ネロ帝が女のわけないだろ!いい加減にしてくださいお願いしますから!!   作:オールドファッション

22 / 26
もうすぐお正月だから季節感を出しました。紅白歌合戦的な意味です。


ルシウスが刀を使えるわけないだろ!ほうれんそうは大事でち!!

 あれは五年前のことだったか。あるいは2000年先の未来の話だったか。おいおい、そんな記憶力で大丈夫かと堕天使が問う。大丈夫だ。神は言っている、もう死んだ運命だと。

 

 つまりこれは時系列でいうと地獄騒動が起こったあとのことであった。より正確にいえば閻魔亭にてルシウスが紅閻魔からレシピを聞き出そうとしてヘルズキッチンの刑に処された時の話である。

 

 料理と言う名の地獄への入り口は意外なことに殺伐としたものではなく、実に平和的な交渉から始まる。紅閻魔に聞けば快く教えてくれるというので安心したが、その安堵もつかの間にプラン表を差し出されたのだ。

 

「お手軽Aコースですと20%、真面目Bコースだと50%、本気のCコースだと99%で習得できるでち」

 

「む、もう一つ上のコースがあるようだが?」

 

「これはおすすめできまちぇん。これはどんな歴戦の料理人すら包丁を投げ捨てて逃げ出す地獄の修行。地獄の鬼ですら料理の深淵を覗き見て発狂し、自らを滅ぼす魔のコース———略して鬼滅コースでち」

 

「吾峠先生ごめんなさい」

 

 意外にもこの男はCコースを選択した。仮にも料理研究家を自称するのだから妥協はしないと、確固たる信念を抱きながら広間へ向かったはいいがヘルアイランド送りにされて数秒で信念が砕け散る。

 

「いたぞ!いたぞおおおおお!!」

 

 カンボジアが天国に思えるジャングルを彷徨うこと一ヶ月。チェーンガンもバッグもコマンドーもなく、一振りの刃のみ持たされたルシウスは目に見えない敵が潜んでいるのではないかと疑心暗鬼に陥っていた。実はこのCコースは玉藻の前が受けた8コースの7つ目までに相当している。ルシウスのポテンシャルを見抜いた紅閻魔による適正な試験であったのだ。まあ、この男は戦闘面に関してはローマの新人守衛程度の戦闘力なので不適正かもしれない。

 

「頑張れルシウス頑張れ!! 私は今までよくやってきた!! 私はできる奴だ!! そして今日も!!これからも!! 折れていても!! 私が挫けることは絶対にない!!」

 

 ルシウスはいつも素振りの練習をしていた。この男は元日本人だからといってデスゲームのめちゃモテ帰還者や、オサレなオレンジなのにイチゴ系男子と違い全くの素人だから基礎訓練をやらされていたのだ。紅閻魔に『生殺与奪の権を食材に握らせるな!』『判断が遅い!』と罵倒されながらの特殊プレーはノーマルな性癖のルシウスにはただの苦痛である。まあ、前世の妹のわがままに比べればそよ風のようなものなので耐えられた。きっと次男だったら我慢できなかっただろう。

 

 ルシウスは頑張った。頑張ったんですよ、必死に。でもその結果がこれだった。

 

 

 

「おそろしいほどに刀の才能がないでちね」

 

 

 

 これが素振りを始めてから五ヶ月が経った頃の言葉である。多分パンクラチオンを習得してなかったら死んでたほどに、全く剣術の才能がなかったのだ。日本人が刀マスターとかやっぱり嘘だわ。

 

「これは推測でちが、ルシウス様は人の命を奪うという行為全ての才能がないんでち。それはまるで世界の強制力や呪いのようなものかもしれまちぇん」

 

「……確かに私のパンクラチオンもあくまで防衛術の域までしか習得していない」

 

 己の体そのものを刀とすることもできないようだ。これではただしその頃には私はあんたに八つ裂きにされてしまう。

 

「そうか……転生したら侍マスターになった件についてはできないのか」

 

 内心、浪漫武器を手に入れてうはうはだったルシウスは割とショックを受けていた。これは前世で妹に『お兄ちゃん家の洗濯機で自分の下着洗わないで!』って言われて2キロ先のコインランドリーで泣きながらパンツを洗濯してた時のショック並みである。

 

「ま、まあ、殺傷能力のない剣術ならきっと覚えられるはずでちから!」

 

「それってヒテンミツルギスタイル?」

 

「あれは一応殺人剣でち!」

 

 その後、さらに一年の歳月をかけて習得できたのが役に立つかどうかもわからない奥義ひとつだった。なお、ルシウスが島から脱出した時点での難度は8コースの最上位に位置していたため、紅閻魔のお料理教室には彼の額縁が歴代卒業者の写真と共に飾られているらしい。ちなみにあの閻魔補佐官殿の写真の隣である。

 

 

 

 

 

 

 

 無名の刀は怒っていた。遠い未来において信長に煉獄と名をつけられ、割とすごい武器になるこの刀も今はただの宝具に過ぎない。初めてこの太刀を手にしたオルタもはじめは『カッコいい!』とはしゃいでいたが、時が経つにつれて『おまえ、長いから店に入る時引っかかって面倒い』と雑な扱いになっている。果てにはおでんの代金代わりにされる始末。

 

『うぉおおおん』

 

 刀はルシウスの腕の中でしくしくと泣いた。オルタの帰りが遅いのでルシウスにお持ち帰りされている最中だったのだ。

 

「よしよし、お前も大変だったんだな」

 

『ルシウスの旦那ほどじゃないけどな。ぶちゃけ抑止力よりブラック企業だと思うわ』

 

「ふふ、ブラック企業には昔から慣れているから大丈夫だ」

 

 初めは喋る刀に少し驚いていたルシウスも、『自分の知り合いと比べればおかしくないな』と数秒で目の前の超常的な現象を受け入れていた。むしろ喋る刀という男の浪漫にテンション上げ上げ。久しぶりにお持て囃された刀もルシウスに心を許している。もう主人のことは忘れて再就職しようかな。それおまえの暗殺対象だけどな。

 

「それにしても名前がないと不便だな。何て呼べばいい?」

 

『旦那の好きな呼び方でいいぞ』

 

「村正とか菊一文字とか?」

 

『在り来りじゃない?』

 

「ディムロス?」

 

『流石の俺でも皇王天翔翼は無理かな』

 

「デルフリンガー?」

 

『魔法は吸収できないぞ』

 

「エクスカリバー?」

 

『それCV子安じゃない方?』

 

 変なあだ名を付けることに定評のあるルシウスもこれには難航を極めた。というか後半にいたっては、もはや刀の名前ですらない。ルシウスも遊び心に走り始めていた。ふと、刀といえば閻魔亭での出来事を思い出す。結局あのあと雀柱の継子にはなれなかった。もう刀は諦めて拳一つを極めるか、あるいは執事に頼んでゴム弾入りの二丁拳銃制作してもらいダンテの神曲を再現するしかない。これにはきっと悪魔も泣きだす。

 

「じゃあ、刀身が赤いから煉獄とかでよくない」

 

『もうそれでいいかな』

 

 さらっと決められたあだ名。これが後に本当の名前になることは誰も知らないだろう。

 

 ルシウスは眠り目を擦りながら家へと向かって行く。酔いが眠気となって襲って来ていた。浮遊するような酩酊感と長年積み重なった疲労感は目を数秒閉じた瞬間に眠りへ誘うだろう。ルシウスは言葉を紡いだ。

 

「ちなみに煉獄は何ができるんだ?」

 

『色々できるぞ。炎出したり、ビーム出したり』

 

「普通だな」

 

『え、普通な要素あった?』

 

 残念ながらローマではよく起きる現象である。恐るべきローマ。このままでは煉獄はただでかくて嵩張るだけの刀でしかない。面接だったら即お帰り頂く場面だ。煉獄は脳をフル回転して考えるが、自分ができることなどあとはあの力しかない。むしろマイナス要素に成りかねない特技を自信なさげに話すと、

 

「――その話詳しく」

 

 第一次面接合格の兆しあり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は鎖で縛られた女を担ぎながらローマの外壁を駆ける。それを追いかけるもう一人の者も外壁を駆けながら銃剣を両翼のように広げ、男の足へ投擲した。男の足を掠めて壁に突き刺さる銃剣。仕込まれた炸薬の爆発は壁を崩壊させる。男は女を庇うように抱きしめ地面を転がった。

 

 再び投擲された銃剣を男は飛び道具で相殺し、両者は眼前まで間合いを詰めた嵐のような剣戟と銃弾の応酬を繰り広げる。攻防は男の方が有利であった。襲撃者の体からは血潮が滴り落ち、無数の傷跡が刻まれている。いずれは出血死するだろうと思われた襲撃者。しかしその傷は蒸気を吹き上げながら回復していく。その光景を見て男はある噂話を思い出した。

 

 ローマでは極端に犯罪率が少ないらしい。一説にはテルマエの効能ではないかと学者たちは説くが、もう一つの決定的な要因が存在する。政敵を陰から抹殺する王妃と一介の図案師。そして市内での犯罪者を取り締まる浴場技師。その浴場技師は自らを神父と名乗り、捕まえた犯罪者に如何に自分の師が神の如く素晴らしい人物であるかを説き改心させるという。

 

「アハハハハ!!エェェェェイメェェェェン!!!!!」

 

 いくら傷を負ってもゾンビのように起き上がり師の素晴らしさを説く姿はまるで狂信者。ローマに来るまで大抵の敵は瞬殺できると息巻いていた男も最近は自信を無くし始めていた。だが、これなら”勝てる”。

 

 金属がひしゃげるような音が鳴った。

 

 薬莢の山と折れた地面に突き刺さった銃剣の切っ先。交差した二人のうち片方が崩れ落ちる。神父の白いコートには複数の弾痕や切り傷の跡が赤く浮かび上がっていた。元々は普通の人間だった彼だが、幾度も肉体改造を施した強靭な体のスペックは他に埋もれず特出している。しかし相手の特異性とひどく相性が悪かった。

 

 男は返り血に染まった包帯を切り捨てる。その姿はまるで真っ白い蛹から羽化する蝶のようであった。アサシン、体も心も完全復活。でも今まであの繭の状態で戦っていたのかと思うと割とシュールである。

 

 アサシンの起源『切断』と『結合』は魔術回路ないし魔術刻印、或いははそれに似たモノを体内に有する相手に対して致命的なダメージを与えるものである。神父もまた改造時にそれと類するモノが施されていた。神父の体は自然回復を始めていたが、今は機能不全を起こし指すらまともに動かせない。

 

「ま、待て。その方だけは……」

 

 その言葉の先を言わないまま神父の意識は深い闇の中に落ちて行く。アサシンは鎖で縛られた女を担ぎ上げるとルシウス邸へと急いだ。宮殿から逃げ出したルシウスが逃げ込む場所などここくらいしかない。聞けばルシウスの護衛は今はあの神父以外はいないらしい。絶好の好機だろうとアサシンは油断はしなかった。あんな化け物どもを手下に加える男がどんな秘策を隠しているか分かったものではない。保険として人質は必要だった。

 

 幸い王宮の警備は手薄の上に、なぜか対象が気絶していたので誘拐して来るのは楽な仕事である。ちなみに決まり手は電車道。気絶は壁と後頭部の激突によるものだ。不敬罪で逮捕されればいいのに。

 

 部屋の中央には椅子に縛り付けられたネロ。扉と窓には開いた瞬間に手榴弾のピンが外れて爆発する仕掛けが施されている。例えそれを突破しても部屋の中に踏み入った途端に無数のトラップと待ち構えたアサシンがルシウスを襲うだろう。クククッ、一軒家をひとつ借り切った完璧な工房だとほくそ笑むアサシン。なぜか別世界線からのデジャブを感じたが気にしないように自分に言い聞かせた。

 

 ふと、花瓶に生けられたトリカブトの花が目に映る。部屋の中で唯一異端な毒草は無数の小さな蕾を満開に咲かせていた。そして、机の引き出しの奥に仕舞われていた一枚の絵をアサシンは手に持って見つめる。露天の絵描きにでも描かせたのだろうか、写実的な夫婦の絵だ。一人はルシウス。そして彼に寄り添うトリカブトのような髪色の少女。それはアサシンがかつて抑止力として召喚された時代の暗殺教団の教主に面影があったが……同一の人物ではないだろう。

 

 唐突に辺りが明るくなった。まるで昼間のような明るさが窓を突き破ってアサシンへと迫る。

 

 

 

『え~っと…なんだったかな…? う~~ん』

 

 

 

 これは光線か?

 

 

 

『…忘れた! くらえ!『なんかすごい温泉』!』

 

 

 

 いや、”温泉”だった。

 

「ッッボボボボボボボボッ!ボゥホゥ!ブオオオオバオウッバ!」

 

 それはまさに温泉によるハイドロポンプ。アクアジェットで吹っ飛ばしたらモヤモヤ気分きりばらいしてどうぞ。一時的とはいえルシウス宅は温泉でいっぱいに満たされ溺れるアサシン。ネロは温泉が直撃して外まで吹き飛んでったよ。水浸しならぬ温泉浸しで、アサシンご自慢のトラップは数秒で機能不全に陥る。これには月霊髄液の人もいつもより三倍増しにドヤ顔を浮かべることだろう。

 

「がはっ、げほげほっ!……な、なぜオルタの刀をお前が持っている!?」

 

 アサシンが睨みつける先には煉獄を携えたルシウスが立っていた。彼はまるで眠っているかのように目を閉じ、無言のまま切っ先をアサシンへと向ける。冷静にキャレコM950を構え、警戒を深めるアサシンは深い思考の海へと沈んでいった。ルシウスの記録には素手による格闘技術はあるものの、当たり前だがそれは英霊と比べるまでもなく、武器の扱いはさらに不慣れであるはず。先ほどの謎の攻撃については未だ疑問が残るが『銃は剣よりも強し』ってカウボーイも言ってる。この瞬間、彼にはまだ勝利への活路が見えていた。

 

 アサシンは体に刻まれた反射行動としてキャレコM950から無数の弾丸をルシウスへと放った。ルシウスはただ眠るように静かに、

 

 

 

 ――まるで歴戦の剣士のようにすべての弾丸を両断する。

 

 

 

「なっ!?」

 

 一瞬の驚愕がアサシンのキャレコM950を両断する結末へ導いた。彼はすぐさまナイフを構え、横薙ぎに振るわれた刀を受け止める。それはとても重く、鋭い剣戟であり、軌道を逸らすのが精一杯であった。本来なら英霊と人間では身体能力に絶対的な差が現れるにも関わらず、両者の戦いは拮抗している。アサシンはふと、以前オルタから聞いた刀の能力を思い出した。

 

「まさか!刀に自分の体の支配権を明け渡し、限界まで身体能力を引き出しているのか!?」

 

『ちっ!ネタが割れちまったか!』

 

 一次試験を突破するに至った煉獄の特殊能力。それは使用者を操れることであった。ルシウスはこの能力を聞いた瞬間『寝ながら仕事できるのでは?』と突飛な考えを思いつく。今はいわば居眠り運転のような状態である。よく見たら鼻ちょうちんが膨らんでいるではないか。なお、意識は寝ていても体はずっと働いているので目覚めた瞬間に地獄の筋肉痛が待っていることだろう。

 

「貴様!なぜ敵に寝返っている!オルタはどうした!?」

 

『うっせえ!おでんの代金がわりにするような奴なんて仲間でもなんでもねぇ!くらえ温泉ビーム!!』

 

「ごぼぼぼぼぼぼっ!!!」

 

 切っ先から温泉ハイドロポンプを発射する煉獄。これはルシウスから魔力を組み上げて排出しているだけに過ぎない。無論、ルシウスは魔術師でもないし、魔術なんて使ったこともない。しかし地脈から組み上げた生命の奔流とも呼べる温泉に長年接し続けた結果、彼の体内には膨大なマナが手付かずのまま残留している。ルシウスはいわば天然の源泉なのだ。

 

『ふはははは!溺れろ溺れろぉ!!』

 

 もはや戦いは煉獄が一方的に押している状況だった。だがそこに変化が起きる。

 

「何をやっているんだお前!」

 

『な、オルタ!?』

 

 そこには龍馬の財布をこっそりと拝借しに行ったオルタが驚愕の様相で立っていた。元の主人の登場で一瞬たじろぐ煉獄。しかしすぐに毅然とした態度で反抗の意思をオルタへ示す。

 

『うるせぇ!今の俺の名前は煉獄だ!俺はもうこの旦那のものなんだよ!』

 

「……煉獄、今まで悪かった」

 

『……ふ、ふん!今更何だよ!人を散々手荒に扱っておいて!』

 

「私は、今までお前に甘えていたんだ。でもそれは今まで頼ってきた裏返しでもある。頼む煉獄、またお前に頼らせてくれ……」

 

『ばかっ!寂しかったんだからな!!』

 

 昼メロのような芝居を繰り広げた後、数秒で仲直りして煉獄とオルタは厚い抱擁を交わそうとした。しかしそこに一発の銃声が二人の抱擁を切り裂く。

 

『ぐわあああああ!!!』

 

「れ、煉獄ぅ!?」

 

 完全に不意打ちを受けた煉獄の切っ先はぽっきりと折れた。支配権を取り戻したルシウスは片膝をつきながら内心『イタああああ!!どういう状況うううううう!?』と叫んでいる。オルタが睨みつけた先には硝煙をあげた拳銃を構える龍馬が立っていた。

 

「待たせたねアサシン。アーチャーもすぐに追いつくと思うよ。さて、どういう状況か教えてもらってもいいかな?」

 

「すまない。僕はこの状況を言語化できる自信がない」

 

 ずぶ濡れのアサシン。刀を持ったルシウス。涙を流しながらなぜか自分の財布を握っているオルタ。それを見て困惑を深める龍馬という状況である。

 

「貴様あ!!よくも煉獄をおおお!!!」

 

「え、何!?敵に武器を奪われて切られ掛かってたんじゃないの!?」

 

 何も知らない龍馬からすればまさにそういう状況に見えたのだ。いったい誰が刀と仲直りの抱擁をしようとしてたなど考えられるだろうか。龍馬は後から来るアーチャーにはなるべく正確な説明をしてあげようと思った。




次回予告・正義の味方になりたかったんだ(血反吐)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。