星の詩 - De stella absicht -   作:津梨つな

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現在編 - ハロー、ハッピーワールド!
導かれるScenario


 

 

「お兄さん…?眠いの?疲れちゃった?」

 

「……ん。あぁいや、少し思い出していてね。…何の話だったかな。」

 

 

 

 少し、回想に浸り過ぎていたようで。意識を現在に向け直せば、目の前には僕の顔を心配そうに覗き込む愛娘の顔があった。何度も呼びかけて反応が無ければそりゃ不安にもなる…か。

 心配ないとの意味を込めてその綺麗な赤茶の髪を撫で、笑顔が戻ったのを確認したところで各々の椅子に座る。…今の中央にあるテーブルの周りには、ソファが二組とシングルのチェアが四つ置いてある。二人暮らしにしちゃ多いって?まぁ来客用も兼ねていてね…最近じゃ香澄の友達が訪ねて来ることもあり、こんな具合に揃えてみたって訳だ。

 専ら僕が座るのはソファ。黒い革張りの、二人掛けのソファの向かって右側だ。ここから見える窓外の風景がお気に入りで、不思議と無意識の内に腰掛けてしまう場所なのだ。空いている左側は香澄の指定席。たまに二人でダラダラする日なんかも、よくこうして二人で並んで座っている。

 

 

 

「へへ…。んとね、私達もCOSMO'sでライブ出来るようになったでしょ?」

 

「ん。お祝いもしたもんね。」

 

 

 

 COSMO'sと言えば、以前横澤さんと赴き熱狂を肌で感じたあのライブハウス。出演するためには経営スタッフ陣の厳しい審査(オーディション)を潜り抜け、その上で数組の枠に収まるよう抽選も通らなければならない。…一体誰のどんな豪運が作用した結果か、無事に全過程を乗り越えたPoppin'Partyは、一ヶ月後に迫っているCOSMO's五周年記念ライブに出演することが決まったんだっけ。

 

 

 

「あの時はみんなでここに来て、お兄さんの作った美味しい料理を食べて……ふふっ、楽しかったねぇ!」

 

「そうだね…それに皆いい子達だった。」

 

「はっ!…脱線してた。……ええと、それで、今一生懸命練習しているところなんだけど……」

 

「…うん?」

 

 

 

 直前までの緩んだ笑顔は何処へやら。急激に落ち込んだようなハの字の眉に変わり、もごもごと言い難そうに言葉を濁す。まさか、また()()…?

 

 

 

「……蔵?」

 

「ひぅっ。…………うん。…ダメぇ?」

 

「うーん………。」

 

 

 

 恐らく香澄の言いたいことは分かる。分かるが……ふむ。あまり安易に頷ける事でもないやも知れないね。

 科学・工業の発展により都市化の進んだ現代日本。当然ながら都市部の屋外で楽器を練習する場所など無く、屋内についても同様…寧ろより縛りが酷いとも言える。要はこのご時世、バンド活動をすること自体が難しくなってきているのだ。何せ機材一式とは別に、完全防音が成されたスタジオのような"練習場所"も購入する必要があるんだから。

 彼女達Poppin'Partyも例外ではなく、ただの高校生の集まりということで当然そんな資産もツテも無かったわけだ。ではどうして、そんな練習もままならない状況で審査を通り抜けるに至ったか。…それはPoppin'Partyのバンドメンバーである、市ヶ谷(いちがや)有咲(ありさ)ちゃんの一言がきっかけとなったらしい。あ、有咲ちゃんっていうのは以前新曲の件にも名前が挙がった、キーボード担当の女の子の名前だ。

 

 

 

「……沙綾(さあや)ちゃんの家の、蔵みたいな建物があれば…って事で、僕の倉庫を使ったんだったよね。」

 

「うん……。沙綾の家の庭のね、なんかすっごい立派なやつ。…あっ、お兄さんのも立派だったけどね!」

 

 

 

 沙綾ちゃん。フルネームで言うと、山吹(やまぶき)・サジュナ・沙綾(さあや)…確か日本とロシアのハーフだとか言っていたっけ。色白でブルーの瞳が印象的な、とても元気で人懐っこい女の子だった。彼女の実家が確か古物商を営んでいるとの事で、その商材を保管するための蔵を見て思いついたのだろう。有咲ちゃんも含めて、Poppin'Partyのみんなはお互いの家に頻繁に集まっているらしいからね。

 

 

 

「…別に取って付けたように褒めなくてもいいんだよ。…そうか、またあの倉庫をか…。」

 

「……だめ、だよねぇ?」

 

 

 

 正直、僕の倉庫を使うことに全く以て反対はない。それでみんなが上達できるなら、香澄が幸せになれるなら、僕は喜んで貸そう。…ただ一つ引っ掛かっていることがあるとするならば、教育的観念として、欲しがるものを何でも預けてしまって良いものかという点。

 香澄から甘えられるのは大変心地良いものではあるのだけれど、何をしようにも僕に確認を取り僕に頼り、正に僕が居ないと何も始められないような生活を送っているのが現状だ。香澄の将来を考えるという名目で態々居住地を変えて学校に通っているんだし、もう少し自立性というか、自分で考え行動する力も身に着けてほしいというのが本音だ。このまま僕にべったりじゃ、究極の判断が必要になった時に困るからね。

 そういった考えもあり、今回はもう少し粘らせてみることにした。

 

 

 

「……勿論、駄目じゃないよ?」

 

「ほ、ほんとっ?やったぁ!!」

 

「でもね。」

 

「…う?」

 

「練習するのは君たちな訳だし、前回とは違って期日が定まっているわけでも無いんだろう?」

 

「それは………そう、だけどぉ…。」

 

「きっと前回の事もあって真っ直ぐ僕の所へ来たんだろうけど…他で探してみたりはしたのかい?」

 

「う"…。」

 

 

 

 返答に困ったのか図星だったのか。妙な鳴き声のような音を発して固まり、その綺麗な瞳だけがあちらこちらとふらふらしている。

 相変わらず表情に出やすい香澄に安心感を覚えると同時に、どこの誰とも知らない連中にまで全てを曝け出してしまうのではないかと不安にもなってくる。知らない人が相手でもその分かりやすさを発揮するということは、何も隠し事が出来ないということに……と、これを考え出すとキリがないのでやめておこう。

 

 

 

「僕の方でも当たってみるから、ね?」

 

「……うん。」

 

「どうしてもダメそうで、バンドも練習しなくちゃいけなくて…ってなったら、倉庫を使うしかないだろうし。」

 

「………うん。」

 

「…頑張れそうかい?」

 

「頑張る……けど。」

 

 

 

 思えば、明確に香澄の希望を振り切ったのは初めてであったかもしれない。欲しいと言えば全て与えていたし、やりたいことには全力で協力した。だからこそ、中々この一歩目が踏み出せなかったんだし、香澄も甘えて居られたのだろうけど。…ここから香澄がどう動くのか。少しに気になる所ではある、が……今はそれよりも玄関の外からガヤガヤと聞こえる声の方が気になっていた。

 

 

 

「………あと、今日皆が遊びに来たいって。」

 

「…それはまた…来る前に言って欲しかったな…。」

 

 

 

 家じゅうまるで片付いていないってのに。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 「おじゃましまーす」と元気よく入ってくるPoppin'Partyのメンバーを迎え入れ、いつもの様に危ないことはしないようにとだけ釘を刺し自室へ向かう。年頃の女の子が集まっているんだし、僕のような部外者、しかも少し年上の男と言う何とも言えない関係の人間が居ても居心地が悪いだろう。

 ……どうでもいいことかもしれないけど、一人「ただいま」と言って居た気がする。…一体誰がそんなぶっ飛んだ事を。

 折角一人の時間も出来たということで、先程香澄に言ったようにこちらでも練習場所等を当たってみることにする。手元の情報端末を使うのも勿論方法としては間違えていないのだが、僕にはもうちょっと心強い味方が居る。最近何かと疑わしいことが多くなった()だが、結局何だかんだで情報量は武器なのだ。

 

 

 

「……Michelle。」

 

『今日も賑やかだね。セージ。』

 

「ん。……ところで、訊きたいことがあって。」

 

『まぁ、条件的には中々厳しい問題だよね。…僕の方に宛てが無いわけじゃあないが。』

 

「……また水流巻かい?」

 

『そりゃ、ボクは水流巻から生み出された物だからね。ツテもコネクションも、あるとしたら全て水流巻関係になるさ。』

 

 

 

 正直なところ、あまり徒に水流巻との接点を増やすことは好ましいものではない。あの"自己紹介"の日から凡そ半年弱、特に何か行動を起こすでも接触を図る訳でもなく大人しい弦巻こころ…いや、"Hello,HappyWorld"だったか。何を思って行動を控えているのかは分からないが、疑うとするなら水面下で何か事を起こしている可能性もある。そんな火薬溜に火種を投げ込むような真似は極力避けたいのだ。

 とは言え、このままでは香澄達のバンド問題も解決しない訳で……。こんなに頭を悩ませなければいけないのも久しぶりかもしれない。

 

 

 

『ところで、以前セージにしたお願い…覚えているかな?』

 

「…あぁ、弦巻こころを救ってやってほしい、だったっけ?」

 

『うん。……その為にも、水流巻と接点を作るのは悪くない事だと思うけどね。』

 

「そうは言ってもだな、僕の大切な香澄も関わっている事なんだしおいそれと頷くことはできない問題でもあるし…」

 

『……そうか。いや、勿論無理にとは言わない。君が願うならば、全く水流巻と関係の無いスタジオも視野に入れよう。』

 

「そうしてくれると有難いが…まだ、何か言いたそうに感じるがね?」

 

 

 

 一見正直に退いた様に見えたが、彼はきっと何か重要な事を言わずにいる…僕自身エスパーでも何でもないので直感に頼ったものにはなるが、長年の付き合いもありそう見当違いでもなさそうな予感だ。現に、僕の問いに対して暫しの間を挟んでいるし。

 

 

 

『……いやはや、付き合いの長さと言うのは時に残酷だね。』

 

「何故隠したのか、までは分からないがね。」

 

『ははは、いや、正直なのは良い事だよ、うん。つまりだね、ボクという高性能な頭脳を以てしてもやはりそこには葛藤や逡巡が生まれるといった訳だね。』

 

「…ほう、星にも心があると?そりゃ全く面白い見地だが……逸らかそうとすると、後がキツくなるぞ?兄弟。」

 

『ふふふ…あっはははははは!!』

 

 

 

 いきなり笑い出す彼に釣られて笑いそうになったが、奥歯を噛んで堪える。別に笑ってしまっても構わないのだが、今はその空気を許せそうにない。

 

 

 

『いやいや…君と話していると本当に楽しい気分になるよ。セージ。…まるで自分がまだ人間であるかのようだ。』

 

「……()()?」

 

『ははは、冗句さ。……それじゃあ一つ、現状確定している事実を伝えるよ。』

 

「あぁ、そうしてくれ。」

 

『以前Hello,HappyWorldの皆には会ったんだったよね?』

 

「ん、まあね。」

 

 

 

 やはりHello,HappyWorld絡みか。……手遅れな案件ではないと良いんだが。

 

 

 

『実は彼女らも出演するんだ。…COSMO'sの』

 

「五周年記念…ライブか?」

 

『……ん。』

 

「なんてこった……。」

 

『もう、出来てしまっているんだ。接点は。』

 

「…いや待て、確かあの時は『バンドはやっていない』と言っていたはずじゃ…」

 

『こころが何を考えたかまでは分からないけど、香澄ちゃんとは同じ学校に通っている訳だしね?』

 

「あ…。」

 

 

 

 また大切なことを見落としていたようだ。同じ学校の生徒、それもすっかり親睦を深めた友達ともなれば、香澄がバンド活動を始めたことくらい判るはずだ。その上、己の思想実現の為に僕を引入れようと画策している人間ならば?…香澄と言う"繋がり"を作りそこから陥落させていくのは定石とも言えるほど簡単な答えではないか。

 …いや、その一点に視野を狭めてしまうのではまた同じ、見落としが出来た状態での思考となってしまう。もう一つの可能性として、()()()()()()()()()()()()、とは考えられないだろうか。もしもその読みが当たっているのだとしたら、僕なんかよりも真っ先に目指すのは香澄であって、その先に在るのは弦巻こころの思想。"ユートピア"の実現…。

 正直世界がどうなろうと知った事ではないが、こと香澄が絡むのだとしたら話は別だ。僕は香澄を護ると決心したんだし、香澄に何かあってからでは遅い。…確かに"もしも"を考え出すとキリが無いのかもしれないが、愛娘に対して考え過ぎということもないだろう。

 

 

 

「……Michelle。君…謀ったな?」

 

『謀った…?違うね、こうなる運命だったんだ。偉大なる星々の導きによって、ね。』

 

「…僕の娘の人生が懸かっているんだぞ。今は君の詭弁に付き合っている暇はないんだが。」

 

『香澄ちゃんを護りたいという意思はわかるとも。ただそれだけじゃ足りない…その"意思"を"意志"にまで昇華してこその親だろう?』

 

「………僕は、どうすべきなんだ?」

 

『甘えるのは止したまえよ、セージ。君らしくもない。…君の事も、何なら香澄ちゃんの事だって、君には決める権利があるんだから。』

 

「……………はぁ。水流巻のスタジオとやらを借りることはできるのか?」

 

『うんうん、それでこそボクの親友だ。話は通しておくし、こころ達と共用で良いなら格安での提供もできるがね?』

 

「それは、僕が現地に付き添っても問題は無いものなのか?」

 

『勿論さ!保護者が居た方があの子達も安心だろうしね。…それじゃあ、手配を済ませちゃうからね。』

 

 

 

 急激に明るさを取り戻したいつものMichelleの声色に不気味さのようなものを感じつつも、頭の中では次の段階の事を考えていた。どうやら水流巻との接点に関しては、発生の避けられない事象の様だし僕も無力なりにも傍で見ることができる。その件に関しては追々詰めていくとしても、だ。

 

 

 

「あー、その…"手配"についてなんだが…」

 

『ん??……ふふっ、成程やはり君はすっかり父親だね。』

 

「ん。僕には物だけ用意してくれればいい。…どうせ、こころにもそう伝えるつもりだったんだろうし。」

 

『そうだね。繋がりを深いものにするためにも、ストーリーは大切だ。…うんうん、悪くない導入(プロローグ)だよ、セージ!』

 

 

 

 科学の進歩とは時に人をおかしくさせるもので。現在の日本で言うところのスタジオとは大きく分けて二つの意味がある。一つは言葉通りの意味・モノを指し、防音性能を極限まで高めて大音量での作業や楽器の演奏・ボーカリスト達の練習場にと、音に纏わるトラブルをこれ一つで片づけてしまうような部屋の事である。勿論この場合の部屋とは、建築された建物内に用意された一室または建築物そのものを指す。

 ところが、伸びに伸びた科学力により高級ではあるがこれを越えた"もう一つの意味を持つスタジオ"が誕生してしまった。それが「InstantDioramaPackage(インスタントジオラマパッケージ)」…通称"Sta-diO(スタジオ)"。これは手のひら大のメモリーチップのような物で、中に()()()()()()()部屋が丸ごと入っている。今の時代持っていない人は居ないとまで言われるスマホにこれを接続ないし挿入することにより、いつでも部屋のデータをホログラムよろしく投影することができるという代物だ。

 どういった仕組みだかよくわからないが、この投影された部屋には二つの大きな属性が付与される。

 一つは拡超現実。かつて「AR」と呼ばれていた拡()現実とは違い、文字通り現実の空間・体積の概念を超越して投影される。つまり、どう見ても肩幅程しかない空間に数十メートルの部屋を捩じ込ませることも可能と言う訳だ。その場合、外観的には元々スペースが空いていた部分しか映し出されていない映像のように見えるが、実際中に入ってみるとそのデータに欠けは無く数十メートル分の空間が広がっていることが分かる。

 もう一つが存在維持。投影という言葉からわかる様に部屋自体はスマホから映し出される形で指定した場所に現れる。だが部屋となれば、用途はその中に入り込む先の目的になる。…つまり、映し出す為のツールがそこから動けなければただの映像投射に過ぎない訳だ。その問題を解決すべく付与されたのがこの属性で、一度投影を始めたものは使用者が終了の指示を出さない限りそこに存在を維持し続けるというものである。これにより使用者がその場を離れる、投影物の中に入っての作業を行う等を可能としたのである。

 今回恐らく水流巻から提供されるであろうスタジオも、僕が以前Poppin'Partyに貸し出した倉庫も、共に後者の意味でのスタジオとなる。…全く以て発想の段階から狂気じみているとは思わないかね。本当に謎の尽きない製品ではあるが、この世界とは得てしてそういうものらしく、家電一つとってもそうなのだから究明のしようもない。もしかしたら、水流巻の一族が抱える科学者とは魔術師の域まで達しているものも含まれるのではなかろうか。

 

 

 

『じゃあ、向こうにはそういったシナリオで伝えておくけど……本当にいいのかい?』

 

「良いも何も、それが星々の導きなんだろう?」

 

『おや、これまた随分な詭弁を…』

 

「……先が思いやられるね。」

 

『試されるのは君だけじゃない。…ボクも、今度こそは失敗しないつもりだ。だからこそ君に手伝ってもらうことにした。』

 

「巻き込んだ、の間違いじゃないかね?」

 

『結果的にそうだとしても、香澄ちゃんを選んだのは…香澄ちゃんに選ばれたのは君なんだよ。セージ。』

 

 

 

 その後スタジオに関して、僕は香澄に何も伝えなかった。そうすべきだと思ったからね。それでも世の中と言うのは本当に上手く出来ているようで…。

 翌日、学校から帰ってきた香澄とPoppin'Partyのメンバー。彼女たちの口から聞かされたのは、

 

「弦巻こころ率いる『ハロー、ハッピーワールド!』というバンドと一緒に練習することになった。スタジオに関しても彼女等と合同で練習する為問題ない」

 

 との事だった。

 

 Michelleの手際の良さに…そして水流巻の強引とも取れる物語の組み立て方に若干引きつつも、それは水流巻と関係を持ってしまったという事実を突きつけられるような、逃げ場のない日々の始まりだったのだ。

 

 

 




ここから現代編、第二部となります。
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