ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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あけおめ


暗躍の開始

 

 

 時間は遡り、特別試験1日目の夕方。

 太陽が沈んでいく中、僕と龍園くんはある場所へと向かっていました。

 ジャージに身を包みこんだ僕たちは、ゆっくりと歩数を稼いで無理なく目的地への距離を縮める。

 

「クソが、この景色を見るのは今日で2度目だぞ」

 

 悪態をつく龍園くんは草むらを掻き分け、強引に前へと進んでいく。

 僕は彼が作った道を歩き、痕跡を消していく。

 掻き分けた際に折れた草木や踏みならされた地面など、勘の良い者には気づかれるからです。

 

「そんなにクソ丁寧な作業をする必要は無いと思うが?」

 

「念の為ですよ」

 

 そう、念の為だ。

 いくら慢心を捨てたとはいえ、龍園くんにはまだまだ甘い部分があります。

「ポイント税」という計画のために勝たなければならない彼のカバーこそが、今の僕のするべきこと。

 ならば、そこに手を抜く理由などない。

 

「まぁしかし、あなたが木の上を移動できればこんな面倒をしなくて済むのも事実ですね」

 

「てめぇの化け物運動神経を人に押し付けるんじゃねぇ」

 

 龍園くんは呆れを通り越し、特にリアクションも無く真顔で吐き捨てる。

 

「慣れればあなたも出来ますよ」

 

「なんでオレが猿の真似事をしなくちゃならねえんだよ」

 

 出来る出来ない便利不便を別にして、樹上移動は彼のプライドが許さないらしい。

 

「さて、ようやく着いたか」

 

「やっとですか」

 

 足を止めると、洞窟の入り口に着いていた。

 ……中が全く見えない。

 洞窟内部を窺おうと視線をズラした僕だったが、内部にはビニールを繋ぎ合わせた巨大な目隠しが広げられていた。

 

「龍園と……お前は確かカムクラとかいう奴だな。

 葛城さんを呼んでくる。待っていろ」

 

 入り口付近で辺りを見渡していた僕たちに、葛城派閥と思われる生徒は少し訝しんだ後、そう言って洞窟に入った。

 それと入れ替わりで2人の男子生徒がやって来てボディーチェックを始めると言ってきた。

 僕たちは拒否することなく、ボディーチェックを受けた。

 

「クク、このボディーチェックに加えて、『付いてこい』じゃなく『待っていろ』か。とことん臆病な野郎だ」

 

 これから同盟を結ぶかもしれないクラス間でも、中に入らせるまでにボディーチェックを行う。

 どこまでも慎重な男だというのは聞いてますが、ここまでくると異常だとも思えますね。

 

「ツマラナイ。やはり坂柳さんと同盟を結んだ方が楽しめたのでは?」

 

「それもありだった。だが、あの女は敵になると厄介この上ない。だから今の内に潰しておくこそが『策』ってもんだろう?」

 

「それがあなたの判断なら従いましょう」

 

 そう会話を終えるとボディーチェックも終わり、男子生徒たちは離れていった。

 途中、ボディーチェックをした2人を含め、「坂柳」という名に反応して僕たちを睨んでいた生徒が多かったことから、この辺りにいる人間は葛城派の人間と見て間違いないでしょう。

 

「待たせたな」

 

 しっかりとしたガタイを持つスキンヘッドの男が洞窟内から出てきた。

 彼は僕たちの前に立ち、まるで宣言するかように言葉を発した。

 しかし、龍園くんはそんな彼に全く怯むことなく言い返す。

 

「さっさと案内しろ。ここは目立つ」

 

「そのつもりだ」

 

 僕たちは葛城くんの後ろを付いていき、洞窟内に入っていく。

 洞窟内を進んでいくと、迷路のように道が分かれていた。いくつもの岐路があり、その内の1つに進んでいく。

 そのルートを進み切ると行き止まりだった。洞窟の中でも最深部だと思われるこの部屋には見覚えのある大きな机や椅子、ボックスが置いてある。

 これらは全てCクラスが使用しているものと同じですね。

 

 葛城くんはやや大きめの机の周りにある椅子に腰掛け、僕たちにも座るように促す。

 暗いように思える洞窟だが、壁にはランプが至る所にかかってあり、照明には困っていない。

 

「クク、オレが渡したものは上手く使ってくれてるようだな。

 ……それで、人払いは出来てんだろうな?」

 

「ああ、この部屋の周辺には入らないよう伝えた。その上で強引に突破してくる者を抑える人間も数名用意した」

 

「気持ち悪いくらいに慎重な野郎だ。……ほらよ」

 

「……レコーダー」

 

 葛城くんの慎重さはこういった秘密会議においては有効です。

 それを重々承知していた龍園くんは、『契約』を保証する道具を取り出し、机の上に置いて渡す。

 

 葛城くんはすぐにそのレコーダーを手にして録音スイッチをONにし、机の上へと戻した。

 

「さて葛城。早速、オレはお前の答えを聞きたい」

 

「良いだろう。まず、お前が言ってきた『契約』については少しの手直しをさせてもらった。

 この内容ならばクラスで一致し、受けても良いとなった。もちろん契約者は俺だ」

 

 葛城くんは予め用意していた紙を一枚取り出し、僕たちの方に向けて机の上に置く。

 そこには彼の言う『契約』の内容と「葛城 康平」のサインが書き記されていた。

 二分割されているクラスで本当に意見が一致したかは怪しいが、そこは追求しないでおきましょう。

 

「ククク、話が早くて助かるぜ」

 

 そう言って、龍園くんは紙を手に取り、目を通し始める。

 

「分かっていると思うが、今回限りの『協力』だ」

 

「そう言うな。今後ともご贔屓にしてくれよ。安く済ますぜ」

 

「……安く済ますだと?よくもまぁ、そんなことを言えるな」

 

 強い眼光を放っている葛城くんの睨みを、龍園くんは涼しい顔で受け流す。

 

「おいカムクラ。お前も目を通せ」

 

 読み終わった彼は、そう言って僕へと『契約書』を手渡す。

 

 

 

 

『契約書』

 この契約はどちらかの契約者が卒業するか退学するまで続ける契約とする。

 

 ・第一:今回の特別試験において、CクラスとAクラスは同盟関係であり、裏切りを硬く禁ずる。

 もし裏切りやそれに準ずる行為をした場合、裏切ったクラスに対して3000万ポイントの罰金が生じることにする。

 また、信頼を深めるためにお互いのリーダーを開示すること。(当然の事だが、リーダーを当てるのは禁止である)

 

 ・第二:この試験において、Cクラスはポイントで購入した全てのものを特別試験終了時までにAクラスへと渡すこと。

 渡せなかった場合、第五の契約は破棄される。

 

 ・第三:この試験において、Cクラスは「スポット」で確保したポイントを特別試験終了1時間前までにAクラスへと全て譲渡しなければならない。

 

 ・第四:この試験において、CクラスはB・Dクラスのリーダーを調査し、得た情報全てをAクラスに渡さなければならない。

 また、リーダー当てをする際はお互い同じクラスのリーダーの名前を書くこと。どちらかの契約者が反対した場合は、そのクラスのリーダー当てを中止する。

 これに従えない場合、第一に反する。

 

 ・第五:第二、第三、第四の契約が満たされた時、Aクラスの全生徒は1人あたり4万ポイント、計160万ポイントを月に1回Cクラスの契約者に渡さなければならない。

 

 ・第六:この契約に署名した者は第一から第五の契約に理解を示し、同意したと見なす。

 

 

 

 

 と、やたら固い文面で書かれた契約内容を僕は一瞬で頭に叩き込み、すぐに龍園くんへと紙を返す。

 

「読み終えたな。……葛城、この『契約』をオレは承認する」

 

「『契約』が成立したな。たった今から我々は同盟関係だ」

 

 龍園くんは渡されたボールペンで署名をした。

 葛城くんは表情を変えることなく、話を続ける。

 

「早速だが、肝心の勝利方法について話し合いたい。まずは、お前たちが他クラスの情報をどこまで知っているかだ」

 

「まだBだけだ。Dにはスパイを送っている」

 

 そう答えながら龍園くんはジャージから無線機を取り出して見せびらかす。

 これで嘘じゃないというのも伝わっただろう。

 

「『証拠』は?」

 

「Bにはねぇな。あえて言うなら、Bクラスのリーダー“白波 千尋”がカードを使用した場面を、カムクラが視認済みだ」

 

 隠すことなく個人名を語る龍園くんに、葛城くんの眉が僅かに動く。

 その数秒後、葛城くんは鋭い視線を僕へと向けてくる。

 

「……お前の噂は十分聞いている。ありとあらゆる物事を卒なくこなす天才。あの坂柳も一目置く存在だとな。

 だがどれだけ貴様に実力があっても、明確な証拠が揃っていない以上、オレはリーダーの名前を書くことはない」

 

「そうですか」

 

 彼の分かりきっていた意見に生返事をする。

 

「クク、確かにリーダーが合っているという明確な証拠はねえ。だがな葛城、勝負ってもんには多少のリスクが避けられないことは分かっているな?」

 

「十分にな。だがそれでも、危険はなるべく避けるべきだというのが我々の総意だ」

 

 実に退屈だ。僕がそう思うと、龍園くんもはぁと大きなため息をつく。

 馬鹿にされた態度を見ても葛城くんは動じない。彼の思考は今もリスクリターンの計算に夢中なのでしょう。

 

 しかしこんな所であっさり引き下がるわけもないのが龍園 翔だ。

 彼はここで切り札の1つを切る。

 

「その選択が原因で、お前が坂柳に引きずり下ろされる末路を辿ってもか?」

 

「……何だと?それは貴様が裏切ると露呈しているようなものだ。『第一の契約』を忘れたのか?」

 

「オレは裏切らねえよ。

 だが、この試験が終わった後に(・・・・・・・・・・・)カムクライズルがどう動くかは契約外の話だろう?」

 

 葛城くんはその言葉を聞いて、一瞬だけ目を見開く。しかし即座に平常時の顔へと戻った。

 けれど王はその一瞬の動揺を見逃さず、ニヤリと不敵に笑う。

 相手が隙を見せたら潰しにかかる。手を休めることをしない。

 

「なぁ、葛城。娯楽での勝負とはいえ、カムクラはあの坂柳相手に1度“勝利”していてな。

 その一件以来、どうにも坂柳を気に入っている。お前との契約にすら異を唱えるくらいだ」

 

 葛城くんの顔が少しずつ歪み始めた。

 先の未来を推測できたための表情だ。その露呈は悪魔に付け入る隙を更に与える。

 

「頭の回転が早いお前なら俺の言いたいことがもう分かるだろう。もしお前がリーダー当てに協力しなかったら?

 ……この試験が終わって以降、カムクライズルという存在が、お前が手を焼いている坂柳以上の存在が、敵に回る。

 そうなればお前の派閥がどうなるかなんていちいち言うまでもないが……オレは優しいからな。敢えて忠告してやるよ。

 ────その先は「絶望」だぜ?」

 

「……貴様、初めからこれを想定していたのか」

 

「『契約』の変更はもうなしだぜ。署名をした部分の会話はレコーダーに残っている」

 

「───ッ!」

 

 もはや表情を取り繕うこともせず、彼はただ悔しそうに唇を噛み、こちらを睨んでいるだけ。

 それが、今の葛城くんの出来る精一杯の抵抗なのでしょう。

 

 だがこの程度で、王の攻撃が止むことはない。

 

「それによォ葛城、お前が生徒会を落選したってのが噂になるのも、もうそろそろじゃないのか?」

 

「!?……何故それをお前が知っている」

 

「オレの情報網を甘く見てんじゃねえ、とだけ言っておこう」

 

 生徒会。あの堀北生徒会長が支配する集団のことですか。

 葛城くんの能力は申し分ないが、異常なまでに固い思考が原因で落ちたのだろうと推測をつける。

 

「落選の情報が広まれば、これから坂柳派の連中はもっと勢力を増すだろうな。それもお前を支持していた連中が裏切ってだ。

 そんな状況下でこれからもAクラスのリーダーとしてやっていけるか?

 ……さて、葛城。もう一度聞くぞ。多少のリスクが避けられないのは分かっているな?」

 

「……良いだろう。ただし、他クラスのリーダーが間違っていた場合のリスクを付けさせて貰うぞ」

 

 悪魔の囁きに呑まれた葛城くんは、苦渋の決断を終える。

 そして無駄な足掻きに出た。

 

「リーダーを外した時は『第五の契約』で徴収するポイントを半分にさせて貰う。2クラスとも外せばこの話はなしだ」

 

「俺なんかより我儘なことを言っていると理解しているか葛城?

 だが……了承しよう。それくらいのスリルがねえと、つまらねえからな」

 

 ククと笑って話し合いを終わらせる龍園くんは、僕へと視線を寄越す。

 予定通り精神的なダメージを受け、焦りで思考が乱れている葛城くんに僕からのプレゼントを渡せるようだ。

 これで彼も、僕のことを多少は信頼してくれるでしょう。

 

「最後になりますが葛城くん。僕から2つ『提案』があります」

 

「……提案だと?」

 

 葛城くんは僕の方へと視線を動かして、大人しく聞き入る体勢を作る。

 

「1つ目は、この特別試験最終日の最後の点呼までに現存のリーダーをリタイアさせ、新しいリーダーを擁立してください」

 

「……ふざけているのか。何故我々が30ポイントをドブに捨てなければならない」

 

「保険ですよ。

 それに───30ポイントのマイナス(・・・・・・・・・・・・)は起こりませんから」

 

「……なんだと」

 

 自分がルールを網羅していると思っている葛城くんは、自分の視野外からの一撃に口を半開きにして驚く。

 

「そして2つ目は────」

 

 

 

 

 悪魔の契約は、ここに完遂した。

 

 

 

 

 

 ───────────────────

 

 

「……ふぅぅ」

 

 砂浜を抜け、少し離れた所まで歩くと隣人は立ち止まる。

 近くにある木に手を寄りかからせ、大きく深呼吸をし始めた。

 どこか艶めかしく、喘ぎを思わせるほど無防備な息遣い。

 

 だがそんな風に陥るのは無理もない。

 むしろあの場で、奴の気迫を受けて1歩も引かず、取り乱さなかった堀北が凄いのだ。

 

「……彼は一体、何者なの?あの息が詰まりそうな雰囲気、兄さんですら比じゃない」

 

 どうやら彼女があの威圧に怯まなかったのは、多少の免疫があったからのようだ。

 カムクライズルとは別種だが、確かに生徒会長の全身を刺してくるプレッシャーを知っていればそれなりに抗えるだろう。

 

「……あなたはなんで、そんな平然としているのかしら?」

 

「……これでも結構驚いてるさ」

 

 これまで色々な人間を見てきたが、あそこまでは初めてだからな。

 だから嘘をついていないし、内心では珍しく本当に驚いている。

 

「……まったく、私たちは収穫0の上に、とんでもない置き土産を貰ったわね」

 

「それは違うぞ堀北。“収穫”はあった」

 

「どこが?Cクラスはポイント全てを使ったのよ。

 保ってあと1日の食料でこの試験をあと5日も過ごすなんて出来ないわ。

 そんな試験を放棄したクラスから何の収穫があったのかしら?」

 

 龍園の策を奇怪だと断言する堀北は、しっかりと術中にハマっているらしい。

 なるほどな。クラスメイトの意見を全て封じられる奴だけの策だ。

 ───勉強になったな。

 

「龍園のような考えもあるってことがわかっただろう?奴の策のおかげで、Cクラスは困ることなく、試験を終了できるだろう」

 

「無理ね。彼の豪遊では一週間ある試験を乗り切れない。策と言えるものではないわ」

 

「だろうな。でも奴は一週間を乗り切る気なんてないから、こんな思い切った戦略に出たんだろうな」

 

「一週間を、乗り切らない……?それはどういうことかしら?」

 

「もし試験が今日までだとしたら?完璧なバカンスが成立すると思わないか?」

 

「確かにそれは……そうだけど。肝心のその後は?手持ちが0じゃ……」

 

「簡単だ。リタイアすればいい」

 

「え……?」

 

「体調が悪い、気分が悪い。とにかく理由をつけてリタイアすればいい。そうすれば全員客船に戻って生活が出来る。

 何の苦労もなく夏休みを満喫できるってことだ」

 

 学校側も仮病だと突っぱねて追い返す真似は出来ないだろう。

 そしてこの策を成功させるためのキーになるルールが『300ポイントは0ポイント未満にならない』というものだ。

 

『リタイアする生徒はマイナス30ポイント』というルールも元が0ポイントでは意味がない。龍園は、それを逆手にとったのだ。

 

「じゃあ彼は本当に───」

 

「───試験を放棄していると?そうとも限らないぞ堀北」

 

「……なんでそんなことが分かるのかしら?」

 

「オレも正確には分かってはいない。だが推測はできる。その1つがカムクライズルの行動だ」

 

「!!……『リーダー当て』ね」

 

「ああ、奴らの言ったことが嘘にまみれていると仮定したら、推測は出来る。

 もし、カムクラが既に他クラスの情報を手にしていたら?それが龍園の指示だったら?それに伊吹がスパイだったら?

 こんなもしもの可能性を考えてみると、あの豪遊はリーダー当てという本来の目的を隠すためのフェイントに見えなくもない」

 

「……つまり彼らは、豪遊してるように見えてリーダー当てで貰えるポイントによってクラス間の差を縮めようと考えている。

 そう予測できることも可能ってわけね」

 

「そういうことだ」

 

 もっとも、この推測が全て事実だったとしたら、高円寺がカムクラの存在に気付けなかった時点で詰んでいた。

 やはり侮れないな……など言ってる場合ではない。要警戒人物だ。

 

「……やっぱり、あなたは実力を隠してたわけね」

 

「そんなことないさ。今回はお前が動揺してたから俺が先に気付けただけ。そうじゃなかったらお前の方が早く気付けたさ」

 

「動揺しなかった時点で、怪しいって言っているのよ」

 

「いや、オレ鈍感だし」

 

「ふざけないで頂戴」

 

 龍園も怯むんじゃないかと思えるくらい強い睨みを利かせてくる美少女。

 ある業界では美少女の睨みをご褒美と言うらしいが、オレは勘弁願いたいな。

 

「まぁ、落ち着けよ堀北。怒って時間を無駄にするより、有効に使える方法があるぞ」

 

「……言ってみなさい」

 

「今からBクラスとAクラスの偵察に行くんだ」

 

「……確かに良い考えね。でもムカつくわ」

 

 そう言うと彼女はオレに背中を向ける。

 

「?どうしたんだ?」

 

「早く案内しなさいってことよ。私は他クラスの拠点なんて知らないのよ」

 

「えぇ……」

 

「何かしらその目」

 

「なんでもありません」

 

 オレは彼女が怖かったので即行で話を斬った。

 それにしても、偉そうに自分の出来ないことを棚に上げるのか。

 こ、これが堀北鈴音かぁ、とオレは心の中で一種の尊敬を彼女に贈る。

 す、すごぉいなぁ、ぁぼぶへっ!?

 

「……な、何を」

 

 脳内で煽り散らかしていたオレは、突然鳩尾への肘鉄によって地面に倒れた。

 

「これは私の手を握った罰よ」

 

 ば、罰?……厳しすぎませんかね?

 

「あと訂正するわ。私にも収穫があった。それは『自クラスへの暴力行為は成立する』ということよ」

 

「お、横暴すぎる」

 

「私とそれなりに時間を共にしたあなたなら、それくらい気付いてるでしょう?」

 

 この我儘な女王ぶりは流石の龍園やカムクラでもびっくりすると思う。

 オレはそう考えながらゆっくりと立ち上がって、体についた土を払った。

 

「行くわよ」

 

「……はい」

 

 オレのことなど振り返ることなく歩く堀北。

 そんな彼女へ追いつくため、オレは小走りで距離をつめた。

 

 オレは先行する堀北の後ろから、マップとしての役割を十二分に果たした。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

「本当にこの道を真っ直ぐで合っているのでしょうね?」

 

「……ああ、合っているぞ」

 

 オレは先程の肘鉄がトラウマになっているので、堀北から少しだけ距離を置いてそう答える。

 

「行くわよ」

 

 堀北のその掛け声で、オレたちは再び歩き始める。

 神崎の言う通りならばもうマッピングマシーンになる必要はない。このまま直線で行けば着くはずだ。

 

 程なくして、オレたちは目的のBクラスのベースキャンプ地へと辿り着いた。

 

「流石はBクラス、と言ったところかしら……」

 

 Bクラスのベースキャンプに着くと、Dクラスとはまるで違う生活感がそこにあった。

 まず木が多い。開けた場所にスポットがあるDクラスと違い、人の塊でスポットの更新を見られないようにする必要はない。

 テントの数もDクラスより少ない。テント1つ分の代わりに、ハンモックを利用して、寝るスペースを確保している。

 限られたスペースを最大限に利用した模範解答のようなベースキャンプだ。

 

「あれ?堀北さん?それに綾小路くん?」

 

 突然の来訪者の気配を感じ取ったのか、こちらを振り返り声をかけてきたのは一之瀬だ。

 ジャージ姿でも薄桃色の髪が映える彼女は、ハンモックの紐を木に結び付けようとしてる最中だったらしい。

 その作業を一旦止め、一之瀬は手を振ってきた。少し遠くに神崎の姿も見える。

 

「Bクラスは上手く機能しているみたいね」

 

「あはは。これでも最初は苦労したんだよー。でも何とかね、色々工夫して作ってみたの。そしたら逆にやること増えちゃってさ。まだまだ作業が山積みだよ」

 

 そう言って微笑みながら、一之瀬はきゅっと紐を結び終えた。

 怖い隣人に身も心もズタボロにされた今のオレに彼女の微笑みは癒しだ。

 

「だとすると、お邪魔しているのは悪いわね」

 

「なんか追い返すみたいになっちゃってごめんね。でも少しくらいならいいよ?聞きたいことがあるから訪ねてきたんだろうし」

 

 嫌な素振りを1つも見せず彼女はそう答え、先程取り付けたハンモックに座る。

 

「一応、私たちは例の暴力事件から今も協力関係にあると思っていいのかしら?」

 

「私は少なくともそう思ってるよ」

 

「じゃあ───」

 

 堀北はそう切り出し、一之瀬にどれだけ、どんなものにポイントを使ったか、そしてその道具の評価を聞いた。

 一之瀬は鞄からマニュアルを取りだし、購入した品目を白紙に書き込み計算を始めた。

 ポイントの使用率は殆ど変わりない。むしろ高円寺が食料問題を解決してくれたので、若干Dクラスの方が使用率は少ないくらいだ。

 

 そして、「ウォーターシャワー」なるものの存在も聞いた。井戸の隣に置いてある大きな機械のことらしい。

 Bクラスは井戸をスポットにしてるらしく、水源を確保してある。

 そこから汲み取れる水とガス缶を利用し、お湯を作れる機械なんだそうだ。

 

「テント……寝る時に地面が固くて苦労しない?」

 

 ウォーターシャワーやポイントのことは十分に聞き終えたので、堀北は何気なく話題を変える。

 こういう所が出来るのに、なんでこいつはぼっち張ってんだろうなぁ。

 

「あーうん。最初はどうしようかと思ったけどね、しっかり対策はとったよ見てみる?」

 

 一之瀬はそう言って、オレたちをテントの付近に連れていく。

 テントの中で話し込んでいた女子に断りを入れてから、一之瀬はテントの下を少しだけ持ち上げた。

 

「これは……」

 

「驚いた?簡易トイレが支給されたとき、ビニールは無制限ってルールだからちょっと無理して大量に貰えるよう頼んでみたの」

 

 テントの下に分厚いビニールの束が敷かれていて、厚さは2センチほどだった。

 なるほど、確かにこれくらいの厚みがあれば朝から筋肉痛のような痛みを感じることはないだろう。

 

「なるほどね、高円寺くんも多めのビニールを貰っていたけど、こういう使い方も出来るわね」

 

「参考までに、高円寺くんの使い方聞いていいかな?」

 

 一方的に聞くのもフェアではない。堀北はコクリと頷き、説明する。

 

「彼は厚みのある草で簡易的な籠を作って、その周りや中をビニールで覆っていたわ。

 そうすることで漏れることなく水を大量に運べるし、魚や木の実も同様に運べていたから、かなりの効率化が見込めるわ」

 

「……なるほどなるほど。ねえ、その使い方参考にしていい?」

 

「私たちは協力関係だから全然構わないわ」

 

 この場に高円寺本人はいないが、平然と了承する堀北。

 まぁ、高円寺なら真似しても怒るどころか、讃えたまえ!とか言いそうだし大丈夫だろう。

 

「そうだ!私たちは協力関係の継続をするってことなら、リーダー当ての追加ルールで、お互いのクラスを除外し合うのも手だと思うんだけど。どう?」

 

「私もそう思っていたわ。警戒対象が1つでも外れてくれるならありがたい。

 一之瀬さんが構わないなら、その提案を受けさせてもらいたいわ」

 

「もちろんオッケーだよ」

 

 協力関係の内容を再確認し終えると、堀北はふと思い出したかのように顔を上げる。

 オレはそれに嫌な予感がした。

 

「そうだ一之瀬さん、あなたのクラスに───」

 

「───なあ一之瀬、Cクラスの現状を見たか?」

 

 あなたのクラスに───“カムクライズル”が来たかという質問を堀北には言わせない。

 いくら協力関係とはいえ、想像以上に大きかったBクラスとの差は出来る時に少しでも潰せる方が良いと思ったからだ。

 未だに可能性の話だが、オレたちがAクラスにいくためには、現状では、これが最良の手だろう。

 

「綾小路くん、今度はどこを殴られたいのか言ってみなさい」

 

「い、いや違うんだ。わざと被せたわけじゃ……」

 

「……わざとじゃなきゃ、あんなタイミング良く被せられないわ」

 

 右手をグーパーと動かす堀北に恐怖と焦りを抱きながらも、オレは何とか目配せで自分の真意を伝えようと努力してみる。

 だが、彼女の睨みですぐに怯んでしまった。

 

「え、えーとじゃあ、まず綾小路くんの質問から答えるね。

 結論から言うと見たよ。あれはさすがにビックリしちゃったね。本気で試験に取り組むつもりがないみたい」

 

「……同意見よ。信じられないほど愚かなことをしていたわね」

 

「うん。この特別試験でズルは出来ない。龍園くんの作戦は間違いなくほぼ全てのポイントを使い果たしてる。今は楽しいかもしれないけど、後で絶対に後悔する」

 

 少しだけ強ばった一之瀬の表情を見て、堀北は全員リタイア作戦やそう見せ掛けたリーダー当て作戦を言いかけるが、話さない。

 どうやら、オレの必死のアイコンタクトは通じたらしい。

 これなら、Bクラスに不必要な情報を渡さなくて済みそうだ。

 

「でも、龍園くんだけならこれで終わりそうだけどカムクラくんがいるからねぇー」

 

「……確かにそうね。でもさっき、彼の態度を見た限りあの愚かな作戦に賛成してたわ。そこまで懸念する必要はないんじゃないの?」

 

「そっかぁ……でもやっぱり暴力事件の時のことを考えると、どうしてもね?

 あっ、今更ながらゴメンね堀北さん。結果的にはあの件で勝てたけど、一歩間違えたら負けてたし」

 

 追い詰められたあの時のことを自分の責任に感じているだろうが、あれはオレたちのミスだから気にしなくても良い。

 と、フォローしたところで一之瀬は聞く耳持たずだろう。

 

「……それはもう済んだことよ。気にしなくていいわ」

 

「……それもそうだね。よし切り替え!」

 

 少しだけ落ち込んだ様子を見せていたが、グッと手を握り、元気良く声を上げる一之瀬。

 力強い瞳が再びオレたちに向けられる。

 それを見た堀北が薄く笑った後に質問をした。

 

「一之瀬さん。聞いてばかりで申し訳がないけど、私たちはAクラスの状況も確認したいと思っているの。

 彼らのベースキャンプに関して掴んでいることはあるかしら?せめて場所だけでも分かるなら助かるのだけれど」

 

「恐らく、で良ければ場所は分かるよ。でも情報を得るのは難しいと思うけどね」

 

 流石はBクラス。いや一之瀬と言うべきか、既にAクラスもリサーチ済みのようだ。

 彼女は嫌がる素振りなく、方角を指差し、掴んでいるキャンプ場所を教えてくれた。

「ここを抜けたところに開けた場所があって、右に曲がると『洞窟』が見えるんだよ。Aクラスはそこがベースキャンプ、っぽいかな。

 足を運んで調べたんだけどよく分からなくてさ。秘密主義って言うか、守りが徹底してるから」

 

「秘密主義?……Aクラスはどんな対策をしてるっていうの?」

 

「百聞は一見に如かず。行ってみると理由は一目で分かるよ」

 

 ニコリと柔く微笑む一之瀬を見ていると、堀北に痛めつけられたオレの心は和んでいく。

 きっと彼女は神の使いか天使だろうと認識した。

 

「そろそろ行きましょう綾小路くん。長居するとBクラスに悪いわ」

 

 堀北と意見を交わした一之瀬と別れ、Bクラスのキャンプ地を後にする。

 Bクラスを後にして、人気がない所まで行く。

 その道中、堀北からBクラスに対する所感を聞いた。珍しく堀北が他人を褒めているがそんなことは気にしない。

 

 さて、色々と分かったな。

 

 この試験の本質である協力して乗り越える作戦、Cクラスの全員リタイア作戦。この試験においてはどちらも正解でどちらも正しい。

 特に一之瀬のような絶対的なリーダーがいれば、正攻法が最も勝率の高い戦い方なのだと実感させられた。

 

 そして、2つのパターンを理解した上でこの試験を勝利へと導くキーになる2つの重要なルールを頭に浮かべる。

 特に───“ポイント譲渡”のルールは重要だ。

 奴がどういう意図を含めてこのルールを訊いたのかは知らないが、利用出来るものは利用させてもらおう。

 

 加えて、高円寺のくれた情報。

 1日目の夕方。推測だが、龍園とカムクラがいなかったのはどこかのクラスに行って重要な仕込みをしていたのだろう。

 そして一之瀬の様子から考えても、奴らの相手はBクラスではなかった。つまり「接触」をしたのはAクラス。そう考えて良い。

 

 ……オレの予想が正しければ、最悪、Aクラスのリーダーが変わってしまう(・・・・・・・)ことも考慮して、慎重に計画を練らなければな。

 そして、あそこまで頑なに守られている以上は、正面から突破するのは難しいと見ていい。

 

 ───なら、正面以外の場所から「攻め」をすれば良い。

 例えば外からの攻撃ではなく、中からの攻撃とかだろう。

 

 「攻め」が整えば、次は「守り」だ。

 しかしこれは問題ない。なぜなら既に対策が複数立っているからだ。

 一例を挙げるならば、少人数で行動するとかな。

 

 

 オレはこの試験に勝つための策を本格的に練り始めた。

 

 




ゆっくりですが、物語は進んでいきます

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