大日本合藩連合帝国の国教である神道とアメリカ先住民の自然崇拝は相性が良く、日本人とアメリカ先住民の関係は良好であった。また、北米諸藩の中心藩である新会津藩藩主織田泰孝(やすたか)や加州藩藩主毛利秀就(ひでなり)と言った藩主たちは、スー族のタタンカ・イヨタケ(シッティング・ブル)と親交を持っている者も多く。新越後藩藩主上杉茂憲などは親睦の集いにおいて模擬試合で上杉家の腕自慢と立ち会わせた際に勝利した褒美としてタシュンケ・ウィトコ(クレイジー・ホース)に日本刀を与えている。さらに、文棚藩藩主羽柴秀紀(ひでのり)はアパッチ族のジェロニモ(ゴヤスレイ)の娘リナを側室に迎えている。また、領民間でも先住民と婚姻を結んでいる者も多く、非常に結びつきが深かった。
対するアメリカは私利私欲で先住民との約束を反故にしたり、強制移住を強いるなど凡そ人の道に外れた行為を行い。先住民、北米諸藩からの反感を買っていた。
そう言ったこともあり、アメリカと北米諸藩の関係は決して良好ではなかった。
そして、本国の抑えで不用意な行動を起こしていなかった北米諸藩の最期の一線を越えさせる出来事が発生する。
リトル・ビッグ・ホーン河畔の虐殺であった。
スー族、シャイアン族、アラパホー族が北米諸藩の大樹神社の神官を招いて大規模な宗教儀式を行おうとした際に、それをインディアンの反乱軍と誤認したアメリカ合衆国軍が奇襲攻撃を行い儀式参加者の多くが殺害されてしまったのだ。その死傷者の中に妖精巫女(ぴちゅっただけで死んだわけではない。)が四肢を引き千切られ強姦された状態で発見されたことで、怒り狂った北米諸藩藩主たちは本国の許可を取らず独断でグレート・プレーンズへ軍を派遣し進注した。
グレート・プレーンズ進駐である。
グレート・プレーンズに進駐した第一陣は新墨藩(前田吉利)、頃蘭土藩(前田利友)、文棚藩(羽柴秀紀)であり、文棚藩は秀紀がジェロニモの娘と結婚している関係上アパッチ族の戦士たちが自主的に参陣した。
グレート・プレーンズは北米諸藩とアメリカ合衆国の緩衝地域に近く、先住民の領地として双方が認めていたものであったが、ブラックヒルズ戦争で既にアメリカ合衆国が反故にしていたこともあり、緩衝地帯としては形骸化していた。
しかし、北米諸藩に一部動員が掛かり新墨藩、頃蘭土藩、文棚藩が進駐した時点でアメリカ合衆国は連合帝国との長大な国境線の警備には平時から多くの兵士が従事していたが、全面戦争となるとアメリカ軍の装備は質、量ともに不十分だった。
何しろ、北米諸藩は職業軍人である旗本衆を国境線を並べていた。この内の新仙台藩、新越後藩、新庄内藩、阿羅斯加藩カナダ軍と対峙しており、新墨藩、頃蘭土藩、文棚藩がアメリカ国境で防備を固めていたのである。新会津藩他はその補填であった。
グレート・プレーンズ進駐に対し、アメリカ合衆国も動員がかかる。こうなってしまえば、本国からの歯止めは効かず。やらなければやられると判断した北米諸藩が国家総動員体制に移行するのは当然であった。
北米諸藩の軍勢がグレート・プレーンズに進駐し、シッティング・ブルの呼びかけに応じて多くのラコタ族、シャイアン族、ナコタ族、アラパホ族が集結しつつあった。
さらに、ジェロニモの息子ロバート・ジェロニモはアメリカ南西部でアパッチ族やナバホ族を集結させグレート・プレーンズの北米諸藩及び先住民諸部族連合と挟撃しようと動き始める。また、オクラホマ州でもチェロキー族とセミノール族、チョクトー族、クリーク族がオザーク高原に集結し始めていた。また、エスキモーの有志が阿羅斯加藩と合流し対カナダの姿勢を鮮明にした。奇しくも、北米諸藩が国家総動員体制に移行して、先住民族の多くの戦士たちがアメリカ合衆国との対決に臨む動きは合衆国政府から見て先住民も総動員状態に入ったように見えたのであった。
大樹も現地のネイティブ・フェアリー(先住の妖精)に対し対米参戦を命令、現地の妖精代表者もこれを承諾。精霊具現の妖精たちは多くの先住民を感化させ反米感情を高めた。
暫定的な大酋長に祭り上げられたタタンカ・イヨタケは虐殺のあったリトルビッグホーンの地で集まった著名な戦士たちに呼びかけた。
「やつらは我々から大地を奪い、獲物を奪い、穀物や果実を奪い、この上呼び名まで奪うのか!殺し合いは沢山だと思い、子や孫たちを生かすため、心を抑えて従ったと言うのに!?伝統、習慣、生き方全てを変えられて我々に何が残るのか!?我々には二つの選択肢があるこのまま大人しく奴隷になるか。武器を取って戦うかだ!」
さらに、その翌日にはハワイ諸島にてハワイの妖精メネフネたちによる決起が発生。ハワイ先住民をも巻き込んだ騒乱状態に突入した。また、現地の人魚族や魚人族が通商破壊を始めていた。
アメリカ合衆国大統領ウッドロウ・ウィルソンは一連の動きに危機感を抱き連邦議会に日本の侵略が間近に迫っており、国家防衛のために止む得ない措置として対日宣戦布告を求めた。
「アメリカ合衆国は、大日本合藩連合帝国による意図的な侵略行為を受けた。合衆国は、同国との間に平和的関係を維持しており、日本の要請により、太平洋の平和維持に向け、同国の幕府政府及び天皇との対話を続けてきた。実際、北米の日本人たちがグレート・プレーンズに侵攻を開始した1時間後に、駐米日本大使とその同僚は、最近米国が送った書簡に対する公式回答を我が国の国務長官に提出した。この回答には、これ以上外交交渉を続けても無駄と思わせる記述こそあったものの、戦争や武力攻撃の警告や暗示は全くなかった。
次のことは記録されるべきであろう。このグレート・プレーンズへの侵攻は日本人とインディアンが示し合わせて行ったのは明白である。数日前、あるいは事によると数週間前から、周到に計画されていたことは明らかである。この間、日本政府は、持続的平和を希望するとの偽りの声明と表現で、合衆国を故意に欺こうとしてきた。
ハワイ諸島の大反乱は、米国の海軍力と軍事力に深刻な被害をもたらした。残念ながら、極めて多くの国民の命が失われたことをお伝えせねばならない。さらに、サンフランシスコとホノルルの間の公海上で、商船団が魚雷攻撃を受けたとの報告も受けた。
昨日、日本軍とインディアンたちがグレート・プレーンズに集結した。
昨夜、インディアンたちがオザーク高原に集結した。
昨夜、インディアンたちが南西部に集結した。
昨夜、日本軍はハワイを煽動している。
そして今朝、日本軍はミッドウェイ島に上陸した。
つまり、日本は太平洋全域にわたる奇襲攻撃を敢行したのである。昨日と今日の事件が全てを物語っている。米国民は既に見解を固めており、この事件が自国のまさに存続と安全とを脅かすという事実を充分理解している。
陸軍及び海軍の最高指揮官として、私は自国の防衛のため、あらゆる措置を講ずるよう指示した。
だが我々全国民は、自国に対するこの猛攻撃が如何なる性格のものであったかを、決して忘れない。
この計画的侵略を打倒するのにどれほど時間が掛かろうとも、米国民は正義の力をもって必ずや完全勝利を達成する。
全力で自国を防衛するだけでなく、このような形の背信行為が今後2度と我々を脅かさないようにせねばならない。私のこの主張は、議会と国民の意志を反映していると信じる。
戦闘行為は存在する。もはや、国民や国土や国益が重大な危機にあるという事実を無視することはできない。
軍への信頼と我々国民の限りない決意をもって、我々は必ずや勝利を収めてみせる。合衆国に神のご加護を。」
アメリカ連邦議会は、1917年3月9日にアメリカ参戦を承認する。
4月、国境に200万の大軍を集めたアメリカ軍は国境線を超えて、日本領に雪崩込んだ。