時に2050年、ナノテクノロジーが普遍化しガソリン車が姿を消した近未来。
 コンピューター技術と生体工学の発展は生物そっくりのペットロボットを実現化した。しかし生物ペットの需要は消えたわけではない。
 これはそんな時代を気ままに過ごす、ある飼い猫のお話だ。

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このお話はフィクションです。
実在の人物、団体、生物とは関係がありません。
猫が猫していなかったとしても、どうかご容赦を。


みゃーちゃんの一日

 彼女は猫である。バイオペットやペットロボットが主流の昨今においては珍しい、生きたペットだ。名前は『みゃーちゃん』。

 正式には『みゃーこ』なのだが、飼い主である少女が猫をちゃん付けで呼び続けた結果、彼女は自身の名前を『みゃーちゃん』だと認識するようになった。

 みゃーちゃんは基本放し飼いされている。みゃーちゃんの飼い主は、生物型ペットの飼い主の常識として、彼女に追跡用のマイクロチップを埋め込んでいる。全ての動向は飼い主に筒抜けであり、そのためある程度の自由行動を許されているのだ。

 

 

 

 みゃーちゃんの朝は遅い。飼い主が学校に出かける時は基本的にリビングの専用ベッドで丸くなっており、飼い主にあいさつされても返事さえしない。

 彼女が起きるのは昼過ぎ、頭上の日が傾き始めた頃だ。

 起き上がると自動ロボが出してきたペットフードを食べ、そのまま玄関へ向かう。

 体内のマイクロチップで個体認証が行われ、彼女専用に用意された扉が開く。開け放たれた扉から彼女は外に出た。

 ここで外が雨だった場合、彼女は玄関で適当に過ごしたのち、家に戻る。その日は腫れだったため、そのまま外出を続行した。

 舗装された道をてくてくと歩く。時たま道路を横断するが、最近の自動車は浮遊システムを搭載しているのが当然のため、事故に合うということはない。

 まず向かったのは近所の自然公園だった。今では珍しい緑が広がっており、彼女以外の生体ペットが、飼い主とともに歩いている。

 土と草の感触は、人工物に囲まれた家ではまず味わえないものであった。『気持ちの良さ』という面で言うなら、天然ものの土や草が人工の絨毯や毛布に敵うはずがない。だが適度な不快感を含んだ『自然』という感触は、彼女の中の本能を僅かに刺激し、普段は味わえない興奮を与える。

 この自然公園の芝生で、寝そべって転がることは、みゃーちゃんの欠かせない日課であった。例え泥だらけになって飼い主に怒られようと、これだけはやめられない。

 みゃーちゃんが興奮と安らぎに浸っていると、「ワン!」という鳴き声がした。

 耳元で突如なった大きな音に、目を見開いて停止するみゃーちゃん。音の方角を見やれば、はっはっはっと息をしながらこちらを見つめるイヌが一匹。

 尻尾を激しく振り、わき目もふらず相手を見つめる。イヌとしては興奮と好奇心と、友好の動作であったが、残念なことに、ネコにとってそれは敵対の動作であり、そしてみゃーちゃんは生粋のネコであった。

 イヌが一歩近づいてきた瞬間、みゃーちゃんは一瞬で立ち上がると、これまた一瞬で走り出した。突然の挙動に驚いたイヌが足を引いた頃には、みゃーちゃんの姿はどこにもなかった。

 置き去りにされた犬は耳を伏せ、落胆の動作をする。彼の飼い主はそんなイヌを優しくなだめた。

 

 イヌは悪くなかった。みゃーちゃんも悪くはなかった。生物型ペットの少ない昨今では両種族の邂逅そのものが減少しており、種族間の悲しいディスコミュニケーションは年々数を増していた。

 

 

 

 さて、日課を妨害された(とみゃーちゃん自身は認識していた)彼女は、さらなる妨害を免れるため、自然公園の奥へと進んでいた。

 生い茂った木々が日光を遮り、湿った地面が剥き出しになっている。みゃーちゃんはそこで再び寝転がった。

 草のない、土だけの感触。心地よい冷感と独特の匂いが彼女を包む。

 人気のなさが生む静けさも相まって、芝生とはまた一味違う居心地の良さにみゃーちゃんは骨抜きにされ、うとうとと眠り始めた。

 それから幾分か。みゃーちゃんの耳がわずかなモーター音を捉える。

 面倒臭そうに眼を開くと、彼女に近づく影が一つ。

 それはペットロボットだった。それも人工筋肉を使用せずモーター駆動で動く、かなり旧式の。

 体は泥だらけで、人工毛皮があちこち剥がれかけている。剥き出しになった本体にも錆が目立つ。ただ古いというだけではない、おそらく稼働状態で不法投棄されたペットロボットだろう。

 自然公園は環境調整と景観保全のため、こういった機械の不法投棄は固く禁じられており、時折清掃員による掃除もなされている。

 本来なら、このペットロボは捨てられた次の日には廃品回収に回されていただろう。しかし運がいいのか悪いのか、ここは自然公園の中でも人の目がほぼ届かない奥地であり、そこに投棄された彼は今日まで発見されることも回収されることもなく動き続けてきた。

 そんな、不運で幸運なペットロボは、ゆっくりとした動作でみゃーちゃんに近づいてきた。

 みゃーちゃんはしかし、イヌの一件と違い露骨な警戒も逃亡の動作も示さない。ただ少し、身を起こしただけだった。

 理由は簡単だ。ペットロボの両目蓋が閉じていたからだ。経年劣化により、ペットロボの目蓋の開閉機能は完全に機能を停止していた。

 動作がゆっくりであったことも、警戒を抱かなかった理由だ。こちらもペットロボに意図があったわけではない。モーターの出力が低下し、満足な移動速度を出せないだけだ。

 ペットロボは、みゃーちゃんから適切な距離を置いて停止した。

 一匹と一体は、少しの間向かい合った。

 みゃーちゃんは薄めた目でペットロボを見つめ、ペットロボは額に内蔵された小型カメラでみゃーちゃんを捉えていた。

「みゃぁ」と、短くみゃーちゃんが鳴いた。

「ミャ……ァ」と、壊れかけのマイクがみゃーちゃんの鳴き声を復唱した。

 返答を聞き警戒を解いたみゃーちゃんは、再び寝転がった。

 ペットロボも、みゃーちゃんの動作を真似るように、コロンと転倒する。

 周囲に再び静けさが戻り、みゃーちゃんも再び眠り始めた。

 

 

 みゃーちゃんが起きたのは、日もだいぶ傾いた頃だった。枝葉の隙間から覗く空が、朱く染まりだしている。

 みゃーちゃんは起き上がる。ペットロボは寝る前と同じ位置で転がったままだった。

 みゃーちゃんはペットロボに「みゃぁ」と鳴いた。

 返事はなかった。

 

 

 

 みゃーちゃんはそのまま自然公園を出ると、家に戻った。

 扉が開き、中をくぐる。

 すると左右からアームが伸び、みゃーちゃんの身体を洗い出す。ペット用扉お馴染みの、ペット用自動洗浄機だ。

 みゃーちゃんは慣れた動作で洗浄機に身を任せる。数分もすれば洗浄も終わり、脱水タオルと温風によって彼女の身体から余分な水気は除去された。

 洗浄機を後にし、リビングに入ると、飼い主が宿題をしていた。

「あっ! みゃーちゃんおかえりー」

 微笑んだ飼い主がみゃーちゃんを撫でるために近づいてくる。しかしみゃーちゃんはこれを無視して、用意されたペットフードを食べ始める。

 尻を向けてペットフードを食べるみゃーちゃんに、しかし飼い主は手を出さない。そんなことをすれば彼女の怒りを買い、咬みつかれ引っかかれると知っているからだ。

 飼い主がみゃーちゃんを撫でられたのは、彼女がリビングのネコ用遊具で遊び疲れ、ネコ用ベッドにもぐりこんだ後。ざっと2時間後のことであった。

「おやすみ、みゃーちゃん」

 優しくなでる飼い主に、みゃーちゃんは「みゃぁ」と眠たげに答えて、そのまま瞼を閉じた。

 こうして、みゃーちゃんの一日は終わった。


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