クール系幼馴染と疎遠になったから頑張って距離を縮めたい   作:ビタミンB

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主人公がヒロイン (確信)



雨雲の向こうは

 

 

 

 澪との夕飯から早くも数日が過ぎた。

 

 あれからというもの、俺と澪の距離は格段と近づき、毎日の登下校を一緒に──できたならどれほどよかったでしょう(Lemon)

 まあそこはお察しの通りなわけで、あれ以降俺は澪と一言も喋れていなかった。まるであの時間が夢だったんじゃないかと錯覚するほど、俺と澪の距離は依然として不動。泣いてもいいですか。

 

 ちょっと期待して朝さりげなく通学路で遭遇した時の挨拶とか、学校の廊下ですれ違った時に二人しか気づけないくらい小さく手を「よっ」って挙げる練習をしたのに、その機会すら与えられなかった。泣いた。

 

 ああして一緒の時間を過ごしたからこそ、普段の俺と澪の距離の遠さに絶望する。

 結局、きっかけがないと俺は何もできないのだ、今回は半ば無理矢理、母さんのお節介が偶然それになっただけ。だから、これからは俺が自分から歩み寄らないといけない。いけないんだけど──

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛ー、ハードル高っけぇー……」

 

 それができていないから、俺はこうしてソファーで脱力していた。

 肝心なところで行動力がありません。どうも、矢渡渉です。

 

「……ここ、前に澪が座ったんだよな」

 

 ふと、自分の隣に空くスペースを眺めて呟いた。

 キッチンから眺めた後ろ姿や、一緒に座った時の横顔が目に浮かぶ。そう思うとここから澪の匂いがする気がして、俺は周囲を警戒してからそっと顔を近づけた。

 

 ……そして、鼻から息を吸う。

 

「〜〜ッ!」

 

 ──何してんだ俺……! 完全に変態じゃねーか……ッ! 

 

 好きな人が数日前に座ったソファーの匂いを嗅ぐ男。どうみても変態でしたお疲れ様でした。

 

「……なにやってんの、アンタ」

「うぉぉっ!? ……母さんかよ」

「何してたのかは知らないけど、その気持ち悪い顔なんとかしな」

「……ほっといてくれ」

 

 聞こえてきた声に飛び跳ねる。何事もなかったかのように座り直すと、怪訝な視線を向けられた。

 姿を見るに、どうやら風呂上がりらしい。母さんは俺を一瞥するや否やキッチンの方へ歩いていった。そして、一呼吸置いてまた俺を見る。

 

「それで、どうだった? 澪ちゃんと一つ屋根の下で過ごしてみた感想は」

「変な言い方しないで? わざとでしょそれ。……別に、特に何もなかったよ」

 

 この返しには照れ隠しも混じっている。けど、嘘じゃない。きっと母さんが期待しているようなことを、俺と澪はできていない。本当にただ料理を作ってもらって、少し昔話に花を咲かせた程度だ。ただ身をもってわかったことは、澪がひたすら可愛いことと、俺たちの間に広がる距離は二日間程度じゃ到底縮まらないということだった。

 

 ツッコミもほどほどに思考していると、母さんは大きくため息を吐いた。

 

「『何があったか』じゃなくてアンタがどう思ったかを聞いてるんだよ。全く……高校生にもなって何やってんだか」

 

 言うだけ言って母さんはリビングから出て行った。

 くっ、ぐうの音もでない。どう思ったかなんて、そんなの嬉しい楽しい可愛い以外ないだろう。まあ気まずさもあったけど、振り返れば些細なことだ。

 でも、問題は「()()()()()」で終わっていることにある。過去形なのだ。

 しかし現状どうしようもないのも確かで。学校でコンタクトを取ることが困難な以上、俺に澪とコミュニケーションを取る手段はほぼないと言えた。

 これで連絡先でも知っていれば悩んでなかったのに──

 

「──そうだ! 連絡先!」

 

 ガバッとソファーから立ち上がる。そうだ、その手があった! 今までなんで気づかなかったんだ! 

 連絡先さえ聞ければこっちのものだ。朝のタイミングを合わせるのも可能になるし、直接話すより秘密のやりとりっぽくて親密な感じになるし……! 

 

「そうと決まれば明日早速……!」

 

 内心に炎を滾らせて拳を握る。そして、その手を高く天に向けて声をあげた。

 

「よし! やるぞ────」

 

 

 ●

 

 

 ────とか思っていた時期が私にもありました。

 

 握った拳も虚しく開き、現在俺は自分の席で見事に突っ伏をかましていた。

 というのも、一つ重要な点がありまして……。

 

 学校での澪の隙がなさすぎる。

 

 いつ見ても周囲には常に人がいるし、そもそも周りは俺と澪の関係を知らないから安易に話しかけることも難しい。いきなり近づいて「連絡先教えて」なんて言っても「は? なんだオメー」ってなること間違いなし。もしかしたら澪の平穏が崩れるかもしれないしな。まさに難攻不落だった。

 

「はぁぁぁぁ……」

 

 ぐでー、っと腕を伸ばして脱力する。

 

 しかしまあ、本当に人気者だよなぁ、澪。

 

 カリスマの一種なのだろうか。彼女が放つ雰囲気は不思議と人を寄せ付ける。大多数に告白されてることからもわかるが、思えば昔から澪は男女問わず多くの人から好かれていたように思う。俺と比べたら天と地の差だ。

 もう一度、自然とため息が口を吐いた。

 

「どうしたんだ? ため息なんかついて」

「俺には空より広く海より深い事情があるんだよ」

「なんかすげぇ浅そうだな、その事情」

「あんたにはわからんでしょうねぇ」

「まーた懐かしいセリフを」

 

 聞いてきたくせに特に興味がなさそうな友人に適当に言葉を返し、俺はまた澪を眺める。

 キッカケが欲しい。何か澪と二人きりになれるようなビッグチャンスが欲しい。連絡先をゲットすると決めたんだ、何としてでもやり遂げてみせる。

 

「お前ころころ表情変わるよな。見てて飽きないわ。顔芸でもやったらいいんじゃね?」

「うっせ」

 

 謎にニヤニヤしながら俺を見る友人にチョップを入れる。そうこうしていると、何となく気分が軽くなっていく気がした。

 

 

 ●

 

 

「うっそぉ……」

 

 そして放課後。現在の天候……生憎の雨。今朝寝坊したせいで傘を忘れていた俺は、昇降口の前に一人立ち尽くしていた。

 天気予報ちゃんと見とけばよかった……なんて今更すぎることを考えながら、俺はアスファルトを穿つ雫をぼーっと眺める。

 つーか寝坊してる時点で登校中に澪と会うとか夢のまた夢じゃん。やる気出してくれ俺。

 

「……どうしよう」

 

 一緒に帰るような相手はいないし、適当な傘をパクるのもダメだろう。折り畳み傘なんて便利グッズも当然持っていない。

 ダメ元で周囲を見渡してみても、人気はなかった。

 

 まずうちの高校は部活に入る生徒が圧倒的に多い。参加を強制されている訳ではないが、それでも大抵のやつは参加している。そのせいでただでさえ少数精鋭の我ら帰宅部だが、この雨天とあって既に撤退を遂げている。完全に詰んでいた。

 

 ここに澪がいたらな──なんて。

 

 若干フラグを建てつつ改めて周囲を見てみても、当然のように澪はいない。

 

 ……ダメだダメだ。この前のことがあって心のタガが外れたのか、ふとした瞬間にさえ澪を望んでしまっている。アカン、恋する男子アカンわこれ。

 

 そういえば澪も部活に入ってないんだよな。夕飯を作りにきた時間帯的に間違い無いと思う。けど、時既に遅し。放課後になってから時間が経っているから、もう澪は帰っている可能性が高かった。

 

 一度空を見上げる。重く立ち込めた曇天から降り注ぐ雫は止む気配を一向に見せない。それどころか雨足は強まる一方だった。

 

 ……もうこのまま帰るか! たまにはずぶ濡れになるのもいいだろ! 

 

 散々考えた結果、出てきた答えはアホ極まりないものだった。

 

 中学の頃に雨に濡れることが無性にカッコいいと思っていた時期があったが、まだまだ現役だったとは。男の中の中二心というのはそう簡単に消えないらしい。

 

「そうと決まればGO!」

 

 雨の中に足を踏み出すと、瞬く間に雫が体を濡らしていく。

「おぉ、これ意外と開放的でいいかも」なんて思いながら歩いていると、突如雨が止んだ。それも、俺の上だけ。

 

「ちょっと、なにしてるの」

「……澪!?」

 

 振り返ると、少し慌てた様子で彼女はそこに立っていた。ジト目で俺を見ながら傘を差してくれている。

 

 フラグ回収&ビッグチャンス来ました!!! 

 

「まだ帰ってなかったの?」

「日直の仕事があったから。それで、なにしてるの」

「えっと、今日傘忘れちゃって……そのまま帰ろうかと」

「そんなことして風邪引いたらどうするの」

 

 それを言われたら何も言い返せない。目の前で思いっきり「はぁ」とため息を吐かれ、俺は明後日の方向に視線を逸らした。流石にわかるぞ、これは呆れられている。 

 

「入っていきなよ。家、隣なんだし」

 

 ──相合傘もキッタコレ!!! 

 

 マジで!? いいんですか!? これそういう意味でいいんですか澪さん!? 

 

 まさかのテンプレ展開に「あ、ありがと」とどもりながら返しつつ、澪の様子を横目で窺ってみる。

 ちょっとは意味ありげな表情してたり……? なんて期待をしてみるも、澪はいつもと変わらない涼しげな顔をしているだけだった。

 

 ……うん、だろうね。そろそろ俺もわかってきたよ。

 

 俺がどれだけ澪を意識しても、澪は俺を全く意識していない。つまり、そういうことなんだろう。澪にとって俺はただ家が隣なだけの幼馴染。いや、元幼馴染が正しいのかもしれない。

 

「傘は俺が持つよ。入れてもらうんだから、せめては」

「いいよ別に。傘くらい持てるし」

「でも俺の方が身長高いから澪もその分腕上げなきゃいけないだろ? ここは任せてよ」

「……なら、はい」

 

 ぽしょりと呟いて控えめに傘を差し出される。

 

 あああああああああもう可愛いなぁ!!! 

 

 取っ手をしっかり受け取ると、僅かに残った澪の手の温度が伝わってきた。

 ヤバい。気を抜いたらニヤけそうだ。

 

 というか、自分で言って気がついた。

 

 ──澪、俺より身長低いじゃん……! 

 

 こうして隣に並んで歩いてみると身長差がやばい。小さい時はほぼ同じくらいだったから特に意識していなかったが、今となっては男女の差ができていた。

 

 そうだよなぁ……! 普段あれだけ凛としてても澪も女の子だもんなぁ……! 

 

 幼馴染が可愛すぎてつらい。

 

 いよいよニヤケが抑えきれなくなって、俺は咄嗟に空いている手で顔を抑えた。心臓が今にも爆発しそうなくらいうるさく暴れている。今日が雨でよかったと、心の底から思った。

 

 二人で着々と家までの道のりを進んでいくも、強まる雨足の中に俺たち以外の姿はない。まるで世界に二人しかいないんじゃないか、なんて臭い妄想が脳を過ぎった。

 お互いの間に特に会話はない。雨音と足音だけが耳朶を打ち、傘から滴る雫と景色だけが流れていく。いつもなら気まずさを感じるこの沈黙も、不思議と今は気にならなかった。

 

「……渉」

「ん?」

 

 不意に、澪の声が沈黙を破った。しかも聞こえてきたのは俺の名前。このシチュエーションで聞こえてきたその言葉に、反射的に緊張が走った。

 澪は全く俺を意識していない。わかっている。けど、わかっていても『もしかしたら』を期待してしまう俺がいる訳で。

 バレないように固唾を飲んで次の言葉を待っていると、次の瞬間ジト目が俺に向けられた。

 

「傘、私に寄せすぎ。ちょっと濡れてるじゃん」

「え? あっ本当だ」

 

 どうやら俺の体が傘からはみ出ていたらしい。びしょびしょまでとはいかないが、肩から腕にかけてがバッチリ濡れていた。

 

「気付いてなかったの?」

「うん。ちょっと考え事してて」

 

 澪のことなんですけどね!!! 

 

「ふーん」と素っ気なく呟いて、またお互い無言になる。今度は濡れないようにしっかり二人を覆った。

 

 やがて景色は見慣れたものに変わっていき、家までもうすぐの場所まで来た。この角を曲がれば俺たちの家がある。二人だけの時間ももうすぐ終わりを告げようとしていた。

 

 ──聞くなら今だ。今しかない。

 

 連絡先を聞く。文字にしてしまえばたったこれだけのことなのに、意識した途端どうしようもない緊張が喉を詰まらせる。落ち着こうと息を吸うたび、景色は流れて家に近づく。そのことに次は焦燥感が湧いて出て、また心臓が暴れ始めた。

 

 今しかない。この機会を逃せばまた澪と話せなくなるかも知れない。距離が開いてしまうかも知れない。それだけは、嫌だ。

 

 家の前に着いてしまう。どちらともなく立ち止まると、俺は大きく息を吸った。

 そして、口を開く。

 

「あのさっ!」

「あの」

 

 肩が跳ねる。何故か澪と言葉が被り、ドクンと大きく心臓が脈打った。

 

「な、何……? 澪から先にどうぞ……」

「あ、うん。これ、この前貸してもらったヘアゴム。返すの忘れてたから」

「あ、ああ、ありがと。別にヘアゴムくらいよかったのに」

「それでも借り物だから、一応ね」

 

 そこで一度言葉を切る。妙な間を一拍挟んで、再び澪が口を開いた。

 

「それで、そっちは?」

「あ、いや、えっと、大したことじゃないんだけど……さ」

 

 落ち着け、落ち着け。深呼吸するんだ。

 要領を得ない俺の言葉に澪が少し首を傾げる。緊張のせいか、その様子がやけにスローに見えた。

 

「──連絡先、教えてくれませんか」

 

 言った。ついに言ったぞ……! 

 

 永遠にも感じる数秒、俺は固まって言葉を待つ。すると、首を傾げていた澪は一瞬キョトンとした表情になって──

 

「うん、いいよ」

 

 ──くすりと笑った。

 

「……えっ、マジで!? いいの!?」

「うん。別に困るようなものじゃないし」

 

 よっしゃああああああああああああ!!! 

 

 マジか! マジかよ! やった……! やったぞ俺は……!!! 

 

 満面の笑みが広がっていく。今すぐにでも飛び跳ね叫びたい衝動に駆られたが、そんなことをすると澪が濡れてしまうためなんとか抑え込んだ。代わりに拳を固く握りガッツポーズをする。どんな形であれ、この感情を表さないとどうにかなってしまいそうだった。

 心臓が煩い。ニヤケすぎて顔が痛い。嬉しすぎて死にそうだ。

 

「……そ、そんなに嬉しいんだ」

 

 なにか澪が呟いた気がするが、強まる雨音と喜色一面の脳内で起こる発狂のせいで聞き取れない。

 すかさずスマホを取り出すと某メッセージアプリを立ち上げ、連絡先を交換する。『因幡澪』。そんなに多くない友達の中に、確かにその名前が表示された。

 

 うわぁぁぁぁぁぁ……!!! マジで交換しちゃったぞ俺……!!! 

 

 こんな幸せがこの世にあっていいのか。今なら誰に何をされても許せる自身あるぞ。

 画面を見て自分でもわかるくらいニヤニヤしていると、澪がちらりと俺を見た。その目は何処か泳いでいて、口も若干もごもごしている。

 

「あ、あのさ。この前私が帰った後のことなんだけど……」

「? 帰った後?」

「〜〜! なんでもない! じゃあね」

「あっちょっと、澪!?」

 

 幸せの余韻のせいでうまく頭が回らず聞き返すと、澪は俺からパッと傘を取って自分の家へと入っていった。遮るものをなくした俺は当然のように雨に打たれる。

 

「結局濡れるのね、俺」

 

 澪、何言おうとしたんだろ。その答えはわからないが、今はそれでもいいと思った。なんせ俺は澪の連絡先を持ってるんだ。これからは話したかったら話せるし、聞きたいこともすぐに聞ける。

 

 ──まずは第一歩だ。

 

 加減を知らない雨は更に雨足を強めていく。じわじわ体が冷やされていくが、それでも心は暖かかった。

 

 





その夜。

ピコンッ
因幡澪『おやすみ』

「ああああああああああああああ!!!!!!」



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