星の詩 - De stella absicht -   作:津梨つな

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独自設定部分により、現実ともバンドリ世界ともまた違う世界でのお話になります。
いずれ設定集も上げていこうと思っています。


進む未知

 

 

 

 それからまた時は二月程流れ、ぽつぽつと冷え込む日が出てきた頃。すっかり家での生活に慣れた香澄は持ち前の行動力と漲る活力でこの()()()に順応しつつあった。

 とはいえ、この8歳の女の子をずっと家に置いておくわけにはいかない。…あぁ、言い方が悪かったね。別に追い出そうって話じゃない。要は――

 

 

 

「香澄、おいでー。」

 

「う?なぁにお兄さん。」

 

「急だけど…学校、行ってみないかい?」

 

 

 

 ――学校。…そう、教育の環境だ。

 別に僕としてはこのまま家で一緒に暮らしていてもいいんだけど、香澄の将来の事を考えた時に学習のチャンスをみすみす潰すのは宜しくないだろうし、何より僕以外の人間にも慣れていかないと社交性やら何やらが…と思っての提案だったんだが。

 

 

 

「学校…ってどういうところ?」

 

「ええとね…。香澄と同じくらいの子供がいっぱい居てね?その皆と一緒に、お勉強したり遊んだりご飯食べたり…

 昼間の間だけ、一緒に過ごすんだよ。」

 

「や!!」

 

「……即答だね。」

 

「だってよくわかんないんだもん。」

 

 

 

 ううむ、参ったな。確かによくわからない物事に対して「はい行きます」とは言えない、それは自明の理、火を見るより明らかな話であって。と言いつつも僕も自分の小学生時代の記憶何て殆ど無いし。

 どうしたら学校というものをイメージしてもらえるか……。

 

 

 

「よし。じゃあ学校ごっこやってみよっか。」

 

「がっこうごっこ?」

 

「ん。…ほら、丁度今日はまだ予定が無かったろ?僕と一緒に、学校()()()雰囲気をやってみよう?」

 

「うー……やる…。」

 

「よしよし、じゃあ僕が先生やるから、香澄は学校に来る子供の役ね。」

 

「うん。」

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「はい、じゃあご本の1ページ目を…香澄ちゃん、読んでください。」

 

 

 

 流石に教科書が用意できなかったために絵本で代用する。国語の雰囲気くらいは出せるかと思って…。

 因みに香澄の為に用意した"学校の備品っぽい机と椅子"は、この前通販で買った"家具錬成キット"を用いて5分くらいで作った。うーん、こりゃ家具屋も無くなるわ。

 

 

 

「はいっ!香澄、読みます!」

 

「うん、いいお返事だ。…どうぞ。」

 

「えっと……むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんと、ごくつぶしのひとりむすこがすんでいまいた。」

 

「うんうん、そのまま次のページもいっちゃおっか。」

 

「はい!…むかしむかし…は読んだから、次のこれをめくって…。」

 

 

 

 うーん、何というかこの感じ、凄くイイ。自分に子供ができたのはこれが初めてだけど、今日まで一緒に過ごす中で香澄は沢山成長をしてきたはずだ。

 そのどれもが微笑ましいながらも尊く、見ているだけで幸せな気持ちになるもので……この光景を見られているだけでも、僕の選択は正しかったと思えるくらいだ。

 捲り辛いページを一生懸命剥がし、やっとの思いで次のページへ。

 

 

 

「ええと…ごくつぶしのむすこは、おじいさんとおばあさんのねんきん?をつかいこみ、ぜいたくざんまい。…うーん。」

 

「うん。……どしたの。」

 

「言葉が難しい!」

 

「難しいって言うか、そもそも造語ばっかりだもんね。…穀潰しとか年金とか、そんなものこの世の中にないもんねぇ。」

 

「うん…。」

 

 

 

 全く、何処の誰が考えた創作なんだ。こんなもの子供向け絵本にして販売するんじゃないよ。

 国語の授業は急遽取りやめになりました。

 

 

 

「…さて、香澄ちゃん。」

 

「はいっ」

 

「ここまでやってみて、どうかな?」

 

「はい!」

 

「おぉ良い挙手だ!…はい、どうぞ香澄ちゃん!」

 

 

 

 因みに、授業を始める前に「何かを話すときは挙手をしてから」という学校のルールを教え込んだのも勿論僕だ。学習能力の高い子で全く助かる。

 

 

 

「私は、お兄さんにぎゅーってしたいです!」

 

「……うーん、そう言われちゃうと弱いなぁ…。おいで。」

 

「わーい!!」

 

 

 

 ばふっ!と飛び込んでくるその小さな体躯を抱きとめる。すっかり緊張も無くなったようで、最近は暇さえあればこうして体温を重ねているんだ。

 とはいえ、実際学校に行ったらどうだろうか。当然僕はそこに居ない訳だし、代わりに先生にべったりになるんだろうか。ううむ、それはそれで、今度は僕が嫌な気分になるな。

 少し逡巡したが胸の中ですっかり落ち着いている香澄を引き剥がす。「もっとー」って、可愛いなあおい。

 

 

 

「学校……行ってみないかい?」

 

「…お兄さんは、私が居ると迷惑?」

 

「急に何を言い出すんだ…。そんなことないよ?一緒にいて幸せだし、もっとずっと一緒に居たいと思ってるけど。

 …でもね、迷惑とかじゃなくて、香澄の為にも勉強とかはしていなきゃいけないもので…」

 

「私、お兄さんと一緒に居たいだけなの。だから、お兄さんと一緒ならお勉強もちゃんとするよ?お家でいっぱい本も読むし、それから…」

 

 

 

 必死に指を折りながら訴えかけるその姿に、僕は何とも言えない気持ちになった。果たして勉学という事柄に於いて、"学校"という決められた空間に縛り付けることがそれほど重要な事なのだろうか。この子は勉強を嫌がっているわけじゃない、僕から離れることを、折角手に入れ落ち着き始めた自分の場所から再び離れることを恐れているんだ。それはその境遇を考えたら察しの付くことだし、この必死な様子を押さえつけて無理やり学校へ遣るなんてことは僕にできない。

 

 

 

「えと、えと…えと…それから、それからね?」

 

「わかった、わかったからもう大丈夫だよ。」

 

「え?えっ??怒った?学校行かない私は要らない?やっぱり迷惑?」

 

「落ち着きなさい。…ほら、おいで?」

 

 

 

 一度引き剥がした僕が言うのも少し滑稽だが、パニックを起こしかけている香澄を再度胸元に引き寄せる。

 荒立った感情の波が落ち着くように、この子の事をあまりに考えてあげられなかった自分の軽率な発言を悔やむ様に…静かに背中を撫でつつ続ける。

 

 

 

「…ごめんなぁ香澄。どうしても僕は、立派に君を育て上げようと躍起になってしまう節があるようだ。

 でもそれは必ずしも君にとっては幸せとは言えないもので、ええと…要は僕は、僕のエゴの押し付けをしてしまっていたということになって…。」

 

「……むずかしくてわかんないよ。」

 

「……そうだよなぁ。えっとね。…僕は君が大好きで、君に幸せになってほしいんだ。

 だけど、学校に行けとか、勉強するべきだっていうのは、僕の我儘だったわけだ。…だからね。」

 

 

 

 小さな子供に理解できるように噛み砕いて話すのは難しい。僕が何よりも苦手としていることかもしれない。

 それはまぁ、僕自身の()()()()幼少期というのが思い出すことも叶わないほどの遥か昔にあるから、ということもあるのだが、今ここで語るべきことではないか。

 

 

 

「君の好きなようにしようと思う。でも決して、何でも甘やかすって事じゃない。いいかい?」

 

「じゃあ、がっこういかなくていいの?」

 

「…いいとも。お家で、僕と一緒にお勉強しよう。」

 

「……うんっ!」

 

 

 

 結果として、香澄は小学校から中学校卒業までの数年間を、在宅型学習機構を利用することで修学することとなった。一応中学に上がる際にも再確認したのだけれど、その時にも香澄は僕から離れることは出来なくて。結局このシステムに頼り切る形になってしまった。

 今の時代、勉強一つ取っても自宅で完結出来ちゃうんだからすごいよね。

 勿論、そのシステムを導入するまでも中々に大変な工程はあったがね。身内も居らず、誰にも相談できない僕は僕なりのやり方で辿り着いたって訳だ。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 月の綺麗なとある夜。思わず昔の思い出に浸ってしまうのもこの星空のせい…なんて、誰にともなく言い訳を。

 最近、僕はこうして空を見上げて時間を浪費することが多くなった気がする。勿論、また一つの作品が僕の手を離れ毎日の予定が空っぽなのもあるが。

 …一人の女性として成熟に向かっている香澄が、段々と"親離れ"をしていることも原因の一つだろうな。難しい時期に差し掛かっているのも分かるし、学校へ通ったことのない香澄にとってみれば"僕"という人間が唯一の他人であり身内なんだから。接し方に戸惑いを覚え始めるの無理はない。…もう少し時間が経てば、きっと香澄も素直になってくれることだろう。

 何にせよ、あまり香澄と過ごす時間は無くなってきたように感じる。お陰で僕の話し相手と来たら、この一面に広がる星々と夜空…。あとはこの世界で唯一僕について知っている"友人"くらいか。

 

 

 

「あぁ……あの時はあんなに無邪気だった香澄も、もうすぐ中学工程修了試験かぁ…。」

 

『すっかり大人になって。…この先の事は考えているのかい?セージ。』

 

「まぁ、ね。あの子の将来を考えたら、いつまでもT.R.Y.に頼る訳にもいかないし。」

 

『ははは、君もすっかり立派な父親じゃないか。』

 

 

 

 T.R.Y.――Teach for Refined Youngster's Systemの略。通称"トライ"というらしい。

 要するに在宅学習を支援する機構と用いられるシステム・機材の一式を指す。通常の学校のように学費を支払い、設備を自宅に設置。あとは機材を通して実際の講師から授業を受けたり、仮想現実を用いた体験学習等を通じて定められた義務教育期間を全てカバーすることができるらしい。

 漠然と香澄に自宅学習を…と相談したところ、このシステムを紹介してくれたわけだが、その辺の知識を授けてくれたのも先程から会話を交わしている彼―――

 

 

 

「僕なんてまだまださ。…君が居なきゃこの世界で生きて行く事すら叶わなかっただろうさ。…Michelle(ミッシェル)。」

 

 

 

 ――彼、いや、彼女かもしれないMichelleは僕がこの世界で出逢った唯一の理解者。そして僕の特殊な性質を証明する人物でもある。……そういえば言い忘れてたね。僕も香澄と同じ、「星の声」が聞こえるんだ。

 …Michelleという、星の声が。

 

 

 

『なんだよ、らしくないね。…それで?高校からはどうするんだい?』

 

「あぁ。T.R.Y.も修了したら、今度こそ、生身で学校に行かせようと思う。丁度僕の手も離れ始めているし、社会に出るためには人と交流できるようにならないとね。」

 

『なるほど。君だけじゃ教えられない事を…ってことか。』

 

「うん。それでまた相談なんだけど…。」

 

『女子校?…この辺りにはないよね。』

 

 

 

 相変わらず人の心を読む様な先回りの質問で会話を進めてくる。真面目な話の時はいつもこうだ。Michelle曰く、「君の声を聴いて返事をしているわけじゃないからね。」らしいが…正直よく分からないけど、相手は星だ。現実味のかけらもない話なので、今更これくらいのことに一々引っかかることは無くなった。

 それはさておき、Michelleが読み取ったように僕は香澄を女子校に入れたいと思っていた。勿論香澄自身の意向も尊重するが、ただでさえ人間に耐性が無いのだ。…異性なんて、論外だろう。何れは慣れなきゃいけない事だがね。

 

 

 

「だから、引っ越しも視野に入れているところなんだ。」

 

『ふむ…確かに、大きくなった香澄と暮らすにはその部屋も些か手狭だしね。一理あると言えばある、か。』

 

「ん。……流石に進路相談を君にするのはどうかと思ったけど、生半可なコンピューターで調べるより君の情報の方がよっぽど信用できるからさ。」

 

『あははは、まあね。現状ボクとコンタクトを取れる人間も限られているし、ボクもセージが大好きだしね。全力を掛けて調べ…ん?』

 

 

 

 カラカラとよく笑う星だ。実際に人間として目の前に現れてくれたなら、何の迷いもなく無二の親友になれると思う。そう思わせる何かを、会話の度に感じ取ってしまう程、このMichelleという星は良い奴だった。

 

 

 

「なんだい??」

 

『……花咲川女子学園…っていう場所があって、』

 

「そこにしようか。」

 

『早いね。……最後まで聞き給えよ。"焦る乞食は貰いが少ない"ってね?』

 

「また"別世界"の諺かい?」

 

『そんなとこ。…その学校は名前の通り女子校なんだけども。…ボクの知っている子が入学することになってるんだ。』

 

「…なんだって?」

 

 

 

 Michelleが今まで誰か個人の事を口にすることなんてなかった。それが初めて……「ボクの知っている子」だって?そこについても詳しく聞きたいが、今はまず学校だ。

 

 

 

『あぁ、学校は何の変哲もない普通の学校さ。……それよりその子のことなんだけど。』

 

「何か、あるのかい。」

 

『うん。…多分、その子は香澄ちゃんに積極的に近づいてくると思う。』

 

「……待って、話が見えない。」

 

『大丈夫、いずれ分かることだから。そして、君もきっと、その子と関わることになると思うんだ。』

 

「僕が?意味が分からない。」

 

 

 

 香澄と友達になってくれる位なら別にいい。だけど僕が一体どう関わるって言うんだ?そしてMichelle、君は何を隠してる?何を言いたい?

 

 

 

「まぁ、その学校に進むって決まったわけじゃないしさ、そこは追々…。」

 

『……そうだね。ボクも少し余計な事を言い過ぎたようだ。ごめんね。』

 

「…ちなみにその子って、君とはどういう関係なの?」

 

『…あの子は。…()()()は、君と同じようにボクとコンタクトが取れる人間なんだ。』

 

 

 

 こころ―――それは、その後も、そして今現在においても、僕自身に大いに関わってくる名前だった。その時はまだ、ただの見ず知らずの子供の名前でしかなかったけれど。

 

 

 

「そんな……もしかしてその子も、僕や香澄と同じ…?」

 

『まぁ、そうなるよね。…そう、彼女も、異なる世界から来たんだ。それも、こことは違う日本とね。』

 

「―――ッ!」

 

 

 

 進学や就職で環境が変わることに対してのワクワクを、親の立場でも感じられるなんて。僕はまだ見ぬ"こころ"なる人物に淡い期待を寄せつつ、香澄に通学と引越しの案を切り出すべく準備を始めるのだった。

 

 

 




過去編・回想編は長いプロローグのようなイメージで見て頂ければ。
…こころとMichelleが出てきてからが本番になります。
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