飼っていた芋虫がモスラとして異世界召喚された話   作:GT(EW版)

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モスラVSアンギラス

 

 ゴジラ――その名前を聞いた瞬間、吾輩は今まで一度も聞いたことがなかった筈なのに、どこか懐かしい気持ちになった。その懐かしさと同じかそれ以上に警戒心が高まってしまうのも、おそらく「モスラ」がその「ゴジラ」と何らかの因縁があるからなのであろう。詳細は今の吾輩にはわからないが、「ゴジラ」という存在が桁外れの力を持つ大怪獣だということは理解できた。

 

 だが、それで……それが、お前がこの島を襲うのとどう関係がある?

 

 海底深くに眠っている存在、ゴジラ――まさかそれが、この島の近くに眠っているなどとは言うまい。

 言わなかったが、モスラには人間が持つ五感以上に優れた超感覚が備わっている。的が大きいからとは言えアンギラスに対してド素人である吾輩が上空からの射撃を正確に命中させることができたのもこの感覚の恩恵が大きく、この超感覚を持ってすれば島に住む怪獣の気配探知などもお手の物である。

 アンギラスにあのビジョンを見せられた吾輩は、もしやと思い島の中や近海の気配を探ってみるが、ゴジラらしき弩級の怪獣は見当たらなかった。即ち、この島の近くにゴジラはいないということだ。

 そう言い切る吾輩に、アンギラスが返す。

 

『モスラよ、この島はいい場所だな……』

 

 ……何を、今更。

 その島を氷漬けにしようとした侵略者が何を言うか。

 

『そうだ、この島には星の力が満ちあふれている。お前自身、その力を得た以上わかっている筈だ。この島には、オレたち怪獣の力を高めるエネルギーが集まっていることが』

 

 えっ、なにそれ。

 ……いや、思えば吾輩がこの姿になれたのも、おそらくベラが案内してくれた祭壇の影響が強い。ただのカイコに過ぎないと思っていた吾輩が巨大化できたのは全て特殊な力を持つベラの歌のおかげだと思っていたが……彼女の歌にプラスして、それ以外にも吾輩の成長を補助したものがあったとしたら?

 ……なるほど、それならば確かにこう考えることもできるか。このインファント島そのものが、怪獣が育つに当たって最適な環境であると。

 道理で他所から大勢の怪獣が集まってくるわけである。

 星の力と言った固有名詞は、おそらく吾輩を成長させた不思議パワーのことを指しているのだと解釈する。

 

 つまりあれか、アンギラスは力を求めてこの島を訪れたということか。

 

『この島をオレに渡せ。そうすればオレはさらなる力を身に着け、我が盟友ゴジラをもう一度封印することができる!』

 

 確かに今の吾輩の力の源がこの島にあるのだとしたら、元々が大怪獣であるアンギラスがその恩恵に預かった時、どんな化け物になるのか想像もつかない。

 それこそ海底深くで目覚めの時が近づいているゴジラにも、対抗する力を得られるかもしれないだろう。

 ああ、そういうことか……納得した。

 さしずめ、アンギラスは大魔王復活を阻止せんと立ち上がった勇者と言ったところか。

 そして吾輩は、世界滅亡の危機に空気を読めないお邪魔虫か。

 ……………………。

 

 一応聞いておくが、ゴジラの封印が成功した後はどうするつもりだ?

 

 

『人間を滅ぼす。奴らこそ、この星で最も唾棄すべき存在だ』

 

 

 コイツの方が大魔王だった件。

 そうか……やはりそうなるか。うむ、なんとなくそんな気はしていたよ。今よりさらに力を得て、それによって世界滅亡の脅威を取り除いたところで、その後大人しくしているような奴には見えないものな。

 しかし、何故そんなことをする?

 

『奴らはこの星を傷付け、あまつさえ我が盟友の覚悟を踏みにじった。……そして、このオレを裏切った。滅ぼされるには既に、十分すぎる業を背負っている』

 

 おお、もう……滅茶苦茶人間のこと憎んでいらっしゃる。

 まあ人類という種が人外目線から見たら碌なことをしていないというのはわかる。環境は汚染するし特に理由も無く他の生き物を虐殺したりすることもあるし、核兵器の問題なんかは最たる例であろう。

 アンギラスの記憶を見せてもらったところ、アンギラス自身もまた核ミサイルの何発かを喰らってしばらく療養していたようだ。

 

 しかも喰らったその核ミサイルは、人間側の裏切りで放たれたものときた。役満すぎる。

 

 ――そう、アンギラスは元々モスラと同じ守護神だったのだ。正確には「護国聖獣」というらしいが。

 

 かつてアンギラスもまた東方の地を守る守護神として、他所から自国に攻め入った怪獣たちと戦っていた。

 守る対象には自国に住まう人々も含まれていたし、人間側からしてみれば彼もいわゆる「いい怪獣」として扱われていたのだ。

 しかし、その関係は呆気なく破綻した。先に見たビジョンの通り、人類の怪獣殲滅作戦によって島を守る為に戦っていたアンギラス諸共、核の炎が襲い掛かったのである。それは彼からしてみれば、後ろから撃たれたに等しい裏切りであろう。

 それでも死ななかったアンギラスは流石だが、人類の攻撃で自身も傷ついた上に、守っていた国は放射能に汚染され生き物が住めない環境になった。彼は守ろうとしたものも、護国聖獣としての存在意義さえも奪われてしまったのだ。滅ぼしたいほど人類を恨むのも当然だろう。

 

 吾輩としては、なまじ人間側の気持ちもわかってしまうだけに掛ける言葉が見つからない。人間側もそれほど切羽詰まっており、国一つ犠牲にしてでも被害を食い止めたかった状況であることは想像できるのだ。人類にとって怪獣たちの存在はあまりに強大すぎたから。

 

 尤も、アンギラスを含め核攻撃でも仕留めきれなかった怪獣は何体か居り、しかも作戦が終わった後になって東方の地どころか世界中に新たな怪獣が大量に目覚めてしまう始末である。

 結果的に国一つを犠牲にした核攻撃は、その犠牲に何ら見合っていなかったことが明らかになり、人類は世界規模で絶望するという有様であった。

 その上、本来味方になってくれる筈だった守護神のアンギラスにすら見放されてしまい……自業自得感は否めないが、人類は四面楚歌というこの時代の出来上がりである。

 

『そうだ、人間は守る価値のない存在だ……お前の片割れたる破壊神もそう言っていたぞ』

 

 破壊神……バトラのことか。ああ、奴なら真っ先に核を撃った人間を襲いそうだ。

 む、バトラってなんだ? 後でベラに聞いてみよう。まあ、それはそれとしてアンギラスの目的はよくわかった。

 要するにこのアンギラスは闇落ちした勇者みたいなものか。言っていることが間違っていない分、自分の為に皆死ねとか言う系の大魔王より厄介である。

 それほどまでにアンギラスの怒りは激しく、心に巣食う闇は深かった。少なくとも吾輩の説得が通じる手合いでないことだけは確かであろう。

 

 ――そして、コイツはここで殺すしかない存在だということもわかった。

 

 

『このオレを殺すだと……正気か?』

 

 話を聞いて道を空けるどころかより戦意を昂らせた吾輩を見て、アンギラスが問い掛ける。

 ……まあ、正気ではないのだろうな。今の吾輩は。

 力を得るためにインファント島を支配し、その力で目先の脅威であるゴジラを封印した次には地球の敵である人類を抹殺する。それはこの星を守る守護神としては、満点に近い行動かもしれない。

 吾輩としても正直言って、この世界がどうなろうとそこまで関心はない。もちろんそうなることでモラとベラが悲しむのなら阻止したいと思うが、一番大切なのはやはりあの子たち自身の安全と幸せなのだ。

 その為には最悪、滅びゆくこの世界はすっぱり諦めて島の人間だけモラのいた平和な世界に送り飛ばして移住させればいいし、今の吾輩になら多分それができる。

 だからアンギラスが力を得ようと、ゴジラが目覚めようと、この世界の見知らぬ人類が大ピンチになろうとそこまで興味が湧かないのだ。自分の目の前でそういう目に遭っていたならともかくとして。

 まあそんな、守護神モスラとしてはクソ野郎もいいところな吾輩であるが……その辺りの精神性は元来の気質故致し方無いだろう。吾輩にだって守る対象を選ぶ権利はある。モスラになったとは言え、できることには限界があるのだと自己弁護しておく。

 

 ――しかしだからこそ、吾輩は今このアンギラスを撃退ではなく殺さなければならないのだ。二度とこの島に来れないように。

 

 アンギラスにこの島を明け渡す……これは無しだ。奴に支配された環境ではベラたちが生きていけない。よってNG。

 そうするとゴジラの封印ができなくなるというのがアンギラスの言い分であろうが……これは正直言ってわからない。この島で力を得たアンギラスが本当にゴジラを封印できるのかという疑問もあるし、逆に彼のようなデンジャラスモンスターに頼らなくても、就寝中の今のゴジラなら吾輩でも頑張れば封印できるのではないかと思うのだ。それが吾輩の自惚れに過ぎず、封印できなかったらもうどうしようもない。それこそインファントの民だけモラの世界に送り飛ばして、大人しくこの世界の滅亡を待とう。ベラは盛大に曇るだろうが、こればかりは……本当に申し訳ない。

 

 後のことはこちらで何とかするさ。だからアンギラスの要求は聞き入れられない。

 彼が滅ぼすと言う人類には、モラとベラも含まれているのだ。島を侵略しようとしている上にそんな悪意を持つ者を、生かしておくわけにはいかない。アンギラスはモスラとしてではなく、吾輩から見て許容できない敵だった。

 

『……呆れた守護神だな。その結果、お前が死ぬことになってもか?』

 

 吾輩はまだ死ぬわけにはいかない。吾輩の後ろにはあの子たちがいるからな。

 確かに人間には悪い者もいるが、そうでない者もたくさんいる。吾輩は彼女らが好きなのだ。だから吾輩は――

 

 ――レオちゃんは、アンギラスを許さない。

 

 

『やはりお前は人間の味方をするか。あの破壊神の言う通り、どこまでも甘い奴だ……』

 

 吾輩の戦線布告に対して、アンギラスが嘲るように言う。

 ここまで考えに隔たりがあってはもはや対話による解決は不可能である。

 アンギラスもそう思ったようで、再び大気が震え殺気が強まった。吾輩も再び戦闘態勢に入り、今度は撃退ではなく殺害する気で羽根から力を振り絞る。

 

『守護神の面汚しめ、消え失せろ!』

 

 アンギラスが上げるけたたましい咆哮には、この世界への怒りや憎しみが込められていることがわかった。

 その叫びが彼自身の闘争本能を呼び覚まし、跳び上がって攻撃動作に移る。

 高速で繰り出した爪の一振りを、空を飛び回る吾輩は余裕を持って回避する。そればかりか空中戦はこちらの領分だと見下ろし、額からクロスヒート・レーザーをお見舞いしてやる。

 だが、高熱のレーザーもアンギラスの氷の鎧の前では大した痛手にはならず、事もなげに着地された。

 

「――――ッ!!」

 

 着地したアンギラスが冷風を背に、迅雷のような速さで地を駆け回る。視界の端から端まで一瞬で移動する速さは、一回まばたきするだけで見失ってしまうほどだった。吾輩には目蓋がなくて良かった。

 アンギラスほどの重量でこのスピードを出せるのは控えめに言って頭がおかしかったが、それはモスラとて同じこと。弾みをつけた吾輩はゆうに弾丸を超える速さで飛翔すると、Z字の軌道で敵を追いかける。もちろん環境に配慮した飛び方はしているが、通常なら突風だけで島が壊滅しかねないところであろう。

 しかし、アンギラスの方とて追いつかれることは想定内だったようだ。

 足元を叩き、地面から隆起させた氷の刃で迫る吾輩の羽根を襲う。それ得意技か。

 吾輩は急停止し、一旦距離を取ることで刃から逃れるがそれは最初から牽制として放たれた技だった。吾輩の移動に先回りアンギラスが、再び前足を振り上げて跳び掛かってくる。

 背後を取られた吾輩はこのままでは回避不能――であったが、羽根をできるだけ折りたたみながら宙返りすると、アクロバティックな姿勢から腹を向けて極太のビームを発射した。

 

 ――スパークリング・パイルロード。

 

 体格差がある以上組みつかれたら厳しいのはこちら側だが、そうさせないだけの攻撃オプションがモスラにはある。

 再び至近距離からの砲撃を受けたアンギラスは吹っ飛ばされ墜落していき、木々を薙ぎ倒しながらうめき声のような鳴き声を漏らした。

 ビームを受けた部位の鎧が粉々に砕け、アンギラスが黄金の皮膚を曝け出す。しかし空気中の水分から即座に氷を生成し、再び鎧のアンギラスが復活した。

 スピードを生かした戦いなら、こちらが勝っていることがはっきりした。

 しかし、それで退くという選択肢は彼の頭にはないだろう。

 

『ぐっ……おのれ……!』

 

 受けた衝撃をものともせず、咆哮を上げたアンギラスが全速力で接近してくる。

 そして氷の鎧の中で尻尾を覆っている部位だけを「変形」させると、およそアンギラスの全長分に達する長剣の如き氷の刃を作り出した。そんなこともできるのか……と内心驚愕する吾輩に向けて、リーチが伸びたその尻尾をアンギラスが振り払う。

 

「――!?」

 

 しかし、吾輩の居場所は既にその空にはなかった。

 刃を纏ったアンギラスの尻尾が切り裂いたのは、吾輩の残像。桜のように舞い散る虹色の鱗粉に彩られたそれは、一瞬吾輩の本体かと錯覚するほど鮮明に映し出された移動の痕跡だった。

 無論、そこで呆気に取られてくれるアンギラスではない。

 即座に体勢を立て直すと巨体を揺らして方向転換し、彼は後ろへ振り向く。

 

 だが、遅い。

 

 吾輩は加速を付けて接近しながら、クロスヒート・レーザーを三発連射し定点射撃を行う。その射撃によってアンギラスの背中を覆う氷を粉砕すると、再び至近距離まで詰めてスパークリング・パイルロードを放ち、鎧が割れたアンギラスの肉体への直接攻撃に成功した。

 その後は深追いせず、鱗粉を撒き散らしながら上昇。目でこちらを追い掛けるアンギラスの反応は素早かったが、ダメージによって動きは鈍っており、反撃の尻尾は難なくかわすことができた。

 

『……流石に、やってくれる……!』

 

 至近距離からの攻撃ならば、やはり十分なダメージを与えられるようだ。

 このままヒット&ウェイで押し切りたいところだが、怒れるアンギラスが咆哮を上げた瞬間、彼の立っている森林地帯が一瞬にして氷漬けにされたのを見て警戒を強め、一旦追撃の手を止める。

 

 ――その時、アンギラスの背中のトゲがこれまでにない輝きを放った。

 

 四本の脚を氷漬けにした地面に潜り込ませたアンギラスが、大きくアゴを開き、その口元に冷気を集束させる。

 これは……いかにもブレス攻撃ぐらい撃ってきそうな外見はしていたが、やはりその手の技を使えるのか。

 だが、当たらなければどうということはない。その口からどんな代物を放つかは知らないが、この大空を自在に飛び回れる吾輩にそう簡単に当てられると思わないことだ。

 そう意気込む吾輩を見上げながら、背中から流血したアンギラスがテレパシーを飛ばしてくる。

 

『守護神モスラよ……お前はさっき、この島にはお前の大切なものがある。それがあるからこの島を渡せないと言ったな?

 ……ならばそれさえ無くなれば、この島を守る理由もなくなるというわけだ』

 

 何を言っている……?

 意味深に呟いたアンギラスの言葉に、吾輩が訝しむ。

 そして口元にエネルギーを溜め終えたアンギラスがその顔の向きを変えた時、吾輩はようやく敵の意図を察した。

 

 ――まずいっ!

 

『お前もオレと同じだ……要らぬ重りを背負い、その力を無駄に消耗している。愚かな人間たちなど見捨てて、この星の為に戦え!』

 

 アンギラスがその矛先を向けたのは空を飛び回る吾輩ではなく――吾輩が最も守りたいと思っている少女たちの居場所だった。

 

 ――やめろッ!! 

 

 全速力で急行し、羽根を広げながら敵の射線上に飛び込んでいく。

 そしてアンギラスの口から放たれた絶対零度の波動(アブソリュート・ゼロ)が、二人のいる祭壇を襲った。

 

 

 

 

 






 私的には少年漫画のボスキャラみたいなイメージで書いていますが、二次創作でもここまで魔改造されたスタイリッシュ・アンギラスも珍しいのではないかと思ってみます。

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