ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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ストーリーの都合上、この話から綾小路視点が多くなります
ご了承ください


偽物と本物の邂逅

 

 

 朝の目覚めは思ったよりもずっと早かった。

 蒸し暑さに寝返りを打とうとしたところ、それが出来ずに意識が覚醒する。

 背中に温かい感触がし、自分がテントの中で一夜を明かしたことを思い出す。

 昨夜はコミックの宴のようなバカ騒ぎをしたためか、少々身体が痛く、のしかかるような疲れが残っていた。

 恐らく他の生徒も同様の容態だろう。

 

 オレは誰も起こさないようにテントを抜け出し、少しだけ伸びをして身体をほぐす。

 グーッと伸ばした状態から力を抜くと、どこか気持ちの良い感覚が身体を支配する。

 

 その後、山のように積まれた荷物に近づく。

 男女それぞれ、テントの前に全ての荷物を固めておいてある。

 テントを極力広く使うためだ。

 

 辺りを見渡し、周りに人がいないことを確認しようと───人がいた。

 ……もっと正確に言うと、木と木のあいだに吊るされているハンモックの上で寝転がりながらこちらを見ている人間がいた。

 

「ハハハ、何を戸惑っているんだい?物色するなら早くしたまえ。

 私は醜いものが大嫌いだが、それは理解できる(・・・・・・・・)から許そうじゃないか」

 

「……理解できてるならあまり大きな声を出さないでくれ高円寺」

 

「おっと失礼」

 

 自由人、高円寺 六助からの許可?を貰ったオレは、一つだけ色の違う荷物を見つけ、慎重にチャックを開ける。

 これは、昨日Dクラスに保護された伊吹の鞄だ。

 

 こんな犯罪行為を誰かにバレたら……いや、もうバレているんだったか。

 オレは一瞬だけ高円寺を見やったあと、すぐに鞄の中身を確認した。

 中にはタオルや替えの服、下着など基本的にみなと同じものが入っている。しかし───

 

「ほう、デジタルカメラじゃないか」

 

 そんな声とともに、オレが手に取ったカメラは奪われる。近付いてくるのは構わないが、奪う必要はあるだろうか。

 そんな風に悠長なことを考えている間にも、彼は手早くカメラの電源を点け、1枚2枚とパシャリ。

 

 ───オレは驚愕した。

 何をしてるんだコイツは。いや、本当に。何をしてるんだコイツは(2回目)。

 

「うん、今日の私も素晴らしい。100点満点中120点の笑顔だ」

 

 限界越えてんじゃねえか!と心の中で叫んだ後、今の状況を問いただした。

 

「おい、高円寺。そんなことしたら───」

 

「おっとこれまた失敬。ついつい癖でねぇ。ハハハハハハ!」

 

 癖ってお前。ダメだろう……。

 言葉も無く呆れていると、高円寺は撮った写真を見てから自身の髪を整えた後、テキパキとした動きでデータを消す。

 電源もオフにし、初期の状態に戻った。

 

 ……もしかして、自分の髪を見るためにわざわざ写真を取ったわけじゃないよな?

 

「さて、綾小路ボーイ。私と朝のウォーキングに行かないか?」

 

 ……思ってもみない提案だな。

 これも高円寺の気まぐれなのか。なぜ急にやる気を出したんだ。

 

 まぁなんでもいいか。それに───好都合だ。

 

「ああ」

 

「では早速行こうじゃないか」

 

 高円寺はオレのことを見ることなく、以前佐倉とオレを置いていった時のスピードで歩き出す。

 今は佐倉がいないので、オレもそのスピードに追いつける。

 しっかりと高円寺の背中を捉えることが出来た。

 

 そして勿体ぶることなく、あることを訊く。

 

「なぁ、高円寺───お前はいつ『リタイア』するつもりだ」

 

「何を言っているんだボーイ。どうして私がリタイアすると?

 根拠は何だい?怒らないから言ってみたまえ」

 

「昨日、お前が食材を持ってきた時、『少しだけ』という言葉を強調したのは覚えている。そこからの推測だ」

 

 ニヤリと笑う高円寺。

 この笑み……。どうやら、オレの推測は当たっていたらしい。

 恐らく、持ってあと1日2日。それ以上はこいつの性格からして無理だろう。

 

「ハハハ、大正解だ綾小路ボーイ」

 

「……オレの名前、覚えていたんだな」

 

「“個性的”な自己紹介だったからねぇ」

 

 グサリと心臓に見えない刃が突き刺さり、過去のトラウマが刺激される。

 予想外で容赦のない凶刃の飛来にメディカル対応しようとするが、ぼっちのオレには時間が掛かりそうだ。

 

 オレが心の傷に「言い聞かせ」という名の包帯を巻いていると、高円寺は、私もクエスチョンをいいかな?と言ってきた。

 相変わらず英語の発音が良い、個性的な言葉遣いだ。

 

「綾小路ボーイ───なぜ君は実力を隠すんだい?普段から今の私と話す時のようにならないのはなぜだい?」

 

 オレは黙り込んだ。いきなりの核心をついた質問についつい驚いてしまったからだ。

 

「……話せば長くなる。だから簡潔に言うぞ?」

 

 この男の実力の片鱗は昨日で垣間見た。そこから推測するに、嘘や偽りは通じないだろう。

 嘘や偽りを言ったとしても、彼の気まぐれがどう動くか予想できない以上、良い判断とは言えない。

 

 だから、オレは観念して本当のことを話すことにした。

 

「その方が私好みだ」

 

 そう言う高円寺に、オレは言えることを話した。

 事なかれ主義のこと、茶柱先生に脅されて退学が迫っていること、今回の試験のみ実力を出すことなどだ。

 

「……なるほどなるほど。ティーチャーとのあの会話は脅迫だったというわけか」

 

「まぁ、そんなところだ」

 

 多少違う所はあるが、実際殆ど当たっているので肯定する。

 

「なれば綾小路ボーイ。君には伝えることがあるねぇ」

 

「伝えること?」

 

「ああ、“Cクラス”のことさ」

 

 Cクラス。オレはその言葉を聞き、息を呑んだ。本能的に警戒が強まったのだ。

 

「昨日、キャンプ地に戻る前まで、私はカムクラボーイの真似をして木の上を移動してたんだが……」

 

 ……こいつも平然ととんでもない事してるな。

 木の上を移動って真似するもんじゃないぞ普通。

 

「その途中で、私はCクラスの拠点を見つけたんだよ。暇つぶしがてら監視してみたら、面白いことが分かったのさ」

 

「面白いこと?」

 

「ああ。昨日の夕方、Cクラスのスチューデントがキャンプファイヤーの準備をしていたにもかかわらず、やんちゃボーイとカムクラボーイが見当たらなかったのさ。

 さぁ、これはどういうことなんだろうね」

 

 確かにどういうことだ。

 やんちゃボーイとは龍園という例の生徒だろう。そして、もう1人はカムクライズル。

 Cクラスのリーダー格2人がどこかに行くだと?

 集団を統率すべきリーダーが持ち場を離れるなんて基本的にありえない。

 ましてキャンプファイヤーの準備を効率良くするなら、尚更どちらか残った方が楽に思える。

 

 これはつまり、2人のリーダー格が出張るほどの用事があったというわけだ。

 

「……それは、良いことを聞いたな。ありがとう高円寺」

 

「ハハハ、気にすることじゃないさ。せいぜいその情報を役立て、私を楽しませてくれたまえ」

 

「ああ、ベストは尽くす」

 

 オレは高円寺からの情報を頭の中で整理し、勝利への方程式のパーツとして組み込む。

 

「良い返事だねぇ。……さて、そろそろ私は水浴びをするが、キミはどうするかね?」

 

「オレは顔を洗ったら帰るよ」

 

 有意義な雑談をしながら歩いていると、いつの間にか川へと到着していた。

 時間もそれなりに経ったので、早めに戻った方が良いだろう。

 

「こんな所で何をやってるんだ」

 

 オレたちがベースキャンプに戻ろうと踵を返すと、数名の男子生徒がこちらの様子を窺っていた。

 その中の1人には見覚えがあり、そいつに敵意は見られない。

 

「綾小路ボーイ、彼らの相手をしたまえ。私はこれから水浴びをしなければいけないのだ」

 

「……ああ。気を付けろよ」

 

 ……自由人の気まぐれは本当に分からないもんだな。

 

「ノープロブレム。私の肉体に気を付ける部分などナッシングさ」

 

「そ、そうだな」

 

 腕の筋肉を誇張し、もはや聞き慣れてしまった高笑いを上げながらこの場から消えていく高円寺。

 そんな光景を、オレと男子生徒たちは唖然として見届けた。

 

「あ、あれが学年一の自由人か……凄まじいな」

 

 先程話しかけてきたBクラスの男子、神崎(かんざき)は吃りながらそう言う。

 無理はない。噂ならまだしもあの現物を見て1歩引かなければそれは同種か、もっと変な奴だ。

 

「それで何の用だ神崎」

 

「……1日経ってどうしたかと思ってな。少し様子を見にきたんだ。良い場所を押さえたな」

 

 オレの質問から自分の目的を思い出した神崎は、すぐに冷静さを取り戻してそう言ってきた。

 素直に感心した様子から見ても、裏のある発言には聞こえない。

 

「ああ、キャンプ経験者のおかげでな」

 

「なるほど、やはりDクラスも侮れないな」

 

 次いで納得した様子を見せ、警戒する神崎だが、そこに不快感は無さそうだった。

 

「神崎。お前らBクラスはどこでキャンプしているんだ?」

 

 詳しく教えてくれるか分からないが、物は試しに聞いてみる。

 すると神崎は嫌そうな顔一つせず答えてくれた。

 

「ここから道なりに浜辺に戻る途中に折れた大木がある。そこから南西に入口があって進むとBクラスが滞在するキャンプ地がある。

 ……必要なら来ても構わない、と伝えておいてくれ」

 

 誰かへと伝えて欲しいと暗に言っている相手は、十中八九『堀北』のことだろう。

 BクラスとDクラス。神崎、一之瀬と堀北。彼らはCクラスとの暴力事件で一応協力関係にある。

 向こうはまだこちらを仲間だと思ってくれているのかもしれないな。

 

 

 必要最低限の会話が終わり、オレは自陣のベースキャンプへと戻っていった。

 

 

 

 ───────────────────

 

 

 

 2日目の朝の点呼を終えたオレたちは自由行動へと移った。

 平田は頼れるクラスメイトたちに指示を出して、ポイント節約のための作戦も開始する。

 クラスのムードメーカー、櫛田を中心としたグループ。

 クラスの女王、軽井沢を中心としたグループ。

 今回の試験のMVPと名高い、池を中心としたグループ。

 そして平田自身のグループを合わせ、合計4グループに彼は指示を出す。

 ……平田だけオーバーワークだな。文句一つ言わずに成し遂げようと動く彼をオレは尊敬する。

 

 しかし一方で、手伝う気のあまりない生徒、オレや堀北、高円寺のような単独を好む人間はそれぞれ好き勝手を始めようとした。

 

「何だよおまえら!」

 

 突如、池の怒った声がキャンプ地に響き渡った。オレは様子を窺うように声の方角を覗き込む。

 するとそこには、2人の見覚えのある男子生徒がニヤニヤとした笑みを浮かべて立っていた。

 苦々しい表情を一瞬見せてた伊吹は、身を潜めるようにしてテントの陰に隠れた。

 

「小宮と近藤か……」

 

 呟いた伊吹同様、オレもその二人組の名前に覚えがあった。かの暴力事件に関わっていたCクラスの男子生徒だ。

 

「いやー随分と質素な生活してんだなDクラスは。さすが不良品クラス」

 

 2人は手にしていたスナック菓子を頬張りながら、暑さを凌ぐように炭酸ジュースが入ったペットボトルを呷る。

 

「余裕の生活を送ってるみたいだな、Cクラスは」

 

「……これも全部龍園のせいだよ」

 

 目の敵のように話す声音から余程毛嫌いしてる事が分かる。

 

「龍園さんからの伝言だ。夏休みを満喫したいなら今すぐ浜辺に来いってよ遠慮せず来た方がいいぜ。

 このバカみたいな生活が嫌になる夢の時間を共有させてやるから」

 

「なら、私を連れていきたまえ。ちょうどバカンスを楽しみたかったのだ」

 

 ───うん?

 

「……お、お前は確か学年一の自由人の──」

 

「───いかにも私が高円寺 六助さ」

 

 ……何を言ってるんだ高円寺。

 Dクラスの生徒はもちろんとして、煽った本人や伊吹もビックリしてるぞ。

 

「ん?どうしたんだい、バカンスを満喫できる所へと案内したまえ」

 

「……ああ、良いぜ。付いてきな。今の生活がアホらしくなる時間を過ごさせてやるよ」

 

 その言葉を言い終えると、小宮と近藤はDクラスへと背中を見せて去っていく。

 同様に高円寺もだ。彼は2人の後に続いて行った。

 

「私を探しに来た、ってわけじゃなさそうね」

 

「ああ。単なる嫌がらせだな。もっとも、高円寺のおかげで意味をなしてなかったが」

 

「……Dクラスも大変なんだな」

 

「……そうだな」

 

 伊吹の素直な同情を受け取ったオレは早速分析を開始する。

 奇怪な挑発をしたCクラスの生徒の手にはポイントを使用して手に入る菓子やジュースがあった。

 1ポイントでも残したいはずのこの試験で、一体どういうつもりなのか。

 

「伊吹、あいつらの言った『夢の時間』ってのに心当たりはあるか?」

 

「……私が説明するより直接見に行った方が良い。度し難いほどの最悪だから」

 

 伊吹はそれ以上のことを言わず、昨日と同じ木の傍へと向かった。

 オレはとりあえず、Dクラスのリーダー、堀北の元へと報告しにいく。

 すんでのところで防げたリーダーだ。勿論変えた方が良いという意見も多々あったが、あえて続けるのが良いということで意見は纏まった。

 

「堀北、いるか?」

 

 オレは女子テントの前に着くと、朝食後から姿を見せない彼女に声をかける。

 十数秒後、物音を立てながら堀北が出てきた。

 

「さっきの声は聞こえていたか?」

 

「ええ。Cクラスの安い挑発と高円寺くんの理解不能な行動なら把握してるわ」

 

 明らかに体調悪そうな顔つきなのに、相変わらずの毒舌だな。

 

「少し気になるから様子を見に行かないか?」

 

「……明日は空から槍でも降るのかしら」

 

 言葉足らずの発言を翻訳するなら、これはオレの事なかれ主義をバカにしているのだ。

 

「暇なんだよ。だから時間潰しにCクラスを偵察しにいかないか?」

 

「私としてはあまり動きたくないわね。リーダーである以上、下手に目立つと誤射でやられてしまう可能性もあるもの」

 

「気持ちは分かるが引き篭っても現状は変わらないだろ。

 お前は生徒会長の妹ってのもあって恐らくすでにターゲットの1人として上がっているはずだ。

 それに高円寺のこともある。止めなくていいのか?」

 

「……はぁ、仕方ないわね」

 

 納得してはくれたものの、その声色と気持ちとは反対に足取りがかなり重い堀北。

 そんな彼女と共に、Cクラスの居城となった浜辺へと向かった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「オラッ!」

 

 空気を切る音。

 そんな危険な音ともに迫る拳を僕は避ける。

 

「余計なことをしてくれたなカムクラァ!」

 

「彼の相手は今のあなたでは厳しい。そう判断しました」

 

 人を殺すような睨みで凄んでくる龍園くんのパンチを、僕は退くことなく片手1本で軽くいなす。

 1発、2発、3発と連続のジャブも全ていなす。

 

「……そうかよ。なら憂さ晴らしに付き合えや」

 

 足場が砂だというのに、軽快なステップでさらに距離を詰めてくる龍園くん。

 彼の右足はこちらの股間へと狙いを定めている。

 

「憂さ晴らしならDクラスいびりで我慢すれば良いでしょう」

 

「それもするさ。が、久しぶりにまともな喧嘩をしたくなってな」

 

「僕とあなたじゃ喧嘩にならないことくらい分かっているでしょう?」

 

「言ってろクソわかめ」

 

 右から左へと振り抜かれる右足を最低限の動きで躱す。

 空振った後の隙を埋めようと彼は振り切った右足を軸にし、もう一回転して回し蹴りを繰り出す。

 

「ツマラナイ」

 

 予測通りの追撃を、僕は片手で受け止めた。

 

「……ちっ、やっぱりまだ届かねえか」

 

「満足したようですね」

 

 受け止めた左足を離す。

 両足が地に着いた龍園くんは僕のその言葉を聞くとより一層強い睨みを向けてくる。

 

「……てめぇ、本当に何者なんだ。その強さは普通じゃない」

 

「『超高校級の希望』、そう呼ばれていた存在だと言えば納得しますか?」

 

「出来るわけねえだろ」

 

 それもそうですねと自己解決して話を続ける。

 

「まぁ、そんな過去どうでも良いでしょう。それにこのままでは格好がつきませんしね」

 

「あ?……第2陣か。まぁ、あんな変人に物事を任せるバカはいねえわな」

 

 じゃれ合いを終えた僕たちは砂浜へと出る茂みの方を向く。

 そこには2人組の男女が浜辺へと1歩を踏み出した所でこちらの様子を窺っている。

 恐らく、今の光景を見られましたね。

 

「おい、カムクラ。あいつらを呼んでこい」

 

「……近くに手駒がいないのはキミが暴れたからと理解してますか?」

 

「軟弱な奴らが悪いんだよ。喧嘩を見ただけで竦み上がるとはな」

 

 それは違うぞ!という切り返しは、僕ではなく『日向 創』の専売特許なので口にしない。

 仕方ないので僕は龍園くんの指示を行動に移す。

 

 あの光景を見られたことは別にどうでもいい。

 むしろそこから僕のことを分析してくれたら都合が良い。

 そう思いながら、僕は棒立ちになっている2人組の方へと向かった。

 

 堀北さんと地味な男子。

 彼らは警戒を含んだ視線を僕へと向けてくる。

 

「おはようございます。龍園くんが呼んでいるので、あちらで話しましょう」

 

 僕は朝の挨拶を忘れずに2人へとそう告げる。

 堀北さんは一瞬強ばった表情を見せるも、すぐに返事をくれた。

 

「……暴力行為はルール違反じゃなかったかしら?」

 

「他クラスへは禁止です」

 

 それだけ言って振り返り、格好つけて待っている「王」の元へと戻る。

 

「……綾小路くん、どうする?」

 

「それは堀北が決めることだろう?」

 

「そうね。この状況にした意図に興味はあるもの。行ってみましょう」

 

 少しの相談をして、彼らは僕の後ろを付いてきている。

 そしてとうとう、「王」の目前へと到着した。

 

 僕は堀北さんに僕用のビーチチェアに座るようそれとなく勧めてみた。

 が、「立ったままでいいわ」と断られた。

 彼女の強情な態度に龍園くんはニヤリと笑う。

 

 僕は立っている2人組に相対するよう龍園くんの横へと移動した。

 

「よう、堀北 鈴音。オレの拠点に何か用か?」

 

「随分と羽振りが良いわね。相当豪遊しているようだけど」

 

「見ての通り、その通りさ。オレたちは絶賛豪遊中だ」

 

 龍園くんは翼のように両手を広げ、展開している娯楽の宝庫を披露する。

 

「これは試験なのよ。それがどういうことだか分かっているの?ルールそのものを理解出来てないかと呆れているのだけれど……」

 

「ルールの理解だ?……クク、それはオレに塩を送ってくれるというわけか。優しいねぇ」

 

「トップ2人が無能だとその下が苦労する。それが不憫なだけよ」

 

 龍園くんは僕へと顔を向け、ただ笑う。

 目の前の少女が自分の策の本質に気付いてないことを嘲笑っているのと、僕をバカにした彼女が単純にオモシロかったのでしょう。

 

「それでどれだけ使ったのかしら?」

 

「全てだが?」

 

 隠すことなく平然と、龍園くんはそう答えた。

 堀北さんは動じない。ある程度の予測は出来ていたのでしょう。

 

「さっきも言っただろう?オレたちは絶賛豪遊中だと。文字通り楽しんでいるのさ。

 これはつまり、オレたちはお前らの敵にはならねえってことだ」

 

「そう言う割には隣の彼がリーダーを知りに来たのだけれど?」

 

「クク、それはこいつの独断行動だ。こいつはオレのことを思ってリーダーを当てるための最善の手を打ってくれてたのさ」

 

 彼は笑ってそう言う。今更ながら、Dクラスに僕の存在が露呈してることを伊吹さんへ言い忘れてたことを思い出す。まあ、別に支障は無いでしょう。

 

「あなたのため?…違いますよ、僕のためです」

 

「クク、そうかよ」

 

 龍園くんは僕の訂正を適当にあしらう。

 すると堀北さんは僕へとターゲットを移した。

 

「あなたはそれだけの身体能力と判断能力を持っていながら、彼のこんなバカらしい作戦に手を貸したってわけ?」

 

「おいおい、バカらしい作戦とは酷いな。オレは『自由』というこの試験のテーマに沿ってこの策を立ててんだぜぇ?」

 

「ならあなたは本物の大バカね。『自由』というのはこの試験に対する創意工夫のことだと分からないのかしら?」

 

 確かにこの学校が求めている「自由」とは彼女の言う創意工夫の自由度で間違いないでしょう。

 クラス40人で試験に挑む。その上で耐え、工夫し、協力することが求められているのでしょう。

 だがそんな模範的なツマラナイものに僕は微塵も興味が湧かない。湧くわけがない。

 

「お前()真面目ちゃんだな。まるであの女みたいだ」

 

「あの女?…それは伊吹さんのことかしら?」

 

「あ?何だ知ってんのか。あいつも意外に有名だな」

 

 石崎くんから受け取った若干温くなった水を彼は飲み干してからそう言った。

 

「おい石崎。新しい水を2本持って来い」

 

 ビーチバレーのコート外で休んでいる石崎くんを呼びつける。

 彼は慌てた足取りで、いくつもあるテントの中の1つへと水を取りに行く。

 

「……我儘な王様ね。自分に従わなかった人間には制裁を加えたのかしら?」

 

「それが伊吹のことを言ってるなら間違いねえな」

 

「……やっぱり、伊吹さんはポイントの使い方についてあなたとぶつかり合ったわけね」

 

「ま、平たく言ったらそうだな」

 

 ニヤリと挑発するように笑う龍園くん。

 かく言う僕は───“彼”を分析している。

 

 やはりオモシロイ。

 

 才能ではない。

 数多の経験と修練によって超分析力の領域に至った眼を持つ地味な男子に興味が惹かれていた。

 

 冷たい瞳だ。ありとあらゆる人間を駒としか見ていない異常な瞳。

 他人を見ているようで全く見ていないあの瞳の変わる未来が、僕の超分析にも今のところ映し出されない。

 この僕でも推測が難しい未来に笑みを零しかけるが、珍しく表情筋に力を込め、無表情をキープして思考を続ける。

 

 彼が見ているものは、別の何か。固執した何か。駒としか見ていない絶望的な瞳が映しているものはたった1つの絶対的な何か。

 

 彼と似たような瞳を持つ人間を見た事がある。

 希望や絶望、といった抽象的な存在を絶対視していた2人の人間だ。

 どちらも息をするのと同じように、希望や絶望をあらゆる手段で求めていた。

 では、彼が見ているものは何でしょうか?

 

 答えは実に明白です。

 その先にある未来を見据え、駒を使い捨ててでも掴み取ろうとするもの。

 周りの人間を、対峙した人間を、助けてくれた人間を引き摺り降ろしてでも優先するもの。

 龍園くんとどこか似た瞳でありながら、破綻した(・・・・)行動理念を持つ彼が何よりも欲するもの。

 

 

 ────勝利だ。

 

 

「もういいわ。戻りましょう綾小路くん。これ以上ここにいても気分が悪くなるだけよ」

 

 彼に対する考察に夢中になっていると、どうやら話は終わりを迎えていた。

 

「またな鈴音」

 

「気安く人の名前を呼ばないでくれる?」

 

「なら許可をくれよ。お前みたいな強気な女には敬意を表したいのさ」

 

「嘘が下手ね。自分のモノにしたいだけでしょう?」

 

「クク、そんなことはないさ」

 

 嘘だと見抜かれても笑う龍園くんを、堀北さんは侮蔑を込めた目で見下す。

 

「少し待ってください」

 

 そのまま彼らは立ち去ろうとしたので、僕はそう言って彼らを1度止める。

 ───超高校級の希望、カムクライズルとしての威圧を身に纏って。

 

「!?……何かしら?」

 

「あなたのようなツマラナイ人に用はありません」

 

 僕は自らの燃えるような赤い瞳を彼へと向ける。

 

 凡百がいくら手を伸ばした所で届かない領域。

 龍園 翔よりも一之瀬 帆波よりも葛城 康平よりも坂柳 有栖よりも。

 誰よりも濃く、圧倒的な雰囲気を、覇気を彼へと向ける。

 

 僕は地味目の男子へ、ゆらりと右指を向ける。

 こちらを見ていた彼は戸惑いながらも───薄く笑っていた。

 まるで感情の制御が出来ていない赤ん坊のように純粋な笑みを浮かべていた。

 

 やはり破綻している。

 

「───あなたの名前は?」

 

 

「オレは───綾小路(あやのこうじ) 清隆(きよたか)だ」

 

 

 彼はそう答えると、放心している堀北さんの手を掴み、自クラスの拠点へと歩み始めた。

 

 

 

「……あの空気の中で動けるとはな。あいつも実力者なのか…?…いや、雰囲気にすら気付けねえただの雑魚か」

 

 龍園くんは彼のことを少しだけ警戒した様子を見せるが、すぐに思考を中断させて冷や汗を拭う。

 

「も、持ってきました!」

 

「もう遅せぇよ」

 

「す、すいません!」

 

 キンキンに冷えた2本の水を持ったまま現れた石崎くんはギョッと驚いた様子を龍園くんに見せる。

 しかし、すぐに頭を下げて1本の水を手渡す。

 

「石崎、次はねえぞ」

 

「……は、はい」

 

 水を乱暴に掴み、遅刻というミスをした石崎くんに睨みを利かせる王。

 そんな光景を横で見ながらも、僕の脳内にはあのオモシロイ男の笑みが残っていた。

 

 

 

 彼の希望(勝利)を踏み躙ったら───その後の変化はきっと、予測できない未来になる。

 僕はそう確信した。

 

 

 

 


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