事件と恋愛
Cクラスの朝は基本的に騒々しい。一人一人が個性的で我が強く、積極的な人たちが多い。
このクラスの特徴は基本的に仲の良い少数のグループで固まっていること。
そのグループ内で彼らは楽しそうに会話をしている。非常に賑やかで、第三者の視点から見れば、明るい生徒達というイメージがつくでしょう。
しかし、その少数のグループを龍園くんのグループが大きく囲い、統率している。
それによってこのクラスは龍園くんがいる時は、普段よりも声が縮まり、決して賑やかとは言えないクラスになる。
龍園くんがいるかいないかで少数のグループの声の大きさが変わり、雰囲気が180度反転する訳だ。
だが、今日のCクラスの雰囲気は違う。龍園くんがいるにもかかわらず、どことなく浮き足立っていて騒がしい。
いや、おそらくCクラスだけではない。他のクラスも同様だろう。
何せ今日は月の初め、つまりポイント支給日だ。
ポイントの重要性を知ってから、どのクラスもポイントが減らないように日常生活の態度を改めて努力した。
その努力が報われるかどうかが分かる月初めなのだ。
既に坂上先生は教卓に到着していて、ホワイトボードに結果を書き終えていた。
予め説明しておきますが、
cpのcは“class”のc、ppのpは“private”のpの略称です。
Aクラス 1004cp
Bクラス 765cp
Cクラス 580cp
Dクラス 87cp
クラスのざわめきが大きくなる。先月のCクラスは490cp、つまり90cpも上がっている。
他クラスも同様。上がり方の違いはあれど、どのクラスも確実にポイントを増やしてきてた。
しかし、ここで問題が一つ。
今回は580cpを貰えた。
しかし、端末にポイントが反映してない。
これこそ浮き足立つ原因。何らかの理由によって学校側からお小遣いを貰えてないことに怒りは隠せず、現金の役割をするppがないと生活できない可能性もあるので愚か者にはかなり辛い状態だろう。
「まずはこの1ヶ月よく頑張りました。先月より90cpも増やしたのは見事です。皆さんの努力が報われた証拠です」
「おいおい坂上センセイよぉ、俺達が聞きたいのはそんなことじゃねえぜ」
だらしなく席に座り、見る人によっては恐怖を連想させられる笑みをしている龍園くんが坂上先生の言葉を遮る。
もちろん、先生は彼の態度を注意しない。
この態度も支給ポイントに関係しているだろうが、注意はできない。
「ふむ、確かにそうだ。ポイントの支給が遅れていること、それについての説明が君たちにとっては重要だ。……結論だけ言ってしまうと少しトラブルが起こっている。これにより、1年全クラスのポイント配布に遅れが出ている」
トラブル。その言葉を聞き、龍園くんはこれ以上ないほど清々しい笑顔を見せる。
「だが数日以内に必ず58000ppが君たちの端末に支払われる。それまでは友達から借りるなり、節約をするなりして凌いでくれ」
その後、坂上先生はテキパキと事務連絡を終え、HRを終わらせた。
早速、友達からポイントを借りる人がチラホラと見える。
月5万程も貰っているのになぜ足りなくなるのかと感じている人がいるでしょうが、それには少し理由がある。
もちろんポイントを借りている人は愚か者が大半だが、少数派の中に部活動関係で予想以上の出費があったためにポイントを借りざるを得ない状況の人もいる。
これを自業自得というのは些か酷な話です。
「よう、俺のパーティーを断ってひよりと伊吹を連れて密会してたらしいじゃねえか。それもお前の部屋でなぁ」
そんなことを考えながら授業の準備をしていると、先程と同じような満面の笑みを見せながら、龍園くんがこちらに歩いてくる。
第三者の視点でこの状況を見ているクラスメイトは、龍園くんの挙動に引いているようだ。
「言葉の選び方に悪意を感じますね」
「なに、両手に花ってのは羨ましくてなぁ。感想を聞きに来たんだよ」
羨ましいと言っているが、彼の表情には愉悦以外の感情は映っていない。
こちらをおちょくるような愉快な笑みが張り付いている。
「どうでもいい。早く本題に入って下さい」
「クク、酷い言い草。さすがモテる男は言うことが違う」
相変わらず面倒な絡みですが、彼らしいと言えば彼らしい。
だが、それよりも面倒なのは周囲の視線だ。
彼が周囲に聞こえるくらいの声で故意に話しているせいで、クラスメイトからの視線が痛い。特に羨望の視線が多くてうっとうしい。
加えて、「お前の部屋で」「密会」などと変な誤解をされている。
根暗ランキング1位なんて不名誉な称号を持っている僕の評判は相当悪い。
そんな不気味な男が客観的に見て美少女と呼ばれる2人と自室で過ごすなんてことをしたら、その後の反応はだいたい決まっている。
それが今の面倒な状況だ。
そして二次被害を受けている伊吹さんは変な誤解が恥ずかしいのか、若干頬を赤らめている。その上で龍園くんを睨んでいる。
今日の彼女の睨みは怖いという感情は到底浮かばない。
ちなみに椎名さんは本を熟読していて、こちらの話は聞こえてないようだ。
「あなたのせいで変な噂が流れそうですね」
「そう言うなよ、俺らは親友だろう?」
龍園くんは前の椅子に座って握手を求めてくる。
あの適当な嘘はとうとう本人に巡回してしまったようだ。
面倒くさい。
これ以上彼のペースになるのは面倒なので強引に話題を変える。
「計画は、上手くいっているようですね」
「ああ、今の所順調だ」
「手伝いますか?」
「お前を使う気はねえよ。奥の手は取っておくもの。だから大人しく傍観してやがれ」
計画とはDクラスへの攻撃。これが今起こっている騒動の原因だ。
ではその計画を実行した理由は何か? 簡単だ。
龍園 翔が知りたいからだ。学校側の対応がどの程度まで及ぶのか、そのデータを欲しいがためにやっただけなのだ。
似たような事で、BクラスにもDクラスほど大規模ではない小規模の嫌がらせをして学校側についてのデータを集めている。
「では本題に戻って下さい。僕にどんなツマラナイ事を伝えようとしているのですか?」
「せっかちな野郎だぜまったく。……やっと俺の支配体制の基盤が1つ作れた。それにお前も同意してもらおうと思ってな」
「祝勝会で決めたことですか」
「ああ、一言で言うなら税の徴収だ」
随分と国家らしいことを始めた。バレたら学校側から何らかの処罰を受けるだろうが、これから起こるであろうクラス闘争の備蓄と言えばそう簡単には罰を与えられない。
「まぁまだお試し期間だがな。今後起こるであろうクラス闘争で俺が結果を残したら、これを続けるっつう条件付きだ。まだ完全にはこのクラスを手中には収めてねえからな、チクられて始める前から詰むのはつまらねえ」
彼は見た目のわりに慎重でかつ、努力家です。
これを言ったら彼が怒りを露にするのは簡単に想像できる。
「わざわざ直接言うのは手間がかかる。僕にメールで送れば良かったのでは?」
「前にも言ったが、俺はこの端末を信用してねえ。足なんか付きたくねえんだよ」
用心深いことだ。
僕ならばそのデータを完全に消せるため、その考えは外れていた。
「そもそもてめぇら3人が密会してなかったら、ここまで手間をかける必要はなかったんだがな」
「来なかったのは僕達だけではないでしょう? 強制力も伴っていなかったのに随分な言い方ですね」
「黙れ。他の来れなかった奴らは後で脅すだけだから苦労しねえんだよ。だがお前ら、特にひよりは我が強すぎていちいち面倒くさい」
龍園くんは自身の後頭部を触りながら愚痴る。
暴君でもマイペースには振り回されるでしょう。
僕は椎名さんへと視線を向ける。
彼女は自分の名前が会話に出ているのにもかかわらず、先程と全く変わらない姿勢で本を読んでいる。
僕の視線移動に気が付いた龍園くんも続けて椎名さんを見る。
そしてそんな椎名さんを見ると彼はため息をつく。もはや、彼女のマイペースは才能の域にあるのかもしれない。
その後、彼は僕にある紙を手渡す。そこには彼の言うポイント税というものが書いてあった。
──ポイント税──
40人いるCクラスの生徒から1人あたり月3万ポイントを徴収。集められたポイントは全て龍園翔のppへと変わる。
ただし、この方法で集めたポイントは私利私欲では使わない。何を目的に使ったのか確認したいならばいつでも聞いていい。
このポイントは今後起こるクラス闘争への費用であり、万が一の貯蓄。もし何らかの理由でどうしてもポイントが必要ならば相談に来ていい。
例を挙げるならば部活動や生徒会。例外はボーナスプライベートポイント。これに関しては自由に使っていい。
メリット
・クラス闘争への費用を確保出来たことによって、現段階では他クラスよりも1歩有利であること。
・集めるポイントは3万で固定しているので安定する。
・cpが上がれば、必然的に1人1人が使える量が増えることは目に見えて分かるので、比較的協力的になり、普段の生活態度が向上する。それによってcpも向上する。
・節約を強いられるので自立する力が向上する。
・ボーナスプライベートポイントから差し引きがないため、部活動に対して積極的になる。
デメリット
・cpが下がってしまった時に、徴収するポイントを固定しているせいでクラスメイトが辛くなる時がある。
・バレた時に学校側から処罰の可能性がある。
・結果を残せなくなったら、反発の力が大きくなる恐れがある。
簡単に要約すればこんな所でしょうか。思い切った改革をしたものですね。
そして何より、
「随分と優しい暴君になりましたね。何か心変わりでも────」
言葉を言い切る前に彼の右拳が飛んできた。
頬のところまで来たが、それは僕の左手で止められることになる。
どうやら牙が抜けた訳ではないらしい。
「……ちっ、この不意打ちも止めやがるのか。相変わらず化物だぜお前。それで、異論はあるか?」
彼の拳をすぐに離す。周囲はこの状況にざわつくが一時的なことなのですぐに収まるでしょう。
かなり破天荒な事をやっていますが、僕は特に気にしない。
むしろこの方が僕としても退屈しない。
もっとも、教室についている監視カメラに今のやり取りが映ったのは間違いないので、ポイントは少し減るでしょうが。
「ありません。そもそも拒否権はないと言うつもりでしょう?」
「根に持ちやがって……死ねクソワカメ」
龍園くんは自分の机へと戻っていく。
彼の表面は変わっていない。暴力至上主義の不良。大半はこのイメージを持っているだろう。
だが、台風のような行動をする彼の背中は以前より大きく見えた。
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「やっぱり伊吹さんとカムクラくんって付き合っているの!?」
ポイント支給日の今日、授業の関係上同じグループになった女子からこんな質問を受けた。
これを聞いた時、私はため息をついてしまった。
この質問を受けるのは何回目だろうか。飽きる程聞いたがために出てしまった溜め息は仕方ない。
私の中でこの質問の答えはすでにパターン化されている。それほど同じような質問を受けてきた。
特に、6月初旬は少なくとも1日1回この質問をされた記憶がある。
私は他人と話すのが得意じゃない。だから、友達の数は一般的に見てかなり少ない方だと自負している。
にもかかわらず、普段私と喋らないCクラスの人や、さらには他クラスの人すらもこの質問をしてくる。
そして、決まって否定する。
私とカムクラは付き合っていない、この一言を言うだけで基本的に私の前から人は消えていく。
偶に牽制するように追求してくるウザイ奴もいるけど、適当にあしらっていた。
今になって考えてみると、そのような人達の中にカムクラを狙っている人がいたのかもしれない。
わざわざ私みたいなやつにすら先手を打たせないようにするのだから、きっとそうなのだろう。
もっとも、色々なことが頭おかしいレベルでできるカムクラは優良物件だけど、あの見た目を好きになる奴は大概ズレていると思う。
まぁそれはどうでもいいとして、問題はなぜこうも質問されるかという原因だ。
実際、原因は分かっている。
それは私がカムクラと一緒に帰っているということだ。
誤解はしないでほしい。決して、私たちの間では恋愛感情なんて生まれていない。
確かに、カムクラとは友達だと思っている。
Cクラスでもまとも……ではないが、他の奴らよりも教養がある上に、一緒にいて気を使わないでいられる稀有な存在だからだ。
こんな感じで質問を返した時、気を許せる友達だとしても男女が何もなしにほとんど毎日一緒に帰るのか、と聞かれた時もあった。
いちいちうっとうしいだろコイツらと思ったが、事実、ただ友達だからほぼ毎日帰っている訳ではない。
その理由は簡単だ。カムクラと一緒に居れば、龍園から離れられるからだ。
私は龍園が嫌いだ。あいつのやり方も考え方も賛同したくない。
負けたから従っているだけであいつの卑怯なやり方には正直うんざりしている。
それほど、私はあいつを毛嫌いしているのだ。
そんな龍園ですらカムクラのことは認めていて、かなり自由に行動を許している。
だからカムクラと一緒にいれば、命令される回数も最低限に減るし、たとえ命令されても巻き込むことができる。
巻き込んでしまえば、カムクラが持ち前の能力でぱっぱと済ませてくれるから私は基本的に何もしない。
……たぶん龍園も私の考えに気付いてるだろうけど、カムクラを引っ張り出せるから特に文句を言ってこない。
これほど私にとってメリットに溢れたことはない。
つまり、カムクラと一緒に帰る理由を一言で言うなら、対龍園用スプレーみたいな感じだ。
これが真実であり、誤解されている事でもある。
だが、私がカムクラに恋愛感情を持てない理由はもう1つある。
それは私の心が彼を恐れているからだ。
そしてこの根拠は私を含めて数人しか知らない。
あいつが口癖のように言う「ツマラナイ」という言葉。
その言葉が無意識の内に出てしまった時、あいつの血のように赤い目には何を映しているのか分からず、言い様もなく恐ろしい。
龍園を追い詰めた時に見せたあの雰囲気。
近くにいるだけで気がどうにかなりそうなあの非現実的な気配は、見るもの全てに恐怖を振り撒いていた。
こんなものを見せられてどうやって恋をしろというのか。
私だって女子だ。恋愛をしたいと考えたことだってある。
どんな性格が好みか、どんな顔が好みかといったそれなりの基準だってある。
でも、たとえ私の好みにあいつが当てはまっていたとしても、私にとってカムクライズルという人間は他の女子が言う何でも出来る凄い人という認識よりも、言葉では説明できない恐ろしい
そんな相手に恋愛感情は持てない。
……まぁ普通に接するだけならば、さっきも言ったけど気楽でいられる存在だから嫌いじゃない。
だから、友達で十分なのだ。
さて、そんなこんなで今日の放課後もカムクラと一緒に帰っている。
今日は龍園からの命令もないし、特に気負うこともない良い一日だ。
思えば、私はこいつを一方的に利用しているだけだ。
この学校に入学したての時もポイントについての理解を深めるために利用した。
私はそういう点で利己的で現実的に割り切れる人間なんだなぁと痛感する。
けれども、それを悪いこととは思えない。結局私も根は良い人ではないのだ。
「なぁカムクラ、あんたって気になる女子とかいないのか?」
考えるのに飽きたので私の隣を歩くこの男に暇潰しがてら、そして興味本位で聞いてみる。
「いません」
「ふーん、じゃあ彼女いたことは?」
「あなたは僕がそのような存在を作る人間に見えるのですか」
「いや、まったく」
脊髄反射で出たこの答えは多分間違っていないだろう。
「でももしかしたらってあるだろう、記憶を振り返ってみてよ」
「気になる女子、ですか」
カムクラは以前質問された時と同じように、らしくなく悩みだす。もしかしたら本当にそういった子がいるのかもしれない。
こんな仏頂面でどことなくズレた性格をしている彼にもそういう甘い思い出があると考えると興味が出てくる。
結局、私もこういう話は嫌いじゃない。
さっきこういう事を聞いてくる奴はウザイと思っていたけど、他人の恋愛話を聞く面白さを実感してしまった以上、もう彼らの悪口は言えないかなと心の中で反省する。
「いるの? それともいたの?」
「……いいえ。先程も言った通り、僕にそのような存在はいません」
「怪しいわね、その間」
私は笑いながら彼に追及する。多分今の私はお淑やかからは真反対に近い笑い方をしている。
擬音を付けるならばたぶんニタニタとかだと思う。
「どうでもいい事です。それより、あなたは龍園くんにポイントを渡したのですか?」
こいつ、話逸らしやがった。でも逸らすってことはそこに何かがあるってこと。
これは良いことを知れた。今度椎名との話のネタにでもしよう。
それはそれとして、私は質問に答える。
「渡した。あいつは大嫌いだけど、今回のポイント徴収は理に適っているし、賛成できる」
「公私の区別はできているのですね」
「何よ……私だって好き嫌いで全部決める訳じゃない。いくらあいつが気に入らなくても、今後このクラスのメリットを考えて良いって思ったから賛成したの。別におかしくないでしょう」
「そうですね」
ここで話が途切れる。
こいつ、自分で話逸らして切りやがった。
私はそんなことをした下手人の表情がどんな風になっているのか気になったので、彼の顔を覗き込む。
話を強引に切ったのだから、少しくらいいつもと違う表情をしているかなと思ったが、相変わらずの無表情。何を考えているのかまったく分からない。
こいつ、顔のパーツは整っているんだな。もったいな、やっぱりこの髪がいけない。
「あんた、髪を切った方がいいと思うわ」
「人の顔をじろじろと覗き込んだ挙句に出た感想がそれですか」
「うるさい。それよりその髪どうすんの?」
「どうもしません。このままでも支障は来しません。それに、切りたくなったら自分で切れますから」
「……美容師の才能くらい持っていますから?」
「正解です」
ほとんど勘で言ったが、どうやら正解したらしい。
でも正解したのにまったく嬉しくない。
むしろ、何で美容師の才能まで持ってんだよってツッコミたくなる。
「本当に出来ないことってないのねあんた」
「はい、……羨ましいですか?」
「はっ? 別に羨ましくないわよ」
カムクラからの珍しい質問に少し戸惑ったが、私はすぐに答えた。。
たくさんの才能を持っていることは確かにすごいと思うけど、羨ましがったり、妬んだりなんかはしない。
だってダサい。
小さい頃だったらまだしも、高校生にもなって無いものねだりをしているのはみっともないことこの上ない。
「そうでしたね。あなたはそういう人間でしたね」
───カムクラの表情は普段の仏頂面よりどこか優しそうな顔になる。
一瞬幻覚かと思ったが、ここは現実だ。
だが、驚いたことによって瞬きをしてしまう。するとカムクラの表情はいつもの無表情に戻っていた。
「変なやつ」
「あなたも似たようなものですよ」
「はぁぁ! 絶対あんたよりマシよ!」
そんなくだらないやり取りをしている内に寮へと着いた。
カムクラ イズルとの親密度が上がった!!
寮に戻った僕はいの一番にシャワーを浴びた。
理由なんてものはない。
本当になんとなくで、意味はない。
「……気になる女子」
伊吹さんに言われた質問は自分しかいない部屋で響き渡る。
あの時、僕は彼女のことを思い出していた。
自分よりも大切な人を案じ、強い想いをもって絶望に抗った少女。
けれども絶望に勝てず、血溜まりの中で息絶えた少女。
そして、その光景を見て涙が流れ、誤作動を起こした機械のように戸惑っていた少年。
あの時の少年はどんな感情を持っていただろうか。
涙が出た時、
もちろん、感情は存在していない。
確かに以前の僕、
でも、
単純でも複雑でもあり、どこか絶望に近く、ぐちゃぐちゃな人間関係を形成する時すらある恋愛なんてものは、僕にとって何の意味もないツマラナイものでしかない。
だから僕にとって、七海 千秋はそんな恋愛対象になり得ない。
僕は勉強机の引き出しからあるものを取り出す。
それは以前、常にポケットに入れていてどこへ行く時も携帯していたものだ。
なぜ、今これが僕の手にあるのかは分からない。
彼女のヘアピン。独特な形をしたこのアクセサリーを彼女は常に付けていたはずだ。
死んだ彼女は日向創にとって大切でも、僕にとっては大切ではない。
だからこれは僕には必要ない。
でも、僕はこれを捨てることができない。
「恋愛……そんなものは僕にとって必要ない」
この学校に入って、一緒にいる時間が他の生徒より長い女子生徒2人を思い出す。
椎名 ひよりはマイペースな所があるが、穏やかで優しい人間だ。
伊吹 澪は短気で口は悪いが、気が使える人間だ。
そして、彼女たちは何より、才能にあまり嫉妬しない人間だ。
ダニではない。でもだからといって恋愛対象ではない。
「まぁ、それを考えることがこれからの暇潰しにはなるでしょう。時間はあるのでゆっくり考えていきましょうか」
髪を乾かし、明日の準備を済ます。
今日は早めに寝ることにしましょう。
高度育成高等学校学生データベース
指名
クラス 1年C組
部活動 無所属
誕生日 1月1日
──評価──
学力 A
知性 A
判断力 A
身体能力 A
協調性 E-
──面接官からのコメント──
入学試験では、個人としてこれ以上の生徒は今後現れないだろうと評価され、圧倒的な実力を見せてくれた生徒。
「試験」というものでは彼の実力は測りきれなかったために、仕方なく最高評価のAをつけるという事態は、おそらく当校始まって以来の出来事だろう。
文句なしのAクラスの予定だったが、常軌を逸した実力を持つことの副作用か、他者との関係をまったく必要としないため、協調性の評価を最低評価にする。
総合的に加味した結果、Cクラスに配属する事を決定する。
──担任のコメント──
他者をまったく必要としない点に心配していましたが、7/1現在では伊吹さんや椎名さん、龍園くんといった友達も出来たようで、クラスに溶け込めていることに安心です。
小テスト、中間試験を正攻法で満点だったのはさすがの一言でした。
【挿絵表示】