「人間五十年・・・下天の内をくらぶれば・・・夢・・・幻の如くなり。・・・・・・・・・・・・些事に囚われた生のうちに、欲するものを掴めるか。・・・・・・否・・・・・・ただ心の欲するままに、この野望、遂げてみせるっ。」
空が曇り、雷鳴が轟く。
そして、雨が降り勢いは増し豪雨となる。
信長は軍を進め、義元の陣を見つけ出す。
「全軍、聞け!この雷雨だ、敵はまだ我らに気付いておらぬ!この好機を生かし、敵本陣に切り込む!願うは、義元の首ただ一つ!全軍!掛かれ!」
信長は2000の兵を率いて義元の付近の諸隊もろとも突き破り、本陣へ切り込んだ。
今川軍は突然の襲撃に混乱した。小勢の織田軍が大軍を翻弄している。
信長の兵は、敵総大将、今川義元の姿を探した。この戦いは、義元を倒せるか否かにかかっているのだ。
天の導きか。
雲の切れ間から光が注ぐ。
「天が我らに味方しているぞ!あそこに義元がいるぞ!進め!」
彼らは導かれるままに、光を目指した。
その先で遂に信長たちは義元を見つけた。
「寄るな!下郎め!」
義元は槍を持った兵士達に包囲される。
「御覚悟めされ!」
兵士達の槍が義元を捕らえた。
「うぐっ!!」
今川義元は桶狭間に散った・・・
「義元討ち取ったり!」
「「「えい!えい!おー!!」」」
伝令とともに歓喜の声が戦場を走る。
織田信長は奇跡的な勝利を得たのである。
桶狭間からの帰路で信長は行きに立ち寄った大樹神社へと立ち寄った。
「そこの、この社に巫女の童女がいたはずだが?」
「はて、そのようなものはおりませぬが?ここは神主が亡くなってから誰も。時折、自分ら村の者らがくるだけです」
村人の言葉に信長は、天を仰ぎ呟いた。
「まさに天の導きであったか。」
信長は銭を賽銭箱に放り込み、再び帰途についた。
秋、信長は那古野の桃園大樹宮へ参拝する。
信長は家臣たちを伴って、修繕のための寄進を行い新嘗祭の祭祀に参列した。
神饌や供物、幣帛が奉げられ、神主が祝詞を読み上げる。
『掛けまくも畏き 大樹野椎水御神 无邪志国の大樹の袂に 禊ぎ祓へ給ひし時に
生り坐せる祓戸の御神 大地の禍事・厄・穢 有らむをば 祓へ給ひ清め給はり 民諸々の感謝の意を 受けたまへ。』
祭礼の大半が終わり、参列者たちは桃園大樹宮の神楽堂の周りで宴会を始めていた。
桃の木々の木陰で各々が酒を飲み、民たちが用意した料理に舌鼓を打った。
信長も酒を飲み酔いが回り、少しばかり酔いを醒まそうと比較的静かな本殿の裏で休もうと裏に回ると、いつぞやの幼い巫女が縁側で平べったい形の悪い桃を頬張っていた。
「むぐむぐ。」
「お前はいつぞやの巫女ではないか。息災であったか?」
「ごほごほ!?」
巫女は信長に声を掛けられてたいそう驚いたようで、咽込んでしまった。
信長は巫女の背を擦ってやり、水筒の水を飲ませる。
「大丈夫か?巫女よ。」
「けほけほ、あ、ありがとうございます。」
信長は巫女が落ち着くのを待ってから話しかける。
「お前は、ここの者であったか」
「そう言われればそうですね。私、織田様が神社を去った後、御勝ちになるまで神楽舞を舞ってお祈りしていたんですよ。勝てて良かったです。」
信長は彼女との会話を続ける。
「お前の様な、小さい巫女ではどこまで効いたのか疑問だがな。」
「あうぅ・・・。」
信長は彼女の頭に手を置いてワシャワシャと撫でると笑った。
「わっはっは!冗談だ!お前の祈りも効いたのだろうよ!このうつけだけでは神も見捨てたかもしれんからな!」
彼女は少し頬を朱に染めて、答える。
「尾張の民を飢えさせず豊かにしている織田様ですから、大樹野椎水御神は頼まれなくても織田様を助けてくれたと思いますよ。きっと次の戦もその次も頼まれなくても助けてくれますよ。」
信長は立ち上がり、彼女に語り掛けた。
「嬉しいことを言ってくれる小娘よ。そういえば、大樹野椎水御神は護国の神でもあったな。
見ていろ小娘、俺がこの日ノ本の民全てを、尾張の民のように飢えなく豊かにしてやる!」
「ふふ。」
彼女の微笑む声に振り返ると彼女の姿はなく桃が残っていた。
信長は縁台に置かれた桃を齧った。
「いない。話の途中でいなくなるとは小娘め、・・・・・・甘いではないか。」
斎藤道三亡き後、信長と斎藤氏との関係は険悪なものとなっていた。
桃園大樹宮での祭礼の後、桶狭間の後も両者は激しく対立していた。道三を討った義龍が急死し、その息子龍興が後を継ぐと信長は好機と見て攻勢に出て、伊勢にも手をかけ始めたのであった。