月城との交渉を終えてから3日が経過した。
今日は3月14日の日曜日。いよいよ、種目の最終受付日だ。
現状、舞台の土壌を整えるためにやるべきことは残り一つ。しかし、それは種目が決定する明日に行う。
今回の試験で介入すべき人間はそれで終わり。後は、Cクラスを本番で倒してポイントを得る。各クラス間のポイント調整をしつつ、未来の変化に期待するだけだ。
「……ふぅ、やっぱ1発目は喉が温まってねぇな」
日曜日の朝、現在の居場所はカラオケ。
メンバーは僕を含めて4名。僕の代わりにここ数日クラスを纏めてくれた椎名さんと金田くん、そして実際にクラスメイトの得意不得意を集めてくれた数名を代表してきてくれた園田くんだ。
本来ならば、僕の部屋で特別試験の十種目を決め切るつもりだった。
しかし、「ついでに遊びましょうよ」という園田くんの要望と「私、また皆さんとカラオケに行ってみたいです」という椎名さんの悪ノリが重なった結果、現在に至る。
「ほら、次は金田の番だぜ」
園田くんが1曲歌った後、充電されていたマイクを取り、金田くんに渡す。
金田くんは採点機能によって画面に表示されている数字を見て露骨に嫌な表情を見せる。
「君の後に歌を入れたことを酷く後悔しています。恥をかく前に帰ってもいいですか?」
「まだ一曲も歌ってねぇじゃん。大丈夫、音痴でも別に笑わないからさ。椎名ちゃんだって、そうだろ?」
「ええ。こういうのは、みんなでワイワイと楽しむのが楽しいですから」
「……別に音痴ではありませんよ」
一度咳き込み、喉の調子を整える金田くん。
選曲が流れる前、一瞬だけ椎名さんの方に視線が動き、その瞳に恥じらいが映る。
集中力が欠けたその動き。僕は金田くんの心情を察したが、超分析力で初めの言葉が裏返る未来を見てしまう。
予想通り、裏返った声を出した金田くん。そんな盛大なふりをかましてくれたことに、2人の表情が綻ぶ。
「……笑いましたね?」
歌い終わった後、金田くんはいの一番にそう言う。
淡い恋心から生じる恥じらいよりも今は怒りが勝っているようだ。
「お、音痴ではなかったと思うぞ。ほ、ほら、点数だって平均よりは全然高いしな」
「でも、笑いましたよね?」
「いや……だって、あんな綺麗な裏声はそうそう聞かないし」
開き直った園田くんに、金田くんのスイッチが入る。
そもそも1回目で喉が温まっていない、歌が上手い人間の後に歌ったせいで気後れしたなどと園田くんに責任を押し付けるような発言が見られる。
普段は冷静な彼が、感情的になっていることは珍しい。園田くんとはクラスでも話す機会を幾度か見たことがあるが、それなりに仲が良いことは初めて知る。
「次はカムクラくんですよ。どんな曲を入れますか?」
「それより、先にクラスから集めた種目の候補を確定させましょう」
渡されたマイクを机に置き、僕は和やかな雰囲気を一度止める。
遊ぶのは構わないが、やることをやってからです。
「それで金田くん、何か目新しい種目はありましたか?」
3人の中でも纏め役として秀でている彼に質問する。
彼はじゃれ合いをやめ、携帯を取り出し、ある画面を開いたまま僕に渡す。
「いいえ、特にこれと言ったものはありませんでした。基本的にはスポーツなどの運動種目がメインで、他には格闘技系統の種目が多かったです」
携帯に皆から聞いた種目を纏めてくれていたようで、その情報に目を通すが、これといってオモシロイ情報はなし。
僕の元へ直接言いに来たのは数人だけだったので物足りない。
「それで、あなたたちはここから十種目にするとしたら、どの種目を選びますか?」
僕は彼らに自らで考えてきたかどうかの確認を行う。
3人に焦った様子はなく、誰も僕から目を逸らさない。自信を持って僕への発表に臨めるくらいには念入りな準備をしてきたことがよく分かる。
「剣道、柔道、空手、レスリング、キックボクシング。この5つは必ず入れるべき……いえ、入れるつもりではないでしょうか?」
「それはなぜ?」
「この前の龍園氏とカムクラ氏の会話から推測しました。2人はあの説明を聞いてからこのクラスの強みが最も出て、勝率が高い方法を思いついたんでしょう? それが、肉体能力が勝利に直結する競技で埋めることだった」
金田くんが質問に続けて答える。
僕はこれらの種目を入れる前提で話していることの詳細を話すように促す。
「本当にそれが勝率が高い方法だと? 種目の人数は全て変えなくてはいけません。それらの種目が全て1対1で戦える訳ではないため、勝率も安定しませんよ?」
今回の試験は出場人数にもルールがある。
・種目に必要な人数は交代要員を除き、申請する10種で全てが違っていなければならない。
・最少人数は1人であり、最大人数は20人まで。
・1クラスの出場する人数が交代を含め、10人を超える種目は最大2つしか登録が出来ない。
これら3点を押さえなければならない以上、いくらこのクラスの得意種目だったとして、総当りで種目を行っていけば何戦かは落としてしまう可能性がある。
「もちろん、ルールに工夫は必要です。それは、勝ち抜き方式です。何人対何人であろうと、1人の強い選手がいれば、全て勝ち抜いていけます」
クラスで一悶着あった僕たちの会話をしっかり記憶していたようで、無事、僕や龍園くんがいなくても勝てる可能性を思いつけたようだ。
龍園くんが真っ先に思い付いた勝利の方法、それが勝ち抜き戦形式の種目の採用だ。
このクラスは力自慢が一定数いる。どのクラスよりも平均的な運動神経が高く、体育祭のような特別試験があれば有利に事が運べる。
その強みを活かした戦法。龍園くんならばここにもう一手加えて、より勝率を高めようとするのだろう。
「それならば、十種目全てをそれらに当てはめればよいのではないのでしょうか?」
「ふふ、カムクラくんは人が悪いですね。これもあなたが言っていたことですよ。自分がリーダーならば、学力テストのような知能が必要な物もブラフになると」
「同意見です。龍園氏ならば、学校側がルールの件でいくつか弾かれる可能性を考慮して十種目全てだったでしょう。しかし、カムクラ氏がリーダーならば、学力テストやクラスの総合力が競われる種目でも十分に勝利を狙うことができます」
「そう言う事で、俺たちがより懸命に考えたのは残り5つの種目っす」
それぞれが言葉を繋げていき、最後に園田くんが携帯を僕に手渡す。
そこには、選んできた十種目が載っていた。
先程告げた5つの種目に加えて、合気道、テコンドー、バスケットボール、英語テスト、現代文テストが記載されていた。
ルールから司令塔が関与できる方法まで決めているため、彼らはクラスからしっかりと情報を集め、3人で何度も話し合った上でこれを提出したことが伝わってきた。
ちなみに、試験説明発表日の“確実に勝てる種目”があるならば提案してほしいという僕の呼びかけに応じたのは3人のみ。
その内の2人が提示した種目が、バスケットボール。
発言者は小宮くんと近藤くんだ。2人はバスケ部であり、自分たちが2人が参加できるバスケならば確実な勝利を持ってこれると判断していた。
実際に2人の実力を見てみれば、ルール次第で十分に勝てると見込めた。
しかし、素人を混ぜた上で再計算すれば確実とは言えなかったため、司令塔の関与は僕が手を加えた。
「十分な報告です。それでは、この十種目で特別試験に望みましょうか」
この十種目に対して、修正すべきことはなかった。
武道や格闘技に関しては全て勝ち抜き方式でルールが組まれているので言うことなし。
バスケのみ10人で10分を4ゲームする、そして前後半でメンバーを全員交換しなければいけないルールを採用している。
司令塔の関与は5分間のみ選手と交代してプレイできるというもの。唯一、この競技だけ僕自ら手を出すということから相手には良いプレッシャーを与えられるだろう。
最後に、2科目のテスト。ルールは一年度における学習範囲内の問題集を解き、合計点で競うというもの。
ブラフとしては十分に機能する上に、これらの科目が得意な人間を厳選して、僕が教育すれば選んでも勝利を収められるだろう。
それに、
「カムクラくん、現代文テストは以前相談した通り……」
「はい。あなたが必要人数1人の枠を使用して構いません。責任重大であることは理解していますね?」
「もちろんです。私も、このクラスの足を引っ張りたくはありません」
バスケ部の2人だけでなく、椎名さんも“確実に勝てる種目”として現代文テストを挙げた。加えて、必要人数を1人にして欲しいという彼女らしくない強気な提案までした。
僕としては、必要人数も3人で話し合って決めてもらうつもりだったが、その姿勢が少し未知だったので承諾した。
僕の目から見ても椎名さんならば、得意科目の国語なら負けないと見ている。
唯一、負け筋のある一之瀬さんは司令塔。となれば、勝率はかなり高いからだ。
「……一応、一発合格だよな」
椎名さんの覚悟を見届けた後、園田くんが真面目な話が終わったかどうかを確認する。
「ふふ、そうですね。皆で頑張った甲斐がありました」
「ふぅ、やっと肩の荷が下りたぜ。正直、どっかしら指摘されると思ったけど、そこは金田がしっかりとルールを練ってくれたおかげだな」
「このクラスの参謀として、当然のことをしただけです」
僕から合格が渡されたことで、3人は喜びを分かち合う。
どうやら、今回の件でこの3人の仲は深まったようだ。悪くない成果、加えて椎名さんがクラスの中心人物に立つという今まで気張って行っていた立場にも慣れてきている。
これならば、今後の試験でも十分に戦える戦力だ。まだまだ伸びる見込みもある。これからの成長に期待しても良いだろう。
「真面目なお話は終わりですね。では、カムクラくんの番ですよ」
仲睦まじい様子を見ていると、突然椎名さんがこちらを振り返り、マイクを渡してくる。
切り替えの早いことだ。
「一応聞くっすけど、カムクラさんって歌えるんすか? というか、流行りの曲とかって知っているんすか?」
「僕に歌えない曲はありません。しかし、最新の曲となると分からないものも当然ありますので、一度聞いてから歌うことになります」
「いつも通り凄い自信ですね」
「歌手の才能くらい持っています。当然、オールジャンルでいけます」
僕は選曲できるタブレットを受け取り、その中から月間ランキングにあった聞き覚えのある曲を選ぶ。
曲が始まり、画面に映る歌詞を見ながら僕はその曲を歌い切る。
採点結果は満点。ツマラナイ時間だったが、3人が喜んでいたので、今回の報告の褒美にはちょうど良かった。
4人の親密度が上がった!!
──────
カラオケで行われた報告会は昼まで続き、皆で昼食を食べ終えてから解散した。
時刻は14時頃。先程決定した種目を学校側に報告するため、僕は学校へ足を運んでいた。
退屈すら感じなくなった通学路を通っていく。目的地は職員室。坂上先生に報告して、今日はやることを終える。
「さて」
職員室までの道のりをゆっくりと進んでいき、最後の一直線になる曲がり角で立ち止まる。
時間に余裕があるとは言え、なぜそんな無駄なことをするか。
それは、カラオケを出てから僕を尾行する人物に接触するためだ。
この学園に来てから何度か後をつけられたことはあったが、ここまで練度の高い尾行を行う存在は初めてだ。
やはり、この学園には超高校級にはなれないが、立派な才能を持つ者は存外いる。対面し、逆に正体を知る価値はある。
感じ取りにくい気配。足音が聞こえない距離感を維持していたことからも警戒心は非常に強い。
だから、ここまでの道のりで泳がせた。相手には僕が無警戒であることを植え付けた。次に身を隠しやすい場所で立ち止まっていれば、向こうから勝手に姿を現してくれる。
「……わぁっ!?」
待っていると、僕を見て大きな声を上げる女子生徒が一人。
薄藍の髪をポニーテールでまとめた影の薄い少女。他に目立った特徴はなく、総じて地味な印象を受ける。
名前は知らないが、この女子生徒はAクラスの生徒と記憶している。つまり、坂柳さんからの刺客と見ていい。
「坂柳有栖から僕に尾行するように言われましたか?」
駆け引きはなしに、手っ取り早く本筋を話す。
返答はなし。泳いでいる目を見るまでもなく、まごついた態度が解答を提示する。
この女子生徒の第一印象は内向的、陰気。僕との接触に驚愕した後に見せた感情は恐怖。
失敗に対する罪悪感や苦悩も見える。オドオドとした態度からも人とのコミュニケーションに慣れていない印象を受ける。
「あなた、名前は?」
返答はない。口を閉じ、目線を合わせないようにしている。
僕に見つかっても何も話すな、そう指示を受けているのだろう。
坂柳有栖は僕が堀北さんクラスと手を組んでいるのは周知し、特別試験の対策を練るためにも僕の行動を監視しようとしていた。
そのために彼女という上質な駒を切ってきたが、その選択は誤っている。
僕の才能を理解しているならば、ばれても問題ないような駒……それこそ、橋本正義のようなばれる前提でコミュニケーション能力の高い駒を利用するべきだった。
らしくないミス。僕との縁を切ったことは優秀な判断能力に隙を生じさせ、取るべき優先順位を誤認させている。
「ツマラナイ」
致し方ないとは言え、退屈が押し寄せてくる。
目の前の女子生徒は顔を覚えた。名前は明日にでも確認すればいい。僕は名前も知らない彼女を無視し、坂上先生の元へ向かう。
「……あ、あのッ!!」
背を向けた僕に、制止を促してくる。
上擦り、必要以上に大きくなった声量。性格を加味すれば、勇気を振り絞った発声であることは疑うまでもない。
半身の形で振り返れば、虚ろで潤ったような目と合う。
「あ、あなたは、坂柳さんが元気じゃなくなった要因……、なのでしょうか?」
何を聞くかと思えば、少しの予想外だ。
彼女を心酔した駒かと思えば、目の前の少女は主のことを心配している。
盲目的な従順を体現しているように思えたが、彼女の手駒の中にも見込みのある者はいるようだ。
「はい。坂柳有栖が本調子ではないことには、僕が関係しています」
少しの予想の対価として、僕は嘘偽りない返答を行う。
表情を観察すれば、少女は僅かに目を開いた後、納得した様子を見せる。
確信は得れたらしい。しかし、それを知った所で何かが変わる訳ではない。
「この会話を、坂柳有栖には報告するのですか?」
名乗りすらしないことから、おそらく何も話すなという指示は受けていたのだろう。
しかし、好奇心か心配か、はたまた猜疑心からか彼女は僕と話してしまった。
これを報告するかどうか。小さな反抗に興味が湧いた。彼女という存在は、坂柳有栖に予想外の影響を与えるかもしれない。
「……ご、ごめんなさい」
返答は謝罪。背を向けてこの場から駆けていく。
逃げるように走り去る名前も知らない少女を追う気はない。監視の目が消えた以上、まずは坂上先生に特別試験の種目を報告する方が先だ。
今は坂柳有栖を構成するパーツを1つ知れたことで満足しましょう。
影の薄い少女こと、山村さんの初登場。ここで偵察の切り札を切ってしまうというプレミを、動揺中の坂柳はかましてしまいました。
ちなみに、この山村さんに未来で絡む高円寺以上の変人はまだまだ出ません。人気キャラだけど、絡む機会がないんだよね。あと、私がそんな好きじゃない。
神座クラス⇒この3人が基本的にクラスを纏めていきます。他にもこの3人が頼る人材として矢島と時任がいる。矢島は女子を纏める役として、時任はアンチ龍園だったこともあって思考が凝り固まらないようにするために意見を求めたりする。
龍園がまとめていた時とは方針がまるで違う。恐怖で縛っていないためクラスの雰囲気も良く、かなり自由に過ごしている。といっても一之瀬クラスほど仲が良い訳でもない。
しかし、肝心の統率能力は高い。未知のために裏切り歓迎すらあるカムクラはヤバい奴と思われているが、彼について行けば勝てることから誰も裏切らない。勝ち馬に乗っているから裏切る必要すらない。
あと、普通に会話してくれるのも大きい。どっちも怖いし話しかけづらい雰囲気はあれど、何しでかすか分からんから怖い龍園と違って、カムクラは雲の上の人過ぎて近寄りがたいだけで普通に話しかければ話してくれるのをこの約1年でクラスメイトは知っている。カムクラの習性上、頼ればだいたい拒否しないので、リーダーとしての人望が普通にある。