ネロ帝が女のわけないだろ!いい加減にしてくださいお願いしますから!! 作:オールドファッション
AD:65年頃。
アラヤ君が企てたローマでのいざこざがようやく落ち着いた時期に、それは唐突に訪れる。
オルトとの戦いでローマの都市は派手に損壊していた。ルシウスの弟子に限らず、ローマ兵は軍人でありながら一流の工兵であることは言うまでもない。しかし今回は住民総出で駆り出されるほど、圧倒的に人手が足りなかったのだ。
「「退職届です」」
そんな最中、『みんなで都市を建て直すぞー!おー!』と号令を掛けた数分後。ルシウスの忠臣である『執事』と『少佐』が揃って引退宣言を発表する。
まだタイプアース化が完全に済んでいないルシウスはショックで死に掛けた。
「私のどこがダメなの!?直すから!絶対直すからー!!」
「じゃあ、勝手に温泉掘り当てる癖やめられます?」
「それは無理かもー!」
この二人は工兵としてあまり表に出ることはないが、経理や事務、顧客とのやり取りなど、裏方の重要な仕事をしていた。
HUROHAIRITE部隊は国家規模の建設事業をいくつも請け負う組織。莫大な金と人の流れを生み、それを管理する必要がある。それを今までたった二人で管理していたのだ。無論、ルシウスは金勘定など無理なので、今抜けられたら破産宣告されるようなものだった。
執事は月が不穏だとかで故郷の山に戻るらしい。
言い訳が下手なのかな?
少佐は健康上の理由で引退したいらしい。
それについては、そのでかい腹を見て納得した。
幸い、後任については二人とも目処をつけているようで、ルシウスの知らぬ間に人事異動が決まったようだ。
執事の代わりは、エジプトのとある企業に事務や経理を外注するらしい。インド辺りの人は理系が得意だとテレビで見た覚えがあったので、ルシウスはすぐに了承した。
代表者のエルトナムさんも優しそうな人柄だったのでとりあえず安堵。歌劇が好きだと言っていたので、ルシウス銀河英雄伝というイカれた劇の脚本をプレゼントした。
『ローマは未来に生きてんな。てか、このカレーうどんって料理うま』
それを読んだエルトナムさんと、向こうの企業のお偉いさん方は、自分たちの演算能力を超える劇物を前にして白目を向いたらしい。
脳に異常をきたす可能性があるので、早くそれを捨てて欲しい。
そして、少佐の代わりなのだが……。
「うーん。国境の長いトンネルを抜けると雪国であった……へっぶしょん!」
数ヶ月後、ルシウスはなぜか北欧の森に行くことになった。
何でも、後任の候補は人里離れた山奥に住んでいる一族らしく、きびしい掟のせいでおいそれと人里には出られないらしい。なので、こちらから迎えに行くことになった。
海を越え、山を越え、雪をかき分け、時々フィンランド式サウナ風呂を作って整いを感じ。そして、ようやく目的地にたどり着いた瞬間……。
「わふわふ!」
「ぎゃー!伯爵助けてー!食われるー!」
無数の狼に囲まれて、なぜかルシウスだけがもみくちゃにされていた。それはさながら、野生を完全に喪失した飼い犬が、人にじゃれつく光景に似ている。ぶっちゃけ、でかいゴールデンレトリバーと大差ない。
「どうどう。みんな落ち着いて。彼は僕のお客さんだよ」
ルシウスがよだれでベトベトになっていたところ、金髪の少年が狼たちをかきわけてやって来た。少年が言葉を掛けた瞬間に、狼たちは訓練された警察犬のように静まり返る。
「はんっ……よほど地球が肥えているらしいな」
周りの狼たちや、少年の姿を見て、伯爵は不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。なぜかこの森に来てから機嫌がよろしくない。伯爵の影の中にいるフォウくんも珍しく唸っていた。
「えーと、君が……少佐が推薦した子?」
「はい!よろしくお願いします!」
ルシウスは内心愕然とする。少佐の肝入りの推薦だと聞いていたのに、見るからに華奢な体躯と無邪気そうな顔に、いい意味で期待を裏切られた気分だった。
てっきり、少佐を超える灰汁の強い豚骨スープが来ると想像していたのに、あっさりとした淡麗スープを出された心持ち。パンチが全然足りない。
「ん?」
不意に、視界の端に映った人影に、ルシウスは視線を向ける。
木の後ろに隠れていたせいで、今まで気がつかなかったが、離れた場所からこちらを眺める人物と目が合った。
「……」
少年よりもひと回り小さい銀髪の男の子。肌は褐色で、瞳は伯爵と同じ真紅の色をしている。
金髪の少年が身綺麗な飼い犬だとすれば、この男の子は野良か捨て犬のような印象を抱いた。
「ああ、あれは……僕の双子の兄のようなものです。まあ、兄といっても、僕の絞りかす程度の存在ですが」
一瞥もくれず、淡々と言葉にする金髪の少年は笑っていた。周りの狼たちも、あの小さな男の子に関心すら抱いていない。
いわゆるネグレクトというやつなのだろう。
「うぐぐ、こっちにまでダメージが来た……」
転生前、自分よりも優秀な妹がいたルシウスは何とも身につまされる思いを感じたらしい。北斗の拳3巻を読んでいる時にも似たような症状になったことがある。
ルシウスは狼をかき分けて、男の子に歩み寄って行く。
男の子の目の前にまで来ると、その目線に合わせてしゃがみ込んだ。
「お前、名前は?」
「……ありません」
弟の方は里では神子として敬われ、その毛並みから太陽神の名前を与えられていた。しかし、同時に発生した兄の方は、文字通り弟の絞りかすだった。
生命体として機能していても、個人としての名など与えられるわけもない。
だが、ルシウスはそんなことを気にしなかった。
孤児だった彼も、元は名無しの子供である。ルシウス・クイントゥス・モデストゥスと言う名も、思えば彼自らが名乗り出した名前だった。
「じゃあ、特技は?」
「……ありません。弟より優れてるものは、何一つありません」
後ろから眺めていた少年は、当然とばかりに胸を張る。
弟の性能はそれこそ一級品だ。しかし、兄の性能は同族たちに毛が生えた程度のもの。まさしく、弟とは雲泥の差だった。
何やら気まぐれで声を掛けられたようだが、この返答ですぐにその関心が自分に戻ると、少年は思った。
「奇遇だな。”俺”も出来の悪い兄貴だったよ──お前、うちに来い」
だが、ルシウスは知っている。何も持たざる者たちがどん底から足掻く底力というものを。
何より、彼自身と仲間たちがそうであったからだ。
「僕の方が何百倍も強いのに!僕の方が何千倍も役立てるのに!!」
ルシウスの背後で、少年は獣のように毛を逆立てながら激昂する。狼たちが一斉に退くほどの怒気が、辺りに充満していた。少年の怒りが伝播するかのように、森全体がざわめくのを感じる。
それにびびったルシウスは振り返らずに言葉を掛けた。
「強いだけの奴なら、うちにはたくさんいる。それに、家族を馬鹿にするような奴はうちには向いてない」
「うぅ……そんな」
こんな強気に啖呵を切っているが、実のところ、最近部下のインフレに薄々気が付いてきたルシウスにとって、これ以上の過剰戦力は必要なかった。そもそも、本来は工兵部隊だし。
「ぼ、ぼく……がんばります。
「あ、うん。ほどほどにな?」
泣きじゃくるその男の子をあやしながら、ルシウスは人選ミスったかもと若干後悔しなくもなかったが、そんなことはすぐに忘れる。というか、考えている暇がなかった。
ローマ都市の修復は終わったが、人口増加に伴って新しい都市を建設しなければならない。それも、人の手が全く入っていない未開拓の極寒地帯にだ。
今まで誰も成し得たことのない大規模な国家建設プロジェクト。今は猫でも犬でも狼でも、誰の手でも借りたい状況だ。
ローマをめちゃくちゃにした責任取らせるために、オルトには先遣隊として向かってもらった。
「名前は後で考えるとして、あだ名は……少佐の後任だし、中佐か大佐?」
「それ、階級繰り上がってないか?下の階級でいいだろう」
「じゃあ……『大尉』!お前は今日から大尉だ!」
星の雫の片割れは、何の因果か、自身が発生した原因となった張本人に命名された。
ルシウスの誕生によって活性化した地球は、正史よりも多くの雫を溢れ出していたらしい。
超過分から形成された片割れは、金狼になり損なった銀狼であったものの、腐っても親戚の精霊種らしく、微かにアルトルージュと似た風貌をしている。
何も持たざる者が得た強烈な成功体験が、これからどのように作用するのか。
少佐はそれを予想して狂ったように爆笑するのだった。
ドロテア。もとい『六連男装』の異名を持つ死徒。ジェスター・カルトゥーレはかつての決意も虚しく絶叫を上げる。
自らが召喚したアサシンのサーヴァントに殺害されたジェスターは、その名の異名通りに六つの概念核を装填した死徒。概念核をリボルバーの弾倉のように回転させることで、六種の魂と肉体を使い分けることができた。
狂信者のアサシンの宝具『妄想心音』によって心臓を握りつぶされたジェスターだったが、当然、その心臓は装填されていた概念核のものである。現代的な表現で例えるならば、残機を一つ失っただけに過ぎない。
無論、すぐに息を吹き返したのだが、彼は違う意味で致命傷を負ったらしい。
文字通りのハートキャッチ。いわゆる一目惚れというやつである。
ルシウスを倒すために願望機を探し求め、このスノーフィールドで行われる偽りの聖杯戦争に参加したジェスターであったが、脳内は麗しのアサシン一色のお花畑状態。ヴァン=フェムの体たらくを嘆いておいて、ジェスター自身も人類史の極地たる英霊に毒されると言うのは、何とも因果な展開であった。
本来、新陳代謝のない死徒は風呂を必要としない。だが、珍しくシャワーで体を洗い清め、花屋で特大の花束を買いに向かう。
財布が何やら軽くなっていたが、結婚するのなら夫婦の共同財産だし問題はないよね?と現実逃避の戯言に耽っていた。
薔薇の花束を手に、ジェスターはアサシンの気配を辿りながら警察署へ向かった。ジェスターにとって、現代兵器で武装した警官など脅威ではない。たとえそれが魔術師であっても、人類史の否定者である上位の死徒にとって例外ではなかった。
しかし、ルシウスが介在した状況下では、その慢心はただの悪手でしかなかったのだ。
六騎のサーヴァントを呼び水に、新たに七騎のサーヴァントが召喚されたことで偽りの聖杯戦争は本当の意味で開始した。だが、その初日にも関わらず、この警察署内には半数近いサーヴァントたちが集結し、もはや最終戦の様相を呈している。
「俺たちが!正義だ!」
「ほう……奴に纏わる品か。さすがにそれは我の蔵にもない。ちょっと……いや何でもない」
水晶のような透明度の高い鉱物で造られた道具を手にし、ジョン・ウィンガードは英雄王の蔵から放出される武具を悉く弾き落としていく。それは奇しくも、別の世界線で英雄王と戦った双剣使いの少年の姿に似ていた。
決定的な違いは、ジョンが手にするそれが──大工道具であったことだろう。
召喚されて早々、アレクサンドル・デュマはマスターに自身の隠し財産の在処を教え、そしてその中の遺物を手に入れるように提言していた。
オーランド署長に依頼されたフリーランスの魔術師『獅子劫界離』は、その依頼の品を見事に探し出すが、その現物を目にして困惑したことだろう。
かつてルシウスは、水晶渓谷と呼ばれていた場所から採取した鉱物を加工し、都市の築材や大工道具にしていた。ローマ帝国が滅びた今、その魔術的なオーパーツは聖遺物を管理している第八秘跡会が全て回収している。しかし、生前デュマはポンペイ遺跡からいくつかの遺物を発掘していたのだ。
HUROHAIRITE部隊の特殊武装。すなわち、トンカチとノコギリなどの大工道具である。
中には日本刀のようなものもあるが、一応ノコギリ的な用途で使われていたので大工道具である。トンカチと言うにはあまりにも大き過ぎたハンマーやパイルバンカー的な武器もあるが、誰がなんと言おうと大工道具である。
二十八人の怪物のメンバー全員は、デュマの宝具『|遥か終わらじの食遊綺譚《グラン・ディクショネール・ド・キュイジーヌ》』で改造された大工道具で武装している。もう、二十八人の怪物じゃなくて、ほぼHUROHAIRITE部隊なのではないだろうか。
「ちょっとー!?何であなたそんなに強くなってるのよ!?」
「さあ?たぶん、彼のおかげかな」
イシュタルの残滓を宿したアインツベルンのホムンクルス。フィリアは水着姿のまま鎖に縛られて署内の天井に吊るされていた。
現し身とはいえ、美の化身があられもない姿を晒しているのだ。常人ならば鼻血で悶絶必至の場面だが、縛り上げた人物はランサーのクラスで現界したエルキドゥ。むしろ、かつての宿敵の無様な姿を鼻で笑っていた。
大地の分身であるエルキドゥは、大地のマナと深い繋がりを持ったサーヴァントである。マスターの魔力とは別に、大地のマナを自由に利用でき、マナの供給がある限り神代の粘土で創り上げられた体は崩れることがない。
その上、現在スノーフィールドはルシウスの到来により高濃度のマナが地脈に流れ続けている。ティーネ・チェルクと同様に強力なバフを盛られているのだ。
サーヴァントを上回る実力のフィリアを、瞬時に拘束できるほど大量バフを積んだエルキドゥはとりあえずフィリアの顔に『私は駄目な女神です』と落書きをして憂さ晴らしをしていた。これには英雄王もご満悦。
「アハハハ!あなた凄い丈夫なんだね!」
「やったなー……えーいっ!」
お互いに少女の姿を象っているオルトとフワワは、子供のように楽しくじゃれ合って遊んでいる。字面にして表すと何とも微笑ましく思えるだろうが、どちらも怪物と呼ばれるほどの存在規格。それが一時の戯れとはいえ、一緒に暴れ出したのだ。それは人間にとって災害と変わらない。
床はオルトの固有結界で水晶化し、フワワの放つビームは壁を青い花に変えていく。互いが触れ合っただけで衝撃波を生じさせ、その余波は嵐の如く吹き荒れた。
現状では警察署に一番の被害を出していただろう。
買ったばかりの警察署の備品や、新品のコーヒーサーバーが壊れるのを見て、オーランド署長はちょっと泣いていた。
「ローマンパーンチ!」
狂信者のアサシンは、歌劇場で対峙したセイバーと再び邂逅したことで戦闘に入っていた。初手から、歴代ハサンの御技『妄想心音』発動させ、背中に移植された悪性の精霊シャイターンの呪腕を伸ばす。
本来は対象に触れるだけで相手の擬似心臓を作り出し、それを握り潰すことで呪殺する必殺の宝具なのだが、なぜか国民的なパンチの構えをとってリチャードに向かっていった。
『何を!【ルシウス銀河英雄伝900】から抜粋!奥義『風呂滑り』!!』
しかし、リチャードの宝具『
ちなみに、『円き十字に獅子を奏でよ』で呼び出した存在は補助的な役割しかできないはずなのだが、ルシウスが呼び水になっているせいかアリエノールは完全なサーヴァントとして顕現してがっつり戦っていた。
「ちきしょー!作家の俺に過度な運動をさせやがってー!!」
焼きたてのアプリコットフランを届けにきたデュマは非戦闘員であるアヤカとハルリを両腕に抱えて逃げ回っている。作家らしからぬ汗を大量に垂らし、息を切らしながら戦闘の余波を避けていた。
サーヴァントとはいえ、文化英雄であるデュマは物作りに特化したサーヴァント。ほぼ最低ランクの能力値であるアンデルセンよりはマシなステータスだが、俊敏値は最低ランクのEだ。
しかし、火事場の馬鹿力か、またはルシウスに会うまで消えてたまるかという執念が、彼をランナーのクラスにシフトチェンジさせたらしい。高い幸運値も幸いし、デュマはなんとかギリギリのところで飛んでくる宝具や大工道具を避けていく。
ならば、警察署に踏み入った瞬間に概念核を二つも消し飛ばされたジェスターは、幸運値が最低ランクだったのだろう。
アサシンを驚かせようと壁抜けをしている最中に、投げ飛ばされたフワワとぶつかって概念核を一つ失い。再生中に、宝具『
わざわざこの人外二人とかち合う辺り、本当に運がなさそうだった。
「貴様!鬼畜か!この鬼!悪魔め!!」
『むぅ……いや、今の私はたしかに悪魔なのだが、死徒の君に言われるのは、なんとも言えない気持ちになるな』
「大丈夫ですよジャ……バーサーカーさん!バーサーカーさんは悪魔は悪魔でも、人間の心を持ったデビルマンですよ!」
『その名前は違う意味で心配になるな……』
バーサーカーとそのマスターの能天気な会話に、少年の概念核を起動させたジェスターは怒りを募らせる。だが、その思考はすぐさま冷静さを取り戻した。
早々に二つも概念核を失ったのは、確かに間が悪かったことが災いした結果ではある。だが、一番の要因は署内に入った瞬間に感じ取った二つの気配に、ジェスターが思わず固まったからだ。
大昔に第5位の祖を捕食したことで、死徒の頂点たる証の血液──
そして何より、死徒と真祖の混ざり物であるにも関わらず、真祖の姫と同等の圧力感を放つ存在。死徒ならば見間違うことはないであろう黒髪の姉姫アルトルージュ・ブリュンスタッドがいたからである。
「またこうなるか……もぐもぐ。ふむ、まあまあの味と言ったところか」
「フォウフォウ!」
「貴様、先ほど取調室でカツ丼を拾い食いしただろうが。太るぞ?」
「フォ!?フォフォウフォウ!」
「まったく、舌ばかり肥えよって……『奴』と分けて食べるのだぞ」
しかしその当人は、宝具の雨や戦いの衝撃波が吹きすさぶ暴風の中で、呑気にテーブルに腰掛けてデュマのアプリコットフランをつまみ食いしていた。あまつさえ、虚数空間の影から秘蔵のワインを取り出し、晩酌まで楽しんでいたのだ。
ジェスターがそれに目を疑っている最中に、飛んできたフワワに押しつぶされたのは言うまでもない。
(あの姉君がいるというのなら、もしやルシウスも!)
ジェスターはすぐさま警察署のフロア内を見渡すが、それらしきローマ人の男は見当たらなかった。しかし、死徒の常人離れした嗅覚が、そのかすかな残り香を嗅ぎ分ける。その匂いは、別のサーヴァントと共にすでに建物内から退避していたようだが、目の前の護衛二人と離れたことはむしろ好機だった。
「何だ?貴様もあの男が目当てか?」
奸計を企てるジェスターに、アルトルージュは呆れた表情を向ける。ここにいるほぼ全てのサーヴァントたちは、ルシウスに関心を寄せている者たちだった。
第四次聖杯戦争での苦労を思い出して、彼女は長いため息を吐く。
「よろしい。食後の運動としゃれ込もうじゃないか」
椅子から飛び降りたアルトルージュを前にして、ジェスターは本能的に一瞬だけたじろぐ。だが、相手の状態を悟ってからすぐに余裕を取り戻していた。それどころか、哀れみにも近い表情を浮かべてすらいたのだ。
(ああ、やはり。吸血衝動を抑えているのか……いや、もはやあれは……)
死徒と同様に、真祖が持つ吸血衝動は強力な欲求であり、重大な欠陥でもあった。一度その衝動に負けて快楽のままに血を吸い続ければ、それは零落した魔王へと変貌する。永遠に近い命をもってしても、その衝動を抑え切れなくなる前に、真祖は自ら永眠を選ぶのだ。
真祖と死徒の混血であるアルトルージュもそれは例外ではない。ましてや、アルトルージュはルシウスと共に人の世界に身を置いているのだ。妹のアルクェイドと同様に、彼女は力の大半を吸血衝動を抑えるためのリソースに費やしている。
「……やはり若い死徒はダメだな。中途半端に実力のある奴はなおダメだ」
若輩者の嘲りを見透かして、アルトルージュは辟易とする。しかし、ジェスターの無礼を咎めはしなかった。
ここにいる全ての者たちは、アルトルージュを脅威として見ていなかった。実際、今の状態ではオルトの方を脅威に感じるのが正常な判断ではある。
星の頭脳体としての存在規模は、自身と妹とルシウスで三分割された上、星からも出力制限が掛かっている。正史のアルトルージュよりもガイアからのバックアップを受けているとは言え、抑制状態では元もこうもない。
何より、彼女は最近フランスで拾った『婦警』を後継者として選び、血の大部分を分け与えた。
彼女はもはや祖と呼べるような存在ではない。
だが、アルトルージュも舐められているのは癪だった。
部下の失態は、連鎖的に上司の評価にも影響する。ルシウスの従僕として、それは看過できない。
それにわざわざ『秘蔵の一本』を開けたのだ。
文字通り、世界に二つと無い一品。それを惜しげも無く飲み干している。
「何だったか……ああ、そうそう。たしか現代風に言うなら、こうだったな」
不意に、彼女がなぜか思い出したのは、以前コンビニで立ち読みた漫画のセリフ。
自分によく似た吸血鬼がいたので覚えてしまったらしい。
──私は、ヘルメスの鳥。
──私は、自らの羽根を喰らい。
──飼い慣らされる。
ここにいる全ての者たちが、その女を脅威に感じた。あれを倒してしまわなければ、恐ろしいことになると、人理の守り手であるサーヴァントたちは存在の核から感じ取ったのだ。
二十八人の怪物たちは、ここが自分たちの拠点に関わらずに躊躇なく対城宝具級の攻撃を相手に見舞った。
リチャードと狂信者のアサシンは、かつての十字軍遠征の再来のように手を取り合って戦っていた。
エルキドゥはイシュタルの拘束を解き、フワワと共に相手の無力化を試みた。
ジャックはワラキアの夜の如く恐怖の象徴に変貌し、フラットは己の内側にいる存在を宥めた。
英雄王ですらいつもの慢心を捨て、自身の蔵から無数の武具を取り出していた。
斬撃。打撃。呪術。果ては
四方から宝具の嵐を受けながらも、アルトルージュはそれを毛ほども思わずに姿を変えていた。サーヴァントで言うところの、再臨に近い状態に入っているのだ。あるいは、擬似的な光体化に近いかもしれない。
その姿はかつてアルクェイドが朱い月の領域に体を明け渡した姿と酷似している。だが、アルクェイドが満月であるならば、アルトルージュは月食の月。白い衣装を脱ぎ捨て、影のような漆黒のドレスを見に纏っていく姿は、まるで色彩を反転したアルクェイドのようだった。
「あれは……」
その中で、ジェスターだけが、なぜか空のワインボトルを見つめていた。現実逃避からの行動か、あるいはそれは走馬灯に近い過去への回帰であったのだろうか。
ヴァン=フェムが昔語っていた奇妙な死徒の話が、脳裏から離れなかった。
死徒二十七祖第七位『腑海林アインナッシュ』。
元々は初代アインナッシュが所有する吸血植物であったが、死亡した初代の原理血戒を吸収して死徒へと変貌し、移動する死徒の森として進化した異色の祖。
ドイツではシュバルツバルトの魔物の名で恐れられていたが、現在この死徒は埋葬機関によって討伐されていた。しかし、植物の死徒らしく残された種子から発芽した仔たちが脅威的な繁殖力によって暴れているらしい。『薔薇姫』主催の魔眼オークションでトラブルを起こした噂もある。
もはや通常の死徒よりも厄介な外来種的な存在だが、この森は蓄えた魔力を元に実をつけるのだ。
人間の間では不老不死の実ではないかと囁かれているが、その真偽は分からない。だが、一部の死徒たちはその実の効果を知っていた。
祖曰く、あれは──真祖の吸血衝動を抑える効果があると。
果実のようで果実ではなく、血のようでいて血ではない。
誰が作ったのか、『アインナッシュ産』と書かれた空のボトルからは、形容しがたい芳醇な香気が漂っていた。どうやら発酵してもその効力は健在らしい。
「新参者に舐められるのは嫌いでね。定期的に思う存分暴れることにしているのさ。だが私の全力は、この星では許容できるものではない」
アルトルージュが変貌を遂げる最中、警察署内の空間は変質していく。ある程度の魔術知識を持った者たちは、それを心象風景を形にして現実世界を侵食させる固有結界だと錯覚した。だが、固有結界とは、元来この現象の亜種であるのだ。
「ならば、星のテクスチャーを張り替えて創り直せばいい。愚妹の受け売りだがな」
『星の触覚』たる受肉精霊が行使する世界の操作。ルシウスはなぜか温泉しか生成出来ないが、朱い月の後継者であるアルトルージュのそれは文字通り空想を具現化する能力である。
死徒としての力は衰えたとしても、朱い月の残滓は健在であった。
「私は死徒としての力も、第九位の位も返上した。だが、これだけは手放すことはできなかった」
そして同時に、それは真祖として重要な意味合いを持つ。
アルクェイドとアルトルージュの姓名は、単なる血縁で得られるものではない。
かつて朱い月が住まうとされた居城。その所有者に送られる、いわば称号のようなもの。
山間にあるとされる古城は、かの月の最後の楽園。
星の内海を思わせる黎明の原野と、その領域に根付く城の中庭には、銀河のようにきらめく白い花々が咲き誇る。
魔王に堕ちた真祖を狩る姫は、自身の居城にて幽閉されていたが、それも今や過去のこと。
──星が近い。
手を伸ばせば届きそうなほど、天に近いその城の名こそ。
「『千年城ブリュンスタッド』。全てを捨てた私が、真祖である最後の領地。最後の朱い月の領域」
警察署の空間を塗り替えて現出した居城は、実際の居城よりも小さなものだった。
かつて姉妹ゲンカが行われた千年城は、人の都市を丸ごと飲み込むほど規模のもの。アルトルージュが創り出した居城は、その百分の一にも満たない大きさだろう。
空想具現化を扱えても、やはり全盛期よりも力を落としている。
だが、彼女は決して一人ではないのだ。
彼女の傍らにはオルトが立っていた。
今までのは、それこそただの戯れ。力を抑えていた彼女も、この千年城ならば被害を気にせず存分に暴れられる。まあ、彼女の本気はそれこそ星を滅ぼす規模なので、異聞帯の某亜種くらいには出力を調整していた。
そして、もう片方に立つ軍服の『青年』も、この場所でなら本気が出せた。
魔術の天敵とされる『森の人』と呼ばれる人狼。その頂点に位置する
しかして、身に宿す神秘は三千年以上。この純血の幻想種は、神代でさえも恐れられてきた存在である。
灰がかりの金狼。ハンス・ギュンシュ『大尉』。
そう、お察しの通り。例の搾りかすの男の子である。
落ちこぼれであった彼は、ルシウスのために絶えず鍛錬を続けた。その結果、ああ、何と言うことでしょう。
某褐色の少年兵のような可愛らしい少年が一変。筋肉むきむきマッチョマンの寡黙な軍人になってしまった。
これにはシステムとして星に還った少佐も大爆笑。アラヤくんはいつも通り血を吐いている。
「さあ、来たまえ人類史の防人たちよ。本来、私は諸君らを戒めるために造られたのだから」
三人のHUROHAIRITE。
そして、三体の
1匹の死徒が激しい後悔の最中にいたことは、言うまでもない。
ーー総耶ーー
「うーん……うう。ご、ごめんなさいお姉ちゃん……」
「な、なぜか妙に寝苦しそうにしている……」
「うーん……ル、ルシウス…さん。ここじゃ温泉は出……ええ、うそぉ…どうしてぇ?」
「何の夢を見てるんですかね?」
「ああ、フランスが……河に!河になっちゃう!ロアが流れていくぅ!!」
「「本当に何の夢を見てるの?」」
「うーん……や、辞めぬか馬鹿者……無限エーテル砲と無限温泉砲の挟み撃ちは流石に卑怯だぞ……」