女流作家 フィリーネ・オルフ   作:物語の魔法使い

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この話に同性愛の要素は存在しないですが、作者が20年以上腐女子をやっているので、それっぽい描写ととれるものが混入しているおそれがあります。
ですが、この話は健全です。
至って健全です。



第3話

 

 

 『女』の顔を正面から見た時、ロイエンタールは素直に驚き、感心した。

美人は見慣れていたが、素直に美しいと思える。

薄い唇に多少特殊メイクをしてボリュームを足していたが、他は普通に化粧を施しただけだ。

おそらく元々下地が良かったのだろう。

涼し気な目元が印象的な美貌に仕上がっている。

大体の人間が背の高い『美女』と評するだろう『女』が、装飾が少ない古風なドレスを着て立っていた。

「さすが俺の見立てだな。どこからどう見ても女だ。卿の貧相な体ならば女物のドレスも入ると思っていた」

「・・・卿も悪趣味なことだ。私を着せ替え人形にしても面白くなかろう」

無遠慮に自身を見てくる美丈夫に、『美女』は多くの人々に恐れられる軍務尚書の声で咎めるように呟いた。

 

 

 

 フィリーネ・オルフ公式(公認は事後承諾)ファンクラブ会長=ロイエンタールによって勝手に企画宣伝された握手サイン会は凄まじい騒動を生んだ。

今まで一度もメディアに露出していない謎多き文豪が遂に姿を現すというのだ。

まず新聞社やら放送局やらからの取材申し込みが殺到して大変なことになった。

銀河で億存在するファン達も黙ってはいない。

我先にとファンクラブに入会し、握手サイン会に応募した。

これだけ聞くとただ混乱しただけのように聞こえる。

しかしそのあたりはさすがと言うべきか、ファンクラブ会長は事務処理を担当する人間をすでに大量に雇い入れており、ファンクラブ入会申し込みや、握手会参加応募の集計抽選、場所の手配まで滞りなく処理していった。

 別にロイエンタールはその場の思いつきや嫌がらせのために握手サイン会を企画したわけではない。

フィリーネ・オルフは自分が初めて熱狂した作家だ。

しかしその当人は「読んでもらえただけで満足」と引退すら考えていた。

栄誉や称賛が裏返ることを恐がり、直接ファンの声を聴きたがらない(こっそり聞いて喜んでいるだけだ)。

ようやく認めてもらえた部分を健気に守らんとする様は奥ゆかしくて可愛いと言えなくもないが、やはりもったいない。

正体は隠していても、文を書いたのは間違いなくオーベルシュタインなのだから、その点に関しては胸を張って良い。

一度くらい『フィリーネ・オルフ』一般ファンの声を真正面から聞いてみるべきだ。

ロイエンタールが褒めるだけで赤くなるので、一般ファンが褒めたらどうなるか気になる。

仄暗く辛気臭い表情や正論ばかりで面白味がない言動も多少はましになるかもしれないし、普段の会議のストレスが軽減される可能性もあった。

そんな悪意ではないが、善意とも言い難い思惑から、この握手サイン会は催されることになったのだ。

 オーベルシュタインに伝える直前に大々的に告知し、すぐに通いなれた隠れ家的他人の家に向かったのだが、もちろんひと悶着があった。

元々予想していた通り、『フィリーネ・オルフ』が猛反対したのだ。

野良猫のような僚友の不意打ちにすっかり機嫌を損ねてしまった『彼女』は、自邸への出入り禁止を言い渡してきた。

握手サイン会の中止処理は企画者だけでやれと大変立腹だ。

ロイエンタールは珍しく本気で慌てて説得にかかる。

なんだかんだでオーベルシュタインの屋敷をとても気に入っていたし、多少は悪いことをした自覚があったからだ。

「おい。そんなに怒るな。確かに何も言わずに勝手に決めたのは悪かった。だが、一度くらい姿を現してもいいだろう。むしろ現すべきだ。卿も最近の報道加熱は知っているだろう?」

本来の目的はあえて伏せてそう尋ねた。

姿を現さない謎多き女流小説家に対する憶測記事は最近かなり頻繁に紙面を賑わせている。

中身がオーベルシュタインであるがゆえに、しっぽを掴ませるようなことはしていないが、正直ただの流行では済ませられない社会現象と言って良かった。

いずれは特ダネ欲しさに強引な手段に出てくる輩も出るだろう。

しかしフィリーネ・オルフが姿を現せば、ある程度鎮火するに違いない。

謎は謎であるからこそ魅力的だが、わかってしまうと落ち着いてしまうものだ。

そうなれば正体が露見する危険性はさらに減る。

本当はそれだけが理由ではないが、ロイエンタールはそのように説明した。

オーベルシュタインは普段青白い顔を紅潮させて声を張る。

「良いはずなかろう!フィリーネ・オルフは女で私は男だ!立場上顔も知られている!影武者をたてるにしてもリスクが高すぎる!」

フィリーネ・オルフは『女』でなければいけない。

オーベルシュタインはそう考えていた。

帝国は今も昔も男社会で、女性は従属を求められる。

しかし長い戦争のせいで現在の人口比は帝国も同盟もかなりの女余りだ。

オーベルシュタインは性別など関係なく、実力があるものが国を動かすべきだと考えている。

彼女たちの能力を死蔵するなど馬鹿げていた。

だからフィリーネ・オルフは女でなければならない。

ゴールデンバウム王朝の終焉を示すため、悪しき風潮を打ち消す一助であるために女であるべきだ。

一番最初に名前を決めた時は、出来るだけ自分とかけ離れた名前にしようとしただけだったが、今は違う。

フィリーネ・オルフは女であるべき存在だ。

影武者をたてれば、情報漏えいのリスクが高まる。

報道加熱のことは当然知っていたし、いずれは何らかの形で沈静化を図る必要を感じていたが、僚友の案は納得しかねるものがあった。

 細い眉を吊り上げて、明確に怒りを示すオーベルシュタインに新鮮さを感じながら、ロイエンタールは苦笑する。

「つまり卿は人前に出る必要性は認めるということだな?今回のことも正体がばれなければ問題ないということで良いな?」

「・・・・・・」

軍務尚書は薄い唇を結ぶ。

是ということらしい。

美丈夫はオーベルシュタインを頭の頂点から足先までじっくりと見据えた。

「影武者を作る必要はない。卿は背こそ高いが肩幅は狭いし、全体的に細い。それにおそらく母君似だろう?」

「・・・・・女装しろと?」

帝国一の頭脳は即座に相手の言わんとしていることを察して唸る。

確かに第二次性徴を迎えるまでは、かなり頻繁に女だと間違えられた。

合理主義であるオーベルシュタインは必要性を感じれば女装だろうと、軽装だろうと迷いなく身に着ける。

確かにこの場合自ら女性に扮するのが一番簡単な手段だろう。

適当な人材を雇い入れて教育したり口止めしたりするより早くて確実である。

しかし現在オーベルシュタインは40近くだ。

女性の服が入ったとしても、無理があるだろう。

そもそも軍務尚書という立場上顔を知られ過ぎている。

現実的でない案だと切って捨てようとしたが、ロイエンタールの自信に満ちた表情に踏みとどまった。

「ふふ。卿はこの俺がなんの策もなく、こんな案を出すと思っているのか?」

「私を嫌う卿ならばありえると思っているが」

「確かに卿は嫌いだが、フロイライン・オルフのことは好きだ。安心しろ。化粧で人間の顔はかなり変わる。そろそろ来るはずだ」

「来る?」

オーベルシュタインが訝し気に目を細めると、執事のラーベナルトが客が来たと入室許可を求めてきた。

許可をすると

「閣下!アントン・フェルナーです!!」

と良い笑顔の部下が立っていたため、オーベルシュタインは彼が入ってくる前に扉を閉めた。

 

 

 

 ロイエンタールは握手サイン会を主催するにあたり、軍内に共犯を作った。

オーベルシュタインの説得は論理的に説明すれば向こうが折れるので問題ないが、あの男をきちんと女装させるための人員調達が急務だったからだ。

そこで目を付けたのが軍務尚書の副官であるアントン・フェルナー准将である。

彼は諜報や密偵などに明るく、さらにオーベルシュタインの信奉者のひとりでフィリーネ・オルフのファンだ。

情報漏えいの心配はないし、断られる理由が思いつかない。

ひとまず人気のないところに呼び出してフィリーネ・オルフの正体や握手サイン会の話をすると

『急にこんな場所に呼び出されたので、暗殺でもされるかと思ってましたよ』

と物騒なことを言いながら二つ返事で了承してきた。

話を持ち掛けたロイエンタールの方が驚くほど、あっさりオーベルシュタイン=フィリーネ・オルフを受け入れたのである。

『軍務尚書閣下の強さの理由が少しわかった気がします。表に出すことが出来ない感情を文字に注ぐことで心を守っていらしたのですね』

当時アントン・フェルナー准将はそのように笑っていたという。

ちなみに協力の報酬としてファンクラブ会員ナンバー2を要求されたが許容の範囲だった。

 そして現在フェルナーは必要な道具を持参して、オーベルシュタイン邸にやってきたというわけである。

「閣下酷いです!!閣下をお助けするためにやってきた小官を追い出そうとするなんて!!」

なんとか室内に入れてもらった銀髪の副官は大袈裟に嘆いて抗議してきた。

オーベルシュタインはそれを無視していつもどおり人形めいた無表情で、淡々と語る。

「・・・卿はなんとも思わんのか?」

普通上司が憧れの女流作家と同一人物では混乱すると思うのだが、フェルナーはにっこりと笑って頷いてみせる。

「むしろ役得だと思っております。憧れの上司と小説家が同一人物なんて凄い素敵なことですよ。ロイエンタール元帥は正しい人選をなさったと思います」

「わかってはいたが、その肝の据わり方は見ていて腹立たしいな」

ロイエンタールは軍内では下位に当たる男の発言に、皮肉気に唇の端を持ち上げる。

図太い官房長はあっさりと嫌味を受け流し、

「軍務尚書閣下はお綺麗な顔をしておられますし、すらっとした体つきをされているので、女装はわりと簡単だと思います」

言いながらうきうきした様子で化粧道具やら、体型補整のボディースーツやらを広げた。

彼は陸戦部隊出身だが、潜入や裏工作もこなす器用な男だ。

オーベルシュタイン自身も彼にこの手の仕事を任せたことがあるので、彼が変装道具や技術を持っていることは知っていた。

まさか自分にその技術が使われることは予想していなかったが。

「・・・・フェルナー准将」

「あ、これは私物でございますのでご安心を」

別に軍のものを持ち出したのではないかと心配したわけではない。

いつもの無表情ながらも明らかに不満そうな、疲れた空気をかもすオーベルシュタインにロイエンタールは小さく吹き出した。

軍務尚書が不満を示しながらも抵抗しようとしないのは、これが必要だと理解しているからだ。

ぶれない真面目さが会議中は憎らしいが、今は存外可愛げがある。

帝国一の色男はそのままじっくり変身風景を眺めているつもりでいたが、すぐにフェルナーに追い出された。

『女性』の化粧を覗くものではないと言うのだ。

本当はどう変わっていくのか興味があったが、ごねるのもどうかと思い素直に部屋を出て、親の買い物が終わるのを待つ子供のように暇をつぶしていた。

そして話は冒頭に戻る。

 完璧な女装をしたオーベルシュタインが、ロイエンタールのところに歩いてきたのだ。

「いやぁ。ここまでやることが少ない変装も珍しいですよ。やったのは唇や体の膨らみ足したことと化粧だけです。あ、義眼は粘膜コーティングのものに交換させていただきました。これなら義眼だと わからないと思います。凄いお綺麗です、閣下」

『美女』の背後から現れたフェルナーは、相変わらず楽しんでいる様子でそう語る。

彼の自信作は実際素晴らしく、誰がどう見ても女にしか見えない。

どこを歩いてもおそらく冷徹と謳われる軍務尚書と看破出来る人間は皆無だろう。

ロイエンタールは少し下がって全体像を確認する。

「もう少し華があるドレスにした方が良いな。鮮色をメインにしたやつが良い。あと、この髪は付け毛か?」

オーベルシュタインの髪は現在結い上げられており、後れ毛がなかなか艶っぽい。

フェルナーは愛想よく頷いた。

「ええ。閣下は髪もお綺麗なので、髪は染めて地毛を活かして足しました。サイズがわかりましたからドレスはこれから調達しましょう。フルオーダーで作っている暇はないので、パターンオーダーでいきますか」

「平民設定だからそれで良いだろう。胸は・・・まあこれくらいで良いか」

確かにドレスの上からわかる体型は女性的な丸みが加わっており、ちゃんと胸もあった。

触れてみるとちゃんと胸の感触だ。

『初対面』の女性の胸を揉むという暴挙に出たロイエンタールに、オーベルシュタインは無言でチョップをかました。

こうして女装(フェルナー作。ロイエンタール監修)で乗り切れると判断されたため、フィリーネ・オルフ公式ファンクラブ主催の握手サイン会は行われることが決定したのである。 

 

 

 遂に握手サイン会の日がやってきた。

場所は首都一の規模を誇る書店だ。

参加出来るのは100万以上の応募者の中から抽選で選ばれたファンで、その数は200人。

さらにその周囲を報道陣と、抽選にあぶれたファン達が囲む形になっており、店内は恐ろしい熱気だ。

皆が小説界に旋風を巻き起こし続ける『女王』の登場を今か今かと待っている。

 握手サイン会とは言っても演目はその後付け足されており、最初に軽い記者達からのインタビューが設けられることになった。

取材陣にも多少は何かを答えないと、報道の沈静化が図れない可能性が高いためだ。

当たり前だが、申し込んできた記者全員の相手をするわけにはいかないので、会場の席分抽選で選ばれている。

「・・・・・」

フィリーネ=オーベルシュタインはその様子を監視カメラの映像で冷静に観察し、眼光を鋭くする。

容姿は完璧に女性であるにもかかわらず、身にまとう気配は普段のままだ。

「閣下ー。その格好でそんな目をなさるとセクシーで興奮しますが、一般の方には刺激が強すぎるかと思います」

フェルナーが冗談交じりにそう指摘するが、フィリーネの空気は変わらない。

新調した鮮やかな色のドレスに身を包んだ『彼女』は、明瞭な知性と清廉な色香が同居する女性となっていた。

義眼も見た目を生身の目に限りなく近づけたものに換えてあるため、作り物であることが見抜かれる可能性は低いだろう。

書店の責任者との最終確認を終えて戻って来たロイエンタールが、フィリーネの様子に気付いて尋ねた。

「なんだ。フィリーネ。今から敵に挑むような顔をして。相手はファンだぞ?愛想を振りまけとは言わないが、睨むのはやめておけ」

「ビッテンフェルト提督がいる」

「「!?」」

フィリーネの重々しい物言い(口内設置型の変声器を通しているため女声)に促され、共犯者ふたりは驚いてリアルタイムカメラ映像を覗き込んだ。

見覚えのあるオレンジ頭のがっしりした男がそわそわしているのが見える。

握手サイン会の列に並んでいるところを見ると、彼は当選していたらしい。

「うわっ。凄い豪運ですね。応募者100万以上いたんですよね?」

「・・・・何かはしゃいでいる様子だったが、このことで喜んでいたのか」

ビッテンフェルトが周りに言って回らなかった理由は察することが出来る。

皇帝夫妻もこの握手サイン会に行きたいと熱望し、オーベルシュタイン(本人)に窘められたからだ。

その代わりファンクラブ会長のロイエンタールがフィリーネのサインをもらってくる手筈になっていた。

主君を差し置いてという気持ちがあっても、結局譲ることが出来ずに現在に至ったというところか。

「・・・・・」

フィリーネは小さくため息をついて立ち上がる。

そろそろ開始時間だったためだ。

知己がいるのは多少気になるが、元々徹底的に『フィリーネ』を演じ切る覚悟である。

やるからには絶対に手を抜かない。

今日までラーベナルト夫人の指導を受けた成果を発揮するだけである。

「行きましょう」

女流作家は背筋を伸ばして優雅に皆の前に姿を現す。

爆発でも起きたかのような歓声が上がり、視界が利かなくなるほどフラッシュが降り注いだ。

『フィリーネ』は優雅に一礼し、柔らかに微笑む。

後の世に『小説の女王』と称えられる女流作家が初めて公衆の面前に登場した瞬間だった。

 

 

 

 

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