新米ハンター成長記〜日々のご飯を添えて〜   作:椅子

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毒抜きは慎重に

「あー……腹減った……」

ジメジメとした空気、生い茂る木々、水浸しの地面。止まない雨に、無数の羽虫。ここは水没林。読んで字のごとく、水に浸かったジャングルだ。

 

グルルルと唸り声を上げる腹。意思を持ったように唸り続ける自分の腹と、途方も無い空腹感に、沸々と行き場のない苛立ちが募る。

 

「クッソ、これなら干し肉の一つでも持ってくるんだった」

 

ちょっとした採取ツアーのはずだったんだが、緊急事態のせいでどうにも狩猟場から出られなくなった。

 

「なんでイビルジョーなんか……」

 

イビルジョー、恐暴竜と呼ばれ恐れられている獣竜種。

その特徴は、高い体温を維持するため、比喩なしにその地域一帯の生物を食い尽くす食欲と、どんな生物も一纏めに『捕食対象』と化す程の戦闘力。イビルジョーの強靭な顎に噛みつかれれば古龍でさえ逃れられないと言われるほど。

もう一つ、イビルジョーが厄介な理由がある。それを定住地を持たないこと。特定の縄張りを持たないということは、既に確立された生態系を文字通り破壊し尽くすという結果になり得る。そのためギルドではイビルジョーを見つけ次第監視。他のモンスターの縄張りに侵入した際には討伐依頼が出る。俺たちハンターの掟の一つに、自然との調和がある。つまり自然の調和を乱すイビルジョーはギルド、ひいてはハンターの敵だってことだ。

 

あと肉がまずい。いろんなもの食いすぎて臭い、苦い、へんな味がするという三拍子揃った要らない肉だ。雑食性の生き物の肉は大抵臭いが、その中でも群を抜いて臭い、あんなの食った日には他のものが食えなくなる。あと確か、龍属性を分解する酵素のせいでとんでもない臭いがするんだよな。すえたような刺激臭、到底口に入れたいとは思えないほどの激臭だが、匂いのきついものでも食べてみれば案外。

なんて話も聞く。あれはダメだったが。腹壊すぞ、あんなの食ったら。現に俺は腹を壊した。

おそらく最も嫌われているモンスターの一匹だろう。

 

あと、さっきも言ったようにとても危険なモンスター。俺みたいなへなちょこが勝てるわけないし、見つかったら死を意味する。いや、さっき見つかりかけて心臓止まるかと思ったが、命からがら逃げ出せて今は一安心。安心できねえけど。

 

でもキャンプから動けない。というかそもそもあいつがいなくなるか討伐されるまで狩猟場から出ることができない。

 

そして一番大事なんだが、匂いが立つとキャンプの位置がバレるから、料理できない、飯も食えない、携帯食料は本当に死にそうになった時用に取っておかないといけない。まだ我慢できるが、最悪の状況もありえる。

 

釣りでもできればいいんだが……。

竿があっても餌がない。キャンプ外に出られないから釣りミミズも取れない、と……。こんなことならルアー貰っとけばよかったよ……。

 

あぁ、寝ておこう。無駄に体力を消費する理由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「腹が減った」

 

秒で目が覚めたよ。無理、空腹我慢は無理。少なくとも俺にやらせることではないね、うん、ない。断食とか絶対ダメだわ、俺に死ねと言ってるようなものだぜ。

 

やばい、まじでやばい。目がぐるぐる回るぜ。空腹のせいで妙な虚脱感あるし、これこのままだと死ねる。

 

なけなしの携帯食料……食うか。

 

腹が減りすぎてまともに力が出ないが、それでも支給品ボックスに手を突っ込んで探る。

 

あった。

 

小さな皮巾着に入れられた拳より少し小さめの球状の食べ物。

 

様々なものをまぜこぜに、それらを蜂蜜で捏ねて固める。

 

味は最悪、栄養価は高い、大量に食うとめっちゃ太る。大量に食えるほど美味くねえけど。

どんな味かというと、まず粉っぽさが来る。いくら蜂蜜で練られているとはいえ、量が量だ、すごい、喉乾く。そして細かく刻まれ、混ぜられた薬草だの香草だの木の実だのの渋みと甘さと香り。あまりにぐっちゃぐちゃで口内がひどいことになる。

 

進んで食う人はなかなかいないが、本当に困った時は最高の物だろう。最低でもあるが。これでも味は良くなった方らしい。昔は干し魚の魚粉だとか、干した肝の粉末だとかもつなぎに使われていて、良くなってもこれとか。この不快感にさらに生臭さもプラスされていたなんて、食いたくねえ。

 

取り敢えず、妙にモチモチした携帯食料を咀嚼しながらこれからどうするべきかを考える。

 

「取り敢えず最初にイビルジョーを見たのがここだな、7番エリア。餌を探してるのか盛んに鼻をひくつかせてたな。てかあれ、俺のこと気がついてたかもしれないな。風上だったし。位置まではバレなくてよかった」

 

さらさらとマップに印をつけていく。

 

「で、おそらく次に行くのがこっち、4番エリア。こっちはルドロスとか、たまにズワロポスがいる。餌にするならこっちの1番エリアのズワロポスもいるけど、7番から1番まで戻ってくる道はイビルジョーには狭すぎるし、もしもいるならここまで音が聞こえてくるからありえない」

 

シャッシャと1番に斜線を引く。

モチモチってかモチャモチャだなこれ、喉に詰まる。

 

「それと2番エリアに移動する可能性も高い、習性からして様々なところを歩き回るタイプだろうし。つまりイビルジョーと鉢合わないように動くには8番エリアの上っ側の崖を歩いて、9番に行くしかない、か。8番エリアの上っ側の崖もイビルジョーは来れないだろうが、あそこにとどまる意味もない。

 

取り敢えずイビルジョーに鉢会うことなく食料になるものを見つける、なるべく向こうで調理してからもどる。

 

口の中のものをごくりと嚥下したならば。

 

よし。

 

「出発!!」

 

パシャリと、恐怖にまみれた一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、寒い。流石に濡れすぎた」

 

いくら温暖期の水没林とは言え、洞窟の中は冷えるし、風が吹けば冷たさが倍増する。さぶい。今すぐユクモ村の温泉にゆっくり浸かりたい。あぁ、あそこの温泉で飲む酒がまた美味いんだ。確か米から作った酒だったか、大吟醸だのなんだの言ってたな。穏やかな風味と、優しい米の甘みが、心を落ち着けてくれる。あれは温泉でこそ飲むべきものだ、異論は認めよう。

風景を肴に酒を呷る、風流ってやつだな。

 

あぁ、うん、温泉入りたい。だから生きて帰らなきゃ。美味い飯、少し酔える酒、誰かの笑い話に、暖かい笑い声。なんて事のない日常だ、だから、ちゃんと生きて帰ろう。

 

「とりあえず、だ。フロギィでも狩って食うか。毒抜きは、まぁ、失敗しなけりゃなんとでもなるだろ。道具持ってたかな」

 

この洞窟を抜けて、少しいけばフロギィの群生地。そこに突っ込むのはちょいと危険だが、その手前、見張りのフロギィを誘き出しての二、三匹ならなんとかなる。

 

ただ、ドスフロギィがいた場合はちょっと面倒だな。俺が勝てる相手じゃないから、場合によっては断念して逃げてくるしかない。

 

ズシリと、どこかで重い音が響いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洞窟を抜けた先は枯葉の積もった細道。木々はまばらだが、その分背の高い草が伸び、他のエリアとは少し違った雰囲気だ。

大型のモンスターは通れず、中型、小型であるドスフロギィやフロギィが巣にしているひらけた場所はここからしか行けない、他のルートは獣道を彷徨いながら行くしかない。

そして、大抵見張り役のフロギィが二、三匹、ここらにいるはず。

 

ビンゴ、大体4歳くらいのが1、2、3、4。あのくらいならなんとかなるな。よし、じゃあ。

 

ピピピ!!

 

竹笛を適当に吹き、注意を引く。狙い通り、体勢を低くしこちらに警戒を向けるフロギィ達。そしたら乾燥させたマヒダケ、ネムリ草を粉末状にして素材玉に込めた特性麻酔玉をちょうど真ん中あたりに投擲。湿気ないように密閉してあるけど、衝撃には弱いから簡単に飛散するはず。

 

ぶわりと広がった薄い桃色の粉末が煙状に広がり、フロギィ達を包み込む。

即効性が強くなるように調合をしてあるから、数分もしないうちに眠ってくれるはず。

 

その間にこっちはこっちで準備がある。

 

ここで調理するに従って、調味料と調理器具をある程度持ってきたから、あとは火を起こすだけ。

今回はユクモ村で打竹を、もらってきた。竹を一節に切って、そこに火種を入れたものだ。竹は燃えにくいし、火種の温度を一定に保てるから重宝する。あとは乾燥した木材でもあればいいんだけど、そう簡単には見つからないから、もったいないけど打竹の火種を多めに使う。補充したばかりだからなんとかなるはず。

 

盾を使って穴を掘り、片手剣で枝を切り、それを穴の中で炉組みしたら、真ん中に繊維状に裂いた木の皮を丸め、そこに火種を落とす。なるべく強めに、でも消えないように慎重に息を吹き込む。

 

木の皮に火が移ったらあとは全体に火が広まるのまつ、このとき無駄に炉をいじるのは禁物。

 

湿気ていなければすぐに着くが、いかんせんそう簡単にはいかない。

 

まぁ、いつもと違ってまだ食材の処理もある、火がつくまでゆっくりまってやればいい。外にイビルジョーがいるからか、フロギィ達の動きはあまり活発じゃない。ある程度までなら時間がかかっても平気そうだ。

 

 

 

よし、じゃあ次、フロギィの処理……といきたいのだけれど。説明が面倒なので割愛。

 

 

 

 

さて時間を飛ばしてフロギィの処理後。毒腺、毒腺に繋がった毒袋を取り、血中にも少し含まれてる毒素が肉に染み込まないように解毒草を丸一日浸けた水で切り口を洗いながら丁寧に血抜きをしたりだとか。解毒草水は持っておくと便利だ。解毒薬ほど効果が強くないけど、そのかわり簡単な消毒だとかに使える。

 

あ、そうそう。フロギィの毒は出血毒と呼ばれる種類の毒だ。文字通り血が止まらなくなる毒。打ち込まれれば出血多量で死ぬ。食べれば体内出血で死ぬ、なんなら臓器不全にも陥る。だから絶対に毒の処理と血抜きは手を抜いてはいけない。いかなハンターと言えども毒には弱い。

 

まぁ、諸々の工程を経て、ちゃんと食べられるお肉になりました。

 

体表の毒々しい赤色からは想像もつかない綺麗な白身。鰐とか蛇がこんな感じだな。淡白な味わいなんだろう。

 

さて、ではさっさと焼いてしまおう。久しぶりの毒持ちの処理だったから随分と時間を食ってしまった。そのおかげかしっかりと火がついてる。

 

白身はカバヤキにして食べるとうまいんだが、そんな贅沢なタレは持ってないし、匂いがとんでもないことになるから塩を振って普通に焼く。

毒消しの意味も込めてなるべくじっくりと、表面がパリパリになるくらいまでは焼いておきたい。

 

片面がしっかりと焼けたのならひっくり返して同じくらい焼く。生肉は意外と匂いがたつから、ここで全部焼いて行ってしまった方が楽か。

 

というわけで肉を焼き続けて数十分。

 

白身だから焼くと崩れやすくなるかと思ったがそうでもなさそうだ。しなやかな体を支えるしっかりとした筋肉が詰まってる。鶏肉に近い感じだな。これは塩で正解だったか。

 

ここで食ってもいいんだが、そろそろキャンプに戻らないと。

 

 

火をしっかり消して、火種を少し打竹に戻したら出発。

 

正直帰りが1番危ない気もするが、とりあえず戻ろう。肉はキャンプでも食える。

 

 

 

 

 

 

 

 

戻って来る途中は何もありませんでした。どっかでズシンズシン揺れまくってたけど終ぞこっちに近づいて来ることはなく、安心して肉が食えた。

 

で、肉の感想はというと。

 

見た目通り淡白な味だった。塩のみの味付けが肉の旨みを引き立ててくれるかと思ったが、解毒草の効果が思いの外強かったのか匂いがほとんど消えてたんだ。失敗したかな。あぁ、でも歯ごたえは楽しめた。プリプリだけど芯のある硬さというか、簡単に嚙み切れるけど、噛みちぎろうとするとほどよく押し返される弾力、繊維質だけど、それがまた食感にアクセントを加えてくれて、さらに楽しめる。多分フライが美味いのだろう。

 

まぁ、本来の目的が腹拵えと食糧難を逃れることだったから、一応目的は果たした。あと3匹分あるから五日間くらいは平気だな。

 

 

 

次は魚が食べてえなぁ。




今回のお料理(?)

・フロギィの塩焼き

フロギィって鰐っぽいなぁって思ったんですよ。多分喉の毒袋抜いて4足にしたらまんま鰐ですよあいつら、色のどぎつい鰐。
鰐の身は淡白らしいですね。爬虫類は大体淡白な身をしてるんですが、鰐は真っ赤なイメージがあった分、結構驚きました。味とかは鳥肉によく似ているらしいです。カエルとかも鳥肉寄りらしいし、蛇もそういう感じだと聞きました。本当はざく切りにして串焼きにしようと思ってたんですけど、流石に非常事態っぽい雰囲気で呑気に肉を串に刺し始めたら主人公くんヤベーやつですよ。狩猟場で料理してる時点でヤベーやつなんですけどね。

・イビルジョーの肉

作品の説明通り臭い、苦い、変な味がするの三拍子揃ったダメ食材。雑食性の生き物は酷い匂いがするのが普通なんですが、イビルジョーは食べてるものの種類と量が尋常じゃないので、多分臭いも尋常じゃない程酷いと思います。亀とかの独特の匂いは雑食性特有の匂いなんですけど、亀もなかなか酷い匂いがしますね。住んでる場所にもよるんですけど。その臭み抜きに使われるのは、薬味でお馴染みのネギとか生姜とか。モンハンの世界にありますかね、生姜。ホットドリンクに入れたら美味しいと思うんですよね。

今回はここまでですね。……お酒はまた今度、ということで。


では!また次回!

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