ネロ帝が女のわけないだろ!いい加減にしてくださいお願いしますから!! 作:オールドファッション
「アヤカはルシウスを知らないのか!?」
取り調べを終えたアヤカ・サジョウは、所謂『ジェイル』、または『ポリスセル』と呼ばれる留置場的な場所に押し込められ、疲労感と眠気で船を漕いでいた。そんな所にセイバーと名乗る男が幽霊のごとく現れて、一方的な会話を強いられている。
しばいたろうかと思ったが、オペラハウスを破壊できるような相手に殴りかかれるほど、彼女の肝は太くなかった。
「ローマの公衆浴場を作った人、くらいしか知らないよ」
「そんな……聖杯からある程度は現代の知識を得ていたが、まさかそこまでとは……」
セイバー、もとい真名リチャード1世はその場で崩れ落ちる。作画も荒くなり、まるで平行世界線の騎士王のようにセイバーライオンと化した。元気がないようなのでランサーを与えてみましょう。
今までライオンのように陽気だった男が急に見せた一面に、アヤカはただただ困惑した。
「そ、そんなに凄い人なの?」
「そりゃあもう!俺の時代では世界の中心のような人物だったよ!」
水を得たワカメのごとく活力が戻る。いや、むしろルシウス初心者のアヤカを前に活力が漲っている。
どんなコンテンツでも初心者が入らないと廃れていく。初心者は大切にして沼に沈めねぇとなぁ!と勝手にプレゼンテーションを始めだした。
リチャードは会議室からくすねてきたホワイトボードに世界地図を描いていく。何も見ずに描いた割には、結構正確な絵だ。
「アヤカが知っているローマは、所謂東西に分かれたローマ帝国のことだろう?」
「うん。イタリア半島を中心とした西ローマ帝国と、地中海東部の東ローマ帝国……ビザンツ帝国だっけ?」
4世紀以降、広大になりすぎたローマは東西分裂が定着し、最終的に395年のテオドシウス帝の死後、二人の息子に受け継がれたことで行政と統治体制が完全に分かれた。
イタリア半島を中心とした西ローマ帝国。領土は現在のイタリア、フランス、スペイン、ポルトガル、イギリス、オーストリア、ベルギー、オランダ、ドイツ、北アフリカの沿岸部などである。
中世においてもギリシア化を免れ、ローマ文化を保ってきた国であり、古代ローマ文明最後の国であった。476年にゲルマン人の大移動による侵攻激化と内乱で滅亡し、フランク王国などの後継国家を経て、現在のヨーロッパ諸国に分裂していった。
アナトリア半島を中心とした東ローマ帝国。領土はトルコ、ギリシャ、バルカン半島諸国、エジプト、シリア、イタリア南部などである。
ローマから分裂した国ではあるが、独自の歴史を歩んだギリシア文化主体の国家であり、次第にビザンツ帝国と名を変えていく。黄金期のマケドニア王朝では人口30万〜40万人を擁し、中世キリスト教世界で最も富んだ交易都市として繁栄するが、1453年にオスマン帝国メフメト2世によって滅ぼされる。
──と、いうのが正史での歴史。
「ネロ帝の時代、ローマ帝国は一部の地域を除くアフロ・ユーラシア大陸の実質的な統一を成し遂げたのさ」
「は?」
アヤカのメガネがずり落ちた。
今まで地中海周辺の国々に色を付けられていた地図。それが一気に塗りつぶされていき、アフリカ大陸とユーラシア大陸が殆ど真っ黒に塗りつぶされる。
かつてルシウスが諸国から48人の女王を集めて、キセキの世代と呼ばれるアイドルグループを結成した。それからは今までの属州制度を廃止し、かつてポンペイウスやカエサルの時代に存在した
簡単に制度の説明をすると『おまんはローマじゃが、ローマじゃなか!独立自治権は認めるがちょっとした外交権や軍事義務が発生するね!うるせえ!お前のものは俺の物だーい!……でも、俺以外の国がお前を虐めたら許さないからな』という、まるで映画版ジャイアンのような理不尽さと優しさを兼ね備えた制度なのだ。
この制度の重要な利点は2つ。
まず1つはローマ市民権の獲得。法的な保護と権利、食糧配給など生活上の特権……何より公共浴場と演劇場の利用が自由になる。
もう1つの利点は、ルシウスが定期的にあなたの国の浴場の具合を『くら〜し安心ルシウスシアン♪』してくれる特典付き。お風呂から温泉が吹き出して困ってるって?奥さん、それは大体ルシウスのせいです。
ローマ市民権とルシウスを目当てに当時の大国たちはローマと友達になった。時にはルシウスを拉致った国もあったが、その結末は大体お察しの通りである。
当時敵対していた民族や、時々ローマにちょっかいを掛けてくる遊牧民たちも『ローマは好かないが、ルシウスは好きだ』と友達の友達みたいなことになり、ローマはアフロ・ユーラシア大陸の実質的な覇者となったのだ。
「だが、当然問題が1つ起こった。人口爆発現象だ」
ルシウスによって衛生環境が改善された当時、人類の平均寿命は現代日本と遜色ないレベルになっていた。それに加えて大陸中でベビーブームが到来。ローマなんて人口密度が過密すぎて酸素すら足りなかった。
ルシウスというガイアの現し身の存在によって大地は元気一杯。それはそうとアラヤ君は心神喪失状態。
出エジプト記に登場する『マナ』、あるいは中国の伝説上の怪異である『視肉』のごとく、無造作に増える作物によって食糧危機には至らなかったが、逆に住む土地が足りないという珍事にまで発展する。当時のネロはもちろんのこと、各国の王たちもこの問題には悩んでいた。
『まるで畑から人間が獲れるみたいに増えるな』
何気ない誰かの一言に、ルシウスは解決策を思いついた。
そうだ。当時は未だ手付かずの土地があったのだ。
ルシウスは『ロシア北部』を中心とした土地を開拓し、新しい『北ローマ帝国都市』を建設した。
ロシアという国名はローマの名残なのだ。ぶっちゃけロしか類似点がないとツァーリは思った。
『なるほどシベリア送りだ』
ごめんなスターリン。その土地、私たちネイティブ・ロマーノが先に住んでたんだわ。
今度、菓子折り持って謝りに行くね。カステラでアンコを挟んだ北ローマ帝国の名産品。通称『シベリア』だよ。
「嘘つけー!?」
あまりにも突飛な話に、ついにアヤカは手が出た。必殺のツッコミがリチャードの頭部に炸裂するが、彼のサーヴァントとしての耐久値はBランク。逆に彼女は手を痛める結果になった。
「うぅ……た、確かキエフができるまで、あそこに国なんてなかったでしょう」
アヤカは、いわゆる9世紀ごろに誕生したキエフ・ルーシを指して言った。だが、正確には紀元前にスキタイやボスポロス王国といった文明があるにはあったのだ。ただ、2つとも比較的温暖な地域であり、スキタイに至っては季節や気候によって移動する騎馬遊牧民だ。
中世において現在のロシア地域は不毛の地であり、死の土地だった。現代と違い、まともな防寒対策もない。あの土地はおよそ人間が住む場所ではないのだ。
「ん~~やっぱり君はワカってない。ルシウスという人物を」
しかし、リチャードはアヤカを小馬鹿にするような笑みを浮かべた。アヤカは負傷していない方の手を構えたが、何とか理性で堪える。
リチャードは建物の簡易的な図面を書き出した。床下や壁の隙間にパイプのようなものがいくつも通っている。何となく、アヤカは韓国の床暖房『オンドル』を思い出した。
「ルシウスはロシアでいくつもの温泉を掘り当ててね。それをパイプによって各家庭に循環させて、テルマエのボイラー構造のようなものを作ったんだ」
「……当たり前のように温泉を掘り当ててるのは理解できないけど、一応理屈は分かった。でも食べ物は?昔のロシアじゃ牧畜はともかく、農業なんて無理でしょう」
「ローマから寒さに強いキャベツ、ニンニク、ニンジン、カブなんかを持ち込んだそうだよ。パイプの熱で温室も作っていたみたいだ」
「あぁ、日本でもそんな農業計画が進んでるって聞いたことあるかも……何で、ローマ人がロシアでそれを先駆けしてるの?」
「それがローマであり、ルシウスなのさ」
「……あ、そうですか」
遺伝子レベルで古代ローマ思想に毒されているリチャードと違い、ルシウスに免疫のない現代人はついていけなかった。ルシウス銀河英雄伝を話したら発狂するのではないだろうか。
「じゃあ、何で北ローマ帝国は今は影も形もないの?私はそこまで世界史に詳しいわけじゃないけど、北ローマ帝国なんて現代じゃ聞いたこともないよ」
「──消えたんだ。文字通り大陸から」
「は?」
リチャードの言う通り、かつて栄華を極めていたローマ帝国は、東西のローマ帝国を残して大陸から忽然と姿を消す。口伝によってリチャードの時代にまで伝承されてきたが、彼も全てを知り得てはいない。
ちょうど、アッティラ王が大陸を蹂躙していた時期と重なるため、後世の歴史研究家の間ではアッティラ王によって滅ぼされた説が上がっているが……それだと、一兆度の火球を吹き出す怪獣VS光の巨人案件になるだろう。
残された西ローマ帝国はルシウスの残した文化を保護し、ローマ教皇と共同で文化保存とイベント配給に努めた。ルシウスの聖地でもあるため、色んな人が聖地巡礼に来ては、ついでにローマ教皇も拝んでいった。
しかし、東ローマ帝国は『馬鹿野郎!ルシウスさんなら新しいものをもっと取り入れたはず!』と解釈違いを起こす。元々、東西に分裂したのはこの解釈違いが原因だった。
以降、東ローマ帝国はルシウスに関して幅広い解釈を自由とした色々な二次創作OKの国となる。ルシウスのTS百合やら、ルシウスのBL作品が流行っていた。
西ローマ帝国がルシウスをキリスト教から排除しようとする動きを見せ始めた時期。東ローマ帝国がビザンツ帝国になると、ビザンツ帝国の自由度の高いオタク文化に人々の注目は集まる。『もうこっちが本家だもんねー!』と当時のビザンツ帝国皇帝は天狗になっていた。
そこにローマ教皇からのお達しが下される。
『ビザンツ君、最近調子乗ってるんとちゃう?処すよ?破門しちゃうよ?』
『破門がどうした?こっちはこっちでルシウスグッズ作れるし、イベント配給できるもんねー』
『分からないの?うちから破門されるということは、ローマ教皇のお足元である──ローマにも入らなくなるんだよ』
『人の心とかないんか?』
ビザンツ帝国皇帝は雪の中で3日3晩土下座した。カノッサの屈辱的なことをやっているが、実はそちらも似たような実状だったらしい。
聖ペトロの遺言の真意から逸脱し、中世カトリックはローマに本拠地を置いたことによってルシウスの聖地を独占したのだ。ゆえに、キリスト教でなければ人にあらず。ローマの地を踏まねば真のルシウスオタクにあらず。と、いったドブカス強権を振るうようになる。
「何だかエルサレムみたいなことになってきたね……」
「うん。正直、エルサレムそっちのけでローマ奪還戦争が起きてたよ」
「え”っ」
そもそも、ルシウスを信奉していた者たちにとってローマこそ聖地であり、エルサレムは聖地でも何でもない。
古代ユダヤ人は公共浴場がない町には住まないという規定があったほど入浴を重視していた。そのため、ルシウスが健在だった時期の古代ローマと彼らはそれなりに上手くやっていたのだ。
だが、彼らが信奉するユダヤ教は偶像崇拝禁止の一神教。アイドル文化はもっての外であるし、コインに刻まれている神格化されたルシウス像だって宗教的な忌避感があった……まあ、一部の生臭たちが戒律を破ってルシウスの推し活をしていた為、当時のユダヤ側の指導者は散々ルシウスを罵倒したのだ。ローマ市民はもちろん、全大陸がキレたが、ルシウスの取りなしで事なきを得る。
ルシウスがローマに滞在していたので正史での第一次ユダヤ戦争は回避されるが、第二次ユダヤ戦争の時期にはルシウスは放浪の旅に出ていた。
散々ルシウスを罵倒されて激怒していたローマ皇帝は、グレートブリテンからも友軍を集めてエルサレムを滅茶苦茶に破壊する。
その皇帝こそが、ルシウスが長年待ち望んでいた『ハドリアヌス帝』であったのだ。
当然、彼も見事にルシウスに心酔していた。更地となったエルサレムにはルシウス・カピトリナと呼ばれる神殿を建設し、アンティノウスが亡くなった時以上にルシウス像を立てまくった。これにはルシウスもソロモンとアンティノウスと一緒にドン引きしている。
(そもそも、俺が十字軍遠征に向かったのも、別に信仰心からではないしな)
情報処理が追いついてないアヤカを気遣って、リチャードは心の中でそれを留めた。
誰が信じるのだろうか。
あの獅子心王が、当時流行っていた『アル=ジャザリーランド』と呼ばれる温水プール施設に行きたいが為だけに国庫を空にして向かっただなんて。
12世紀最高の発明家アル=ジャザリが発明した水力利用の自動人形と流れる温水プール。100体以上の自動人形楽団が奏でる調べは至上のものだと大陸中で語られていた。
『え、お前行ったことないの?俺は地元過ぎて年中通ってるよ。年間パスポートも持ってる』
その時のサラディンの自慢げな笑みには、リチャードもムカついて手が出た。やはりマスターとサーヴァントは似るらしい。
道中色々なトラブルに見舞われたが、リチャードは無事にアル=ジャザリーランドにたどり着いた。だが、エルサレムのことはすっかり忘れていたので弟のジョンに滅茶苦茶怒られている。お土産を渡してもしばらくは口も聞いてくれなかった。
『ごめんよ、ジョン』
『……今度忘れたら
中世美術風のシュールな弟の顔を思い出しながらほっこりしていると、情報を無理やり噛み砕いたアヤカが顔を上げる。
「話の真偽はおいといて、あんたは誰からその話を聞いたの?」
「母だ。母は生粋の風呂テスタントでな、俺はどちらかと言えばアーサー王伝説の方が好きだったんだが、母はよくルシウスの話を語ってくれたよ」
「え、風呂テスタントって何?当たり前のように進めるのやめてくれない?」
アリエノール・ダキテーヌ。
リチャードの母であり、アンジュー帝国の女傑。
アキテーヌ家は祖先に水の魔物であるメリュジーヌを持つ伝承がある為か、アリエノールは大のルシウスフリークであった。基本的にルシウスは水属性と異星の存在には物凄い懐かれる……湖の乙女の時は本当にやばかった。
当然風呂が何よりも好きであり、最初の輿入れの際に、『何、風呂?ばか言っちゃいかんよ。時代はカトリック!清貧です!』とフランス国王ルイ7世に言われたので離婚。イングランド王ヘンリー2世と再婚したのである。後々百年戦争の火種ともなった。
『ルシウスはね、何と間欠泉に打ち上げられて月に着地したのよ。そして彼はこう言った。『地球は……青かった。月で食べるカップヌードルは最高』……と』
『本当ですか母上!そもそもカップヌードルとは何ですか!』
『きっと麺類よ。ローマでもラーメンが流行っていたからね……ちなみにアーサー王の好物も
『本当ですか!?食べてみたいです!』
「……このような寝物語を、よく母がしてくれたなぁ」
「……」
過剰なまでのルシウス成分を吸収したアヤカは悟った。
うん、きっとホラ話だ。
ルシウスに耐性のないアヤカは寝て忘れることにした。ついでにリチャードが頭のおかしい寝物語を話してくるので、もう片方の手で鳩尾に必殺の一撃を叩き込む。ちょっとリチャードも痛がっていた。
そうして、アヤカはようやく穏やかな眠りに入る。
この警察署に、ルシウス本人が軟禁されているとも知らずに。
「えっ?極寒地帯でも育つ作物を見つけろ?」
「うむ、任せたぞ!ルシウス!」
「えぇ……」
―数時間後―
「ロシアに国作ろうって言ったの私だけど……無理だよなぁ。ドルイドに相談しようかな」
「何だそんなことか。それなら適任の人材がいるぞ」
「え、本当!?さすが伯爵!」
「本当は吸血植物が専門だが、まあ何とかなるだろう」