ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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日常の絡みがアホ難しい


日常と暴君と女王

 

 

 朝日の光が特別棟の窓を通過する。

 通過した光は床を照らし、影を生み出す。

 規則的に並び、規則的に影が入り、離れていくにつれてその影は縮んでいく。

 自ずから然りといった芸術的な配列は、独特な景色を創り出している。

 

 素晴らしい。

 芸術的観点から見れば、この景色は価値があると言えるのは間違いない。

 矛盾が入り込まない空間だ。

 

 だからこそツマラナイ。

 予定調和の美しさ。そんなものは幾らでも見つかる。

 もっと言ってしまえば、僕自身で作り出せる。

 

 しかしたとえツマラナイものでも写真に収める。

 事件現場を撮るのは当たり前だ。

 目に見えるものから想像を楽しむ絵や小説と違い、写真は目の前に起きた事象を確定するものだ。

 

 現場に残る微かな汚れや壁の凹み具合も見逃さず、写し取られる。

 それを改変したり、まして付け足すことなんて許さない。

 

 なぜそんなことをするのか。

 

 察しの良い人間ならば気付いてるでしょう。

 それはこの場所こそ、龍園 翔が起こした暴力事件の現場だからだ。

 

 だが実際の所、そんなことどうでもいい。

 今やっているのは適当な尻拭いだ。僕自ら干渉をするつもりはない。

 この事件にほとんど興味がない。

 

 気になることがあるとすれば、この事件の結末だろう。

 一方的な被害を受けているDクラスがどうやって無罪を掴むのか、被害を受けた生徒を切り捨てるのか。

 その結末が現時点で僕が推測している結末と違うかどうかが気になる。いや、出来れば違って欲しい。

 

 Dクラスがどうすればこの事件を無罪放免の結末に導けるのか。

 暴力と嘘に塗れたこの事件をどうすれば処理できるのか。

 

「───ツマラナイ」

 

 誰かがこの事件を良い結末に持っていけたとする。

 でもそれはどうせ、この景色と同じように分析可能で───予定調和の結末なのだろう。

 

 

 

 

 ─────────────────────

 

 

 

「鎌倉時代の流れをもう一度説明する。この流れは室町時代との────」

 

 この学校の授業を受けて約3ヶ月が経つ。

 どの授業も初めの頃に比べると少しずつ難しくなり、Cクラスの中には既に授業についていけなくなっている生徒もチラホラと見受けられる。

 

 例えば英語。初めの頃は中学の復習と基礎の基礎がメインだったが、徐々に本格的な英文法の基礎を教えられている。

 例えば国語。現代文では扱う文章が比較的難しくなり、筆者が何を伝えたいのかを読み取りづらくなっている。

 それに加えて古典や漢文といった授業も追加され、単純に予習復習の量が多くなる。

 

 だが、だからといって授業の質は落ちている訳ではない。

 むしろどの授業も上がっていると言っていい。

 

 特に今受けている歴史の授業では顕著だ。

 歴史は時代が進むにつれて1単元が長く、複雑になっていくが、担当の先生は依然として生徒達に分かりやすく教えている。

 生徒達に授業の評価を付けさせれば、かなりの高い評価を貰えるでしょう。

 

 話を聞きながらそんなことを考えていると授業終了のチャイムが鳴る。

 

「────だ。……今日の授業はここまで。配ったプリントを繰り返し読んで復習するように」

 

 授業が終わり、担当の先生は愛用していると思われるクリップボードと数種類の色ペンを持って教室から出ていこうとする。

 だが生徒の1人が近づくのに気づくと先生は立ち止まる。どうやら今日の授業についての質問のようだ。

 

 その経過を見てみると、質問した生徒は真剣でいて楽しそうな表情をしている。

 歴史の先生こと、茶柱先生も教え甲斐があるのか、普段見せているポーカーフェイスから薄い笑みが零れている。

 茶柱先生と生徒の関係は良好と言えるだろう。

 

 だが僕は少し違和感を覚える。

 茶柱先生はDクラスの担任だ。

 彼女には良くない噂がある。それは自クラスであるDクラスに対して無関心という噂だ。

 真偽には興味ありませんが、その噂と僕の目に映る彼女の性格が一致しないことは規則性がなく、一時的とは言え少し興味が湧く。

 

 彼女は現在起こっているCクラスとDクラスの事件があっても、公私を混ぜずに教えている。

 その辺りの線引きは出来ているし、授業中から分かる厳格な性格から見ても、自分にも他人にも厳しい人なのだろう。

 決め手と言えるのは先程の質問対応。ここから考察しても面倒見の良い人だということが分かる。

 

 だからこそ中間考査の連絡ミスをしたり、Dクラスの生徒に嫌がらせのような毒を吐く人間とはとても思えない。

 

 この学校の先生にも何かがあるのか?という推測が頭に浮かぶが、これ以上は情報が無さすぎるので打ち止めにしておきましょう。

 まぁ、少し興味深いので、今度質問を装って聞いてみますか。

 

「はぁぁぁ、退屈ぅ」

 

 僕が授業の片付けもせずに熟考していると、花の女子高生とはとても思えない声色の伊吹さんがこちらを向き、僕の机に肘を掛けてくる。

 

「わざわざ僕の方を向いて言わないでくれませんか」

 

「何よ、退屈ってあんた風に言えばつまらないってことなのよ。口を開けばつまらない、つまらない言っているあんたにそんな事言われたくないんだけど」

 

「僕の方を向く理由になっていません」

 

 背筋を伸ばし、座ったままで固まっていた身体をほぐす。

 ある程度ほぐれたので、授業の片付けをして椅子から立ち上がる。

 その時にスクールバッグに入れてある携帯端末を取り出すのを忘れない。

 

「あんた、何か買いに行くの?」

 

 この学校で現金に当たるものはプライベートポイント。

 それは紙幣や硬貨などではなく、携帯端末に入っている見えない現金だ。

 生徒達はそれがどのようなものかをこの3ヶ月で嫌という程知らされたため、財布ではなく、携帯端末を持ったら何かを買いに行くということを連想させることが出来る。

 まさに新時代的な発想だ。キャッシュレスが進んでいるのだなと感じさせられる。

 

「ええ、お弁当を作り忘れました。なので学食に行きます」

 

「へぇ〜、あんたでもそういうミスをすんのね。なんか意外」

 

 彼女の言う通りでこういった習慣化した出来事を忘れるのは僕としても初めての事だ。

 

 昨日は恋愛について少し考えた後に、かなり早い時間から眠ってしまった。そのため、習慣化されている出来事を殆どやり忘れるという失態を犯す。

 僕が再び目をさました時には時計の針が一周していたので、それは良い快眠だったのでしょう。

 

 なので今日の朝はやり忘れてしまった出来事に対処していた。

 ですがお弁当作りだけは無理でした。何せ丁度食材を切らしていたのですから。

 朝から開いているショッピングモールなんてないのでお弁当は作れない。

 コンビニで朝ごはんを買う羽目になったのは記憶に新しいです。

 

「まぁ、僕だって人間ですからミスだってしますよ」

 

「うわぁ、なんか似合わない言葉」

 

 そんな彼女の人でなし発言を無視し、僕は歩き始める。

 一匹狼である彼女は1人で食事することなど全く苦ではないでしょう。

 

 僕は食堂に行こうと後ろのドアから出る。

 すると丁度、前のドアから龍園くんと山田くんが出てきた。

 僕の事を視認すると、迫力のある2人組がこちらに向かってくる。

 

「お前が学食に行くとは珍しいな」

 

「よく分かりましたね。今日はお弁当を作り忘れました」

 

「クク、てめえでもそんなミスをするのか。意外だな」

 

 それ、さっき聞きました。

 

 前々から思っていましたが、龍園くんと伊吹さんは意外と似ている一面がある。

 龍園くんを嫌っている伊吹さんからすれば絶対に認めないことでしょうが、彼らには探せば共通点が出てくる。

 例を出すならば、好戦的な性格、1人が好きな所などでしょうか。

 

 故に思考も少し似てしまう。

 つまるところ彼女が龍園くんに悪感情を抱く理由の1つは、同族嫌悪というやつです。彼女の性格ならばこれが当て嵌る。

 

 

 特に理由もなく、そのまま彼らと食堂に向かう。

 ちなみに石崎くんは現在ハブかれ中だ。

 例の事件において彼は中心人物。下手に近付かれると面倒なので、龍園くんは距離を取っています。

 正直無意味な気がしますが、彼の方針です。口出しする気はありません。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、僕はある事に気付く。

 先程から道行く人に通路を譲られている事だ。

 

 今現在、僕と龍園くんが横並びで、その後ろを守るように山田くんが歩いています。

 こんな陣形で通路のど真ん中を歩いている僕達は、周囲から見たくないものでも見るかのような目を向けられる。

 

 1年生で1,2を争う問題児である龍園くん、190cm程の身長に加えて高校生とは思えない肉体を持った山田くん、そして問題児の親友?であり、根暗そうな男ランキング1位の僕。

 

 

 ……当然と言えば当然の対応だなと改めて実感する。

 

「Second boss, what would you like to be called?(2人目のボス、あなたの事をなんて呼べばいいんだ?)」

 

 無口な山田くんに珍しく話しかけられた。

 

 聞きやすく、流暢な英語であるが、随分と丁寧な表現に少し驚く。

 同時に今更ながらの質問に少し悩む。

 彼とは2ヶ月程近くにいましたが、お互いに名前を呼んだことはありませんでしたね。

 加えて彼も石崎くん同様に僕の事を龍園くんと同等な存在だと思っているようだ。

 だが同じbossだと区別が付かないため、何か呼び方を欲していると言った所でしょう。

 

「Whatever is easier for you to say(言いやすいのでいいですよ)」

 

 まぁ、呼ばれ方なんてどうでもいいので彼の呼びやすいように任せましょう。

 彼は僕の呼び方を決めるために腕を組む。

 意外にも真面目に考えてくれているようで、全てを丸投げするような言い方にすべきではなかったと少しだけ反省する。

 

「クク、悩む必要はねえぞ。クソワカメとかで良いんだよ」

 

 すると龍園くんが横槍を入れてくる。

 

「あなた、英語を聞き取れるのですね」

 

「雰囲気と仕草による推測だ」

 

「ふーん、実学と思って覚えないのですか?」

 

「時間の無駄だ」

 

 相変わらず勉強などどうでもいいようだ。

 彼は今度の期末考査をどう乗り切るのでしょうか。

 中間考査のような裏技は期末考査にはないでしょうから、次は自身の持っている正真正銘な学力が計られる。

 

 彼がどうするのか少し気になりますが、まぁ何とかするでしょう。そこまで深く考える必要はない。

 

 

 

 

 この後、呼び方が出流に決定した。

 本人から、山田くんというのはむず痒いそうなので、アルベルトと呼ぶことになった。

 

 

 山田 アルベルトとの好感度が上がった!

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「今日はいつもより混んでるな」

 

 アルベルトと雑談をしているといつの間にか食堂に着く。

 そしてそこは人の塊という表現が比喩ではなく、客観的事実になっている場所だった。

 まぁ、1年生だけでなく2年、3年生の利用者もいるのだから当然でしょう。

 

「オレは席取りをしてくる。アルベルト、いつものやつを頼む」

 

 アルベルトは無言で頷き、了承の意を伝える。

 僕も彼に続いて、食券の場所へと歩いていく。

 そしてすぐに食券を発行する機械の前に着いた。

 

 使い方は特に難しくなく、食べたい料理が書かれているスイッチを押した後に、携帯端末を決済する場所にタッチするだけ。それで食券が出てくる。

 

 僕は今回、和食スペシャルという少し高めの料理に決めました。

 理由なんてものはありませんが、強いて言うならばスペシャルという安直な名前に惹かれたからですね。

 

 料理が出来るまでの少しの間は、アルベルトと雑談をしながら時間を潰した。というか彼、片言ですが日本語を喋れるようです。

 

 そして彼との雑談が止まった時に、龍園くんが何処にいるかを探す。

 こんな人混みの中で迷うと面倒です。なので予め彼のいる場所を確認しておいた方が素早く到着出来て良い。

 

 さて龍園くんはどこに……いました。

 

 目立っています。彼はこれといった身体的特徴がないのに目立っています。

 なぜならこんな混んでいる所にもかかわらず、1箇所、誰かを通すかのように人がいない所があるからだ。

 そしてそこを堂々と歩いている人間が1人。

 満足そうな笑顔をしている彼はやっぱり変わっています。

 

 そしてそのまま、彼は空いている席に座った。

 もしかしたら他クラスの生徒から席を奪い取るのではないかと思っていましたが、杞憂だったようだ。

 

 視線を通常に戻す。するとアルベルトが頼んだものより豪華な料理が僕の前に出された。

 どうやら丁度良く料理が完成したようだ。僕達は食券と料理を交換するとすぐに、引き換え場所から離れる。

 

 昼時なのでゆっくりとした行動をすると迷惑になってしまいます。手際良く行きましょう。

 僕は2つのトレイを持ったアルベルトを確認すると、龍園くんが確保した場所へ彼を案内した。

 

 

 

「ご苦労」

 

 龍園くんの労いを彼はこれまた頷きで返す。そしてそのまま席へ着く。

 

「ほぉー、デザートまでついてるのか」

 

 龍園くんが僕の定食を見て興味本位でそう言う。彼の定食にはデザートが付いてないようだ。

 ちなみにデザートは季節外れの草餅です。

 

「食べたいのですか?」

 

「いや、甘い物は得意じゃねえ」

 

 意外……という訳でもない。よくよく思い返してみると僕の部屋で菓子類を食べる彼は、チップス系や辛いものを好んでいた。

 

 それはさておき、さすがにお腹が空いたのでさっそく頂きましょうか。彼らももう食べ始めてるみたいですし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでカムクラ、情報に進展はあったか?」

 

 食べ終わった龍園くんは僕に質問をしてくる。

 まだ食べ終わっていないのでやめて欲しい。

 他人の料理を食べるせっかくの機会なのだから邪魔しないで欲しい。

 と、そんな事を言って通じる相手ではないので仕方なく答える。

 

「最後にメールで送った時と変わりません」

 

「まさかつまらねえからってサボってねえよな?」

 

「どうでしょうね」

 

「クク、ムカつく野郎だ。いつ裏切られるかヒヤヒヤしちまうぜ」

 

「たとえ裏切られても君は楽しいでしょう?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 そしてそのまま話は途切れる。すると彼はポケットから携帯を取り出し、弄り始める。

 彼の携帯を弄る姿は似合わなそうに見えて意外と様になっている。

 

 まぁそんなことはどうでもいい。僕はとうとう和食スペシャルについてきた草餅へ到達する。

 

 この草餅、中々美味しそうです。市販のものではなく手作りというのが意外だ。

 パティシエやシェフの才能を持つ僕から見ても、この草餅はなかなか質が良いと言えるでしょう。

 これは期待できそうです。

 

 

 僕は記念すべき1口目を口に運ぼうと草餅を手にする。だがその直後に後ろから声が聞こえた。

 

「すみません、食べ終わっているならば席を譲って貰えないでしょうか」

 

 その声に龍園くんとアルベルトが反応する。

 僕は特に振り返らない。

 まだ食後のデザートを食べ終わっていない。そもそも始めてもいない。

 

 しかし声の高さから考えても、話しかけてきた人物は間違いなく女子だ。こんな奇妙な3人組に話しかけるなんて度胸がある。

 そんな事を考えると僕の食事を遮った人に少し興味が湧く。

 なので、やっぱり振り返ることにした。

 

 すると、そこには男女比率1:2の3人組がこちらを見ていた。

 

 1人は紫色の長い髪をしている細身のファッションモデルのように背の高い女子。

 

 1人は金髪でオールバック、不良のような見た目をしながらもどこか知的な所が見受けられる男子。

 

 そして最後の1人は、こちらに話しかけた女子。杖をつき、宝石のような蒼い瞳をしたどこまでも白い女子。

 

「クク、悪いなぁ。まだ連れが飯を食っていて譲れねぇ」

 

「フフ、そうでしたか。ならば彼が食べ終えるまで少しお話しませんか?──龍園 翔くん」

 

「いいぜぇ、丁度暇してたんだ。それにお前の情報は少なかったから良い機会だ────坂柳」

 

 そう言うと白い女子、坂柳さんは見るもの全てを魅了するようで冷酷さも連想させる作られた笑顔を浮かべる。

 

 そのまま彼女は僕へと視線を動かす。僕を見ると一瞬だけ薄く笑う。

 だがすぐに龍園くんへと視線を戻す。

 そして彼女は彼を分析する。

 どうやら彼女の目は物事の先の先を分析し、普通の人間では見ることが出来ない景色を映すことが出来るようだ。

 

 つまり彼女も持っている。超分析力を。

 僕や江ノ島 盾子以外にもあれを持つものがいる事に少し感心する。

 だが、そんなことより草餅です。

 

「やはりあなたは私と似ていますね」

 

「寝言は寝て言え」

 

 お話と言ったが、朗らかな雰囲気で仲の良い友達と楽しく話すそれとは全く違う。

 多くの人が密集していてやや暑い食堂だが、龍園くんと坂柳さんの周りだけどんどん温度が冷え込んでいるように感じる。

 

 そんなやり取りの中、取り巻きのようにいる紫色の髪の女子はため息をつき、つまらなそうに時間が過ぎるのを待っている。

 そんな彼女とは対照的に、金髪の男子は2人の王の様子を面白そうに見ていて随分楽しそうだ。

 

「そいつらは()か?」

 

「ええ、とても優秀ですよ」

 

「なるほどなぁ。どうやらお前は侮ってはいけない敵らしい」

 

「あなたは敵に回して良い人間と悪い人間の区別も出来ないのですか?」

 

「生憎育ちが悪いもんでな。区別なんて言葉は習ってねえ。オレに従わない奴は等しく敵だ」

 

 お互い笑っているのに全く穏やかじゃない。

 好戦的でプライドが高い2人は1歩も引く気がないようだ。そしてどちらもこの状況を楽しんでいる。

 

 しかし忘れているかもしれないが、ここは食堂だ。

 片方は座りながら、片方は立ちながら対峙している。

 客観的に見たらこの状況が異質なものというのは言うまでもないだろう。

 

 周囲もこの場の雰囲気に気付き始める。

 放っておいたら色々と大変な事になりそうです。

 

 だが、今回僕は彼らの仲裁をする程の余裕を作る気はない。

 そんな事より重要な事(くさもち)だ。

 

 とうとう僕は争っている彼らを完全無視することを決めた。

 

「噂通りの絵に描いたような暴君で安心しました」

 

「お前も噂通りの気取った女王様で安心したぜ」

 

 草餅を口へと運び、よく噛み、味わってから飲み込む。

 美味しい。

 これならばいくつでも食べれそうな気がしてくる。

 才能に必要のないものは取り除かれたはずなのにこんな風に思うのは何故でしょうか。

 

「それにしても噂の暴力は使わないのですね。あなたは気に入らないと判断した相手にはクラス問わず即制裁を加えると思っていたのですが」

 

「クク、お望みならば今ここで見せてやってもいいが、さすがのオレも足腰が不自由な奴を痛めつける趣味はねえよ」

 

周囲の目線や監視カメラがあるから(・・・・・・・・・・・・・・・・)ではなく、私の体を気遣ってですか。意外と優しい一面もあるのですね。しかしこの身体のことはお気になさらず。私はこの身体を弱点だなんて思っていませんから」

 

 ……取り除かれただけであって、新しく加えられる事は出来る。

 僕にとって草餅は新しく加えられた好み、その類だった。そう考えれば納得をすることは可能だ。

 ……少し無理矢理な理由付けですね。

 

「いいね、強気な女は好きだぜ。それに賢くて好戦的と来た。どうだ坂柳、オレの女になる気はあるか?そうすれば……オレに敗北するっていう未来を消せるぜ」

 

「フフ、中々ユニークな方ですね。しかし答えはNo。嬉しいお誘いでしたが、お断りさせていただきます。なぜならあなたが……私の見据えている未来を見れていない」

 

 しかし確か、日向 創の好物も草餅でしたね。僕と彼は同じ人間であり別の人間でもありますが、どうやら好みは変わってないようです。

 

「はっははは!いいぜぇ、認めてやるよ。確かにオレとお前は似た人間だ」

 

「あら、随分とあっさり認めるのですね」

 

「ああ、お前の分析力に1本取られたってわけだ」

 

「……フフ、これは予想外」

 

 

「そこまでだ」

 

 つまり作り変えられたとは言え、この体自体が欲しているものだったという見解ができるかもしれません。

 または好物程度は才能に関係しないので弄らなかったのでしょうか。

 

「双方引いてもらおう。引かないならばこの事を学校側に報告することになるぞ」

 

 という事は日向創が苦手な食べ物である桜餅を食べると僕も同じく苦手という感覚になるのだろうか?

 これは少し興味がありますね。

 

「おいおい、俺たちは『お話』してただけだぜ。わざわざあんたが出張る必要はねえと思うが?」

 

「手早く終わらせるにはオレが出るべきだからな」

 

「クク、確かに違いないな」

 

 今度両方とも作ってみましょうか。

 ですがもし僕が桜餅を食べられなかった時の対応を考えねばいけません。

 ……伊吹さんに処理を任せますか。彼女は甘い物が好きだったはずです。

 伊吹さんがダメならば、椎名さんにお裾分けという形で上げましょう。

 いや、敢えて龍園くんに送り付けるのもありですか。

 

「確かにあなたが出て来てしまったら今回の『お話』はここまでのようですね」

 

「今回の、はな」

 

「龍園くん、あなたには少しだけ期待します。頑張って私の元まで辿り着いて下さい」

 

「労いの言葉をありがとう。お礼としてお前は最後に引き摺り下ろしてやるよ」

 

 材料を買いに行くのも含めて、決行するのは休日が妥当。

 ですがビジュアルを良くするために必要な葉やそもそもよもぎ粉や道明寺粉が売っているかが懸念ですね。

 やたらと豪勢なこの敷地内でもさすがにあるとは考えにくい。

 

 ……ないならないで別に良いです。ポイントを使って取り寄せればいい。

 今回はシェフの才能よりパティシエ、すなわちお菓子職人の才能の方がメインですね。

 

「全く今年の1年は……龍園、混んでいるのだからすぐに替わってやれ」

 

「今回はあんたの顔を立ててやるよ。行くぞアルベルト、カムクラ…………てめぇまだ食い終わってねえのか」

 

 名指しされた事でやっと終わった事に気付く。

 休日の予定を考えながら食べていたのでゆっくりなのは仕方ない。

 

 僕は最後の1口を最低限噛んで飲み込む。

 

 僕が飲み込むまでの間に、彼の言葉に素早く反応したアルベルトは、3人分のトレイと食器を纏める。

 やはり彼は気が利きますね。

 

「カムクラ、お前ならばあの2人を止められただろう。何故止めなかった」

 

 僕が噛み終わった事を確認すると、彼らの仲裁に入った人物、生徒会長が僕に話しかけてくる。

 

「あなたは物事にいちいち理由を付けなければ気がすまない人間なのですか?」

 

 忘れ物がないかを確認し終えたので僕も立ち上がる。

 改めて龍園くんの方を見ると、既に彼はこの場にはおらず、来た道の方へと歩いていた。

 

「フッ、お前らしい」

 

 それだけ言うと、彼も元々座っていたであろう方に踵を返す。

 その方向には以前利用しようとした橘先輩がいた。

 相変わらずこの堅物を追いかけているようだ。彼女は本当に苦労しそうです。

 僕も彼に続いて退散しようと坂柳さん達から視線を外し、背を向ける。

 

 

 だが次の瞬間、思いもよらぬ言葉が僕の予測を超えて来た。

 

 

「あぁ……やっぱりあなたは本物の(・・・)天才なのですね」

 

 その言葉を発した少女が気になり、振り返る。

 

 先程の彼女とは雰囲気が全く違った。

 

 威圧するような笑みはない。

 まるで表と裏が反転したかのように変わっている。

 

 彼女の表情は笑顔のまま。

 ただし、妖艶でどこか狂気にも似た何かを含んだ笑みをしている。

 

 声も違った。

 頬を紅潮させる彼女は先程のような冷たく、相手を推し量るような傲慢さが隠されている声ではなく、欲しかったものを見つけた少女のような幼く、甘い声を響かせる。

 

 そしてその声を聞き、取り巻き2人が驚く。

 無理もない。僕も一瞬戸惑ったのだ。

 

 彼女、坂柳有栖の噂は聞いている。

 Aクラスに存在する2大派閥の一角。そのリーダーでもある彼女は、非常に好戦的で冷酷とも言える性格の持ち主のはずだ。

 実際、さっきの龍園くんとのやり取りを見ると、その噂が真実だと確信づけられる。

 

 だからこそ、そんな彼女が媚びを売るような声を出すとは考えられない。

 

「……坂柳、あんた急にどうしたのよ」

 

 紫の髪をした女子がその異変に問い掛ける。

 するとすぐに、坂柳さんは氷の仮面を再び被る。違和感なく最初に見せていた笑みに戻るが、取り巻きの挙動は驚いたままだ。

 

「……すみません。少しお見苦しい姿を見せましたね」

 

 その言葉は僕へか、取り巻きへか、それとも両方か。

 彼女は僕への視線を外さないまま、元々僕達が座っていた席へと座る。

 

 彼女の超分析力は脅威ではない。冷酷さも脅威ではない。

 だが先程見せた彼女のあの笑顔、あれは動物的本能に近いものだ。

 

 もし彼女が自らの本能(きぼう)に従って僕の前に立ち、持てる力を全てぶつけて僕を超えようとするならば────坂柳有栖は間違いなくオモシロイ存在へと変わる。

 

 久しぶりに少しだけ体が熱を持つ。

 どうやら彼女の評価を改めなければいけないようですね。

 

 

 ツマラナイと思っていた彼女の存在は、これ以上ない程はっきりと僕の記憶に定着した。

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「……カムクライズルくん」

 

 先程この場からゆっくりと立ち去り、未だに私の視界に入っている長髪の男子の名前が口からこぼれる。

 

 小さい頃から、お父様のお仕事に付いて行った事で私は様々な「才能」を持った人を見てきた。

 

 恵まれた身体を持ち、ある特定のスポーツの才能を持った人。

 今の私とあまり変わらない年齢で、既に大人の世界に入り、実理学の才能を開花させていた人。

 学校にすら行かず、親から技術を受け継ぎ、幼い時から職人としての才能を鍛えていた少し時代遅れの人。

 

 他にも様々な種類の「才能」を見てきた。

 

 これによって私の分析力は相当鍛えられたのでしょう。

 それこそ人を見ればある程度の才能を推し量ることが出来る程度には。

 

 

 だから分かった。

 

 初めて彼を見たのは入学してから数日後。その時つまらないと判断されてしまいましたが、そんなことはどうでもよかった。

 

 今まで見てきたどんな人間よりも異質で、圧倒的な雰囲気。

 隠そうともしない彼の雰囲気に、「才能」に魅入られた。

 

 あの時、初恋にも似た感情が身体全体に衝撃を走らせたのは昨日のように覚えている。

 

()とどちらが凄いのでしょうか」

 

 とても小さな独り言。

 私は、私の考えを否定するあの白い空間で育ってしまった彼を思い出す。

 彼は今何をしているだろうか。

 まだあの白い空間にいるのか。

 それともあの場所から出て、私たちと同じように学校に通っているのだろうか。

 

「冷めるわよ」

 

「……ああ、今はお昼の時でしたね」

 

 食事を口に運ぶ真澄さんがそう言う。

 そしてそのまま怪訝そうな顔をして続ける。

 

「やっぱり今日のあんたは相当変。どうしたの?」

 

「あら、心配して下さいますの?」

 

「……心配して損したわ」

 

 彼女はすぐに嫌そうな顔をする。

 そんな彼女を見て弄りがいがあるなと感じてしまう。

 

「けど坂柳さんよ、神室の言う通り今日のあんたは何か変だぜ。特にあの長髪の奴を見た時から大分。何か思う所があったんですか?」

 

 橋本くんが核心へと問い掛ける。

 ポーカーフェイスには自信があったのですが、今日はダメダメですね。

 私は観念して彼らにその答えを話す。

 

「……恋ですかね」

 

 これが今の自分の心に伝わっている感情の中で1番近いものだろう。

 だが結局の所ただの推測だ。

 正しいかどうかは分からない。

 

 でも1つだけ確実に分かることは、彼と競い合いたいという気持ちが溢れ出てしまいそうになっていること。

 競い合って勝利し、あの虚ろとも言える彼の瞳に私という存在を映したいということ。

 

 

 果たしてこれは恋と呼べるものでしょうか。

 

 

「フフフ、退屈しなさそうです」

 

 私の答えを聞いた2人は鳩が豆鉄砲を食らったように口を開けている。

 真澄さんに関しては、あまりの衝撃にお箸を落としてしまっている。

 

「2人とも食事が冷めてしまいますよ」

 

 そう言い、私は少し冷めてしまった食事にようやく手を付けた。

 

 

 




3巻に行くまでのプロットを組み直し中なので、次の更新遅いかもです。

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