星の詩 - De stella absicht -   作:津梨つな

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此処から

 

 

 

 様々な手続きを経て、正式に一緒に住める事になった日。一時保護という形で先の病院で暮らしている香澄を迎えに行く。たった5日ほど会わなかっただけなのに、心臓はバクバク言っていた。

 看護師さんに案内されるまま、初めての景色を幾つも通り抜け……ここか。

 見上げる大きめのドアの上には何も書かれていないプレート。看護師さんによると、最近何故か急増中の身元不明の遺児を、たまたま空いていたここで保護するようになったという。…因みにもともとはリハビリ室だったそうで、成程なかなかの広さがある。

 

 

 

「はい、じゃあ一応手の殺菌消毒だけお願いしますね。」

 

「あっ、はい。」

 

 

 

 シュッシュッと表示にある通り2プッシュ。アルコールであろうそれを両手に馴染ませる。このスースーする独特の感じ、好きなんだよなぁ。

 未だ早鐘を打つ胸を抑える様にシャツの襟元を正し扉を引く。

 

 

 

「失礼しまーす…」

 

 

 

 既に薄暗くなりはじめ、人工の灯りに照らされる室内へ一歩踏み入れると同時に浴びせられる好奇の目。部屋中の子供たちからだった。

 …今思い出してもゾッとするが、あの子達には異様な雰囲気というか、皆一様に普通の子供ではないオーラが感じられたんだよね。達観しきった目というか、綺麗に澄んだ目はしていなかった。

 そんななか、奥の方から一人の元気な女の子が駆け寄ってくる。香澄だ。

 

 

 

「ぅわーいっ!お兄さーんっ!!」

 

「…迎えに来たよ、香すミ"ッッ!?」

 

 

 

 小さな子供と言えどその突進力を侮ってはいけない。ある程度の大人と違い、彼女らには()()()()()()ブレーキがないからだ。本人としてはただ駆け寄って胸の中に飛び込もうと思っただけなんだろうが、身長差とその勢いを想像してみてほしい。

 …結論から言うと、名前を呼び終わる前に()()()のようなピンポイントな刺突を鳩尾に受けたんだ。元より体が丈夫なわけではない僕は、そのまま情けなく崩れ落ちる。

 

 

 

「……おえぇぇぇ…。」

 

「??お兄さん??おなかいたいの??」

 

「んんぅ…だぃ、大丈夫だよ…ははは……。」

 

「そーぉ?…それより、これからお兄さんのお家にいくんだよね?」

 

「……ふぅ。…そうだよ。」

 

 

 

 鳩尾の独特な不快感を伴った痛みもやっと引いてきた。…お腹周りの皆さんが鎮まるまで二分もかかりました。

 

 

 

「…そっかぁ…。ふふっ、これからは、明日自分がどうなるかを心配しないで寝られるんだね。」

 

「……香澄。」

 

 

 

 そうか。…この数日間、僕は色々なものに追われてそれどころじゃなかったからいいだろうけど、この小さな体はどれだけの不安を抱えていたんだろう。いきなり知らない子達と同じ場所に預けられ、僕も、勿論自分の本当の家族も居ない中、僕が本当に現れるかもわからないまま待っていたんだろうか。

 もっと早く迎えに来てやれなかったのかと自分を責めつつも、笑顔を保ちつつその頭を撫でる。

 

 

 

「…そうだよ。安心して暮らせるように、僕も頑張るからね。」

 

「んっ。……ええと、これからよろしくおねがいします。」

 

「うん。ちゃんと挨拶出来て偉いね。……よしっ!じゃあ帰ろうか!」

 

「うんっ。…お兄さん?手、つないでもいい?」

 

「…いいよ。おいで。」

 

 

 

 差し出された子供のヒトデみたいな小さな左手を優しく握る。ただそれだけなのに柔らかく微笑む彼女を見て改めて心に誓ったんだ。

 …これから僕がこの子を守るんだ。絶対、離すもんか。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「さて…と。ここが今日から暮らす家だよ。」

 

「うわぁ……!!!」

 

 

 

 部屋に入るなり、キョロキョロと部屋の中を見渡す香澄。そんなに珍しいものは置いてないとは思うけど、気持ちは分からなくはない。引っ越ししたての何もない部屋が新鮮で見回りたくなるのと同じような感じだろう。

 一応迎えに来る前、昼間のうちに掃除も済ませたし、いくつか収納や食器類なんかも買いそろえた。あと必要なものは追々わかっていくことだろうし。

 

 

 

「お兄さん!お兄さん!!」

 

「なんだい?」

 

「これはなぁに!?」

 

「…あぁ、それは……ふふん、何だと思う?」

 

「えぇ!?…うーんとねぇ…。」

 

 

 

 浴場の入り口横に置いてある謎の箱。…僕も初めて自分で使った時は驚いた"あの家電"だ。うんうん唸るがいい!!

 

 

 

「んと…んと……」

 

 

 

 まるでどこぞの黄色いクマさんのように、頭をとんとんしながら考え込む香澄。…あぁ、いいなぁこのほのぼの感。

 そのまま微笑ましい光景を眺めていると、やがて―――

 

 

 

「わかった!!」

 

 

 

 おぉ、目にキラキラが見えるぞ。漫画みたいだ。

 

 

 

「わかった?」

 

「わかったっ!……チンッてするやつ!」

 

「チン…?……あぁ、"電子レンジ"ってやつかい?」

 

「そう!」

 

 

 

 あぁ、確かあったねそんな家電が。境遇からしても、香澄らしい回答だ。ただ――

 

 

 

「残念ながら不正解だなぁ。…この世界に、電子レンジはないんだ。」

 

「えぇ!?……じゃ、じゃあ、冷たいご飯はどうやって食べるの??」

 

「…君、もともとそんなものばっかり食べてたのかい?」

 

「……うん、お母さんがあまりご飯作れない人だったの。」

 

 

 

 そっか…。じゃない、昔の事を思い出させちゃ駄目だろうに。相手はまだ小さい子供なんだ。一先ず住む場所が確保できたからといって、気持ち迄落ち着く、ましてやもう会えない両親の事を忘れられるはずなんてないんだ。

 話を、もっと楽しい方向に逸らさないと。

 

 

 

「じゃあ正解発表します!」

 

「うん!なぁに??」

 

「これは…洗濯機です!!」

 

「せんたくき…?」

 

「そうだよ。…こんなちっちゃい箱だけど、最大で80kg収容可能なタンク!洗剤や柔軟剤は種類を変える時のみ注いであげればあとは自動で生成してくれる機能付き!

 おまけにモーターも使っていないからほぼ無音!超ハイテク洗濯機さぁ!」

 

「おぉ~!!なんだかよくわかんないけど、すごいんだねっ!」

 

 

 

 そうだろうそうだろう。色々語ったスペックは説明書の丸暗記だけど、本当に不思議な箱だ事。サイズだって膝丈くらいの立方体でしかない訳だし、山盛りの洗濯物がこの小さなボディに吸い込まれていく様はまさに圧巻。正直ちょっと引いた。原理も分からないし。

 ただ哀しいことに、今の会話で"香澄が別世界から来たこと"が証明できてしまった。

 …僕らが暮らすこの地球上に、「電子レンジ」と分類される機械は存在していない。そしてその概念すらない。IHコンロの上位版みたいなものがあるせいで、こと食物の過熱に関しては他の道具を要していないんだ。

 

 

 

「……んぅ。」

 

 

 

 と、家電クイズで盛り上がった後、香澄が目をくしくしと擦りだした。心なしか足元の安定感も失われつつあるように感じる。

 

 

 

「…眠くなっちゃったかい?」

 

「うん……ちょっと、ねむねむ。」

 

 

 

 時計を見やると夜の23時を回ったところ。…確かに子供にはキツイ時間帯かもしれない。予め用意してあった香澄用の寝室へと案内することにした。

 

 

 

「じゃあ今日はもう寝ちゃおっか。」

 

「ぅ…?でも……」

 

「大丈夫大丈夫。今日から君はここに住むんだって言ったろう?

 ベッドも用意してあるから、安心して寝ていいからね?」

 

「ぅぅ……だっこ。」

 

「だっこ??」

 

「ぅん。」

 

「香澄は甘えんぼだなぁ……おいで。」

 

「ん。」

 

 

 

 とてとてとまるでヒヨコのように歩いて来て、開いた両腕の中にすっぽりと納まる。やはり、小さい子のやや高めの体温というのは良いものだ。庇護欲をそそられるというか、守ってあげたくなる反面心が落ち着くというか。

 そっと背中に手を回すと、少し重さが増したような気がした。……耳を澄ませば小さな寝息。ふふ、すっかり脱力しちゃって…。

 起こさないように注意しつつ、香澄用に用意したベッドに寝かせ毛布を掛ける。このまま寝顔を見ているのもいいかと思ったが、相手は飽く迄一人の小さな淑女である。僕は後ろ手でそっと部屋の扉を閉じた。

 

 

 

「おやすみ、香澄。」

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「………ん。」

 

 

 

 日付が変わったあたりだろうか。隣の部屋―――香澄が眠っている部屋から話し声が聞こえた気がして目が覚めた。自分自身そんなに眠りが深いほうではないのだが、疲れのせいか寝落ちしてしまったようだ。

 

 

 

「話し声……独り言か…?」

 

 

 

 壁に耳を押し当て息を殺す。壁伝いに微かに聞こえてくるのはどう聞いても香澄一人の物だ。電話でもしているならばまた別なんだが、時間も時間だし何より通信手段を与えていない。

 

 

 

「……の…は…どうして……?」

 

「……………。」

 

「そう………った、私………まって…」

 

「………………。」

 

「…みて………きっと…ね………んのよ………」

 

 

 

 微かでとてもか細い声は途切れ途切れにしか聞こえないが、合間に沈黙を挟む辺り何者かと会話をしているのは間違いなさそうだ。…しかし相手の声が一切聞こえないのはどういうことだ。

 そっとリビングを抜け香澄の部屋の扉を開け中を覗く――――

 

 

 

「……わかんない…わかんないもん……。」

 

「……………。」

 

「…それって、多すぎるからなかったことにしちゃったってこと?それとも…」

 

「………うん……えっ。」

 

「それは……哀しい、こと、だね……。」

 

 

 

 何ということだ。香澄はベッドに横たわったまま、目はしっかりと開かれ天井を見据えたまま何かと喋っている。

 寝ぼけている様子も混乱している様子も見られない、至って冷静な状態で。

 

 

 

「………えっ、そ、そうなの?お兄さんが?」

 

「!?」

 

 

 

 その顔が驚愕の表情を浮かべたかと思うと、バッ!とこっちを向くせいで視線が交錯する。そしてその緊張漲る表情はやがてふにゃりと崩れ、眠る直前のような子供らしい香澄に戻ったのだ。

 

 

 

「えっへへー、お兄さんだぁ。…お兄さんも眠れないの?」

 

「あ…あぁ…。…香澄、今誰とお話していたんだい?」

 

「お話…?……お星様とだよ!」

 

 

 

 あっけらかんと言い放つ香澄。…()()()。確かに香澄はそう言ったか。

 ……まさか、ここでも"共通点"が見つかるとはね。全く、運命ってのを信じざるを得ないかもしれないよ。

 

 

 

「そっか。……香澄も、星の声が聞こえるんだね。」

 

「うん!!明るい時は聞こえないけどね、夜になるといーっぱい聞こえるの!」

 

「……??そういうものなの?」

 

 

 

 何だか認識の違いが少々起きているようだが、間違いない。香澄も聞こえるんだ。…"星の声"が。

 

 

 

「まあいいや。それでも今はもう夜も遅いし、君も疲れたろう?

 まずはゆっくり休まなきゃね。…明日から、色々忙しくなる予定だからね。」

 

「あした、何かあるの?」

 

「あぁ。色々買い物はしたんだけど、結局香澄が必要だと思うものは揃えられていないからね。

 ここに君も住むからには、必要なものは全部揃えないと。」

 

 

 

 ぱぁっと明るくなる香澄の顔。わくわくが抑えられないといった様子で飛び出した質問は、聞くまでもなく正解の物だったが。

 

 

 

「お買い物っ!?」

 

「ぴんぽーん。…だから今日はゆっくり眠っとかないと…?」

 

「寝る!私頑張って寝る!!」

 

「ん。それがいい。…一人で眠れるかい?」

 

「う!大丈夫だよ!香澄もう大人だもん!」

 

「はいはい…それじゃあ、改めておやすみ。香澄。」

 

 

 

 部屋の電気を消し扉を閉じる。…ふふふっ、わくわくしちゃってからに。やっぱり、自分の物を揃える買い物って楽しいよね。買い物自体が好きじゃない僕でも、必要な物や欲しかったものを買いそろえる時は少なからず胸が躍る。

 ……しかし、星の声か。まさか、世界を移動した人間は漏れなく聞こえるようになるんじゃないだろうね。そうだとしたら、恐らく結構な数の人間が()()にアクセスできるということになる。いや、そもそも香澄はどこでそのアクセス方法を…?

 星の声、買い物、香澄、買い物、香澄、星の声、香澄、買い物、星の声……ぐるぐると思考を巡らせているうちに何だか僕も眠くなってきた。今日は一緒に住み始めた、一歩前進した日として立派に終わらせてやろう…。

 

 こうして、僕と香澄という正に縁で繋がった二人の共同生活がスタートしたんだ。…全ての物語も、ここから始まったってことだよ。この日から今日までのこと、そして今日から未来のことも、ね。

 

 

 

 因みに、「眼が冴えちゃって眠れない」と枕を持った香澄が突撃してくるのは、ここから二時間後の事だった。

 

 

 

 

 




少し短いですが、香澄と誠司の出逢いについてはここで一度終了です。
次回からは回想の時が動き始めます…。
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