オーベルシュタインが最近こそこそしている。
ロイエンタールは密かにそう思っていた。
奴は元々社交的とは言い難いし、かなりの秘密主義だ。
現に今だって嫌われ者の軍務尚書の姿の裏で、宇宙に名を轟かす人気作家をやっている。
正直これ以上の秘密などない気がするが、どうやらまだあるらしい。
夜中に書斎の電気が点いていて、気になって勝手に入ると端末の画面電源を落としてしまう。
何をしていたのかと聞いても、『仕事』と端的に答えるだけだ。
実際仕事ならべらべら話す内容ではないのはわかるが、本当は違うと戦場で培われた勘は主張していた。
何やら悩んでいるようだし、普段から青白い肌もさらに悪化しているように感じられる。
軍務尚書としてのオーベルシュタインのことは嫌いだが、私人の更に言うなら作家としてのオーベルシュタインのことは嫌いではない。
休みの日はほぼ間違いなく入り浸り、三食食べて泊まることが結構楽しいくらいの好意はある。
何か困っていることがあるなら共犯者のよしみで協力してやっても良いと考えていた。
だが、オーベルシュタインは頑なで何も言わない。
いつも厳しい顔でどこかを睨んでいる。
「・・・・閣下。何かお悩みがあるのでしたらおっしゃってください。それとも私ではお力になれないことですか?」
最近すっかり恒例となっている共犯者の会(四人)での夕食の時、フェルナー准将がそう尋ねる。
やはり官房長の彼も気付いて気になっていたらしい。
「・・・いや、特に何もない」
「何もないはずあるまい。辛気臭さが倍になっているぞ」
ビッテンフェルトが唸った。
ロイエンタールも同調する。
「顔色の明度も悪化しかしていない。なんだ。スランプとか言いだすんじゃないだろうな?確かに最近執筆のペースは落ちているが元が異常だっただけだ。むしろ今も異常だぞ?あのペースが標準ならば卿以外誰も作家を名乗れまい」
フィリーネの本は現在月に数冊ペースで発売されている。
これでまだまだ書き貯めがあるのだから、文才もそうだが速筆の才能は銀河一ではあるまいか。
オーベルシュタインはロイエンタールの言葉にちらりと何か考えるような素振りが見えた。
どうやら悩みは小説のことに関してで当たりらしい。
「なんだ。書きたい話が煮詰まっているのか?言ってみろ。この面子で今更何を隠す?」
「・・なんでもない。卿らの気にすることではない」
切り捨てるようにそう言い放つと、それ以上周囲がどれほど追究しようと何も話すことはなく、その夜の夕食は終わった。
ウルリッヒ・ケスラー憲兵総監はフィリーネ・オルフが嫌いだった。
話はとても面白いと思う。
発想力も文才も豊かで、大人気なのも頷ける。
だが、自身の影響力に無頓着なのはいただけない。
彼女が何かを書くたびに、話に登場した物が売り切れになり、犯罪をテーマにしているものだと模倣犯が爆発的に増える。
さらに問題なのは、話に出てくる手口が実際実行可能なほどにリアルに描かれていることだ。
実在する場所が登場した場合、彼女はかなり入念に調べているらしく、実行に移した犯人に逃走を許してしまうケースが多発した。
事態を重く見て正式に抗議をしたところ、故意に作られたトリックの穴を示された。
確かにしっかりと憲兵側が職務を果たしていれば全て未遂に終わるはずだ。
現にオルフ女史の愛読者である憲兵が、犯人の手口と小説の類似に気付いて取り押さえたケースも多数あった。
しかし、それはあくまでも結果論だ。
実際仕事は増えるし、むやみに犯罪を煽るような小説を出版するのはやめてほしい。
電文にそのように書いたところ、
『私は愛や人同士の絆をテーマにした話もたくさん書いていますが、それで治安は向上しましたか?』
彼女からの返信にはそう書いてあった。
フィリーネ・オルフは相当頭が良い女性らしく、何を言っても非の打ち所がない正論が返ってくる。
さらに度胸もあるようで、公的機関からの抗議にもまったく臆した様子がない。
再三の忠告を無視して、今まで禁忌とされていたテーマでも小説を書き続ける。
出版社にも差し止めを依頼したが梨のつぶてだ。
確かに銀河で億単位のファンを持つ作家に意見など出来ないだろう(出版社を変えられるだけだ)が、ゴールデンバウム王朝時代からの公権力への反感もあるに違いない。
現在は強制的に発禁にすることが出来ないため、しつこいナンパ程度の効力しかないのだ。
出版社側も利益を捨てるようなことは行うはずはない。
フィリーネはその社会への影響力だけでもかなり危険人物に思えるが、さらなる問題は皇帝も皇妃も彼女のファンであることだ。
もちろんラインハルトは小説に影響されて政策を決めたりしないが、知識を得たり興味を刺激されたりすることはよくあるらしく、個人的に登場した事柄を調べるように命じたりはしているらしい。
このままではいずれ国政に影響が出るのも時間の問題ではないか。
「考え過ぎじゃないか?」
休憩時間に憲兵総監の愚痴を聞いていたルッツは、苦笑気味にそう呟く。
隣でワーレンも同じような顔をしていた。
たまたま行き会って流れで昼食を一緒にとることになったのだが、つまらない話ばかりしてしまっている自覚はある。
せっかくの休み時間に申し訳ないと思う反面、ケスラーは誰かにどうしても聞いてほしかったのだ。
フィリーネは謎だらけの作家だ。
わかっているのは名前と顔くらいで、ほとんどのプロフィールが伏せられている。
元帥であるロイエンタールがファンクラブ会長をしていたり、名誉役員があのビッテンフェルトであるため多くの人間はわかっていないようだが、彼らが騙されていないと誰が保証出来るのだ。
「たかが創作物だろう?確かに今は流行りで盛り上がっているが、そのうち落ち着くさ」
ワーレンはフィリーネの小説を読んでいないらしく、騒ぎを俯瞰して見ている。
ルッツも深刻な顔をする生真面目な僚友を慰めるように笑った。
「俺も彼女の『マイスター・ベルツ』シリーズが好きだが、軍を辞めて探偵をやろうとは思わない。いつの時代も影響されやすい奴はいるだろう。だが少なくとも陛下は違う」
「・・・・・ああ」
「それに考えてみろ。卿が危惧するような危険人物ならばあの軍務尚書が静観するはずはない。ファンクラブの副会長は官房長だそうだからな」
確かにそうである。
ケスラーはルッツの言葉に得心した。
自分が危惧するような人物ならば、あの冷徹の代名詞は真っ先に排除に動くだろう。
「・・・・それもそうだな」
オーベルシュタインの顔を思い出して安心する時がくるとは思わなかった。
ワーレンが軽く笑う。
「お、ようやく明るい顔をしたな。暗い顔していると可愛い奥さんが心配するぞ」
「・・・・妻もフィリーネのファンで」
「・・元気出せ」
両提督に優しく肩を叩かれていると、ふと窓の外に妙な物が見えた。
この休憩所は一階にあるのだが、窓の向こうは中庭になっている。
豊かな木々や手入れされた花壇が魅力の場所なのだが、そこを突っ切るように灰色のケープが移動していた。
「・・・あれはなんだ?」
ケスラーに指摘されて他のふたりも中庭に目をやる。
オーベルシュタインだった。
何かから逃げているようで、ばたばたと動き回っている。
そのすぐ後を青いケープとオレンジ色の髪が追いかけ、数分もしないうちにオーベルシュタインは捕獲されて上半身と下半身を各々分担で拘束され、運ばれていく。
細い体をよじって抵抗しているようだが、屈強な元帥と上級大将相手では完全に無意味だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?」
状況を飲み込むのに数拍の時間がかかった。
三人が中庭の倉庫へ入っていったのを確認した時、室内の三人が正気に戻る。
そして一斉に窓から中庭に出た。
『ヤバい。遂に殺る気だ』
この時は本当にそう思ったと、後に彼らは日記に記している。