新米ハンター成長記〜日々のご飯を添えて〜 作:椅子
不幸、とは、どこにでもあるものだ。
程度に違いはあれど、それは確かに、世界のどこかに存在するもの。
生きているだけで不幸だと思う人がいる。
なんでもないようなことを、不幸にしたがる人がいる。
逆に、幸せもどこにでもあるものだ。
程度に違いはあれど、確かにそれは存在する。
生きているだけで幸せだと感じる人がいる、どんなことでも『いいこと』にしようと思える人がいる。
なぜ、どうして。
自分の今を見つめること、そしてそれ。どう捉えるか、それは人々が持つ当然の権利で、当然の行為だ。
それが幸せでも、不幸せでも。
では。
突然現れた巨大な化け物に殺される。
これはどうだろうか。
間違いなく、それはとても『不幸』なことだ。
不幸の後には幸せがやってくる。
だから、その最大級の『不幸』の帳尻合わせに、最大級の『幸せ』が訪れるのは、きっと当然の摂理だろう。
彼にとっての不幸は、自らを殺す巨大な化け物。
彼にとっての幸運は、その巨大な化け物を、モンスターを一太刀の元に斬り伏せた狩人が現れたこと。
彼はその姿に憧れた。
彼はその姿に畏敬を覚えた。
ゆえに、彼がそれに成ろうとするのは、なんらおかしなことではないだろう。
あの日から、数年の月日が流れた。
少年は立派な青年に育ち、憧れた狩人への一歩を踏み出すこともできた。
未だに小型のモンスターしか狩ることのできない青年ではあったが、確かに、彼は歩み続けている。
「いらっしゃい、いつもの席空いてるよ」
いつもの、カウンター席に座る。
「あぁ、ありがと」
「タンジアビールと、モスソーセージでいいんだね?」
「うん、それで頼む」
シンと静まった路地裏。客の少ない酒場に若い男の少し低い声が響く。
赤褐色の髪に、真っ黒な瞳。顔の其処彼処にかすり傷があり、一際目立つのが右頬に走る痛々しい傷跡。
纏った鉄鎧には無数の傷や凹み。
隣に置いてある盾と片手剣。
職業『ハンター』、名をユーリ・アストレア。
まだまだ駆け出しハンターだ。
狩った経験のあるモンスターはジャギィやランポスのような小型ばかり。憧れたあのハンターのようになれたであろうか、いいや、まだまだだろう。彼ならばきっと、リオレウスですら容易に狩ってしまう。
「はい、お待ちどうさま。達人ビールと、モスソーセージね、あとこれ、サービスのムーファの乳から作ったチーズ、口に合うかはわからないけど、良ければ食べてね」
給仕の女性がニコニコと快活な笑顔を浮かべて、卓上にお盆を乗せる。
なみなみと注がれた黄金色のビール、少し曇った銀の皿に載せられているのは、黒く、網目状に焼き目のついたソーセージと、黒いカビ? がまだらについたチーズ。ベルナ村の特産品、ムーファの乳から作られているらしい。
ムーファの肉は美味いし、乳も癖があるが俺は好きだ。だが、チーズは話が別。作り手の腕が露骨に出る食べ物だし、原料のくせが一番出る。もちろん食べますけどね。
「よし、じゃあ、いただきます」
一日の終わり、狩りの成功を祝して、たった1人の祝勝会の始まりだ。
グビリと、達人ビールを一息に飲み干す。鼻を抜ける独特の苦味と、気持ちのよい炭酸が、疲れ切った体に染み渡る。
ビールの苦味が消えぬうちに、モスソーセージにかぶりつく。
水分がしっかりと抜かれ、燻製されたモスソーセージ。そのパリパリに焼かれた皮が香ばしい薫りを放つ。皮が破れると今度は、モス独特のキノコの風味の混じった肉汁。そしてプリプリとした食感のモス肉。
程よく口に残る脂を、ビールと共に嚥下する。
くはぁ、と息が漏れ出る。
「あぁ、美味いな」
意図せず声が漏れ出る。
「さて、と」
問題の、ムーファチーズに取り掛かる。黒いカビのような何か、その得体の知れなさに一瞬、手が止まる。
が、ハンターは度胸と慎重!
……どちらかというと慎重の枠に当てはまりそうな行為だが、変なものを出すような店ではない。
「ええい、ままよ!」
ちびりと一口。
「……!」
なんだこのチーズは。
ムーファの肉と同じで、独特の癖があるかと思いきや、ゴーニャチーズに比べれば臭みや独特の癖など無いに等しい。その上、今まで食べてきたどのチーズよりも濃厚で、コクも深い。これが最高のチーズ、至高のチーズか……。
これは、達人ビールで流し込んでいいようなものではない。
これがあるから、ベルナ村では"ちーずふぉんでゅ"なる、野菜や肉にトロトロにとかしたチーズを絡め、アツアツのまま頬張る。そんな贅沢な料理が生まれるわけだ。だが、このチーズはきっと、熱すれば風味がさらに深く、強く、ともすれば癖が悪目立ちする程に活性化してしまうだろう。どんな、どんな味がするんだろう。食べたい、食べてみたい。きっと、知らない、未知の味だ。
うん、そうだな、行こう、ベルナ村いこう。それがいい。
「なぁ、おやっさん」
カウンター席の向こう、こちらに背を向けて料理をしているこの店の店主に声をかける。
「なんだ、小僧」
凄みの効いた、渋い声。ハンターを始めたばかりの頃からずっとこの店に来ていたからいつのまにかお互いにおやっさん、小僧と呼び合うくらいには、仲良くなった店主さん。
「ここって、依頼受け付けてたっけ」
「ああ? あー、仲介くらいはするぞ」
「じゃあさ、ベルナ村への護衛依頼って来てたり……する?」
「知らん、ギルド行って探せ。チーズはうまかったか」
取りつく島もない、が、まぁ、平常運行といえば平常運行。
「おう、最高だったよ。ベルナ村のチーズでいいんだよな?」
「そうかい、そりゃ良かった。そうだ、ベルナ村のチーズだ。あの村の奴と知り合いでな、時々送ってくるんだ」
「へぇ……なぁ、おやっさん。ちーずふぉんでゅってわかるか?」
「あ? 知らねえな、食ったことがねえ」
「ベルナ村の料理らしくてな」
「ほぉ、どんなだ」
「肉とか野菜に火を通して、トロトロに溶かしたチーズを絡めて食べるってのらしい。このチーズ、確かに美味しいし、最高のつまみなんだが、味が濃いせいか、いかんせん単体で食べ続けると飽きが来そうでな。肉だの野菜だのと合わせて食うのもまた違った旨さがありそうだ。おやっさん、作れるか」
想像するだけでヨダレが止まらない。
「どうだろうな。作る作らないの前に、チーズがもうない」
「は?」
「お前に出したので最後だ、もともと量も無かった」
「……嘘だろ。じゃあ、なんだ。ベルナ村にいかないと食べられないってことか!?」
「まぁ、そうだろうな」
「……ぐぬぬ……」
「お前の食い意地にはほとほと呆れる。ハンターなんだ、モンスターを倒すことをもっと意識すりゃいいものを」
「あいつら倒しても腹は膨れん。狩場で食うのはあんまり褒められた行為じゃねえしな」
「そうかい。そのちーずふぉんでゅってぇのを食いたきゃ、ベルナ村行くんだな。冬になる前にいかねえとな」
「おう、そうするよ。ごっそさん、今日も美味かった」
「当然だ」
「勘定頼むー!」
「気をつけていけよ」
「あぁ」
パタパタと給仕が釣り入れを持って駆け寄ってくる。
「350zです」
「はい、チーズの分で100z追加しとくね」
「はい! ありがとうございます」
ニコニコと釣り銭入れにお金をしまったのを見て、戸に手をかける。
「じゃあ、また来るね」
「おう、狩りは死なねぇ程度にな」
「お待ちしておりますね!」
ひとまず、ベルナ村行きの竜車か、護衛の依頼見つけないとな……。
あとがきではその話で出てきたご飯の詳細や、ちょっとした小話を。
今回の料理
・達人ビール
皆さんご存知、訓練所の教官が作り出したと言われるビール。最高級のビールであり、ブレスワインや黄金芋酒などと肩を並べるほどだという。
作者はビール飲める歳じゃないから、ちょっとビールの描写わかんないんですよね。
・モスソーセージ
オリジナル……かな?
モスはご存知の通り、キノコを主食としています。生き物の肉は食べるもので香りや硬さが変わります。モスの主食はキノコ、とくに特産キノコや厳選キノコを好んで食べるモスの肉は、芳醇な香りのする最高の肉なんでしょうね。
最近のソーセージの皮は人工皮という話ですが、昔は豚の腸や、羊の腸を使っていたらしいですね。
・ムーファチーズ
ベルナ村の特産品、という設定です、おそらくあっているとは思いますが。
羊のチーズは、牛のチーズよりも臭みがなく、味が濃厚で、コクも深いという話を聞きました。これはタンパク質の種類の違いだという話です。作者は羊のチーズ食べたことないんですが、食べたことのある人の話だと、これを食べると牛のチーズが下に見える、とのことです。美味しければなんでもいい作者にはちょっとわからない話でした。
さて、今回の料理小話はここまで。次回もお楽しみに、です。