大樹の妖精、神となり   作:公家麻呂

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53 大樹信長記 一乗谷陥落 朝倉家滅亡

長政が織田方に付き朝倉家へ同盟解消の使者を出し、久政の影響を排除するため多くは出せないが援軍を送る旨を浅井家の使者から聞いた信長は、満を持して朝倉攻めに取り掛かった。

 

元亀元年(1570年)、織田軍は天筒山城、金ヶ崎城、木の芽峠、疋壇城、栃木峠と次々と陥落させた。敦賀を抑えた信長は朝倉攻めのためにさらに兵を動員した。

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信長本隊3000、柴田勝家4000、丹羽長秀2000、池田恒興1000、前田利家1000、佐久間信盛3000、木下秀吉2000、明智光秀2000に加え、摂津の池田勝正2000、荒木村重1000、朽木谷の領主朽木元網500、浅井より援軍の阿閉貞征1000、田中吉政500、藤堂高虎500、徳川家康率いる5000を持って朝倉へ攻め上がった。

この兵力を持って日野川に沿って攻め上り小丸城を落城させ、越前府中と足羽山に布陣した。

 

ただし、柴田勝家の軍勢は若狭・武田元明の下へ反旗を翻した武藤友益討伐へ向けられたが、この頃には若狭武田家との武藤討伐は完遂され、勝家は若狭武田氏の軍500を加えて朝倉攻めに加わった。

 

織田方約2万9000は足羽川を挟んで朝倉軍と対峙する、朝倉軍を率いて出ていたのは朝倉景鏡と朝倉景健、朝倉景恒率いる軍勢であり、それぞれの周囲に魚住景固、河合吉統、富田長繁、前波吉継、鳥居景近、高橋景業、加藤新三郎と言った朝倉諸将が布陣。後方に朝倉義景の本隊が見えた。

義景ら朝倉一門が3000づつ、朝倉諸将が2000づつで合計2万6000であった。

 

この戦いは織田としては想定外でもあった。朝倉の諸城の抵抗があまりにも弱く、面白いように道が開け、あれよあれよと一乗谷まで迫れてしまい。あと一押しで朝倉を滅ぼせると判断した信長は、若狭に向かった勝家や若狭武田氏、摂津の諸将、徳川家へ援軍を求めるに至った経緯があった。

それが困る訳ではなく、いずれは滅ぼす相手である朝倉の命日が早まっただけであった。

 

織田が渡河を始めると当然、朝倉軍は渡河の妨害を行うためにさほど深くない足羽川の河周りが戦場となった。

だが、この戦いは織田の有利であった。

 

「ぎゃ!?」「あ、足が!」「お、溺れる!!」「助けてくれ!!」

 

戦いの途中、大樹を介して河童氏族の長である水虎河童の仲介で足羽川、それに繋がる九頭竜川、日野川の河童たちが織田方に味方をし、朝倉方の兵を川底に引きずり込んだ。

 

渡河を終えた織田軍は朝倉方を追い詰めていく。

 

「おのれ!信長!化け物どもまで引っ張り出して朝倉を滅ぼしに来たか!!」

 

大太刀を構えた大柄の侍が三人、迎え撃ってきた。

真柄直隆と弟・直澄、子・隆基であった。

人間がやったとすれば相当な数の織田兵が倒れていた。

 

彼らの相手をすることになった秀吉は、大声で指示を出す!

 

「銃で穴だらけにしろ!あんなの相手にできるか!」

 

よく見れば、河童たちも何人か倒されている。

河童と言えば相撲が得意な力自慢でもある。この前自分を突き飛ばした若々しい少女の河童ですらあれだけの怪力だったのだ。大人の河童は相当なはずであり、それを倒した真柄一族は超怪力の持ち主であるはずだ。

 

秀吉お抱えの河童銃兵が一斉に銃を射かける。いくら個人の勇が優れていても殺到する鉛玉には勝てず。秀吉の言葉通り穴だらけになって真柄一族は断絶した。

 

一時押し返した真柄一族が全滅したのを見た朝倉軍は混乱を極め潰走し始める。

 

「この戦、勝ったぞ!もっと、攻めよ!」

 

一方の朝倉義景は

 

「このままでは、織田がここ押し寄せ討ち取られてしまう。一乗谷へ退却する、一乗谷に籠れば安全じゃ!」

 

立ちはだかる朝倉の兵を草でも刈るかのようになぎ倒していく織田軍を恐ろしく思ったのであった。義景は足利義昭の口車に乗るべきではなかったと、今更ながらに後悔した。

 

 

 

 

 

朝倉軍は一乗谷に籠った。

織田軍はそれを包囲した。

 

「大樹様の号令にて、近隣の山々より妖怪どもが集まって来ております。包囲軍に加えてはいかがでしょう。」

 

提案してきた池田恒興の案に、丹羽長秀がさらに付け加える。

 

「調略を入れましょう。」

「長秀・・・して、誰を?」

 

信長の問いに長秀は稚拙な発言だと思いつつ淡々と答える。

 

「誰でも良いでしょう。伝手のある者すべてに、降参すれば本領安堵の条件で、知人、親族、何でもです。知っている限りの人間に使いを送れば、だいたいが調略に掛かるでしょう。」

 

一乗谷の人々は恐怖に震えた。

一乗谷を取り囲む織田軍と有象無象の妖怪達、空には天狗や化け鴉、唐傘お化けが宙を舞い。

まるで、この世の光景ではなかった。

それを見た人々の中には恐怖のあまり発狂する者すら現れた。

今の朝倉は昔の織田以上の弱兵であり、戦場の経験がある物も少なかった。そんな彼らが久しぶりに戦った相手が織田軍であったのはもはや悪夢でしかなかった。

 

 

「返り忠の儀に於いては本領安堵の事約定致す者也」

「左衛門督が御首級持参の砌は恩賞を宛行う者也」

 

朝倉方には織田の盟友である浅井と関係の深いものが多い。

数日も待てば、朝倉方は面白いように調略に掛かっていく。

朝倉の重臣から内応返信が返ってくるようになり、さらに数日建てば雑兵たちが塀や堀を越えて逃げ出し始める。

 

さらに日が経つと一乗谷内で雄たけびが上がる。

この現状に精神の限界を迎えた者たちが身の安全を確保するために朝倉義景に反旗を翻したのであった。

 

蜂起した者の中には、朝倉一門の景鏡もいた。

 

「化け物どもに殺されたくなくば!義景の首を手土産にするしかないぞ!!」

 

朝倉家重臣前波吉継は目を血走らせて、義景を探して一乗谷を掛けまわった。

 

「いたか!」「ここにはいない!義景め!どこに隠れた!!」

 

一方からやってきた魚住景固も抜き身の刀を握ったまま吉継に話しかける。

ふたりは諦めて、一乗谷の門を開けて織田を迎え入れることにした。

この功績を持って本領安堵を約束させようとしたのであった。

 

義景の首を上げたのは朝倉家家臣の堀江景忠であった。

まず最初に義景を見つけたのは富田長繁であった。

彼は偶然にも一乗谷で逃げ回る義景を発見し、自分の横に着けていた一刀流の有段者である親族の景政と共に義景の供廻りを一刀両断した。

 

しかし、義景はその隙に逃げてしまったのであった。

その騒ぎを聞きつけた堀江景忠は、義景を見つけて背後から飛び掛かり持っていた脇差で義景の喉を掻っ切った。

 

「死ねやぁああああ!!」

 

 

義景が討たれたことを知った朝倉義鏡は、一門である自分の身を案じて同じく一門の景恒と景健の首を手土産に織田に降伏した。

 

唯一、朝倉景紀だけは意地を見せ僅かな手勢で織田軍に切り掛かりその中で果てた。

多くの家臣から裏切られ名門朝倉家の最期としては、あまりにも情けない最期であった。

 

 

 

 

 

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