星の詩 - De stella absicht -   作:津梨つな

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未来へ

 

 

 とある日曜日。娘との面談を前に、僕は柄にもなく緊張のピークを迎えていた。

 以前よりMichelleと綿密に練ってきた"進学の提案"。…「女子校」を必須条件として探索や問い合わせを繰り返したが、やはり様々な観点に於いて希望と合致するのは花咲川女子学園一択だった。

 

 

 

『くれぐれも忘れちゃいけないのは、一番大切なのは香澄ちゃんの意思だってことだよ。

 …君は飽く迄父親であって、彼女の主人じゃない。指示も命令も、何なら懇願の類も一切せずに。…自然の事の運びに身を任せるんだ。』

 

「……あぁ。わかってるとも、Michelle。」

 

 

 

 一呼吸おいて冷静さを思い出す。Michelleの言う通り、結局のところ香澄の意思次第なのだ。これは彼女の道であり、人生なのだから。

 …残る僅かな緊張で震える右手を必死で抑え、まだ見ぬ未来を選ぶため選択の扉(香澄の部屋のドア)を叩いた。

 

 

 

「はあい。」

 

「…今入っても平気かい?」

 

「あ、うん大丈夫。」

 

 

 

 何とも素っ気ない対応だ。出逢った頃の香澄なら駆け寄ってきてドアを開けてくれるまでもあったのに。…Michelle曰く、これも成長であり誰でも通る道らしい。そして世の父親は、その姿に必ず肩を落とすらしい。わかる。

 何はともあれ許可は出たわけだし、部屋に踏み入ることにする。

 

 

 

「なぁに?お兄さん。」

 

「ええと……きょ、今日も涼しくて過ごしやすいねぇ。」

 

「??うん。」

 

「……それから…」

 

「どうしたの??お兄さん、何かヘン。」

 

 

 

 知ってるともさ。だって切り出す勇気無いんだもん。…またT.R.Y.を選びたがるんじゃないか、学校なんか行かずに働くとでも言いだすんじゃないか、なんならもう僕の手を離れて独り立ちしたがったり…心配事は無限に考えられてしまうんだからね。こういう時、僕は僕の想像力を恨むよ。

 怪訝そうな香澄の表情からもプレッシャーを受け、僕の胃は早くもキリキリと泣き出していた。父親って大変だなぁ。

 

 

 

「はあ…。香澄、そろそろ中学工程修了試験だけど…調子はどうだい?」

 

「あー…うん。だいじょぶ、だと思う。」

 

「何だ、歯切れの悪い返事だな…。」

 

「だって苦手なんだもん。」

 

「そんな自信満々に言うもんじゃないよ…。それで、少し気が早い気はするんだけども。」

 

「うん??」

 

「……修了認定が終わった後、進路とかは考えているかな?」

 

「………えーっと…。ごめんなさい。」

 

 

 

 言い方が少々きつかったか。少し険しい表情をしたかと思うと、目をきょろきょろと落ち着きなく動かした後に小さく謝られてしまった。ただでさえ小さく華奢なその体もより小さく見える。その背中を丸めた姿なんか正に……ええと、あれは別世界の……そうだ、「アルマジロ」とかいう動物にそっくりだ。

 

 

 

「ああ違うんだ、香澄。…別に怒っている訳じゃあない。

 ……小学校中学校と、僕の傍に居たいからってT.R.Y.を使って学んできたね?」

 

「…ん。……へへっ、ちょっと懐かしいね。」

 

「あの頃も香澄は可愛かった…。……それで、順当にいくと次は高等工程に入る訳なんだが。」

 

「……学校、かぁ。」

 

「ああ。最近は僕と過ごす時間も減ってきただろう?勿論、それは香澄が心身共に大人に向かって成長しているからであって、当然と言えば当然の事なんだが―――

 また脱線しちゃうね。ええと、」

 

 

 

 イマイチ女の子の扱いがわからない事もあり、ついつい余計な事迄喋り自ら話を脱線させてしまうのは僕の悪い癖だ。長い事一緒に暮らして、香澄ももうすっかり知っていることだとは思うが…それでも、こういった真面目な場でやらかすのは本当に不甲斐なく感じる。

 

 

 

「学校、行ってみよっかなぁ…。」

 

「…んん!?」

 

「!?…びっくりしたぁ。……私が学校にいくのって、そんなに驚く事なの?」

 

「い、いや…てっきり、またT.R.Y.が良いって言うもんだと…。」

 

「あー。…えへへっ、お兄さん、外れちゃったねぇ。」

 

「そうだね…。にしても、どうしてそんなあっさりと?行きたくなかったんじゃないの?」

 

 

 

 何か切っ掛けでもあったんだろうか。…いや、ずっと家にいるのに新しい刺激や考えなんて……

 

 

 

「えっとね。私もいつまでも子供で居られるわけじゃないでしょ?

 いつかはお兄さんの傍から離れていかなきゃいけないと思うの。…それが大人になるってことだと思うから。」

 

「……ッ。」

 

 

 

 何だろう。これが成長というやつか。いつの間にか、僕の目の届かないところで育っていた小さな心に気づかされると同時に、無意識のうちに彼女を子ども扱いしてしまっていることに恥を覚えた。

 中学生にしてもう自立を考えているとは。…果たして僕は、同じ時期にここまでしっかりと先を見据えていたであろうか。いや、それは無かった。

 

 

 

「…お兄さん?」

 

「あ、あぁ…ええと、何処まで話したかな。」

 

「私が高校に通うって話だよ。」

 

「そうだったそうだった…。香澄は、行ってみたい学校とかあるのかい?」

 

 

 

 僕の問いに暫し考え込む香澄。やがて考えることに飽きたのか満足したのか、素敵な笑顔で言い放つ。

 

 

 

「ないっ!」

 

「あぁ…なるほどね。」

 

「だってどこの学校も通ったことないんだもん。何が良くて何が悪いのかなんてわかんないよ。」

 

「…ずっとT.R.Y.しか知らなかったもんね。」

 

 

 

 僕はなんと愚かな質問をしたのか。正に愚問……一度も学校というものを体験してこなかった彼女に、"行ってみたい"も何もあるわけがない。

 

 

 

「でもね!…私って、女の子なんだよね?…だから、同じ女の子がいっぱいいるところがいい!」

 

「ん。…女の子がいっぱい、と。…あと他に、そういうのはあるかい?」

 

「んと、んと……あ!」

 

 

 

 今度の思考は短かった。何せコツコツと頭を打った回数はたったの二回。短い思考時間で辿り着けるということは表層意識に近いイメージに辿り着いたということで、叶えたい希望の上位にあたる意見だという事か。

 

 

 

「"ぶかつどぉ"っていうのやってみたい!」

 

「ぶかつどぉ……部活動か。」

 

「あ、そうやって言うんだ。その部活動ってやつ、T.R.Y.で先生に教えてもらったんだけど、新しいことがいっぱいで、毎日ドキドキしてワクワクするみたいなんだ!」

 

「ふむ、ドキドキにワクワクか…。それはとってもいいことだね。うちに居ては味わえない気持ちだ。」

 

 

 

 最初"グリセリン"と同じイントネーションで放たれた言葉が何なのか分からなかったが、成程部活動か…。これはMichelleの教えてくれた特徴データには無かった項目だ。後で訊いておこう。

 それにしても「ドキドキ」に「ワクワク」とは、香澄はどうやら本格的に僕と違う種類の子供らしいな。僕はどっちかというと、「普遍」や「安定」を求めるタイプの子供だったからね。…今でこそ目まぐるしい変化の中にはいるが、それもまた僕個人の"成長"なのだろうか。

 

 

 

「オーケーだ。それじゃあ、僕の方でいくつか学校を当たってみようと思うんだけど…」

 

「あと、制服は可愛いのがいい!!」

 

「……なるほどね。目処が立ったら報告するよ。」

 

 

 

 よかった。すっかり大人に成り切ってしまったのかと思ったけども、子供っぽい可愛らしい部分もあったじゃないか。可愛らしい制服…これもMichelleに要相談案件になりそうだ。

 入る時とは全く違って期待と希望でいっぱいになって僕は香澄の部屋を後にする。香澄の進学、必ず最高の環境を作ってやらないと。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「………なるほど。それらの点を追及しても尚ここが適切なのか。」

 

『あぁ、そうだよセージ。部活動・女子生徒の数・制服の可愛さ…それらを加味しても、やっぱり花咲川は優れていると言える。』

 

「ふむぅ…。」

 

『君もこれ以上の拘りは無いんだろう?もう確定ってことで、良いだろう?』

 

「……なあMichelle。」

 

『なんだいセージ。』

 

「……君は、何かを隠しちゃいないかい。」

 

 

 

 香澄の意思を知った夜。すっかり定例となりつつあるMichelleとの会話にて。予てより微かに感じていたささくれの様な引っ掛かりを、思い切ってぶつけてみる。

 そう思った切っ掛けはいくつかあるが……やはりMichelleがやけに花咲川女子学園を推してくるところだ。なに、僕が勘繰り過ぎているだけならば笑い話で済むことだ。…だがもし、そこに何かの意思があるならば。

 

 

 

『………どうして、そう思うんだい。』

 

「おや、珍しく沈黙が長かったな。…事が思いの外トントン拍子に進んでね、嬉しい反面引っ掛かりもあるのさ。

 まぁ僕が疲れているだけならば一蹴してくれて構わないが。」

 

 

 

 さて、偉大なるお星様の回答としてはどう来るのか。

 

 

 

『……全く、君はかなり慎重で聡明な人間らしい。』

 

「ありがとう。」

 

『ふふっ、君には隠していても仕方が無さそうだね。…確かに、ボクは香澄ちゃんを花咲川に、そして君をあの地に引入れたかった。』

 

「………驚いたな。星一つ分の知能に、僕なんかの疑いが届くとは。」

 

『別段隠しておくことでもないしね。どうせ君以外の人間にボクとのコンタクトは不可能だし、今から伝えることを君が吹聴して回ったところで君がクレイジーボーイ扱いされる以外の弊害はない。』

 

「……僕だけ?こころちゃんとやらはどうした。」

 

『こころは特別なんだ。君とはまた違ったベクトルでね。だから便宜上、君だけという表現で正しいんだ。』

 

 

 

 『こころは特別』――確かにそう言ったか。僕とは特別というくらいだから、何だろう…。僕が稀な"能力"的なものを授かった人間、という意味で特別だとしたら、そのまた別の可能性…ううむ。

 

 

 

『ああごめんごめん。考え込ませてしまったね。……じゃあこの説明でどうかな。君は()()()ボクと話せる人間だろう?』

 

「あぁ、そうだな。」

 

『彼女は…こころは、ボクと話せる手段を持っている唯一の人間なんだ。』

 

「…それは…電話機、のような物かい?」

 

『まあそんなところだね。実をいうとね、ボクは()()()()星なんだ。』

 

 

 

 今まで触れてこなかった友人の深く隠された部分。そこに全ての始まりであり、僕が運命と感じていたものの正体が眠っているとの事だった。

 彼の話を整理するとこうだ。

 

 彼―――Michelleは、一つの惑星ではなく人の手によって創造された「人工惑星」(人工衛星ともまた違うらしい。)。まぁ話の流れ的に察しは付くが、水流巻財閥傘下の企業によって創造されたそれを管理する役目なのが「こころ」という一人の少女なのだとか。

 そのため、コンタクトを取れて当たり前の彼女を抜けば、僕が唯一の"能力持ち"になる。そういう事だったんだ。

 

 

 

「随分と大きな隠し事じゃないか。…成程ね、それで君を通して僕の情報がこころちゃんに、と言う訳だね?」

 

『…あー、それはまた別のルートになる。けど、君達を花咲川に呼び寄せたかったのは確かにこころだ。』

 

「そうか。別のルートとやらも気にはなるが、それは追々わかるんだろうな。…こころちゃんと接触することで。」

 

『まあそんなところだね。すまない、長くなったが、隠し事は以上だ。』

 

「あぁ、話してくれてありがとう。それじゃ―――」

 

『セージ。…ここ迄話してしまった上で、一つ頼みごとがあるんだが。』

 

「…聞こう。」

 

 

 

 何やら深刻そうな声音だ。隠し事は無くなったというのに、今度は一体何だろう。他言無用でということなら、先程Michelle自身が話したように心配することもないと思うんだが…。

 

 

 

『香澄ちゃんが進学して、君もこころと触れ合う様になったら。……どうかこころを救ってほしい。』

 

「そりゃまた結構な頼み事だな。企業の手伝いを、というなら他を当たってほしいんだけど。」

 

『ああいや、水流巻財閥は関係ないんだ。これはこころ自身の問題でね。』

 

「ふむ。」

 

『あの子は……最近妙に不穏な気配を纏っていてね。…恐らくだが、社会的にも人道的にも善くない事をしている。』

 

 

 

 何だか随分と属性を盛り込まれたような子だな。財閥の関係者かと思えば世界唯一の人工惑星に関与しているし、その上犯罪者の気があるって?

 そこまで特殊な人間を、どうして救えようか。

 

 

 

「Michelle。…今まで君と関わってきたから言えることだが、君は不可能なことは試行すらしない性質(タチ)だよね?」

 

『大概の事は結果が見えているからね。』

 

「ということは、僕にならばこころちゃんを救うことができる、として頼み込んでいる訳かい。」

 

『……そう、信じている。』

 

「………ふぅ。惑星一つ分の信頼とは随分重いものを背負わされたな。」

 

『…すまない。』

 

「でもいいさ。君がそうまで言って頼ってくれたんだ。…何とかしてみるよ。」

 

 

 

 正直何かができるとは到底思っちゃいない。こころちゃんについてだって何も知らないんだし、現状何が起きているのかさえ分からない。今は香澄のことで手一杯だし、引っ越しや進学の手続きも勿論ある。

 パンクしそうな程のタスクを抱えてはいるが、今の僕には明確な"進路"が無いのもまた事実であって、当面の行動目標ができるなら、それは不快なものではなかったんだ。

 ――大丈夫、Michelleも居るんだ。僕はきっとやれる。

 

 環境が変わって更なる成長が見込めるのも、ドキドキやワクワクを感じられるのも、香澄だけじゃないみたいだ。

 

 

 

 




いよいよ次からは高校生。
物語の時系列も"現在"に近付いて行きます。
こころはどう物語に絡んでくるのか、誠司と香澄に新天地でどんな出会いが待ち受けるのか。
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