女流作家 フィリーネ・オルフ   作:物語の魔法使い

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最終話?

「ようやくふたりきりになれたね。フィリーネ」

「・・・・・・・・」

フィリーネ=オーベルシュタインは、現在初対面の男に馴れ馴れしく手を握られている最中だった。

男はおそらく30前後だろう。

一応フィリーネを抱えて走れるくらいの力はあるが、ロイエンタールやビッテンフェルトのような鍛え上げられた体躯ではない。

無駄に華美な衣服の上からでも体の緩みがわかり、嫌でも鼻につく体臭は脂と埃が混じっている。

 無理矢理地上車に詰め込まれて連れてこられた屋敷は、首都の郊外にあった。

おそらく元はフェザーンの金持ちの屋敷だったのだろう。

以前は豪勢でも品が良かったと思しき内装や家具は、買い足されたらしい調和を乱す成金趣味に台無しにされてしまっている。

10歳前後の夢見る少女ならば喜びそうなふりふりレースの装飾が施されたベッドに、フィリーネは座らされていた。

細い足首には鍵なしで取り除くには重機が必要になりそうなほど物々しい足かせが嵌められている。

枷には長く太い鎖がつながっていて、壁に固定されていた。

下手に暴れて、服を脱がされるなどしても困るのでされるがままにされた。

特に痛みはないが、つけられて楽しいものではない。

ちらりとそちらに視線をやると、男は大仰に悲しそうな顔をしてみせた。

「ああ、ごめんよ。フィリーネ。本当は君の綺麗な脚にこんなものをつけたくない。でもこうしないと恥ずかしがり屋な君はどこかへ行ってしまうだろう?もう無理をしなくて良いんだ。これからは君はずっとここで今までどおりに僕のことを描いてくれれば良いんだよ」

「・・・・・・・・」

なんと返せば良いかわからず、フィリーネは僅かに唇を結ぶだけに止めた。

道中でよくわかったが、この男には話が通じないからである。

 最初は営利目的の拉致だと思った。

これだけ売れている作家だ。

しかもファンクラブ会長は帝国に3人しかいない元帥のひとりである(攫ったのも元帥だが)。

成功するかは別として、高額な身代金を要求してもおかしくはない。

単純な性的暴行目的という線は考えられなかった。

姿を現したのは今日が初だし、停電のことを考えると思いつきでの犯行はありえない。

フィリーネがオーベルシュタインと知っていて、見せしめか私怨で殺そうとしていることも考えづらかった。

ならばわざわざ攫う理由がない。

普通に暗闇で殺す方が楽だろう。

殺した後に適当に声明文でも置いておけばいい。

 だが車内で聞いてもいないのに勝手に語られた内容は、帝国の頭脳の予想を逸脱していた。

『君がずっと僕のことをモデルに小説を書いてくれていたことは知っていたよ。文字に込められた僕への愛も確かに受け取った。待たせてごめんね。僕も愛しているよ、フィリーネ』

・・・・・こいつは何を言っているのだろう。

オーベルシュタインは素でそう思った。

ツッコミどころしかない話だった。

軍務尚書の膨大なデータベースの中にはこの男の顔はなかったし、大体フィリーネは架空の女である。

仕事柄、頭のおかしい連中とやりあったことは数えるのも面倒なほどあったが、ここまで会話が成立しないタイプは珍しい。

なかなか苦痛ではあったが、話を熱心に聞いているふりをしてしゃべらせておくと相手側から勝手に情報を提供してくれた。

 男の主張によると、自分は熱心なファンで、読んでいるうちに全ての著作は自分をモデルとしており、遠回しなラブレターだと気付いた。

控え目な君は自分への想いを文章に乗せて綴るだけで満足しているようだが、自分も君を愛している。

愛し合うふたりが離れている必要などない。

だから君を連れ出した、とのことだ。

眩暈がするような供述である。

これはあれだ。

ストーカーという奴だ。

確かにファンレターの中には明らかに『フィリーネ』へ恋愛感情を抱いているものもあったと聞くが、出版社側が分別してくれているため手元に届くことはなかった。

中身がオーベルシュタインだったから今まで何も起きなかったが、これが本当に一般女性なら大変なことになっただろう。

帰ったら、今まで後に回されていた女性の犯罪被害に関する刑罰を早く成立させよう。

出来れば見せしめの意味も込めて銃殺が望ましい。

これから自分の後に続く物語の書き手達がこんな目にあっていたのでは、文化が発展しなくなってしまう。

密かにそう固く誓うと、すり寄ってくる男を適当にいなし、ちらちらこちらを見てくる雇われ運転手に内心舌打ちしつつ、ひとまず大人しく相手の本拠地までやってきたのである。

「もうあんな記者どものご機嫌取りなんてする必要はないんだよ。君の物語はもうふたりだけのものだ」

「・・・・ええ」

 オーベルシュタインは敵地に一人という状況だがわりと余裕があった。

なんかまだ言っている男を無視しない程度に流し、こっそりあるものに視線をやる。

そこにはおそらく前住人のものと思しき刺突剣が飾られていた。

美麗な装飾こそされているがきちんと実用品らしい。

室内には男が人払いしたため、ふたりきりだ。

さらには部屋を追い出された男達は長年仕えていたわけではなく、間に合わせで雇った軍人崩れのようだった。

どうやら金はあるらしいが色々駄目な馬鹿に対して忠誠心があるとは思えない。

ならばどうにでも立ち回ることが出来る。

オーベルシュタインは飛びぬけて優秀な戦闘力はないが、それを補うだけの頭脳はある。

ひとまずはフェルナーが助けに来るまで服を脱がされないように粘らなければならない。

今更貞操だなんだと騒ぐつもりはないが、性別は絶対にばらしたくないし、ばれて逆ギレされたらさらに面倒になる。

もう少し言うならば仕事でもないのにこんな男と寝るのはごめんである。

 オーベルシュタインは男の言葉に感動しているふりをしながら時を待つ。

そして外が騒がしくなった時、枷をつけられている方の脚で、金属部分が跪いている男の顎に直撃するように狙って蹴りを入れた。

 

 

 

 フィリーネ=オーベルシュタインが攫われたのは、ロイエンタール達の怠慢が原因ではない。

むしろ帝国内で地位が低い平民女性かつ小説家という職の人間には過剰と思えるほどの警備だった。

もちろんテロ対策なども行っていたのだが、軍務尚書拉致をやらかした相手の行動は予想外の規模だったのだ。

書店の電源供給を断ったのではなく、この地域全体に電力供給している発電所を爆破したのだ。

爆破と言っても全てが消し飛ぶような規模ではなく、一時停電する程度のもので実行犯もその場で逮捕されたが十分だった。

実際『彼女』は攫われてしまったのである。

 共犯者ふたりは起きてしまったことをごちゃごちゃ言うことはなかった。

即座に混乱の収拾などは運営委員(ベルゲングリューン他)に委任し、即座に攫われた小説家を地上車で追いかける。

わざわざ攫った以上、すぐに殺される可能性は低いが楽観は出来なかった。

攫った目的はわからなくとも、フィリーネの正体がばれたら非常に面倒なことになるのは確かだし、奪還されるリスクを考えてすぐに殺されるケースもあるからだ。

可及的速やかに救出する必要がある。

 道中ビッテンフェルトが合流したため、一緒に行くこととなった。

当たり前だがロイエンタールやフェルナーが誘ったわけではない。

地上車に乗り込むために走るふたりを追い抜かさんばかりについてきたのである。

『戦力は多いにこしたことはあるまい』

とのことだ。

弁明するならば、ふたりは最初断った。

憲兵隊に連絡はしてあるため戦力は十分だし、何も無駄に夢を壊す必要はない。

妙齢の美女小説家だと思っていた方がこの男にとっては幸せだ。

しかし本人の意思が非常に固く、説得している時間もないため、

『事情は後で説明するし、質問にも答えるから絶対にこれから起こることに口を挟まない』

と誓わせて同行させた。

 元々いざという時のためにオーベルシュタインには複数の発信機を身に着けさせている。

特にそれが取り除かれた様子もないため、1時間もしないうちに陸戦の名手三人はフィリーネの監禁先と思しき屋敷の扉を蹴破っていた。

首都郊外にあり、それなりの古さと広さがある屋敷だが、使用人は見当たらない上に掃除があまりされていない。

おそらく元々は華やかな屋敷だったのだろうが、今はただ全体的にくすんだ印象しか受けなかった。

雇われたらしいごろつきはいたが、基本的に三人の誰かに一発殴られただけで(ブラスタで撃っても良かったが弱かった)床に沈んだため、フィリーネがいる部屋まではすぐに到達出来た。

何やら争っている気配を感じて、急いで扉を銃を構えながらぶち破ると、そこには予想斜め上をいく光景が広がっている。

「ああ、卿らか」

フィリーネは淡々と呟き、視線だけを救出チームに向ける。

そのフェルナーが気合を入れてエステを施した手には、刺突剣が握られており、剣先は目の前の大柄な男の喉に迷いなく突きつけていた。

細い脚には足枷があったが、鎖がかなり長かったため、特に動きを阻害しなかったようだ。

「思ったより遅かったな」

『フィリーネ』は細い肩を僅かに竦めて呟く。

ロイエンタールは希代の美貌に悪戯っぽい笑みを刻んで言った。

「・・・あっさり攫われたわりには余裕そうだな。しかも卿は剣が使えたのか。もっとゆっくり来るべきだったかな?」

「いや、ちょうどいいタイミングだった。・・・卿が来ると思わなかった。フェルナーはともかく、卿のことだから先に帰って夕食を食べていると思っていた」

相変わらず温度がない言葉に、美丈夫はむっと整った眉を寄せた。

「おい。卿の中で俺はどれだけ人格破綻者なのだ。俺が無理矢理担ぎ出したのだから、これくらいの責任はとる。それに何度も言わせるな。フィリーネのことは好きだ」

「・・そうか」

特に感銘を受けた様子もなく小さく頷いた。

「オルフ女史。もう剣下ろして良いですよ。動いたら小官がそいつ撃ち殺します」

「わかった」

実際に銃口を向けながら物騒なことを言う銀髪の青年に、女流作家はひとつ頷くと言葉に従い、自身を拉致してきた男の存在を忘れたように三人に近づく。

鎖がじゃらじゃら鳴っているが危なげない足取りである。

その段階でようやくビッテンフェルトを気に掛けることができたらしく、後ろの方で驚き固まる彼を一瞥した後ロイエンタールを睨んだ。

睨まれた方はやや不満そうにしている。

「そんなに睨むな。変な気分になる」

「馬鹿なことを言っていないで、枷の鍵をくれ。その男が持っている」

「フィリーネ!!」

ここでようやく事態が飲み込めたのか誘拐犯が、まるで恋人の裏切りにでもあったかのような悲痛な声をあげた。

「行かないでくれ!君は騙されているんだ!!そんな野蛮な男どもに君を幸せに出来るはずはない!!」

「誘拐犯が何を言っておるか、うつけ者!!!」

銃を突き付けられていることを忘れて追いすがろうとする男に、ビッテンフェルトのドロップキックが炸裂した。

筋骨隆々の彼の全体重が乗った一撃だ。

まともに喰らえば病院直行どころか下手をすれば即死である。

予想違わず、見事に骨を破砕されて蹴り飛ばされた男は少女趣味のベッドに突っ込み、動かなくなった。

それを確認した外三人は、ため息を小さくついて警戒を解いた。

「少なくとも彼らの方が貴様の兆倍良い男だ。誇りに思っている」

静かに呟かれた言葉は、直後やってきた憲兵隊達の声に消される前に三人に届いた。

 

 

 

「ん゛~~~」

「泣くな、ビッテンフェルト提督。私の鹿肉をやろう」

「俺のも持って行け」

「ん゛~~~~~」

帝国の猛将は美味しい料理をもぐもぐ食べながら泣いていた。

ちなみにあまりの美味しさに泣いているわけではない。

ある意味失恋したため、泣いているのだ。

 事件後、一行は事後処理を憲兵隊に任せ、事情聴取を終わらせてからオーベルシュタイン邸に戻った。

報告によると、握手サイン会会場にいたファンや記者達は怪我人は出たものの、死者はいなかったそうである。

彼らの医療費は全額ロイエンタールが持つことになった。

本当はオーベルシュタインが出すつもりだったのだが、ロイエンタールが譲らなかったのだ。

一応この男も怪我人が出た上に『フィリーネ』が攫われたことを気にしているらしい。

握手出来なかったファン達には後日サイン入りの非売品短編を贈ることになった。

 犯人の動機を聞いた共犯者ふたりは呆れ、ビッテンフェルトは怒った。

ちなみにストーカーは死んではいなかったものの、重体である。

事件を知ったラインハルト外熱狂的なファン達が怒り狂っていることもあり、オーベルシュタインが裏で手を回さなくても死刑に持ち込めそうだ。

 そして何故オーベルシュタイン邸に連れてこられたのか訝しがるビッテンフェルトにフィリーネ・オルフの正体他を詳らかにしたのだが、その結果がこれである。

やはり大嫌いな軍務尚書が憧れの女流作家と同一人物だという衝撃は、勇猛果敢な手練れであるビッテンフェルトの心にダメージを与えたらしい。

まるでナイーブな少年のように、ずっとこの調子である。

幸いなことに食欲はあるらしく、用意された食事をナイフとフォークで元気に襲撃して口に運んでいた。

「ちょっと、ビッテンフェルト提督。そんな乱暴な食べ方をしたら料理が可哀想ですよ。せっかくラーベナルト夫人が腕によりをかけて作ってくださったのに」

一緒に卓を囲んでいたフェルナーがそうして窘めると、ようやくその考えに至ったのか、一旦きちんとナプキンで涙を拭ってからゆっくりと食べ始めた。

「うう。オーベルシュタインなんぞにときめいた自分が情けない」

「軍務尚書閣下はお綺麗ですもの。恥じることなどございませんよ」

フェルナーは馬鹿にするでもなく、しかし得意げににこにこ笑っている。

彼としてはいつも書類提出が遅いくせに、頻繁に絡んでくる猪を騙せて溜飲が下がったのだろう。

心から食事を楽しんでいる様子で、皿の上を綺麗にしていっている。

「確かに見事な出来だったな。そしてどれだけ卿が普段顔の筋肉を怠けさせているかよくわかった」

ロイエンタールはまじまじとオーベルシュタインを見て言った。

『フィリーネ』の時のオーベルシュタインは正体を知っているロイエンタールでも驚くほど別人のようだった。

喜怒哀楽がしっかりとあり、どれも一見の価値があるほど美しかった。

とてもこの仮面めいた顔の中年男と同一人物に見えない。

「普段からああしていれば良いだろう。そうすれば会議が大分楽に進行する」

「そうだな、やってみるか。陛下やミッターマイヤー元帥あたりが良い反応をしてくれそうだ」

「待て、悪かった。謝るから怒るな」

皆が動揺して滞る会議の様子を思い描き、ロイエンタールは即座に謝った。

どうやらそのあたりのポリシーは曲げるつもりはないようだ。

この人形のような男は、表面に出さず判断に影響させないだけで案外激情家であることはわかっているし、怒るとシャレにならないことを言い出すこともわかっているが、どうしても揶揄いたくなる。

記者の挑発に見事実力を示したことを褒めると、赤くなって視線を逸らした。

面白い。

それをビッテンフェルトが超常現象を見たかのような顔で凝視している。

「・・・・卿らは仲が良いのだな」

いつのまにか泣き止んだ猪はぽつりと呟いた。

その指摘にふたりの元帥は程度は違えど揃って驚いた顔をする。

「・・・卿にはそう見えるのか?」

「泣きすぎだ、ビッテンフェルト。目を冷やせ」

「いや、こうして一緒に食事をしたり秘密を共有している時点でかなり仲が良いだろう」

猛将は呆れた様子で少し笑う。

ようやくいつもの調子が戻って来たらしい。

オーベルシュタインはゆっくりと首を振る。

「私の読みの甘さのせいで、弱みを握られてな。成り行きだ」

「案外ここは居心地が良い屋敷でな。前の女が執事と押し問答することもなく平和だ」

「自分の不始末の処理を私に押し付けるな。素直に刺されてくると良い」

「駄目ですよ、閣下。人数多すぎてロイエンタール元帥原型なくなっちゃいますよ」

「卿ら」

シャレにならないことを言いだす軍務尚書と官房長に、ロイエンタールの秀でた額に青筋が浮かぶ。

ビッテンフェルトは今度こそいつも通りに剛毅に笑う。

「やはり仲が良いではないか」

「「どこがだ」」

「そこがだ」

こうして共犯者は二名から三名に増員されることとなった。

 

 

 翌日の新聞の一面はフィリーネの写真と『女王の貫録』もしくは『女王 無礼者を成敗』の文字だった。

 

 

 

 

 

 

ende?

 

 

 

 

 

 




これでフィリーネ・オルフのシリーズはひとまず完です。
お読みくださいましてありがとうございます!

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