タイトルがおふざけMAXなのは、内容もふざける気満々だったからです。
思ったより真面目になっちゃったけど。
「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイ、シック、セブン、エイ!」
元気な手拍子と掛け声が屋上に響く。
「ルビィちゃん、ちょっと遅れてきてるよ!」
「は、はいっ!」
「うん、その調子!」
真夏の太陽は、頭上で圧倒的な存在感を放っている。
「──よーし、少し休憩にしようか」
果南の声を聞いて、メンバーはそれぞれ崩れ落ちる。
「今日暑すぎ〜!」
「そんな黒い服着てくるからずら」
「漆黒はヨハネの象徴なのよ!」
「倒れても知らないずらよ」
「…………」
ノーガードな会話をする善子と花丸の会話を背景に、ルビィは水分補給もそこそこに歩みを進める。その先には、
「いや〜、今日も暑いね。熱中症には気を付けないと──」
「あの……果南ちゃん」
「ん? どうかした? ルビィちゃん」
「さっきの所、どうしても遅れちゃって……ごめんなさい」
俯いて小さくなったルビィに、果南は少し驚いたような表情で口からペットボトルを離した。
「そんな事気にしなくていいって。練習を続けていれば、すぐにできるようになるよ」
「でも……」
「うーん……」
言葉で励ましても効果が薄いと判断した果南は、
「──よし、じゃあこうしよう」
笑顔でルビィの頭に手を置いた。
「果南さんのおうちへ?」
帰宅後、ルビィは出かける準備をしていた。
「うん。どうしても上手く踊れない場所があって、果南ちゃんが教えてくれるって」
「そうでしたの。ルビィは頑張り屋さんですわね」
本当は自分を頼って欲しかったダイヤだが、パフォーマンスに関しては果南が適任だと分かっている。
「秘密の特訓なんだって!」
キラキラした笑顔でその『秘密』をバラしてきたルビィに、
「そうでしたのね〜! きっとルビィは、私が驚くほど上達してしまうのでしょうね〜!」
姉は破顔して妹を抱きしめる。
止める人は、ここにはいない。
予定より少し遅れてしまったが、ルビィは定期船で淡島へ向かう。すでに夏の長い日差しは沈みかけており、水平線は灼熱色に染まっていた。
短い船旅。見ると、桟橋から手を振る人影。
「いらっしゃい、ルビィちゃん。遅かったね。……ダイヤ?」
「えっと……うん」
「やれやれ……」
何があったか何となく察した果南は、小さく息を吐いた。
「──ま、それはいいや。あんまり時間も無いし、早速始めよっか」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「あはは、そんなに緊張しなくていいよ。いつもの練習と同じだと思えば」
二人はダイビングショップの裏手に向かうと、そこの開けたスペースでレッスンを始める。
「──そこは腕を前に!」
「は、はい!」
「──もう一歩前に!」
「はいっ!」
「──遅れてきてるよ! リズム意識して!」
「は、はいっ!」
マンツーマンならではなのか、それなりにスパルタなレッスンが続く。
そんな時、
「──そこでターン!」
「は──あぅっ⁉︎」
一回転しようとしたルビィは、バランスを崩して倒れてしまった。
「だ、大丈夫⁉︎」
慌てて果南が駆け寄るが、
「う、うん、ちょっと失敗しちゃった……」
ひとまず大事はなさそうだった。
だが、
「……ちょっと、違和感あるかも……」
回転の時に軸足に負担がかかったのか、ルビィは顔をしかめる。
「そっか……。じゃあ、今日はここまでにしよう」
果南も無理は言わず、即座にレッスンを切り上げる判断。そして、
「──よっ、と」
「ええぇぇぇぇ⁉︎」
何も言わずにルビィを背中におぶった。
「か、果南ちゃん⁉︎」
「ん? どうかした?」
「どどどどどうしたのって、どうして⁉︎」
「だって、足痛めてるかもしれないでしょ? 変な歩き方で後々癖ついても大変だし」
「で、でも……」
「平気平気。ルビィちゃん軽いから。……むしろ軽すぎない? ちゃんと食べてる?」
「た、食べてます!」
「あはは、まあダイヤが一緒だからね。その辺の心配はしてないよ」
背中から降りる事を諦めたルビィは、大人しく身体を預ける。揺れるポニテを、少しくすぐったく感じながら。
「──ハイ、ひとまずこれでオッケー」
果南の自室で、ルビィは足首にテーピングをしてもらう。
「あ、ありがとう……」
「腫れてはなさそうだし、そんなに痛みも無いみたいだからちょっと捻っただけかな。一日安静にしてればすぐに良くなると思うよ」
綺麗に巻かれたテーピングを見下ろしながら、ルビィは感心していた。
「果南ちゃん、慣れてるね……」
「ん〜? まあね。昔からやんちゃしては怪我してたし、スクールアイドル始めてから治療法とかちょっとだけ勉強したんだ」
「へ〜……」
何でもなく言った果南に、ルビィは羨望の眼差しを向ける。
「──さて、何だかんだ遅くなっちゃったし、今日はウチでご飯食べていきなよ」
「え、でも……そんな急に……」
「いーのいーの。遠慮しないで。何なら泊まってく? どうせ明日は学校休みなんだしさ。ダイヤには私から連絡しておくよ。それに──」
果南は窓の外を見やる。ルビィもつられて視線をやる。
すでに外は真っ暗闇。穏やかな波の音だけが響いていた。
「こんな真っ暗な中を、怪我したルビィちゃんを帰す訳にはいかないよ」
もう定期船も無いしね、と果南は付け足す。
「えっと……それじゃあ……」
そこまで言われて、わざわざ食い下がるルビィではない。小さく頷いた。
「うん、よろしく!」
果南も、人のいい笑顔を見せた。
「──だからー、今から真っ暗な道を帰るのは危ないでしょ。怪我もしてるし──」
『怪我⁉︎ ルビィが⁉︎ 果南さん、あなた私のルビィに何をしたんですの⁉︎』
「何もしてないよ……。ちょっと頑張りすぎただけだってば。……あと、別にルビィちゃんはダイヤのモノじゃないでしょ」
『び、病院には行ったんですの⁉︎』
「そんな大した怪我じゃないんだってば。ちょっとくじいただけだから」
『し、しかし、万が一という事があるでしょう⁉︎ ルビィのスクールアイドル活動に支障が出たら……』
「テーピングで応急処置もしたし、明日にはよくなってるから大丈夫だよ。晩ご飯の準備もあるし、そろそろ切るよ」
『あ、あの……っ』
「まだ何かあるの? そんな心配なら、明日ウチに来ればいいじゃん」
『いえ、そうではなくて……』
「?」
『急にルビィがいないと寂しいと言いますか……その、私もそちらに向かっても……』
「……切るからね」
『あ、ちょ、果南さ──』
一方的に通話を打ち切った果南は、やれやれと小さくため息。
「お姉ちゃん、怒ってたりしないかな……」
後ろで不安げな表情をしていたルビィに、『その心配は』必要ないと告げる。
「さ、それよりご飯にしよ。せっかくルビィちゃんがいるんだし、ちょっと豪華にしちゃおうかな〜」
「あ、て、手伝います!」
「うん、ありがと。心強いよ」
果南は台所で、父親が漁師から譲ってもらったという新鮮な魚を捌いていく。
「…………」
一瞬で三枚におろされた魚を、ルビィはポカンと眺める。ルビィが手伝える事は何も無かった。
「果南ちゃん、お魚捌けるの……?」
「ん? あーうん、まあね。海のすぐ側に住んでるし、こうやってお父さんが魚を貰ってきたりする事も多かったからさ。気が付いたらできるようになってたんだよね」
出刃庖丁を煌めかせながら、果南は笑う。
「凄いなぁ……」
キラキラした眼差しを向けるルビィに、果南は照れなのか眩しそうにそっぽを向く。
「……ちょっとやってみる?」
「で、できるかなぁ……?」
「ちゃんとサポートしてあげるから、大丈夫だよ」
「そ、それじゃあ……」
果南が置いた包丁を、ルビィは慎重に握る。
「まずは、お腹に切れ込みを入れるよ」
果南が魚の腹を指でなぞる。
「こ、こう……? ──ピギャッ⁉︎」
恐る恐る触れたせいか、魚はまな板から滑ってシンクへ落下した。
「ごごごごごめんなさいっ!」
「あー大丈夫大丈夫。よくある事だから」
慌てて包丁を手放したルビィだったが、果南は笑って魚を掴むと軽くすすいで汚れを落とす。
「あんまり慎重になりすぎても良くないからね。結構勢いは大事だよ」
果南は再びまな板に魚を置くと、
「さ、左手で魚を押さえて」
背後から、ルビィの手に添えるように優しく手を置く。
「こうやって、ゆっくりやるよ」
「う、うん」
耳元の果南の声を少しだけくすぐったく感じながら、ルビィは魚を捌いていった。
「──ふぅ……」
食後。浴槽に浸かりながら、ルビィは大きく息を吐いた。
あの後果南のサポートもあり一匹は捌いたのだが、やはりペースが遅く残りは全て果南に任せてしまった。少し残念そうではあったが、無理矢理勧めてくる事はなかった。
昼間の練習、その後の二人だけの特訓、気を遣う相手でもないのだが、抜け切らない緊張の糸をルビィはようやく解けた気がした。
「…………」
見慣れない浴室の天井を見ながら、ルビィはゆっくり疲れを癒す。──ふと、今日一日で知った果南の凄さを伝えようと口を開きかけたが、
「あ……」
いつも一緒の姉は、ここにはいない。少し寂しく膝を抱えたルビィは、口元までお湯に浸かった。
「──ルビィちゃん」
「ひゃい⁉︎」
いきなり名前を呼ばれ、ルビィは勢い余って湯船の中で正座した。
「ど、どうしたの? すっごい音したけど……」
「な、なんでもない……。それより、果南ちゃんはどうしたの?」
「ん〜私も一緒に入ろうかなって。……実を言うと、父さんに後つかえてるから一緒に入ってこいって言われて。まったく、お客人にゆっくりさせる気が無いんだから……」
「ご、ごめんなさい……何だかリズム狂わせちゃったみたいで……」
「ああ、ルビィちゃんが謝る必要はないの。悪いのは父さんだから」
ルビィの謝罪を軽く流しながら、果南は浴室のドアを開ける。
「せっかくの機会だしね。洗ってあげる」
すでに一度身体は洗ったのだが、笑顔で手招きされては従わない訳にはいかなかった。ルビィは湯船から上がると、果南の前に設置されたイスにちょこんと腰を下ろした。
「ルビィちゃん肌綺麗だよね〜。色白だし、やっぱダイヤがうるさいの?」
なぞるように背中を触った果南に、ルビィは背筋を伸ばしてしまう。
「う、く、くすぐったいよ果南ちゃん」
「わ、ごめんごめん。つい鞠莉みたいな事しちゃった……」
それはそれでいいのだろうかというツッコミを飲み込み、ルビィは一つ前の質問に頷く。
「『スクールアイドルたるもの、いついかなる時でも自身を可愛く魅せる努力を欠かしてはいけませんわ!』ってお姉ちゃんが」
「あっははは! 今のダイヤの真似、すっごい似てた! 言いそう!」
「これも、μ'sのメンバーの請け負いなんだけどね」
「へぇ? やっぱりμ'sって凄いんだね。──アイドルは色白の方が可愛いよねぇ〜。梨子ちゃんとか善子ちゃんとかさ。私、結構日焼けしちゃってるからなぁ……」
「か、果南ちゃんは果南ちゃんで素敵だと思うよ! 可愛いし、格好いいし!」
前を向いたまま、正面の鏡に映る果南をフォローするルビィ。
「あはは、ありがと。私は私なりに、自分のスクールアイドル像を大切にしようと思ってるよ」
果南は笑って、ルビィちゃんはいい子だね、と頭を撫でる。
「よーし、そんな優しいルビィちゃんを、頑張って綺麗にしてあげなくちゃね!」
そう言って果南は、モコモコとスポンジを泡立てた。鏡越しに見ていたルビィが、少し心配になるほどに。
背中を洗ってもらったルビィは、交代して果南の背中を洗い、それから二人して湯船に浸かりながらおしゃべり。結局長風呂になってしまったのだが、果南の父親からは何も言われなかった。
「──ルビィちゃんは、ベッド使っていいからね」
果南のパジャマを借りたルビィは、指さされたベッドを見た。余談だが、パジャマはサイズが大きすぎて袖も裾もかなり折り込んである。
「果南ちゃんは……?」
ベッドに腰掛けたルビィに「ちょっと待っててね」と告げると、果南は部屋を出ていく。数分で戻ってくると、
「私はコレで寝るから」
と巨大な寝袋を袋から取り出した。
「え……」
言葉を失ったルビィに、その表情で言わんとする事を察した果南は、
「慣れてるから気にしないで。ルビィちゃんはお客さんなんだから!」
にこやかに親指を立てる。
言葉通り、慣れた手つきで寝袋を広げる果南。それを黙って見ていたルビィだったが、
「…………」
不意に立ち上がると、広げた寝袋の中へと勝手に潜り込んだ。
「え? ルビィちゃん?」
「…………」
首を傾げた果南に、ルビィはひたすら無言で視線を送る。
「流石に二人は狭いしさ」
「…………」
「私そんな寝相良くないし」
「…………」
「夜中起こしちゃったら申し訳ないし」
「…………」
「それに、ホラ……えっと……」
足元から送られ続ける視線に耐えられなくなった果南は、
「……じゃあ、一緒に寝る?」
折れた。
「うん!」
途端に寝袋から飛び出してベッドへ向かうルビィに、
「……やっぱり、ダイヤの妹だな〜」
果南は親友の顔を思い浮かべた。
電気を消して、真っ暗になった部屋。
壁のスイッチをオフにした果南が、
「お邪魔するね」
ベッドの半分へ横になる。
「眠れなさそうだったら、遠慮なく言ってね」
「ううん、大丈夫。結構……眠い……」
すでに半分目が閉じかけているルビィを見て、果南は微笑む。
「良かった。ルビィちゃん頑張ってたからね。きっと、すぐ上手くなるよ」
「うん……そうだといいな……」
「明日からまた、頑張ろうね」
「うゅ……がんばルビィ……」
「おやすみ、ルビィちゃん」
頬に当たる、果南の髪の毛のくすぐったさを感じながら、
「おやすみ、なさい……」
ルビィは不思議な安心感に包まれ、深い眠りへと落ちていった。