大樹の妖精、神となり   作:公家麻呂

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16 欠史の時代神性の希薄化

 

神武東征が終わり、大樹の国は完全に大和朝廷の支配下にはいった。

私自身、大樹の本社と難波宮近くの分社を行き来することが増えた。

 

この時代は歴史書に記すにはあまりにも過酷すぎる時代でもあった。

 

神奈子らと一緒に大国主神に対し国譲りを迫ると、大国主は息子の事代主神が答えると言い自身は政治より手を引いてしまう。天津神に完全に大和の国を渡してしまう事に対する僅かばかりかの抵抗であった。事代主神は大和朝廷に従う姿勢を崩さず。

 

ひとまず、大和朝廷は安定化していく。ただし、この世の穢れは広がっていき天津神の高天原への退去は進んでいき、国津神たちの顕在化をも阻むものとなった。

 

神武天皇の崩御後、手研耳命は異母弟の神八井耳命・皇太子神渟名川耳尊(のちの第2代綏靖天皇)を害そうとしたことから始まる天皇後継争いによって権威の低下がみられたのだ。

また、神武天皇以降の天皇はその神性を失いはじめ、瓊瓊杵尊が木花之佐久夜毘売のみを娶り石長比売を送り返したせいで岩の様な長寿を得られなかったせいなのか。神武以後の天皇の寿命が縮まり始めた。

 

そう言った神々の弱体化はその威に抑えられていた異形の者たちを活発させた。

それは海向こうでも同様であり、西洋神話の神々も各々の世界に戻って久しく世は乱れていた。この時代に異形(妖怪)が人を襲うのが自然の摂理と言う定説が根付いた時期でもあった。

 

さらには海の向こうから同胞たちがこの大和の国を目指して大移動を始めたのだ。東方の地で確固たる地位を手に入れた妖精女王の下に集まるために・・・。そのせいなのか海向こうの土地は広さの割に思ったより緑に乏しくなっていくのである。

 

欠史八代とも呼ばれたこの時代は記録が少なく、後の世に伝える余裕すらないほどに乱れた時代であった。

 

このままでは、大和朝廷存続の危機であった。そんなころに生まれたのが日本武尊であり、彼は八岐大蛇の討伐や最初の蝦夷討伐、西の勢力の沈静化など先祖返りではないかと思う程に高い戦闘力を持っていた。彼の欠点を上げるとただ一つ究極的に指示待ち族だったことだろう。

 

尊・・・、西に不穏な動きがある。牽制できぬだろうか?

「はい!大樹様!」

 

しばらくして・・・

「大樹様!熊襲の首をお持ちしました!」

 

私が言ったことには恐ろしく忠実(曲解)なことであり、西で不穏な動きをしていた弟熊襲健の討伐を命じれば迷いなく行い、普通ならたじろぐような八岐大蛇討伐すらやってのけた。

 

彼の武威をもってして、不穏な空気を振り払ったのです。

これ以降は現代に至るまで、緩急はあったものの歴史は流れていくのでした。

そして私自身も、妖精としてよりも為政者としての自分が強くなっていくのでした。

いえ、少し違うかもしれませんね。でも、似たようなものよ・・・。

 

 

 

 

 

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