女流作家 フィリーネ・オルフ   作:物語の魔法使い

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『フィリーネ・オルフの挑戦』の少し前の話。


Ich bin in dich verliebt.(こぼれ話)

 

 

 

「ああ!!腹立たしい!!」

帝国一の色男はこれ以上ないほど不機嫌に吼えた。

その手には酒杯があり、さっきから空になるたびに注ぎ足されている。

ここは銀河帝国軍務尚書オーベルシュタイン邸。

以前は来客がほぼ皆無だったが、最近になって特定の人物が頻繁に通ってくるようになった。

ロイエンタール元帥、ビッテンフェルト上級大将、フェルナー准将である。

彼らは冷徹と名高い軍務尚書宅を子供の秘密基地か、たまり場のように利用しており、泊まることも珍しくなかった。

別に通っていることを言い広めることはないが、それ自体は嘘をついてまで秘匿することでもない。

実際ロイエンタールはミッターマイヤーに居場所を問い詰められて、正直にオーベルシュタイン邸にいることを教えている。

何故あんな奴の家にいるのか、と当然の疑問を示され、

『奴自身は不快だが、その不快さの棘のおかげで面倒な輩も遠ざけて、屋敷自体は静かで快適に過ごせるし、出てくる酒や料理が美味い』

と嘘ではないが、全てではない答えを返した。

一番の理由=自身がファンクラブ会長を務める作家の自宅で、新作が読み放題だからという理由は伏せてあった。

ミッターマイヤーは信頼出来る男なので明かしても機密上の問題はないが、自分が熱狂している作家が憎き軍務尚書だとわかればショックを受けるだろうと気遣っての判断だ。

すでにショックを受けた上級大将は元々のくよくよしない性分のおかげですでに状況を受け入れているが、それをかの愛妻家に強制するわけにはいかない。

ちなみにロイエンタールが現在怒っているのはそれとは別件である。

「・・・・・そ、そんなに怒ることか?」

美丈夫がずっと整い過ぎた顔を引き攣らせて怒り狂っているのが腑に落ちないらしく、ビッテンフェルトが不思議そうに太い首を傾ぐ。

彼は下戸なので、ジュースをちびちび飲みながら元気に肉を食べていた。

その横ではフェルナーもロイエンタールを気にした様子もなく夕食を楽しんでいる。

最近は珍しくもなくなった家主と一緒の食事である。

ビッテンフェルトの発言を受けて、異なる色合いの双眸がきっと吊り上がった。

「当たり前だ!むしろ何故卿らが怒りを覚えないのか理解出来ん。奴は死ぬべきだった!!」

「そ、そうか?俺は生きていてくれて嬉しいが」

あまりの剣幕に若干引き気味になりながら、猛将は彼にしてはかなり控え目に主張する。

フェルナーもビッテンフェルトの意見に同調した。

「そうですよ。むしろ彼の生は皆が望んだ結果です。貴方も別に彼のことがお嫌いではなかったでしょう?」

「好き嫌いの問題ではない!奴の死は必要だった!それを安易に生かすなど!!」

「まあまあ」

官房長が宥めるが、美丈夫の怒りはまだ治まらない。

自身で持ち込んだ酒をどんどんひとりで空けていくファンクラブ会長に、今まで無言だったフィリーネ=オーベルシュタインは溜息をつきつつナプキンで口を拭う。

「卿のこだわりは良く分かった。だが、いい加減機嫌を直してくれ。卿にそのように乱暴に干される酒が可哀想だ」

「・・・・・・・・・・」

むうっと秀麗な眉が欲しいものを買ってもらえない子供のように寄せられる。

オーベルシュタインはますます溜息をついて、こう続けた。

「劇の脚本演出が不満であったことは良く分かった。だからいい加減自棄酒はやめたまえ」

 

 

 

 

 ロイエンタールはフィリーネ・オルフの小説の舞台に招待された。

超人気作であるオルフ作品はかなり頻繁に舞台上演許可の申請がくる。

オーベルシュタインはそれに対してフィリーネ・オルフの作品であるということをちゃんと表記すれば特に制限を設けることなく、脚本を確認することもなく許可を出した。

作品使用料をとり、その金は孤児や障害者の支援機構の財源とするためだ。

金儲けだなんだと言われようが、それで助かる命があるならば無駄にする必要はない。

簡単に許可がとれるため舞台の上演が大乱立し、オーベルシュタインやロイエンタールへの招待状は珍しくないどころか凄まじい数が届けられた。

元々行くつもりがない作者もそうだが、平和になって余裕が出来たとは言えファンクラブ会長や副会長、名誉役員(ビッテンフェルト)も簡単に足を向けることは出来ない。

首都で行われるものだけでもかなりの数に上るため、全てを観ることは不可能だからだ。

しかし今回の舞台はオルフ作品の中でも特に人気の『英雄の烙印』で、さらに非常に評判が良い脚本家などが揃っていて、なおかつうまく四人の休みを重ねることが出来たので全員で観に行った。

ちなみに乗り気でなかった作者を、ファンクラブ会長がかなり強引に連れて行った形である。

全員揃って赴いたら物凄く目立つため、ビッテンフェルトは特に隠さなかったが(挙動が目立つ)、事前に話し合った結果オーベルシュタインとフェルナーは変装(女装ではない)した。

幸い舞台の出来は評判違わず非常に良く、しっかりとした翻案がされていて名誉役員や副会長などは絶賛していたが、会長は違う。

主人公の親友=アルフレッドが助かったことに怒り露わにしたのだ。

アルフレッドは能力的にはあくまでも凡人で、際立った軍事的な才能は皆無と言っていい。

だが、どれほど親友の立場が変わろうと態度を変えることなく接し続けた稀有な人物だ。

英雄に祀り上げられ、環境と周囲の変化にすり減らされていった主人公にとってかけがえのない親友だった。

彼を自身の判断ミスで喪い、失意の中でそれでも立ち上がり戦う姿こそがこの物語一番の盛り上がりどころである。

それを安易に助けてしまっては流れが変わってしまう。

舞台ではアルフレッドを支えの一つとして戦い続けるというラストにまとめられていたが、原作のような胸を締め付ける感情が湧いてこなかった。

 作者に窘められたファンクラブ会長は子供じみた所作で不満を続ける。

「・・・・別に一から十まで小説を再現しろ、などと言うつもりはない。上映時間の関係で枠内へ入るように枝葉を多少切り落としたり表現を変えたりするのは当たり前だ。俺が文句を言いたいのはそこではない。名工の作った精密な機械仕掛けが重いからと安易に部品を抜き取った結果、大切な仕掛けが動かなくなっているから怒っているのだ」

「・・・・・・」

怒りで美貌を染めるロイエンタールとは違う理由で、オーベルシュタインの頬に血色が上った。

彼は本気で褒められることに未だ慣れない。

まるで初心な少女のような反応をする。

恥ずかしそうに視線を逸らし、細い体を居心地悪そうに縮めていた。

その様子を見ていつもの調子が多少戻ったのか、ロイエンタールがむっとした顔をする。

「褒めていないぞ?フィリーネの作品は好きだし、傑作だと思っているが、自身の作品が他者にどう扱われるか無関心過ぎる点は嫌いだ」

「今卿は自分で『名工』と評したではないか?それはオーベルシュタインを褒めているのと何が違うのだ?」

思う存分おかわりをして満腹になった猪は、悪意なくただただ不思議そうに太い首を傾ぐ。

美丈夫は無邪気な指摘にややむきになった様子で反論した。

「今言いたいことはそこではない!」

「・・・作者である私が良いと言っている、では駄目か?」

オーベルシュタインにしてみれば、ロイエンタールが何故そこまで怒るのかわからない。

原作を好きだと言ってくれるのは嬉しいが、解釈など人それぞれだし、安易なハッピーエンドを好む人間もいるだろう。

まあ、彼が言いたいのは他者がどう思うかではなく、自分がどう思っているかだ。

実際期待せずに口にした問いに返って来たのは否定だった。

「駄目に決まっているだろう。俺が舞台化に求めるものは作品の魅力が表現されているか否かだ。今回の舞台ではそれが削られ過ぎていた」

「ロイエンタール元帥がうちの閣下の小説が大好きということはとてもよくわかりました。いっそ、もう劇団のスポンサーになって堂々と口出ししたらいかがです」

「・・・・・・・・・・・」

その手があったか。

冗談めかした副会長からの意見に、はっきりとロイエンタールの顔にそう書いてあった。

ビッテンフェルトは作者の薄い頬が引き攣ったのを目撃したという。

 優秀な軍人であるロイエンタールの行動は早く大胆だった。

次の週には本当に劇団のスポンサーになり、脚本を書きなおさせ、数か月後には再演させたのである。

ロイエンタールプロデュースの舞台は大盛況となり、歴史的なロングラン公演となったと記録されている。

その後、この出来事について作者である『フィリーネ』は記者からの取材にこのようにコメントした。

『彼は本当に情熱的な人で、心から私の作品を愛してくれています。彼の思いの強さに驚かされたことは何度もありました。無茶を言われたことも何度もあります。ですが、彼の気持ちはいつでも純粋に嬉しいですね』

 

 

 

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