大樹の妖精、神となり   作:公家麻呂

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106 近世 第一次世界大戦 戦争の終わり

 

 

1918年3月、ドイツ帝国はボルシェビキ政権とブレスト=リトフスク条約を結んで、ようやく東部戦線を終わらせることに成功した。

なお、この時ドイツはボルシェビキ政権に過酷な条件を突きつけ、フィンランドを独立させ、エストニア、ラトヴィア、リトアニア、ポーランド、ウクライナ及び、トルコとの国境付近の地域に対するすべての権利を得た。

 

 対する日本は実質的な白紙講和だった。と言ってもロシア帝国は今や大日本合藩連合帝国の実質的傘下国だ。

世界の対立構造は解りやすいものとなった。

大樹・アジアVSアメリカ合衆国(拮抗)、ベアード・ドイツVSイギリス・フランス(どちらも衰弱)、ホワイトロック・ロシアVSソビエト・ロシア(どちらも衰弱)だ。

 

大日本合藩連合帝国とアメリカ合衆国はお互いに気炎を上げていたが、他は音を上げていた。

大日本合藩連合帝国は北米大陸にロシア方面から抽出した兵を送り出し、アメリカ合衆国も更なる動員を決めた段階であった。

 

ロシア内戦や欧州戦線は戦闘がストライキ状態だったが、北米戦線はほぼすべての先住民が決起し、北米諸藩藩主が「城を枕に討ち死にだ!!」などと発言し手が付けられなくなっていた。

 

1918年3月25日に始まった日本軍の春季攻勢は、同時期に始まったドイツ軍の春季攻勢皇帝攻勢(カイザーシュラハト)に絡めて、大樹(ユグドラシル)攻勢と後に称されることになる。

 

大樹攻勢は本国軍、妖怪軍、大樹御料兵、北米諸藩軍、先住民連合軍で構成された100個師団を越える大規模師団を投入した大掛かりなものであった。

 

北米戦線は本国から派遣された天狗たちや飛行妖怪たちを巻き込んで日米両軍の航空戦力が今次大戦最大の大空戦を展開した。

スパッドとニューポール、ヴィッカース、ソッピースと言ったライセンス機を大量に投入した。一方の日本側の戦闘機は開戦初期はフランス製のニューポールのライセンス機(戦前にライセンスを獲得)の改修機甲式四型戦闘機を使用していたが自国開発生産の九〇式単座封用戦闘機を生産ラインに乗せることに成功し本国軍は更新済みであった。自動的にライセンス機及びライセンス機改修機は諸藩や加盟国に払い下げられている。日米の航空戦は領ではアメリカ優位、質においては日本優位であった。

また、この戦争において日本独自の兵科である航空銃翼兵が採用された。

この兵科は天狗や妖精と言った者たちが主体であった。天狗や妖精以外にも飛行能力を持つ妖怪はそれなりの数がいたが、兵科や軍隊として組織化できたのが独自社会を形成する天狗や大樹を中心とした組織を持った妖精だけであり、雑多な妖怪の部隊運用のノウハウが未成熟であった為である。そう言った妖怪たちは後に航空補助兵などとして運用が始まるが今次大戦では雑多な妖怪の部隊運用の記録は無い。

また、今次大戦で経験を積んでいた航空銃翼兵は班もしくは分隊行動が厳守されていた。

天狗の様な強い妖怪であれば航空機にも優位に立てたが、敵も1対1で戦う真似はしなくなり、複数で挑んでくるようになり自然と天狗妖精その他飛行妖怪もチームで戦う事になった。その過程で集団行動で高評価だったのが天狗や妖精(基本能天気でおバカなところがあったが紅魔館でメイドができる程度には理解力がある。後の無能の評価は不当である。)であった。

 

ナショナル・ギャラリーに寄贈されているグレート・プレーンズ大空戦の様子が描かれた絵画は近代的な戦闘機と前時代の幻想である妖怪たちの戦いの様子が描かれており、幻想と現実の過渡期の歴史的な価値が評価されている。

 

 

陸における日米の主戦場はグレート・プレーンズであった。

対ロシア戦線から転換された本国軍が投入され、アメリカ軍およびカナダ軍は劣勢となりつつあった。

 

航空銃翼兵や先住民たちが敵の戦線を抜け戦線後方に侵入し、施設破壊工作及びゲリラ攻撃を開始したことでアメリカ・カナダの戦線が混乱状態に陥った。

 

1918年4月、この大樹攻勢によってグレート・プレーンズ戦線の制空権は大日本合藩連合帝国が掌握するに至る。しかし、アメリカ軍は空軍の逐次投入や鉄道輸送を駆使して大量の増援を送り抵抗し、大日本合藩連合帝国軍のグレート・プレーンズ突破を阻んだ。

 

1918年7月、カナダ側の戦線が遂に大日本合藩連合帝国によって突破される。

前線を堅固までに固めていたが、突破されてしまう。アメリカと違いカナダは人的資源は豊富という訳ではない。一度突破を許すと歯止めが利かなかった。9月にはカナダの首都オタワにも迫ることとなり、カナダ国境を越えてアメリカ領土にもなだれ込めるようになるのだ。

 

大樹攻勢で90個師団の壊滅した合衆国軍は既に州兵の動員も決めており、悲壮な覚悟の決戦が目前に迫っていた。対する日本軍の損失も大きなものであり、約40個師団が壊滅しているので、間違っても容易い戦いではない。

 

大樹攻勢より半年間、日米の戦争は日本に勝機が見えてきた。

だが、その半年間の間に、世界情勢は大きく回天することになる。

大日本合藩連合帝国軍と同時期に始まったカイザーシュラハトは、パリを目前に攻勢が停止。その後、イギリス、フランス軍の総反撃を受けて、ドイツ軍は敗走したのである。

 

 

攻勢失敗の原因には諸説がある。

イギリス、フランス軍の戦力がドイツ軍のそれを上回ったというのが解りやすい結論だろう。

 

 なにしろ、1918年時点で、西部戦線に展開するイギリス・フランスの航空戦力は合計5000機を越えており、さらに増えつつあった。この数相手でははさすがのベアード率いる西洋妖怪軍団でも分が悪い。実際、この航空戦力の3割が対西洋妖怪軍団に充てられたと言う。対するドイツ帝国は、約3,600機を保有していたが、性能面で劣り、さらに数的な優位もなかった。

日本軍陸軍航空隊とて、イギリス・フランスからすれば、まだ田舎の空軍であると言わざる得ない規模だった。日本の航空隊は航空銃翼兵に依るところもあり機械化は遅れ気味だった。

 

日本軍が戦線投入前の戦車ですら、英仏は6000両以上保有していた。

ドイツ軍も戦車を前線に配備していたが、その数は100両足らずだった。

日本軍がシベリアで戦っている間に、西部戦線の英仏軍はそこまで軍備を高度機械化していたのである。

 

 

 

 

 

 

カイザーシュラハトの当初こそ、航空戦力の集中でフランス軍を圧倒したものの、巻き返しが始まると均衡を保つのが精一杯となり、やがて戦力が枯渇し劣勢に転じた。

上空援護がなければ地上戦がままならないのはもはや西部戦線の常識であり、ドイツ軍の進撃停止は必然だったのである。ドイツ軍の航空戦力は枯渇して二度と回復せず、英仏軍航空部隊は消耗を乗り越えて続々と戦力が増強されていった。

 

1918年のドイツの工業生産は材料の枯渇で、戦力の損失を回復することは全くもって不可能になっていたのだ。食料の欠乏はさら深刻で、配給制度を敷いて維持管理に努めていたが、配給は常に不足していた。食料を巡る暴動や略奪も頻発していた。

連合国の反攻が始まったとき、ドイツ軍に戦う力はもう残されていなかった。

第二次マルヌ会戦、アミアンの戦い、第2次ソンムの戦いと敗北を重ね連合国軍はドイツ国境に迫り、ドイツ軍首脳部に、全滅か、休戦か、2つの出口を突きつけることになった。

相次ぐドイツの軍事的敗北に驚いた幕府政府は、ベルリン大使をヴィルヘルム二世の元に送り、ドイツが単独講和しないように求めた。大樹のルートでも同様に求めたものの、

ヴィルヘルム二世は徹底抗戦を約束したものの、数日後、日本に無断で連合国と休戦することに同意してしまう。

 

1918年11月にキール軍港の水兵の反乱にはじまるドイツ革命が勃発するとヴィルヘルム二世は財宝で溢れかえった特別列車でオランダへ逃げた。ベアード率いる西洋妖怪軍団も12月にメガロ・メセンブリアより送られた大規模義勇軍の投入を機に戦闘の継続を断念し欧州各地での潜伏に舵を切った。

 

ヨーロッパの戦争は終わったのだ。

勝利が見えた矢先に敗戦の兆しが見えた。

 

大日本合藩連合帝国は、全世界を敵に回すことになった。

 

 

 

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