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龍園くんの宣言から1週間が経った。ここ最近荒れていた放課後の時間が徐々に収まってきている。
すなわちこれは王が決まりつつあると見ていいだろう。
さすがにこのままの状況があと1週間も続いたら堪ったものじゃない。
顔に湿布を貼っていたり、マスクで顔を隠す生徒が徐々に多くなっていることから、放課後はまさになんでもありの抗争が繰り広げられていることだろう。
そしてそれは授業中も例外ではない。
ここ数日、授業は互いの弱点を探す機会と変わってしまい、嫌な雰囲気でかつ殺伐としている。
だがポイントのことも相まって全員が真面目に受けている。
そのことがよりいっそう不気味さを強調している。
そんな状況も近いうちに終わるとなれば、真面目に受けたい人の気持ちは落ち着き、安心するだろう。
中間テストまでの期間は残り2週間と少しと言った所なので抗争組にとってもこうも早く終わってしまえば運が良かったとも思える。
そう考えていると朝のHRの時間になり、坂上先生が教室へ入ってくる。
「今日のHRを始める……と言いたいが実を言うと今日は連絡事項が偶然なくてね。代わりにと言ってはなんだが、彼から皆に話したいことがあるようだ」
坂上先生がそう言うと1人の男子生徒が立ち上がり、教卓へと歩いていく。
坂上先生が言う彼とは龍園くんだった。
やはり彼が王になったようだ。ツマラナイ。
個人的に聞いたことだが、伊吹さんも彼の配下に加わっていた。
それなりに抵抗したらしいが負けたものは負けだということで彼に賛同したらしい。まぁ納得はしてなかったようですが……。
なのでついこの間まで連絡が取れていたのに、最近は忙しいと言われ音信不通という悲しい状況になっている。
「オレがこうやってお前らに話しかけるってことはだいたい察しているよな? ……昨日をもってオレに反発してきたヤツらを全て支配下に入れた。
つまり正真正銘オレが王になったわけだ。今日はその事を伝えるためにHRの時間を使わせて貰っている」
龍園くんの言葉はまだ続く。
「これがお前達に伝える話の1つ、まぁ確認だ。そしてもう1つ話すことがある。
むしろこっちが本命だ。今後起こるクラス闘争において、オレの方針についてだ。オレは必ず勝つ、何があってもだ。
その為ならばどんな手段を使ってでも最後に勝つ、これが方針だ。気に入らねえならいつでもオレに反発しろ。
だが約束しよう。オレはこのクラス全員を必ずAクラスへと導こう。だからオレに積極的に力を貸すって奴は優遇措置に置いてやる。以上だ」
自信に満ち溢れている。
これが彼のカリスマ性を担っている所でもあるのだろう。事実、この言葉を聞き、今まで敵対してたであろう生徒達の視線は、賛同へと変わりつつある。まぁ恐怖や嫉妬なども見られますが大半は賛同でしょう。
だがそれでもまだ一部だ。半分以上は賛同したかもしれないが、残りの人達はまだ龍園くんを認めていない。
何せ彼はクラス闘争にて結果をまだ残していない。
いずれ起こるであろうクラス闘争の結果から判断して、彼について行くか行かないかを決める輩も少なくない。
まぁ僕にとってクラス闘争なんてどうでも良いのでさっさと授業の準備をしますか。
「ねえカムクラ、龍園があんたを呼んでいる。着いてきて欲しい」
全ての授業が終わり、放課後になった。
今日も今日とて特にやることがないのでいつも通り寮に帰って1人の時間を楽しもうと思っていたが、何やら面倒なお呼び出しがあるようだ。
「それは絶対に行かなければならないのですか?」
「どうせ暇だろ? 来い」
「嫌です」
「……四の五の言わずについてこい」
こちらを睨む伊吹さん。
お淑やかさの欠けらも無い彼女の強引な手法につい言葉が出そうになる。
「早くこい」
立ち止まっていた僕は伊吹さんに手を引かれ、有無を言わしてもらえず連れていかれた。
やはり彼女にお淑やかさはないですね。
「連れてきたよ龍園」
「ご苦労」
伊吹さんに拉致──ではなく連行されて着いたところはカラオケのパーティルームだった。
その広さはどうしてこんなに広く作ったんだよというツッコミを入れられるほど広かった。15人は余裕で入れそうだ。
……これがカラオケですか。この独特な匂い、相当大きな声を出しても隣室に響かないように整備された防音システム。
なるほど、今この状況において
そしてぼくにとっては未知だ。
こんなとこで様々な歌を大声で歌うのですか……。特に楽しそうとは思えません。
僕は最近の曲を全く知りません。そもそも知っている曲すら有名所だけだ。
現代の流行りの曲は以前江ノ島盾子が歌っていた謎の曲くらいしか知らないかもしれない。
これは良い機会だ。今日からある程度人気な音楽バンドの曲でも聞いてみましょう。
もしかしたらそれなりに感情が浮かんでくるかもしれません。
「クク、挨拶もなしか?」
僕が熟考しているとこちらを不敵に笑っていながら見定めてくる視線を感じた。前にも感じたことのある視線だ。
視線を感じた方向を見てみると案の定「王」がいた。
彼はクッションに座りながら優雅に飲み物を飲んでいる。
周囲には以前と同じ護衛の2人、山田くんと石崎くんが立っている。
「根暗そうな男ランキング、見た目ヤバそうな男ランキングの両方で1位の男。ククク、学校中の人気者じゃねえかお前」
なんですかその不名誉なランキングは。隠す気のない悪口程清々しいものはありませんね。というか誰が統計を取ったのでしょう。
まぁそんなことはどうでもいい。
さっさと会話を終わらせて帰りましょう。彼が僕に言いたいことは
そんなツマラナイことより音楽についての方が僕にとって重要だ。
「そんなランキング興味ありませんね。それで僕に何の用ですか。大方僕をあなたの下につけたいだけでしょうが」
「……話が早い奴は嫌いじゃねえ。だがなるほどな。伊吹の言った通り、お前の予測能力ってのはそれなりのものらしいな。じゃああえて言ってやるよ、オレの下につかねえか?」
「嫌です」
「お前! 龍園さんの申し出を!!」
「うるせえぞ石崎。こんなもん予想通りだ、喚くことじゃねえ」
暴れようとした石崎くんを声だけで静止させる。彼の姿勢は未だに変わらない。足を組みながらこちらを査定するように見てくる。
「お前がポイントの裏に気づいていたことは伊吹から聞いた。それだけで大したものだ。そしてそんなお前の口から聞きたいことがある。……お前、どの時点で気付いた?」
「……ポイントが怪しいと思ったのはあなた同様初日です。そこから坂上先生の説明と僕の推測である程度の事は当たっていました」
「……嘘偽りは言ってねえな。いいぜェ、お前をオレの右腕にしてやってもいい」
「同じ事を何度も言わせないでください」
「そう邪険にすんなよ、楽しくいこうぜ? ……さてともう1つ聞きてえことがあるから答えろ。……なぁポイントってのは
───心の中で素直に賞賛する。彼の洞察力、推理力は大したものだ。
彼は気付いている。おそらく完璧には理解してないが、ポイントの有用性について僕と同じくらいの認識を持っている。
「ポイントについての認識は僕とあなたとでそう大きな差異はありませんよ」
「はぐらかすんじゃねェ……と、言いたいが十分だ。クククッ、俺とお前の思考回路は似てこそいねえが、帰結地点は同じって訳か。
つまるところお前も相当悪知恵が働くって訳だ。それに加えてお前の学力の高さ、金田には悪いがこりゃ完全に上位互換だ」
「小テストの結果だけで実力を測るのは良くないですよ」
「アホ抜かせ、先日の小テストではクラス唯一の満点、聞けばあのテストで満点を取れたのは全てのクラスを含めて坂柳とお前の2人だけ。
普通の小テストならばお前の言う通りだが、高校三年レベルの問題が含まれていたってなら話は別だ。これだけでお前が頭脳において一流、いや超一流と言っていいだろう。
ククク、こう考えると坂柳をぶっ潰すためにはお前が必須ってことになるのかもな」
坂柳。確か以前すれ違った白い少女もそう呼ばれていましたね。
これは覚えておく価値がある情報でしょう。
「そんなくだらないお世辞は良いです。下につけ、右腕になれだの言っていますが、あなたはこれから多少は起きるであろうクラスの内紛を早めに潰しておきたいだけでしょう? そして手始めが厄介そうな僕だと」
「……そう言うことだ。だがお前はクラス闘争に参加したくない。だから本当は放置する予定だったんだがな。
しかしオレに危害を及ぼさないと言っても、お前には無視出来ねえ程の実力がある。お前程の実力があってなぜ戦わねえかは理解に苦しむが問題はそこじゃねえ。
もしお前が敵に回ったら? そう考えるだけでそう小さくはない打撃を被るとオレは予測している。
……つまるところお前は不確定要素すぎるんだよ。だから何かをする前に手っ取り早く手元において監視する必要がある」
「なるほど。あなたの言うことはそれなりに理にかなってますね。しかし安心してください。僕はあなたの邪魔はしませんから」
「それで納得できれば苦労しねえ……だが、そんなお前のために慈悲深いオレは特別な条件を持ってきてやった。
お前は表舞台に出る必要はねえ。さらに普段は自由にしてくれて構わない。さらにさらにクラス闘争にのみ力を貸してくれれば良い。
そんでもって報酬もかなり優遇してやる。どうだ、この条件ならば悪くねえだろ?」
確かに悪くはない。デメリットはほとんどなく、メリットの方が多い、否多すぎる。
この条件でクラス闘争に望む気が少しでもある生徒に勧誘すれば、十を聞かずに了承していたかもしれない。
「さて三度目の正直って奴だ。カムクライズル、オレの右腕にならねえか?」
彼の目。この状況を本当に楽しんでいる目だ。
相変わらず自分の意志を曲げるつもりも無く、こちらを獰猛な肉食獣さながらな視線を向けてくる。
こんなごっこ遊びの何が楽しいのか。
そろそろこの問答にも飽きてきた。
退屈とまでは行きませんが、こんなことをするくらいならば別のことに挑戦した方が良かった。
さっさと答えて寮に帰りましょう。
「そんなツマラナイことに参加する気はありません」
「……何?」
僕は一般的な生徒とは少し違う。メリットデメリットで動くような合理的で利己的な感情など持ち合わせていない。
そんなもの存在していない。
「僕は自分の知らない『未知』を求めている。龍園 翔という生徒がクラスのリーダーになった時点でその行先など容易に推測が可能です。ゆえにツマラナイ。そんなものはただの既知、時間の無駄です」
「……そうかよ残念だぜ。これでもオレはお前の事はかなり評価してたんだがな。ああ、これで話は終わりだ。帰ってもいいぜ。だが───」
「「ただで帰れるとはおもってねェよな?」」
全く同じタイミングで重なる声。声色から波長まで合わせた声は彼の表情に驚愕を映し出す。
そしてすぐに怒りを顕にした。
彼は今にもその玉座から立ち上がって襲い掛かってきそうな程敵意を剥き出しに睨みつけている。
「理解してくれましたか? あなたの思考回路などもう読めているという事を。あなたが僕にとってもう既知だという事を」
その表情をこちらに向けてくるのも予測通りだ。やはりツマラナイ。
「やれアルベルト」
先程まで龍園くんの護衛をしていた山田くんがこちらに向かってくる。
身長180cmを越えるだけでなく、鍛えられた筋肉で武装するように覆われている彼の身体はとても高校生には見えない。
「ま、待て! アルベルト!」
伊吹さんの制止は聞き入れられない。
その恐ろしい筋肉から放たれる右の拳は既に撃ち込まれている。
だが無意味だ。
向かってくる拳を僕は左に身体を動かして躱す。
山田くんの表情には僅かながら驚きの感情が顕になる。
彼は油断している。
自分が負けるわけがないと疑わない自信と僕を外見だけで判断していること。これが油断の原因となっている。
だから反撃の一撃が来ることはおろか、自分の予想を軽く超えてくる攻撃が迫っていることを予測すらしていない。
僕は攻撃を躱したと同時に踏み込んでいた左足を軸に彼のみぞおちへと強めの掌底をくらわせる。
口から唾液が吐き出され、彼は腹を抱えながら数歩下がり、膝をつく。
「う、嘘だろ……アルベルトを……」
「カムクラお前…………」
驚きを隠せない石崎くんと伊吹さん。
無理もない。僕は彼らの前で、否この学校に来てから「暴力」を見せていない。
体育の時に運動神経が良いくらいの感覚はあったのでしょうが、喧嘩と運動は違うとでも思っていたのでしょう。
なんと言う間抜け面だ。
「はっはははははは!! こいつは良い! まさか頭脳だけでなく、暴力まで超一流とは恐れ入った! ますますオレの手元に欲しい」
先程まで殺すような勢いでこちらを睨んでいた王は、たいそう機嫌が良いようで大笑いしている。
笑い終えると彼は玉座から立ち上がり、ポケットに片手を入れながら近づいてくる。
立ち上がろうとする山田くんを静止させ、後ろに下がらせる。彼なりの優しさなのだろう。
「良いぜェ、オレが相手をしてやる。そんでもってこれで勧誘は最後だ。今この場でオレが勝ったら、傘下に加われ。負けたらもう勧誘は辞めだ。好きにしていい。シンプルでいいだろう?」
「勝手にして下さい。ですがあらゆる武術の才能を持つ僕に勝つのは無理だと思いますけどね」
「くそ気持ち悪いナルシストかよ、救いようがねえっな!」
先に攻撃したのは龍園くんだ。
彼は悪態を発しながら、容赦なく目を潰さんと左手を突き出してくる。
左手で彼の左手首を掴み、この攻撃を防ぐと彼は第2撃目へ移行しようとする。
彼は右足の蹴りによる攻撃を狙おうと軸足に力を込めている。当たる位置を推測すると股間だろう。
確かに彼が言っていた、どんな手段を使ってでも必ず勝つというのは嘘ではないらしい。
だが、所詮その程度なのだ。
かつての超高校級の軍人による容赦のない襲撃に比べれば、子供の遊びにしか感じない。
「なに!?」
彼の攻撃は繰り出される前に止められる。
掴んでいた彼の身体を引き寄せ、先に僕の左足で彼の右足を地面から離れないように踏み付けたのだ。
これで先程と同じ。
踏み込んだ左足を軸足にしてみぞおちへと掌底を強めに放つ。
為す術もなくくらってしまった彼であったが、数歩引き、腹を抱えながらも片膝を突かなかった。
強い精神力だと素直に感心する。
「……クククッ! なあ、お前は今どんな気持ちでオレに攻撃した? 攻撃を終えた今の時間に何を思っている?
そんだけ強い自分に浮かれて喜んでんのか? それとも自分より弱いと思っている奴を自分の快楽でいたぶることに自慰を求めてんのか?
大穴で仕方なく正当防衛って理由づけて自分を誤魔化して、本心から目を逸らしているのか?」
龍園くんは言葉で揺さぶりをかけながらこちらに向かってくる。
やられる訳にはいかないので反撃の構えを取る。
随分と隙だらけだ。
蹴りを躱し、もう1発掌底を顎に入れる。
「……ごフッ……こうやって人は自分より弱い奴を目の前にした時、本来の感情を顕にする。人の本質ってのが見えるんだよ! なあカムクライズル! お前は何を考えているんだぁ? ……!! うごっ!!」
龍園くんは口と手を器用に動かしながら迫ってくる。やられないように勿論反撃をする。
言葉による精神的な攻撃に切り替えた。
なるほど。同じ暴力だけでは龍園くんでは山田くんに勝てない。
ですが彼は手段を選ばない。
そこの差で山田くんは負け、彼の下についているのでしょう。
しかし、僕にそんな揺さぶりは意味を持たない。
何故ならばその答えを常日頃から探しているのだから。
たかが喧嘩で見つかるならば、僕はそんなに苦労していない。
「……遅い」
ボクシングのようなスタイルで拳を何発も打ってくるが、全てを躱しきる。
当たらないことを悟った彼は僕の髪を掴もうとさらに距離を詰めた。
さすがに髪を引っ張られたら痛い。よってそこは最警戒をしていた。
そして手段を選ばない彼ならば相手の弱点は確実に狙うと予測していた。
だからあえて囮に使った。
距離を詰めてきた彼の顔面へと回し蹴りが入る。
もろに入った蹴りを受け、龍園くんは吹き飛ばされ、地面へと転がっていく。
なんとか受け身は取れているが、衝撃を殺し切れず先程自分が座っていたクッションに衝突する。
「りゅ、龍園さん!!」
石崎くんが倒れた龍園くんへと走っていく。
龍園くんは寄ってきた石崎くんの身体を掴みながら起き上がろうとしている。
「はぁ……はぁ……この化物が……わざと髪を囮に使いやがって……!!」
「……しぶといですね」
もう自力では起きれない。しかし、他人の身体を掴み、満身創痍の状態で立ち上がる。
彼の目は全く諦めようとしていなかった。
「ここまでやってまだ諦めないのですか」
「……言っただろ。今負けても……最後に勝てば良いんだよ。それまでの過程なんか知ったこっちゃねぇ」
「ツマラナイ」
「はっ! 良い事を教えてやるよ化物、どんな奴にも必ず付け入る隙ってのがある。朝の集中力が欠けている時、トイレに行く時、飯を食う時とかな。
お前への勧誘はさっきも言った通り今回で辞めてやるよ。だがオレは何度でも食らいつく。今後隙を見つければすぐに仕掛ける。
だから今一時の勝利をくれてやるよ。この屈辱を返すための戦いはもう始まってる。それが嫌ならば息の根でも止めてみろよ」
「ツマラナイ」
「ククッ、そうかよ。だがそんなものは出任せさ。人間には感情がある、その仏頂面からつまらない以外の感情が出るんだよ。想像しただけで笑えてくる。お前の恐怖を早く知りたいぜぇ」
本当にツマラナイ。
確かに龍園くんの言ってる事に間違いはないでしょう。人間は恐怖を誰しもが持っている。「心」があろうとなかろうとかかわらずだ。
すなわち本能にこびりついているのだ。
でも彼は本物の恐怖を、絶望を知らない。
本物の恐怖とは思い出すこともおぞましく、精神というものが再起できるか分からなくなるほどのものだからだ。
それを知らないが故にこんなことを口にできる。
そして彼は───
「……最後に勝つ。これのためだけに他全ての過程で起こる恐怖をキミは捨てられるのですか」
恐怖を押し込めるのが上手いだけなのだ。
「そいつは少し違うぜ、オレには恐怖なんてねぇんだよ。1度も感じたことがない。だから敗北を恐れるなんて気持ちは湧かない」
矛盾している。キミも人間なのだから恐怖を感じるだろうに。
本当に甘すぎる。
「やはりツマラナイですね」
「言ってやがれ……だがよく覚えておけ、そうやって何度負けたって前へ進み続ければいずれは勝つ。たとえ周りから何言われようともな。
────やればなんとかなんだよ」
「……やればなんとかなるですか」
今日初めて興味が引かれる言葉。
前にも聞いた言葉だ。彼女が
奇しくも全く似つかない彼と被ってしまう。
「……では、本当にどうしようもない絶望を前にした時はどうしますか?」
何を聞いているのだろう。
先程までツマラナイと判断していた人間の答えに興味をもってしまっている。
なぜだかはわからない、でも聞かなければならない。
そう何かが僕に訴えかけてる気がした。
「はっ! そんなもの決まってる。自分の力で前を切り開く。幸運とか奇跡なんかには縋らねェ。信じるのは自分の力のみだ」
求めていた答えではない。日向創が導き出した、全てを救える奇跡を信じ、選択肢以外の道を仲間と創って前に進むという答えでもない。
全ては己の力で何とかする。何度負けようとも最後に必ず勝つ。
僕から見れば彼は弱点だらけの人間だ。才能なんてない。あるのは人より少し秀でているカリスマ性だけだ。
まさに弱い犬ほどよく吠えるのですねとしか感じない。
だからそんな程度の男はいずれどこかで躓き、簡単に折れる。
だがそんな程度の男は僕の予測を外そうと躍起になっている。
彼は今、今後彼の前に立ちはだかるであろう障害の中でも絶対に勝てないと思わせられる敵を前にしても諦めないでいる。
何度やっても折れずに立ってくることに僕は興味を持とうとしている。
「どうしてでしょうか」
つまるところ、期待しているのだ。彼の輝きが大きくなるのを。
やれやれ、これでは以前会った
「……そういうことですか」
希望に定型などない。もしかすると彼のあの姿勢も1つの希望の形なのかもしれない。
そう考えれば僕が彼に期待しているのにも納得する。
────なにせ「希望」は僕の予測を超えてくれるものだから。
僕は龍園くんへと歩み寄っていく。瀕死寸前なのに相変わらずこちらへの視線は死んでいない。
「試してみましょう」
言葉で言うのは簡単だが実践するとなると話は別だ。
彼はまだ知らない。
だから試してみよう、彼が本物の恐怖を前にした時、もう一度同じ言葉を吠えれるかどうか。
超高校級の絶望という才能を使って。
「!? 」
「ひっぃ!!?」
今僕は初めて明確な敵意と殺意を彼に飛ばした。
龍園くんを抱えている石崎くんはこれだけでグロッキーのようだ。
「はっ……はっは……それが……お前の……感情か」
「絶望に感情などありませんよ。あるのはただただ単純な理不尽のみ」
「……わらえねえな」
「それが絶望です。なので今からあなたを理由もなく徹底的に
龍園くんの表情には先程まで見れなかった感情が出てきている。
焦燥、怯え、そして恐怖といった感情。
見たくないものを見ている目をしている。
「あ、ああああああ!」
恐怖で錯乱したのか、龍園くんを支えていた石崎くんの方が尻もちを着く。
同時に自力で立つことが既にできない龍園くんも倒れる。その一瞬で目を逸らそうとしている。
だがそんなことはさせない。
彼の胸倉を掴み、僕の視線と同じ高さまで持ち上げる。目と目を近づかせ、絶望を見せつける。
「……ほら、あるじゃないですか。あなたにも恐怖が」
これで彼も知ったでしょう。己が恐怖のない人間と思っていたのは勘違いだったと。
「最後にもう一度聞きます。あなたはどうしようもない
彼は今絶望に触れている。知ってしまったでしょう、なにをやっても太刀打ちできない本物の恐怖を。
さぁ早く、答えを聞かせてください。
絶望になるか、希望になるか、どちらを選ぶか。
「……何度も言わせんじゃねえよバーカ。何があってもオレは必ず勝利を手にするんだよ。絶望に何度負けようと最後に勝つのはこのオレだ」
舌を出し、こちらを最大限煽るような演出をする。
強がりだ。その声は震えているし、掠れている。それでも彼は吠えきった。
「オモシロイ」
彼の胸倉を離す。
無抵抗だった彼もまた尻もちを付いてしまう。
しかし、直ぐに再びこちらを見る。見たくもないはずの絶望を視界に入れていた。
無様な姿、そう思っても彼をツマラナイとはもう言えなかった。
「あなたは軍門に降れと言っていましたね?」
「あ? 今更何を言ってやがる」
「降参です」
「……は?」
龍園くんが素っ頓狂な声をあげる。
少し離れた所で見ていた伊吹さんと山田くんは口を大きく開けている。
石崎くんは目に涙を浮かべてこちらを黙って見ている。
「僕の負けで良いです。あなたは僕の予測を超えてくれた」
ポカーンとしていた龍園くんが数秒で今の状況を理解し始める。そして心の底からの笑みを浮かべる。
「……はっはははははは! つまりオレの軍門に下ると?」
「ええ。あなたを王と認めましょう」
「つまらねえんじゃなかったのか?」
「あなたが僕を退屈させない限りは力を貸し続けますよ」
「はっ! 本当に……調子の良い……やろう……だ」
どうやら限界が来たことで意識が無くなったようですね。
「彼の介抱はお願いします」
ああ、これが楽しみというものなのでしょう。
彼が今後どうなるのか特等席で見せてもらいましょう。
カラオケを出ると夕日がこれ以上ないほど綺麗に見える空が出迎えてくれる。
僕はそのまま寮へと帰宅する。
なんとなく、今日の歩くスピードはいつもより早く感じた。
龍園 翔との親密度が上がった!!