──痛い。
その発端は、赤紫に腫れ上がった頬。
誰もが二度見するほど大きな腫れを、私はそっと撫でる。
じんと火照った患部に、ひりひりと痛みが走る。
「あのクソ野郎、思いっ切り叩きやがって」
下手人の笑みを思い浮かべ、腹の底から恨み言を吐き捨てる。
しかしこうでもしなきゃ、
これは同情を誘うための傷、そして嘘と見抜かれないための本物の憎しみ。
必要なパーツは揃い、擬装としては上出来だ。
私は現在、タオルや替えの服、下着などの生活に必要なものと、龍園が渡してきたデジタルカメラと無線機、懐中電灯を持って、Dクラスの拠点付近へと向かっている。
「水を1本パクってくれば良かった」
まだ日は昇っているため、容赦無しの蒸し暑さが私の身体から水分を奪っていく。
喉の渇きを少しだけ感じる。しかし、我慢はまだできる。
私はそう決意して、歩くスピードを速めていく。
「……この辺で良いかな」
私は“目印”にふさわしい大木を見つけ、その根元へ腰を下ろす。
そして地面に500mlのペットボトルが埋められる程度の穴を素早く掘っていく。
雨はここ最近降ってなかったが、地面は柔らかく掘りやすい。
昆虫なども出てくることなく穴が完成したので、そこに『無線機』と『懐中電灯』をビニール袋に入れて上から土をかぶせる。
それらの分だけ余った土は草むらへと捨てた。
私は疲れたので大木に寄りかかる。この暑さの中だからか、たったこれだけの作業でも少しだけ出てきた汗を、ジャージの袖で拭う。
「手、洗いたいな」
潔癖症ではないが、やはり手に土が付いてると、どうしても気になってしまう。
水辺を探そうと立ち上がりかけた時、真横の方角から複数の話し声が聞こえてきた。
私は甘っちょろい意識をすぐに抑え込み、任務を遂行するため意識を集中させる。
数秒後、3人の人間が私の視界に入ってきた。3つの人影を辿るように視線だけを向ける。
バカそうな奴、地味な奴、胸がでかい奴。
私が興味なさそうな眼差しを彼らに送れば、真っ先にバカそうな奴がこちらへと1歩を踏み出そうとする。
しかし、もう1人の地味な奴にぐっと肩を掴まれ止められた。
「なんだよ」
「あ、いや……悪い。何でもない」
連中の様子から、誰が1番危険な人物か考える。
地味な奴だ。あいつは余計な事をさせないために、バカそうな奴を制止しようとした。
つまり、こっちを警戒したんだ。用心深い奴かもしれない。
だが、バカそうな奴にちょっと睨まれるとタジタジと弱気な姿勢を見せ、引っ込んだ。その態度から、自分に自信がある男でもないと推測する。
総合すると、3人とも危険度はそこまで高くないだろうが、一応、地味な奴を警戒するくらいかな。
「なあ。どうしたんだよ、大丈夫か?」
バカそうな奴は率先して私に声を掛けた。
「……ほっといてよ。何でもないから」
「何でもないって……全然そうは見えないし。誰にやられたんだ? 先生呼ぼうか?」
今のところ疚しい気配は見られないので、本当に素で案じている事が分かる。
お人好しだな。まぁ、この頰を見ればそうなるか。
自己解決した私は、そのまま用意していた言葉を続ける。
「クラスで揉めただけ。気にしないで」
自嘲気味に笑って、彼の申し出を拒否する。
ほんの少し動かすだけでもピリッと痛む口では、大きな声など出せそうにない。
よって、必然的に声量は小さくなり、元気がないように見えただろう。
「……どうする? 放っておく、なんて出来ないよな?」
バカそうな奴は他の2人に振り返り、意見を求めた。
2人は答えず悩むような仕草を見せる。
そんな曖昧な反応を見てか、バカそうな奴は私に向き直り、同意を求めるように声を発した。
「俺たちDクラスの生徒なんだけどさ。良かったらこっちのベースキャンプに来なよ」
「はっ? 何言ってんの。そんなこと出来るわけないでしょ」
「困った時は助け合いだっていうだろ。な?」
私はそっぽを向くことで、ニヤケそうになる顔を彼らに悟らせないようにする。
馬鹿な奴らだ。敵クラスの私をこうも簡単に、それも疑いもせず入れようとするなんて。
「……私はCクラスだ。つまりは、お前らの敵ってこと、それくらい分かるでしょ?」
「けどさ……こんなところに1人で置いてけないって。だよな?」
奴が再度2人の方に振り返って同意を求めると、今度は2人とも頷いた。
私はそんなお人好しのアホどもを無視する。
予定通り、無視している私に気付いた彼らは、私が折れるのを待つことにしたようだ。
そうなったなら、ここからは我慢勝負だ。
私が音を上げるのを待つ間に、3人は気楽に会話を始める。
バカそうな奴が見た目通りに欲望に従った行動に出ていることに嫌悪感が湧いたが、我慢して乗り切る。
「……バカだなお前ら。本当に」
ある程度時間が経った後、私はそう切り出した。
「困ってる女の子を放っておけないだけさ」
バカはカッコつけて親指を立てる。
キザすぎるが、言ってることは本心からだと感じた。
「じゃあ、早速戻ろうぜ」
手を高く上げて楽しそうに先陣を切るバカ。
そいつを傍目にしながら、私は3人の中で1番警戒している男に質問する。
「……一応聞いておくけど、Dクラスはキャンプ場所を開示しているのか? 行ってもいいのか?」
「大丈夫だ。問題ない」
地味な奴は全く変わらない表情と声色で答える。
「信じられないお人好し、デメリットが分からないの?」
キャンプ場所の様子を見せれば、どんな風に試験を乗り切るつもりか知られてしまうのに、こいつはそれに気付けず、考えていないからだ。
「……Cクラスの人間だったら、オレたちの場所は知っているだろう?」
「……いや、知らないけど」
私は目を見てそう告げる。
そちらの事情を知っているぞ、と脅すように言う地味な奴だったが、この返答は予想外のものだったようで、雰囲気が和らいだ。
私も同様の反応をしてしまったが、すぐに聞き取りの姿勢を作る。
「さっき、“髪の長い”Cクラスの生徒がオレたちの拠点に現れたんだ。そいつから情報を聞いてないのか?」
……私は全て理解した。
あいつ、隠れて見てたんじゃないのかよ。行動が思いっ切りバレてんじゃねえか!!!
と、自分の失態を省いていた奴に対して心の中で悪態を吐きまくった。
「……あんたの言う奴が、偵察をしてきたってのは聞いてるよ。けど、場所なんて言ってなかった」
「……そうか」
地味な奴は素っ気のない声で返すが、その視線には同情が感じた
どうやら、結果オーライだったようだ。ここまではあのワカメでも予想できてないだろうな。
「あ、自己紹介を忘れてたな! 俺は
「私は伊吹」
「伊吹ちゃんか! よろしくな!」
「ああ」
「なあ、せめて鞄くらい持ってやるよ。な? な?」
「この中、下着とか入ってるから止めて」
「そ、そっか。それはゴメンな」
今度は
下着の入ってる鞄を持たれたくないのではなく、“カメラ”の入ってる鞄を持たれたくないのだ。
……癖って直らないな、とあいつの指摘を嫌々に思い出しながら実感する。
その後、Dクラスの3人は、私を連れて自らの拠点へと戻っていった。
龍園の策は、第1段階を突破した。
───────────────────
腕時計の時刻が6時を回った頃、食材の探索に出かけていた櫛田たちのグループが戻ってきた。
平田が率いる探索隊も帰還してきたので半数以上が拠点に集まっている。
彼らの手には苺のような小さな木の実やぶどうやキウイのような楕円形の果物が見て取れる。
探索の成果はしっかりと出ているようだ。
オレはというと須藤や池、山内たちと枝を集め、焚き火の確保に勤しんでいた。
加えて、Cクラスの伊吹という生徒の監視だ。
彼女がオレたちに接触した時、2度も嘘をついていたのは分析できた。
パターンこそ分かれていたが、彼女が嘘をついたのは間違いない。
なぜ彼女をこうも警戒するのか。どうして嘘をついたのか。
それは彼女がDクラスへのスパイという可能性があるからだ。
現在は他クラスの迷惑になりたくない、と言ってキャンプの中心から少しだけ離れた場所にいるが、目の届く位置にいる。
今のところ大人しくしているが、いつ動きだすか分からないので、どんな時でも警戒は怠らない。
奴と同じCクラスの人間だ。茶柱の言うことに従うわけじゃないが、何かしらの思惑があると疑っている。
これ以上隙は与えない。
後手に回ってるこの状況で今できる最善の動きをしなければ、千載一遇のチャンスは生まれない。
……戦況は厳しい。何せこちら側は主要人物の体調不良というハンデがある。そして予測できない自由人の存在。
将棋で言えば飛車角落ちなのだ。手持ちの
「無事に焚き火は出来たみたいだね。ありがとう、綾小路くん」
「……オレじゃなくて池に言ってくれ」
勝ち方について熟考していたオレに、平田が労いの言葉をかけて来た。
オレはワンテンポ遅れて返事をする。
事実、火を上手く点けれたのは池のおかげだし、狼煙代わりにしようと言ったのも池なので、称賛を受け取るべき人物の名を出した。
自身の名前が呼ばれたことに反応し、池はこちらに向かってくる。
キャンプ経験のある彼は、現在進行形でみんなに頼られる存在だ。
つまりは人が集まる。オレは人波に飲まれる前にそこから離れ、伊吹のいる方へと避難した。
伊吹は近づいてくるオレに気付き、こちらへ顔を向ける。
「悪いな、もう少し待ってくれ。お前のことを相談してみるから」
「別に無理しなくていいって。邪魔することになって悪いと思ってるし」
伊吹は申し訳なさげな表情でそう言い、そのまま言葉を続ける。
「どうせ私はすぐにここを追い出される。違う?」
「分からないぞ。平田ってヤツは人一倍お人好しだからな」
どんな人間でも平等な視線で判断する平田ならば、追い出す真似をするとは思えない。
「さっき自己紹介してなかったな。オレは綾小路だ」
「私ももう一度した方がいい?」
「いや、大丈夫だ。Cクラスの伊吹。ちゃんと覚えた」
改めて自己紹介を終えて顔を付き合わせるが、やはり伊吹は目を合わせなかった。
その頃、Dクラスの話し合いでは川の水のことやポイントについての会議が始まっていた。
「……行かなくていいのか?」
「大丈夫だ。むしろ、呼ばれるまでにお前の状況を少しでも聞いた方が、話が早くなると思う」
伊吹は納得した表情でオレを見た。
ある程度の緊張が解れたので、オレは一歩踏み込む。
「それで、何があったんだ?」
「……クラスのある男と揉めた。それでそいつに叩かれて追い出された、それだけ」
「ある男。それはあの長髪の男か?」
「いや、あいつじゃない」
伊吹は変えない表情のまま断言した。
カムクライズルでないならば、以前推測したもう1人の存在だろう。
暴力事件に関わった3人の生徒を恐怖で支配している生徒、いや、伊吹の状況を見るにクラス全体を恐怖で支配しているのだろう。
犯人はそいつで間違いない。
「もしかして、龍園って奴か?」
「……やっぱり、あいつの悪名は他クラスにも知れ渡っているのね」
オレは思い出したように言葉を零すことで、名前だけを知っている存在について、何かしらの情報を彼女から聞き出すことに成功する。
───情報収集、それが今のオレに出来る最善の手立てだ。
「結構、無茶する奴とは聞いてる」
「結構? そんなレベルじゃない。やることなすこと滅茶苦茶なのよあいつは。私の頬だって……」
まるで親の仇の話をするように、伊吹はイライラした様子でそう零す。
「伊吹は反抗したから、その傷を負って追い出されたってことか?」
オレはここまでの話で出てきた情報を纏め、簡潔に確認する。
「そういうこと。あいつは自分に従わない奴はこうやって暴力で従わせるから」
自身の頬を指差し、嫌悪感丸出しでそう言う。
「酷い奴だなそいつは。……もしかして、お前の他にも暴力を振るわれた生徒はいたのか?」
「いるにはいた。けど、あいつが暴力をチラつかせるだけで殆どは黙り込んだ」
伊吹は
その仕草にオレは疑問が浮かぶ。
……伊吹は本当に騙したい時に人の目を見て話すはずだ。さっきの分析ではそうだった。
だが、今の声色では嘘とはとても思えない。
───まさか、意図して変えているのか? ………いや、間違いない。
一瞬のタイムラグと思えた違和感はこれだ。
Cクラスの伊吹。なるほど、確かに諜報員としては優秀だな。
オレは一瞬騙されかけたが、まだ不十分な彼女のスキルを見破り、そう結論づけた。
「じゃあ、あの長髪の奴も龍園から脅されて、オレたちを偵察しに来たのか」
「いいや、それは少し違う」
随分と口が動くようになってきた伊吹は、即答で俺の言葉に否定をぶつけてきた。
ペラペラと自分たちの事情を嘘偽りなく話せば信用するだろうと考えているのだろう。
しかし、既に分析は終わっている。今の状態では、真実を言ったから信用してくださいとしかもう聞こえない。
「あいつは例外。唯一龍園と対等」
「そうなのか」
「龍園だってカムクラには手を出せない。だって、あいつは───『本物』の天才だから」
「……『本物』? それはどういう───」
チリッと電撃が走るように脳が捉えたその言葉に俺はつい反応して尋ねかけた。
しかしそれは、この会話の介入者によって遮られることになった。
「───綾小路くん、伊吹さん。ちょっと良いかな?」
良い所で話が途絶えた。オレは話に割り込んできた人物へ視線を向ける。
訪れた人間は、Dクラスの実質的なリーダーである平田だった。
しかし、彼はニコニコとした表情でオレに気を使って待ってくれる。
その様子からオレは彼がここに来た意図を察し、状況説明を開始した。
「平田、彼女はクラスで揉めて叩かれたそうだ。しかもCクラスは龍園って奴が仕切ってて、戻るに戻れない状況だそうだ」
「おい、私は何もそこまで───」
「分かったよ、綾小路くん。簡潔に説明してくれてありがとう。
……伊吹さん、君の状況は分かったよ。けどもう少しだけ待ってくれないか? 今から他の生徒にも事情を話して、君を置いて貰えるように頼んでみるよ」
平田はやや強引に話を切り上げ、オレに伊吹を見るように伝えてクラスの輪の中に戻っていった。
「……お人好しの権化みたいな奴だな、こっちの話も聞きやしない」
「多かれ少なかれ人なんてそんなものだろ。そっちも似たようなもんじゃないのか?」
「全然……。Cクラスにはそんなお人好しなんて、殆どいない」
そう言い終えると、彼女は座り方を三角座りに変え、顔を伏せた。
これ以上の情報奪取は無理だな。また後日だ。
オレはそう結論付け、再び人が集まってきたこの場所から退避した。
話し合いの結果、伊吹はDクラスで面倒を見ることになった。
平田の説得が大きいのか、女子たちも手厚い保護をしてくれた。
一例を出せば、自分たちの携帯食料や水を彼女に分け与えたりだ。
伊吹にも食料を渡し終えたら、Dクラスも食事の時間だ。
みんなが取ってきた食料を平田が各自へと均等に分けていく。
すると、平田はあることに気付いた。
「あれ? そう言えば高円寺くんは?」
Dクラスの生徒は全員集まっていると思ったが、かの自由人の姿だけが見当たらなかった。
「先生、高円寺くんを見ましたか?」
「……そう言えば見当たらないな。だが安心しろ、まだ点呼までには時間がある。あいつのことだ。どうせすぐにでも戻ってくるだろう」
茶柱先生も、彼の所在は知らないようだ。
だが、オレは安堵した。なにしろ
「まったく! あいつの自由行動もどうにかするべきだ!」
一人の生徒が叫び、皆が共感するように頷く。
これにはさすがの平田も苦笑いだ。
「みんな落ち着こう。そのことは僕から高円寺くんに伝えておくよ。
だからまずは夕食を───」
「───私を呼んだかい平田ボーイ」
どこからともなく高円寺 六助の声が聞こえた。
皆はキョロキョロと辺りを見渡すが、やたらと存在感のある彼を見つけることが出来ない。
「ハハハ、なるほど木の上とは素晴らしいね。全てのシチュエーションを把握できる」
木の上、その言葉に全員が反応し顔を上げる。
すると高円寺は一回転して木から降りてきた。
その動きは───昼頃に1度見たカムクライズルの動きそのものだ。
「やあ、スクールメイトたち、久しぶりじゃないか」
───この場にいる誰もが目を見開いて驚いた。
木の上から降りてきたからとか。限度のない自由行動をしていたからとか。
草と、簡易トイレと一緒に配られたビニールを編んで作ったと思われる袋を持っているからとか。
股間を強調する海パンに、普段靴という超奇抜な恰好だからとか……そういう理由ではない。
皆が驚いたのは、彼が持ってきた───食材だ。
「こ、高円寺くん、その食材は……」
「ハハハ、なんて顔をしているんだい平田ボーイ。まぁしかし、凡人たちらしいとも言えるかね」
皆が驚いてる中、高円寺は1人だけいつも通りに高笑いをする。
シャツの口を結んだ簡易的な袋の中には、大量のトウモロコシが。
ズボンも同様に扱い、中には果物や野菜が。草とビニールの袋の中には数多くの魚が。
「なに、今回の試験、私も
彼は、それらを下ろして高らかに宣言した。
「お、おお、おおおおおおおおおおおお!!!」
あちこちから一斉に歓喜の声が上がった。
「ではスクールメイトたち、今日は青春を謳歌しようじゃないか」
高円寺の明瞭な声がクラス全体へと響き、それに応えるように再び歓喜の声が上がる。
高円寺はその後、みんなからのスポットライトを平田へと譲り、優雅にこの場を去っていった。
───これが、高円寺 六助の実力。
自分に酔っている痛い奴なのではなく、内に隠している自らの実力のみを信じる人間だと証明した。
中には高円寺様という女子もいて、もはや神仏のように崇め奉られている。
「……彼が今回の試験に力を貸してくれれば、文字通り百人力だわ」
オレの隣で堀北はそう言う。そしてやはり彼女はまだ甘いなと同時に思う。
唯我独尊、傲岸不遜を体現した人間である高円寺が、自身の実力を用いて前に立つ。
何が彼にそうさせたのかまでは分からないが、結局は気まぐれ。
どうやら、今回は運が良かったらしい。
その日の夜は、高円寺の持ってきてくれた食材により、節約生活から豪華な宴へと変わった!!
Dクラスの親密度が上がった!!!
──────
無限に広がっていると錯覚してしまう程の広大な海が、溢れるほどの光を発する灼熱の太陽を呑み込んでいる。
半分以上欠けた夕陽はそれでも存在感を放っており、夜を越させまいと抵抗してるように見えた。
そんな風流を感じさせる景色が見える海岸では、人影がゆっくりと、しかし大量に動く。
作業服を身にまとった複数の人間、そして彼らを助けるまだ幼さを含んだ顔をしている画一化された子供たち。
海岸にはキャンプファイヤーセットと思われる組木、子供たちが運んでいるものの中には花火や無人島にあるとは思えない豪華な食材がある。
「食材はこの場所に置いてくれ!」
不良のような見た目である男子生徒が指示を飛ばしている。
額には汗が流れ、疲労も隠せていない。
だがそれでも、常に首を振り続けて周囲の状況を更新し続けている。
がむしゃらな彼の動きに無駄は多いが、懸命な点が分かる動きだ。
「石崎くん、これはどこに置いておけば良いでしょうか?」
「線香花火か。これは花火セットの所に置いてくれ。場所はあっちにある」
石崎と呼ばれた彼は、艶のある薄水色髪を靡かせる美少女にそう指示をする。
美少女はその指示を聞くと、小さく頷いてトタタタと駆け足で教えて貰った位置へと向かう。
「ふぅ、なんか久しぶりに上に立った気分だな」
石崎はそう独り言を零す。
彼の言っていること、つまり彼が上に立っているというのは事実だ。
普段ならば、彼は指示を待つ側の人間。
だが今は、彼を使う人間が不在のため、代わりに彼が指揮を取っている。
「お前ら! もっと手を動かせ! そろそろ約束の時間が近いぜ!」
彼はそうやって他の人間を鼓舞した後、自らも重たそうな荷物を運んでいる集団の方へと向かう。
彼なりに自分の出来る役割を考えた上での行動なのだろう。
そんな積極的なリーダーに好感を抱く人間もチラホラ見える。
「クク、中々様になってんじゃねえか石崎」
「りゅ、龍園さん! ……おっわぁ!」
重荷を運び終えて汗を拭う彼に、龍園と呼ばれた男子は冷たい水の入ったペットボトルを唐突に投げつける。
石崎はそれを1回、2回とお手玉をして、3回目でようやく掌に収めた。
「さて、俺の策もようやく完遂した」
龍園は2度手を叩き、周りの注目を集めた後にそう切り出す。
話し始めると、この場にいる全ての人間が行動を止め、彼の方へ体を向け、彼の話へと耳を傾ける。
気付くと、太陽はすでに海へと呑まれ、キャンプファイヤーの炎が光源に変わっていた。
明かりの近くに立てば、彼らは王を煽く。王と唯一対等男は、炎から少し離れた位置に無表情で佇んでいる。
その二人組に向けて、尊敬、嫌悪、羨望、無関心といった様々な感情の篭もった視線が飛んでいく。
「お前ら、今度こそ本当に騒ぐぞ」
揺らめいていた様々な感情は、そんな王の宣言に応えるように消え、雄叫びのような歓喜がこの空間を支配した。
各々が用意していた食材と飲み物を配り始めて、全員に行き渡ると、誰かが乾杯の音頭を取った。
それも終えた瞬間から、みんなが夢中に食材へとかぶりつく。
笑いを含む話し声が、至る所で聞こえ始めた。
好きな女の子や好みの話を語り合う野郎共。
狙っている男子という話題で盛り上がっている女子集団。
誰と誰が付き合っているのかを仲睦まじく話す男女のグループ。
距離感が近く一線を越えそうな雰囲気の男女。
もちろん異性とは関係なく話をしている生徒たちもいるが、誰もがとても楽しそうに騒いでいた。
「これは未来への投資。
───予測の出来ない未来に期待しましょう」
ク〜リスマスが今年もやぁ〜ってきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ