飼っていた芋虫がモスラとして異世界召喚された話   作:GT(EW版)

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 繭になったところでエタったらカイコ的に美味しいかもと思ってしまった。
 まあエタらないんですが(´・ω・`)


もすもす

 

 

 ――近づいてくる。

 

 巨大な影が密林の木々を薙ぎ倒しながら迫ってくる姿は、祭壇の上からはっきりと確認することができた。

 こうして近づけば近づくほど、モラにはその影の強大さが理解できてしまう。

 まるで山だ。あんなものは山が自らの意思を持って自在に動いているようなものだ。人間の手ではどうやっても抗うことの出来ないその威容は、彼ら「怪獣」が生物ではなく自然災害の類なのではないかと感じるほどだった。

 

「レオちゃん……早く……早く……!」

 

 モラは今、恐怖に震える心をお互いに支え合うように、ベラと手を繋ぎながら祭壇の上に立っていた。

 そんな二人の前には五十メートル近い大きさを誇る球形状の物体が鎮座している。

 

 それは、白い糸を幾重にも折り重ねて作り出した巨大な「繭」だった。

 

 繭は今その中で心臓が脈打つようにトクトクと光の明滅を繰り返しており、インファントの希望が覚醒を迎えようとしている様子を窺うことができた。

 

 モスラ――その繭はモラの飼いイモムシである「レオちゃん」が、急速的な巨大化の果てに作り出したものだ。

 モラが見守る中、夜通し不休で歌い続けたベラの声に呼応するように、レオちゃんは変態を遂げた。ベラが言い張った当初は信じがたかった言葉の全てを肯定するかのように、モラのカイコは瞬く間に人間の大きさを凌駕すると、そのまま二十メートルにも及ぶ超巨大カイコへと生まれ変わったのである。

 

 そこで体長の変化が頭打ちになると、レオちゃんはグイッと背中を反り上げるように天を仰ぎ、その口から白い糸を放出した。

 

 まるで消防車のポンプのように豪快に糸を吐き出し続けると、レオちゃんは予定通りこの祭壇に繭を作ったのである。それは思わずモラが声を失うほどに、神聖な光景だった。

 

 それから数時間が経過し、今に至る。

 あの繭の中では今、レオちゃんが懸命に成虫になろうと頑張っているのだろう。

 ベラの話によれば繭の中が明滅し始めたのは羽化の時が近くなっている証拠らしく、今日中には覚醒する筈だとのことだ。

 

 しかし……それでも、この状況ではあまりに遅かった。

 

「アンギラス……!」

 

 この祭壇に向かって一直線に向かってくる巨体を見据えながら、ベラが憎々しげにその名を呼ぶ。

 黄金の大怪獣アンギラス。踏みしめた地を氷漬けにしながら向かってくる姿は圧倒的な存在感を放っており、数キロメートル離れていても余裕で視認することができた。

 これまでベラが歌い続けた成果は間違いなくあり、彼女はモスラ――レオちゃんの成長スピードは文献や壁画に残っていたどのモスラの記録よりも早いと言っていた。

 しかしアンギラスの方もまたそんな大怪獣の存在をはっきり認識しているかのように、最優先に潰しに掛かるように彼女らの前に現れたのである。

 アンギラスの接近により一層強まった冷気に凍えながら、モラとベラがお互いに温め合うように繋いだ手をギュッと握り直す。

 

 このままでは、羽化まで間に合わない……そのことを理解しても彼女らはまだ、繭の元を離れるわけにはいかなかった。 

 

 そしてそんな巫女たちの思いに応えるように、アンギラスの四方から矢が飛び交った。

 

ベラさまたちからはなれろ!

おまえのあいてはおれたちだ!

 

 それはインファントの民による、勇敢にも無謀な攻撃だった。

 矢は黄金の表皮に刺さること無く弾かれ、それどころかアンギラスは攻撃されたことにも気づかず進行を続けている。

 だが、それでも彼らは一秒でも長く繭から注意を逸らす為に、絶え間なく矢を放ち続けた。それが自分たちの本懐であり、使命だと言うように。

 

「みんな……」

『馬鹿っ! 離れなさい!』

 

 アンギラスがほんの少しでも鬱陶しさを感じれば、一瞬にして彼らは全員命を落とすことになるだろう。ハリケーンに向かって矢を放とうとどうにもならないのと同じように、彼らによる黄金の大怪獣への抵抗は何の成果も挙げられなかった。

 そんな彼らに向かって声を荒げるベラに対して、護衛のリーダーが右手で制しながら言った。

 

 ――今のうちに、歌を!

 

 言語はわからずとも、言い放たれた言葉のニュアンスはモラにも伝わった。

 その声にハッと息を呑んだベラに微笑みかけた後、彼もまたアンギラスの元へ走り加勢に向かっていく。

 彼らには彼らの役目があり、ベラにはベラの役目がある。

 モスラの巫女であるベラの役目とは、エリアスの血を引く巫女として神に聖歌を贈り続けることだった。

 

『……モラさん。貴方はここから……』

「言わないで、ベラさん。私も一緒にいるよ」

『……ありがとう……ございます……っ』

 

 貴方は逃げてというベラの言葉を、彼女が言い切るよりも先にモラが拒む。

 その言葉を受けて目尻に滲んだ雫を拭いながら、ベラは再び繭の元へと向き直り、その巨大な姿を見上げた。

 歌とは元々、体力の消耗が激しいものだ。

 仮眠を挟んだとは言え流石の彼女も声が掠れており、気温も相まって身体に限界が来ていることは誰の目にも明らかだった。

 できることならば、モラも一緒に歌ってあげたかった。インファントの言語さえ発声できれば、存分に助けになりたいと思っていた。

 今この場に及んでも、自分にできることは傍で祈ることしかできないでいる。そんな自分の無力さが、モラには悔しかった。

 

『……これが、最後の歌です……』

 

 握ったベラの手が震えているのは、決してこの寒さだけが理由ではない筈だ。彼女とて怖いのである。

 恐怖心を押し殺してまで、ベラはこの場に留まり繭に聖歌を届けている。

 モラはそんな健気な彼女に、ある種の憧憬を抱いていた。

 この子は絶対に死んじゃ駄目だと思い、いや、ここにいる人々を誰一人死なせたくないとモラは思った。

 

(神様、お願い……!)

 

 だからモラは祈った。自分の力ではどうすることもできないとわかっているからこそ、ただ縋った。

 奇跡でも、魔法でも何でもいい。今まで生きていてどの神にも信仰を捧げたことのなかったモラだが、この時一途に願ったのである。

 

 ――そしてその祈りは、通じた。

 

 

 それは、突然の現象だった。

 大地が揺れる。

 インファントの地がアンギラスの歩行とは異なるリズムで動き、モラたちが立っていられない強烈な震動を巻き起こしたのである。

 

「……っ、じ、地震!? こんな時に……っ」

 

 亀裂の走った祭壇の地に膝をついて堪えながら、モラは突然の現象に顔を歪める。

 ベラが最後の聖歌を贈ろうとした矢先に、自然現象までもが敵に回ったのかとモラの心が絶望に染まる。

 

 しかしその絶望は希望であることを、彼女らは直後に思い知ることとなる。

 

『……あれは……』

 

 大地の震動が最大限に達したその瞬間、白雪の降り積もった地は真っ二つに裂けていく。

 そして裂け目の中から這い出るように、くすんだ緑色の山が姿を現した。

 

 ――否、それは山ではなく、怪獣だった。

 

 地中から現れ出た緑色の物体はまず最初に大鎌のような前足をせり出すと、次に橙色の複眼が輝く頭部、細身の胸からかけて伸びていく四本の後ろ足を現して地表に踊り立つ。

 モラたちのいる祭壇と向かい来るアンギラスの間に割り込むように出現したその怪獣は、威嚇するように大鎌を広げながら背中から巨大な羽根を展開した。

 そして、甲高い咆哮を上げる。

 

「また怪獣……?」

 

 山の如く聳える後ろ姿を見つめながら、モラは新たなる大怪獣の出現に愕然とする。

 昆虫のカマキリに似た姿を持つその怪獣は、まさしくその通りの名称だった。

 

『カマキラス……』

 

 その名前を呟いたベラの声に呼応するように、カマキラスと呼ばれた大怪獣は四本の足で大地を蹴ると、一直線にアンギラスへと飛び掛かっていく。

 アンギラスもまた自分と同サイズの敵の出現には無視を決め込むことは出来ず、取っ組み合いになった二体の怪獣はそのまま交戦状態に入った。

 

 両刀怪獣カマキラス。

 体長は約90メートルで、体高は約40メートル。推定体重は2万トンにも及び、鎌の大きさだけでも20メートルある正真正銘の大怪獣である。

 

 それはメガヌロンやメガニューラと同様、先代のモスラ亡き後この島に住み着いていた存在であり、インファントの民を脅かしていた怪獣の一体だった。

 もちろん、過去に被害に遭った民も多いと言う。しかしそんなカマキラスが今このタイミングでモラたちの前に現れ、勇猛果敢にアンギラスへと襲い掛かったのである。

 それはまるで、アンギラスの手から繭を守っているかのような行動だった。

 

「レオちゃんを、守ってくれるの……?」

『……どうなんでしょうか……真意はわかりませんが……』

 

 ただ単に自分の縄張りであるインファント島に侵入してきたからか、はては住みやすかった温暖な気候を一変させた元凶が相手だからか。怪獣であるカマキラスが同じ怪獣であるアンギラスを敵と認識し襲い掛かる理由などは、動物的に考えても多岐に渡る。

 しかし今この時のモラとベラには、感傷的な思考を抱かずにはいられなかった。

 

『今は、ありがたい……』

 

 先代モスラ亡き後の島を荒らし、我が物顔で歩き回っていた一体であるカマキラス。

 インファントの民からしてみればアンギラス同様忌むべき存在であったが、今はその背中が救世主の如く頼もしく見えた。

 人間とは、つくづく現金な生き物である。カマキラスの登場に喜んでしまった己を恥じるように口元を引き締めたベラは、今度こそ最後の聖歌を繭に唄った。

 

 

 

 

 

 

 突如姿を現した思わぬ援軍、カマキラスの出現は間違いなく状況を好転させた。

 巫女たちの護衛たるインファントの民は二体の激突から巻き添えを食わぬよう一時後退しつつ、やぶれかぶれな思いで両刀怪獣に声援を送っていた。

 

「いけー! カマキラスー!」

「いつもムカついていたが、今は頼もしいぜ!」

「頑張れ! 頑張れカマキラス!」

 

 今彼らの前に広がっている光景は、怪獣同士の殺し合いだ。

 カマキラスもまた人を害する凶悪な怪獣であり、断じて人間の味方ではない。

 彼ら人間にとってこの戦いは、勝った方が自分たちの敵になるという残酷なものだった。

 だが、そんなことはこの場に留まった全ての者が理解している。

 理解してもなお、アンギラスを止められるのはカマキラスしかいない現状をわかっていたのだ。

 

 全長100メートル級の怪獣同士が取っ組み合い、大気が弾け大地が割れる。

 

 カマキラスがその大鎌でアンギラスの皮膚を切り裂こうと前足を振り下ろせば、アンギラスはまるでプロレスのヒールのように堂々とそれを迎え撃つ。

 昆虫型故に華奢な体型をしているカマキラスだが、岩石すら両断する威力はインファントの民も知るところである。あの空の大怪獣同様、島ではメガヌロンやメガニューラを捕食しながら暮らしているヒエラルキー上位の大怪獣だった。

 そんなカマキラスの大鎌が、最も鋭利な先端からアンギラスの肩部に食い込んでいく。黄金の皮膚の一部が削れアンギラスも鳴き声を上げたことから、その攻撃がダメージを与えていることがわかった。

 

 ――だが。

 

「駄目だ……」

 

 歓声に沸き立つ一同の中で、巫女の護衛たちのリーダーである男が苦渋の表情で呟く。

 大鎌の攻撃が通じたと思った次の瞬間、アンギラスはその顎でカマキラスの前足を噛み掴むと、二本の後ろ足で立ち上がりながらカマキラスの身体を豪快に持ち上げたのである。

 約二万トンに及ぶ巨体を軽々と宙に浮かせたアンギラスは、その勢いのままカマキラスを雪の地面へと叩きつけた。

 今まで聴いたことのない轟音が響き渡り、その余波だけで全員が雪の地に転げ回っていく。

 

「そんな……」

 

 民の一人が絶望に染まった声を漏らし、這い蹲りながら言葉を失う。

 アンギラスとカマキラス。両者の力の差は、見た目以上に大きかった。

 地面に叩きつけたカマキラスの腹部を、立ち上がる隙さえ与えずアンギラスが踏みつける。

 カマキラスから身の毛もよだつような鳴き声が上がる。それは、人間が上げるものと同じ「悲鳴」だった。

 怪獣同士の戦いであり、カマキラスが人間の味方でないことをわかっているにもかかわらず……それは大の男たちすら目を背けたくなる一方的な蹂躙だった。

 

「あのカマキラスが、手も足も出ないなんて……」

「なんて奴だ……!」

 

 巫女ベラは絶望的な戦力差を事前からはっきりと口にしていたが、アンギラスの戦闘能力は全て彼女の言う通りだった。

 この島に住むどの怪獣たちでも、アレに太刀打ちすることはできないのだと。

 それこそ島全ての怪獣が束になって掛かったとしても、勝てる可能性は塵一つないと感じてしまうほどに、アンギラスは圧倒的だった。

 

 千年龍王――かの怪獣がその二つ名を冠している理由を、この時彼らは目の当たりにした。

 

 だが、だとしても……

 

「……いくぞ、カマキラスを援護する」

「よ、よし……!」

 

 震える心を押し殺しながら、立ち上がったリーダーは自分たちにできる最も愚かで最良の選択を行った。

 怪獣同士の戦いに割り込むことで、己を含む全員が巻き添えを喰らい、命を落とすことになるだろう。

 しかし、彼はそれでも構わなかった。全ては自分たちの敬愛する小さき長の為、一秒でも長く時間を稼ぐ。今こそ己が命を燃やす時だと、先代から巫女を守る為に生きてきた彼らは皆覚悟を決めていた。

 破裂音と青い血飛沫を撒き散らしながら、マウントを取ったアンギラスの顎がカマキラスの大鎌を左足ごと捥ぎ取っていく。

 そうして咥えたそれを無造作に投げ捨てると、今度は完全に息の根を止めるべくアンギラスはカマキラスの喉元目掛けて前足を突き付けた。

 このままカマキラスがとどめを刺されてしまえば、今度こそアンギラスへの対抗手段が無くなってしまう。

 

 ――そんなことは、させない。

 

「おおおおおおおっっ!!」

 

 弓矢の射程内に入った瞬間、インファントの男たちは自らを鼓舞するような雄叫びを上げながらその矢を一斉に放った。

 ダメージを与えられないことはわかっている。少しでも気を逸らせればいい。

 それでも命がけで引き絞った彼らの矢は、一本も外すことなくコツンとアンギラスの爪に命中した。

 これ見よがしに視界に割り込んできたからであろう。アンギラスはその時、初めて自分が小さき者たちから攻撃されているのだと理解した。

 

「…ふっ……美しい顔じゃないか」

 

 目と目が合う。

 カマキラスの喉元に向かって前足を突き付けた体勢のまま、こちらに目を向けたアンギラスと視線が交錯する。

 その時、護衛たちのリーダーである男は自らの死を悟った。しかし、不思議と恐怖は無い。

 

 黄金に輝く龍王(アンギラス)の顔を、不謹慎にも「美しい」と感じたからなのかもしれない。

 

 それこそ生まれた地がこのインファント島でなければ、アンギラスこそが光の神だと信仰していたのかもしれない。

 その口から零れ落ちたのは苦笑だ。

 思わず見とれてしまった己の心を恥じながら、彼は親指を下に向けながら龍王に叫ぶ。

 

「だが、この世で一番美しいのは我らの長だ! 覚えておけド外道っ!」

 

 どこか満足した気持ちに浸りながら、彼は黄金を見上げる。

 そんな小さき者たちに向かってアンギラスは無感情に、彼らを踏み潰すべく自らの尻尾を振り上げた。

 

 しかし、尾は最後まで振り払われることなく停止した。

 衝動的に、アンギラスが動きを止めたのである。

 それは思わずと言うような、どこか人間にも似た反応だった。

 アンギラスは自身が支配しているこの島で、決して見える筈のないものが現れたことに驚いた様子だった。

 

 

 ――それは、眩いばかりの太陽の光だった。

 

 

 

「空が……晴れた……?」

 

 護衛の一人が天を仰ぎ見ながら驚愕に呟く。

 白銀に染まっていた筈の極寒の島から、雪が降りやんだ。

 見上げれば雪雲に覆われた空にぽっかりと穴が空いたように、青空が広がり本来あるべき光が射し込んできたのである。

 

 それを知覚した瞬間、アンギラスは小さき者たちやカマキラスからさえも目を離し、その空へと顔を向けた。

 はっきりと警戒を露わに睨みつけるアンギラスの視線の先に――それはいた。

 

 インファントの民である護衛たちには、一目でその正体を察することができた。

 気づけば全員が、その目から涙を流していた。

 

 そう……あれは――

 

 

 

 

 

      【 モ ス ラ 】

 

 

 

 

 

 真なるインファントの守護神が、覚醒の咆哮を上げた――。

 

 

 

 

 

 

 




 一度やってみたかったフォント演出。映画ならここでやっとタイトルが出てくる感じですね。
 次回からは怪獣バトル。元芋虫視点に戻ります。

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