ーーーいいかい、〇〇さん。
思い出した。
ーーー難しい話だけど、君は一人の人間だ。
小学生だった時の私に、そう言ったのは。
ーーー人間誰しも、悩んだり泣いたり、笑ったり嬉しくなったり。
夕日が沈む姿を背景に、秘密の丘の上でそう言ったんだ。
ーーー感情というものがね、大人になるに連れてハッキリしてくるんだよ。
記憶には無い、誰かから私に向けられたにこやかな顔。
ーーー子供のうちって言うのは、感情って言うものが分からないから、ついついその時の流れに流されたり、自我を思うようにコントロール出来ない。
温かく、いつも私の味方をしてくれた彼の微笑んだ顔。
ーーー子供は面白いと思った事は、不思議と周りの子供達に写ってしまう。
ーーーそれが悪いことに繋がってしまうとも知らないままね。
そっと、頭を優しく撫でる。
ーーーこうなってしまったのも、全部教育が出来なかった先生達、大人が悪いんだ。
ゴツゴツした、大人の男の人だと分かる硬い掌が少し心地いい。
ーーーどれだけ謝っても、どれだけ尽くそうとも、多分君は一生身体と心に受けた傷を背負っていかなくてはならない。
多分、この時からこの人の事を信じられたのかもしれない。
ーーー無責任だと、巫山戯るなと、いくらでも怒ってくれて構わない。
いや、それ以前からこの人の事を心の片隅で信じていたのかもしれない。
ーーー俺も一人の人間だ。そして、教育者でもある。
父親の代わりのような人であり、一人の教師。
ーーー子供を大人に導くのが教師の、教育者としての役目だ。
今なら言える、私の尊敬出来て頼りになる、大好きだった人。
ーーー〇〇さんの傷ついた姿を見ると俺はとても辛い。無論、君だけという訳では無いが、君も例外じゃないんだ。
ーーー辛い時は俺に言ってくれ。一緒に解決しよう。
ーーー悲しい時は言ってくれ。その悲しみを和らげるから。
ーーー楽しいと思ったことを教えてくれ。俺も君と一緒に楽しくなりたい。
ーーー頼ってくれ。そのために、俺は君の近くで成長を見届けるんだから。
ーーーだから〇〇さん。
ーーー『ーーーーーー。』
初めて思う、ずっと一緒に居たいと思った人なんだと。
思えばあの夏の日。あの日さえ無ければ私はあの人と別れる事なんてなかったはずだったのに。
どうしようもなく、それが脳裏を駆け巡る。
勇者に選ばれた瞬間思ってしまったどうしようもない感情。
何故、あの人が
あの白い化け物を見るといつも最初に浮かぶ感情。
あの化け物達を根絶やしにしたいと思う反面、今まで助けて貰った、救ってもらった筈の恩を返せないまま、最後まで私を助けてくれたあの人に何も出来なかった無力な私を殺したいと思ってしまう。
あの人は私に生きろと言ってくれた。最後まで諦めるなと言ってくれた。
………幸せに、なれと言ってくれた。
瞼を閉じると鮮明に声が聞こえる。それがとても苦しくて、悲しくて、涙が止まらなくなる。
私にとってどれだけあの人が大きな存在なのか、自分自身で一番理解出来る。
でも、私はもう足踏みしてはいられない。
あの人が残した思いを、私に向けて言った願いを叶える為に。
私は、勇者として歩んで行くのだ。
ーーーこれは、町の人々から蔑まれた少女と、最後まで少女の味方で有り続けた一人の教師の物語である。
大人として、子供を導く。
至極当たり前の事だが、それが出来ていないのがこの街の現状。
1人の教師は少女の味方をしつつ、教育者としての姿を示す為に、子供達を導いていく。
そんな物語である。