星の詩 - De stella absicht - 作:津梨つな
季節は廻り、春。
新天地における拠点と言うことで様々な物件を周りはしたが、どれもしっくり来なかった為に断腸の思いで購入したマイホームで迎えたその日は特別なものだった。新しく高校生になる香澄にとって。…そして、僕にとっても。
「お兄さんっ!見て見て!!」
「……ほほぅ…これはなかなか。」
新しく通うことになった「花咲川女子学園」。その制服がまた可愛らしく、香澄も気に入ったようで朝早くから何度も見せてくれる。うんうん、我が娘ながら最高の愛らしさだ。
因みにこの制服、随分前に届いてはいたのだが…「高校生になるまでは袖を通さない」という香澄の鉄の意思により、今日までビニール袋を被っていたと言う訳だ。
初めての登校時間までまだ一時間はあるが、のんびりはしていられない。最近気づいたんだが、香澄はどうやら極度の方向音痴らしく……少し不安でもあるのだ。一先ず初日の今日は利用する市電の駅までついて行く事にはなっている、が…。
「お兄さんっ、鞄、見てっ!」
「…ん。可愛いよ。」
「違うの!あっ、可愛いのは違わないんだけど、中を見てっ!」
最初は中身も何かしら装飾を施しているのかと不安で覗いたのだが、その乱雑な中身を見て成程合点がいった。学校の持ち物として相応しいか、不足が無いか確認をしてほしいという事か。
……ん。
「いいかい香澄。」
「なに?」
「学校っていうのはね、基本的に関係ないものは持っていっちゃいけないんだよ。」
「う???」
「…これはなんだね。」
「……星だよ!」
丁寧にサイズ別に分けられクリアファイルに入っていたそれは、星型のシール。それぞれ付箋紙で「がんばる用」「しょんぼり用」「おこ用」「わはは用」と書いてある。
…これを、学校でどう使うというのかね。
「ええと、おるふ君が言ってたんだけどね。「楽しい事とか辛いことがあったら、それぞれのシールを貼って頑張るんだ」って。」
「おるふ君?」
「そう!一昨日の夜教えてくれて、それから買いに行ったんだよ。」
おるふ君…おるふ君か。一応香澄も年頃の娘なわけだし、友達の一人や二人居て当然か。それはそうと、昨日迷子になったと泣きながら帰ってきたのはこのせいだったんだね。シールくらい、行ってくれたら一緒に買いに行くというのに…。
「お友達が出来てたんだね…。…ただ、この星を貼る…といってもだね…」
「……だめなの??」
「うーん……。」
あまり公共のものに私物を張り付ける行為は推奨できない、というか最早輩のマーキングでしかない訳で。とは言え、学校に対してここまで前向きになっている彼女に対して水を差すのも憚られる。
散々迷った挙句、取り敢えず今日は持って行かずに後日策を考えることで回避した。
「そしてこれは…。」
「あ。これは……なんだろ?」
香澄自身も不思議そうに出したのは、銀色の小さな鈴。赤と白のリボンが付いており、アクセサリーとして鞄等に着けても邪魔にならなそうなサイズだ。
「香澄も分からないのかい…。」
「うーん、入れた覚えないんだけどなぁ…。」
「ま、可愛らしくていいんじゃない?折角だから、鞄に着けちゃうとかどうだい?」
「うん、そうする!」
僕の提案に目を輝かせ、嬉々として取り付け作業に入る。鞄側面の小ポケット、そのファスナー部分に取り付けるようだ。シャンシャンリンリンと音の煩さを懸念したが、つけ終わった香澄が鞄を揺らす分には問題ない程の小さな音色で一安心。「煩い鈴の奴」なんてイメージを持たれるのも可哀そうだしね。
「よし、じゃあ後は問題なさそうだね。…今日はお昼ご飯も要らないんだったっけ?」
「うん!午前中で終わりだって~」
「そっか。……あ、そろそろ出る時間じゃないかな?」
「…ホントだ!!…行こ!お兄さん!」
僕の手を取り駆け出す香澄。…嗚呼、本当に大きくなった。あの傷だらけだった小さな君が、よくぞここ迄逞しく育ったものだ。思わず浮かぶ涙を悟られないように笑い、好奇心に胸を膨らませる香澄と共に朝の日の下へ。
…ここからまた新しい生活が始まるんだね。入学おめでとう、香澄。
香澄の乗り込んだ電車を不安な気持ちで見送った帰り、初対面でありながらもこれからの関係性をかなり意識させられるような人物と僕は歩いていた。見送った後なかなかホームから動けず、もう見えなくなった電車の方向を見つめ立ち尽くしていたところに声をかけてきた女性。彼女は、
「…にしても、あの水流巻財閥の関係者とは…。お若いのに、エリートってやつですか?」
「そんな大層なものじゃないですよ~。色々コネがあって、気付いたら入社していたって感じですかね??」
財閥関係者と言うことで、少し身構え過ぎていたかもしれない。彼女自身はとても明るくフランクで、人当たりの良さが滲み出ている様だ。その異様なまでの話し易さに、気付けばかなりの時間を共に過ごしてしまった。
「…あ、マズい。もうすぐお昼ですよね?」
「あ!確かにそうですね!……もしよければ、お昼ご一緒しません?こうして出逢ったのも、何かの縁ですし!」
「お気持ちは有り難いんですが…実はもうすぐ娘が学校から帰ってくるので、さっきの駅まで迎えに行かなければ…」
「あー……。そう、ですか。」
しゅん…と、それまでの元気が白昼夢であったかのようにしおらしくなってしまう横澤さん。何だか悪いことをしている気分だ。もしこれが計算の上での行為なら大層な策士だとも思うけど、きっと彼女はそんな人じゃない。まだ出逢って数時間だけど、そんな気がした。
「…ええと、確認してみないと分からないですが…娘もご一緒していいなら、お食事位ならまぁ…」
「ほんとですかっ!」
「っ!……え、えぇ…まぁ。」
提案した直後、飛びつく勢いで距離を詰めてくる。コロコロと表情の変わる中々に愉快な女性だ。キュッと握られた手に思わずドキッとし、しどろもどろになってしまったが気には留められていないようだし…一先ず、横澤さんと共に先程の駅へ向かうことにする。
道中、相変わらず元気に話を続ける彼女のおかげで、随分と水流巻財閥について詳しくなってしまった。帰ったらMichelleとも話してみたいものだ。
あぁ、そうそう。それとは
「それはそうと誠司さん、高校生のお子さんが居るようには見えないんですけど…結構お若いんじゃないです??」
「そう…ですね。子供自体は居ておかしくないと思いますがね…今年で25なので。」
「…まじ?」
「ええ。まじ……ってやつですね。」
「同い年!私!君と!わーい!!」
「え?…え??」
急に上がるテンションに着いて行けずただただオロオロする僕…を尻目に、何が嬉しいのか「わーいわーい」と燥ぐ彼女。本当に同い年だとしたらこの温度差は一体何なんだろうか。二人の間に気圧の谷ができそうである。
やがて燥ぎ疲れたのか、肩を落としぜぇぜぇと荒い呼吸に変わる。そして苦しそうに顔を上げ、酸欠に喘ぎながらも僕の手をしっかりと捕らえ…
「是非……ご飯……ご一緒……私…」
「ひぃっ…!…わ、わかりました!分かりましたから、一緒にご飯行きましょ?ね?」
「あと………是非……ため口……で……」
「わかりましたから!そのゾンビみたいなのやめてくださいよ!!」
ひとしきり恨み言?を零して満足したのか、深呼吸を繰り返す。僕はあれ程脅迫染みたランチのお誘いを見たことが無い…。いや、そもそも昼食なぞ香澄意外と食べたことないんだが。
やがて落ち着いた横澤さんは元の快活な笑顔に戻り、「心配かけたね。」…とバツが悪そうに零した。
「燥ぎ過ぎなんですよ…。あいや、…ごめん、ため口はあまり慣れて居なくて。」
「はははっ、堅いよ~誠司君~!」
うん。やはりこの手の人は純粋に尊敬する。いい意味で距離が近いというか、他人と接する上での上手な距離感を心得ているんだろう。堅過ぎず砕け過ぎず、どうも僕が苦手とする分野に長けているようだ。コミュ力モンスターと心の中で呼ばせて貰おう。
やっぱりそう言った面も大切な事なのだろうか。水流巻程の巨きな権力の下で動き回るには。…水流巻…心の中で……何やら引っ掛かる様な。
「誠司君の娘さんって、今日が入学式なんだっけ??」
「…う、ん。そうだね。」
「ってことは、うちと一緒かぁ…。」
「あれ?子供はいないんじゃ…」
先程までの時間で、横澤さんが独身で子供も居ない事は聞いていた。…じゃあ何が一緒なんだ?
「子供じゃないんだけどね。財閥のお嬢様のお世話係も請け負ったりするの。…たまにだけどね。」
「財閥のお嬢様ね……。…あれ?」
ふと。何かが、繋がった気がした。
「あの、横澤さん。そのお嬢様って…」
「あっ、もう電車来てんね!!急がないとっ!」
駆け出す横澤さんに僕の疑問は届かなかった。ただ、これから女性と食事をする…だけではない何かへの予感からか、自分の心音が未だ嘗てないほどに大きく聞こえる。まるで全身の血管が躍っている様な、確かな脈動だった。
横澤さんに遅れること数秒。ホームに辿り着いた僕が見た光景は―――
「それでねっ!「その鈴、綺麗な音色ね!」って話しかけてくれたのがこころちゃんだったの!」
「へぇ。…じゃああの正体不明の鈴が、香澄とこころちゃんを惹き合わせてくれたって訳かぁ。」
「うんっ!これって、運命みたいなもの、感じるよね!」
「そうだね。…運命……うん、確かにそんな気がする。」
帰り道。登校初日から友達ができた香澄はにっこにこで、今日一日あった事を楽し気に話す。それをただ聞く僕だが、正直頭の中は様々な想念が渦巻いているせいで話半分だったと思う。
あのホームで見た光景。…ホームのベンチに腰掛け談笑する少女二人。よく見知った自分の娘と、独特なカットの前髪が印象的な小柄で金髪の少女。その少女に駆け寄り「お嬢様」と確かに口にした横澤さん。
…まさか初日で全てに出逢えるとはね。帰ったらMichelleを尋問しなくては。
「あとあとっ、こころちゃんが、今度家に来てって言ってくれたんだ~。」
「ん、行ってくると良い。折角友達になれたんだ……いっぱい仲良くしておいで。」
「うん!…お兄さんも、一緒に来ない?」
「僕は行かないよ。君と仲良くなった友達だし、君だけで行っておいで。…道が不安だったら送迎はするからさ。」
「違うの…。…お兄さんも一緒に是非って、こころちゃんが…。」
「……僕も?」
余りに唐突過ぎる展開に、不覚にもリアクションが数秒遅れてしまった。僕も一緒にだって?社交辞令だとは思うその言葉に驚いたのは、何も世界規模の財閥関係者から直々に招待を受けたため…だけではない。食事のあと、連絡先と合わせて携帯端末のアカウントをリンクした際に、横澤さんに耳打ちされたのも同じ内容だったからだ。
「あとで情報送るから、絶対来てね!」…と、耳がこそばゆさを覚える距離で囁かれたこともあり強く印象に残っている。…横澤さんも綺麗な人だし、何も事情の無い普通の男性であれば色々勘違いをしてしまったかもしれない。
一体水流巻財閥は何を考えている?あのこころという少女、Michelleとコンタクトが取れるという彼女は、果たして
折角出来た娘の友達を疑いたくはないが、あまりにも出来過ぎた話の流れなだけに気になって仕方が無かった。
「なあMichelle。」
『………訊きたいことが沢山あるって顔してるね。』
「そりゃまあ。」
『じゃあまずはどこから答えようか…?』
「……まず最初に教えてほしいが…君は何をどこまで知っている?僕に、…僕らに、何をさせようとしている?」
『成程核心ってわけだ。』
「僕もそんなに暇じゃあないからね。」
『はっはっは!パパは大変ってかい?』
「はははは…まあね。それに、僕の予想からして笑っている場合じゃないような何かが隠されていると思うんだが?」
今日横澤さんやこころちゃんと実際に接触し、短い時間を過ごしてわかったこと。水流巻財閥の巨きさを改めて実感した上に、こころちゃんが直接財閥に関与していない事もわかった。
『全く…君がただの人間なのかどうか、時々分からなくなるよ。』
「……なあMichelle。本当にこころちゃんは、その……」
『うん。確かにこころは水流巻財閥のトップ、水流巻
「じゃあどうして違う漢字なんだ…?」
『そこも色々と複雑でね。宗一郎は水流巻財閥に娘を関与させたくなかったらしい。…まぁこれも親子の愛の形ってことだよ。』
こころちゃんのフルネーム。音だけなら違和感はなかったが、使う漢字を聞いて驚いた。
――"弦巻"。…察するに、音が同じと言うことは元々どちらかが本当の苗字なんだろう。それを企業化やパッケージ化する際に別の当て字に直すことがある、という話は珍しくない。…それを今回のケースに当てはめるとすると、元々"弦巻"である線が濃厚か。
『水流巻一族については追々分かっていくと思うし、現状あまり深くは話せないんだ。勿論、こころのことも。』
「どうして。」
『君が特別だからだよ。…事の真相は、君自身の手で露わにする必要がある…って思っていてくれたらいいな。』
「……要領を得ないね。」
『ごめん。今はまだ、話しても意味が無いことだし話せない事でもあるんだ。…本当にごめん。』
ここにきてなかなかどうして投げやりじゃないか友よ。…「今はまだ」と言ったか。これから追々、とも言ったな。
水流巻と関わることに疑問や恐怖は無いが、得体の知れない大きな謎が潜んでいることは十分にわかる。これからは慎重に、かつ大胆に、あの二人を始めとする人々に絡んでいこう。何れ分かることであるならばこれ以上は友人を困らせたくない。
「いや、いいさ。……この件に関してはここまでにしておこう。
ところでMichelle、実物のこころちゃんは中々に美人だったよ。お人形さんの様だ。」
『ん。……ボクもそう思うけど、手を出すなら慎重にね?』
「…僕のこと、どんな人間だと思ってるんだい?」
『はははっ、らしくない事を言うからさ。』
「…余計な事は言うもんじゃないなぁ。」
友と語らう夜更け。愛する娘の一先ずの新生活に乾杯を。
これからの未知なる世界に希望を。
今僕が生きている時間まで、あと―――1年。
次で回想編はラストになります。その後は第二部、現代編です。
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