日常の絡みがアホ難しい
朝日の光が特別棟の窓を通過する。
通過した光は床を照らし、影を生み出す。
規則的に並び、影が入り、離れていくにつれてその影は縮んでいく。
自ずから然り、そんな芸術的な配列は独特な景色を創り出している。
素晴らしい光景。芸術的観点から見れば、この景色は価値があることは間違いない。
矛盾が入り込まない空間だ。
だからこそ、ツマラナイ。
予定調和の美しさ。そんなものは幾らでも見つかる。
僕自身で作り出せてしまう。
しかし、たとえツマラナイものでも写真に収める。
事件現場を撮るのは当たり前。
絵や小説と違い、写真は目の前に起きた事象を確定するものだ。
現場に残る微かな汚れや壁の凹み具合も見逃さず、写し取られる。
それを改変したり、まして付け足すことなんて許さない。
なぜ、そんなことをするのか。
察しの良い人間ならば気付いてるでしょう。
それはこの場所こそ、龍園 翔が起こした暴力事件の現場だからだ。
今やっているのは適当な尻拭い。僕自ら干渉をするつもりはない。
この事件にほとんど興味はなく、僅かに気になることがある事件の結末のためだけに布石を打っているに過ぎない。
一方的な被害を受けているDクラスがどうやって無罪を掴むのか、被害を受けた生徒を切り捨てるのか。
その結末が現時点で僕が推測している結末と違うかどうかが気になる。いや、できれば違って欲しい。
Dクラスがどうすればこの事件を無罪放免の結末に導けるのか。
暴力と嘘に塗れたこの事件をどうすれば処理できるのか。
「ツマラナイ」
誰かがこの事件を良い結末に持っていけたとする。
でもそれはどうせ、この景色と同じように分析可能で───予定調和の結末なのだろう。
──────
「鎌倉時代の流れをもう一度説明する。この流れは室町時代との────」
この学校の授業を受けて約3ヶ月が経つ。
どの授業も初めの頃に比べると少しずつ難しくなり、Cクラスの中には既に授業についていけなくなっている生徒もチラホラと見受けられる。
例えば英語。初めの頃は中学の復習と基礎がメインだったが、徐々に本格的な英文法の基礎を教えられている。
例えば国語。現代文では扱う文章が比較的難しくなり、求められる読解力の質が上がっている。
加えて古典や漢文といった授業も追加され、単純に予習復習の量が多くなっている。
しかし、だからといって授業の質は落ちている訳ではない。
むしろどの授業もだんだんと上がっていて、教師の質が良いことが分かる。
特に、今受けている歴史の授業では顕著です。
時代が進むにつれて単元が複雑になっていくが、担当の先生は資料や説明を工夫して生徒達に分かりやすく教えている。
「────だ。……今日の授業はここまで。配ったプリントを繰り返し読んで復習するように」
授業終了のチャイムが鳴れば、担当の先生は愛用していると思われるクリップボードと数種類の色ペンを持って教室から出ていこうとする。
だが、生徒の1人の接近に気付けば、先生は立ち止まる。
生徒の目的は授業の質問。その経過を見てみると、生徒は真剣でいて楽しそうな表情をしている。
歴史の先生こと、1年Dクラスの担任である茶柱先生も教え甲斐があるのか、普段見せているポーカーフェイスから薄い笑みが零れている。
関係は良好と言えるだろう。
だが、僕は少し違和感を覚える。
茶柱先生には良くない噂がある。それは自クラスであるDクラスに対して無関心という噂だ。
その噂と僕の目に映る彼女の性格が一致しないことは規則性がなく、一時的とは言え少し興味が湧く。
彼女は現在起こっているCクラスとDクラスの事件があっても、公私を混ぜずに教えている。
その辺りの線引きは出来ているし、授業中から分かる厳格な性格から見ても、自分にも他人にも厳しい人なのだろう。
先程の質問対応。ここから考察しても面倒見の良い人だということが分かる。
だからこそ、中間考査の連絡ミスをしたり、Dクラスの生徒に嫌がらせのような毒を吐く人間とはとても思えない。
欠点を推測するが、これ以上は情報が無さすぎるので打ち止めにする。
少し興味深いので、今度質問を装って聞いてみますか。
「はぁぁぁ、退屈ぅ」
授業の片付けをしていると、花の女子高生とはとても思えない低い声色の伊吹さんがこちらを向き、僕の机に肘を掛けてくる。
「わざわざ僕の方を向いて言わう必要はないでしょう?」
「何よ、退屈ってあんた風に言えばつまらないってことなのよ。口を開けばつまらない、つまらない言っているあんたにそんな事言われたくないんだけど」
「僕の方を向く理由になっていません」
座ったままで固まっていた身体をほぐした後、授業の片付けを終えて椅子から立ち上がる。
その時、スクールバッグに入れてある携帯端末を取り出すのを忘れない。
「あんた、何か買いに行くの?」
この学校で現金に当たるものはプライベートポイント。
それは紙幣や硬貨などではなく、携帯端末に入っている見えない現金だ。
生徒達はポイントがどのようなものかをこの3ヶ月で嫌という程知らされたため、財布ではなく、携帯端末を持ったら何かを買いに行くということを連想させることが出来る。
キャッシュレスが進んでいるのだなと実感してしまう。
「昼食を作り忘れました。なので、学食に行きます」
「へぇ〜意外、あんたでもそういうミスをすんだ」
彼女の言う通り、習慣化した出来事を忘れるのは僕としても初めての事だ。
昨日は恋愛について少し考えた後に、かなり早い時間から眠ってしまった。そのため、習慣化されている出来事を殆どやり忘れるという失態を犯す。
再び目をさました時には時計の針が一周するほどに快眠だった。
よって、今日の朝はやり忘れてしまった出来事に対処していた。
だが、弁当作りだけは無理でした。何せ、丁度食材を切らしていたのですから。
朝から開いているショッピングモールはないので、弁当は作れない。
コンビニで朝ごはんを買う羽目になったのは記憶に新しく、自分のミスが少しだけオモシロイ。
「僕も人間、ミスだってしますよ」
「うわぁ……、似合わなさすぎ」
彼女の人でなし発言を無視し、僕は歩き始める。
一匹狼である彼女は1人で食事することなど全く苦ではないでしょう。
「お前が学食に行くとは珍しいな」
僕は食堂に行こうと後ろのドアから出る。
すると丁度、前のドアから龍園くんと山田くんが出てきた。
僕の事を視認すると、迫力のある2人組がこちらに向かってくる。
「よく分かりましたね。今日はお弁当を作り忘れました」
「クク、意外だな。てめえでもそんなミスをするのか」
それ、さっき聞きました。
前々から思っていましたが、龍園くんと伊吹さんは意外と似ている一面がある。
龍園くんを嫌っている伊吹さんからすれば絶対に認めないことでしょうが、彼らには探せば共通点が出てくる。
例を出すならば、好戦的な性格、1人が好きな所などでしょうか。
ゆえに、思考も少し似てしまう。彼女が龍園くんに悪感情を抱く理由の1つは、同族嫌悪ですね。
「あなたは基本的に学食なのですね」
「俺が料理できる奴に見えるのか?」
「外れたらオモシロイ」
「残念ながら、見たまんまだ」
くだらない雑談をしながら、彼らと食堂に向かう。
ちなみに、石崎くんは現在ハブかれ中だ。
例の事件において彼は中心人物。下手に近付かれると面倒なので、龍園くんは距離を取っています。
「クク、今日はまた一段と道が空いてやがる」
今現在、僕と龍園くんが横並びで、その後ろを守るように山田くんが歩いています。
こんな陣形で通路のど真ん中を歩いている僕達は、周囲から腫れ物でも見るかのような視線を向けられている。
1年生で1,2を争う問題児である龍園くん、190cm程の身長に加えて高校生とは思えない肉体を持った山田くん、そして容姿が少々特殊な僕。
当然と言えば当然の対応、ツマラナイ事実確認だった。
「Second boss, what would you like to be called? *1」
無口な山田くんに珍しく話しかけられる。
彼とは2ヶ月程近くにいましたが、お互いに名前を呼んだことはない。
加えて、彼も石崎くん同様に僕の事を龍園くんと対等な存在だと思っているようだ。
だが、同じbossだと区別が付かないため、何か呼び方を欲している。
「Whatever is easier for you to say.*2」
呼ばれ方なんてどうでもいいので、彼の呼びやすいように任せる。
彼は僕の呼び方を決めるために腕を組む。
意外にも真面目に考えてくれているようで、彼への分析をより細分化する必要性がありますね。
「クク、悩む必要はねえぞ。クソワカメでいい」
龍園くんが横槍を入れてくる。
「あなた、英語を聞き取れるのですね」
「雰囲気と仕草による推測だ」
「ふーん、実学と思って覚えないのですか?」
「時間の無駄だ」
相変わらず勉強などどうでもいいようだ。
彼は今度の期末考査をどう乗り切るのでしょうか。
中間考査のような裏技は期末考査にはないでしょうから、次は自身の持っている正真正銘な学力が計られる。
彼がどうするのか少し気になりますが、まぁ何とかするでしょう。そこまで深く考える必要はない。
この後、呼び方が出流に決定した。
本人から、山田くんというのはむず痒いそうなので、アルベルトと呼ぶことになった。
山田 アルベルトとの好感度が上がった!
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「今日はいつもより混んでるな」
アルベルトと雑談をしているといつの間にか食堂に到着する。
1年生だけでなく2年、3年生の利用者もいるため、ここは人の塊という表現が比喩ではなく、客観的事実になっている場所だ。
「俺は席取りをしてくる。アルベルト、いつものやつを頼む」
アルベルトは無言で頷き、了承の意を伝える。
僕も彼に続いて、食券機の場所へと歩いていく。
使い方は特に難しくなく、食べたい料理が書かれているスイッチを押した後に、携帯端末を決済する場所にタッチするだけ。それで食券が出てくる。
僕は今回、和食スペシャルという少し高めの料理を注文しました。
理由なんてありませんが、強いて言うならばスペシャルという安直さがどう予想を振り切るのか気になったためだ。
「Do you usually eat here? *3」
「Yes. I either bring my own lunch or buy it here and eat it.*4」
料理が出来るまでの少しの間は、アルベルトと雑談をしながら時間を潰す。
逞しい見た目に反して、手先は器用なようだ。
数分の雑談後、食事が完成間近になったので、僕は龍園くんが何処にいるかを探す。
さて、龍園くんはどこに……いました。
目立っています。彼はこれといった身体的特徴がないのに目立っています。
なぜなら、こんな混んでいる所にもかかわらず、1つのテーブルを独占している人間がいるからだ。
そこが玉座と言わんばかりに堂々と座っていた。
「はいよ、お兄……ちゃんで、良いんだよな?」
「男ですよ」
視線を戻せば、年配の女性が豪華な料理を僕の前に出してくれる。
僕は食券と料理を交換し、引き換え場所から手際良く離れる。
昼時なのでゆっくりとした行動をすると迷惑になる。
僕は2つのトレイを持ったアルベルトを確認すると、龍園くんが確保した場所へ彼を案内した。
「ご苦労」
龍園くんの労いをアルベルトはこれまた頷きで返す。そしてそのまま席へ着いた。
「デザートまでついてるのか」
龍園くんが僕の定食を見て興味本位で告げる。
ちなみに、デザートは季節外れの草餅です。
「食べたいのですか?」
「甘い物は得意じゃねえ」
意外、という訳でもない。よくよく思い返してみると僕の部屋で菓子類を食べる彼は、チップス系や辛いものを好んでいた。
それはさておき、さすがに空腹なのでさっそく頂きましょう。
「それでカムクラ、情報に進展はあったか?」
2人が食べ終わると、龍園くんは僕に質問する。
他人の料理を食べる折角の機会なのだから邪魔しないで欲しい。と、そんな事を言って通じる相手ではないので仕方なく答える。
「最後にメールで送った時と変わりません」
「まさかつまらねえからってサボってねえよな?」
「どうでしょうね」
「クク、ムカつく野郎だ。いつ裏切られるかヒヤヒヤしちまうぜ」
「たとえ裏切られても、あなたは楽しいでしょう?」
「ああ、その通りだ」
話はすぐに途切れる。彼はポケットから携帯を取り出し、弄り始める。
暇潰しに話題を投げてみたが、あまり興が乗らなかったようだ
まぁ、そんなことはどうでもいい。僕はとうとう和食スペシャルについてきた草餅へ到達する。
この草餅、中々美味しそうです。市販ではなく手作りという点が良い。
パティシエやシェフの才能を持つ僕から見ても、この草餅はなかなか質が良い。
これは、期待できそうです。
僕は記念すべき1口目を口に運ぼうと草餅を手にする。だが、その直後に後ろから声が聞こえた。
「すみません、食べ終わっているならば席を譲って貰えないでしょうか」
その声に、龍園くんとアルベルトが反応する。
僕は特に振り返らない。
まだ食後のデザートを食べ終わっていない。そもそも始めてもいない。
しかし声の高さから考えても、話しかけてきた人物は間違いなく女子。こんな奇妙な3人組に話しかけるなんて度胸がある。
少し興味が湧いたので、僕も草餅から視線を外した。
そこには、見覚えのある人物が2人の友人を連れていた。
男女比率1:2の3人組。
1人は紫紺の髪が特徴的な細身のファッションモデルのように背の高い女子。
1人は金髪でオールバック、不良のような見た目をしながらもどこか知的な点が見受けられる男子。
そして最後の1人は、こちらに話しかけた女子。杖をつき、宝石のような蒼い瞳をした白が似合う女子。
「クク、悪いなぁ。まだ連れが飯を食っていて譲れねぇ」
「フフ、そうでしたか。ならば彼が食べ終えるまで少しお話しませんか? ──龍園 翔くん」
「いいぜぇ、丁度暇してたんだ。それにお前の情報は少なかったから良い機会だ────坂柳」
白い女子、坂柳さんは見るもの全てを魅了する作られた笑顔を浮かべる。
一瞬、僕たち三人を値踏みするように見まわした時に目が合う。
「あなた、良い才能を持っていますね」
「……フフ、ありがとうございます」
こちらを分析する瞳を見て、僕はすぐに確信した。
どうやら、彼女の目は物事の先の先を分析し、普通の人間では見ることができない景色を映せる。
つまり、彼女も持っている。────超分析力を。
僕や江ノ島 盾子以外にもあれを持つものがいる事に、少しだけ感心する。
だが、そんなことより草餅です。
「やはりあなたは私と似ていますね」
「寝言は寝て言え」
坂柳さんは龍園くんに標的を決めて話を振る。
お話と言ったが、朗らかな雰囲気で仲の良い友達と楽しく話すそれとは全く違う。
多くの人が密集していてやや暑い食堂だが、龍園くんと坂柳さんの周りだけどんどん温度が冷え込んでいるように感じる。
そんなやり取りの中、取り巻きのようにいる紫色の髪の女子はため息をつき、つまらなそうに時間が過ぎるのを待っている。
彼女とは対照的に、金髪の男子は2人の王の様子を面白そうに見ている。
「そいつらは
「ええ、とても優秀ですよ」
「なるほどな。どうやらお前は侮ってはいけない敵らしい」
「あなたは敵に回して良い人間と悪い人間の区別も出来ないのですか?」
「生憎育ちが悪いもんでな。区別なんて言葉は習ってねえ。オレに従わない奴は等しく敵だ」
お互い笑っているのに全く穏やかじゃない。
好戦的でプライドが高い2人は1歩も引く気がなく、どちらもこの状況を楽しんでいる。
しかし忘れているかもしれないが、ここは食堂だ。
片方は座りながら、片方は立ちながら対峙している。
客観的に見たらこの状況が異質なものというのは言うまでもないだろう。
周囲もこの場の雰囲気に気付き始める。
放っておいたら色々と大変な事になりそうです。
だが、今回僕は彼らの仲裁をする気はない。
そんな事より────
とうとう僕は争っている彼らを完全無視することを決めた。
「噂通りの絵に描いたような暴君で安心しました」
「お前も噂通りの気取った女王様で安心したぜ」
草餅を口へと運び、よく噛み、味わってから飲み込む。
美味しい。
これならばいくつでも食べれそうな気がしてくる。
才能に必要のないものは取り除かれたはずなのに、味覚が喜んでいることが分かる。
「それにしても噂の暴力は使わないのですね。あなたは気に入らないと判断した相手にはクラス問わず即制裁を加えると思っていたのですが」
「クク、お望みならば今ここで見せてやってもいいが、足腰が不自由な奴を痛めつける趣味はねえよ」
「
……取り除かれただけであって、新しく加えられる事は出来る。
僕にとって草餅は新しく加えられた好み、その類だった。そう考えれば納得をすることは可能だ。
しかし、少々無理矢理な理由付けだろう。
「強気な女は嫌いじゃない。それに賢くて好戦的と来た。どうだ坂柳、俺の女になる気はあるか? そうすれば、俺に敗北するっていう未来を消せるぜ」
「フフ、中々ユニークな方ですね。しかし答えはNo。嬉しいお誘いでしたが、お断りさせていただきます。なぜならあなたは、私と同じ未来を見ていない」
確か、日向 創の好物も草餅だった。
僕と彼は同じ人間であり別の人間。好みは変わってないという事は、この舌は自前なのか。
その答えはNoだ。僕の味覚は究極的に引き上げられている。それは間違いがない。
「はっははは! いいぜぇ、認めてやるよ。確かに俺とお前は似た人間だ」
「あら、随分とあっさり認めるのですね」
「ああ、お前の分析力に1本取られたことにしてやる」
「……フフ、これは予想外」
「----そこまでだ」
作り変えられたとは言え、この体自体が欲しているものだった?
または、好物程度は才能に関係しないので弄らなかったのでしょうか。
「双方引いてもらおう。引かないならばこの事を学校側に報告することになるぞ」
仮に後者だったら、日向創が苦手な食べ物である桜餅を食べると僕も同じく苦手という感覚になるのだろうか?
これは興味がありますね。
苦手、この僕に苦手なものがるという可能性は実にオモシロイ。
「おいおい、俺たちは『お話』してただけだぜ。わざわざあんたが出張る必要はねえと思うが?」
「手早く終わらせるには俺が出るべきだからな」
「クク、違いない」
今度、両方とも作りましょう。
しかし、万が一もある。そう、僕が桜餅を食べられなかった時だ。
……伊吹さんに処理を任せますか。
伊吹さんがダメならば、椎名さんにお裾分けという形で上げましょう。
いや、敢えて龍園くんに送り付けるのもありですか。
「あなたが出て来てしまったら今回の『お話』はここまでのようですね」
「今回の、はな」
「あなたには少しだけ期待します。頑張って私の元まで辿り着いて下さい」
「労いの言葉をありがとう。お礼としてお前は最後に引き摺り下ろしてやるよ」
材料を買いに行くのも含めて、決行するのは休日が妥当。
ビジュアルを良くするために必要な飾りや、そもそもよもぎ粉や道明寺粉が売っているかが懸念ですね。
やたらと豪勢なこの敷地内でもさすがにあるとは考えにくい。
……ないならないで別に良いです。ポイントを使って取り寄せればいい。
この学校はオンラインショッピングも可能だ。値は張るかもしれないが、良い暇潰しになるならば惜しむ必要はない。
今回はシェフの才能よりパティシエ、すなわちお菓子職人の才能の方がメインになる。
器材も揃え、超一流の一品を作りましょう。
「全く今年の1年は……龍園、混んでいるのだからすぐに替わってやれ」
「今回はあんたの顔を立ててやるよ。行くぞアルベルト、カムクラ……てめぇ。まだ食い終わってねえのか」
名指しされた事でやっと終わった事に気付く。
休日の予定を考えながら食べていたのでゆっくりなのは仕方ない。
「先に言ってください。僕はこれを味わいきれていない」
そう言えば、アルベルトが3人分のトレイを素早く纏める。
気が利く彼の行動を舞った後、2人はこの場から離れていった。
変わるように、仲裁人である堀北生徒会長が現れる。
「カムクラ、お前ならばあの2人を止められただろう。何故止めなかった」
「彼らの会話に未知はありませんから」
僕は最後の一口を終える。
忘れ物がないかを確認し、僕も立ち上がる。
「フッ、お前らしい」
それだけ言うと、彼も元々座っていたであろう方に踵を返す。
その方向には、橘先輩も見える。
相変わらずこの堅物を追いかけているようだ。彼女は本当に苦労しそうです。
僕も彼に続いて退散しようと坂柳さん達から背を向ける。
だが次の瞬間、思いもよらぬ言葉が僕の予測を超えて来た。
「あぁ……やっぱりあなたは
その言葉を発した少女が気になり、振り返る。
先程の彼女とは雰囲気が全く違う。
威圧するような笑みはない。まるで表と裏が反転したかのように変わっている。
彼女の表情は笑顔のまま。ただし、妖艶でどこか狂気にも似た何かを含んだ笑みをしている。
声も違う。
頬を紅潮させる彼女は先程のような冷たく、相手を推し量るような傲慢さが隠されている声色ではなく、欲しかったものを見つけた少女のような幼く、甘い声を響かせる。
そしてその声を聞き、取り巻き2人が驚く。
無理もない。この僕の予想を超えたのだ。
彼女、坂柳有栖の噂は聞いている。
Aクラスに存在する2大派閥の一角。そのリーダーでもある彼女は、非常に好戦的で冷酷とも言える性格の持ち主のはずだ。
実際、さっきの龍園くんとのやり取りを見ると、その噂が真実だと確信づけられる。
だからこそ、そんな彼女が媚びを売るような声を出すとは考えられない。
「……坂柳、あんた急にどうしたのよ」
取り巻きの女子が異様に気付けば、坂柳さんはすぐに氷の仮面を再び被る。違和感なく最初に見せていた笑みに戻るが、取り巻きの挙動は驚いたままだ。
「……すみません。少しお見苦しい姿を見せましたね」
その言葉は僕へか、取り巻きへか、それとも両方か。
彼女は僕への視線を外さないまま、元々僕達が座っていた席へと座る。
彼女の超分析力は脅威ではない。賢さも冷酷さも脅威ではない。
だが先程見せた彼女のあの笑顔、あれは動物的本能に近いものだ。
もし彼女が自らの
久しぶりに、熱が身体を巡る。
彼女の評価を改めなければならない。
ツマラナイと思っていた彼女の存在は、これ以上ない程はっきりと僕の記憶に定着した。
────────────────────
「カムクライズルくん」
先程この場からゆっくりと立ち去り、未だに私の視界に入っている長髪の男子の名前が口から零れる。
小さい頃から、お父様のお仕事に付いて行った事で私は様々な才能を持った人を見てきた。
恵まれた身体を持ち、ある特定のスポーツの才能を持った人。
今の私とあまり変わらない年齢で、既に大人の世界に入り、特出した才能を開花させていた人。
学校にすら行かず、親から技術を受け継ぎ、幼い時から職人としての才能を鍛えていた少し時代遅れの人。
他にも様々な種類の才能を見てきた。
これによって私の分析力は相当鍛えられたのでしょう。
それこそ人を見ればある程度の才能を推し量ることが出来る程度には。
だから、分かった。
だからこそ、分かってしまった。
初めて彼を見たのは入学してから数日後。その時つまらないと判断されてしまいましたが、そんなことはどうでもよかった。
今まで見てきたどんな人間よりも異質で、圧倒的な雰囲気。
隠そうともしない彼の雰囲気に、「才能」に魅入られた。
あの時、初恋にも似た感情が身体全体に衝撃を走らせたのは昨日のように覚えている。
「
とても小さな独り言。
私は、私の考えを否定するあの白い空間で育ってしまった彼を思い出す。
彼は今何をしているだろうか。
まだあの白い空間にいるのか。
それともあの場所から出て、私たちと同じように学校に通っているのだろうか。
「冷めるわよ」
「……ああ、今はお昼の時でしたね」
食事を口に運ぶ真澄さんがそう言う。そのまま怪訝そうな顔をして続ける。
「やっぱり今日のあんたは相当変。どうしたの?」
「あら、心配して下さいますの?」
「……心配して損したわ」
彼女はすぐに嫌そうな顔をする。
そんな彼女を見て弄りがいがあるなと感じてしまう。
「けど坂柳さんよ、神室の言う通り今日のあんたは何か変だぜ。特にあの長髪の奴を見た時から大分。何か思う所があったんですか?」
橋本くんが核心へと問い掛ける。
ポーカーフェイスには自信があったのですが、今日はダメダメですね。
私は観念して彼らにその答えを話す。
「……恋ですかね」
これが今の自分の心に伝わっている感情の中で1番近いものだろう。
だが、結局の所ただの推測。正しいかどうかは分からない。
でも1つだけ確実に分かることは、彼と競い合いたいという気持ちが溢れ出てしまいそうになっていること。
競い合って勝利し、あの虚ろとも言える彼の瞳に私という存在を映したいということ。
果たしてこれは恋と呼べるものでしょうか。
「フフフ、退屈しなさそうです」
私の答えを聞いた2人は鳩が豆鉄砲を食らったように口を開けている。
真澄さんに関しては、あまりの衝撃にお箸を落としてしまっています。
「2人とも食事が冷めてしまいますよ」
私は冷めてしまった食事にようやく手を付けた。
3巻に行くまでのプロットを組み直し中なので、次の更新遅いかもです。