ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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1日24時間って少ないですよね。
もうちょっと増やすべきだと思う。


交渉

 

 

「全く何をしているのですかキミは……」

 

「クククッ、予想外の事が起きてな。だからお前の当てを頼らせて貰う」

 

 

 時間が経つのは意外と早い。

 先程で昼休みが終わったはずだったのに、気付いたら放課後になっていた。

 

 何をやっても時間が経過することには変わりないのに、集中して何かをすると時間が普段より早く進んでいるように感じる。

 そんな経験あなたにもあるでしょう。

 

 僕も似たような感覚を感じています。ですが授業が楽しいという訳では無い。

 授業の内容自体はツマラナイ。高校1年生程度で学ぶことなど全て記憶している。

 だが他人が完璧に理解できるようにするには、どう教えたら良いか、どのように効率良く教えるか、さらに発展して今後どこでその学んだことを生かせるかと考えていると思ったより早く時間が経っていたのだ。

 

 先程も言った通り、現在は放課後だ。

 僕は放課後の勉強会をするために、再び図書館へ行こうとした。

 しかし僕は今、龍園くんに連行されている。

 

「先輩方からヒントを貰おうと監視カメラ外のとこに連れて行こうとしたら、こっちの考えまで伝わっていた。あれは同じ事をやられてなきゃあんな素早くは対応できねえ」

 

 放課後の勉強会を椎名さんに任せてまで、龍園くんが僕を連れてきた理由は?

 

 早い話、宛があると言っていた裏技探しにこの男が失敗したのだ。

 彼はゲーム感覚で物事を捉える。その油断から失敗しているのでしょう。

 まあ失敗をした過程の中で、同じミスをしないように復習するのは彼の真骨頂とも言えるので、見限るには早計でしょう。

 

「どうやらオレは先輩方に多少顔を知られているらしい。全く臆病なヤツらだぜ。お前もそう思うだろう?」

 

「キミの人選ミスでしょう?ツマラナイ人間かどうかを見極めればそのような結果にはなりません」

 

「おーおー手厳しいな」

 

 彼が失敗したので仕方なく僕の宛を使うことにする。

 実際は今後のことを考えた時に頼りになる人物と会うための口実だが、龍園くんにはその趣旨を伝えていない。

 

 そして今、僕達はその目的の人物がいる所へ向かっているのだ。

 

 だがここで1つ問題がある。視線が痛いのだ。

 なぜなら────

 

「……龍園くん。僕はキミと仲良く歩くなんて思ってもいませんでしたよ」

 

「ああ、そいつは違いねぇ」

 

 そう僕は龍園くんと並んで歩いている。

 道行く生徒、特に1年生と思われる生徒からは奇妙な視線を向けられる。

 

 まさか数時間後に現実になるとは……嘘はつくものじゃありませんね。

 

「で、どこに行くつもりなんだ?本当に宛があるんだろうな」

 

 失敗した彼のためにも名誉挽回の機会を上げますか。

 交渉は彼に任せましょう。

 

 今の僕はブローカーですね。

 もちろんその程度の才能は持っています。

 

「ええ、もう着きましたよ」

 

「ここは……生徒会の」

 

 着いたのは生徒会室。この場所は他の教室と造りが多少違うためか、何だか近寄り難い雰囲気を感じる。

 

 しかしここに目的の人物がいる可能性が非常に高い。近寄り難くても待ってもらうしかありません。

 まあ幸運くらい持っていますから、そこまで待つ時間は長くないでしょう。

 

「……生徒会の奴らから、テストの問題でも聞き出すってか?」

 

 龍園くんの答えは残念ながらハズレだ。

 しかしそれも学校側が求めている答えの1つかも知れない。

 

 どうやらこの学校の生徒会の権力はかなり大きいらしい。

 もしかすると1年の中間試験の問題を知っているかもしれない。

 そしてそれを聞き出すことが出来れば、緊急事態は乗り切れる。学校側がそういう手段を用意する可能性は0ではない。

 

 ですが今回は違う。

 

「いいえ、君がやろうとしていたことと同じです。過去問の入手」

 

「クククッ、それならばほぼ確定だ。さっき脅した3年共には逃げられたが、奴は間抜けでな。

 俺が何も言ってもいねえのに過去問に関することを多少漏らしてくれた。やはり俺の予想通り、過去問には何かがあるみてえだ」

 

 信憑性はなかったのだろう。

 だがテスト範囲の急遽変更が何を求めてのものなのかを察していた龍園くんは疑うことが可能なもの全てを疑った。

 そこで導き出した答えの1つが過去問の入手であり、先程ほぼ確信したようだ。

 

「学校側は緊急事態の対応を求めている。過去問の入手は解答の1つ。問題の出題傾向、出題方式、設問の数、時間の使い方などを予め予測出来ればテストで赤点など有り得ない」

 

「それには多少の知識が必要になりますよ」

 

「はっ、そんなもん3日あれば何とかなる」

 

 龍園くんはバカじゃない。真面目に勉強をすればそれなりの成績を残せるくらいには賢いのでしょう。

 ですが彼からすればテストなんて意味が無いのでしょう。「暴力」を信じている彼にとって、勉強など時間の無駄なのだ。

 

「で、いい加減教えやがれ。誰に会うつもりなんだ」

 

 仕方ありませんね。これ以上勿体ぶる必要もありません。

 まあ彼も薄々察しているでしょうし、答え合わせをしますか。

 

 

 僕は龍園くんに目的の人物の事を言おうとした。

 しかしそれは途切れることになる。

 

 生徒会室の扉が開いたからだ。

 

「……ここで何をしている」

 

 1人の男子生徒が扉から出てくるとこちらに話しかけてきた。

 綺麗に整った顔立ちをしている金髪の男子生徒は、やや細身ながらもしっかりとした体付きをしている。身長は龍園くんと同じくらいだろう。

 

 もしかして生徒会室前での私語を注意するために出てきたかと思ったが、どうやら違うらしい。

 彼は扉を開けた時、扉付近に人がいたことに一瞬驚いていた。なので偶然だろう。

 

「あなたには関係がありません」

 

「……お前ら見ない顔だな。てことは1年、まさか生徒会入部希望者か?でもわざわざテスト期間に来る必要なんてないよな。何が目的だ?」

 

 なんだこの非常に疑い深い男、なんとも自分勝手な推測を……。

 そう思いながら、訝しんだ視線を向けてくる金髪の男に言葉を返す。

 

「目的という程、大それたものじゃありませんよ。ある人に用があるだけです」

 

「ある人だ?それは生徒会の人物か」

 

「ええ。ですがあなたに頼るつもりはありませんよ」

 

「……可愛くねえ後輩だなお前。オレが今手を貸してやれば時間を無駄にしねえ可能性が高くなるんだぞ」

 

「必要ありません。いずれ来るでしょうから」

 

「……ちっ、期待外れかよ。つまらねえな」

 

 後ろから龍園くんの笑い声が聞こえる。大方僕の口癖のような言葉を逆に言われた事が愉快なのでしょう。

 

「そっちのお前は……おっと1年の有名人、龍園 翔くんじゃねえか」

 

「あ?」

 

 龍園くんはすぐに笑いを止め、金髪の男を威嚇するように視線を向ける。

 

「噂になってるぜお前、何しろ暴力でクラスを纏めたらしいじゃねえか」

 

 彼の言っていた有名というのも嘘ではないようだ。彼のやり方は良い意味よりも悪い意味で目立つ。

 1ヶ月の間でこの学校に慣れている上級生たちには知られてしまったようだ。

 もっとも知られたところで何かが変わる訳ではない。

 

「クククッ、ああそうだぜ成金男。何せこの世で暴力程信じられる力はねえからな」

 

「なるほど。とち狂った野郎だが、それ相応の実力があるようだ。そっちの昆布はお前の駒か」

 

「ああ、使い勝手の良い駒だ」

 

 ……昆布。僕の第一印象は相当酷いらしい。

 あと平然と肯定しないでください龍園くん。

 

「お前には期待してるぜ、暴君様よ」

 

「はっ、くだらねえな。お前みたいな雑魚の期待なんか何の価値もねえ」

 

 雑魚。金髪の男子生徒はその言葉に反応する。どうやら彼の沸点は少し低いようだ。

 加えてプライドも高いと分析出来た。

 ついでなので、扉に背を預けている成金男の実力の程を分析開始する。

 

「オレを雑魚か。ボス猿かと思えば蛙だったか?名前負けも甚だしいぜ」

 

「井の中の蛙ねぇ……クククッ、違いねえ。だがお互い様だぜ成金男」

 

 突如始まった煽り合い、彼らしいと言えば彼らしいです。

 が、今の龍園くんは目の前の男ではなく、僕を見ている。なるほど、彼も少しは成長しているらしい。

 僕の与えた「恐怖」は、実力を過信するという弱点を潰したようだ。

 もちろん克服したのはそれだけではないだろう。むしろこれだけならば期待外れも良い所だ。

 

「本当にそう思うのならば、期待外れだぞ龍園 翔。ははは!お前もそう思わないか昆布野郎」

 

 傲慢な男は視線だけをこちらに向け、同意を求める。自信の持ち方が龍園くんの比ではありませんね。

 そして本当にしつこい。暇を持て余しすぎです。テスト週間なのだからさっさと帰って勉強でもすれば良いのに。

 そう思考しながら、彼の質問に返事をしなければと思うと────

 

「クククッ、小物には用はないとよ」

 

 龍園くんが余計な事を被せる。しかし手間が省けたと言っておきましょう。

 僕はこんな男に用がある訳では無い。話す価値もない。

 もっとも目の前にいる男子生徒に才能がない訳では無い。分析の結果、彼もこの学校内では逸材中の逸材と言える。

 だが僕からすればツマラナイ。

 何より彼は────「希望」たり得ない。

 

 余裕そうに背を預けていた金髪の男には、少しだけ怒りの感情が表情に出ている。

 まだ何か喋りそうな勢いをしているが、もうその時間はない。

 

 ────なぜなら目的の人物がやってきたからだ。

 

「南雲、何をやっている。笑い声が廊下にまで響いているぞ…………なるほどお前か」

 

 目的の人物は廊下から生徒会室に向かうように歩いてくる。

 相変わらず生徒会の仕事に追われていましたか、随分真面目なことです。

 目的の人物は僕を見るとある程度の状況を察したようだ。

 

「あなたを使いに来て上げましたよ」

 

「ふっ、良いだろう。話を聞こうか。南雲すまないが……」

 

「……へいへい、邪魔者は消えますよっと」

 

 金髪の男子生徒はこの場に現れた4人目の生徒、生徒会長の言葉に従い、どこかへ行く。

 去り際にこちらを見ていたが、生徒会長がいるためか特に何かを言うこともなく消えていった。

 

「お前と生徒会長に面識があるとはな」

 

「ええ、ポイントの確認をするために活用させて貰いました」

 

 僕と彼には面識がある。

 なぜ面識があるのか、まずそこを説明しなければ行けませんね。

 

 

 

 

 ─────────────────

 

 

 

 入学式2日目。伊吹さんのお誘いを断ってでも進めた僕の目的の1つは、ある生徒との接触だった。

 

 先生方への質問はあまり期待していない。彼らの質問に対する受け答えは徹底している。

 早い話、口が硬すぎて情報をあまり取れないのだ。

 だが情報を整理するにはどうしても僕よりもこの学校に詳しい人に話を聞かなければならない。

 

 まあ学校側のデータに侵入して、調べた方が手っ取り早くていいのですが、手持ちのポイントでは、機材購入によって、誰かに大きな借りを作る上に0円生活を余儀なくされる。

 カメラ1台や携帯端末に侵入するなら、そこまでのポイントを払う必要はないが、相手は学校という1つのデータベース。国が運営している上に秘匿主義のこの学校をクラッキングするのは少々難易度が高いと見て良いでしょう。

 ポイントの価値観も分からないままでやる作戦にしてはリスクが高い。

 なので仕方なく僕自身が足を運ぶ必要がある。

 

 そこでポイントについての問題を解決するために思いついたのが先輩だ。だが誰でも良い訳では無い。

 2年生ではなく、3年生で非常に優秀な生徒に会う事に意味がある。

 

 今回の目的のもう1つはここにある。この学校の優秀な生徒がどれくらいのポイントを所持しているかだ。

 以前無料食事コーナーの山菜定食などを食べている先輩方は今にも絶望しそうな顔をしていた。

 だがそれも一部の人だけ。普通に食事をとっている人もいれば、娯楽にある程度のポイントを費やしている人もいた。むしろこっちの方が多いだろう。

 

 

 以前推測した通り、今後は何らかのポイント変動が起こるのでしょう。その変動によって彼らのポイントはなくなった。だが減った者がいるということは当然、増えた者もいる。

 この世のほぼ全ての事柄は二項対立的な秩序が存在する。この現象も当然これに則るだろう。

 

 では増えたポイントがどの程度なのかを知らなければならない。それさえ知れればポイントの価値観が分かる。

 ポイントは何にでも使えるという坂上先生の言葉の真意にも近づけるだろう。

 

 ではどうやってポイントを持っている生徒を見分け、接触するか。

 だがそこについては問題ない。まず間違いなくポイントを持っている生徒を1年生全員は見ているはずだ。

 

 生徒会長だ。入学式にこの学校の生徒を代表して、ありがたい言葉を言っていたのを僕は記憶している。

 この学校の長を任せられるほどの人物ならば多くのポイントを持っていてもおかしくない。

 

 つまり今回の目的とは顔を知っている3年生、生徒会長と接触し、できるだけ情報を抜き取ることだ。

 

 

 だがもう1人、僕は先輩を覚えている。

 そして情報に信憑性を持たせるためには1つでは足りない。だから生徒会長の前にその生徒から情報を教えて貰いましょう。

 

 そしてもう1人の生徒は既に見つけている。ここから5mくらいの所を歩いている。

 そして都合良くこちらに近づいてきてくれた。

 

 

「すみません、先輩ですよね?」

 

 僕はその生徒に接触する。演劇部、詐欺師、心理学者、交渉人などの才能を用いて話を友好的に進めますか。

 

 話しかけた人物は入学式に生徒会長のサポートをしていた女子生徒。

 紫色の髪を左右対称にお団子結びをした、非常に優しそうな小柄の3年生。

 彼女は僕の声に気付き、こちらを振り返る。

 

 

「オレは1年の日向創って言います!ちょっと聞きたいことがあるんですが、お時間はよろしいでしょうか?」

 

「あっ、はい!少しだけならば大丈夫ですよ!私は3年の橘 茜です。日向くんでしたよね?それで何を聞きたいのですか?」

 

 入り方は完璧ですね。やはりカムクライズルよりも日向創の方が初対面に与える印象を良くできる。現に彼女はこちらを警戒していない。

 僕の容貌を見てもそこまで気にしていないようだ。

 

「この学校のポイントについて、答えられる範囲で教えて欲しいんです」

 

 橘さんは少し渋い顔をする。非常にわかりやすい人だ。

 やはりこの人は当たりですね。

 

「ポイントについてですか?学校側から説明はしっかりしていると思うのですが……」

 

「高校生に月10万円って多すぎると思いません?」

 

 彼女が言い切る前に次の言葉を挟む。彼女に僕がどこまで知っているかを伝えれば、彼女との余計な会話は切れると考えたからだ。

 

「……キミは私が思っているよりも賢いのですね。でもそんなことはないですよ。君たちはこの学校に入学した。それだけで10万円以上の価値があると見なされているのです」

 

 坂上先生とほぼ同じ解答。おそらく予め用意したもの。

 学校側が上級生に、下級生からの質問を答えるななどと言われていると考えて良いでしょう。

 

「なるほど。じゃあ、もう2つだけお願いします。先輩って今、何ポイント持っているんですか?」

 

「……そうですね。それは秘密です」

 

 口元に手を持っていき、人差し指を立てる。

 可愛らしいその仕草からも何を言いたいのか分かった。

 しかし一瞬の間があった。

 その間から推測するに、こちらもストップがかけられていると見ていいでしょう。ダメ元ですが、聞いてみますか。

 

「え?それって誰かに教えちゃダメって決まりなんですか!?」

 

「ふふふ、それも秘密です!でも貴方みたいに優秀な生徒ならばいずれ分かるはずです!……ではもう1つとは?」

 

 ニコニコと笑ってそう言う彼女は嬉しそうに、そして楽しそうに話している。

 ツマラナイ。こうも簡単に情報を抜き出せると拍子抜けだ。

 まぁ、今回は僕にとって必要なのでツマラナイ事でもやらざるを得ない。

 

 もう1つとは?それはこの女の端末を覗くこと。一瞬で良い。それだけで彼女の所有ポイントが表示される画面を見れば良い。

 彼女の警戒心が薄いため、会話をしながら少しずつ距離を縮める事が出来た。

 この距離間ならば彼女の端末を覗くことが出来るでしょう。

 

 彼女は生徒会に選ばれるくらいの生徒。

 つまりそれなりに優秀なのでしょう。ポイントも一般生徒以上には持っていると考えて良い。

 

「もう1つは……そ、そのポイントの移し方なんですけど……」

 

「移し方?教えますよ!」

 

 僕は携帯端末を片手に彼女へもう一歩近付く。お互いの肩がぶつかりそうなほどの距離感を保つ。

 それにしても、この女子生徒は優しい人だ。さぞかし男子にモテるのでありましょう。

 ですがツマラナイ。本当に警戒心がない。

 人が良い事は美徳ですが、無警戒というのは愚かなだけだ。

 さて次は─────運が良いですね。やっとご到着のようです。

 

「おい橘、そこで何を……ん?その生徒は……」

 

「か、会長!?すみません!時間忘れちゃってました!」

 

 黒い髪に黒縁のメガネ、しっかりと制服を着こなし、ネクタイも真っ直ぐ整っている。まさに優等生と言っていい姿をした男子生徒、生徒会長がこの場にやって来る。

 彼の顔は整っている。身長は僕より若干高いくらいでしょうか。

 そしてこの男、なかなか良い才能を持っている。

 

 生徒会長の才能くらい僕も持っている。

 ですが身体運びから見ても何かしらの武術を嗜んでいる。それも非常に高い水準で。

 

「す、すみません!橘先輩、彼氏との待ち合わせ中でしたか…………これは申し訳ないです!」

 

「か、彼氏!?堀北くんが私の!?」

 

「えっ?違うんですか?」

 

 頬は紅くなり、慌てふためく女子。

 わかりやすい。生徒会長に好意を抱いていると誰でも分かってしまう反応。

 

「オレと橘はそういう関係ではない」

 

 肩をおとし、気落ちした態度を露骨にみせる女子。

 ……わかりやすい。生徒会長、後方で悲しそうな顔している人がいますよ。

 

「あっ、そうなんですか……でも時間を取らせてしまって本当に申し訳ありません」

 

「…………構わない。それにしても何故こんな時間まで学校にいる?キミは1年だろう?」

 

「はい!俺は1年です!……実は先生と先輩に聞きたいことがあったんです!先に先生方に聞いたら、予想以上に時間取られちゃって……そしたら殆どの先輩帰宅してて、やっと見つけたのが橘先輩だったんです!」

 

 適当な嘘ではない。事実と嘘を半分ずつ入れながら話すことで真実味を帯びさせる。

 超高校級の詐欺師の才能を使えばこの程度造作もない。

 

「会長、彼は賢いです。ポイントの事を聞いてきました」

 

「ほう、それは大したものだ。…………お前の名は?」

 

「オレは日向創って言います!よろしくお願いします!えっと……間違いじゃなきゃ入学式で話していた生徒会長ですよね?」

 

 さて彼からも抜き取れるだけ情報を貰いましょうか。

 

「ああそうだ。オレはこの学校の生徒会長、堀北 学だ」

 

 

 順調だった。

 生徒会長の次の言葉を聞くまで。

 

 

「さて、今度はこちらから質問しようか。なぜ名前を偽っている?『カムクライズル』」

 

 ─────なに?

 この男、どうして僕の名を……。

 

「か、カムクラ?誰ですか?」

 

「惚けなくて良い。オレは今年の優秀な1年の顔と名前は覚えている。カムクライズル、その長い髪は特徴的すぎるぞ」

 

 表情にこそ出さないが、僕は驚いていた。と同時に喜んでいた。

「未知」の襲来。その事に少しだけ興奮しながらも詐欺師の才能を使い続ける。

 

「だ、だから誰の事を言ってるんですか?」

 

「お前は入学試験を満点で合格し、身体能力もずば抜けていた非常に優秀な生徒。個人としての能力はこの学校始まって以来最高と評価されているほどにな」

 

「か、会長?何を言って?」

 

 今起こっている現状についていけていない橘さんは混乱状態だ。

 

「橘、こいつはお前から取れるだけの情報を抜き出そうとしていたという事だ」

 

「そ、そんな……せっかく良い後輩が早速出来たと思ったのに」

 

 生徒会長はがっかりとした様子を見せる橘さんから視線を外し、僕へと戻す。

 

「で、どうなんだ?カムクライズル。その一流ハリウッドスターも驚く演技をまだオレに見せてくれるのか?」

 

 予想外だ。まさか彼が僕の事を知っていたとは。

 仕方がない。これ以上彼に疑われては円滑に目的を達成できなくなる。

 僕はそう判断し、詐欺師の才能を解除した。

 

「…………侮っていましたよ、生徒会長」

 

「やっとデータ通りの口調になったな。それで何が目的だ?」

 

「ポイントについて確認しようとしただけですよ」

 

 嘘を言ってないかを確認しようと生徒会長は僕の表情、目の動きを凝視する。

 

「……ふむ。まだ学校が始まって2日目にもかかわらず、ポイントの存在に気付き、その上で行動を起こすか。そしてその手段があまりにも自然な会話による情報奪取。どうやらお前の実力は1年の中でも頭一つ抜き出ているようだな」

 

「そんな分かりきった事をいちいち言うのは時間の無駄です」

 

「オレから情報を抜き取る時間を確保したいからか?」

 

「ふーん……あなたは他の人達よりかはマシみたいですね」

 

 お互いに視線を合わせ、対峙している。ここまで警戒された彼から情報を抜き取るのは面倒だ。

 

「ふっ、お前には期待しよう。お前のこれからの動き次第で、お前に投資してやっても良い。それこそ10万ポイント、いや場合によっては100万ポイント以上をな。……これでお前が求めていた答えを見つけられただろう」

 

 確信を持った言葉とともに、眼鏡の奥にある瞳が揺らめいた。

 どうやらこちらの目的にも気付いていた。やはり彼は侮ってはいけないようだ。

 

「ええ。では僕はここで失礼します。あなた達も時間が迫っているでしょう?」

 

「待て。この学校のポイントにここまで早く、そして深く気付いた上で行動を起こしたのはお前が初めてだ。お前が良ければ生徒会の席を1つ与えてやってもいい」

 

「か、会長!?何を言って!!」

 

 生徒会。生徒会長や書記、会計、その他全ての役職の才能を持っている僕からすれば退屈でしかない。

 なら答えは1つしかない。

 

「遠慮しておきます。ですが、僕個人としては貴方との関係を友好的にして欲しい」

 

「ふっ、そうか。ならばお前とは友好的に行こう。こちらもお前という男を見極めさせてもらおう」

 

「か、会長、そろそろお時間が……」

 

「そうだな……ではまた会おうカムクライズル」

 

 そう言い終えると彼らはやや早歩きで立ち去っていった。

 

 

 ─────────────────

 

 

 

 生徒会長が案内した部屋に入る。酷くこざっぱりとした客室のようだ。

 3つの椅子と1つの机しかない。

 

 

「安心しろ、ここに監視カメラはない」

 

 さすが生徒会長ですね。配慮が行き届いている。そして手馴れている。こういう交渉も初めてではないのでしょう。

 

「それでお前達がこの時期に訪れるということは……」

 

「ええ、中間テストについてです」

 

「やはりな、それで何が望みだ?」

 

「テストの過去問、あなたが1年の時に行った中間試験を参考にしたい」

 

 薄く笑い、生徒会長の表情に初めて変化が現れる。そしてポケットから端末を出し、操作し始める。

 その数秒後、彼はある画像をこちらに見せてきた。

 

 その画像には数学の問題が写っている。つまり過去問なのでしょう。

 

「誰かしらこの可能性に辿り着くと踏んでいたんでな、予め用意しておいた。安心しろ、5教科全ての問題が揃っていて、今ここで渡せる。

 だが物事には対価交換が当たり前、3万ポイントでなら交換してやっても良い」

 

 彼のこの発言と用意周到なところから考えてもこれは正解らしい。

 やはり過去問が裏技のようだ。だがタダで手に入る訳ではない。

 当然と言えば当然ですね。若干値段が高いのは相手の交渉術を見極めるためですか。

 

「らしいですよ龍園くん。どうするんですか?」

 

「ここで俺に振るんじゃねえぞ昆布野郎」

 

「必要なのは君でしょう?僕の場合、満点が確定していますので過去問は必要ありません」

 

 龍園くんは顔を顰める。さて、彼はどのように値引きするのでしょうか。

 

「ちっ……てことで勝手ながら交渉人を変えさせて貰うが良いか?生徒会長さんよぉ」

 

「構わないぞ龍園 翔。それでいくらに値引きして欲しい」

 

 生徒会長も龍園くんを知っているようだ。

 

「決まってんだろ───0ポイントだ!」

 

 突如、龍園くんは生徒会長へと拳を放った。予想通りですね。

 監視カメラがないならば奪ってしまえば良い。彼らしい考えだが、今回はしっかりと交渉した方が正しかったですね。

 

 なぜならその攻撃は生徒会長に届かなかったのだから。

 

「……なるほど強奪か、お前らしい」

 

 掌で龍園くんの拳を完璧に抑えていた。

 博打には失敗だ。これで彼は3万ポイントからの値引きをするのが非常に難しくなった。

 攻撃を仕掛けてくる交渉人にプラスの利益なんて与える訳がないですからね。

 

「……ちっ、ただの真面目ちゃんかと思ったが存外そうでも無いらしい。歴代最高の生徒会長ってのは伊達じゃねえか」

 

「見立てが甘かったな。では次はどうする?大人しくポイントを払うか?」

 

「……分かった。ポイントを払おう。だが3万払うんだ。1年の最初の小テストも付けてくれ」

 

 少し考えた後、彼も了承する。

 

 そして彼も気付いていた。

 高校1年に出す問題にしては非常に難しいレベルと言える小テストの問題は、この過程での確認作業で使わせるためでしょう。

 どんなに難しい問題でも答えさえ知っていれば解けないことはない。

 そして小テストが一緒であるならば、中間試験の問題も同じである可能性は十分に有り得る。

 ブラフである可能性も否定できないが、間違いなく参考にはなる。

 

「良いだろう、交渉成立だ」

 

 龍園くんは携帯を取り出し、データを送るために連絡先を交換している。

 

「ククッ、あんたの連絡先を手に入れたと考えれば3万の支出も結果としては上出来だ」

 

「ふっ、お前の事は聞いている。やり方こそ褒められたものではないが、実力は申し分ない。今年の1年には期待できそうだ」

 

「ああ、期待しろ。いずれ俺のクラスがAクラスに上がるからよ。もっともその結果をあんたがいる間に見せれるか分からねえがな」

 

 龍園くんはご満悦のようですね。目的を達成したためか随分と上機嫌だ。

 

 その後、僕も生徒会長と連絡先を交換した。

 彼との関わりは今後起きる何かへの対処法としては十分すぎる収穫だ。

 

 それこそ3万程度で済んだ結果は重畳でしょう。

 

「用は済んだ。俺達はここで失礼させて貰うぜ生徒会長」

 

「ああ、気を付けて帰れ」

 

 龍園くんと僕はさっさと部屋を出る。そしてそのまま寮へと直行した。 帰り道、再び龍園くんと仲良く歩く羽目になったが、正直もう慣れました。

 

 まあ何はともあれ、中間試験の対策はこれにて終わりですね。

 ツマラナイ時間ももう少しの辛抱と考えれば多少は楽に生活できるでしょう。

 

 さて、明日のお弁当の準備をしますか。

 物事が上手くいったので少し豪華に作りましょう。

 

 

 

 生徒会長と有意義な時間を過ごした!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言えば寮に帰った後すぐに、一之瀬さんから僕と龍園くんが並んで歩いている画像と「本当だったんだね(笑)」というメッセージが送られてきた。

 

 やはり嘘はいけませんね。あなたもこんな風になりたくなかったら、嘘をつかないで生活してください。

 

 

 




活動報告でこれからの更新について書いておきました。
夏休みが残り約1週間で終わるんですよ。でも時間がない。
もはや休みじゃない件について。

お気に入り登録や感想をくれた方々、本当にありがとうございます!

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