オペレーションカティーナと7のVRモードの間の話。

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 夏コミの合同誌に掲載される予定の怪文書でしたが、諸事情で出なくなりましたので供養です。


Returning to the blue sky

 ――2012年、春。

 真っ暗な世界の中で、(かす)かに感じる光と、鳥のさえずりが、朝になったことを私に知らせる。

 ひとときの眠りから覚める気は起きないが、一日を眠って過ごす気も起きない。

 

 まぶたを開いて見えるのは、いつもと変わらない我が家の天井。

 

 眠りを支えてくれていた枕と別れるように、上半身を起こす。

 ベッド横のナイトテーブルに置かれた白のデジタル時計は、今が六時四十五分であることを教えてくれた。

 

 九年前に起きた大陸戦争を終結させる切っ掛けになった〝あの作戦〟の日も、これくらいの時間に起きたことを、ふと思い出す。

 私にとって、忘れることのできない戦争であった(はず)だが、九年も()った今では、もう記憶が既におぼろげになってしまっている。

 

 私は航空機のパイロットとして大陸戦争に参加していた。

 

 戦争が勃発した当初、連合軍は敗退を繰り返し、ついにはユージア大陸から追い出されてしまっていた。

 

 私が正式なパイロットとして出撃することになったのは、エルジアの爆撃機が、追い出された連合軍にとどめを刺そうとしていたときだった。

 

 与えられたコールサインは《メビウス1》メビウス航空隊に所属する、たった一人のパイロットとして、私は戦った。

 

 しかし、どんな戦いをしたのかも、もはや要所だけしか覚えていない。

 それも、戦争終了後に出版された、大陸戦争に関する本を読んで、どうにか思い出せる程度だ。

 

 元を辿(たど)れば、空から降ってきた(いん)(せき)によって生まれた難民を、連合軍の前身であるFCUの加盟国がエルジアに押しつけて、難民を受け入れることができなくなったエルジアに対して、愚かにも、エルジア製製品の不買運動などを行い、起きた戦争だ。

 

 隕石を自国の首都にも受けながら、できうる限りの難民を受け入れたエルジアと、生まれた難民を一方的にエルジアに押しつけた同盟の国々。

 

 どちらが悪いのかは明白だったが、連合軍のパイロットとなった私は、自分の国が悪いからと言って、何もせずに殺される訳にはいかなかった。

 

 大陸戦争で、私は他の誰よりも多くの敵を討った。

 

 連合軍を勝利に導いた英雄と言われているが、私は「やれ」と言われた仕事を、ただ生きる(ため)にやっただけだった。

 

 私に、大勢の命を奪った自覚はなかった。

 

 戦争が終わった後に私を襲ったのは、言いようのない「むなしさ」であった。

 

 私は、心のどこかで自分を落とし、連合軍の快進撃を食い止めて、エルジアを勝利へと導いてくれる存在を求めていたのかもしれない。

 そんな存在はついに現れることはなく、戦争は連合軍の勝利で終結してしまった。

 

 私の行ったことが、正しいことだったのかを誰かが証明してくれる筈もなく、退役した今でも、もやもやとした気持ちは変わらない。

 

 気分を晴らすために始めた仕事も、今日は休みだ。

 

 色々と考え込んでしまったが、ベッド上で考え込んだところで、もやもやとした気持ちが晴れる訳ではない。

 日課である花の水やりと、魚の餌やりを済ませる為だと頭の中で理由をつけて、ベッドから起き上がる。

 

 カーテンを開くと、明るく照らす太陽と、澄み渡った青い空が見える。

 

 視線を少し落とせば、道路を挟んだお向かいさんの家が見えた。

 鳥たちのさえずりに混ざって、子供たちの楽しそうな遊び声が聞こえてくる。

 洗面所に向かい顔を洗ってから、青いじょうろに水を入れて、玄関から外へと出る。

 

 少し冷たい春の風が、寝間着の私を震わせる。

 玄関横のガーデニングポットに植えられた、青いサイネリアに水をやって、余った水で玄関先を洗うように水を()き、ポストに入れられた新聞の朝刊を手にしながら、家へと戻る。

 

 じょうろをガーデニング用品置き場の定位置に戻して、気まぐれで飼い始めた熱帯魚たちに餌を与える。

 フレーク状の餌をぱくぱくと食べる魚たちの姿を見て、自分の朝食がまだ済んでいないことを思い出した。

 

 目玉焼きとベーコン、レタスとトマトのサラダにガーリックブレット。それと、インスタントのポタージュスープ。作り慣れた朝食を食卓に並べる。

 シンプルに塩とコショウで味付けした半熟の目玉焼きを、フォークで一口大に切って食べながら、朝刊に目を向ける。

 

 エルジアのサッカーチームが優勝したことを中心に、自由(フリー)エルジアを名乗る組織が小さなテロを起こしたことや、四年前に起きたベルカ事変の影響で、職を失うベルカ人が増えていると言う記事が掲載されていた。

 

 ユージア大陸も、隕石の影響で不況が続いている。

 復興を目指したくても、労働の対価を支払うことができず、ボランティアを雇うにも、そのボランティア(たち)自身が、食うに困っているというありさまだ。

 

 退役した私に対して、軍は別の仕事を用意してくれた。

 仕事を用意した軍にも、いろいろと考えがあるのだろうが、職に就けないよりは良い。

 

 あぁ、そうだ。明日の仕事で確認しなければならないことがあった。

 

 だがしかし、今日は休日だ。

 休日ぐらいは仕事のことを忘れてしまいたい。

 

 用意した朝食を完食した私は気分を変えようと、コーヒーメーカーに豆とペーパーフィルターをセットして、スイッチを入れた。

 

 コーヒーが出来上がるまでの時間を、朝刊を読んで潰す。

 

 コーヒーが出来上がったことを知らせる音が鳴るのとほぼ同時に、ポストに何かが(とう)(かん)された音が聞こえた。

 また復隊お誘いレターだろうかとも考えたが、軍からの手紙は昨日来たばかりだ。

 

 何の郵便物だろうか。

 外に出て、ポストを確認する。

 

 見慣れない封筒だった。

 

 差出人の名前と住所を確認するが、覚えがない。

 しかし、宛名は確かに私のものだ。

 間違いで送られたものではないようだった。

 

 家に戻って、コーヒーをカップに(そそ)いでから、ペーパーナイフで封を切る。

 

 中には三枚の手紙と、一枚の写真が入っていた。

 写真には、エルジアのワッペンが付いたフライトジャケットを着る男女と、少年と少女が笑顔で映っている。

 どれも見覚えのない人物だったが、二人の男女が着ているジャケットに付けられた、黄色い(わし)のワッペンには見覚えがあった。

 

 戦争中に何度か戦った、黄色中隊の部隊章だ。

 

 今更何故(なぜ)こんな写真が、私に送られてきたのか。興味が湧いた。

 

 手紙を手に取って、読み始める。

 手紙には、写真に写る少年が過ごした、大陸戦争中のことが書かれていた。

 

 黄色の13が撃墜した機体が少年の家に落ちて、家族を失ったこと。

 サンサルバシオンに住む叔父に引き取られた少年が生活費を稼ぐため、酒場でエルジア兵を相手にハーモニカを演奏していたこと。

 酒場の店主の一人娘に、恋をしていたこと。

 

 黄色中隊の面々が、二人が働いていた酒場にやってきて、黄色13のと黄色の4に出会ったこと。

 彼らとともに過ごしている内に、家族の(ぬく)もりを彼らに感じてしまっていたこと。

 酒場の娘も含めて酒場の従業員は皆、レジスタンスのメンバーだったと知ってしまったこと。

 

 レジスタンスが黄色中隊の野戦滑走路を破壊して、軽傷を負った黄色の4が不調の機体でストーンヘンジ防衛に飛び立ち、二度と帰ることがなかったこと。

 

 黄色の4を失った13が、悲しみを表に出さず、黄色の4が持っていたハンカチをただ眺めていたこと。

 

 熟練パイロットが引き抜かれ、新米パイロットばかりが黄色中隊に配属されるようになったこと。

 

 ストーンヘンジを破壊したパイロット(恐らく、私)のことを、黄色の13が「(たた)えるに値するパイロットだ」と言っていたこと。

 

 レーザー発信器を仕掛けようとした酒場の娘が、エルジアに発見されてしまったこと。

 逃げる途中、黄色の13と出会ってしまったこと。

 13に見つかってしまった酒場の娘を助けるために、銃を構えて立ち向かったこと。

 

 親しいと思っていた相手がレジスタンスであったことを知った黄色の13が、(ひど)(ゆが)んだ顔をしたこと。

 

 二人を逃がした黄色の13は、翌日も変わらない態度で質の落ちた燃料のせいで吹き上がりが悪いと、整備長に注文をつけていたこと。

 

 サンサルバシオンが連合軍によって解放され、黄色中隊は撤退していったこと。

 撤退するエルジア兵に交ざって、黄色中隊の後を追ったこと。

 

 黄色の13が、青い空に消えたこと。

 

 彼の消えた空から、一枚のハンカチが降ってきたこと。

 酒場の娘と少年は、それぞれの思いとともにハンカチを埋めたこと。

 

『むなしかった戦争の最後に、好敵手に巡り会えたことが黄色の13にとって、望外の喜びであったことに違いない』

 

「せめて、そう信じたいものだと考え、それを確かめる相手は彼を撃墜した相手である私しか残っておらず、だから手紙を送ったのだ」と書かれて、手紙は締めくくられていた。

 

 気がつけば、コーヒーはすっかり冷め切ってしまっていた。

 

 私は知るはずのなかった敵の、黄色中隊の事情を知ってしまった。

 

 (ほとん)どの記憶は薄れ、風化してしまっているが、それでもまだ、黄色中隊と戦ったことは覚えている。

 

「とんでもなく強い部隊がいる」と聞かされていたが、拍子抜けするほどに弱く、あっさりと撃墜できてしまった部隊だ。

 

 あっさりと落とすことができたことにも、今なら納得がいく。

 

 ファーバンティで戦った最後の一機だけ()(ごわ)く感じたのは、そのパイロットが彼だったからなのだろう。

 

 万全の整備が施された機体であったのなら、もしかしたら私は、彼に敗れていたかもしれない。

 そう考えられるほどに、彼は手ごわかったかもしれない。

 

 だが、そうなることはなかった。

 

 手紙を何度も読み返す内に、私は「ファーバンティで正々堂々と彼と戦ったのだ」と思い込みたくなったが、あのときの私は「聞いていたよりも弱かった」と感じのだ。

 

 そのことが私は(たま)らなく悔しかった。

 結果的に私は彼に勝ったのだが、人間として、決定的に負けていた。

 

 私は、国の思想に(とら)われず、己の理念を貫き通した彼のように、生きてみたいと思った。

 

 今の私では彼が私と戦って、どう感じていたのかを答えることはできない。

 けれども、もし彼が私と戦ったことを、誇りに思ってくれていたのなら、私も彼と戦えたことを誇りに思いたい。

 

 そして、彼のようなパイロットとして生きる為に、私は再び空へと戻ろう。

 

 あの頃と変わらない、広く、青い空へと。




 僕は疲れました。
 感想とか評価とかくれると嬉しいです。


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