ネロ帝が女のわけないだろ!いい加減にしてくださいお願いしますから!! 作:オールドファッション
「な、なんだよこれ……」
地獄を見た。地獄を見た。地獄を見た。
いずれ訪れる地獄を見た。
あるいは、その一端でしかなかったのかもしれない。
「なんなんだよこれ!?」
それは遥か遠い記憶。抑止の守護者、エミヤがかつて衛宮士郎であった頃の話。
衛宮切嗣がまだ存命であった頃、切嗣はまだ幼い士郎を藤村宅に預け足繁く海外へ行っていた。その時だけ切嗣が入るなと言いつけていた部屋が入れるようになる。幼い士郎はその部屋に銃火器や暗器の類が隠されていたなど知りはしない。
「ったく、散らかしっぱなしで出かけて……」
呑気にもそんな言葉を呟きながら布団を干す。その日は絵に描いたような晴天で、飛行機雲の一線が描かれている。切嗣が向かった国の空も、こんな青空であることを見上げながら願った。
「よし、大掃除するか!」
定期的に掃除はしているとはいえ、出来る時にはしっかりと綺麗にするのが衛宮士郎だ。知らずとは言え彼は地雷原を隈無く掃除した。だが切嗣とてプロ。素人にわかる場所へ危険物を隠してはいない。この部屋にはいくつもダミーやカモフラージュが張り巡らされている。
日干しするために畳を剥がした瞬間、士郎は見事その罠に掛かった。
『アルビノ妻とのラブラブ夫婦生活』
『女スナイパーとの爛れた不倫旅行』
『日焼け幼馴染との汗だく田舎生活』
『女師匠とショタの危険な修行』
『ブルジャージ娘との深夜の居残り部活動』
刺激的な本の数々。この強烈なインパクトはむしろブラフであり、物はさらに下の方へ隠されている。なお、最後のタイトルに関しては近所の少女がこっそり忍ばせておいたものだった。何やってるんだ藤村。
このカモフラージュは『全く…切嗣もそういうことに興味あるんだな…』的な男子特有の共通意識を芽生えさせ、『これ以上の詮索は無粋だな』と察せさせる物。ジャンルがやや私的に思えるが、無論これらは観賞用のものではない。だが、幼い子供にとってそれはあまりにも劇物であり、その性的嗜好があまりにも特殊過ぎた。
「な、何なんだよこれ!?」
普通の行為でも子供にとってはグロく感じるのに、成熟していない彼がその特殊なシチュエーションを理解できるわけがない。それは正しく地獄の光景に等しい。まあ、彼は将来のルート選択によってこれよりアブノーマルな性経験をしちゃうわけだが、それはまだ知らなくていいことである。
それからしばらく、士郎は切嗣に対してよそよそしくなった。具体的には父親がスタンド使いで殺人鬼だと知った子供並みの余所余所しさである。一緒にお風呂へ入ろうとしたら士郎に叫ばれて切嗣は少し泣いた。
そんな余所余所しさもなりを潜めた頃。少し距離を開けて隣に座る士郎に切嗣が言った。
「子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた」
「何だよそれ。憧れてたって、あきらめたのかよ」
「うん。残念ながらね。ヒーローは期間限定で大人になると、名乗るのが難しくなるんだ。そんなこともっと早くに気付けばよかった」
まあ、あんな本持った大人がヒーローになったらいけないよなと士郎は心の中で頷く。
「そっか、それじゃ、しょうがないな」
「そうだね。本当にしょうがない…」
その物悲しい呟きにさすがの士郎も悪い気がしてきた。流石に下着を別々で洗ったのが堪えたのかもしれない。いくらえろ本を持っていたとしても、いくら特殊な性的嗜好を持っていたとしても彼にとっては切嗣は憧れであった。
「うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ」
だからそのあとの約束に偽りなどなかった。その決意に揺るぎはなかった。
「爺さんはオトナ(意味深)だからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。まかせろって、爺さんの夢は――」
だが、心に住み着いた疑惑を残したままだった。
それから時は過ぎ、彼も大人になった。男にはああいうものが必要な時があると理解もできる年頃。だが、彼の知る本来の切嗣とはえろ本とは無関係な誠実な人間だ。未だにどこかであれが間違いであって欲しかったという願いを捨てきれずにいる。
『僕のことは、アサシンとでも呼んでくれ』
だからローマに召喚された時、彼と会えた驚愕は言い表すことはできないだろう。アサシンが並行世界の衛宮切嗣であることは知っている。士郎と出会うことのなかった可能性の具現。そして自分と同じ結末を辿ってしまった男の姿。
『失礼……アンタはえろ本を持っていたことがあるか?』
ほんと失礼だよ。もちろん初対面の相手にそんな言葉を言えるわけがない。
彼が声をかけるかどうか逡巡していた時には、アサシンは消えていた。件の暗殺対象は遥か遠い平行世界へ逃れている。特にやることも無いから市内の料理屋を回っていたらどれもこれも一級品。完全に衛宮さん家のごはんしていた。なんだかんだ言って誰よりもローマを巡り歩いたのは彼かもしれない。
「くそっ!今日は鮭と大根の特売日だったのに!」
そんな自分が最大の功労者のアサシンと顔を合わせられるわけがない。だが、こうして召集命令が下った以上は職務に徹するのが守護者。買い物カゴとエプロン装備で市内を走るアーチャーはどんな顔をしてアサシンと会おうか悩んだ。
「ええい!いつものように冷静になれエミヤ!」
そう、いつも冷静沈着。仕事も迅速かつスマートにこなすのが普段の自分のキャラだったはず。
サンタム?それは未来と別世界の話です。
仲間3人の気配が近い。買い物のカゴとエプロンを脱ぎ捨て、両手に干将・莫耶を投影する。道を曲がった先へ颯爽と登場するとそこには――
「ふざけるな!ふざけるな!!馬鹿やろうっ!!うわあああああああっ!!!」
全裸で少女を羽交い締めにするアサシンがいた。具体的にはZero一期のエンディングで流れる発狂したジル・ド・レェみたいな顔になってる。
「なんでさ……っ」
過去の疑念の種は、いま芽吹く。
ルシウスは絶望していた。前回あれだけ恥ずかしい自分語りを披露したというのに、白い軍服の男に銃口を額に押し付けられている。
「良いだろう。お前の命の代わりにこの女には指一本出さないと約束しよう」
「やめろ!ルシウス!ルシウスぅ!!」
そしてなぜかちゃっかり命拾いしたネロはフードの男に拘束されている。『指一本出さないとか言っておきながらがっちりホールドしてるじゃないですか!はい、この話は無効!かいさーん!!』とはならないようで白い軍服のリボルバーに指が掛かる。
内心『わりぃ、俺死んだ!』と苦笑いするルシウス。残念ながらこの空模様では雷も落ちそうもない。てかゴムじゃないから落ちたら死ぬわ。
(なんて安らかな微笑みなんだ……この女のためなら命すら惜しくはないということか)
誤解も賞賛も絶賛進行中の周囲。
アサシンは心の底から感謝の念を送った。別に若い子を合法的に後ろからホールドできたからではない。
この世界に来てからというもの、どれだけふざけた仕事を任されたかわからない。普段から無茶な仕事には慣れている。汚れ役を買うこともあっただろう。それに不満はなかった。しかしこの世界の仕事は…なにか……違う。こんなのゴルゴ13がドッキリを仕掛けるような物だ。どう考えても自分のキャラに合ってない。
別に英雄のように誉ある戦いを求めてはいない。やりがいも救いも求めたことはない。そんなものには反吐が出る……そう、この男に出会うまでは思っていた。自分をこのふざけた世界に呼んだ原因。出会って早々温泉を武器に戦うふざけた奴に胃が痛んだ。だが彼の言葉、その姿を見て確信する。これは自分がなりたかった正義の味方の姿なのだと。それだけで自分の胃は救われた。
(もう僕は、この世界に呼ばれたことに後悔はない。この男との出会いに感謝しよう)
そうニヒルに微笑むアサシン。側から見るとなんかやばい奴だった。
「ふざけるな!ずっと余に仕えると約束したではないか!!」
暴れるネロは叫んだ。そんなこと言ったっけなと訝しむルシウス。てか、それって永遠に働けってことじゃないですか。
「ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスの名において命ずる!死ぬな!剣を取って立ち上がれ!勝利をその手に掴み余の元へ戻ってくるのだ!!」
要約すると『あんな告白しておいて逃げられると思うなよ!そいつら倒したら即結婚式だから遅れるなよ!』ということらしい。相変わらずの無茶振り。だがルシウスの体はとうに限界を超えている。マナはまだあるが、彼一人ではそれを扱うすべはない。そんな時、ルシウスは何やら電波を受信した。
(だ、旦那……)
(れ、煉獄!生きていたのか!?)
(ふっ、俺は宝具だぜ。魔力さえあればまた元どおりになる……まあ、流石に今すぐとはいかねえがな。それでも、最後に一太刀くらいなら浴びせられるぜ)
だがルシウスはその体質上、殺傷能力のある技は使えない。煉獄の今の状態では温泉を放射することもできないだろう。
(あるじゃねえか。旦那のとっておきの技が!)
不意に記憶に浮かんだあのヘルアイランドでの地獄の日々。
『生殺与奪の権を食材に握らせるな!』
『判断が遅い!』
『フフ……へただなあ、ルシウスくん。へたっぴさ……!全集中・常中のやり方がへた……!』
『アァアアア年号がァ!!年号が変わっている!!』
ろくな思い出がないな。迷い家時空じゃなかったら元号が変わるまで死んでたことになっていたとわりと恐怖した。てか途中にいた顔の平たくて丸いおじさん誰だったんだろ?
体は煉獄が支えてくれる。技を繰り出すのは自分自身。そうだ、そうやって肺の中の空気を1cc残らず抜いてしまえ。痛みも恐れも忘れ、体に染み付いた技をただ繰り出す。
「なっ!?くっ!!」
その挙動に龍馬は、引き金よりも先に体が避けた。ルシウスから発せられた圧倒的な剣気による反射反応か、あるいは幸運値Aの賜物か。
ネロをホールドして動けない幸運値Eのアサシンに折れた切っ先を向けて叫ぶ。
「雀の呼吸・零ノ型『奪衣婆剥き』!!!」
この技は紅閻魔が奪衣婆のもとでこき使われた頃に編み出したものであり、『やっべ!これ私の仕事なくなるわ』と禁止された技である。現在では捕獲レベル500前後の食材に対し使われる技で、野菜の皮むきや獣の皮や羽を剥ぐために重宝している。護身用としても有効で、相手の装備の無効化も可能だ。具体的な例でいうと子供先生のくしゃみ魔法や宇宙人ハーレム主人公がコケるとよく起きる現象。
つまり――対象を全裸にする奥義なのだ。
誰もがアサシンへと目を向ける。その視線につられて思わず彼も自分自身の有様を見た。銃もナイフも服も下着もない。生まれたままの姿の自分。アサシンは静かに息を吸い、そして――
「ふざけるな!ふざけるな!!馬鹿やろうっ!!うわあああああああっ!!!」
――涙腺が悪い方向に崩壊した。
「僕の感動を返せ!返せよ!馬鹿やろうっ!!あああああああああっ!!!」
ルシウスをいい奴だと勘違いしていただけにこの落差は酷かった。上司や仲間、目の前の信じていた男にすら裏切られてアサシンの心はもうずたぼろぼんぼん。そこに思わぬ不意打ちが加わる。
「た、たすけ…ひっく……たすけてるしうすぅ…」
なんとネロ子供泣き。そこに今までの皇帝の威厳はない。裸の男に襲われて泣いている女子になってしまったネロちゃま。これには流石にちょっと傷つくアサシン。
『そうか、あなたはそういう奴だったのか』
なぜか脳裏に浮かんだホムンクルス親子が冷めた目で自分を見つめてくる。ちゃうねんエーミール。そもそも並行世界の家族だろあんたら。
「き、きさまああああ!ネロにナニをしている!!!」
「お前がしたんだろうがあああああ!!!」
「いやあああ! 何か生温かくてぶにぶにした物が当たってるぅ!」
「なーにこの状況…?」
「む?なぜ私の目を隠すんだ龍馬?」
「うーん、これはちょっと沖田くんには刺激が強いかなぁ」
周囲はカオス一色。アサシンの胃もカオスを決めすぎて決壊寸前だった。こんなカオスじゃ神話も始まらず、結末は終わりのみ。
「なんでさ……っ」
そのカオスに終わりを告げる人物が一人、姿を現わす。
アサシンはその姿を見た。自らをアーチャーと名乗った英霊。そして自分と同じ結末へと至った男。そんな男がまるで世界の終わりを見つめたような絶望の表情を見せる。その顔……今にも吐きそうな最低の面構えからすると、おまえ誤解しているな?
「な、何やってるんだよ、爺さ……アサシン…」
「な、何だその目は!? おまえは変な誤解をしている!!」
全裸のままでそんなセリフを言われても信じられるわけがない。龍馬も現状を説明しようと努めたが、自分でも理解不能な域に達していたので考えるのをやめた。アサシンはアサシンでアーチャーに誤解されるのはより一層胃が痛くなるのはなぜだろうという疑問に悩む。
(ああ、ダメだよ遠坂……こんなの俺がんばれないよ…)
あの日の約束すら霞ませる光景。えろ本疑惑の方がまだマシだった。こんなシチュエーションの本はなかったはず。そこにあの地獄から自分を救い出した男の姿はいない。本当に外道に落ちた男の姿だけだ。
『信じるな
『残念だが、これが真実だ。男など所詮みな狼だったという話さ』
アーチャーの中の天使と悪魔が争いを始める。
『違う!切嗣はえろ本なんて持ってない!ましてやうら若き女性にこんな真似を働く外道じゃねえやい!!』
天使のアーチャー。見た目はバスター性能上がりそうな自分。ええい! 流行りに任せて刀なんぞ武器にしおって──そんなもの、日本人なら誰でも憧れる武器じゃないか……! クソ、オレも使いたかったなー! てかお前セイバークラスじゃね? 切嗣と面識すらなくね!? 実装いつよ!?
『いいじゃないか、正義の味方。―――なんでか、妙に泣きたくなる』
悪魔のアーチャー。見た目はデミヤな双銃使いの自分。ええい、恥を知るがいい、恥を!二挺拳銃なぞ、おのれ──そんなもの、誰が使っても格好いいに決まってる……!クソ、オレも使いたかったなー!てかお前並行世界の俺じゃね?面識ありそうだけどそんなに泣かれると困るんですけど!?
(これが俺の憧れたもの?これが自分の末路だとでもいうのか?)
その姿に同情なんてしない。同情なんてしない。同情なんてしないっ!……けれど、これからその道をこの足が歩くかと思うと、心が折れそうになる。
自分が信じたもの。切嗣が信じたもの。その正体が嘘に塗りたくられた夢物語と見せつけられて俺は……。
『生涯くだらぬ理想に囚われ、自らの意図を持てなかった紛い物。それが自身の正体だと理解したか?』
(デミヤ……)
デミヤは絶望していた。自分に対しても、切嗣に対しても。彼はアサシンの姿を受け入れ、そして絶望しているように見えた。そんな生き方は間違っている。
『あの男はお前の理想だ。決して叶いはしないと理解できたはずだが?』
『そんなの認められねえ!切嗣は変態なんかじゃねえ!!』
(そう、それが英霊エミヤの原点だ)
衛宮切嗣という理想像。それを崩してはいけない。そんなことをしたら自分の存在理由すらも否定することになる。
『いい加減にしろ! あの男の、おまえを助けたときの顔があまりにも幸せそうだったから、自分もそうなりたいと思っただけだ! だが実際は違った! あの男は少女を裸で拘束する鬼畜外道ではないか!!』
『ぐっ!』
それは違う!そんな言葉を目の前の全裸のアサシンを見て言えればどれだけ楽だろうか。目の前の男の逸物がブラブラと揺れる度、硝子の心が砕けそうになる。
『そうだ、誰かを助けようとする男の姿が綺麗だったから憧れた!男の汚れた欲望の醜さにも目を向けず、ただ綺麗な理想像だけに縋り付く!これを偽善と言わずに何と言う!?』
(やめろぉ!もうやめてくれ!!)
『そんな偽善では何も救えない。否、もとより何を救うべきかも定まらない。見ろ、その結果がこれだ。始めから救う術を知らず、救う者を持たず、醜悪な正義の体現者(アサシン)がおまえのなれの果てと知れ!そんな夢でしか生きられないのであれば、抱いたまま溺死しろ!』
心が砕け散りそうだ。俺は何のためにあの地獄を生き延び、見送られたのかすら分からなくなる。
けれど。
やつの言い分は、ほとんどが正しかったけれど―――でも、どうも何かを忘れていると思った。
『お風呂……一緒に入ってもいいかな士郎?』
『ふざけるな!ふざけるな!!馬鹿やろうっ!!うわあああああああっ!!!』
『な、何だその目は!? おまえは変な誤解をしている!!』
地獄を見た。地獄を見た。地獄を見た。
いずれ辿る地獄を見た。
剣の丘の上でデミヤのひび割れた背中を見た。全てを諦めてしまった男の背中は、あまりにも脆く見える。
(デミヤはさ。きっと正しかったんだろうな)
『……器用ではなかったんだ』
(多くのものを失ったように見える)
『それは違う。何も失わない様に意地を張ったから、私はここにいる。何も失ったものはない』
失わないように、理想なんて初めからなかったと自分に言い聞かせたデミヤ。でも、それはきっと間違いだ。切嗣の亡き今、事の真相を知るのは悪魔の証明に等しい。それでも、あの時みた切嗣は、決して変態なんかではなかった。だから俺は―――
『おい、その先は地獄だぞ』
燃え盛る冬木市。瓦礫の上で佇む俺に、声をかけるデミヤ。俺の視線の先には、あの切嗣が瓦礫の中から誰かを救い出そうとする姿が映る。
(これがおまえが忘れたものだ。確かに始まりは憧れだった。けど、根底にあったものは願いなんだよ。この地獄を覆してほしいという願い。誰かの力になりたかったのも、結局何もかもとりこぼした男の果たされなかった願いだ)
『……その人生が機械的なものだったとしても』
(ああ、その人生が偽善に満ちたものだとしても、俺は切嗣が正義の味方だったと胸を張り続ける)
切嗣がえろ本を読む姿。いたいけな少女に裸で迫る姿。そんな幻想をぶち壊す。俺の最弱の理想は、ちっとばっか響くぞ?
(誰かに負けるのはいい。でも、こんな切嗣には負けられない!負けていたのは俺の心だ。目の前の切嗣を正しいと受け入れていた、俺の心が弱かった!)
アーチャーの中の天使と悪魔が微笑んだ。そこには争う二人はいない。二人は親指を立て、声を重ねてアーチャーへ言った。
『『なら、お前が倒せ!』』
(ああ、目の前のアサシンが俺の切嗣を否定するように、俺も死力を尽くしておまえという切嗣を打ち負かす!)
きっと男がえろ本を持っているのは正しい。俺の想いは偽物だ。けど、美しいと感じたんだ。性欲よりも他人が大切なんてのは偽善だってわかってる。それでも、それでもそう生きられたのなら、どんなにいいだろうと憧れた。俺の理想の切嗣がまがい物だとしても、俺の憧れた切嗣は美しいもののはずだ。
俺は無くさない。愚かでも引き返すことなんてしない。この夢は決して、理想の切嗣が最後まで偽物であっても、決して、間違いなんかじゃないんだから。
言葉もなく、剣も放り捨ててアサシンへと迫る。目の前の男に武器などいらない。変態には己が拳で十分。聖人だって代々その聖なる拳で悪を懲らしめて来た。彼はヤコブ神拳伝承者よろしくその技名を高らかに叫ぶ。
「鉄・拳・制・裁!」
その拳に宿ったイエスも状況は分からないがとりあえずサムズアップした。
「なんでぇぇぇぇえ!?」
まさか自分が攻撃されるとは思ってもみなかったアサシンはその拳をもろに食らう。避けようと思えば避けられたのかもしれない。だが目の前のアーチャーの姿が、古い鏡を見せられているようだった。ああ、こういう男がいたのだったなと過去の自分を重ねる。拳を受けたアサシンは胃も、体も、精神も、すでに限界を迎え、この一撃で座に帰ろうとしていた。
『ケリィはさ。どんな大人になりたいの?』
裸で地面に横たわるアサシンにわりとえぐい質問をしてくるシャーレイ。
(僕はね、正義の味方になりたいんだ)
その言葉を最後に、アサシンは座に帰った。
この状況には逆に周りがついていけず沈黙する。だが、それでもアーチャーは答えを得た。
(ありがとうルシウス。俺もこれから頑張って行くから)
静かに感謝の念をルシウスに向けるアーチャー。当の本人はよく分かってなかったがとりあえず笑い返した。密かに二人の間に生まれる男の友情。しかし抑止力の守護者であるアーチャーはルシウスを殺さなければいけない。気持ちを切り替えねばと目を閉じ、再び心の世界へと没しようとした瞬間――
『
光の本流がアーチャーを包み込む。痛くはない。ただ、どこか懐かしかった。過去の思い出か、それとも自分から流れ出てしまった鞘の記憶かは分からない。光の中で、金色の少女の姿を見た。生い茂る草原で純白の服に身を包んだ少女は涙を流しながら言う。
『おかえりなさい、シロウ』
光の衝撃で壁にめり込んだアーチャーは微笑んだ。
(たただいま、セイバー……)
その言葉を最後にアーチャーは気を失った。
困惑する抑止力一行を他所に、ルシウス達だけが聖剣の持ち主を知っていた。
「ブーディカ!」
「まったく……何やってんのさ二人とも」
本当に何やってるんでしょうね。ちなみに彼女の決まり手は徳利投げである。
(増援!?お竜さんのいない今、どれだけやれるか分からないぞ!)
増援は一人。それでも相手の使う武器は英霊ですら圧倒する聖剣。生唾を飲みこむ龍馬に思わぬ伏兵が現れる。
「うお!?何をするんだ沖田くん!?」
「逃げるんだおでんの人!あとツケは払って貰えると助かる!」
一飯の恩から助けに入ったオルタ。もはや何のためにこの世界に来たのか忘れてしまっているようだ。ブーディカが後ろを牽制しつつ、ネロがルシウスを担いでいく。貧弱なルシウスではあるがそれなりに筋肉質なためネロ一人では重い。まあ、役得と思えば頑張れる。
「え、皇帝陛下?ルシウス様!?どうしたんですか!?」
路地裏に差し掛かると少年が立っていた。
「見ての通り重傷だ!手伝ってくれ!」
「わ、わかりました!」
さすがはローマ市民。話が早くすぐさまルシウスの肩を担ぎ始めた。お礼を言おうと思ったルシウスであったが、急に考え込む。この少年にどこか見覚えがあったのだ。
(あれ、こいつあの時の……)
だが、思い出しかけた途端に強烈な眠気が襲い始める。最後に視界に映ったのは、口角をもたげて笑う少年――アラヤくんの微笑みであった。
(結局、僕が出る羽目になったか)
アラヤくんはずっと路地裏からルシウス達を眺めていた。自分が介入すれば全てが済む。それでもアサシンやアーチャーの手で始末できるなら極力関わりたくない相手だ。だが、アサシンの宝具を受けてすら、ルシウスは”死ななかった”。
(拷問した時から体に予兆はあった。こうなってしまった以上、神殺しや不死殺しの宝具を投影してもらっても意味はないだろう。君は神霊や精霊なんて比べ物にならないほど地球と強い結びつきの存在になってしまったようだ)
そんな相手を殺すなんて、地球を殺すのと同義だ。彼らが望むのは死ではなく、ルシウスの活動停止に近い。だからアラヤくんは彼に”夢”を見せた。自分の持ち得る限りの力を使ったルシウスの理想の夢の構築。正真正銘最後の悪あがきだ。この一手で長きに渡るアラヤの胃痛の決着が付く。どちらへ転ぼうと彼には後悔はなかった。
『ルシウスを発見。精神攻撃を検知。感情の制御開始――エラー!エラー!エラー!エラー!エラー!エラー!エラー!エラー!エラー!エラー!制御不能。熱量上昇。感情『怒り』と推定。原因排除のため最終形態へと移行します』
しかしこれから起きることを知っていれば、アラヤくんは今の自分を思い切り殴り飛ばすほど後悔しただろう。
【次回】忘れられた日本組登場!風魔空手!イヤーッ!