クール系幼馴染と疎遠になったから頑張って距離を縮めたい   作:ビタミンB

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今回は少し短いです。



もっと自然に

 

 

 

「だーっ! もう宿題なんてやってられるか! 俺は遊びに行く!」

「こら! 遊ぶのは宿題の後って約束だったでしょ!」

「関係ねー! 逃げるが勝ちだ!」

「あっ、渉! 帰ったら覚えときなさいよ!」

 

 取り組んでいた夏休みの課題を盛大に放り投げ、母さんの声に追われながら家を飛び出す。乱雑に靴を履いて俺が向かった先は隣の家だった。

 

「ただいま! 澪ー! 遊ぼうぜー!」

 

 玄関を開けて叫ぶと、すぐ近くのリビングから澪が顔だけ覗かせた。けど、その表情はどこか沈んでいる。隙間からは澪のお母さんの苦笑いが見えた。

 

「……私今夏休みの宿題やってるの」

「そんなの後でもできるじゃん!」

「でも、お母さんが……」

 

 そう言って澪はちら、リビングの中へ視線をずらす。反応からして、澪も宿題をやるまで遊ぶなと言われているんだろう。

 澪のお母さんは怒ると怖い。それはもう、泣くほど。俺も澪もそれを知っているから、自然と顔が俯いていく。

 旗色が悪いと、そう思った。

 

「はぁ……仕方ないわね。そんな顔されちゃダメなんて言えないわ。遊んでいいわよ、澪」

「ほんとっ?」

「ただし! 後でちゃんと宿題をやること。約束だからね?」

「うん!」

 

 ぱぁっと笑顔になった澪は、ドタドタとリビングの中へ戻っていく。少しすると先程まで取り組んでいたであろう宿題たちを手に持って廊下へ出てきた。長い水色の髪がさらりと揺れた。

 

「じゃあ渉、私の部屋で遊ぼ」

「やった!」

 

 靴を脱いで家の中に上がる。二人して半ば駆け上がるように階段を上がっていくと、二階の奥にある部屋に入った。

 内装は至ってシンプルで、ぬいぐるみなどの可愛い系のものは何もなく、勉強道具や本、写真などが飾ってあるだけ。澪らしい部屋だなー、なんて思いながら、俺は殺風景に感じていた。それも今では慣れたけど。

 

 宿題を勉強机の上に置いた澪はすぐさま冷房を入れる。夏特有の篭った暑さが和らいでいくのが心地よかった。

 

「渉はもう宿題やったの?」

「全然! 澪と遊びたくて逃げてきた! 後で怒られるけどへっちゃらだ!」

「手、ぷるぷるさせてたら格好つかないよ」

「し、してねーよ」

 

 指摘されて、腰に当てていた手を咄嗟に後ろに隠す。

 正直に言うとめっちゃ怖い。帰ったらお母さん絶対怒るだろうなぁ……澪のお母さんもそうだけど、うちの母さんも怒ると怖いんだよなぁ……。

 

 そんなことを考える俺を見てどう思ったのか、澪はため息をついた。そして、涼しげな顔でくすりと笑い、

 

「仕方ないなぁ、渉は。じゃあさ、今度一緒にやろうよ、宿題。私勉強得意だから」

「まじで!? やるやる! やった、澪がいれば百人力だ!」

 

 二人とも、弾けるように笑い合う。

 冷気が回り始めた室内でも暑くなるくらい。

 

 どこかの夏の、幸せな1ページだった。

 

 

 ●

 

 

「……夢か」

 

 目覚まし時計よりも早く目が覚めて、ぼーっとした意識のまま天井を眺める。アラームが鳴るまで二度寝をしようと目蓋を閉じるも、カーテンの隙間から注ぐ朝日が眩しくて体を起こした。

 

「懐かしいもん見たな」

 

 ひょっとしたら、昨日のことがあったからかもしれない。

 あれは確か……小学2年か3年の頃だったろうか。小さい時は勉強が嫌いすぎて家を飛び出すことはよくあった。けど、今見た夢の時で最後だった気がする。それ以降は澪と一緒にやっていたから。一人では嫌で嫌でたまらなかった宿題も、二人で話しながらすれば不思議と嫌に感じなかった。

 

 そういえば澪ってその頃から頭よかったっけ。

 

 隙あらば遊びまくっていた俺と違って、澪はずっと勉強をしていたんだろう。だからこそ今の頭脳明晰の肩書きがあるんだ。かく言う俺は澪と疎遠になってから徐々に勉強をしなくなっていき、テストでは毎回平均点付近を彷徨っていた。

 

「つーか子供の時の澪可愛すぎだろ……っ!」

 

 まだ幼さの残る笑顔を思い出して、頭を抱えて転がり回る。朝から顔が熱い。

 けど高校生が子供の笑顔思い浮かべて赤面するってヤバいんじゃ……? いや違う、俺はロリコンじゃない。ただ澪が好きなだけだ、セーフセーフ。何の問題もない。

 

「澪の部屋、今はどうなってんのかな……」

 

 カーテンの隙間から窓の外を見る。

 部屋の外にあるベランダの向こうには、同じようなベランダと澪の部屋がある。いつ見てもカーテンが閉められているため、俺がその中を知る術は何処にもない。この薄布によって、俺たちは視界も心も遮られていた。遮っていた。

 昔はよくベランダ越しに話とかしたなぁ。それも今じゃ叶わないけど。

 

 ただ、この先に澪がいる。そう考えていつも思うのだ。

 

 ──俺めっちゃキメェ、と。

 

「うぉおっ!?」

 

 突如、けたたましいアラームの音が鳴り響く。反射的に音を止めて時間を見ると設定時間の朝7時になっていることに気がついた。

 

「顔洗お! 顔!」

 

 パチンと頬を叩いて気持ちを入れ替える。

 そうだ、今の俺は一味違う。なんせ澪と話せたんだからな! 

 

 今日の夕飯も澪が来る。そのことを楽しみに思いながら、俺は軽い足取りで一階へ降りた。

 

 

 ●

 

 

『因幡です』

「どうぞ、上がって」

 

 昨日よりも落ち着いた返しができたことに成長を感じながら澪を自宅に入れる。昨日と同じく「おじゃまします」を言って、彼女はリビングへと入って来た。

 

「今日もありがとう。その、来てくれて」

「気にしないで。私も暇だから」

 

 話せたという実績があるからか、昨日よりは全然緊張していない。まだ昔と比べて口調はよそよそしいが、それでも素直に感謝の気持ちを言えている。

 ヨシ! とどこぞの猫のようなポーズ(脳内)を取りながら達成感に浸る俺のことなど露知らず、澪は涼しげな声でキッチンへ向かう。

 

 澪との関係を改善するにあたって、俺はこの二日間専用のとあるプランを立てた。

 

 一つ、思ったことは素直に口にする。

 

 二つ、積極的に手伝いに行く。

 

 三つ、キョドらず自然体で。

 

 これだ。昨日の反省点として、俺は口数が少なすぎた。しかもやっと喋ったかと思えば必ず頭に「あっ」がつくという謎のコミュ障を発揮していた。

 だからまずはそれをなくす。その上で会話をする。どこかで男らしさなんかも見せられたら完璧なんじゃないだろうか。

 いいぞ、これさえ実践できれば澪との距離が自然になること間違いなし。……ないよね。不安になってきた。ないと信じたい。

 

「今日はカレーでいい?」

「うん、いいよ」

 

 冷蔵庫から材料を取り出す澪に二つ返事で了承する。

 

 ──なんかこれ、夫婦みたいじゃね……? 

 

 考えかけて、自分の腹に拳を入れる。

 だああ! 変な妄想してんじゃねえよクソ童貞! そういうところだぞ俺は本当に! 

 

 予想以上に痛かった腹パンに呻く俺を怪訝そうに見ながら、澪はエプロンをつけて調理を開始する。

 落ち着け……。よし、気を取り直してまずはプランその一だ。

 

「そのっ、似合ってるね、エプロン」

「え、うん。ありがと」

「な、何か手伝うよ。何すればいい?」

「……なら、私野菜切るから鍋のお湯沸かしておいてくれる?」

「! ……わかった!」

 

 すぐに鍋を取り出し水を入れ、コンロで沸かしていく。褒めた時の澪の表情でライフは9割ほど削られたが、まだまだいけそうだった。手伝えることはある。

 ちらりと横を見れば、慣れた手つきで野菜を切っていく澪の姿が。

 

「……なあ澪、その髪邪魔にならないか?」

 

 素朴な疑問が口から溢れた。

 腰まで伸びた水色の髪は見惚れるほどに綺麗だが、調理中は長くて邪魔になりそうだった。実際に、トントントンというリズムに合わせて髪もゆらゆら波打っている。

 

「鬱陶しい? これ」

「いやいや、鬱陶しいなんて全然。ただ気になって」

 

 澪は少し考えるような素振りをして俺を見る。

 

「ヘアゴムってある?」

「ヘアゴム、ヘアゴムね! 今持ってくる!」

 

 聞かれた瞬間、俺はその意図に心の底から歓喜した。

 これは、これはもしや……! 

 

 ──ポニテ、あるんじゃね!? 

 

 すぐさまリビングを飛び出して洗面所へ向かう。確かここにほとんど使っていないやつがあったはずだ。

 鏡の裏を見てみると、目当てのそれは入っていた。

 

「これだ!」

 

 澪の髪によく合いそうな、というよりどこにでもあるような黒色のヘアゴムを持ってリビングに戻る。

 澪に手渡すと、それを手首につけて髪をまとめ始めた。

 

 現実の女の子ってヘアゴム口に咥えないんだなぁ、なんて事を思う。また理想と現実の違いを目の当たりにしてしまった。

 

 そうこう考えていると、澪が髪を結び終える。

 目の前でポニーテールが揺れた。

 

「……どう? 似合ってる?」

「……」

「……渉?」

 

 息を呑む。

 覗き込むような視線に、白いうなじ。髪を結ぶということをあまりしてこなかったのか、その表情にはどこか恥じらいが滲んでいる。

 

「──似合ってる。最高に」

 

 始めて心の底からプラン一を実行できた気がした。キョドることもなく、赤面することもなく、自然と言葉は口から溢れた。

 

「なら、よかった」

 

 ドクン。心臓が高鳴る。数年ぶりに見た澪の笑顔は、昔と全然変わっていなくて。けど、昔よりも全然可愛くて。

 調理に戻っても、俺はぼーっと澪を見ていた。

 

 




悶えが遠い……()

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