ネロ帝が女のわけないだろ!いい加減にしてくださいお願いしますから!!   作:オールドファッション

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こはやさん、吉野原さん、骸骨王さん、クオーレっとさん、佐藤東沙さん、たまごんさん、ジャック・オー・ランタンさん、黄金拍車さん、EXAMさん、kuzuchiさん誤字報告ありがとうございます。


女が王様になれるわけないだろ!いい加減にしてください味噌汁でも飲んで!!

 とある別邸にて元老院議員たちが集まり議論していた。

 元老院とはもともと執政官の諮問機関であったが、知恵を蓄えた者たちが増えると圧力を持つようになり、時には皇帝にも意見するようになる。いつからか元老院までもが裏の権力者と成り果て、権力を笠に着た行為が横行するようになった。

 しかしネロが皇帝になってからというもの、不正を行っていた元老院議員のほとんどが粛清され長い緊張状態が続いている。元老院と協力関係にあったアグリッピナも近頃ではあの強い権勢欲がなりを潜め頼りにはならない。

 

 その上【ルシウス銀河英雄伝82・ 二人はテルマエ!シンデレラガールズフェスティバルバンドパーティ!】『闇の帝王の復活!帝王はこのディアブロだ!来いよ闇の帝王、格の違いを見せてやる!』が公演され、アボッカドとアボッカドが賄賂を受け取ったせいで殺された同僚の再会シーンで『やっぱり賄賂とかクソだわ』という風潮がローマに広まり、小役人でさえ元老院に屈さず『だが断る』とキメ顔でいう始末。古代ローマにも広がる黄金の精神。流石荒木作品。

 

「近頃は我らも肩身が狭くて仕方がない。昔は良かったことも今ではだめだとうるさくてかなわんな」

 

「日増しにネロの権力は増していくばかり。これも全てあの男のせいだ!」

 

 元老院にとってルシウス技師という者はまるでバケモノのような存在だった。ネロが即位する以前から民衆から絶大な民心を集めるこの男の存在を危惧していた元老院議員たちは、過去に何度も暗殺を企てたことがある。

 

 ある時は盗賊の住処へ送り出したが、なぜか盗賊たちを従えてそこを快適な温泉街に作り変えた。

 

 ある時は反乱を起こした属州へ送り出したが、なぜかそこで湯の源泉を掘り当て反乱をおさめた。

 

 ある時は暗殺者を直接送ったが、暗殺者が寝返りルシウスと結婚してしまった。

 

 すべての暗殺計画を斜め上の方法で躱していくルシウスに元老院たちは恐怖した。矛先が自分たちへ向くことを恐れた彼らは傍観者となりルシウスを監視する。実際、彼の発明は実用的なものが多くローマに多くの利益を生み出しているのだから消してしまうには惜しい。

 

 ネロから国家浴場技師の案を諮問された時もかなり悩んだが、この役職はこれといった権力もない『皇帝の意思の下にテルマエを建設する。またはその他の発明をする』という建前のようなものだったから了承したのだ。あわよくばルシウスに集中する民心がネロに向けばいいとも考えた。しかし思えばこの頃から全ての歯車が狂っていた。初めの事業が演劇の興行など誰が考えられただろうか。

 

 始めはただルシウスの生涯を描いた作品も続編ではあらゆる文化と思想が入り乱れたプロパガンダとなり、いま民衆は明らかに影響を受けだしている。しかし止められない。なぜならこれは皇帝の意思によるものなのだから。まさに悪魔的策略。

 

 鉛は有毒だと知られ鉛製の食器や水道管は全て銀製や鉄製のものになった。

 

 どちらかが死ぬまで拳闘していたコロッセオもスポーツ的な催しが増え、試合後には選手同士が互いを讃え合うようになった。

 

 貴族間で流行だった嘔吐剤*1や食事会用の使い捨て衣服*2も無くなり、珍しいものよりもうまいものを食べることが権力の指標になった。

 

 寝ながら食べるスタイルもなくなり、テーブルについてナイフとフォークで食事するようになった。

 

 肉食系だったローマ女もおしとやかでつつしみを持つほうがモテると分かって男漁りをやめた。

 

 今まで食べられないと思われていた食材が流通するようになり、醤油や味噌などもローマで親しまれるようになった。

 

 もはやローマがルシウス一色状態。

 元老院議員たちはナイフとフォークを使い、うなぎの蒲焼を食べながらうんうん唸っていた。

 

 そもそも国家浴場技師という称号自体が悪魔的だった。ルシウスの事業、発明が成功すればそれは皇帝の偉業でもある。しかしそれで逆にルシウス×ネロ=皇帝の偉業という公式が人々の中で定着。一方に威光が集中するのではなく二人の力が合わさり共に膨れ上がる。気づけば、ネロと共にルシウスの権力が増すようになる悪循環。

 

「いま思えばあの瞬間から奴の術中に落ちていたのだろう。演劇の他にも新たな浴場の建設、入浴用品の開発、食の革命。以前より精力的になりローマに多くの利益をもたらすが、日が経つに連れて英雄扱いだ。実際の身分としては庶民と大差ないくせになぜこうなった」

 

「その利益を生むというのが実に厄介だ。奴のやることなすこと何もかもが成功する。奴に勧められて皇帝が食事中に嘔吐剤や酒をやめてねぎや生姜やはちみつを食べるようになってから歌声が美しくなったらしいではないか」

 

「なに!?あの歌声で飛んでる鳥に泡を吹かせて地に激突させるような音痴が治ったのか!?」

 

 むかし宴会でネロの歌を聞かされた元老院議員たちはその衝撃の事実に生唾を飲む。

 ルシウス・クイントゥス・モデストゥス、やはり恐ろしい男だ。

 

「ローマの権力を掌握される前にルシウスを潰すべきだ!」

 

「だが奴はからくり人形シュワチャン並みにしぶといぞ。並大抵な方法ではまた以前のような結果に終わるだけだ」

 

「何、策はあるとも。奴をイケニに送ってやるのさ」

 

「あぁ、東ブリタニアの部族か。たしか皇帝との共同統治を願い出ていたな……はん、馬鹿馬鹿しい!我らローマがバーバリアンと手をつなぐなどありえんわ!」

 

「初めから断るつもりだったがルシウスにはこの書状と共にイケニに赴きこの内容を読み上げてもらう」

 

 書状の内容を見て皆が顔を歪め腹の底が煮えるような思いになった。

 その書状には甚だ穏当さを欠く要求と誰もが逆上するような侮蔑の文句が書かれていたのだ。

 

「なるほど、イケニはあの一度怒ると手のつけられんケルトの血が流れているという。さしものルシウスも無事ではおれまいよ」

 

「ルシウスがイケニに殺されたとなればローマとの戦争は必至。しばらくは両国とも混乱期になる。なぜルシウスがイケニで死んだかなど、うやむやにできるだろう」

 

 元老院議員たちは妖しげに笑いながらうなぎを頬張る。

 元老院議員たちの懸念もあながち間違いではない。ぶっちゃけるとルシウスには政治的な能力が一切ないので彼が権力を掌握した瞬間ローマは数ヶ月で滅ぶことになる。

 

 やはり憎むべきはルシウス。がんばれ元老院!ローマの未来は彼らにかかっている!

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、邪悪の化身ルシウスはしつこい宗教勧誘に絶望していた。

 勧誘に来てるのはとなりの家のペトロさん。あなたペトロっていうのね!

 

 このペトロ、『おかず作りすぎちゃったのでお裾分けです』とルシウス家に入ると『で、いつ入信するんじゃ?』と入信を勧めるめんどくさいおじいちゃんだった。

 

「ルシウス殿、どうか私と共にイエス様の尊い教えを広めてはくださらんか?」

 

「だが断る。このルシウスが最も好きなことのひとつは宗教勧誘、訪問販売、N●Kの集金に「No」と断ってやることだ。とっととその肉じゃがだけ置いていけ」

 

 この男、平然と名言を宗教勧誘の断りで使う漆黒の精神だった。

 

「なぜですか?あなたは主の存在を信じているはずだ」

 

「ペトロ殿、確かにわたしは神の存在を知っている。だがそれと信仰は別のものだ」

 

 正直ルシウスは今現在神に振り回されている身として触れたくない部類の話題だった。しかし、ペトロも引き下がることはできない。数々の奇跡を巻き起こすこの男がかつてのキリストと同じ何かを持っているように見えて仕方がなかったのだ。

 キリストが存命だったらこう言っただろう。ペトロよ、眼科いけ。

 

 不意に戸を叩く音が響く。こんな時間に何者だろうと二人が首を傾げていると元老院からの使いの者が書状を届けてきた。

 

「なになに?これより東ブリタニアへ赴きイケニ族の集落にて書状を読み上げてほしい。この書類は政治的に非常に機密性の高いものであり指定した場所以外での開封を禁ずる。また、皇帝の希望にて現地で地質調査を行い源泉があるならば新たな保養地を建設すべし」

 

「ルシウス殿、これは……」

 

「うーむ……」

 

 二人ともこの書状がかなり怪しいと感づいてはいた。ルシウスとて何度も暗殺を経験した男。十中八九これが罠だとは気付いている。しかしルシウスはどこか晴れ晴れとした表情で決心した。

 

「ペトロ殿、わたしは行くつもりです」

 

「ルシウス殿!」

 

「たとえ罠だろうと、浴場技師には行かねばならん場所があるのです」

 

 その横顔がふとゴルゴダへ行かれたあの人と重なる。

 

(ああ、やはりこの方はあなたと一緒です)

 

 ペトロは死地へ赴くルシウスの後ろ姿に在りし日のキリストの姿を思い出し涙した。しかし実際は最後の一文の『これは多忙であるそなたの休暇も兼ねている。現地にて心身を休めると良い』という言葉に釣られてまんまと罠にかかっただけであった。

 

 その後ルシウスは数十人の兵士と共にブリタニアに向けて馬を走らせた。兵士たちは全員元老院側の手先であり、もしものことがあればルシウスを殺すように命令されている。旅中もルシウスを監視していたが皆が彼の隙のなさに感服した。実際は早くブリタニアに着かないかなと、遠足前日の子供みたくそわそわして眠れなかっただけだ。

 

 五日ほどしてブリタニアに着くとルシウスはイケニ族の集落へ赴いた。始めはローマ兵に警戒していた彼らも、ルシウスの礼儀正しい姿勢に軟化し快く彼らを迎えた。だがルシウスの内心はアグリッピナよりも激しく露出したビキニアーマーのイケニ族に対し畏怖の念を抱いていたのだ。

 

 しばらくすると赤髪を靡かせ白いマントを羽織った女が幼い女子を二人つれてやって来た。

 

「やあ、お客人方。私がイケニ族の女王ブーディカだよ」

 

(流石イケニの女王。今までで一番際どいビキニにその上マントとはファッションセンスまさに蛮族である)

 

「な、なんだいじっと見ちゃって……恥ずかしいからやめてよぉ」

 

 この瞬間の出来事を後世の歴史家や小説家はルシウスがブーディカの美しさに言葉を失ったと記しているが、わりと失礼なことを考えていたのは誰も知らない。

 

「長旅で疲れているようだね。食事でもどうだい?」

 

 そう言われてみればなんともいい匂いが漂ってくるではないか。見ると集落の中央に大鍋が火にかけられ、葉野菜や豆が煮込まれているようだ。しかし兵士たちは文明人たるローマ人が蛮族の食事など食えるかと嘲笑する。

 

「ふん、バーバリアンの食事など…」

 

「頂こう」

 

「ルシウスさま!?」

 

 この男、ローマ人の誇りはなかった。

 兵士たちは蛮族に囲まれた中で平然と食事できるルシウスの豪胆さに恐れ慄いたが、この男は理性より食欲が優っただけの畜生である。あとから『やべ、ブリタニアって後のメシマズ大国のイギリスやん』と気づいて後悔したのは自業自得であった。

 

 案の定料理は味の薄い調味料なしの出汁味オンリーの鍋のようなもの。塩とか魚醤なんて高価な調味料が僻地にあるわけない。しかし食の革命家ルシウスに抜かりはなかった。懐から味噌の包みを取り出し『オソマ(味噌)入れたらもっと美味しくなるんじゃない?』と熱い味噌推し。初めは『そんなウンコみたいなもん入れるな!』と憤慨していたイケニ族も恐る恐る飲んでみると『オソマ美味しい!』と味噌ジャンキーに変貌した。旨味の相乗効果ってほんとすごい。

 

「ルシウスさま、これを」

 

 我に返った兵士から渡された書状を受け取るルシウス。しかしすぐには読み上げなかった。珍しく何か思い悩んだ様子だ。

 実はルシウス、本番で噛んではいけないとこっそり書状を開封して読んでいたのだ。しかし見てみれば書状の内容は『娘二人を相続人にする?女が王になれるわけないだろ!いい加減にしろ!亡きプラスタグス王の継承者がいないならお前の国は俺のもの!テメェのおふくろのケツにキスしろ!』を10倍きつくしたような内容だった。蛮族とはいえオソマを通して仲良くなった同士にこれは言えなかった。『そもそもうちのお国の王様は女やん。支離滅裂ぅ!』と混乱して思わず書状を破くルシウス。さらば数ヶ月も元老院が頑張って考えた書状。

 

「ル、ルシウス殿!ご乱心なさったか!」

 

 その通りだった。

 後から『やべぇ!』と思い書状の内容を思い出そうとするが正確には思い出せなかったのでざっくりとした説明をし始める。

 

「どうやら皇帝は共同統治を望んではいないようだ。それどころかそなたらの国を奪うかもしれない」

 

 それを聞いてざわつき始めるイケニ族。臨戦態勢に入るローマ兵士たち。

 だがルシウスが片手を挙げると不思議と全員が静まり返った。

 

「わたしにいい考えがある。それには時間と労力がいるがそなたらに覚悟はあるか?」

 

「あ、あんた一体何者だい?」

 

「私はローマ大帝国国家浴場技師ルシウス・クイントゥス・モデストゥス」

 

「まさか、あのルシウスなのか!?」

 

 実はこの男の武勇伝はローマだけではなく近隣諸国まで轟いていた。なぜこうも広く浸透しているのかというと、昔からやらかしていたのでまたあいつか的な感じですぐ広まってしまったのだ。奴隷の頃に師匠に付き従い諸国を回ってたあたりからわりとやらかしていたが、浴場技師になってからエスカレート。国家浴場技師になってからはもう伝説の大安売りになっている。

 

 とある老婆が言うにはこうだ。

 

『その者白き衣を纏いて金色の湯に降りたつべし』

 

『その者の歩いた地からは枯れることのない湯の源が湧き上がるだろう』

 

『その者は湯の化身。悪人が触れれば善人へと清められ、すべての争いは灌がれる』

 

『人は頭を垂れて彼の国へ行くだろう』

 

 本人に自覚がないだけで大体この内容通りだからひどい。いずれこの老婆の言葉が遥か未来まで語り継がれるなど誰も想像はしないだろう。しかしそれは彼の伝説の1ページでしかないことを、これからイケニ族と兵士たちは知ることになるのだった。

*1
ローマの貴族はお腹いっぱいになったら嘔吐して空腹になり、またたくさん食べるのが日常でした。

*2
食事の時だけ着る使い捨ての服を着用していたらしいです。貴族間で散財するのがある種の美徳のような風潮があったせいかもしれません。


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