回帰の刃   作:恒例行事

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鬼殺隊選別試験・後編

全集中・炎の呼吸──伍ノ型、炎虎

 

 唸るように巻き上がった炎が、虎の様な形を描いて行く。全て、自分から発せられる闘気による想像であるそうだが──そんな詳しい事はどうでもよくて。

 

 ──何、人のこと無視して勝手に喰おうとしてんだ。

 

 鬼の、子供を掴んだ手を斬り落とす。

 その流れのまま、更に意識を集中させる。鬼の迫り来る腕に対し、また別の技を放つ。

 

──参ノ型・炎心の揺らめき。

 

 まだ燃えていない、炎の中心部。その揺れ動く様を再現する技。

 鬼の腕を掻い潜って、頸に一太刀入れる──が、届かない。

 太い。腕で覆われたその頸に到達させるには、まだこれより速く強く刀を振るわなければならない。だが、それを行うには状況が悪い。

 

「──あぁあぁぁッ!!」

 

 背後から、少女の声がする。

 一瞬気を向ける。両足が吹き飛び、左腕までもが鬼の腕によって潰されている。マズい、このままだと──せめて、せめて。

 

炎の呼吸・壱ノ型──不知火。

 

 鬼の腕を足場に、加速する。不知火の速度を活かして少女の下へと突撃、最後に彼女に迫っている腕を斬り落として拾い上げる。

 無くなった手足から、大量に出血している。血液特有の匂いが鼻につき、不快感を伴ってくる。出血を抑えないことには、どうにもならない。

 

 駆け出し、鬼から逃げる。

 このまま死なせる訳にはいかない。せめて、せめてやらなければならないことがある。木々を斬り倒して足止めしながら走る。夜が明けることを、祈りながら。

 

 

 

 

 取り敢えず、あの手が大量に生えた鬼は振り切った。木の中を掻い潜る経験はなかったようで、腕が次々と倒壊する木に巻き込まれていく様は爽快だった。

 それはどうでもいい。そんなことより──少女だ。俺の着物の一部を破いて止血したが、もう、間に合わない。長く、ない。

 

 狐の面をつけた少女。

 悪いと思いながら面をずらす。

 

 長い黒髪は少女自身の赤い血で染まって、表情が苦悶に歪んでいる。ああ、わかるよ。痛いよな、辛いよな、苦しいよな。腕が、脚が、無くなるってさ。とんでもなく、怖いよな。

 残っている右手を握る。大丈夫、もう怖くない。あの鬼は居ないよ。

 弱い力で握り返してくる。額に滲んだ脂汗と、目から溢れる涙が少女の悲壮さを増加させる。ごめん。ごめんな。俺がもっと強ければ、俺がもっと速ければ、あの鬼を仕留められたのに。

 

 目が開く。

 その薄暗い瞳は、俺の事を捉えている。

 

 薄く、口が開く。なにかを伝えようと、パクパク動く。

 無理するな。呼吸をゆっくり整えな。それ、吸って、吐いて。吸って、吐いて。ゆっくり、一個ずつ。吸って──吐いて。

 落ち着いたのか、声を出す少女。

 

「……ぁ……は……」

 

 よし、声は出てる。少しずつ、少しずつ話せ。

 

「……まぇ……前……名……」

 

 名前、だろうか。俺の名前を聞いているのか、それとも自分の名前を伝えようとしているのか──どちらにせよ、理解できる。

 相手の名前を聞くのも、自分の名前を伝えようとするのも。誰にも知られずに死ぬのは、悲しい。誰かに名前を、存在を、覚えていてほしい。その気持ちはよくわかる。俺は死ぬことはない。けれど、それは本当にずっと続くのか? いつの日にか、油断したその瞬間に死ぬんじゃないか? 

 

 だからこそ、死ねるからと自殺はしない。

 俺にも俺の目的があるから。俺はそれを、絶対にやらなければならないから。

 

 俺は、不磨。不磨回帰。君の名前は? 

 

 そう告げると、何か安心したように表情を柔らかく解いた。小さく呟くその言葉を、聞き逃さぬように耳を傾ける。

 

「ま……も。ま、こも」

 

 まこも──真菰(まこも)か。

 わかった、真菰。俺は真菰を忘れない。絶対に忘れない。真菰の苦しみも、辛さも、痛みも、全部俺が抱えて生きる。だから、ごめんな。助けられなくて、生かせてやれなくて。

 そう言い、真菰の手を握りつつ抱きしめる。

 

 ふと、真菰の顔に影が差していることに気が付く。

 

 ──日の出だ。俺の身体で遮られ、真菰に陽の光が届いていない。身体を離して、陽の光を真菰に当てる。

 

 仄かに安心したような、苦しみより安堵の感情が見て取れる表情を見せ──真菰は、動かなくなった。

 

 ……人が死ぬのを目の前で見たのは、初めてだ。冷たくなっていく身体、力が抜け重くなっていく。

 俺の所為だ。俺が、あの鬼を逃したから。その所為で、真菰は──死んでしまった。俺があの場で、しっかりと留めておけば。死ぬことは無かったかもしれないのに。苦しまなくてよかったかも、しれないのに。

 俺より幾分か小さい、恐らく年下の真菰の遺体を見る。両足が千切れ、左腕も潰れて肘から先が完全になくなっている。唯一残っている右腕は、俺の手を掴む力は残っていない。

 

 ──パキ、と。音を立てて、真菰の面が割れる。鼻当たりから半分に割れて、紐が通してある上半分の面は残り下半分の面が地面に転がる。何で、面を付けていたのだろうか。訳も何も、俺は真菰の事を知らない。だけど、看取らなければならなかった。

 同じ苦しみを味わったものとして、理解したうえで、見送れる唯一の人間として。

 地面に転がった、下半分の面を手に取る。

 

 着物を少しだけ千切り、糸のようにして括り付ける。腰につけ、離れぬように。

 本当なら、埋めてやりたい。遺体を埋めて、丁重に弔ってやりたい。だけど、今この山で──そのことに体力は使えない。

 

 本当に申し訳ない。せめて、綺麗な場所で眠らせてやりたいが……ごめん。

 

 ふわりと、風が薙いだ。

 混じった血の臭いと、鬼の臭いが纏めて掬われたような気がした。

 

 

 

 

 ──斬る。

 

 斬る。目の前に出てきた鬼を斬る。問う事なんてしない。腕が刃の様な鬼を斬った。爪が異様に発達した鬼を斬った。腕が太く発達した鬼を斬った。

 腕を、足を、胴を、首を。

 

 同じ選抜を受けている奴を助けた。助けた先で、鬼を三体押し付けられた。喧嘩していたから一体一体楽に倒せた。邪魔だ。邪魔だ邪魔だ──邪魔だ。

 

 どうして、鬼に殺された人間は弔う事すら出来ないんだ。

 家族も、埋めてやることしかできなかった。もっと綺麗にしてあげたかった。首だけで、苦悶の表情を解いてあげたかった。

 

 どうして、鬼に殺された人間は苦しまなくちゃいけないんだ。

 苦しまずに、死ねないんだ。

 

 それなのに。どうして、鬼は貪るんだ。嗤いながら、他者を蔑み、食い荒らすんだ。お前たちは何なんだ。お前たちは──この世に存在していいのか? なぁ。何でお前たちは存在してるんだ。仲間同士、共食いでもしてろよ。何で人間を巻き込むんだ。

 ──全部、あの上弦とやらが悪いのか。十二鬼月だとか、大層な名前をしている奴が悪いのか? 

 

 ──許さない。あの人を小馬鹿にした下衆野郎を。

 

 ──許さない。俺の家族を喰って嘲笑った悪鬼を。

 

 鬼。

 

 それは人類の敵。

 

 鬼。

 

 それは憎しみの象徴。

 

──全集中・炎の呼吸。

 

 出てこい。どこに行った──あの手が大量に生えた鬼は。どこに行った。

 

 あの鬼はどこだ。あの鬼はどこだ。あの鬼は──どこに行った。殺す。殺して見せる。殺せる殺せないじゃない。殺すんだよ。そう決めたんだ。だから殺す。真菰の両足を砕いた。左腕を砕いた。ならば、両足を切り裂いた後に腕を全部斬ってから頸を斬らねばならない。

 

 三日漂った。俺に近づいてくる鬼は居なくなった。だが、あの手鬼はまだ死んでない。アイツを殺せるほどの奴はそう居ない。だから俺が殺す。近寄ってこなくても、探し出す。一体一体虱潰しにして。雑魚鬼を何体狩ったところで、何にもならない。どこに消えた。お前はどこに隠れた。卑怯者が。

 

 五日目。川の水だけを腹に入れて、暗い日陰になっている場所を探りまわった。あの巨体が入る場所はそう多くない筈だ。洞窟の中に入った。鬼が四体いた。気にせず全部屠った。別の洞窟を探す。木の影を探す。探し回ったのに、見つからない。どこに行ったんだ、あの下衆野郎は。

 

 六日目──見当たらない。ふらつく身体に鞭を打って動かす。どこだ。どこに行った。お前だけは殺すと決めたんだ。なのに、なのに──どうしてお前だけが居ないんだ。この臆病者。卑怯者。他の鬼だって、姿を消した。どこにも出てこない。クソ、何でだ。どうしてお前は逃げたんだ。何で、俺から逃げるんだ。

 そうして山の中を彷徨い歩き──藤の花に、囲まれた広場に出てしまった。

 

 

「おめでとうございます」

 

 

 双子が告げたその言葉に、周りを見る。誰一人としていない。俺以外、どんな人間も存在していない。目の前に居る双子は、それをさも当然かのように受け止めてそう言ったのだ。生存者は──俺だけだった。

 

 何やら色んな説明をされたような気もするが、そんなことを気にしていられない。殺させろ、もう一度入山させろと言ってみたが断られた。俺が狩った鬼の数が想定以上だとか何とかで、鬼を全部消されては面倒になるから駄目。ふざけるな。そんなこと知ったことか──だが、それを守れないのなら入隊は取り消しと言われてしまった。

 鬼殺の剣士になるのは、そんなに厳しくなくては駄目なのか。生き延びて、勝てる素質が無ければ喰われるから意味はない。わかる。納得できる。だが、だが──それではあまりにも、救いが無いんじゃないのか。積み上げてきた努力はどうなる。想いはどうなる。鬼に無残に食い散らかされるだけか。

 

 なんなのだ。鬼は、なんなんだ。何でそんなに、人を侮辱できる。貪りつくせる。何をしたって、俺達人間を見下し蔑み嘲笑してくる。

 生きねば無駄。殺さねば無駄。勝たねば無駄。鬼相手には、ひたすら殺すしかないのか。……無いんだな。こんな組織を作って、やっていることは鬼を殺すだけ。ああ、鬼は殺すしかない。狩りつくすしかない。狩っていけば、あの外道(上弦の弐)にも辿り着けるのか。

 

 そうやって思考しながら歩いていると、突如叫び声が聞こえた。

 すぐそばの、森に繋がっている道に建っている家から。ただ事ではないと感じ、思考を中断して近づく。匂ってきた血の香りに、これはまさかと覚悟する。昼間から香ってくる物騒なモノ。

 

 そうして、民家から出てくる血が着物に付着した男性。

 

 ああ、まだ報告すらしていないのに──鬼か。

 

 悪鬼滅殺。

 

 それ即ち、鬼殺隊の信条也。

 

 鬼は殺す。そうしてその果てに──仇を取るのだ。

 

 

 


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