星の詩 - De stella absicht -   作:津梨つな

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回想・過去編
始まり


 

 当時、小説家としてデビューしてから丁度2年経った頃だったかな。

 今の僕と同じように、一つの作品を無事に創り上げた当時の僕。入稿を完了して出版社に寄った帰り、当時よく通っていた喫茶店に寄った。

 この喫茶店は、僕が原稿に行き詰った時や、缶詰状態が続くあまり人との触れ合いが不足した時なんかにお世話になっていたっけ。

 …おかげでマスターともすっかり顔馴染みに。冴えないながらも小説家として奮闘する僕の話をニコニコしながら聴いてくれる素敵な人で、すぐに打ち解けたのを覚えているよ。

 

 …ちょっと話が脱線したね。

 この日も、マスターにいつものエスプレッソを頼み、今まさに入稿してきた事なんかを話していた。

 いつも通りニコニコしていたマスターだったが、途中で妙な物でも見たような顔をして言ったんだ。

 

 

 

「誠司くん。…今日は早く帰った方がいいかもしれないね。」

 

「…えぇ?」

 

「…妙な胸騒ぎがするんだよ。君が大変なことに巻き込まれなきゃいいんだけど。」

 

 

 

 たまに小説について案を出してくれたりする程仲の良かったマスターだ。今回もきっと冗談の類だろうと笑い飛ばそうとした。でも…

 

 

 

「…私の勘は当たるんだ。どうか、どうかいつも通り帰宅できるように…。

 …すまない、変なことを言ってしまったね。」

 

 

 

 あまりに真剣なその表情と声色に、僕は何も言い返せなかった。うまくは言えないけれど、その光景に確かな()()()()のようなものを感じてしまったから。

 その日は結局、マスターに言われるがまま素直に店を出た。

 …まぁ結局帰り道では、少し天気が悪いくらいで他には何も変わったことはなかった。のんびり歩いて数十分。実家から離れて暮らしている自分の部屋につき、シャワーを浴び着替えを済ませた頃にはマスターの言葉も忘れていて…。

 

 その夜。

 気付けば外は激しい雷雨に変わっていた。別段雷が怖いとかは無いが、そこに来てマスターの言葉と表情が脳裏に蘇る。

 ほんの少しだけ予感のようなものを覚えた僕は、ただ只管に荒れる夜の住宅街を眺めていたのだが…その時、一筋の光が家のすぐ近くで爆ぜた。近所にある河川敷、…でもあの場所は…?

 

 

 

「今、橋の下が光ったよな…!?」

 

 

 

 土手と組み合わさり、雨を凌ぐには持ってこいとも言えるような高架下。見間違いでなければ、その部分()()が激しく明滅していたんだ。

 妙な胸騒ぎと、ネタに使えるかもしれないという不純な高揚感に、気付けば僕は傘も差さずに駆け出していた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「確か…この辺りに落ちた…いや光ったような……。…ッ!?」

 

 

 

 辿り着く頃には雷も風も収まり、しとしとと雨が降るのみとなっていた。雨で濡れた草の香りが何とも物悲しい気持ちにさせる。

 恐らくさっき光ったと思われる場所には――

 

 

 

「き、君っ!?こんな所でどうし…っ!!なんだこれ…!?

 全身酷い怪我じゃないか……!まさか、さっきの雷に打たれ…ッ!?」

 

 

 

 ――うつ伏せの形で倒れ込む様に、傷だらけの小さな体を震わせる女の子が居た。

 表情はわからないが、乱れた髪の隙間から見える瞼はきつく閉じられている。

 …ここはそこそこ住宅が密集したエリアであるため、家族で暮らす家庭も多いこともあり最悪の事態が頭を過る。

 万が一に備えて救急車…いや、まずはこの子のご家族に連絡を…!

 

 身元が分かるものはないか、怪我の確認も含めてその小さな体を診てみる。と、そこで気付いたのは、体に刻まれた生々しい傷がどれも打撲や切り傷・擦り傷等であり、火傷等は見当たらない事。怪我の種類から鑑みても、落雷による怪我…という線は薄いと判断するに十分だった。

 手の施しようが無いかもしれない――そんな最悪な事態は回避できたことからほっと胸を撫で下ろす。まぁ、酷い怪我であることには変わりないし、結局やることは同じなんだけど…

 

 

 

「あっ?」

 

 

 

 ポロリ、とポケットから落ちてきたのは小さな四角い布。ハンカチだろうか?

 酷く汚れて黒ずんだそれは、まるで()()()()()()()()()()有様だった。所々破けている箇所も見えるその布、右下にあたる部分になにやら文字が。

 

 

 

「……と…やま、か……み?」

 

 

 

 この子の名前だろうか?

 自分で、油性ペンか何かで書いたのだろう。心許なくゆらゆら揺れる線ではあったが、確かに「とやま か み」と読める。

 …「か」と「み」の間は破れていて読むことはできないが、「ま」と「か」の間に少し間があることから、「とやま」という苗字であることは予想できた。

 はて、「とやま」…?この辺りにそんな苗字の家庭があったかな…?

 普段からご近所付き合いを怠ってきたツケがこんな形で周ってくるとは、と内心歯噛みしながら、救急車の手配を優先して進める。ご家族には安否情報も加味して後で連絡しよう、と。

 

 それから十数分。パーカーの内側に着ていた、濡れていないシャツを破った布切れで体を拭いてやったり簡単な止血を施したり。あとは意識を確認する為と体を冷やさないために、首と背中を支える様に抱き抱えたまま声をかけ続けていた。

 …何かに夢中になっていると早いもんだ。時間というのは。

 幸いなことに、二十分もかからず到着した救急車と病院のスタッフに少しだけ安心を覚えた僕は、促されるまま車内へ。

 ストレッチャーに固定された少女を見守りつつ、二人の消防士さんに状況を伝える。

 

 

 

「…ですから、その瞬間は見ていませんが。…駆けつけたらこの子が倒れている状況で。」

 

「…なるほど、でも確かに、感電・火傷の跡は見られませんね。」

 

「よかった…。雷も凄かったもんですから、心配だったんですよ…。」

 

 

 

 安心する僕を他所に、二人の消防士さんは顔を見合わせる。

 何か変なことを言ったかと訊こうとすると、

 

 

 

「それなんですがね?」

 

「??はい?」

 

「私たちも外に居たので天候は知っていますが… 

 …ここ数時間、雷なんて鳴っていないんですよ。」

 

 

 

 絶句ってのはああいうのを言うんだろうな。僕は自分の体験が幻覚か夢だったんじゃないかと、頭の中が真っ白になった。

 家から見たあの酷い様子は?高架下で確かに見たあの光は?…全て狐にでも化かされていたのかとも思ったが、確かにこの子はこうして救急車に乗っている。

 …全部が全部嘘ではないとしてこの状況は一体?

 納得はいかないが、まともな大人二人が言うんだから間違いや冗談ではないだろう。

 一先ず、この件に関しては後程考察することにした。

 

 

 

「さて、そろそろ着きますので、降りる準備を。」

 

 

 

 市でもそこそこ大きな大学病院へ到着する。

 …僕の頭も合わせて診てもらおうか。や、ふざけている訳じゃなくてこの時は割と本気で思ったんだってば。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 あの女の子。「とやま か…み」ちゃん。

 彼女が治療を受けている間、簡単な状況説明と発見したときの詳しい状況・僕とあの子の関係についての質問を受ける。

 どうやら全身に疎らに散る擦り傷・切り傷の類は、何かしらの刃物によるものと地面で転んで負った傷が殆どらしい。その他目立ったところで言うならば、胸や腹、背中など、服に隠れて見えない上半身部分に多数ある痣。…状況からの推測ではあるが、何かしらの暴行を受けた可能性が高いということだった。

 こんな小さい子に何故…!!親の虐待か何かだろうか?見ず知らずの大人に怒りを覚えていると、向かいの担当者の口から続けて聞かされた言葉は僕に大きな疑問を突き付けるものだった。

 

 

 

「あの子の苗字が「とやま」だと仮定するならば、なんだけどね。」

 

「…はい?」

 

「今この国、日本には、「とやま」という苗字は存在しないんだ。」

 

「…へ?」

 

「ハンカチに書いてあったってくらいだから、何かしらあの子に関係あるとは思うんだけど…。

 それでも、苗字として存在はしていないらしい。」

 

 

 

 珍しい苗字だとかそういうわけではなく。そもそも()()()()()()()()()()と。確かに目の前の彼は言った。

 じゃああれは苗字じゃない…?となると名前のヒントも無しに、真っ新な状態から家族を探すのか…??

 

 

 

「じゃあ、あの子はこの後どうなるんです?」

 

「うーん…取り敢えずは意識が戻るのを待つしかないかなぁ…。

 今は傷も酷いし、事故にせよ事件にせよ、結局のところ本人の話と意志を聞かないとね。」

 

「…あの、僕、付き添って居てもいいでしょうか?

 ご家族の方に連絡が取れるまでの間だけでも。」

 

 

 

 純粋に、目覚めた時独りぼっちじゃ可哀想だと思った。その時の状況を知っているやつが一人いるだけでも少しはマシになるだろうってね。

 その旨を伝えると、担当の彼は目を丸くしながらも続けた。

 

 

 

「…驚いたな。

 勿論付き添うこと自体は問題ないけど、見ず知らずの子だろう?名前も分からないくらいなんだし。

 ……おまけにいつ目覚めるとも分からないってのに、随分とお人よしなんだね君は。」

 

「まぁ、家に帰っても暇なものですから。」

 

「成程ね。」

 

 

 

 素直に理由を言わず、気恥ずかしさを誤魔化すような言い訳染みたことを言うことに特に理由はなかった。

 その辺りの年齢特有の尖った部分だとでも思ってもらえばいいかな。

 その建前のような理由に納得そうな表情で頷く彼。彼が内心どう思っているか迄は分からなかったが、僕の年齢もあってそう特異な理由ではないと感じたんだろう。

 今のご時世、中学を出た後に進学も就職もしない若者が大半だからね。

 …どうやって生活をしているかって?今の世の中はそうだな。まさに"クリエイティブ"という言葉がしっくりくるというか。

 詳しくは面倒だからおいおい説明するとして、簡単に纏めると、何かしらを"創りだす"ことによって報酬が支払われるシステムなんだ。

 僕の小説家という職業もそうだけどね。創るものによってはどこにも提出せずに、()()()()使()()()()だけで報酬が振り込まれたりする。どうやって見ているのか分からないけど、科学ってのはそういうものらしい。

 

 

 

「……ん。……あぁ、わかったよ。」

 

 

 

 インカムのような機械で何やら話していた向かいの彼が、ニッコリしながらこちらに体を向ける。

 

 

 

「粗方の処置は終わったって。

 …一応意識がないうちは、身元不明の特殊患者として扱われる。

 病室は、ええと……うん、いったん外に出て駐車場を挟んだ向かい、C棟の1080号室だってさ。」

 

「あ、ありがとうございます!あ…あの、もう行っても?」

 

「はははっ!!心配だもんね。…行っておやりよ。」

 

 

 

 柔和そうな笑顔に見送られ、伝えられた病室へ向かう。

 運び込まれてから2時間…いや3時間は経っているか。…切り傷や骨折程度なら治っているだろう。

 改めて、科学ってのは凄い。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 走ったために乱れた呼吸と髪を整えつつ病室の番号を確認する。

 "C-1080"…うん、合ってる。

 まるで昔の友人に久しぶりに会うようなそれに似た緊張を纏いつつ、ドアを開ける。

 カラカラ…と控えめな音と共に開けた視界に映る、開放感のある白い壁・天井…それに大きなベッド。

 その大きさは、女の子の体の小ささをより際立てるように見えた。

 近くのスツールを掴み、ベッドの左脇へ。座ってもう一度顔を眺め…その気持ちよさそうな寝顔に癒しにも似たものを感じた。

 

 

 

「よかった…綺麗になって…。

 女の子だもん、顔に傷の一つでも残ったら可哀想だもんなぁ…。」

 

 

 

 途中で看護師さんに呼び止められ教えてもらったが、外傷に関しては()()綺麗に治ったらしい。

 ただ一か所だけ、背中に袈裟懸けのように入った深い傷跡だけはどうやっても治すことができなかったという。

 何でもそれはかなり古い傷らしく、運び込まれた時点で既に"傷跡"の状態だったとか。…8歳で古傷?とも思ったけれど、見つけた状況が状況だけに、こと怪我に関しては何があってももう不思議じゃない。

 何とも哀しい話だけれど。

 

 

 

「あとは目を覚ますだけだね…ええと、とやま…ちゃん??」

 

 

 

 聞こえていないと分かっていてもつい話しかけてしまう。…この現象、名前とかあるのかな??

 ドラマや小説だとここで目を覚ました彼女と目が合って~…なんて、そんなしょうもない期待しても仕方ないか。

 …どうせ暇なんだ。暫くここで寝顔に癒されるのもいいかもしれない。

 すやすやと寝息を立てるその愛らしい姿に、僕の瞼も疲れを訴え始めた。そうか、そういえばずっと動き通しだったなぁ…。

 そのままベッドの空きスペースに突っ伏すように体を預け、ゆっくりと、意識は深いほうへ―――

 

 

 

「…んぅ?ここは―――」

 

 

 

 その待ち望んでいた筈のか細い声にも気づけず、僕は、束の間の休息へと、落ちた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 ぺちぺち、と。肌と肌がぶつかり合うような音が頭上から聞こえる。

 その音に合わせる様に、もぞもぞと何かが動くような感触。

 …あれ?いつの間に寝落ちしてたんだ…?自分が寝ていることに気づくまで、そう時間はかからなかったが。

 それでも寝起きのぼーっとした頭のままでは、今自分がどこにいるのか、どうしてこんな姿勢で目覚めたのか…そして、そこで動いているのが誰なのか、考えることすらできなかった。

 

 

 

「…ん。………んんー?布団?」

 

「……んしょ、んしょ、…あ、おきた。」

 

「…あ?」

 

 

 

 寝ぼけ眼のまま顔を上げ、無表情の彼女と視線を交差させる。

 手遊びをしていたであろう彼女は、じぃぃぃぃっと音が出そうなほどの真っ直ぐな瞳でこちらを見つめ…言い放った。

 

 

 

「あなたも、私に酷い事、するの?

 …おとーさんと、おかーさんは?」

 

「…はぇ?……ッ!あ、きき、き、きみ!」

 

「…私?」

 

 

 

 覚醒直後で酷く混乱している僕と、年齢不相応な程冷静な彼女。

 そのあまりの滑稽さと置かれている状況の恥ずかしさもあり、脳の中は急速に冷却されていった。

 そうだ、どう考えても年長の僕が取り乱してどうする。気付いたばかりで不安なのはこの子なのに。

 まず冷静さを取り戻すために時計を確認する。午前3時35分…。病室に入ったのが2時過ぎだから…一時間も寝ちゃったのか。

 単純だが時間の引き算をしたことによって、漸く平静時の自分を取り戻せた気がした。素数を数えるよりいいかもね、これ。

 

 

 

「…目が、覚めたんだね。」

 

「うん、あなたよりだいぶ先だったけど。」

 

「そっか…。」

 

「……今は、夜?」

 

「うん?」

 

「お外、真っ暗だから。」

 

 

 

 窓の外を指さす。夜だよ――と答えようとして、いや早朝か?という下らない疑問が過る。

 相手は小さな子供だ。そんなこと、些末な問題に過ぎないだろう。

 

 

 

「うん、そうだね。夜中さ。」

 

「そうなんだ…。さっき走ってる時は朝だったのに、不思議。」

 

「走っ…?」

 

 

 

 眠っている間に見た夢の話かな?…それとも、何者かに暴行を受けている間、走って逃げているときの…?

 

 

 

「そ、そうだ、君。一体どうしてあんなところに…」

 

「"君"じゃないよ。…私、かしゅっ…かすみ。」

 

「…えっ?」

 

「かすみ。名前、私の。」

 

 

 

 かすみ―――少女がたどたどしく零したその名前は、不思議なことに何度も呼び慣れたような、懐かしい感覚すら伴って僕の耳に染み入ってきた。

 

 

 

「…そうか。いい名前だね。…僕は誠司(せいじ)高宮(たかみや)誠司っていうんだ。」

 

「…あなたは怖い人じゃなさそうだね。」

 

「もちろん…少なくとも、君を傷つけるようなことは絶対にしないよ。」

 

 

 

 だから安心してほしい。

 安心して、今は休んでいいんだよ香澄。

 

 その時のふわっと花が咲くような可憐な微笑みを、僕は一生忘れない。

 それが、全ての始まりの日だったから。

 

 

 




科学って便利ですね。
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