星の詩 - De stella absicht -   作:津梨つな

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必要なこと

 

 すぅ、すぅ…と。再び整った寝息を立て始めた香澄を残し病室を出る。寝顔の綺麗なことと言ったらもう…。…これくらいの頃は、誰だって天使のように眠りにつく。何れ失うあどけなさとは言え、何とも素敵なものだね。

 向かうのは先程の彼が居る部屋。…とはいえ、案内も無しにズカズカ踏み込む訳にもいかないので一旦受付へ。

 夜間診療用窓口のスタッフさんが気付いて「こちらどうぞ」と小さな声で案内する。

 

 

 

「ええと…さっき運び込まれた女の子の身元の件で…その……。」

 

「あ、高宮さんですね?…少々お待ちを…。」

 

 

 

 どこかに電話を掛ける受付の女性。

 1分足らずのやり取りを経て、再び視線をこちらへ向けると、にっこり微笑んで

 

 

 

「担当の者に連絡がつきました。そのまま奥へ進んでいただき、42番の診察室に入ってください。」

 

「…診察室?」

 

「はい。先程もお話していたかとは思いますが、担当の者が先程まで急患の診察を行っておりましたので。」

 

 

 

 あぁ、あの人、お医者さんだったのか。…すっかり只の事務員さんかなにかだと…。それは置いておいて、指示された42番の診察室へ入る。

 にこっと、人懐っこそうな笑みを浮かべ待ち構えていたのは先程の彼。成程、白衣がとても似合っている。

 

 

 

「目が覚めたんだって?」

 

「あ、はい…。名前も、分かりまして。」

 

 

 

 どこまでの情報が伝達されているのか。今のこの世の中、科学力の進歩は様々な"あったらいいな"を実現している。

 その結果、古き良き時代に必須とされていた「報・連・相」は最早不要となっている。何せ、必要な事項の伝達には人間よりも遥かに精巧で高性能な"頭脳"が一役買っているからね。

 

 

 

「…驚いた。あれほどの幼い子が、パニックも起こさずに素性を明かしたって?」

 

「素性…とまではいかないかもしれませんが、あの子は少々特殊なようで。

 目覚めたあとも、僕に向かって「あなたも私にひどいことをするのか」って…。」

 

「ふむ……。やはり、虐待やネグレクトから来る捨て子かね。」

 

「あと…ええと、先生なら診たかとは思いますが、背中の」

 

「いい、いい、そんな先生だなんて…。僕は医者ではあるが人に知識を授けるのは苦手でね。

 …精々"さん"付け程度にしてくれたまえ。…緊張しちゃう。」

 

 

 

 ペロっと舌を出しいたずらっぽい笑みを浮かべる。…名札を確認する限り、紅茨(べにいばら)さんというらしい。

 僕にとっちゃ違和感が凄い苗字だが、この辺りじゃみんなこんな感じ。…まぁ今更気にしても仕方ないし、続けよう。

 

 

 

「じゃあ紅茨さん、背中の傷はご覧に?」

 

「……見てはいないが。あれは…色々術は施したんだが、どうやっても綺麗にならなかったらしくてね。

 傷自体は古いものみたいだし、悪化する危険性は無いんだがね。」

 

「切り傷…裂傷といったところでしょうか。

 女の子ですし、できれば残らない方が…」

 

「確かにそりゃそうなんだが…。現代の科学が通用しない傷ね。…興味深いんだけどもやっぱり可哀相だよね。

 綺麗に出来ることならしてあげたいが…。」

 

 

 

 言葉を濁してはいるが諦めろということなんだろう。あれだけの傷だ。…整形手術か再形成手術か、何にせよかなりの時間と費用、何なら更なる研究と技術力の発展が必要とされるだろうね。

 …論じてもキリのない話題は一旦置き、今話すべき話題を切り出す。

 

 

 

「まぁ、長い目で見れば…といったところですかね。

 …それはそうと紅茨さん。」

 

「…んー?」

 

「あの子の名前…なんですが。」

 

「おぉ、そうだった。ええと…苗字はとやま…だったよね?」

 

「ええ、とやま。…名前はどうやら、"かすみ"というそうで。」

 

「かすみ…ねぇ。…ちょっとデータベースを通してみようか。」

 

 

 

 言うなり、手元の端末を操作する。…あの端末は、医療と行政の関係者に与えられるものだという。日本というこの国に於いて誰もが持っている国民番号や戸籍。その情報は全て日本国管理のサーバーに登録され、こういった端末からデータベースとして検索・閲覧ができるのだ。

 お陰でこういった身元不明の人間について調べたりする時とても便利、というわけだ。そうそうない場面だけどね。

 

 

 

「……んー…。やっぱり、そんなデータは存在していないな。

 さっきも言ったとおり、"とやま"っていう苗字は存在していないんだ。該当する漢字も常用漢字の中にはない。」

 

「です…よね。」

 

「そこでこの子の今後の処遇についてなんだけど…。

 ご両親が名乗り出ない限り、施設に入るしか無いんだ。ほら、あの水流巻(つるまき)が管理してる身寄りのない人々を集めた…」

 

 

 

 そこまでは想定通りだ。僕の持っている常識であっても、保護者が認められない場合の幼子というのは然るべき施設にて保護されるものだ。

 

 

 

「あぁ。……ええと、両親っていうのは」

 

「名乗り出たら罰せられるだろう。何せ認可されていない苗字を持つ日本人だよ?

 データベースから見られないとなると…相当に重い罪を言い渡されるだろうね。」

 

 

 

 そりゃそうだ。存在するはずのない人間…というより存在してはいけない人間。それも成人した男女となれば、申請漏れどころの騒ぎではない。

 不正入国やら不正滞在と同じようなものだと思ってくれたらいいかな。違法な戸籍を持つって事は、それだけで存在を許してもらえないってことなんだ。

 

 

 

「ひとつ提案なんですが。」

 

「…なんだい。」

 

「彼女を…かすみちゃんを、養子に貰うっていうのは、まずいでしょうか。」

 

 

 

 存在していない人間なら、全く問題のない一人の女の子として、存在を認めさせたらいい。

 その為に考えたことは、僕という親を持つ人間。…つまりは、"高宮の苗字を持つ"かすみちゃんを国民として登録するならば、施設送りにはならないだろうということだ。

 

 

 

「…本当に君には驚かされるね。果たしてそれをして君にどんな益があるかね。」

 

「…そんなものはないですよ。ただ、ここであの子を施設に入れるのは簡単な話です。

 …でもそれは何だか引っかかる。それじゃきっと…だめなんだ。」

 

「ふぅん…?君がそうしたいと強く願うのであれば僕は止めないけどね。

 それができる機関に紹介状も書こう。」

 

「!!…ホントですか?」

 

「あぁ、そこまでは医師の仕事だからね。…ただ、その後の面倒は見切れないからね?

 いくら養子についての規定を満たしているといっても君はまだ若い。…いいかい、小さな子を一人前に育て上げるというのは大変なことなんだ。

 それこそ、筆舌に尽くし難い程にね。」

 

 

 

 わかっている。とは言い切れない。…僕自身まともに親と会話した覚えもないし、愛情というものがどういったものかもわからないから。

 何故だろう。途方もなく無理な事をやろうとしているというのに、絶対にここで離してはいけない存在に感じるんだ。…それほど不思議な力を感じる、それがかすみちゃんなんだ。

 

 

 

「一応聞くけど、君って幼女趣味とかあるの?」

 

「は?…ないですけど。」

 

「…一応、ね。…わかった。じゃあ戸籍登録の窓口と養子を迎える時の手続きの方法だけど…。」

 

 

 

 その後は淡々とした事務手続きと今後の手順について説明を受けた。幸いにも紅茨さんは何度かこの手続きを手配したことがあるらしく、伝手もあった。

 全段階の説明が終わった頃、すっかり凝り固まった肩と背中を反らして伸ばす。

 その姿に何を思ったかクツクツと笑う紅茨さん。

 

 

 

「まったく面白いな君は。…高宮君…だったっけ。」

 

「??…はい。」

 

「さっきの手続きさえ終われば、彼女は()()かすみちゃん、君の娘になる訳だ。

 …もう一度あの子と話してみたほうがいいかもね。」

 

「まぁ確かに、僕一人の気持ちで決めるわけには行きませんし。」

 

「あぁ、ちがうよ。

 …申請するとして、君あの子の名前の漢字知ってるのかい??」

 

「…あ。」

 

 

 

 彼の的確な指摘に少々の恥ずかしさを覚えたが、どのみちかすみちゃんと話をすることは必要だ。…施設の方がいい、そう言うかも知れないしね。

 手短に紅茨さんへ感謝と挨拶を済ませ、診察室を出る。

 かすみちゃんの元へと向かう病院内は、いつの間にか始まっていた診察時間のせいで混み合っていた。今後の期待と不安で頭が一杯だった僕にとっては大した問題じゃなかったが。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「あっ!……ええと、せいじ、さん?」

 

「起きてたんだ。」

 

 

 

 ベッドで体を起こした彼女は、ぼーっとした目をこちらに向ける。

 あれからまた数時間経っている。普通の睡眠時間として考えるには十分すぎるほど眠れたことだろう。

 

 

 

「はい…もう、朝だし。」

 

「はははっそれもそうか。」

 

「…それで、せいじさんは帰らないの?」

 

「…それなんだけど…。君って、どこに住んでるの?」

 

「ええと……。」

 

 

 

 僕の質問に、困ったように視線を彷徨わせるかすみちゃん。しまった不躾すぎたか。

 

 

 

「………私、ここがどこだかわからないの。」

 

「…あぁ、眠ってる間に搬送しちゃったもんね。」

 

「そう、じゃなくて。…あの、お空。」

 

「そら?」

 

 

 

 彼女が指差す方を見る。その作り物の空には、相変わらず科学力を集結させて作られた人工的なオゾン層の模様が透けて見える。

 ()()()()()()()は違和感と気持ち悪さを覚えたが、今となってはすっかり見慣れたものだ…。

 現代の地球は、度重なる環境破壊により様々なものが科学の産物に置き換えられて生き存えている状況だ。…この空を覆うように作られたオゾン層替わりのシールドも、酸素を生み出さなくなった純粋な植物に置き換わる人工植物も、全てが水流巻(つるまき)財閥により生み出されたものだ。

 そのどれもが、僕たち人類を滅亡させないようにとの名目で作り出されているのは言うまでもない。

 

 

 

「私が知ってるお空は、あんな模様なかったの。

 病院だってそう。何回か行ったことがあるけど、こんな機械見たことないんだもん。」

 

「……もしかして、君が見たことある空って。…綺麗な空色一色に白い雲があって。」

 

「そうだよ。…それがお空だもん。」

 

「…じゃあさ、たまに曇ったり、冬には雪が降ったりしたかい?」

 

「ぅ??……うん、そうだったよ。」

 

 

 

 これが運命というやつか。

 最後までかすみちゃんの答えを聞いたとき、僕は一つのシンパシーのようなものを感じていた。というより、共通点を見つけたといった方が正しいか。

 

 

 

「…かすみちゃん。…君はもしかしたら、こことは違う世界にいたのかもね。」

 

「……えっ?」

 

 

 

 冗談を言ったつもりはない。僕は至って真剣だ。

 …普通の大人の人が見たら、小説の書きすぎだって馬鹿にするかもしれないけどね。

 

 

 

「いいかいかすみちゃん。…今のこの世界はね、雨は降れど曇にはならない。そして冬になっても雪は降らない。」

 

「そうなの??」

 

「…あぁ、病院の機械を見ても思うかもしれないけど、科学の発展が凄いんだ。

 雨だって人工的に降らせるから、故障でもない限り決まった時間以外に降ることもないんだ。…だから、曇りも無ければ必要のない雪も降らない。」

 

「そう……なんだ。」

 

 

 

 自分の両親に会えなくなった事実を悲嘆しているのか、それとも単純にこの()()()()()()()に絶望しているのか。

 飽く迄僕の推測で言ってしまったことで多大なショックと混乱を与えてしまったのは確かだし、まずは謝らないと。

 

 

 

「…ごめん、変なこと言っちゃったね。僕は実は」

 

「せいじさんも、違う世界から来たの?」

 

 

 

 子供とは思えない瞳で真っ直ぐ見据えてくる。その顔は先程の僕と同じ、冗談を言っているようには見えない。

 

 

 

「……そうだと言ったら?」

 

「…私、せいじさんと一緒に居たい。」

 

「…そっか。……実はね、それを提案しようと思ってまたここに来たんだ。

 僕の"娘"に、なってくれないかい。かすみちゃん。」

 

「むすめ……。でも、せいじさんはおとうさんみたいにおじさんじゃないよ。」

 

 

 

 歳のことを言われると何とも言えなくなるね。…さっきも紅茨さんに言われたばっかりだけど、父親になるには若すぎるよなぁ。

 

 

 

「確かに十歳くらいしか離れてなさそうだもんね…。じゃあ飽く迄形式上の親子になるっていうのは。

 …君はそうだな…僕のことを"お兄さん"とでも思ってくれたらいいさ。」

 

「…むずかしいことはよくわからないけど、そうしたらせいじさんと一緒に居られるの?」

 

「うん。それは約束できるよ。」

 

「………ん。じゃあ、なる。せいじさ…ええと、お兄さんの"むすめ"になりたい。」

 

「…ありがとう。……それじゃあ、ここを退院できたらおうちに案内するよ。

 …あっ、その前に申請しなきゃいけないのか…ええと、あぁ!名前!そうだ名前だ!」

 

「お兄さん、お兄さんっ」

 

 

 

 さっきも指摘されたばかりなのにすっかり忘れてた。…名前の漢字が必要だったんだ。それも訊かないと。ええと、それに手続きであそことあそこと周らなきゃだし…ええと…??

 養子として僕の傍に来てくれると、実際にその口から聞けたことで舞い上がってしまったんだな。一気に思考は加速し、溜まっているタスクと新たに埋まったスケジュールに、僕の気持ちは最高に高まった。

 …凄いよね。今までにない程の喜びの衝撃だったんだから。その喜びようったら、かすみちゃんの小さな手とか細い声が服の裾を引っ張るのにも気づかないほどだった。

 

 

 

「…あ、あぁ、ごめんかすみ…ちゃん。」

 

「まずは、落ち着こ…?」

 

「う、うん……。」

 

「まずね、私のお名前、かすみっていうんだけど。」

 

「そうだね。」

 

「私、上のお名前は思い出したんだけど、下のお名前の漢字が思い出せないの…。」

 

「上?」

 

「うん。私、とやまかすみって言うの。…ドアとかの"戸"にお山の山。」

 

「戸…山…。成程、この辺りじゃ見かけない組み合わせだな。」

 

 

 

 あのハンカチに書いてあったのはやっぱり名前だったのか。…ちょっと待て、名前の漢字が思い出せないって?

 

 

 

「確かに名前には漢字があったんだよね?…思い出せないだけで。」

 

「うん…」

 

「そっ…か。」

 

「……ねえお兄さん。」

 

「?」

 

「……お兄さんが、考えて?漢字。」

 

「はい?」

 

「……お兄さんが、これからおとうさんになってくれるんでしょ??

 だから…名前を付けて欲しいの。…この世界の。」

 

 

 

 全く不思議だ。小さい子だと思って接していると、今みたいな大人びた物憂げな表情を見せたりする。

 …こんな幼い子が、違う世界に来てしまったことをもう受け止められている。その上で、名前を…?

 参ったね、父親としての初仕事が名付けだなんて。…それでも、ぴったりな漢字がすぐに思い浮かんだのは、初めて名前を聞いた時の不思議な懐かしさも相まってのことかもしれない。

 

 

 

「…実はね。凄くぴったりだと思う漢字があるんだ。」

 

「そうなの??」

 

「…ほら、おいで。」

 

 

 

 両手を広げて一歩近づいてみる。…まぁ、いきなりこんなことされたら普通は引くか怖がるとは思うけど。

 僕の思い浮かべる漢字を再確認するためにも、出来ることなら…

 

 

 

「…ぎゅってするの?痛いことするの?」

 

「…痛いことはしないよ。」

 

「……ん。じゃあ、ぎゅってする。」

 

 

 

 おずおずと手を伸ばしてきてそして――――

 

 ――甘いミルクのような、それでいて澄み渡るような純粋の香りが飛び込んできた。

 

 

 

「…不思議。お兄さんとぎゅってすると、本当におとうさんに包まれているみたい。」

 

「……それはよかった。…香澄(かすみ)

 …君の名前にはこの漢字がぴったりだと思うんだ。澄んだ香り……君の、素敵な匂いだ。」

 

「……香、澄。…漢字はまだ書けないけど、お兄さんのくれたお名前なら嬉しい。

 …ずっと、大切にするね。…"おとうさん"。」

 

 

 

 香澄。…それが君を表す、最も尊い二文字だよ。

 

 

 

 




回想編が第一部となります。一応。
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