3月10日放課後。
クラスメイトの情報は金田くんの元に纏まり始め、僕はクラスの重要人物達だけでこの試験の対策を練るように指示を出した。
現段階では僕が介入する必要はない。となれば、この期間は現状の彼らの能力把握と彼らだけでも試験に臨めるかどうかの試運転を行う。
個人能力、集団能力。それらの成長度合い。
それをここで把握し、未来をもう一度推測しておく。この推測次第で、僕がこのクラスにどれだけ介入するかを決めていきたい。
「予定通りの到着ですね」
現在、僕は屋上にいる。
かつて綾小路くんと戦った場所。その理由は人がよりつかず、たった一個の監視カメラでしか状況が把握されないからだ。
つまるところ、秘密の話し合いをするには持ってこいの場所だ。
そして、僕は坂柳さんをこの場所に呼び出した。
やるべきことはさっさと終わらせる。今回の特別試験で、彼女は不調のまま望んでもらう。
時刻は17時。厚みがある暗いグレー色の雲が空に浮かび、ささやかな風は肌寒さを感じさせる。
雪の前兆をこの目が観測し、その時間帯すらも読み切る。
「……ごきげんよう、イズルくん」
屋上への唯一の扉が開き、彼女の姿が見える。
穏やかな表情と歩幅の大きさから上機嫌。場所と時刻、そして“大事な話がしたいから一人で来てほしい”というメッセージから彼女は今日の話し合いが華やかで楽しいものとでも思っているのだろう。
護衛はなし。扉越しに隠れている者の気配はなく、彼女は1人で来て欲しいというお願いを守ってくれた。
「あなたから呼ばれることは初めてですね。大事な話とは、いったい何なのでしょうか?」
坂柳さんは杖を突きながら僕の方に寄り、その距離が1mを切った所で止まる。
こちらを見上げるサファイアの瞳は自信に溢れ、他者を見下ろすことが常だが、今日は慈愛を有してこちらを真っ直ぐに見つめている。
「あの忠告以降、あなたがどのように変化したかを確認しに来ました」
一学年最終試験の真っ最中だが、今日の話し合いは必要なもの。
本題に入る前に、僕は前回の投票試験での行いについて確認する。
忠告とは、葛城康平の存在について。
あの時、既にAクラスを纏め上げた彼女は葛城康平を切るフリをして戸塚弥彦を退学にしようと目論んでいた。
クラスを掌握している彼女にとってそれは些事。加えて残りの時間、彼女は山内春樹を陥れようとDクラスへちょっかいをかけようとしてた。
忠告によって、後者はその途中で取りやめた。山内春樹との会話からそれは察せられる。
「戸塚弥彦を救済したのですね」
「はい。あなたの忠告を受け、私は葛城くんとの関係にヒビを入れないために戸塚くんを残しました。フフ、予想外の結果だったでしょう?」
「はい、予想外の結果でした」
問題は前者。葛城くんとの関係性を維持するために、彼女は2000万ポイントを使って戸塚弥彦を救済した。
それは坂柳有栖の思考ではありえない選択肢。
彼女は好戦的で非情。仲間を駒と見なし、他者を切ることに躊躇いがない人間だ。
だからこそ、彼女がわざわざ2000万ポイントの貯蓄を切り崩し、生徒の一人を救うとは考えられなかった。
投票試験は不要な生徒を切ることに適した形であることに変わりはない。
自分より劣る他者を駒と見なしている彼女ならば、その駒に情は移らず、非情な選択を実行すると予想していた。
そんな彼女がクラスメイトを救う。それは予想外の結果でオモシロイもの……となるはずだった。
しかし、こうして面と向かって話せば、なぜ彼女が膨大なポイントを使って救済を選んだかも理解した。
結果は素晴らしかった。だが、過程があまりにも稚拙だ。
彼女が葛城くんを配慮し、彼を右腕として見据えての選択肢だったならば。
駒として扱うことはやめずとも、その駒はクラスメイトであるという認識のアップグレードが行われていたならば。
それは文句のつけようがない予想外だった。
「やはり、ここまですればあなたの推測を振り切れるのですね」
彼女は薄く笑いながら確かめるように告げる。
この発言の通りだ。
彼女は僕の推測能力の指標を測るためだけに2000万ポイントを使用した。
「高い買い物ではありましたが、クラスの団結力向上と40人の人数有利で特別試験に臨めることはそれなりのメリットです。プロテクトポイントも手に入れ、私の布陣は完璧なものとなりましたよ」
本来の彼女ならば、自分に逆らうとどうなるかを知らしめるために戸塚弥彦を見せしめに切り、葛城くんに首輪をつける予定だった。
しかし、戸塚弥彦を残した事により、彼女は情のない冷徹なリーダーから慈悲深い道も選べる人間味のあるリーダーという評価が固まっている。
これによって、Aクラスからの支持が統一。葛城くんとの関係値も向上したことで、いずれリーダーが2人いるという明確な弱点を克服し、素晴らしい結果に繋がる。
未知に繋がる土壌を形成したことは良い。問題は、その選択を己の意思で後悔せずに選べたかどうかです。
「イズルくん、これで私が龍園くんに負けることはないでしょう。むしろ、この布陣ならばあなたの敵とすらなり得る。フフ、あの時の発言はやはり早計でしたね」
坂柳さんは勝ち誇ったように告げる。
その薄い笑みの裏に、天才である自負とそんな自分を舐めるなという自尊心が隠れている。
ここが、問題点。
この選択肢の根本、それが全て僕への趣旨返しだった。
これでは彼女に成長はない。いくら集団が優れようとも、その長の実力がこの程度ならば、僕に未知はやってこない。
「そうかもしれませんね」
虚無がかつての自分に戻そうとするかのように脳内を巡る。
大きな失望を感じる。僕が勝手に期待したとはいえ、ツマラナイ現実だ。
有象無象の中で、彼女は頭脳面だけならば超高校級に匹敵する生徒。つまり、この学校において最も僕に未知を見せる確率が高い人物を意味する。
というのに、彼女は驕って未知を何も生んでいない。ここ最近は己の実力を過信し、他者への妨害行為に勤しんでいる始末だ。
「……イズルくん?」
かつて、屋上の件で伊吹さんを利用した時、彼女は僕からの好感度が下がると思って話し合いの場を設けた。
常人ならば、友人が利用されたならばその好感度は著しく下がる。
しかし、僕はその手段に忌避感などなく、反省しているその姿を見て彼女の謝罪を受け入れた。
だが、所詮は憧れを追いかけたいだけの方便だったらしい。
「確認は終わりです。大事な話をする前にもう一つ、前回の特別試験で約束していたポイント徴収についても決めてしまいましょう」
聡い彼女は僕の失望を超分析力で感じ取ったことで、話を変えることを訝しむ。
自分は何か発言を間違えたかと、その優秀な頭脳で己の行いを振り返ろうとする。
だが、重要な話を前に、その思考を一度取りやめる。
「ポイント徴収が大事な話ではないのですか?」
「はい。大事な話はもっと個人的な話ですから」
勘違いを正した後、僕は話を進める。
「僕としては、Aクラスからの徴収ポイントを毎月80万に変更しようと考えています」
「見返りが少ないです。選挙ゲームは、あなたと言えど私達の協力が必要不可欠だったことは事実です。せめて、毎月40万。これくらいの要求でも見合っていると思っています」
現在の徴収額はAクラスからの徴収額、2万7400pp×36人=98万6400ppなので、毎月40万と言うのは1人あたり1万の徴収となる。
半分以下に減らせという強気の言い分。事実、選挙ゲームは彼女の助けが必須だったのは間違いない。
龍園くんの挑戦に手を抜きたくなかったので、この交渉で不利を背負うことは承知の上。
そして、今後の彼女の在り方のためにも、ここは彼女の言い分に従う。
「分かりました。では、毎月40万にしましょう。念書の作成は龍園くんと葛城くんに行ってもらいます」
「……意外ですね。もっと粘ってくると思いました」
「妥当だと思いましたから」
粘る予定ではあったが、日向創の接触によって世界の真実を知り、事情が変わった。
これで、次の特別試験で彼女が契約破棄を持ち掛ける段階にまで進んだ。
言い換えれば、────彼女は後一度だけ僕に従ってくれる。
その一度は既に使う場面を決めている。
龍園くんには文句を言われるでしょうが、前回の混合合宿と今回の選抜種目試験で600クラスポイント以上手に入れるので、納得してもらいましょう。
「さて、本題に入りましょうか」
「大事な話、ですね。もしかして、恋愛関係の話ですか?」
訝しんだ様子はポイント徴収額を減らせたことで薄くなったが、心の内には残っている。
そんな違和感を振り払うように彼女は話題を変える。
普段通りの彼女。年相応に色恋の話を楽しもうとしている、普通の少女らしい側面が垣間見える。
「あながち間違いではありません。この話は、僕に向ける好意が根本的に間違っていることを正すためのものですから」
「……えっ?」
まずは1人目。
舞台に上がるための役者にはその実力を磨いてもらう必要がある。
緊張はない。
誰かに秘密の話をするという体験は既に学習し、自身の口から漏れ出す禁忌で感情に変化はもう起こらない。
僕への憧れは、今日で終わりにしてもらいましょう。
──────
坂柳有栖はカムクライズルからの呼び出しを楽しみにしていた。
放課後の時間、特別試験の対策会議も後にして、彼との時間を楽しもうと思っていた。
「なぁ、姫さんはどうしてあんな上機嫌なんだ?」
「どうせ、カムクラが絡んでるでしょ。坂柳が嬉しそうにしているのなんて、大体あいつと遊んでる時だし」
教室を出ていく矢先、自分の駒たちがそんな雑談をしていた。
「ゾッコンという訳ね。まぁ、あいつの料理は超美味いし、仕方ねぇよな」
「うん、それはそうね」
「……料理は知らないが、混合合宿の結果からも分かる通り、凄まじい実力を持っている。坂柳は高校生離れした頭脳を持っているからこそ、同じ景色が見える存在を好ましく思っているのかもしれないな」
「おっ、鬼頭。お前が色恋の話に入ってくるなんて珍しいな。やっぱ、姫さんは気があると思うよな」
「傍から見ればな」
「……まだ聞こえてる距離だってのに、好き勝手言って。またどっかで酷使されるわよ?」
ごく普通の日常会話。
自身の気持ちが恋愛感情に近いことを、坂柳も理解している。
色恋に詳しい訳ではない坂柳だが、カムクラと話すことそれ自体が楽しいので、これが恋だと思っていた。
しかし、今日の話し合いはそんな華やかではない。
2人っきりで大事な話をする。大事な話はクラスポイントの徴収額の変更であり、恋愛小説のような淡い一場面でない。
交渉の言弾はしっかりとセットしてきた。
契約破棄は難しくとも、こちらの要求を呑ませるだけの準備は行った。
教室を出て、屋上へ到着した。
屋上の扉を開けば、彼は背中を向けて待っていた。
今まで風に揺れていた長髪が切られたことで、その大きな背中が見える。
異様な雰囲気がなくなったことも相まって、誰も届かないはずの背中にいつかは手が届くのではと思った。
そして、坂柳は同時に思う。
自分はあの背を支えるのではなく、横に立っていたいと。己の理想と肩を並べたいと。
だが、こちらを振り返った瞬間、血のように赤い瞳に何の感情が乗っていないのを見て、彼女はなくなったはずの腰まで伸びた髪を錯覚した。
────嫌な予感が何となくした。
理由はない。きっと、入学当初の虚無を体現した彼を連想したからとそう納得した。
話は予定通りだった。
カムクラの忠告を従いつつ、彼に趣旨返しもした。それを、彼は予想外だと認めてくれた。
────嫌な予感がまたした。
彼らしくない肯定に違和感を覚えた時から、その予感は少しずつ大きくなる。
次にポイント徴収についての話し合い。この話が大事な話だと想定した坂柳だったが、大事な話というのは別にあると言う。
年相応に大事な話は気になったが、まずはポイント徴収を終わらせる。楽しい楽しい交渉の時間が始まる、そう思っていた。
しかし、交渉は拍子抜けで数言交わすだけで終わってしまった。
────嫌な予感が大きくなった。
原因不明の胸騒ぎ。
大事な話を聞きたいと思うと同時に、なぜかカムクラとの雰囲気を良くしておきたいと思った。
嫌な予感は気のせいだと、そう思いたいがために、試験に関係のない色恋の話題を提示した。
────予感は確信に変わった。
思わず、この場から逃げ出したくなった。
何を言われるのか分からないことに、初めて恐怖を覚えた。
だというのに、坂柳の身体はゆっくりと杖を使わなければ方向転換すらままならない。
「体育祭の時、あなたは持論を教えてくれました」
開いて欲しくない口が動く。
坂柳は冷静さを保ち、ポーカーフェイスを維持する。
「懐かしいですね。しかし、それが大事な話に関係するのですか?」
「はい。“人は生まれた瞬間、生を受けた瞬間にそのポテンシャルが、才能が決まっている”と、あなたはそう言いました。その持論に基づき、あなたは優秀な遺伝子を持った親の元に生まれ、恵まれた環境で育ったがゆえに、自分を本物の天才と称しました」
「……あの時、あなたは私を優秀と言ってくれましたね。疑う余地のない天才とも。そして────大きすぎる好奇心は、理不尽で知りたくない真実に辿りつくかもしれないと」
確信の源が明らかになった。
理不尽で知りたくない真実。坂柳はかつてその先を知りたかったが、詮索はカムクラを不快にすると思い、好奇心を抑えていた。
「今日はあなたにその真実を教えにきました。大事な話とは、僕の出自です」
それは知りたかったことだ。
自分の理想と信じる人物が幼少期どんな暮らしをしていたのか。どのように才能を発展させてきたのか。
どんな講義よりも有意義な昔話を、落ち着いた雰囲気のあるカフェで紅茶を口にしながら聞きたかった。
「イズルくんは、自分の過去を話したがっていませんでしたよね?」
「あなたに伝えるのは酷な話だと思っていましたから。しかし、今のあなたは己の実力を過信した上で慢心している。それらを捨てるためならば、この話は効果的です」
カムクラからの指摘に、坂柳は僅かな苛立ちが生じる。
慢心の節は自覚している。しかし、過信とは何だ。自分は天才で、憧れの人物であるカムクラも認めている。
自身と競い合える実力者など、カムクラか綾小路しかいない。
それこそが事実。だから、過信ではないと憤りが胸の内で大きくなっていく。
しかし、
「真実を話しましょう。あなたが『本物』と呼ぶ存在、作られた希望のことを」
坂柳の胸の内で膨らんでいた黒い感情は、その一言で霧散した。
間抜けにも口を大きく開き、何度も瞬きを繰り返す。
「……作られた、希望?」
坂柳は眉を寄せて聞き返す。
虚構のような根も葉もない告白は信じられない。信じたくもないものだ。
だが、その赤い瞳は嘘偽りを示していない。
「“あらゆる才能を備えた万能の天才”、僕はそんな悲願によって人工的に生み出された天才……あなたの言葉を借りるならば────僕こそが『偽物』の天才です」
「い、いったい、何を言っているのですか。だ、だって、あなたの才能は……」
「この才能は脳内に直接干渉することで生み出された産物です」
「……はぁ?」
「簡潔に言うと、僕は人体実験によって生み出された存在です。この才能は何の才能もない凡人の脳を切り開き、干渉し、その手術の成功で与えられたものです」
怒涛の勢いで迫る数々の真新しい情報に、驚愕と放心が脳内に同時発生していた。
坂柳の優秀な頭脳はその真実を受け入れることを拒絶するかのように、言葉の裏を読み続け、耳を通過させないようにしていた。
「……フフ、アハハ、コミックの読みすぎですよ、イズルくん。そんな人体実験なんて、この現代日本で行われている訳ありません。人道的にも、倫理的にもありえてはいけません」
脳内で処理してはいけない真実。あまりに非現実的な話に、坂柳は常識を基に話を解釈する。
「やっていることはホワイトルームと変わりません。ただ、ホワイトルームが比較にならない程、人道に反していますが」
真実から目を背けようとした坂柳だが、自分が最も否定したい組織の存在によって、そのオカルトを否定しきれなくなる。
無理に作り出した笑みから、余裕が消えて鋭い眼差しが生まれる。
「……嘘です」
「事実です。凡人にあらゆる才能を生み付けたことで僕は誕生し、あらゆる分野の最高峰にある才能に満たされている」
あらゆる天才たちから抽出した才能を1つの器に凝縮させ、それが機能するように脳と肉体が作り替えられたことで動く存在。
本来ならば、天才の模造品。何かしらが未完成であるべきだった実験体一号。
しかし、成功率が恐ろしく低い実験すら成功させることもまた才能で、幸運という運命すら従えた存在はカムクライズルの名を与えられた。
異常者たちにとっての願望器、才能のなれ果て。
しかし、彼女にとっては────
「────そんなの、才能じゃありません」
普段から冷静沈着の坂柳から思わず吐き出た黒い感情。その吐露には怒りが滲み、動悸が現れ、息と肩を震わす。
「真実です。才能の獲得に邪魔な思考や感情、感性、趣味、記憶などの人間に必要な様々なものの欠如を代償として生み出された万能の天才が僕です」
その肯定に、坂柳の瞳が大きく揺れた。
事実の重さに対する驚愕ではなく、それを淡々と語る人間らしさの欠如に驚きを隠せなかった。
そしてそんな存在は、虚無を体現したかのような存在は、入学当初に見たことがあった。
「……お見苦しい所を、お見せしました。あなたの出自は十分に……、ええ、十分に理解しました。だから、もう語らなくていいです」
怒りのピークが過ぎ、だんだんと落ち着きを取り戻すと、坂柳はこれ以上の語りを拒絶する。
憧れた人間の真実に、心内は滅茶苦茶だ。
この一年、自分に優しく接していた人物は人間の真似事をしていた怪物だった。
騙されていた、そう感じてすらしまう。この一年で生まれていた淡い感情が揺れ、記憶の中にいる彼がその才能を使って人間らしく接していただけに感じてしまう。
「理解したでしょう。あなたにとって、僕は否定しなければいけない存在です」
過ぎった思い出すら、心にヒビを入れる。生まれつき弱い身体が、ふらつく。
何も考えたくない。いっそ、このまま力を抜いて無様に転んでしまいたかった。
だが、本能が杖を握る。虚弱な身体だからこそ、倒れた後の惨状を知っている。
「今の話が本当であるならば……その通りですっ」
踏ん張りを利かせたことで、全身に無駄な力が入る。返答の語気が、後ろにいくにつれて強くなる。
生まれ持ったDNAの時点で才能は決まっており、本物の天才とは生まれから決まっている。
そんな信念を持つ坂柳にとって、カムクラは必ず否定しなければならない。幼馴染と呼べる彼よりも、生まれてはいけなかった存在だ。
「けど……」
力んだからだろうか。無気力だった思考に熱が走る。
それは、普段の坂柳なら切って捨てるような甘い考え。
諦めきれない心が淡い思い出と美しい理想を追いかけようとすれば、坂柳の意思は震えた声として出力される。
目の前の怪物は絶対に否定しなければいけない宿敵。抹消しなければいけない怨敵。
そのはずなのに、
「あなたとの思い出を……全て嘘であったとは、思いたくありません」
その青い思い出が作られたものかもしれない、坂柳はそんな可能性を強く否定する。
論理的に考えることを止め、年相応の純粋な感情が焦りと共に花開く。
気力が徐々に戻ってくる。すると、思考もまた普段通りに動き出す。
なぜ、カムクラこんな真実を露呈したのか。
それは、坂柳の過信を止めさせるため。カムクラがこの真実を告げて自分を突き放そうとするのは、そこから成長して未知を見たいがため。
それは、この1年で知り得たカムクライズルの習性ゆえに分かること。
「あなたは、事情が変わったと昨日言っていました」
思い返すは、各クラスのグループ決めの際に放ったカムクラの言葉。
以前とは全く違うカムクラらしくない明確な意思が籠った言葉。坂柳の優秀な頭脳は何らかの起点があったがゆえに、カムクラが自分を突き放す選択肢を取ったと、正しい推測に辿り着く。
「こうやって、私との距離を取るのは……その事情のせいなのですね?」
サファイアのように蒼い瞳、そこから映る視界はうっすらと霞んでいる。
「……私のことを嫌いになった訳ではないのですね?」
興味がないと、血のように赤い瞳が宿した才を圧として向ける。
理想への道標だった光は太陽のように神々しかったが、近付くにつれて身を焦がしてきた。
その結果が、この残酷な真実に繋がった。
知らなきゃ良かったと嘆くのは既に遅い。自分の慢心が招いた結果に反省し、もう一度己の理想に認めてもらうためにはどうしたらよいかを考えるべきだ。
頭では分かっている。だが、熱を帯びた意思によって口が止まらず、後ろ髪を引かれる。
「たとえ今の話が真実だっとして、私があなたを倒さなければいけなかったとして、今までのあなたとの交流全てが嘘ではありませんよね?」
そんな坂柳とは対照に、カムクラは一切の感情を言葉と表情に示さない。
袂は確実に分かつ。情には一切応えない。
欲しいのは、己の観測外の事態。砂粒のような小さい可能性の一つだ。
「その答えを、今のツマラナイあなたに言う必要がありますか?」
現代を生きるデウス・エクス・マキナは表情を変えることなく見下す。
明確な拒絶は、話し合いの幕を引くのに十分だった。
「さようなら、本物の天才。あなたの未来には、期待しておきます」
カムクラの用件は済んだ。
坂柳の横を通り抜け、彼は屋上から颯爽と姿を消した。
「……冷たい」
放心してしまった坂柳は降り始めた雪が首に触れても動こうとせず、雲を眺める。
頬に触れる雪の冷たさと瞼の温かさ、正反対の温度は今日の出来事を想起させる。
残酷な真実は露呈され、奇妙に結ばれた縁は解かれた。
他者を駒でしか見れなかった少女にとって、理想からの絶縁は精神的支柱に大きな傷をつけた。
これから、坂柳は苦悩する。
実力の100%を発揮できなくなり、絶対的なリーダーとしての格も揺れていく。
それすら予見した上で、カムクラは期待する。
時間はかかっていい。この学園から卒業する時、自分が思い描く未来よりも大きく違って輝かしい未来のためならば。
希望こそが、彼の未知なのだから。
やっとこの過信慢心少女をボコボコにできる回がやってきました。
とは言え、原作と違って性悪なことはしていない。一之瀬イジメも戸塚追放もしてないからクラスからの評価はめちゃくちゃ高い。
葛城を下ろすために暗躍してきたから腹黒いし容赦ないというのはAクラスの中でも共通認識だけど、リーダーとして率いていくカリスマは残した結果を見れば十分。
その分、失敗とかないから慢心度は原作以上。ここらでお仕置きしておきます。
原作と成長の仕方が違うと、成長した時に出てくる欠点も違うからそこは慎重に書いていきます。