すると、いつものようにロイエンタールが書斎のソファに寝転んで本を読んでいる。

しかし、珍しいことにそれは『フロイライン・オルフ』が書いたものではなく、別な作者のものだ。

部屋の主はいちいちそんなことには言及せず、マイペースに読書や執筆を行った。

するとロイエンタールはまだ半分も読み進めていなかった本をしおりすら挟まずに閉じて、逞しい体を起こす。

「おい、オーベルシュタイン。卿は自身が文壇の活性化の一助になればと言っていたな」

「・・それがどうかしたのかね」

「まだまだ時間がかかりそうだぞ。後に続く者より、卿の人気に便乗した粗製乱造が蔓延り始めた」

言って今まで読んでいた本の表紙を不満そうに手で叩く。

名匠の絵画も霞むような麗貌には怒りの色すらあった。

「これは卿の『悪女』の模造品だ。ほとんど一緒の内容だったぞ。それに下手だ。丸々文章を盗って来たシーンもあった」

「そうか」

オーベルシュタインは淡々と頷いてみせる。

盗作が増えていることは出版社からの指摘ですでに知っていた。

著作権に関しての裁判などは他人に委託しているし、勝てると言われているし、自分でもそう思っている。

 『フィリーネ・オルフ』の小説が売れたのは、ゴールデンバウム王朝が数百年に渡って行って来た出版規制や報道規制の反動だ。

今まで出版を許された本は、王朝や貴族の賛美や毒にも薬にもならぬ類の恋愛ものなどである。

もちろん裏ではそれ以外の書物の売り買いもされていたが、見つかればただでは済まずかなり多くの逮捕者が出ていたものだ。

ローエングラム王朝になってからはそれらの規制は撤廃され、表現の自由は認められた。

だが今まで何世代にも渡って行われてきた悪法は国民の多くに染み付いたままで、表の出版社が賞を設けて自由な投稿を募っても人口から考えれば微々たる応募しかなかったのだ。

そこに現れたのがオーベルシュタイン=フィリーネ・オルフである。

『彼女』は銀河帝国文学のあらゆる常識を覆した。

男に比べるとはるかに教育を受ける機会がないはずの『女』小説家であるということ。

地球時代のような様々なジャンルを描いたこと。

そして今までのゴールデンバウム王朝への批判ととれる内容も堂々と表現していることなど、あげればきりがない。

 『フィリーネ・オルフ』はある意味で英雄だ。

卓越した文章力で人々の心の闇を払い、夢や希望、知識や思想を伝播した。

しかし、有名になれば便乗や盗作などが出てくる。

オーベルシュタインはそれでも良いと、最初からどこかで思っていた。

もちろん放置は出来ないが、他者の作品に影響を受けるのは自然なことだ。

今は猿真似だけかもしれないが、きっとこれから新たな花や実が結ばれるだろう。

自分は種を撒いただけだ。

「昔から珍しくもないことだ。金の臭いにつられて羽虫は寄ってくる。商業作家ならば一大事だろうが、私は職を持っているし、これで生きようとも思っていない」

今更なことを子供のように言ってくるロイエンタールに、オーベルシュタインは淡々と無感情に囁いて、端末に向かう。

型がかなり古いそれは外部と一切繋がっていない。

国内で絶賛され続ける作品はここから生まれた。

乱れのない一定の速度でキーを叩き、文字が鮮やかに増えていく。

 作者がまったく気にする様子がないことが不満なのか、ロイエンタールは高い鼻の上に皺を寄せる。

「納得いかんな。卿はなんとも思わんのか」

「思ったところで仕方があるまい。むしろ卿が腹を立てている理由がわからない」

「・・・まったく」

ロイエンタールは呆れたように、わざと芝居がかった仕草で肩を竦めた。

認めるのは癪だったが、自分はこの陰気な男の作り出す鮮やかな文章に魅了されている。

オーベルシュタインが描き出す世界が、人々が好きだった。

本当に自分の知らない別な世界があり、そこの世界をそっと覗き見ているような気持ちになった。

主人公達と共に戦い、共に笑っているような心持になってくる。

だが、そんな美しい世界の創造主はそれらを模倣されることへの憤りはないようだ。

それが腹立たしい。

「文字を知る多くの帝国民が憧れる女流作家が、こんな可愛げがない中年男だとはな。夢がない話だ」

「卿も夢を見ていれば良かっただろう。真実は大抵苦いものだ」

「あいにく甘い嘘より、苦い真実の方が好みでな」

「・・・そうか」

オーベルシュタインの指は止まらない。

熟達したピアニストのように、キーの上を滑らかに走り続ける。

「・・・・・・何を書いている」

沈黙に飽きてきたのか、ロイエンタールはオーベルシュタインの背後に回って覗き込んでくる。

「英雄の烙印の最終回だ」

「・・・・え?」

素っ気ない答えに思わず間抜けな声を出してしまった。

彼が何日も通って一週目読破を終えた本棚には、『英雄の烙印』もあった。

この宇宙で唯一フィリーネ・オルフの著書全てを読んだ読者は、その最終回も当然読んでいる。

親友を喪い、悲嘆にくれながらも多くの仲間達に支えられて『英雄』であり続けることを選ぶ感動のラストだ。

「なんだ、最終回を書き直すのか?」

「・・まあ、そうだ。短くまとめた」

「・・?」

オーベルシュタイン越しで見た文章からすると、どうやら後半部を省いて最終回に持って行くつもりでいるらしい。

「おい。なんで話を削る。卿の話は無駄などないではないか」

思わず口を出してしまった。

後半にも見せ場は多くある。

予想外な敵の出現。

時には敵対していたライバルとの共闘。

務めをとるか家族をとるかの選択。

主人公は脳髄を絞って戦い、ぎりぎりで勝利していく。

それを削るなどとんでもない。

無意識のうちに細い肩に手をかけて揺さぶってしまう。

オーベルシュタインはされるがままになりながら、とんでもないことを言いだした。

「少し予定より早いが引退する。そのために早めた」

「はぁ!?」

今度は思わずビッテンフェルトのような大声を出してしまった。

デビューしてから一年足らず。

まだ書庫にある作品の三分の一も発表していないではないか。

にもかかわらず引退とはどういうつもりか。

抗議しながら色の異なる双眸が敵と対しているかの如く睥睨するが、オーベルシュタインは相変わらずだった。

ひたすら指を動かし、物語を終焉に向かわせる。

「おい。オーベルシュタイン。説明しろ」

「どういうつもりも何も、元々長く続けるつもりはなかった。仕事がどうなるかわからないし、いつ暗殺されるかもわからん。卿にバレたことだし潮時だと判断した」

「ほう。俺のせいにするのか」

確かに勝手に屋敷内を歩き回って書庫を見たのは少し悪かったかもしれないが、すぐ帰れとも歩き回るなとも書庫に近づくなとも言われていない。

軍務尚書は小さく頭を横に振る。

「いいや。占いのようなものだ。おかげで引き際が決められた。礼を言う」

とても礼を言っている口調ではない、温度のない声だ。

そこには文章の内に込められている溢れんばかりの情がない。

報告書でも読み上げているのと大した差はなかった。

「・・・・・残った話はどうするつもりでいる」

「何も変わらんさ。書庫に保管しておく。今までのままだ」

「・・卿は本当に腹立たしいほど引き際が淡白だな。さらに言うなら自分勝手だ。これほどまでに人々を魅了しておいて、あっさり引退出来ると思っているのか?」

この様子ではまだ誰にも言っていないのだろう。

新聞などに載っているフィリーネ・オルフ関連記事にはそんな記述は一切なかった。

歴史に残る大作家にいきなり引退されたのでは出版社と印刷会社が発狂寸前の錯乱状態に陥るだろう。

ことの重大さをわかっていないのか、オーベルシュタインははっきり頷いた。

「出来る。むしろ誰がどうやって引退を防ぐのだ?善良な婦女子を相手にするように『書き続けないと殺す』とでも脅すのか?実際はこの通り可愛げがない中年男なわけだが」

「卿ならば女に生まれても脅しになど屈しまい。引退理由はなんだ?仕事のことは理由にならんだろう。書き溜めたものがまだあれほどあるのだ。それだけでも世に出すという選択肢もあるはずだ。・・まさか飽きたのか?」

飽きるなどという人間らしい感情があるのだろうか。

ちらりとそんな考えが頭によぎるが、オーベルシュタインの感情はないどころかむしろ激しいほどであることは作品を見ればわかる。

ここで本当に飽きたなどと言ってきたらさらに怒りが湧いてくるだろうが、オーベルシュタインはきっぱりと首を振った。

「飽きてはいない。これからもおそらく書くだろう。・・・まあ、ある程度満足しただけだ」

「満足した?」

意外な言葉を繰り返す。

「ああ。満足した。人に読んでもらいたかった」

まるでひとりごちるように囁いて手を止める。

どうやら書き終えたらしい。

椅子を回転させて、下から僚友を見上げる。

いつもどおりの作り物の双眸だ。

だが、その中に柔らかな光が宿っているように見えた。

「読んでもらえた。それもたくさんの人々に。だから満足だ。目的は達した」

「だから引退すると?」

「ああ。そうしたい」

大きく息を吐いて、宣誓するように厳かに言い放つ。

ロイエンタールの筆で引いたような眉が跳ね上がり、美貌を顰められた。

「・・・オーベルシュタイン。俺は卿が嫌いだ」

「今更だな。あえて言われずとも知っている」

「卿は有能で、真面目で、私心がない。だが合理主義過ぎるし、他者と理解し合う気が感じられないし、何より自分の価値を理解していない」

珍しい言葉だった。

オーベルシュタインは別段ロイエンタールのことを嫌っていなかったし、ロイエンタールはオーベルシュタインを嫌いつつも能力は認めていた。

特に過不足がない関係だったように思う。

だから特に互いの中身について触れる必要はなかった。

しかし今ロイエンタールはあえて踏み込んできている。

「・・・・ロイエンタール元帥。何が言いたい」

「卿は勝手な男だということだ。人をこれだけ熱狂させておいてあっさりといなくなるつもりでいる」

「別に発表した本を回収するつもりはない。これ以上は発表しないというだけだ」

「・・怖いから逃げることにしたのか?」

「・・・・何?」

傍から聞いていると藪から棒に思える問いに、オーベルシュタインの目が細められた。

ロイエンタールはふんっと鼻を鳴らして告げる。

「見ていてわかった。卿は諦めている。何もかもをな。認められることも愛されることも愛することもな」

「・・・・それを卿が言うかね」

オーベルシュタインはあえて挑発するようなことを口にした。

怒らせて話題を逸らすつもりだったのだろう。

だが、ロイエンタールは皮肉気に口の端を持ち上げた。

「卿は諦めている。どれほど努力しても、どれほど結果を出しても、どうせ疎まれる。そう考えている」

「・・・・・・・・・」

オーベルシュタインは何も答えなかった。

ロイエンタールふと笑みを消して、真摯な口調で言葉を投げる。

「最初から諦めているから何を言われても受け流せる。どうせ最初から期待していなかったと」

「・・・・・・・・・」

「だが本当は認めてもらいたい。今回は偽名で正体を隠して成功した。認めてもらえて嬉しかった。だから期待してしまう前にやめることにした。そうだな?」

「・・・・・・・・・」

オーベルシュタインは何も答えない。

立ち上がって部屋から出ようとするが、椅子に押し戻された。

ロイエンタールは続ける。

「卿のことは嫌いだが『フィリーネ・オルフ』のことは気に入っている」

「それは良かった。いもしない女なら卿に泣かされることがない」

「いるさ。卿の一部だ」

「・・・・・・・・・」

仮面めいた無表情が何とも嫌そうな顔になった。

「おい。今気持ち悪いことを考えなかっただろうな」

「気持ち悪いことを言いだしたのは卿だろう。私はおそらく異性愛者だ」

「おそらくとはなんだ。・・・・とにかく。俺の楽しみを奪うと言われて黙っていられるか。書け、オーベルシュタイン。これからも書いて発表しろ。俺に命令されるのが嫌なら勅令にしていただくぞ」

「やめろ」

暗に皇帝にばらすと脅してくる僚友に、義眼の軍務尚書は鋭く制止を口にした。

かなり遅れてブームに乗った我らが主君は、夫妻で読書を楽しみ、臣下達とファントークするという新たな楽しみを得ている。

問題なのはラインハルトならば意外にオーベルシュタイン=フィリーネ・オルフを受け入れそうなところだ。

本当に平和を理由にして勅令を出しそうで怖い。

ここは折れるしかなさそうである。

だが、ここで大人しくしているほどオーベルシュタインはやわではない。

ため息をついて軽く嫌味を口にした。

「・・・卿は脅迫などという下種な真似を好まんと思っていたのだが、買い被りだったか」

「好まんさ。だが敵が強大ならば手段を選んでいられない場合もある」

「私は敵か」

「味方なのか?」

「敵で良い」

「投げるな!」

ふたりは会議よりも激しく言葉を交わし、あまりに白熱し過ぎて使用人達が心配して見に来るほどだったそうである。

 

 

 

 

 一応引退は先延ばしということで落ち着き(発表もされていなかったが)、フィリーネ・オルフの小説は着々と出版されていった。

舞台化なども決定し、関連書籍も多数出る中、本人は一切公の場には出てこない。

賞をとっても表彰式は必ず欠席するし、どこに招待されても絶対に姿を現すことはない。

事情を知るごく少数の人間からすれば当たり前のことだが、それがさらに謎を深めて人気が過熱している面もあった。

オーベルシュタインはそんなことは気にせず、普段通りの生活をしていた。

時々軍内で漏れ聞こえる感想だけで満足だったからだ。

ロイエンタールは相変わらず猫のようにふらっとやってきて本、酒、飯を楽しんでいる。

たまに彼が以前捨てた女性が近くに現れることもあるが、軍務尚書の屋敷とわかると即座にいなくなるため何も起きていない。

読書を楽しむようになってから漁色も凪いだようなのでなお平和である。

しかしながら平和とは次の戦争のための準備期間だ。

 ある日屋敷にやってきたロイエンタールは、聖者の如く意味深な笑みを浮かべて二枚の紙を見せてきた。

一枚目は『フィリーネ・オルフファンクラブ』なる組織の発足と会員募集の案内。

二枚目は『フィリーネ・オルフ握手サイン会』なる行事の参加応募書類。

オーベルシュタインは生まれて初めて人に掴みかかった。

 

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