ネロ帝が女のわけないだろ!いい加減にしてくださいお願いしますから!!   作:オールドファッション

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お待たせいたしました。台風とか台風とかギル祭とか鬼ランドとかのせいで投稿が遅れました私です。まだ身辺がごたごたしていますが暇なときにがんばるぞい。


ルシウスがお持ち帰りされるわけないだろ!新撰組の孤独なグルメ!!

 女は特別美女というわけではなかった。愛想もなく、豊満でもなく、賢いわけでもない。

 

 良くも悪くも男は女性に困ることはなかったが、まあある意味困ることもたくさんあるといつも白目を剥く男だ。そんな彼が女を選んだ理由といえば、それはきっかけがあったからだとしかいえない。他の女性ときっかけがあれば今頃は別の女性と結婚しただろう。

 

 女は普通の人間とは体質が違って不便なことが多かった。男も初めはそれが原因で何度も痛い目に遭ったし、彼女といたら普通の生活すらままならない。

 

 それでも男は女と結婚した。好きだったからだ。なんとなく一緒にいたいと思って、なんとなくこの女に好かれたくて、なんとなく好きだと気づいて、結婚した。惰性に惰性を重ねた末の結婚であったが、互いに後悔はない。あったとしたらそれは子供だ。

 

「娼婦を抱きたいと、思わないんですか?」

 

 ある時、女は道行く子供達を見てそう呟いた。

 

 女は子供が産めない体であった。産めることは産める体だと思うが、そこまで至る行為ができない。女の特異体質故に男は彼女に直接触れることができなかった。痛い目というのはそういうことである。直接肌に触れたことなど片手で足りるほどの回数しかない。

 

「やだよ、肉食系とか怖いし」

 

「私はあなたが選んだ愛人なら許せますよ」

 

 女は白い歯を見せて困ったように笑った。男は手袋越しに握った手に優しく力を込める。

 

「”俺”は、お前がいれば一生童貞でもいいや」

 

 男のバカみたいなセリフに、今度ははにかんで笑う女。夫婦は、このひと時が一生続けばいいと思った。なお、まわりの子供たちが口笛を立てて囃しまくるので、男は一人一人にデコピンを食らわせたという。

 

 

 

 

 

 夢から目覚めたルシウスは知っている天井を目撃。この材質、宮殿の休憩室だなと冷静に分析した。仕事の休憩にきた衛兵たちがコーヒー片手に『隊長まじうざい』とかOL風に愚痴を零す溜まり場である。椅子に座ったセネカが月刊【ローマの休日】『海上を超スピードで走る少女の姿を目撃』という題のニュース誌をめくっていた。

 

「遅かったですね。貴方なら一日で回復すると思ったのですが」

 

「私をプラナリア的な化け物だと思っているな兄弟子よ」

 

「貴方と一緒くたにされるプラナリアなる生物に哀れみを感じます」

 

 柱の男か私は。むしろ柱を作る側の男だぞ。

 

 振り返ることおよそ数日ほど前。魔術師にちぇりおしたルシウスはそのまま立ち往生するように気絶した。全力のパンクラチオンにまだ不完全な体が耐えられるはずもなく、全身の筋繊維が三つ編みになるような強烈な肉離れを起こしたルシウスは今日まで寝ていたのだ。

 

 セネカはローマの休日を読み終えると、包帯で巻かれたルシウスの手を両手で包み込む。

 

「ですが、良く来てくれました。貴方のおかげでローマは救われた」

 

「え、ドッキリかなにか?」

 

「よくわからないけど違います」

 

慈愛の篭った眼差しがルシウスへ送られるが、当のルシウスは『やだこわい』と困惑した。この兄弟子に優しくされたことなど指一本分しかない。つまり今でしょ。師匠から破門された時でさえ何も言わなかった男である。

 

「まあ、据え膳食わぬは男の恥と言いますし、頑張って逝ってらっしゃい」

 

 あっという間に服を着替えさせられたルシウスは、そのまま食事会が行われる部屋へ送られる。部屋の中にはネロ、ブーディカ、エスィルト、ネッサンが食事を摂っていた。全員、妙に粧し込んでいて一枚の絵画のようである。最後の晩餐ではないよ?

 

「ささ、こちらへどうぞルシウスさん」

 

「あ、はい」

 

 ルシウスはネッサンに手を引かれてネロとブーディカの間に座らせられる。なんか香水のいい匂いがした。潤んだ目で見詰めているブーディカと目が合い、ルシウスは一瞬ドキッとする。

 

「ねえルシウス、この服どうかしら」

 

「あ、ああ、似合ってるぞ」

 

「そ、そう?そうか、えへへ」

 

 純白のロングドレス。普段のド級の露出ビキニアーマーとは違い、清楚で丈の長いギャップを強める。本人が着慣れずに少し恥かしそうにしてるのがさらに高ポイント。

 

 不意に反対側から裾を引っ張られる。

 

「余の方も見ろ。妬いてしまうぞ」

 

 ネロもまた白を基調としたドレスであったが、胸は大胆に露出し、スカートのスリットから覗く太ももが挑戦的に晒されていた。子供の頃からネロはルシウスの気を引こうと露出の強い大胆な服を着ていたが、今回のそれは格式を備えた大人の魅力を演出するドレス。つまり、アグリッピナの如く大人の女の魅力ムンムンだ。

 

「ネロ帝も似合って……」

 

「昔のようにネロと呼べ」

 

「……ネロも似合っている」

 

「ふふ、今宵は無礼講だ。お前も飲め」

 

 おかしい、いつものポンコツぷりが全くない。だれだこのできる感じ満載の皇帝は?

 

 困惑したルシウスは目に見えるほどの色気に目が眩む。この雰囲気に飲まれてはいけないと頭を振り、料理に手をつけようとするが固まった。

 

 すっぽん、烏骨鶏の卵、マムシの生き血、うなぎ、牡蠣、にんにく。そしてとどめにラッコ鍋。やだ、丸三日は寝ずに働けそう。

 

「おっと、ボタンが」

 

 ブーディカの胸元のボタンがはじけ飛び、大きな胸が揺れた。この人妻、スケベ過ぎる。

 

「いたっ」

 

 そしてエスィルトの絶壁にボタンがぶつかりペタンと音を立てて落ちた。この長女、貧乳すぎる。

 

 ふと、背中の方に柔らかい弾力性のあるものが触れた。振り返ってみればネッサンがワインの入った器を持ってルシウスの背中にもたれ掛かっている。豊満な胸がこれでもかと押し付けられた。

 

「ルシウスさん、盃が空ですよ?」

 

「あ、はいお願いします」

 

 思わず敬語で返すルシウス。羞恥心で赤くなる顔をごまかすためにワインを呷った。おかわりを頼もうとネッサンを見つめると、彼女の頬に涙の跡があることに気がつく。

 

「私、汚されてしまいました。こんな体では嫁の貰い手はありません」

 

「ちゃんと風呂で洗ってアルコール消毒した?」

 

「そういう意味じゃありません!私たち、ルシウスさんに慰めて欲しいのです。ネロさまも母も今回のことでひどく傷ついているのです」

 

 あれ、ブーディカのお腹って普段は柔らかそうだけどバスケの時はバキバキの板チョコみたいに割れてなかったかと訝しむルシウス。ああ、物理ではなく、心の方かと手の平を叩いた。

 

「夜泣きする孤児たちを慰めるために習得したなでなでを使えと?」

 

「それはそれで魅力的ですが違います。あら、まさか女性に言わせるのですか」

 

 だめだ、湯気を吸うごとに思考力を奪われていく。周りの景色に漫画表現ぽい花の幻覚をみた。目眩がしてくらっとすると、両側からがっちりと腕をホールドされる。

 

「大丈夫かルシウス!早く寝床で横になれ!」

 

「胸元を開けよう!下も脱がせるぞ!」

 

 そのままネロとブーディカに寝室へ担ぎ込まれるルシウス。その光景を娘二人は居心地悪そうな顔で見つめた。

 

「お、お姉ちゃん。やっぱり止めようよ…」

 

「でもここまで来たら引き返せないでしょ?」

 

「そうだけど……」

 

 思い起こすこと数ヶ月前。それはアラヤ組がローマ入りした時期と同じ頃、二人はアグリッピナに呼ばれて別邸に招かれた。アグリッピナの口から紡がれる言葉は、これから起こる全て。二人はあまりにスケールの大きい話に脳の処理が追いつかなかったが、ただ大変なことが起こるとだけはわかった。

 

 シガレットホルダーを加えたアグリッピナは惚ける二人に煙を吹きかける。二人は慣れない紫煙を吸い込みむせ込んだ。

 

「まあ、魔術師どもが計画通りに動いている間は操り人形に等しい。この機会に良からぬ動きをする連中を炙り出して一掃してしまうさ。それよりも二人には例の役をやってもらいたい」

 

 二人は火種役を頼まれた。ようは戦争を引き起こすための強力なきっかけ作り。無論、そんな危険なことはご免だ。

 

「ルシウスとやれるとしても?」

 

 二人は無言のまま席に着いた。

 

「いいか、男というのは傷心中の女に弱い。特に優しい男はそんな女に迫られては振りほどくことも出来ないだろう。一人と関係を持てば、また一人と関係を持ちやすくなる。お前たちはルシウスとやれて、済し崩しで私もおこぼれにあやかれる。悪い話ではないだろう?まあ、ブーディカはともかく他は生娘だし、結果はあまり期待していないがな。だが私の手練手管を学べば成功率は格段に上がるだろう」

 

「な、なるほど!」

 

「勉強になります!」

 

 数々の男を垂らしこんできた女の言葉とあって、二人は真剣に聞き入っていた。もともと少女というのは大人の体験談が好きな質だ。話は自然と盛り上がる。熱に浮かされた二人はすぐさま計画に賛同し、セネカと共謀してあの事件のきっかけを作った。まあ、そのあと想像以上に大事になったことで熱が冷めたわけだがな。

 

「……最初はお母さんに譲ろう」

 

「うん」

 

『いやー!誰か助けて!犯されるぅ!!』

 

 ルシウスの叫び声が宮殿に木霊するが、誰一人として助けにはこない。ネロたちの慰安を兼ねた宴会というので護衛は少数。無論、全員に話が通っているのでルシウスの味方は誰一人もいない。いつも影に潜んでいる伯爵もなぜか今はいなかった。

 

 まるで大型の肉食獣4匹に襲われる小型の草食獣ルシウス。あっという間に下着一丁に剥かれた彼は自分の初体験が複数人の上に強姦まがいなプレイになるのかと恐怖した。

 

 彼女たちの手が最後の砦に手をかけようとする刹那の時間。それは圧縮した膨大な時間量と回帰現象を引き起こす。いわゆる走馬灯と呼ばれる回想の世界に彼は舞い降りた。諸説あるが、走馬灯を見るのは今までの経験や記憶の中から迫り来る危機を回避する方法を探しているのだという。ルシウスの根底にあるものは故郷への帰巣本能のみ。故に答えは日本のメジャーなスポーツへとたどり着く。

 

 

 

「相撲しようぜ!」

 

 

 

 世界初のローマ人の横綱誕生の瞬間。ごめんな日本、それもローマの国技なんだわ。

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、ローマ郊外の貧相なあばら屋。そこにはベッドで毛布に包まった少年と床の上で正座する白軍服の男がいた。べそをかく少年の放った枕を、男は避けもせずに受ける。

 

 少年の名はアラヤくん。道の傍らで唾液まみれになっていたところをアーチャーに救出された後、何日か幼児退行を起こしていた。最後の頼みの綱であるアサシンを信じ『がんばぇ!』と応援していたが、作戦が失敗したと聞いてからはもう『ばぶばぶ』しか喋っていない。

 

 正座する男のコードネームはライダー、もとい幕末の英雄坂本龍馬。なお仕事中に彼女と夢の国でデートしていた男である。お土産にネズミの被り物やネズミのポップコーン容器を持って帰って来た時は流石のアラヤくんも大号泣。

 

 龍馬のお付きの女は散歩、アーチャーは夕飯の買い出し、オルタは伝説のおでんを探して食道楽。ちなみに夕飯食べられなくなるからそこそこにしておきなさいとアーチャーにきつく言われている涙目オルタ。そしてアラヤの希望の星だったアサシンはというと……。

 

「僕言ったよね!ルシウスの周りから護衛を離すのに全員必要だって!なのになんでみんな観光してるわけ!?」

 

「す、すみません……」

 

「もっと僕に謝って!そしてそこのアサシンにも謝って!」

 

 アラヤくんが指差す方向には全身ミイラ状態のアサシンがいた。元々ミイラみたいな格好だったがもはや蛹状態である。あの死闘の末にやっとの思いで拠点まで帰還したかと思えば、そこではお土産をシェアしてつまんでいる仲間たちの姿。これにはアサシンも涙を流しながら『ふざけるな!ふざけるな!!馬鹿やろおおおおお!!!』と号泣した。

 

「すみません」

 

 龍馬は巨大な繭の前で深く頭を下げる。異国文化と船大好きマンな彼もついはっちゃけたが、中身はちゃんとした良識ある青年。さすがに罪悪感で胃がチクチクしてきた。

 

「………」

 

 アサシンの口元がわずかに動いている。はっきり言って喋ろうとしているのか呼吸しようとしているのか全くわからない。おっと、親指を立てた。これはセーフか?……いやアウトだ、指で喉元に一線入れた。激おこ固有時制御・四倍速である。

 

「とにかく、次は全員で取り掛かるよ!護衛がいなくなった時点で僕たちの"勝ち"なんだからな!」

 

 以前はアラヤくん個人の遊び心が働き失敗した。しかし、次こそは決着をつける。たとえ本体すらも胃が限界に達していたとしても。アラヤくんは固い決意を抱きながらキャラメル味ポップコーンを咀嚼する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の帳に包まれたローマ市内は絶えず酒場と浴場の灯りで輝いていた。この街に夜闇は似合わない。市内にはあらゆる人種、思想、宗教が混在し、それらすべてがローマである。世界のあらゆる全てがローマに集約され、全てが魅了されていく歓楽の都。そして今も一人、魅了された者が盛り場を人混みの中に紛れ歩く。

 

 彼女のコードネームはオルタ。沖田総司が産まれた直後に生死の境を彷徨った際、姉であるおみつが神仏に祈り「死後に一度だけ魂を世界の為に使う」という条件で命を繋いだ。その「世界の為に使われた」可能性としての存在。抑止の守護者の一人である彼女がこの街に訪れて初めに手にしたのは、意外なことに漫画だった。その書籍の名前は『凡才バカボンド』。無論、著作者はルシウスである。謝罪リストに赤塚先生と井上先生を追加しなさい。

 

 彼女は別に本の虫というわけではない。むしろ花より団子ってタイプだが、だからこそ漫画を手に取った。表紙のキャラクターが高くかざしたおでん。三個の具材が連なったおでんはシンプルであり、完成された黄金比の形であった。オルタはこれこそ至高のおでんとみつけたりと深く感銘を受けたのだ。

 

 それから彼女はずっと漫画おでんを探して市内を歩いたが、探し求めたものは見つからない。作る方からすれば一々串で刺して作るよりも、バラ売りで作る方が嵩張らずに楽だ。今のところおでんの味暫定一位の『居酒屋のぶ』でさえ漫画おでんはなかった。

 

 もしかしたらこのローマでさえ漫画おでんはないのかもしれない。こんなにも人がいるのに、オルタの心は孤独に苛まれている。

 

 諦めに染まりながら路地裏に差し掛かった時であった。そこには息を切らした褌一丁の男が地面に片膝をついている。まともなローマ人なら『おいおい、ここはテルマエじゃないぜ』とジョークの一つでも言うところだろうが、彼女はもともと生粋の日本人。目と目が合う瞬間に同郷同士の感覚が共鳴した。

 

「はっけよい」

 

「残った」

 

 二人は固く握手を交わす。

 

 まさか相撲取りすらローマに存在するのかと驚嘆したオルタ。もしかしたらこの相撲取りなら漫画おでんを知っているのではないかと彼女のアンテナが激しく反応を示す。オルタの話を聞いた男はすぐに彼女を連れてさらに路地裏へと潜った。どんどん人気のない道を過ぎていくと、行き止まりにいかにも場末なBarへとたどり着く。予想通り店内も人の少ない寂れた雰囲気が漂っており、四方に展開したカウンターの中に無愛想な平たい顔の店主が小さくいらっしゃいと呟く。

 

「とりあえず着るものをくれ」

 

 男はカウンター席に座ってまず最初に注文したものは服だった。これが西部劇の酒場だったら店主が酒を注文しろと激怒しそうな場面である。そもそもまず変質者として店主に蜂の巣にされそうだ。店主は読んでいた新聞紙を置き、目を見開きこう言った。

 

「あるよ」

 

 あるのか。

 カウンターの下から丁度男の背丈とピタリなサイズのトーガが現れた。男はトーガを着込むと、大胆にも酒場でミルクを注文する。これにはオルタも店主の雷を予想するが、

 

「あるよ」

 

 あるのか。

 店主はマグカップにホットミルクを注ぐと、琥珀色の輝きを讃える蜂蜜をスプーン一杯分入れて差し出した。息を吹きかけて冷ますと、少しずつ飲み込む男は幸せそうに笑みを浮かべる。この如何にもな映画飯には現在ローマに迫るオルトちゃんも『オルト、これ好きー』とか言いそう。

 

 こうなるとオルタも好奇心が先立ち緑茶を頼み始める。驚くことに未だ酒を注文しない客たちに店主はこう言った。

 

「あるよ」

 

 やっぱりあった。

 侘び寂びを感じさせる茶器に若草色の茶が注がれていく。若い緑の香りが日本の和室で過ごした日々を想起させた。香りを楽しみ、そして一口飲み込んでオルタは目を見開く。美味い。飲み慣れたものよりも遥かに洗練された味わい。茶葉の渋みと甘みが見事に調和が取れている。器の底が見えた瞬間、彼女は己の使命すら忘れてただ和んだ。

 

 まるでローマを体現した店。もしかしたら、ここならあるかもしれない。確信に近い期待を抱いたオルタの鼓動は高鳴った。

 

「お客さん、何にします」

 

「……おでんは、漫画のおでんはありますか?」

 

 店内に重い沈黙が流れる。ここに来て店主の手までもが止まった。瞼を重く閉じた店主の悩ましい様相にオルタのアンテナは萎びていく。そして店主はカウンターの下から湯気の立つ土鍋を取り出しこう言った。

 

「あるよ」

 

 あるんかい。

 鍋の中には黄金に輝く出汁の上を悠々と浮かぶおでんの具たち。具材は上から三角のコンニャク、丸いガンモ、胴長のナルト。何と美しい形なのだろうか。食べてしまうのが少し勿体ないくらいだ。小皿に移したおでんから余計な汁を落とし手に持つと、そのボリューミーな重量感が手に伝わる。たしかに量はあるが、食べづらくないように具材一つ一つが丁度いい大きさにしてあった。

 

 まずはコンニャクから一口齧る。プリッとした心地よい歯ごたえが楽しい。程よく出汁の染みた塩梅に賞賛を送りたいとさえ思った。

 

 ガンモはよく旨味と出汁が染みていた。おでんの中でガンモ、大根、餅巾着ほど汁が染みた物はないだろう。ダチョウなクラブもコントでやるくらいだ。それ故に食べる際には危険が伴う。

 

「あつ、はふ、はふっ」

 

 年甲斐もなく料理の熱さに悶えるオルタ。だが、こういうのでいいんだよ、こういうので。これぞおでんの醍醐味って感じがする。

 

 最後のナルトはオルタも食べたことのない具だってばよ。食感は練り物独特の弾力とやや粉っぽさがあるが悪くはない。チクワやチクワブの亜種のような感じだ。

 

 ああ、手が止まらない。次々と手が串に伸びていく。うおォン、オルタはまるで人間火力発電所だと漫画風のふきだしを投影しながら土鍋に浮かぶおでんを全て平らげていく。何という満足感だろうか。今までこんな幸福な食事をしたことがない。孤独のグルメであった今までは報われ、彼女は幸腹を謳歌していた。そう、もの食べるときは、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。ただのエネルギー補給ならば人は料理に味や造形など追求していない。これらは幸福を買える通貨なのだ。享楽の都で彼女は悟る。

 

「ローマ最高」

 

 お聞きください、これがローマを滅ぼしに来た関係者の言葉である。

 

「お客さん、お代」

 

「む、すまない。すぐに払……はっ」

 

 オルタはここに来て重大なミスに気づく。食道楽というものにはどうしても金が掛かる。金もまた幸福を買う通貨なのだ。つまるところ、金がなかった。

 

「すまない店主!お代のかわりにそれを置いておくから待ってくれ!アーチャーとライダーから金を無心してくる!」

 

 彼女は愛刀『煉獄』を男に預けて踵を返した。帰宅後、さらに血反吐を吐いたアラヤくんからお叱りを受けて支払いには遅れるらしい。

 

「いや、別に付けでもいいけど……ああ、行っちゃったよ。とりあえず物騒だからそれ預かってよ。ルシウスさん」

 

 店主は口の周りを真っ白に染めているルシウスに声を掛けた。お前は子供か。

 

「ええ、何で私なんだよ?」

 

「だってルシウスさんのお弟子さんも似たようなもの使ってるじゃん」

 

「ぐっ、そ、それはさておきミルクお代わり!」

 

 店主は呆れながら店内に並ぶ酒を指差す。日頃誰も飲まないのかどのボトルも満杯であった。

 

「うちは一応酒場なんだけどなぁ」

 

「やだ。私、酒よわいもん」

 

「ここ酒場ですよ?」

 

 ここは酒以外にも色々置いてある名もなきBar。酒場なのにほとんど酒の注文がない変わった店である。


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